【黒ウィズ】伝説再臨!アリエッタ編 Story
2016/02/29
story1 大魔道士はゆく
アリエッタ・トワは超天才である。
幼少の頃より様々な魔法学を修め、今に至るまでに多くの魔法を編み出した。
この世界における魔法大系を根底から覆し、全て過去のものにした。
魔法学園を飛び級で卒業し、“超越の大災害”と呼ばれる彼女は今、山を眺めている。
〈天高く突き上げるよう並んでいた山――“醜悪な山脈”と呼ばれていたところだ。
見事に……そう、ものの見事に。
アリエッタ・トワが吹き飛ばしてしまった。〉
〈“稀代の大魔道士”、“魔道を極めし者”、“慈悲なき暴力”、“大魔道怪獣”……。
様々な呼び名を持つアリエッタとはいえ、やはり“えらい人”に怒られることは避けたい。
今年に入って23件。この山を吹き飛ばした案件を含めて24件。
アリエッタの問題行動には、魔道士協会も頭を悩ませている。
まあ、いっか。今月は少ないほう。少ないほう。
〈――そう、この無駄なポジティブさに、魔道士協会は頭を悩ませているのだ。
人々の生活に役立つ魔法や、魔道障壁という画期的な技術の開発。
魔法の歴史を数百年進めたと言われるほどの才を持ち、全世界からの羨望を集める大魔道士だ。
そんな大魔道士であるアリエッタが、しかし畏怖の対象ともされるのは、この問題行動のせいである。〉
あんなところに山なんてあるのが悪い。そうだ。山が悪い。
〈体内に蓄積される魔法というものが、どうしても溢れてきてしまう。
抑えられない熱い思いなのだ。止めどなく魔法を追求したい気持ちなのだ。
だからアリエッタは止まれない。
否――止まってはいけないのだ。〉
***
エリス=マギア・シャルムは封印の魔法を使う名門の生まれである。
彼女の祖父が魔杖の封印に失敗して以降、国を追い出され、没落したと言われているが。
エリスが生まれてからは、その汚名もそそがれつつある。
彼女は凶悪な魔物、憎悪や怨嗟、そして魔道士を縛りつけることができる、特別に強力な魔法を扱えた。
魔物や魔道士の魔力を奪い、封印の罠に閉じ込めてしまうなど、秘めたる力は比類なきものだ。
そしてそれは、魔道士協会が喉から手が出るほど欲しがった力であった。
あの怪獣――アリエッタ・トワを押さえつけるために。
見なさいよ。山がなだらかな丘になっているじゃない。何をどうしたらこうなるのよ。
〈匣から現れた異形の何かが、アリエッタをとらえた。〉
それとね、アリエッタ。あなた嘘をつくとき、髪の毛を指でくるくるする癖があるわよ。
〈つい先日、人に取り憑いた魔杖を引き剥がしたその異形は、人間災害を相手に怯むことなく噛みついた。
シャルム家を恐れた魔物が、魔道士と一定の距離を保つかわりに差し出した贄――と言われている。
醜悪な容貌。匣のサイズにそぐわない巨躯。総てを喰らい尽くす凶暴さ。どれをとっても、少女が持つには不相応だ。〉
〈この異形は暴走少女を抑えるには、うってつけというわけである。〉
***
アリエッタは、一所にとどまれない性分だ。
高い山々を越えて、小さな船で海を渡り、とにかく様々な国に出現した。
不意の災害が襲ってきたと恐れる人々もいたが、概ね好意的に受け入れてもらえていた。
アリエッタの功績は世界に轟くものであり、否定する者はほとんどいないということだ。
暴走の結果として、人々に役立つものとなったことは……ほぼ全ての人が知らないことではあるが。
勝手気ままに生きるのはいいけれど、魔道士協会からの呼び出しはどうするの?
いつも無視しているでしょう。怒られるのは私なのよ。いい?怒られるのは私なのよ?
あいたぁっ!
