【黒ウィズ】心竜天翔 Story3
story
ベッドの上にはミーレンがいた。
その瞼は固く閉ざされていた。
処置が早かったおかげで、ミーレンはー命を取り留めた。
意外、と言っていいのかわからないが、アマイヤの的確な指示が功を奏した。
と言ってもまだ意識は戻らず、安心できる状態ではなかった。
君も視線を落とす。アデレードの言葉通りだった。
みんなでログォーズを討伐した時、まさかこんな未来が待っているとは想像しなかった。
それはベッドの上で死の淵を行き来する少女も、片隅で震える少年も、同じ意見だろう。
やり場のない怒りが言葉として出た。それだけだった。
続いたアマイヤの言葉にー同は息を呑む。
そう。その通り。こいつはイケルであって、イケルではない。
邪悪な竜力に絡めとられた傀儡さ。
その後の話は驚きの連続だった。
この何百年かの間、セトの王は、みんな世継ぎを作らぬまま病死かあるいは失踪していた。
そして度々、王の試練が行われ、王が誕生し、行方が分からなくなった。
それを冴しく思ったとある竜がアマイヤを使い、調査を進めていたのだ。
そこで分かったのが、
ログォーズさ。あいつらが王の成れの果てってわけさ。
つまり邪悪な竜力が人の生命力と癒着し、あの姿に変容した、ということらしい。
竜力が竜人を生み出すように、邪悪な竜力がログォーズを生み出すやもしれん。
彼らには竜力が効かないのも、彼らの誕生に竜力が関係している証拠かもしれない。
鋭い語気がその場の雰囲気をー変させる。アデレードはアマイヤを見据え、続けた。
お前はあいつを調査のために利用したのか!
声を荒げるアデレードに対して、アマイヤは動じず答えた。
……でもね。少なからず責任は感じているんだよ。
だからこうして言う必要のないことをペラペラと喋ってんの。
リティカは部屋の片隅をー瞥し、言葉を濁した。それを継いだのは、ミネバだった。
ミネバはひとつ頷き、外へ向かう。従うように他の者が続く。
そして、君も。
アデレードが続こうとするのを見て、イニューが彼女の手を引いた。
アデレードは取られた腕を見つめた。相変わらず震えている。アデレードは、小さく頷いた。
残ったアマイヤにアデレードは言った。
軽い調子でそう言った後、非難の言葉をぶつけられるより先に、アマイヤは部屋から出て行った。
***
洞窟の奥までたどり着くと、泉があった。
そこは心を奪われるような美しい水辺だった。
「ギュウギュウッ!
おそらく幻術で美しく見せかけているだけで、本当の姿は別にあるはずです。
そこまで話を聞いて、君は気づく。
もし魔法で幻覚を見せているなら、その魔法の使用者もそう遠くにいない。
少し前からミネバはー点を睨みつけていた。
水面に波紋が走る。その中心が盛り上がり、君たちの前に妖しい女が姿を現す。
そして、必ず勝ちます!
ミネバの魔力が弾けて、泉の水を激しく跳ね飛ばす。
かならずかーつ!
引き受ける。とは言ったが、そんな生易しい言葉ではなかった。
自分の獲物は絶対に渡さない。そんな様子である。
素早く女の懐に飛び込んだミネバが、強烈な雷撃を打ち上げる。
恐ろしいことに、雷撃は天井を貫き、女を洞窟の外に吹き飛ばした。
と、ふたりはぽっかりと開いた風穴から、外へ飛んでいった。
この場にある邪悪な竜力とイケルの結びつきを断ってくれ。
「ギュウウウッ!
ふたりは共に翼を広げ、まばゆい白光を放つ。
その光を受けて、これまで半ば意識を失っていたイケルが反応する。
あなたの強い心が、白霊竜の力を強くさせるの。だから心を強く持ってッ!
「ギュウウウッ!!
俺は……イケル、ロートレック……だ。
この名に……誓うッ!何者にも負けないとぉぉッ!
ぬうああああッ!
