エターナル・クロノス3 Story2
Story03 ユッカのこと、本当のこと
それはエターナル・クロノスでの出来事だった。
ユッカとヴァイオレッタ、ルドルフがいつも通りバグの処理作業に勤しんでいた時である。
「ルドルフ、私のハンマーに何か機能追加した?」
手に持ったハンマーを上下させながら、ユッカは首を傾げる。
「いや、していませんぞ。調整だけです。」
それを聞いて、ユッカはなおさら不思議だとばかりに、眉根をひそめた。
「んー?なんかいつもより重く感じるんだよね。」
「気のせいではないですか?吾輩には心当たりがないですぞ。」
「なんでもかんでも人任せだから良くないのよ。自分の道具くらい自分で整備しなさい。あんた整備班でしょ。」
「整備班主任であーる。」
念を押すように、ずいと顔を前に出して補足する。
それを、「はいはい」と手を2、3度振ってヴァイオレッタは答える。
「それはどうでもいい。人にいじらせているから、いざという時に自分じゃどうしようも出来なくなるのよ。」
言い終わると、ヴァイオレッタは、愛銃のシリンダーを外して、銃弾を一発取り出す。
再び弾を込め、シリンダーを回してみせると、ハンマーを起こし、狙いをつける。
だが発射するわけではない、ゆっくりとハンマーを元に戻した。一連の動作が淀みなく行われる。
自分と愛する相棒との信頼関係を、ユッカに見せつけたのだ。
「楽しい?」
「別に楽しいからやってみせたわけじゃないわよ。自分のものくらい、ちゃんと管理しなさいってこと。」
「それはわかってるけど、そういうことじゃないんだよね……。」
ぶんぶんと片手でハンマーを振り回しながら、ユッカは呟いた。
そのまま軽々と何度か上下させていると、突然ハンマーのヘッドを床に打ちつける。
床を叩く重たい音に驚き、ヴァイオレッタとルドルフは飛び上がった。
「ちょっと!いきなり、なにするのよ!」
「いやはや何事ですか?」
声を上げるふたりだったが、その場で一番驚いていたのは彼女たちではない。
ハンマーを打ちつけた。いや、落としたユッカ本人であった。ハンマーを握る彼女の手は震えていた。
「ち、力が出ない……。」
それが彼女に起こった最初の異変。白い布に落ちた一滴の黒い雫である。
それはシミとなり、徐々に純白を汚していった。気づいた時には、白かった布は黒く染まっていた。
いくつかの段階を踏んで、ユッカは深い眠りについた。
生きてはいたが、ただ生きているだけで、喋りもしなければ、立ち上がりもしなかった。
延々と眠り続けていた。
***
イレーナ様……なんとかならないですか。こんなの……私は嫌です。
眠り続けるユッカの前で、アリスは眼願した。
三人の女神たちなら、大切な人との時間を取り戻してくれるかもしれない。そんな希望を抱いていた。
なんなら世界の時間を逆回転させたってかまわないとすら思っていた。
私利私欲で時間を操作する。そんなことが許されるわけもないのに。
少し考えさせて下さい。
イレーナ。これは異常だよ。なんていうか……奇妙な出来事だよ。
ユッカはここに来た経緯もあるし。原因を探った方がいい。
セリーヌも不安そうにイレーナを見た。彼女なりの態度の表明である。発言はしないが、仕草で示す。
この場合は、ステイシーの意見に同調している。
ユッカちゃんがここに来た経緯ってなんですか? ここはいろんな世界から流れてきた人が働いているんじゃ……。
それはミュウがこの時計塔に来た時に、判明した事実だった。
全ての世界の時間を司る時計塔は、その防衛に最善を尽くしてきた。
ここで働く者は皆、どこからか流れてきた者である。
そんな人々がその過去を書き換えられ、働いていた。
現在はその方針は和らいでいたが、以前はそうだった。
ユッカは少し違います。彼女は時界から預かってほしいと言われ、ここに来たのです。
時界。イレーナの説明では、それは時間の動きを監視する世界であるという。
時間を管理する時計塔エターナル・クロノス。時間の動きを監視する時界。
時間は、そのふたつの機能によって、守られている。
君は、その事実をじっくり確かめるように、目の前のティーソーダを飲んだ。
林檎の香りと炭酸の弾けるような爽やかさ。
真昼間の狂ったような暑さが過ぎ去ったとはいえ、まだまだ残っている暑気で火照る体には、とても心地よく沁み込んでいく。
冷たさが、君の脳を刺激する。時計塔の人々の説明が続いた。
それから少しして、さらに妙なことが起こったの。ユッカの状態と同じように、イニティウムの調子が悪くなったのよ。
事情が事情ですので、私がユッカの過去を見ました。
そして、この日、サマーが呪いを受けたことが原因ではないかと、判断したのです。
呪いがイニティウムに影響を与えていたのよ。時間をかけてイニティウムを汚染したの。
ユッカは整備士という役割上、イニティウムに近づくことは多かったわ。
ちょっと待つにゃ!ユッカの状態と、サマーが呪いを受けたことに何の関係あるにゃ?
