【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story5
最終話 絶級 宿命の殺し合い
何が起こったのか、理解できなかった。いや、にわかには信じがたかった。
ふぅむ。
ぐぅ……。
跪くアルドベリク。腕を取り見下ろすルシエラ。
何が起こったかはわからないが、何か良くないことが起こっている。それだけはわかった。
白炎が君の目の前に舞い降りる。
どうしました?
あんのガキィ……。
出し抜けにヴェレフキナが忌々しげな言葉を呟いた。
ヴェレフキナ。あいつ、ジェネティスだ。
わあっとる!
分かるように説明してください。
あいつ、咄嵯に分からんくらい小さな自分をルシエラの中に残しておいたんや。
そうやって時間稼いで、ルシエラの記憶を読み取ったんや。
ルシエラを教う方法はないのですか?
……ルシエラの記憶の書き換えが完璧ちゃうことを期待するだけや。
可能性は低い。というか両者の同化が著しくて、判別が難しい。
ヴェレフキナが濁した言葉の先をシミラルが継いだ。
冷静に状況を分析し事実を伝えた。必要だから……。そんな調子の言葉だった。その言葉を聞いて、
ならこいつはもう、ルシエラではないのか……。
もう……元には戻らないのか?
抑えつけられた腕をやり返しながら、アルドベリクは立ち上がる。
悪いが……難しい。
難しい。精一杯の希望を絞り出し、ヴェレフキナはそう言った。
ひとつ救いがあるとすれば、ジェネティスはいまルシエラの体に縛られている。
ルシエラを殺せば、ジェネティスも死ぬ。
シミラル!
必要だから伝えた。
……そうか。
「それと、この戦いが終わったら、あの約束を果たしてくださいね。
あの花が咲いている所に連れて行ってくれる約束ですよ。」
「ああ。」
「この花をいっぱい敷き詰めて、その上で眠りたいです。」
ああ。あの花の上で……。殺してやる。
言うと、ルシエラに掴みかかり、共々空へ飛び上がった。
君の横にシミラルが駆け付けて、
乗って!
言われたまま君はその背に飛び乗る。
追いましょう!
***
白い翼と黒い翼はもみ合いながら、花の咲き乱れる丘へと落ちた。
衝撃につられ、赤い花びらが血のように吹き上がり、白い花びらが雪のように舞った。
君たちもすぐさま降り立った。
ここで、殺してやる。
ぐぅぅ……。
花の上へ叩きつけた勢いのまま、抑えつけたか細い首に力を込める。
ここ?……知ってるぞ。
ルシエラの記憶の中にあった。
そうや。ジェネティス食う時に見たとこや。アルドベリク、答えろ!ここが“あの場所”か!?
関係ない!
言い切るアルドベリクをルシエラは嘲笑する。どこにそんな余裕があるのか、気分の悪くなる笑い声をあげた。
ハハハハァ!そうよ、ここよ。この思い出の場所で私を殺してくれるそうよ。
ああ。殺してやる。
さらに腕に力を込めるアルドベリク。突然、ルシエラはもの悲しげに言った。声はまるで別人のようだった。
いつもそう……ここで私を殺せば私が幸せなのそれって誰が決めたの?
な……?
意表を突かれ、腕の力が緩む。再び力を加える勇気はなかった。
あの時、あの花を摘みに行くのを見て、私がどう思っていたと思う?
知らないでしょ?どうして一緒にいてくれないの?そう思っていたのよ。
最後の瞬間まで、そう思っていた。あなたは花ばかり摘んでいたけど。
私はそんなこと求めてなかった。可能性を捨てたのだって………
あなたが勝手に決めた……。いつも………いつも……。
黙ってれば好き勝手しやがってよぉ!……ここで殺してやる?
お前が死ねよ!!
くあっ!
