【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story4
story8 封魔級 合同作戦
はいはい。みんな集まってんか。いまから大事なこと説明するで。
ちょかちょかと短い脚を動かしながら、ヴェレフキナが前に出る。
それよりも、先にそのふざけた姿の理由を教えてくれるか?
まあ、そう急ぎなや。これにも相応の理由があるんやから。
さて、前に説明したことは覚えてるか?
君が死界で彼から聞いた情報は、すでに仲間たちには共有しておいた。
敵が魂を書き換え、体を乗っ取ることは皆知っている。
問題はその戦い方です。それを説明して頂けませんか?
まず理解する上で分かっておいてほしいのは、魂というのが一種の記憶の集合であることやね。
魂は肉体が滅ぶと死界へと向かう。そこで1回クリーンにされて、真新しい状態で、次の輪廻の輪に加わるんや。
そうすることで、肉体に余計な前世の記憶を乗せへんようにしてるんや。
彼の説明では、魂に以前の記憶が残ることで、肉体に影響を与えてしまう。
それを避けるために、魂は一度記憶を浄化されるということだった。
ジェネティスのやり口は、相手の記憶を分析して、その構造を分解していく。つまり魂を分解していく。
分解し、再構成された魂はもちろんあのクソ野郎の思い通りです。
シミラル、口悪いで。お子さんもおるんやから
おっと失礼しました。クソ野郎様の思い通りです。
くふっ……。リュディ、クソ野郎様だって。
し。大事な話の最中だよ。
で、重要なのは、アイツが記憶の構造を分析するってところや。
大抵の魂はまっしろな状態で輪廻を繰り返してるけど、例外もある。
何回も何回も同じような生を繰り返している存在。
なるほど、俺か……。
そうや。例えばそんな複雑な配憶の中に、ジェネティスをぶち込んだら、構造が複雑すぎて、すぐには乗っ取られへん。
そこをこの記憶を食べる神獣タピーロで、吸い出して捕まえる。
パクン!
確かにあの神獣は記憶を食べることができる、といつか聞いた覚えがある。
いいだろう。その方法で大丈夫だ。俺の中にアイツを入れろ。
ダメです。もっと適任の人がいます。
唐突に反対の声を上げたのはルシエラだった。
アルさんがその役目をしたら。こっちの戦力が落ちてしまうじゃないですか。
それなら私がやった方が良くないですか?
思わぬ正論だった。けれども彼女は時々とても鋭い発言をする。
それが論理の声なのか、直観の声なのかは、わからないが、彼女の判断には曇りがない。曇りが無さすぎる。
どうする、アルドベリク?
俺に聞くな。ルシエラは俺の言うことだけは聞かない。
ふふふ。わかってますね。囚われたり、閉じ込められたりするのは私の役目ですよ。
もちろん助けられるのも。
自分の身を案じるという曇りすらない。君は危うさと怖さを彼女に感じる。
では続いて現在の戦況を説明する。敵の軍勢との遭遇はすでに7度を超えている。
我々もギブン兵を展開し、応戦しているか、戦況は芳しくない。
だが今回は違う。取るべき対策がある。まずは敵軍を一か所に集中させる。
場所はかつて天界と魔界が何度も交戦した〈嘆きの丘〉です。
そこへ天界と魔界双方の軍が敵を追い立て、誘導します。
恐らく敵将を守ろうと、敵は密集を始めるはずです。そこへ突撃、突破し敵将に接触します。
一番守りの厚い所を突破すれば、自然とジェネティスに近づけるということや。
こうなると、魔界の情勢も気になるな。この機に乗じて謀反気を起こす奴らもいるだろう。
その件に関しては私に任せてもらおう。すでにカナメとクルスが先手を打っている。
自分の家が燃えていたら、謀反を起こす気にもなれないだろ。
どうやら全ての準備は整っているようだった。この短時間で、これほど周到な準備を整える。戦争に慣れている、と素直に君は感嘆した。
クィントゥス、突撃の先鋒はお前だ。
任せとけ!
とクィントゥスは拳を鳴らす。
ヘヘ。ようやくワクワク魔界フェスティバルぽくなってきたじゃねえか!やっぱ祭りはこうだよな!
