【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story1
story1 魔界の祭典
目を瞑り、瞼に映るこの光景は、一体いつの自分なのか。一体いつの彼女なのか。
幾重にも重なった記憶の層が遠慮なく、規則もなく、押し寄せてくる。
「そこには、数えきれないほどこの花が咲いているんだ。とてもきれいな場所だよ。」
「ホント?そんなところがあるの?いつか行ってみたい……。」
「ああ、身体が治ったら行こう。」
「約束だよ……。」
彼女はそれを見ないまま、いなくなった。それだけを俺は覚えている。そして……。
「ううううあああ……うああああ……!!」
記憶の終わりはどれも似たようなものだった。
***
嶮を上げ、耳を澄ます。広がる世界は賑やかで騒がしい。
眼下に見える原色多用のモニュメントや色とりどりの炎を噴き上げる自動機械の数々。
魔族たちの快哉が、地響きのように伝わってくる。歓喜と熟狂と罵言雑言が入り混じった感情の塊がそこにはある。
つまり、祝祭の成功だ。
自室のドアが開く音が聞こえる。ノックもなく入ってくる権利は誰にもない。
だが、権利はなくても入ってくる者はひとりいる。何度注意しても聞かないのだ。
アルドベリク・ゴドー cv.櫻井孝宏 |
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…………。
ちゃんとキレイにしないと、ふたりともおやつの〈ダークサンブラッド〉を取り上げますよ。
ルシエラはリュディと呼んだ少年の顔に、清潔なタオルを押し当てて、半ば強引にゴシゴシと汚れを拭き取る。
同様にリザの顔にもタオルを押し当てる。ひとしきり身の回りを整えてやると、ふうっと息を漏らして、翼を垂らす。
ルシエラ・フオル cv.喜多村英梨 |
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返して来い。
ルシエラはふたりの子供たちの手を取り、とぼとぼと扉の方へ向かう。
アルドベリクは間髪入れずにきっぱりと答える。それを受けてルシエラはふたりの子供たちの耳元で何事かを囁いた。
子供たちはアルドベリクの方を見て、言った。
荒れ狂った魔界の人たちのど真ん中に、このふたりを放り込んできますけど、それでいいんですよね?
それでいいんですよね。
と言って、ルシエラはふたりの子供たちの手を引いて、部屋の外へ向かう。
と扉の向こうで控えていた君とウィズが投げやり気味に紹介された。
story2 初級 異変
君はクエス=アリアスで遭遇した事故について、アルドベリクに説明した。
突然歪みが目の前に発生し、何かに掴まれたと思ったら、魔界に流れ着いていた。
なぜか大騒ぎをしている魔族に、呆気に取られていると、偶然、ルシエラが通りかかり、ここに来た。
ここまでの道中は人垣を縫うのがやっとで、ロクに話も出来なかった。
君とウィズもその辺りの事情は知らなかった。
本人たちに話を聞こうにも。
ルシエラは寝息を立てる少年の髪を撫でる。
よほど疲弊していたのか。ふたりとも、出てきた食べ物を平らげると、ぱたりと倒れ込んで、眠ってしまった。
アルドベリクの言葉を聞いて、ウィズが部屋の奥にあるテラスヘと歩いていく。
これ以上の詮索や議論は無意味である。それなら自分たちもゆっくりと休んだ方が良い。君はウィズに続いて、テラスヘ向かった。
下では、派手な催しが行われていた。たぶんあそこを抜けてきたのだろう。と君は思った。
必死に身もだえ、通り抜けてきた人の海は、上から見ると意外と理路整然とした構造を持っていた。
それぞれの国家が、自らの国力や文化の水準を他国へと誇示する機会でもあり、
本来、血の気の多い魔族たちが闘争や暴力以外で感情を爆発、発散させる場でもある。
言うなればこれは疑似的な戦争行為だ。どのような社会機構も消費と蕩尽、創造と破壊を繰り返す。
魔界ではそれを戦争という形で繰り返してきた。
我々、王侯会議は疑似的な戦争を起こすことで、実際の戦争を制御することを目指している。