君もその意見に同意する。
サマーというのはヴィジテの御子である。彼女とユッカの関係は何もないように思えた。
イレーナは伝え忘れたことを補うように言った。
関係はあります。サマーは、ユッカが時計塔に来る前の彼女です。
ふと、君はここに来た時のことを思い出す。
通りでぶつかりかけた少女のこと。どこかで見た顔だった。
彼女の曖昧な輪郭と、ユッカの顔が、君の記憶の中で徐々に一致してくる。
君はまた一口、ティーソーダを飲んで、脳の働きを促す。
ようやくはっきりしてくる。確かにあの少女はユッカと似ている。
もしあの子がサマーなのだとすれば、ユッカと同一人物だと言われても納得できる。
納得は出来たが、自分たちのやろうとしていることの責任が大きくなった気がした。
内緒にしていたわけじゃないんです。ただ……。
みんなを責めることはできない。
無用な心配をかけたくない。そういう配慮だったのだろう。
story3-2
太陽は空の真ん中で燦燦と輝いている。うだるような暑さは、なんの変わりもなかった。
当たり前の話である。いま、君は同じ時間を繰り返していた。
これで良しっと。
時間を遡ることのできるミュウの力を利用して、君たちは祭り開始前に戻っていた。
そんな簡単に時間移動していいにゃ?
これはイニティウムの機能を取り戻すためだから、まあ、例外かなってことでいいんじゃない?
そもそも歴史を変えるために、ここに来ているんだから、仕方ないね☆
だからって私まで連れてこないでよ。暑いのは苦手だし、何より日焼けしちゃうでしょ。
マダムの肌は紫外線に弱いですからな。
きっと抵抗力がなくなっているのです。
撃ち殺すわよ……。
隣にいたアリスが、君の腕をつついた。彼女は少しうれしそうに笑っている。
ヴァイオレッタさんはああ言ってるけど、ユッカちゃんが倒れた時はすごく頼もしかったんですよ。
慌てるだけの私たちを叱ってくれたりして……。
敵だった者同士が助け合い、冗談を言い、笑っている。
それは君の知っているエターナル・クロノスとは少しだけ違った。
君が知らない間にも、蒔計塔の時間は確実に刻まれている。
きっとユッカがいた時はもっと楽しそうなんだろう。
ダーンという音。と同時にシュッと君の顔の横を何かが通り過ぎてゆく。風が斬り裂かれる感覚。
見ると、ヴァイオレッタの銃口から煙があがっている。
う、撃ったです! ひどい!当たってたら死んだかもしれないですよ!?
だから外してあげたじゃない。
エリカの抗議をそっけなくかわして、ヴァイオレッタは数少ない日陰を、自分の居場所と定める。
エリカはアリスに泣きつくようにすがりつくが、アリスもエリカをたしなめることで事態を収拾する構え。
表現の仕方は激しすぎるが、仲がいいからこそのやりとりなんだろう、と君は思った。
ステイシー!ヴァイオレッタに彼女の未来の姿を見せて、ガッカリさせてやってください。
きっと怒り過ぎて、しわくちゃになっているに決まってます。
や一よ。未来をネガティブに捉えるのは、ウチの信条に反するわ。
たぶん。きっと……。
そんなことをしていると、声をかけられた。
「あんたらかい?祭りに初めて参加するっていうヒヨッコは?」
振り返ると、そこにいたのは少女だった。
あたしがあんたらに祭りの手ほどきってやつをしてやっから。ありがたく思いな。
あたしの名はヨッココ・ルボア。勝ち方しか知らない女さ。人はあたしのことをこう呼ぶ。
「勝ち方しか知らない女」と。
そのままだな、と君は思った。『勝ち方しか知らない女』と言うのも、妙に変な言い回しだ。
でもそこまで言うのなら、たぶんそうなんだろう。と君は自分を納得させた。
君たちは、前回の敗北を踏まえ、祭りで行われるもうひとつの競技に参加することにした。
ゴンドラ戦の相手は大きな波を起こして、勝ったという話である。さすがに、そんな相手には何度やっても勝てそうにない。
それならウォーター戦に参加して、ポイントを取ろうと作戦を変更したのだ。
ウォーター戦の参加者はランタンを抱え、街中を抜けて、その火を時計塔に持ち込むんだ。
ただし、通り抜けるのは、敵方の街さ。相手はあたしらのランタンを狙って水をかけてくるから、それから逃れつつ時計塔に向かうわけさ。
単純なルールさ。けど、単純だからこそ奥が深い。甘く見ないことだね。
さて、通り抜けようとするヴィジテの奴らを阻止するのが、インテルディ。逆に敵方の街を通り抜けるのが、クレソルディだ。
この中で射撃の腕に自信がある奴はいるかい?