〈エリスは大きくため息をついた後で、かぶりを振った。
如何に様々な功績を残そうと、アリエッタはまだ子どもである。
何よりこの性格のせいで、生活スタイルはめちゃくちゃだ。
エリスには、この大魔道士のお目付け役のほか、教育という重要な仕事があった。
立派な大人として、そして何よりも……“問題を起こさない”大魔道士として教育する、重大かつ世界のための仕事が――。〉
〈無論、それが何一つ上手くいっていないことは、もはや報告するまでもない。〉
……っていうか、ソフィがいた王都は海の向こうよ。
〈王都という言葉だけで、近場の王都を探そうとするのはアリエッタらしいともいえる。〉
やっぱり栄えてる街じゃないと。気分がねー、乗らないもんねー。
あなたひとりのために、さらに多くの魔道士をつけるべきか会議が行われてるのよ。
〈アリエッタは楽しげに笑いながら先へ先へと進んでいく。
あらゆる道理をもってしても、縛り付けることのできない少女。
これはその少女が、奮闘するお話。〉
story2 ある王都での噂
“街の向こうで怪物が暴れているらしい"
“凶暴で手をつけられないそうだ"
“それが本当なら、この街もそろそろやばい"
ようやく街に辿り着いて、宿を探しているとそんな言葉が飛び込んできた。
どうやら凶暴な魔物が街の近くに現れ、暴れているということらしい。〉
〈エリスはアリエッタの挙動を注意して見てみたがどうやら嘘はついていないらしい。
実際、アリエッタがここを訪れたのは初めてのことだった。〉
――例えばの話だが。
正義感の強いソフィやリルムであれば、そんな怪物に憤っていただろう。
レナであれば、“腕試しができる"と喜々として向かっていただろう。
しかし――。
〈アリエッタは、興味がなさそうに歩き出した。〉
***
夜も更けた頃。
まだ賑わいを見せる街中は、魔物の話で持ちきりだった。
日く“山をも越える大男”――。
日く“海をも飲み込む怪物”――。
日く“アリエッタ・トワの襲来”――。
どうやらまだこの王都には着ていないようだが、それも時間の問題だろうという話だ。
あなた、申請するっていう心がけはいいけれど、やれ靴紐が解けない魔法だの、やれ踏み込む足を限界まで伸ばせる魔法だの……。
どこで使うのよ!どのタイミングの魔法!?最近、そんなのばかり申請するから、協会が仕事に追われてるのよ!
いい?アリエッタ。尾びれじゃなくて骨にしなさい、骨に。骨だけスッととれたら、みんな喜ぶわ。骨よ骨。
〈アリエッタは空を仰ぎ見た。〉
〈エリスが杖を振り下ろして、嘆息した。
アリエッタといることで、溜め息の回数は増えたかもしれない。
アリエッタといることは、エリスが望んだことではあったが……。〉
〈アリエッタは自由気ままな子である。
気分が乗らなければ魔法を使うことすらない。
貴重な才能ではあるが……やる気にさせるのが非常に難しい。〉
〈アリエッタが髪の毛を指に絡ませながら、そう答えた。〉
〈せめてもう少し、やる気を出してくれれば………もっとアリエッタは世界に認められるだろうに。
エリスはそう考えてしまうのだった。〉
***
アリエッタは、辺境にある農村の生まれだった。
農業を営んでいた両親は、魔法の力で仕事をしていたものの、大した魔力は有していなかった。
姉が3人、妹が2人いるが、彼女たちもまた魔道士になれるだけの魔力はない。
アリエッタは、何故か生まれた頃から膨大な力を持っていた。
両親はほかの兄弟同様、アリエッタにたくさんの愛を注いだ。
彼女が特別な人間であること、いずれ魔道士として世界に名を轟かせるであろうという期待……。
そのとおり、アリエッタは8歳の頃に大国の魔法学園に入学し、わずか2年足らずで飛び級での卒業を果たした。
齢10に満たない頃には、もう彼女は大魔道士として世界に知られる存在であった。
それは、アリエッタの才能と魔力を見抜き、のびのびと育てていった両親のおかげだろう。
――のびのびと育ちすぎてしまった。
ほら、あそこに大きな月があるでしょう?
あれね、たびたび地形を変えるほどの魔法を使うアリエッタがやったんじゃないか?って言う人がいるのよ。
…………。
……あれ?犯人はわたしか?
