【黒ウィズ】双翼のロストエデン2 Story3
story5 聖王と魔王
緑色の絨毯に覆われているが、所々に大きな窪みや唐突な隆起が目立つ。
見た目の鮮やかさに反して、そこには戦いの傷跡しかなかった。
そんなところで、戦争の話はないでしょう。
数歩離れた先の地面の一部に穴が空いた。ゆっくりと浮かび上がってくる黒い翼に、ミカエラは安堵と緊張を同時に感じた。
あえてつけられた『魔王』という肩書に、イザークは姉であるミカエラの真意を察する。
いまは姉弟ではない。少なくともいまこの場では魔王と聖王なのだ。という決然とした意志を。
一時的な休戦と……共闘を申し込みたい。
あまつさえ、共闘しろとは。片腹痛い。
貴様らの危機は、我々の好機だ。
イザークは何とも答えなかった。
一息にまくしたてたマクシエルはミカエラの顔を見る。
まだそこには同意も拒否もなかった。冷静に真意を見定めている。そんな様子だった。
それゆえ、我々は死界の協力を仰ぎ、彼らは協力を約束してくれた。
他の者が滅ぼしてくれるなら、我らの手が省けるだけだ。
事態が収拾するまで安易な侵攻や敵対は禁止します。
共闘の件も約束いたしましょう。
事は魔界だけの問題ではないのです。
言いかけた所で、イザークがマクシエルを睨みつける。
王が発言するよりも先に発言し、まるで対等の立場であるかのように、意見する。
何の権利があって、貴様はそうするのだ?
失せろ。
会談の終わりと共に両者は瞳を返し、背を向け合い、それぞれの場へと帰る。
いつかの決別と同じように、お互いがお互いのことを理解し合い、納得した上で、天界と魔界へ帰っていった。
story6 魂呼
魔界に戻った、つまり甦った君はさっそくヴェレフキナに言われた通り、彼ら死界の者を呼び出す儀式の準備をした。
必要なものを集めるのは、魔界の住人たちに任せ、君は簡易的な祭壇を用意していた。
知っている魔法の象壇に似た所があったので、こちらはすぐに準備出来た。
ただヴェレフキナに指示されたものの中には、特殊なものも多かった。
エストラはウィズの指示通り、4本の棒をそれらに刺し、手足に見立てた。
獣……獣……。獣っと……?
と、あたりを探るクィントゥスの視線、エストラの視線、君の視線が、ひとつに交わる。
そもそもキミ!なんで私を見たにゃ!獣だと思っていたにゃ!
考えもなく見てしまっただけです、と君はウィズをなだめる。
ウィズが毛を逆立ててフーフー言っている所にルシエラがやってくる。
魔界のお菓子〈ダークサンブラッド〉が山のように盛られたトレーを両手に抱えている。
君もクィントゥスに倣い、ひとつ手に取る。
ふと、その豆を血色に煮て作られたお菓子を見て、君はあることを思い立つ。
別にこれでもいいんじゃない、と。
君は周りのみんなに意見を求めた。みんなは……。
というわけで、君は2、3個取り分けて、祭壇の前に供える。
君は簡単な魔法を使い、集めてきた植物の茎に炎を灯す。
炎から立ち昇る煙が空へと伸びてゆく。たしかにそれは何か道しるべのように見えた。
しばらくすると、炎に合わせ揺らめく牛馬の影が、意思を持ったかのように轟き始める。
あらぬ方向へと伸びたり縮んだりを繰り返した後、炎が消えた。
一瞬下りた暗闇の薄布に視界を奪われ、闇と静寂が君を包む。
やがて闇に眼が馴れてくると、目前に明らかな気配を感じる。そこには、
まいど。
まいど。
なんでしょうか?と君はエストラに同調する。
声に聞き覚えはあるのだが、姿形が違い過ぎて、どう考えればいいのか悩ましい。
こっちはこれでも切り札やねんで。
……まあそれはええわ。それよりもアレ、なんや?
と鼻を祭壇の方へ向ける。〈ダークサンブラッド〉のことを指して言っているようだ。
供物です。と君が答える。
言いました。と君はヴェレフキナの言葉を認める。
血の色をしているし、美味しいから大丈夫だと思った、そんな風なことを言って君は自己弁護を試みる。
……ってなるか、アホ!キミ、2本足で立ってたら、熊でも人や思うん?思わんやろ?
説教するヴェレフキナの後ろでは、シミラルが勝手に供物を食べ始めている。
そのやり取りを皮切りにして、ふたりはまた喧嘩を始めた。それを見なから君たちは、
と納得するしかなかった。
story7 決戦前
戦いと戦いの合間に訪れた休息。
緊張から解放されたからか、いままで見たことのない子供らしさをリザとリュディが発揮していた。
そのせいで師匠が苦労しているか、もう少しだけ我慢してもらおうと君は思った。
安息は誰にでも必要だ。ましてあの歳で異界を漂流してきたふたりには、絶対に必要なものだ。
それにしても……。と君は見上げる。
こちらに帰ってきてからのアルドベリクは、何か考え事をしているように思えた。
岩の上に腰をかけ、じっとしている姿はそんな風に見えた。
ただし、それを心配するのは、自分の役目ではないだろう。そう考えながら、君は子供たちの方へ向かう。
まだ俺たちはあの鎖に繋がれたままで、またあの決められた運命に従う……。
そんなことを疑わないか?
でもそれって普通のことじゃないですか?先のことが分からなくなって不安になる。
それは普通で、当たり前のことですよ。つまらないくらい普通ですよ。
ルシエラはアルドベリクに分かるよう、彼の顔の前を経由して、その細い指で子供たちを指差す。
いま起こっていることは、すでに予言で決められた。世界の終わりなんだそうです。
信じることは、確かに強い力を生み出すかもしれないです。
でも彼らが信じているのは、世界の終わりなんですよ。
そんなもの蹴っ飛ばしてあげるのが、アルさんの役目ですよ。
アルドベリクはルシエラの顔をちらりと盗み見る。
彼女はじっと前を見たままだった。そんな風に横顔を見るのは初めてかもしれない。
あるいは別の時間、別の自分たちでは、あったのかもしれないが。
数秒経ち、自分が彼女の横顔を見続けたままだと気づいたアルドベリクは視線を戻した。
ルシエラが嬉しそうにこちらを見たのがわかった。
相変わらず本気か冗談か分からない調子だった。
呼ぶ声がする。その何気ない呼び声が戦いの始まりを予感させた。