イケルの激しい叫びと共に、彼の体から禍々しい何かが飛び出してくる。
それは竜の姿をしていた。
稼猛な牙を見せて、竜がこちらを見る。
君は、同意の視線をサバールに送る。
アマイヤは独り言をつぶやく。主のいない玉座に深々と座り、誰もいない王の間をぼんやりと眺める。
靴音がひとつ、近づいて来る。
そのー言で、場がひりつく様な殺気に支配される。
それがどうしても分からなかったんだ。
男の口元が歪んだ。
単純だ。竜力を求めてくる強者が、哀れに滅んでいくのが面白いからだよ。
見ていてたまらない。夢も希望も全部見失って、
愚鈍な怪物になり果てるんだ。こんなに面白いものはない。
どこまで歪むのか。あり得ないほど口角を釣り上げ、ガンボは気色の悪い笑いを浮かべた。
アマイヤはすくと立ち上がり、傍に置いていた戦輪を手に取る。
お前だけは話が別だよ……。
***
竜が猛烈な突進を繰り出す。
リティカの指先から展開する障壁が、竜との衝突を食い止める。
素早く竜の背後に回った君は、同じように障壁魔法を展開した。
ふたつの障壁の狭間で身動きが取れなくなった竜の上から、
ザハールが大量の氷塊を叩き込む。
君とリティカが障壁を退くと、目の前には巨大な竜の氷漬けが出来上がっていた。
お前たちはミネパの助太刀を頼む。俺は彼を見ておく。
と、サバールはイケルヘ視線を送る。
君は、頼んだ、とー言返して、リティカとともに洞窟の外へ向かった。
足掻くイケルをー瞥して、サバールは岩壁に背をもたせかけた。
いくらでも待とうという構えであった。
雷撃と火焔が前後から迫る。
よけるわけでもなく、薄らと笑った。
そして、雷撃と火焔はー点で衝突し、波動を残してお互いをかき消した。
背後で漆黒の魔力が踊る。
間ー髪のところでミネバは身をかわす。だが、黒の波動は威力を失わず真つ直ぐにアニマヘと伸びていく。
アニマが頭を抱えて伏せる。その上を光る軌道が通り抜ける。
リティカが振り抜いたメイスは黒い魔力を弾き、元来た方へ飛んでいく。
やはりそれもかわさずに直撃する。が、喰らったはずの女の姿は霞のように消えてなくなった。
こちらの攻撃がまったく当たらないのです。当たったと思っても手ごたえがない。
女は怪しげな笑みをたたえ、ただこちらを見つめていた。
ゴン。遠くから鈍い音が聞こえた。
ゴン。また聞こえた。
ゴン。ゴン。ゴン。
三度立て続けに鳴ったところで、ふたりはそれが意思を持った音であると気がついた。意図は分からないが、その音を鳴らしている者には何らかの目的がある。
音は王の間に続いていた。
確かめようと中を覗くと、
ゴン!
ゴン!ゴン!ゴン!
そこには、意識を失ったアマイヤの頭を何度も何度も打ち据えるガンボの姿があった。
硬い頭をしている。
ガンボがアマイヤの体をこちらへ投げ捨てる。
アデレードは傷だらけとなったアマイヤの体を受け止め、しっかりと抱きしめる。
それに……「人」として、あいつはこの手でぶっ飛ばしたかったのさ。
アデレードは眼光鋭く、ガンボを見据える。
アデレードは黙って、剣を抜いた。
イケルは地べたをはいずり、ようやく氷漬けの竜の前に辿り着いた。
俺は、もう誰も見捨てない。そう決めたんだ……。
この竜の力をお前のものにしろ。
与えられるのではなく……。奪い取れ。
story
敵とのにらみ合いが続いている中、橋の向こうからイニューがやってくるのが君の目に入った。
人をふたり抱え、ヨロヨロとこちらに飛んでくる。
君はイニューが抱えていたふたりを引き受ける。
ひとりはミーレン、もうひとりはアマイヤであった。
君に驚く暇も与えず、イニューが息も絶え絶えに訴えかける。
城にひとり残り、アデレードが戦っているという、アデレードの体は戦える状態ではない。
イニューはー息にそう言った。
だが正体不明の能力を持った敵が、君たちの前に立ちはだかっていた。
状況を顧みてなのか、彼女のプライドが言わせたのか。
ともかくここはミネバたちに任せ、君は城の中へ向かうことにした。
いいだろう?
どこからそんな声を上げるのか。
女はのけぞり、天に向けて口を大きく開けると、恐ろしい金切り声をあげた。
と、それに反応して、山の向こうから雲が押し寄せてきた。
しばらく眺めていてようやく分かる。最初、雲だと思ったそれは竜の軍勢だった。
君はミネバを見返す。
ミネバはやってくる大軍を見据えたまま、答えた。
すぐに周りは竜だらけになる。だがミネバの顔に宿る自信と誇りに曇りはなかった。
ミネバの言いつけ通りに、周囲の竜力と同調を始めるアニマ。
己の研錯以外で得た力など……。心のどこかでそんな気持ちがあった。
ですが……いまは違うッ!