その基幹となる計画が、このワクワク魔界フェスティバルだ。
名前はなんとかならなかったんですか?と君は訊ねてみた。
ゆったりとしたスピードで君の前を通り過ぎ、ルシエラはテラスの手すりの上に座る。
と言った途端、
フェスティバル会場から爆発音と共に火の手が上がる。
燃え盛る炎を中心に人だかりが散っていく。明らかにフェスティバルの仕掛けの城を超えている。
ルシエラ、留守は任せるぞ。
アルドベリクの背中の翼が大きく広がり、君の目の前に羽が舞った。
眼下の炎を見すえたまま、アルドベリクは君に声をかける。
彼は笑っていた。事件が起きているのに、まるで動じず、笑っている。魔族というのはこういうものなのだろう。
***
騒ぎの中心へと駆けつけると、何人もの魔族たちが声を上げ、拳を振り上げていた。
激突し絡まり合い互いの肉を切り裂く。獰猛な獣の争いのように、そこに理性が立ち入る余地はなかった。
争いに慣れているはずのアルドベリクですら、その様子を見て、訝しく思ったようだ。
声の調子からそれが読み取れるくらいだった。
君は足元のローブを払い、足ひとつ分、幅を広げて立った。
それなら、と君は相手を無力化する魔法を選択し、構えた。
猛烈な追い風が君の横を通り過ぎる。少し遅れて、快活な声が意味らしきものを乗せて、通り過ぎた。
言葉が事態を理解させるよりも早く、その場の光景が理解を促した。
飛び込んできた影が勢いそのままにひとり殴り倒し、ひらりと舞うように、ひとり蹴り飛ばした。
彼はすぐさま戦闘に戻り、すでに何人か殴り倒している。
彼の言っていることはすぐ本当のことになりそうだ。と君は思う。
アルドベリクは頭を振りながら、争いの輪の中に加わる。
〈プランB〉ってなんだろう?と君は声を張り上げて、尋ねた。
周りの魔族は鋭い攻撃を繰り出し、君はそれを躱し、受け流す。すでに戦いの渦中である。
***
***
さきほどまでの騒ぎが嘘のように、その場は静まり返った。
争いの参加者たちは横たわり、うめき声を漏らすだけで、君を除けば、たったふたりだけが立っていた。
足元でもがく人々を見下ろして、アルドベリクは隣に立つ青年に言った。
その青年は大きく手を広げ、惨状と呼べるその場を、誇らしげに示した。
彼は君に目を止めると、傷ひとつ負っていない姿を興味深そうに見つめた。
アルドベリクは青年に君を紹介する。君は簡単な自己紹介をした。続けて、アルドベリクは青年を示して、
と、差し出されたクィントゥスの手を君は握る。単純な友好の証しというよりは、どこか挑戦的なものを感じた。
ただ悪い印象はなく、清々しささえ感じる、他の誰とも違う感覚だった。
アルドベリクが目撃者から情報を募ると、事の次第は自然と判明した。
それが奇妙な出来事であるという点を除けば、納得のいく話であった。
暴れる者たちの戦い方は――防御、つまり身を守るという考えがまるで欠けていた。
戦いの基本は護身。自分の身を守ることだ。そういう意味では、彼らのそれは、戦いとは呼べなかった。
おい。いつまで寝てんだ。とっとと起きやがれ。
クィントゥスが横たわる魔族をつま先で軽く蹴る。魔族は、小さく呻きを漏らすと、すぐそれは叫びに変わった。
そして、異変は叫びだけでは終わらなかった。
***
その力を使って、私たちは発生した歪みの中へ逃げました。
だから……。大人たちが、子供たちだけでも、って……。
リュディは手に持ったカップをじっと見つめていた。それは隣に座るリザも同様だった。
疲弊した体に食べ物を詰め込み、あったかいミルクで安堵を流し込んだ後、思い出したのは、故郷のことだった。
故郷に残した、恐怖と不安と絶望、と仲間たち。
ここには強くて、お人好しの人がいるから、大丈夫。
体が動かなくなるまで、喧嘩した後、大人たちは……。
リュディは伏せていた顔を上げ、ルシエラを見た。その眼は濡れて、唇は震えていた。
リュディの頭をそっと撫でて、もういいと促す。同時に視線をリザの方へ移した。
見返す眼にはほんの少しだけ勇気が見える。この少女の伸ばしてあげるべき所なんだろう、とルシエラは思う。