私が言いたいのはね、あなたは羨望を集める魔道士だけれど、それと同等以上に恐れられているってこと。
〈結局、凶暴だと言われていた魔物はふたりが追い払った。
群れをなして暴れていただけで、アリエッタとエリスにかかれば、さほど問題にもならなかった。〉
最終話 大切な友人へ
エリスが王都での仕事をもらいに行く、と言って出たタイミングで、アリエッタもまた外に出ていた。
知り合ってから、だいたい2年ほど経った。
よくよく考えてみれば、アリエッタはエリスの誕生日を祝ったことがない。
魔道士の杖を製造することで有名な王都で、アリエッタはエリスの杖を買おうと考えていた。
エリスが使うシャルム家に伝わる鍵型の杖――匣の封印を解くために必要なものでもあった。
しかしどうだろう。
エリスはとても貧乏だ。収入の大半を実家に送り、必要最低限のものだけを買う。
だから杖も毎日磨き、メンテナンスも自分で行っている。
立場上、そこそこの実入りがあるにもかかわらず……。
だがこの王都なら……。
そう、この王都で代用の杖を手に入れれば、大切な杖をメンテナンスに出せるのだ。
ここに滞在する数日中に点検が終わることも確認済みである。
あとは代用となる杖。
貧乏ではあるが、穀然としていて高貴な雰囲気が漂うエリスに似合う、最高の杖だ――。〉
〈微小の魔力しか込められていない、アリエッタにとっては言ってしまえば役に立たない杖だ。
それどころかアリエッタは魔法を使うのに、杖や本を必要としないのだが――
それはまた別の話。〉
綺麗なやつかなー、でも高いやつのほうがよさげだなー。
〈エリスに嘘をついたが、そのお金だけは持っている。
だがこういうことの知識は、全くない。〉
善は急げだね!
***
杖。
買ってしまった。
〈綺麗に包装された杖を両手で抱えながら、アリエッタは店を出た。
決して安い買い物ではなかったが、彼女自身意外と溝足していた。〉
〈何の確証もないというのに、そうだと信じて疑わない。
そう。自分が間違いだと思わなければ、それは決して過ちにも失敗にもならないのだ。
暴走少女――アリエッタは、だから間違えたことがない。〉
やっぱりこういうのってタイミングだよねー。
うーん……。
〈そうして悩みながら歩いていると、ふと地鳴りが響き渡った。〉
〈魔道障壁をも乗り越え、訪れた巨大な魔物。
グルルルル……と唸り声を上げながら、人々の住まう建物を踏み潰していく。
恐怖に怯え漏れる声や、竦み上がり、振り絞るように出た悲鳴が伝播し、濁流のような人の波を作り上げた。
アリエッタの進む道とは逆方向に、どんどんと流れていく。〉
〈そして。
轟音とともに、手のひら大の魔法の塊がアリエッタの元へ飛んできて――
バキッ、と手元で嫌な音が響いた。〉
わたしの杖、折れたけど。
あ、いや、ちょっと待ってください……先日私の仲間を追い払ったのはあなたですね。特徴が一致してます。
そうだ。だとしたら私が謝る必要ないですよね。憎き仲間の仇ですもんね。返してください。私の謝罪を返してください。
いや、もちろん暴れてたのは悪いですよ。でもね戦いの末に肉離れですよ、私の仲間が。だから復讐戦とばかりに乗り込んできたんです。
〈アリエッタが秘める極大の魔力が爆発する。
魔道障壁という魔力や魔法を吸収する“壁”がまるで怯えるように振動している――それは巨大な魔物にも理解できた。
……理解できてしまった。〉
〈己よりも強大な魔力、あるいは凶暴性を秘めている“何かが”存在することを――この魔物はたった今知った。〉
***
〈アリエッタは何かを言いかけて、口をつぐんだ。
更地である。
街の外れであったことが幸いして、建物自体は壊れていない。
魔法によって舗装された道路は吹き飛んだ。
打ち捨てられていた瓦磯の山は消し飛んだ。
何かに扶られたように出来上がった凹凸。
被害と言えばそれぐらいである。〉
〈はた、とエリスはアリエッタが背中に隠している何かに気づく。〉
〈アリエッタは髪を指に絡ませながら、声を上げて笑う。
隙を見て、エリスはその奥を覗き込む。リボンで包装されてはいたが、間違いなく杖だ。〉
〈アリエッタが自分で使うために買ったものを、こんな丁寧に包装するわけがない。
エリスはそれを見抜いていた。〉
だいたい先端が折れたといっても、サイズがあなたに合わないわ。
〈エリスが杖を持ち替えて、アリエッタに見せつけた。〉
〈照れたように、それでいて嬉しそうにアリエッタが笑う。〉
〈そんなことを言って、アリエッタがエリスの腰をバシバシと叩いた。〉
〈その声が響き渡ったのは、魔物がいなくなり、落ち着きを取り戻そうとしている街中でのことだった。
アリエッタの暴走も、エリスの苦悩も……当面は続きそうである。〉