【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story4
story8 封魔級 合同作戦
ちょかちょかと短い脚を動かしながら、ヴェレフキナが前に出る。
さて、前に説明したことは覚えてるか?
君が死界で彼から聞いた情報は、すでに仲間たちには共有しておいた。
敵が魂を書き換え、体を乗っ取ることは皆知っている。
魂は肉体が滅ぶと死界へと向かう。そこで1回クリーンにされて、真新しい状態で、次の輪廻の輪に加わるんや。
そうすることで、肉体に余計な前世の記憶を乗せへんようにしてるんや。
彼の説明では、魂に以前の記憶が残ることで、肉体に影響を与えてしまう。
それを避けるために、魂は一度記憶を浄化されるということだった。
大抵の魂はまっしろな状態で輪廻を繰り返してるけど、例外もある。
そこをこの記憶を食べる神獣タピーロで、吸い出して捕まえる。
確かにあの神獣は記憶を食べることができる、といつか聞いた覚えがある。
唐突に反対の声を上げたのはルシエラだった。
それなら私がやった方が良くないですか?
思わぬ正論だった。けれども彼女は時々とても鋭い発言をする。
それが論理の声なのか、直観の声なのかは、わからないが、彼女の判断には曇りがない。曇りが無さすぎる。
もちろん助けられるのも。
自分の身を案じるという曇りすらない。君は危うさと怖さを彼女に感じる。
我々もギブン兵を展開し、応戦しているか、戦況は芳しくない。
だが今回は違う。取るべき対策がある。まずは敵軍を一か所に集中させる。
そこへ天界と魔界双方の軍が敵を追い立て、誘導します。
恐らく敵将を守ろうと、敵は密集を始めるはずです。そこへ突撃、突破し敵将に接触します。
自分の家が燃えていたら、謀反を起こす気にもなれないだろ。
どうやら全ての準備は整っているようだった。この短時間で、これほど周到な準備を整える。戦争に慣れている、と素直に君は感嘆した。
とクィントゥスは拳を鳴らす。
もちろん充分後悔させたら……。
命を落とすかもしれないのに、笑っている。魔界の住人というのは、こういう時には一番頼もしいかもしれない。と君は思う。
そんな時、ミカエラが切り出す。
場に沈黙が漂う。
***
狙い通り敵を誘導することに成功し、先鋒であるクィントゥスの開幕早々の一撃で、戦場に集結した怪物の群れに大穴が空く。
だが……。
相手も手当たり次第に、自らの分身を増やし、空いた穴を埋めていく。
再び猛烈な炎を前方に放出する。炎は敵陣を貫くが、また別の層が前方に立ちはだかる。
相手も一筋縄では貫通を許さない構えである。
ミカエラの周囲にまばゆい光と炎が集まる。触れただけで炭と化してしまうような、鮮烈な炎が。
言い残して、ミカエラは敵陣に突入していく。
わずかにほほ笑み、イザークも黒く染まった翼を広げる。
言葉とは裏腹にシミラルの体が波打ち始める。
その姿は、さっきまでの珍妙な姿からうって変わり、気高さを感じさせる姿だった。
君がシミラルにまたがると、彼女は中空にその蹄を踏み出す。
脚は宙に留まり、さらに次の一歩を踏み指す。
そうして見えない道を進むように、君とシミラルは空に昇り、イザークの傍までたどりつく。
そのまま仲間たちか空けた風穴を突き進んでいく。
首を横に向けると、弧を描くように、敵の中を駆け抜ける。
君は邪魔な敵を魔法で撃ち落とす。
思ったよりも穏やかな声だった。彼がジェネティスだろうか。
彼の言葉は、シミラルヘと向けられているようだった。
お前に同類と見なされる覚えもない。
お前は逆らわない。そう決められて造られた。
シミラルに対するジェネティスの言葉は、どこか古い友人に対してかけられる調子を帯びていた。
以前、ヴェレフキナがシミラルについて、『造った』と表現したことがあった。
恐らくシミラルも造られた存在なのだろう。
お前はただ拡大しようとするだけ、理性のないバケモノだ。
お前は最初は小さな瞬きだった。それが別のひとつの瞬きと呼応し、そしてさらに他のひとつと。
そうして徐々に拡大していった。お前はその頃から成長したか?
分かりやすい方法で。
君は小さく頷く。まずは初戦に勝たなければ、何も始まらない。
BOSS ジェネティス
***
ボロリとジェネティスの顔が崩れた。比喩的な表現ではなく、まさしく崩れた。
しかし相手は全く動じることなく、呟いた。
ボロリ、ボロリ、と体が崩れていく。だがあくまでも平然と続ける。
シミラルが君にそっと囁く。ヴェレフキナの術のおかげで、ジェネティスは君の体への侵入は出来ない。
それは自分たちを守るためでもあり、敵をルシエラヘ誘導するためでもあった。
ルシエラには、その術を施していない。
捨てるのは苦も無く行える。けど体を乗っ取る時は隙が出来る。
その眼は、争い続ける分厚い群衆の壁を無視し、先を見ていた。
ぶつかり合う肉体など見る価値すらない。見えるのは、その価値かあるのは魂だけなのだろう。
言った途端、対峙していた敵の体は粉のように散った。何が起こったのかわからなかった。
まるで見えなかった、と君は正直に告白する。それは自分の油断ゆえに起こったことだ、と考えていたからだ。
君たちはすぐに反転し、ルシエラの元へ向かう。
***
すでにルシエラの顔には正体がなかった。
その声は彼女のものだが、どこか遠くから聞こえる声のようでも、別人のようでもあった。
君が到着したのも、ルシエラが遠い声を呟いていた時だった。
シミラル、やるで。
2頭の獣はルシエラに向けて大口を開ける。すると何か文字のような形をした光の粒が彼らの口に吸い込まれていく。
食べながら、その代物を吟味しているのか。どうやらタピーロという種族は食べることで記憶を分析できるらしい。
やがてルシエラから光の粒の放出が止む。ジェネティスは全て吸い出されてしまったのか。
よろめき倒れるルシエラの声はいつもの調子だった。
彼女の体が地面に落ちる前に、アルドベリクはそのか細い肩を抱き止める。
アルドベリクは辺りを見回し、いまだ戦闘が続いているのを確認する。
アレはそれほどの脅威はない。全滅させたら終わりになるやろ。
君は珍しく彼の感情が読み取れた気がした。いつもは何事にも動じることのない彼が、はっきりと安堵の様子を見せた。
彼も不安を感じていた。そんなことを考えていると、アルドベリクが漏らすように言った。
まだ終わってないんじゃないか、と。
ルシエラが囮になると言い出した時、いつか、これと同じことかあったのではないか?
そんなことを考えていた。
そっとルシエラの頬に手を添える。その素振りは、そこにとある温もりを確かめているように見えた。
その手に応え、ルシエラの嶮がわずかに動いた。
重たい瞼を押し上げ、瞳を開くと、そこにはアルドベリクが映っていた。
ルシエラは頬に添えられた手に自分の手を重ねた。