【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story3
story5 聖王と魔王
ここに来ると、いつも悲しい気持ちにさせられます。
緑色の絨毯に覆われているが、所々に大きな窪みや唐突な隆起が目立つ。
見た目の鮮やかさに反して、そこには戦いの傷跡しかなかった。
長い魔界との戦いで散った同胞の声が聞こえるようです。
こんな所で会談を申し込むとは、奴の考えが分かりかねます。
そうですか?私には少し分かる気がします。ここには戦いの虚しさしかありません。
そんなところで、戦争の話はないでしょう。
その考えも、私には分かりかねます。
考え方はひとそれぞれです。
数歩離れた先の地面の一部に穴が空いた。ゆっくりと浮かび上がってくる黒い翼に、ミカエラは安堵と緊張を同時に感じた。
よく来ました……魔王イザーク。
あえてつけられた『魔王』という肩書に、イザークは姉であるミカエラの真意を察する。
いまは姉弟ではない。少なくともいまこの場では魔王と聖王なのだ。という決然とした意志を。
こちらこそこの場を作って頂き感謝する。聖王ミカエラ。
早速だが、要件に入ってもらおう。
無論。天界と魔界は長い間戦い続けている。
ええ。
それをやめるつもりはない。ただ、いま我々魔界は、少々厄介な敵と対峙している。
一時的な休戦と……共闘を申し込みたい。
バカなことを。貴様ら魔界の危機に、我々が指をくわえて見ているだけでいろだと?
あまつさえ、共闘しろとは。片腹痛い。
貴様らの危機は、我々の好機だ。
イザークは何とも答えなかった。
一息にまくしたてたマクシエルはミカエラの顔を見る。
まだそこには同意も拒否もなかった。冷静に真意を見定めている。そんな様子だった。
敵は、何者ですか?
詳しくは調査中だ。実体を持たず、体から体へと移動し、多くの世界に侵攻している。
それゆえ、我々は死界の協力を仰ぎ、彼らは協力を約束してくれた。
……そうですか。
その話に何の正当性があるのだ。死界が協力しようがしまいが、貴様らは敵だ。
他の者が滅ぼしてくれるなら、我らの手が省けるだけだ。
分かりました。協力しましょう。
ミカエラ様!とても正常な者の判断とは思えません。
本来、どことも干渉しないはずの死界が協力すると判断したのは、それ相応の事態だということです。
事態が収拾するまで安易な侵攻や敵対は禁止します。
共闘の件も約束いたしましょう。
協力感謝する。
馬鹿な!なぜ我々が魔界の手助けをしなければならないのです。お考え直し下さい!
マクシエル、二度は言いません。天界はこの戦いに協力します。
事は魔界だけの問題ではないのです。
ですが!
言いかけた所で、イザークがマクシエルを睨みつける。
先ほどから気になっていたのだが、なぜ王同士の会談の場に貴様風情がいるのだ?
王が発言するよりも先に発言し、まるで対等の立場であるかのように、意見する。
何の権利があって、貴様はそうするのだ?
失せろ。
ぐっ……。
即刻、この場で切り伏せられなかっただけでもありがたく思え。
魔王イザーク、配下の者の非礼を詫びます。……マクシエル、あなたは魔界へ向かう手はずを整えてください。
申し入れを受けて頂き感謝する。では、魔界で……。
ええ。……魔界で。
会談の終わりと共に両者は瞳を返し、背を向け合い、それぞれの場へと帰る。
いつかの決別と同じように、お互いがお互いのことを理解し合い、納得した上で、天界と魔界へ帰っていった。
story6 魂呼
魔界に戻った、つまり甦った君はさっそくヴェレフキナに言われた通り、彼ら死界の者を呼び出す儀式の準備をした。
ほら、言ってた草を拾ってきたぜ。
ありがとうにゃ。茎の皮をむいて、その皿の上に置いてほしいにゃ。
必要なものを集めるのは、魔界の住人たちに任せ、君は簡易的な祭壇を用意していた。
知っている魔法の象壇に似た所があったので、こちらはすぐに準備出来た。
ただヴェレフキナに指示されたものの中には、特殊なものも多かった。
悪霊キュウリと無慈悲茄子……。こんなものをどうするんだ?
そのふたつに棒を4本刺して、牛と馬の人形を作ってほしいにゃ。
エストラはウィズの指示通り、4本の棒をそれらに刺し、手足に見立てた。
牛と馬……には見えんな。
後は供物にゃ。獣の血を使ったものがいいと言っていたにゃ。
それなら、そこらの獣を掻っ捌いて供えればいいんじゃねえか。
獣……獣……。獣っと……?
と、あたりを探るクィントゥスの視線、エストラの視線、君の視線が、ひとつに交わる。
にゃ!?何こっち見てるにゃ。私をそのへんの獣と一緒にしないでほしいにゃ。
そもそもキミ!なんで私を見たにゃ!獣だと思っていたにゃ!
考えもなく見てしまっただけです、と君はウィズをなだめる。
ウィズが毛を逆立ててフーフー言っている所にルシエラがやってくる。
魔界のお菓子〈ダークサンブラッド〉が山のように盛られたトレーを両手に抱えている。
皆さん、ご苦労様です。ほら(ダークサンブラッド〉の差し入れですよ。
お。ありがてえ。ひとつ頂くとすっか。
君もクィントゥスに倣い、ひとつ手に取る。
ふと、その豆を血色に煮て作られたお菓子を見て、君はあることを思い立つ。
別にこれでもいいんじゃない、と。
キミもそう思うかにゃ?私もいまそんな気になったにゃ。
君は周りのみんなに意見を求めた。みんなは……。
いいんじゃねえか。
いいと思うぞ。
なんでもいいと思いますよ。
というわけで、君は2、3個取り分けて、祭壇の前に供える。
では火を起こすにゃ。
君は簡単な魔法を使い、集めてきた植物の茎に炎を灯す。
これで完成ですか?