何様か知らないが。この魔界に喧嘩売ったことを後悔させてやろう。
もちろん充分後悔させたら……。
生きては帰さん。
ああ。それが魔界の流儀だ。
命を落とすかもしれないのに、笑っている。魔界の住人というのは、こういう時には一番頼もしいかもしれない。と君は思う。
そんな時、ミカエラが切り出す。
イザーク。ひとつだけ確認しておきたいことがあります。
これ機に天界に攻め込むことはない。それは協定を結んだはずだが?
いえ、そんなことではありません。そのワクワク魔界フェスティバルとは何ですか?
場に沈黙が漂う。
ワクワク魔界フェスティバルとは、魔界全土の国家が参加する……。
説明しなくていい、アルドベリク。
***
覇道・極炎穿掌!
狙い通り敵を誘導することに成功し、先鋒であるクィントゥスの開幕早々の一撃で、戦場に集結した怪物の群れに大穴が空く。
だが……。
チチ?チチチ!?
相手も手当たり次第に、自らの分身を増やし、空いた穴を埋めていく。
イザーク!ボクが魂をコーティングしてやった奴以外は撤退させえ!
もうやっている!クィントゥス、周りは敵だらけだ。どこに撃っても敵に当たるぞ!
ああ!楽しくて仕方ねえな!
再び猛烈な炎を前方に放出する。炎は敵陣を貫くが、また別の層が前方に立ちはだかる。
相手も一筋縄では貫通を許さない構えである。
防御の陣が固いということは、この先に本体がいるということにゃ。
イザーク、私も前へ出ます!後ろは任せます。
わかった。
ミカエラの周囲にまばゆい光と炎が集まる。触れただけで炭と化してしまうような、鮮烈な炎が。
まさか、貴方と一緒に戦うことがあるとは思いませんでした。
言い残して、ミカエラは敵陣に突入していく。
感傷的だな、姉さん。
わずかにほほ笑み、イザークも黒く染まった翼を広げる。
俺も行く。魔法使い、ついて来い。
シミラル、お前も行くんや。その鼻でジェネティス見つけるんや。
うるさい、指図するな。
言葉とは裏腹にシミラルの体が波打ち始める。
その姿は、さっきまでの珍妙な姿からうって変わり、気高さを感じさせる姿だった。
さあ、乗って。
君がシミラルにまたがると、彼女は中空にその蹄を踏み出す。
脚は宙に留まり、さらに次の一歩を踏み指す。
そうして見えない道を進むように、君とシミラルは空に昇り、イザークの傍までたどりつく。
そのまま仲間たちか空けた風穴を突き進んでいく。
どうにゃ?
段々あいつの匂いが明瞭になって来た。……こっち!
首を横に向けると、弧を描くように、敵の中を駆け抜ける。
君は邪魔な敵を魔法で撃ち落とす。
いた!
ふん。興味深いな。
思ったよりも穏やかな声だった。彼がジェネティスだろうか。
そこのお前。お前も私と同じではないか?
彼の言葉は、シミラルヘと向けられているようだった。
お前に、お前と言われる理由はないし、
お前に同類と見なされる覚えもない。
そうだな。お前どうも人造物のようだ。そうでなければ、私を否定しない。
お前は逆らわない。そう決められて造られた。
シミラルに対するジェネティスの言葉は、どこか古い友人に対してかけられる調子を帯びていた。
以前、ヴェレフキナがシミラルについて、『造った』と表現したことがあった。
恐らくシミラルも造られた存在なのだろう。
ちょっと違う。私には理性がある。お前にはない。
お前はただ拡大しようとするだけ、理性のないバケモノだ。
お前は最初は小さな瞬きだった。それが別のひとつの瞬きと呼応し、そしてさらに他のひとつと。
そうして徐々に拡大していった。お前はその頃から成長したか?
