【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story2
story3 中級 変異
呻きを上げた貴族の体は崩れ、歪み、溶けた。かと思えば、再び形を成した。
それは見たこともない禍々しい生き物で、見ただけで嫌悪を催すような姿をしていた。
まるで目的を持って、そんな形をしているというくらい、よく出来たバケモノだった。
君はウィズの言葉に頷いて、戦いの構えを取る。ふと、妙に周囲が静かなことに気づいた。
嫌な予感が背筋に走り、君は辺りを見渡す。
喧嘩を見物している時ですら、平気で騒いでいた魔族たちが皆、うろんな目をして佇んでいる。
魔族たちは恐ろしい呻きをあげて、体を怪物へと変化させる。
どこかで激しい爆発音がした。巨大な火柱が上がり、怪物の無数の影が空へと飛び立った。
そして、一瞬にして、フェスティバルの会場は炎の波に呑まれた。
間一髪だった。異変を察知した君はすぐに魔法の障壁を張った。
おかげで辛うじて難を逃れることが出来た。
怪物たちの群れは、空を渡る黒い帯となり、君たちがやって来た方角――アルドベリクの居城へと伸びていた。
あそこにはルシエラたちがいる。
察したアルドベリクはすぐに翼を広げ、飛び上がった。
と言うなり、彼はすっ飛んで行った。面白い人だな、と君は心の中で思いながら、後を追った。
***
ウィズに促され、君は空を見上げる。
攻め入る怪物たちに向かい、城の方からも魔界の兵たちが飛び出していた。
だが、ぶつかり合うふたつの群れがもつれあうように争い始めると、それらは妙な動きを始める。
始めはただ魔界の兵が押されているように見えたが、そうではなかった。
戦い始めると、魔族は次々に怪物へと姿を変えた。
何となくわかります、と君は答える。
君は頭上を見上げる。
言い残すと、アルドベリクは怪物を蹴散らしながら、城へと向かった。
***
ルシエラは胸にふたりの子供を抱えながら、城内の廊下を飛んでいた。
怪物の襲撃を察して、危険の少ない方へ向っている最中だった。
ふたりは黙って頷いた。良くない記憶がその頭の中で駆け巡っていた。
僕たちの世界に伝わる予言です。それはいつか必ず起こると言われています。
そして、本当に起こったんだ……。
何の変哲もなくて、下らないくらいですよ。それに、もし本当だったとしても……。
運命とか宿命は蹴っ飛ばす為にあるんですよ。
ルシエラは城の奥にある一室の前で翼を下ろす。
と、扉を押し開ける。
***
駆けつけた時、ちょうど扉が破られたばかりだった。怪物たちは我先にと室内へ突入していく。
こちらを察知した怪物たちが、大挙して向かってくる。
***
猛烈な勢いで、怪物たちを打ち倒していく君たち。
だが行く手を遮られ、扉の向こうに次々と怪物たちが雪崩込む。
何が起きたのか、怪物たちが部屋に入った途端、目の前で大きな爆発が起こった。
立ち込める粉塵の中から人影が見える。
ふたりの間から、にょっこりと顔を出したのはルシエラだった。その傍に子供たちもいる。
追手についてこられても困るからな。
敵の目をクィントゥスさんの方に向けて、その間に逃げればいいんですよ。
納得するクィントゥス。おだてるルシエラとイザーク。それを見て呆れるアルドベリクとエストラ。
一同はクィントゥスを残し、離脱の準備に入る。
根拠はないが、必ず戻るはずだ。
クィントゥスを見る君の不安げな視線に気づき、イザークが言った。
***
迅速に撤退を済ませた君たちは、アルドベリクの領地を離れ、敵の手の及ばぬ場所へとたどり着いた。
到着早々にイザークが、皆の前に立ち、話し始めた。
だが問題は、攻めてきているのは何者か、だ。
考えてもみろ。敵はどこから現れた?