膨大な竜力を蓄えたアニマがミネバに寄りそう。
ふたつの個体が、雷流と火流が、交じり合い、ひとつとなった。
リティカさん!白霊竜の力で障壁を。
ミネバは不敵に笑う。
リティカが竜の大群の外側に巨大な障壁を張る。見計らい、ミネバが詠唱を始めた。
ー瞬、君にはミネバとアニマの姿が重なって見えた。
巨大な雷の奔流が何条もミネバから伸びてゆく。障壁に閉じ込められた竜たちは逃げ場もなく、焼き殺されていく。
君はすぐに城に向かって駆けだす。数歩進んだところで、背後に冷たい感触を覚える。
反射的に魔法を放つ体勢を取るが、自分でもわかる。
間に合わない……。
頭上から聞こえる声が、君の背中のすぐに近くに落ちた。
イケルは、思わぬ攻撃を喰らい、狼狽している女に向かって、言い捨てる。
君はイケルに任せて、その場を後にする。
いっそ倒れてしまったら、どんなに楽だろうか)
剣を支えにして、まともに戦えば、勝算もない。よろける体を持ち直す。いまの自分に万にーつ勝算もない。
ふと、アデレードはあの中庭の出来事を思い出す。
アニマが集めた竜力をミネバに流していたあの光景を。
だが疲労と痛みが頭を掻き乱す。これではなににも集中できない。
そんな時、苦しい修行の時。アデレードはいつもひとつの法則を信じることにしていた。
よかったなぁ。なぶり殺しにしてやるぞ。
敵が竜力を高める。周囲の空気が震える。
肌で感じるほど、竜力がその場に満ち満ちていく。
敵の竜力が牙を剥く。
アデレードに殺意とー緒に強烈な竜力が飛んでくる。
それが。
敵の肩口をかすめた。
苦しい時はいつも、アデレードは体に自らの意思をゆだねた。
戦士として本能に身を任せた。
***
君は王の間に駆け付ける。
同時に、城全体を揺るがす程の衝突音が鳴り響く。
見ると、アデレードとガンボが正面から激突し、つばぜり合いでお互いー歩も譲らない構えであった。
徐々にアデレードが押し込まれている。
君はガンボに向けて、魔法を放つ。
魔法の弾丸をかわし、アデレードから距離を取るガンボ。
さげすむような口調と邪悪な笑い。自分の知っているガンポではなかった。
そうはいかない、と君は冷静に答えた。イニューに助けろと頼まれた。と付け加える。
お前ら、「人」は束になったって竜人には敵わない。
どんなに努力しても竜力なしじゃ限界がある。
俺は竜力を持っている。お前らはない。
最初から決まってんだよ。どっちが強いかはなあ。
嬉しそうにガンボが目を細め、大口を開ける。その口に、
君は魔法の光球をぶちこむ。
ごちゃごちゃ言わずに、どっちが強いか決めればいいにゃ。
ガンボはのけぞった体を起こし、口にくわえた魔法の光球を噛み砕いた。
アデレードが君に囁く。
その竜力を、私がそのまま奴に叩き込む。
竜力を弾き返せるの?と君は聞き返す。
そうか……。と君は独り言のように呟く。
そして、魔法で城壁をぶち抜いた。
それなら外に出よう。外は竜だらけだ。と君はアデレードに言った。
アデレードはすぐに君の真意を察する。
空は荒れ狂い、竜の咆陣がそこかしこから聞こえる。
遊び場所をひとつ失った。その程度の感慨しかないようだった。
その体から激しい魔力、あるいは竜力が奔出する。
君は同意をして、ガンボに相対する構えを取った。
***
乱戦の隙を突き、君はガンボに強烈なー撃をくわえた。
だがガンボを覆っていた砂埃が十字に裂かれる。
君はちらりと背後のアデレードを見た。
アデレードは世界と切り離されたように、穏やかな顔で瞑目していた。
瞳を閉じ、皮膚で風を感じ、陽を感じ、空気を感じ、竜力を感じていた。
お前が与えた竜力が私をここに導いた。
「人」でありながら「竜」の力を持つ者として。
悩み、苦しみ……。そして、何かが見えそうだ。
ゾラスヴィルク、教えてくれ。
私の生き方を……!