何にでもなれる。何でも奪える。巨大で強力になった。
それは、魂を舐めとる、と言うのよ。完全にアウトだ。
まあ、それは考え方の違いだ。ではその違いを埋めようではないか。
分かりやすい方法で。
聞いて。まずはあいつの体を壊して。そうすれば別の体に移る。
それをルシエラに誘導するにゃ。
君は小さく頷く。まずは初戦に勝たなければ、何も始まらない。
BOSS ジェネティス
***
ボロリとジェネティスの顔が崩れた。比喩的な表現ではなく、まさしく崩れた。
しかし相手は全く動じることなく、呟いた。
不自由だな。体があると。
ボロリ、ボロリ、と体が崩れていく。だがあくまでも平然と続ける。
新しいものが必要だな。お前たちの体には入れないようだが……。かといって私を殺すことはできまい。
奴は体を探している。
シミラルが君にそっと囁く。ヴェレフキナの術のおかげで、ジェネティスは君の体への侵入は出来ない。
それは自分たちを守るためでもあり、敵をルシエラヘ誘導するためでもあった。
ルシエラには、その術を施していない。
いま、アイツを食べることはできないにゃ?
食べようとしても逃げる。あいつにとって体はただの道具でしかない。
捨てるのは苦も無く行える。けど体を乗っ取る時は隙が出来る。
危険を冒さないとダメということかにゃ。
……あるじゃないか。
その眼は、争い続ける分厚い群衆の壁を無視し、先を見ていた。
ぶつかり合う肉体など見る価値すらない。見えるのは、その価値かあるのは魂だけなのだろう。
貰おう。
言った途端、対峙していた敵の体は粉のように散った。何が起こったのかわからなかった。
どうしたにゃ?
行った。私たちも向かうよ。
まるで見えなかった、と君は正直に告白する。それは自分の油断ゆえに起こったことだ、と考えていたからだ。
当たり前。物質に縛られない移動が人の目に捉えられるわけかない。
……想像していたより厄介な敵にゃ。
君たちはすぐに反転し、ルシエラの元へ向かう。
***
来よったぞ!
どこだ!
もうルシエラの中に入っとる!
すでにルシエラの顔には正体がなかった。
その声は彼女のものだが、どこか遠くから聞こえる声のようでも、別人のようでもあった。
ああ……なんだ?これは?
君が到着したのも、ルシエラが遠い声を呟いていた時だった。
アホが。かかったぞ!こんなわゃくちゃな魂に入んのは初めてみたいやな。
シミラル、やるで。
命令するな、カス。
2頭の獣はルシエラに向けて大口を開ける。すると何か文字のような形をした光の粒が彼らの口に吸い込まれていく。
おもろいな。こいつ構造自体はとんでもなく簡単な記憶や。
食べながら、その代物を吟味しているのか。どうやらタピーロという種族は食べることで記憶を分析できるらしい。
増殖と感染。それしかこいつにはない。哀れだな。
はは。キミ、そんなことどこで習たんや?
お前からじゃないのは確かだよ。
誰がお前や!
やがてルシエラから光の粒の放出が止む。ジェネティスは全て吸い出されてしまったのか。
よろめき倒れるルシエラの声はいつもの調子だった。
彼女の体が地面に落ちる前に、アルドベリクはそのか細い肩を抱き止める。
終わったのか?
せやな。
アルドベリクは辺りを見回し、いまだ戦闘が続いているのを確認する。
戦いは続いているぞ。なぜだ?
本体がいなくなっても、分身は分身で活動できるんやろうな。
アレはそれほどの脅威はない。全滅させたら終わりになるやろ。
そうか。
君は珍しく彼の感情が読み取れた気がした。いつもは何事にも動じることのない彼が、はっきりと安堵の様子を見せた。
彼も不安を感じていた。そんなことを考えていると、アルドベリクが漏らすように言った。
俺たちのことをお前は知っていると思うが、時折俺は不安になるんだ。
まだ終わってないんじゃないか、と。
ルシエラが囮になると言い出した時、いつか、これと同じことかあったのではないか?
そんなことを考えていた。
そっとルシエラの頬に手を添える。その素振りは、そこにとある温もりを確かめているように見えた。
その手に応え、ルシエラの嶮がわずかに動いた。
ん……?アルさん……?
重たい瞼を押し上げ、瞳を開くと、そこにはアルドベリクが映っていた。
ルシエラは頬に添えられた手に自分の手を重ねた。
その汚い手を退けろよ、クソ野郎。