ルシエラが怒号と共にアルドベリクを吹き飛ばす。そのままゆらりと立ち上がり、顔を覆う髪をかき上げると、
お前が死ねよ……。
すでにそれはルシエラ以外の何かだった。
殺してやる、ルシエラ。
アルドベリクの不安は的中した。起こるべきことは、必ず起こる。
君は手にしたカードを握りしめ、つぶす。
アホが!
突然、ヴェレフキナがアルドベリクに体を当てて吹き飛ばした。
何をする!
アルドベリク!まだ方法はある!殺すな!生きたまま捕まえろ!
シミラルぁ!この花や!この花の香り。しっかりと記憶しとけ!
もうやってる。ウスノロ。
上出来や!
アルドベリク、冷静になりなさい!
状況が絶望的なものであるのは、認めます。けれど、あなたは……。あなたたちは!
わずかでも可能性があるなら、それを捨ててはいけません!
その言葉に反応し、アルドベリクは激情から踏みとどまる。
ヴェレフキナ。本当に救えるのか……?
感情を噛み殺し、アルドベリクは答えた。少しだけいつもの彼に戻っているようだ。
ボクの魂賭けたるわ。
殺し合いは終わり?一緒に宿命をやり直しましょうよ?アルドベリク。
殺し合いの宿命をね、クソ野郎。
キミ、ふたりを助けるにゃ。ふたりを。
君は頷く。黙って、何も言わず……。戦いの構えを取った。
***
BOSS ルシエラ
***
キシャァァァーー!
どこにそんな力があるのか。相手は全身のバネを使い、飛びかかってくる。
それだけではない。両翼の浮力を活かし、重力からも逃れ、その動きは不規則極まった。
もちろん殺さずに捕らえるという伽も重く、君たちの身動きを奪っていた。
徐々に焦りも生まれてくる。
肉を切らせて骨を断つ。それしかないですね。
それなら俺がやる。
次の瞬間、アルドベリクは前に出た。無防備に、構えを解いて、ただ立っていた。
君は彼を守ろうと一歩踏み出す。
待つにゃ!ここはアルドベリクに任せるにゃ!
ウィズに促され、君は思い直す。ここは彼に任せるしかない、と君は覚悟する。
でたらめな軌道を描いて、ルシエラはアルドベリクに激突する。
お前が死ね!
ルシエラの爪がアルドベリクの肉を引き裂く。
ああ。お前が死んだら、俺も死んでやる。
その傷をもろともせず、そのままルシエラを抱きしめる。
だから、大人しくしろ!
背中に回された手は、ルシエラの両翼をへし折る。
離せえ!
腕の中でのたうち回り、肩に噛みつき、肉を噛みちぎる。
それでもアルドベリクは、しっかりとルシエラを抱きしめている。
花の上に押し倒し、手を握ると、自らの手もろとも剣で貫く。
捕らえた……。
さあ、始めてくれ。
任せとけえ。
無駄だ!ルシエラごと消えてなくなるぞ!それでいいのか!
2頭の神獣に食われながら、最後のあがきのように喚き散らす。
無駄だぁ!無駄だぞぉ!
声が遠くなる。ルシエラの皮膚を覆った殼もぽろぽろと剥落していく。やがて。
往生際の悪いやっちゃ。
全てが終わったように、静けさが帰って来た。
アルドベリクはルシエラと自分を繋げる剣を引き抜く。彼女はまだ眠ったままだ。
すぐに目覚めるのか?
もう目覚めてるやろ。
アルドベリクがルシエラを見返すと、彼女の目はもう開いていた。
大丈夫か?
手が痛い。翼も……。
すまない。仕方がなかった。
……あなた、誰ですか?
君は胸が締め付けられるように感じた。あるいは後遺症があるのかもしれない。あるいは失敗した、ということも。
どういうことだ、ヴェレフキナ。
さあ?知らん?