君は突如として魔族たちが苦しみ始め、体を変異させたあの光景を思い出す。
敵は、味方だったものの体を作り変えて現れた。
ルシエラの両脇に立つ少年と少女が、怯えとも懇願ともとれる目を皆に向けていた。
世界を滅ぼす疫病だと。
アルドベリクは少し笑いながら言った。何かの皮肉のように聞こえたのだろう。
ただし、肉体を壊す病ではなく、魂の病だ。
聞きなれない言葉にきょとんとしていた君に、アルドベリクがそう教えてくれた。
story4 上級 冥道下り
「死ねばいい」。とんでもなく突飛なことを、イザークは平然と言った。
その言葉を受けたアルドベリクたちも、発言がもたらす不可解さを隠そうとしなかった。
イザークは小瓶を取り出して見せた。中には黒い液体が満ちている。薬の類だろうかと君は考えた。
すると一時的に肉体が死に、死界で活動できるようになる。
真っ先にエストラが辞退を表明し、言い終わると、なぜかちらりとアルドベリクを見た。
明らかにイザークはアルドベリクに向けて言っていた。
「「「じー……。」」」
君を除く全ての視線が、アルドベリクに向けられている。つまりそういうことなんだろう、と君は察する。
え……。と君はうわずった声を漏らす。あまりにも唐突だった。
ウィズがそう言うのも無理はない。君もその意見に何度も頷いた。
つまり、イザーク、ルシエラ、エストラに対して。自分とアルドベリクとウィズ。数の上では互角である。
と、議論の略の中に、ドンと激しい音をたてて、何かが落ちてきた。
と、砂煙の中に立つクィントゥスは快活に言い放った。
迎えの言葉もなく黙ったままの仲間たちを見て、ようやくクィントゥスも彼らが真っ二つに分かれて、にらみ合っていることに気づいた。
出し抜けにイザークが問いかけると。
およそ何も考えてないであろう答えが、返ってきた。
結局、君とアルドベリク、そしてウィズは、死界へ向かうための秘薬を飲んだ。
皿に落とされた秘薬の雫を舐め、意外だというようにウィズは呟いた。
君が大丈夫だと言うのも聞かずに、ウィズは強情を張って、同行することを押し通した。
それが理由らしい。仕方がないな、そう思いながら、君は目を瞑った。
***
目を開けると、そこは死の世界であった。
出来なければ、魂を奪われる。……行くぞ。
***
どろどろと湿った沼地であった。薄暗く、差す光もなく、水も泥も腐った臭いをさせている。
分かりやすく例えるとすれば、そう表現出来た。
そのぬかるみの中に踏み込み、足を抜き、また踏み込む。
いつも何気なくやっている歩くという行為が、途方もなく苦しいことのように感じられる。
アルドベリクの翼は鉛の様な水でぐしょぐしょに濡れている。飛び立つことはおろか、開くことすら叶わない。
いつものウィズの軽口もない。口を開けば、弱い言葉しかでない。それなら黙っているしかなかった。
それは君も同じだった。ただ黙って、腐ったぬかるみの中に足を踏み入れる。
雨が降った。重たく、体を打ちつける雨だった。息が出来ないほどの勢いで振り続け、体から体温を奪っていった。
君は小さく頷いた。耐えることしか自分たちには出来ない。唯一の抵抗は進むことだ。
激しい雨音の向こうから、声が聞こえる。幻聴のように聞こえるかと思えば、耳元で囁くようにも聞こえる。
その嫌な声から逃れようと、君は耳を塞ごうとした。
アルドベリクの言葉が君を踏みとどまらせる。逃げることは出来ない。恐れることも。
君はさらに一歩前に進む。
お前たちの別れは死だ。死はお前たちのため込んだ記憶を、想いを、全て奪う。
お前は、死を恐れる。
激しく降る雨のべールの表面に幻影が見える。それはルシエラの姿をしていた。
ルシエラの幻影が変異していく、不気味な、何者かへと……。
アルドベリクの背中がわずかに震えた。すぐに声が出なかった。
君は全力で、前へ踏み出す。アルドベリクの横に並び立ち、雨で閉ざされた前へ向かって叫ぶ。
我々は死を恐れない、と。
その言葉の前に、ルシエラの虚像は崩壊する。
本性をさらした声の主は、金切り声を上げ、悪あがきを始めた。
***
BOSS
***
敵を倒すと、雨は止み、ぬかるみも嘘のように退いた。
それだけ言って、アルドベリクは先へ進む。彼にしては、少し素っ気ない様子だった。
雨が止んだ頃から、目の前に人影が立っていた。
使いの者だろうか。君はその少女を見て、拍子抜けする。
ここに来るまでの過程を考えると、強面の迎えが待っているのだろう、と君は考えていた。
だが、違った。
少女は名乗りもせずに、君たちに背を向けて、歩き去る。ついて来いとは言わなかったが、ついて行くしかない。
***
少女について行くと、城の一室に辿り着いた。中央には玉座があり、そこにだらしなく腰掛ける少年がいた。
見た目は少年だが、わざわざ彼を頼ってここに来たのだ。姿に惑わされてはいけない。
一体これから何が起こるのか、と君は少し緊張する。
と怪厨そうに振り返る。
キミちょっとボクに対する尊敬とかないよね。それアカンよ。キミ造ったんボクやからね。
キミにとってボクは親みたいなもんやからね。親は大事にせなアカンよ。
ご先祖さんは拝まなアカンよ。話聞いてる?
それ良くないよ。それ一種の脅しやからね。簡単に言うとそれ……脅しやからね。
なぜか君たちを放り出して、些細なことで言い争いを始めた。
本題に入れ。
ヴェレフキナは君たちに向き直り、真剣な調子で始めた。
この口ぶりでは、向こうもある程度は事情を把握しているようだ。と君は思った。
乗っ取って書き換える。キミらも見たんちゃうか?
目の前で魔族たちが怪物へと変わったあの光景を君は思い出す。
完全にアウトや。
いっぺん、ドツキ回さなアカンよね。そんなヤツは。