そうにゃ。ヴェレフキナたちはこの火を目印にして、その牛と馬に乗って、やってくるらしいにゃ。
炎から立ち昇る煙が空へと伸びてゆく。たしかにそれは何か道しるべのように見えた。
しばらくすると、炎に合わせ揺らめく牛馬の影が、意思を持ったかのように轟き始める。
始まったか。
あらぬ方向へと伸びたり縮んだりを繰り返した後、炎が消えた。
一瞬下りた暗闇の薄布に視界を奪われ、闇と静寂が君を包む。
やがて闇に眼が馴れてくると、目前に明らかな気配を感じる。そこには、
まいど。
まいど。
……なんだこれは?
なんでしょうか?と君はエストラに同調する。
声に聞き覚えはあるのだが、姿形が違い過ぎて、どう考えればいいのか悩ましい。
なんやとはなんやねん。ボクやヴェレフキナや。
なんやとはなんやとはなんやねん。シミラルや。
せっかく死界から出張って来たのに、その態度、ごっつ傷つくわ。
こっちはこれでも切り札やねんで。
……まあそれはええわ。それよりもアレ、なんや?
と鼻を祭壇の方へ向ける。〈ダークサンブラッド〉のことを指して言っているようだ。
供物です。と君が答える。
アホ。それは分かってる。ボクは獣の血を使え、言えへんかったか?
言いました。と君はヴェレフキナの言葉を認める。
せやろ。言うたやろ。それをなんや、あんなけったいなモン使うて。
血の色をしているし、美味しいから大丈夫だと思った、そんな風なことを言って君は自己弁護を試みる。
せやね、血の色してるしね、それに美味しいし、これでもまあええやろ。
……ってなるか、アホ!キミ、2本足で立ってたら、熊でも人や思うん?思わんやろ?
でもヴェレフキナ。これ本当においしい。
説教するヴェレフキナの後ろでは、シミラルが勝手に供物を食べ始めている。
キミ、ボクが説教してる横で、何食べてんの?常識あるん?あとボクの方が偉いんやから、タメ口やめてな。
うるさい、バカ。
そのやり取りを皮切りにして、ふたりはまた喧嘩を始めた。それを見なから君たちは、
……言われたことはやったにゃ。
と納得するしかなかった。
story7 決戦前
猫!にくきゅう、ぷにぷにしてる!
そ、それはわかったにゃ……。
もうリザばっかり、にくきゅう触るなよ。僕にも変わってよ。
私は肉球ばっかり触られるのか嫌にゃ。
ぷにぷに。ぷにぷに。
戦いと戦いの合間に訪れた休息。
緊張から解放されたからか、いままで見たことのない子供らしさをリザとリュディが発揮していた。
そのせいで師匠が苦労しているか、もう少しだけ我慢してもらおうと君は思った。
安息は誰にでも必要だ。ましてあの歳で異界を漂流してきたふたりには、絶対に必要なものだ。
それにしても……。と君は見上げる。
こちらに帰ってきてからのアルドベリクは、何か考え事をしているように思えた。
岩の上に腰をかけ、じっとしている姿はそんな風に見えた。
…………。
ただし、それを心配するのは、自分の役目ではないだろう。そう考えながら、君は子供たちの方へ向かう。
元気が無いですね、アルさん。
お前は俺たちの未来をどう思う?
んー?どういうことですか?
俺たちを縛っていた鎖は本当に解けたのか。時々俺は疑いたくなる。
まだ俺たちはあの鎖に繋がれたままで、またあの決められた運命に従う……。
そんなことを疑わないか?
んーまあ、あると言えばありますし、ないと言えばないですね。
でもそれって普通のことじゃないですか?先のことが分からなくなって不安になる。
それは普通で、当たり前のことですよ。つまらないくらい普通ですよ。
嫌な予感がする。
きっと良い予感がする時もありますよ。
ルシエラはアルドベリクに分かるよう、彼の顔の前を経由して、その細い指で子供たちを指差す。
あの子たちの世界は、予言を信じて生きているそうです。
いま起こっていることは、すでに予言で決められた。世界の終わりなんだそうです。
信じることは、確かに強い力を生み出すかもしれないです。
でも彼らが信じているのは、世界の終わりなんですよ。
そんなもの蹴っ飛ばしてあげるのが、アルさんの役目ですよ。
お前は俺を何だと思っているんだ。
アルさんです。
アルドベリクはルシエラの顔をちらりと盗み見る。
彼女はじっと前を見たままだった。そんな風に横顔を見るのは初めてかもしれない。
あるいは別の時間、別の自分たちでは、あったのかもしれないが。
数秒経ち、自分が彼女の横顔を見続けたままだと気づいたアルドベリクは視線を戻した。
あの子たち、どうしましょうか?
ひとりも3人も変わらない。
ですよねえ。
ルシエラが嬉しそうにこちらを見たのがわかった。
それと、この戦いが終わったら、あの約東を果たしてくださいね。
なんだ?
あの花が咲いている所に連れて行ってくれる約束ですよ。
ああ。あれか。あそこは天界なんだ。そう簡単には行けない。
それなら天界を奪ってください。
相変わらず本気か冗談か分からない調子だった。
お前は俺を何だと思っているんだ。だがまあ、考えておこう。
呼ぶ声がする。その何気ない呼び声が戦いの始まりを予感させた。