知らない?ちゃんと説明しろ。
だって、ボクは完璧にジェネティスとルシエラを区別してアイツだけ食べた。
花の香り。より具体的な記憶を元に区別したの。
口で『甘い』言うよりも、食べてみた方が分かりやすいし、強い記憶や。
ここにある花の香りを鍵にして、ルシエラの記憶を見つけた。
面白いことにジェネティスは、五感を完全に閉鎖しとった。たぶん痛覚が邪魔やと思ったんやろうね。
たしかに戦った時、痛みを感じていた様子はなかった。
だからアイツは花の香りを口では説明できるけど、具体的には知らない。ドンピシャやね。
そんなことは聞いてない!この状況はどういうことだ。
だから……知らん言うてるやん。
言うてるやん。
笑い声が聞こえた。
ぷぷ。ぷぷぷ。……冗談ですよアルさん。ビックリしましたか?
なるほど。彼女らしい。いたずらだったのか、と君は胸をなでおろす。もちろん、アルドベリクも。
お前は……。
多少呆れているか、ムッとしているかはしていたようだか。
ここが約束の場所ですね。
ルシエラは顔の真横にある花を見た。大きく胸を膨らませて、その香りを吸い込むと、瞼を閉じた。
このまま、眠ってもいいですか?
ああ。
返事を聞くと、彼女は花の中に埋もれるように眠りに落ちた。
終わりましたね。
まだやで。ジェネティスの分身があちこちに残ってる。世界を股にかけてな。
ではその討伐も考えましょう。ただ、いまは少し休ませてください。
賛成。
君もふたりについて、その場を後にすることにした。
ヴェレフキナだけは、少しアルドベリクに用があるのか。最後まで残っていた。
ん~……。お。あれでいいやろ。カッー、ペエッ!
何をした?
ああ、使ってない肉体に魂を移したんや。
放置されていた亡骸がむくりと起き上がる。
チチチ?
無害にしたジェネティスや。持って帰ってもええんやけど………
死界に送ってもらった方が早い思てね。方法はキミに任せるわ。
なるほど……。
アルドベリクはゆっくりと新たな身体に移ったジェネティスの元へ歩いていく。
あんじょう頼んまっせ。
とヴェレフキナはアルドベリクに背を向け、去っていった。
さて。悪いが俺は血も涙もない魔族だ。手加減なんて言葉は知らん。
俺が魔王と呼ばれる理由を、お前にだけ教えてやる。……クソ野郎。
誰にも、内緒だぞ。
チチチ~?
チチチーーッ!!
***
奇妙な声が聞こえた。そんな気がした。何か聞こえた?と君はウィズに尋ねる。
気のせいにゃ。
そうかもしれないと思い直し、君は仲間たちの方へと向かった。
エピローグ
「ふう……。」
目の前で黒猫の魔法使いが消えてから、しばらくの間、オルハは異界の歪みの発生を、神経を研ぎ澄まして待ち続けた。
そしてようやく、いつもの如く白日夢が歪みの発生を教えてくれた。
そこは以前、魔法使いが歪みの中に消えていったところだった。
「もうすぐね。……あ。」
花が舞った。風に吹かれたのではなく、歪んだ空間に引き裂かれて、舞った。
花の吹雪が去った後、開いたオルハの眼に映ったのは一本のボトルだった。
見たこともない禍々しい絵の描かれたラベル。
それが貼られているボトルの中身はとうの昔に飲み干されていた。
「何かしら?」
怪訝に思いつつも、オルハはそのボトルを持ち上げた。
空っぽのボトルの底には小さく折り曲げた紙片がある。
蓋を取り、しばらく下に向けて振っていると地面に紙片が落ちた。
「あら?」
そこに書かれていたのは、見慣れた形の文字だった。
もうしばらくこちらにいます。
楽しくやっているので、心配しないでください。
最後には黒猫の魔法使いの名が署名されていた。
「う~ん。これなら、心配ないわね。」
オルハは風に誘われるまま紙片から指を離した。
紙片は、花と共にどこかへ消えた。
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