いつかのように竜は、答えない。
だが、竜力は意思を持ったかのように、アデレードの周囲へと集まってくる。
力の流れがアデレードの体にまとわりつき、鎧が軋み、溶け、変形する。
「竜」としての「人」である竜人ではなく、「人」としての「竜」のあるべき姿へと、鋼はアデレードの体を覆っていく。
アデレードの瞳は、再び戦いを睨みつける。
そんなもので身を固めた所で、人が竜にはなれるわけじゃねえ。
ただの誤魔化しだ……。
ガンボは、まるで人への呪いのように、その言葉をアデレードヘぶつけた。
静けさが風のように両者の間を吹き抜けると、アデレードは言い放つ。
反駁する余地もない、完全無欠の言葉を。
君は感覚的にアデレードの前方から離れた。
その正しさを裏付けるように、アデレードが猛スピードで君の横を通り過ぎていく。
迎え撃つガンボは両手の巨大双刀を前に突き出し、アデレードの突撃に合わせた。
首元に迫る双刀の切っ先を、右の裏拳で払い、粉々に砕いた。
拳の勢いを活かし、アデレードはガンボの懐で回転する。
先に行く右拳が左に握られた剣と合流する。
両手で掘られた剣はそのまま回転力を加え。最短の軌道を描き、ガンボに叩きつけられる。
アデレードの勝ちだ、君は思わずつぶやいた。
ウィズの言葉が君を止める。
もはや抵抗することは出来ないだろうが、ガンボはまだ生きている。
それを見下ろす、アデレード。
アデレードは黙って、剣の切っ先を下ヘ――ガンボの喉元ヘ――向けた。
こんなところでぇ!こんなところで死にたくねぇえ!
死にたくねえよおぉ……!
アデレードはきっぱりと言い放った。
剣は、何もない地面に突き刺さっていた。
そうだね、と君はウィズに相槌を打つ。
君はふと空を見上げる。
竜の軍勢は退却を始めるものや戦いを続けるものが混在して、その行動には秩序を欠いていた。
ミネバたちの戦いの方にも、何か動きがあったのかもしれない。
どうなっているのだろうか、と君はミネパたちの元へと続く暗雲を見つめた。
story
黒猫の魔法使いが通り過ぎた後もなお、イケルと女の睨み合いは続いていた。
奴の竜力を与えられたイケルが言うのだから、間違いはないだろう。
女を見据えながら、イケルは仲間たちに言い放つ。
アレンティノになりすましたのも人の姿に見せかけているのも……。
すべて自分の魔法の条件なんだ。
普通ならログォーズとなり、言葉を失っていたが、生憎とそうならなかった。
死んでもらうぞ、ディルクーザ。哀れな王たちに、死んで詫びろ。
歯噛みし、歪んだ顔で女は言い返した。
イケルは罵声を涼しい顔でやり過ごし、女の心を見透かすように言った。
あたしだって、あいつにー発入れないと、気が済まないんだよ……。頼む……。
***
振り下ろされた斧が女の体に深い傷を刻む。
頭上にはミネバ、左右にはリティカとサバールがいた。
思わず後ろに下がるが……。
女はだらりと手を下ろし、構えを解いた。
途端、女の体が明滅を始め、光が収斂する。
リティカが女を白霊竜の障壁で包む。それでも強烈な爆発は障壁を突き破り、周囲の全てを吹き飛ばす。
見ると、女がいたはずの場所には、底の見えないほどの大穴が空いていた。
ー同は周囲をくまなく調べてみたが、女の姿は見当たらない。
それどころか女が死んだという証拠すらなかった。
全てを終えて、
あいつの本性は偽ることにある。俺にはわかる。
イケルは静かに頷いた。
翌日。
まだ戦火は煽り続けていたが、ひとまず休息を取ることが先決だった。
というよりも――。
休息せざるを得なかった。
優しくなんてしてあげない。
元々、身体を壊していた分、アデレードの疲労はかなりのものだった。
しばらくは起き上がるのも大変そうである。
ちなみに彼女もひとりで起き上がれそうにもない。
さらに隣のベッドのミーレンが笑う。
さらに隣のベッドのミーレンが笑う。
イケルも同意の笑いを浮かべた。
すぐに魔竜ディルクーザの討伐に向かわなければいけませんから。
応援の戦士たちもこちらに向かっているって話だよ。
その話を聞き、君は近いうちに行われる魔竜討伐への戦意を高める。