「勝ち方しか知らない女」は見定めるような、視線を君たちの方へと向ける。
応じて、ルドルフは左手を胸の前に添えて、右手を横へ滑らせる。
その隆駿な身攘りは、右手の先にいるマダム・ヴァイオレッタヘと視線を誘導させるためのもの。
それならばマダムに並ぶ者はいませんぞ。
ま、そうでしょうね。私は狙った獲物を逃さないわ……バキュー―ン。
指で銃の形を作り、『勝ち方しか知らない女』へ空想の銃弾を撃ち込む。
表現がエターナル古いです。
うるさいわよ……。
その弾丸に撃ち抜かれた『勝ち方しか知らない女』はニヤリと笑う。その笑い方は年相応とは言い難い。
酸いも甘いも味わい尽くした笑顔に見える。
いいだろう。あんたはインテルディとしてあたしについてきな。次はクレソルディだ。
役割上、足が速い方がいいだろうと君は思う。
ざっと見渡したところ、その役目は果たせるのは、自分以外に無さそうだった。
君は一歩前に出る。
あんたかい。あんた、足速いのかい?
まあ、そこそこは……。と君は答えた。
……。
奇妙な無言。君は直感的に『来る』と感じた。素早く横に飛んだ!
予測通り「勝ち方しか知らない女」が抜き撃った水の弾丸は、さきほどまで君がいた場所を通り抜ける。
合格だ。存分に励みな。
言い捨てて、彼女は趾を返す。どうやら認められたようだ。君はほっと胸をなでおろす。
すると、君の背後で恨めしそうな声があがる。猫の鳴き声である。
君も気づき、まずいと思った。
見ると、ウィズがずぶ濡れの状態で、こちらを見ている。その眼はとてつもなく恨めしい。
キミ~!師匠をこんな目に合わせるなんて、ひどいにゃ!
君はしばらくの間、平謝りすることになった。
story04 中級 バナナパンケーキの味
ウォーター戦が始まるまでの間、君は街を散策することにした。
同じ時間をやり直しているのだから、景色はー度見たものと変わらないはずである。
だが、君の目の前に見えているものはまるで違うもののように映っている。
立場やその時、何をしていたか。それによって受け取る感情が違うのは当然のことにゃ。
店のココナッツミルクで機嫌を直してくれたウィズの、とても含蓄のある師匠らしい発言だった。
こんな言葉が聞けるのだから、ココナッツミルクもなかなか侮れない。
けど、おいしい脂肪分にありついたウィズはともかく、君が最後に何かを食べたのはユッカとサマーの関係を教えてもらった時以来だ。
あれから時間は巻き戻り、正確にはわからないが、半日くらいは何も食べていないだろうか。
さすがに空腹を感じてきた。何かを食べさせてくれる店を探そうと思った。
「時計塔の改修に向けて、ご協力をおねがいします。時計塔の外廊下は老朽化が激しく、改修は必須なんです。」
あてどなく街を歩いていると、時計塔の老朽化に伴った改修のビラを貰った。
立派な時計塔ではあるが、長い時の中で刻んできたのは時間だけではなかったのだろう。
ふと君は、来る時にゴンドラの船頭が教えてくれた時計塔の近くの店のことを思い出した。
なんでも極上のバナナパンケーキを出してくれる店だという。
地理に疎い君は、唯一知っているその店に行くことにした。
***
その店は想像していたものとは少し違った。
なんにゃ?てっきり繁盛している店だと思ったにゃ。
常連客らしき人たちが静かに食事しているだけで、どちらかと言えば簡素な店であった。
君は最低限の愛想しか持ち合わせていない店主の 「好きなところへ」という言葉を聞き、自分の席を探した。
すると、
「旅の方、こちらへどうぞ。」
丁寧な口調で、少女に相席を進められた。だが、君を笑顔で迎える少女よりもその隣の人物を見て、驚いた。
遠慮はいりませんよ。このサンザールの街は多くの旅人が集まる場所です。
私たちを見守るカヌエは太陽の神でもあり、旅の神でもあります。旅人との縁はカヌエからの賜り物なんです。さ、どうぞ。
私はサマー。こちらはエリテセ。
ユッカ。いや、サマーだった。
君は緊張した。ただユッカと会うだけなら、これほど緊張はしない。
だが、時計塔の人々から聞いた話。彼女を待つ運命。それが君の背中を強張らせた。
ここのバナナパンケーキは最高なんですよ。
君もその噂を聞きつけて、ここに来たことを伝えた。
自分の話し方がぎこちなくはなかったかと、少し心配だった。
おすすめのトッピングはフローズンヨーグルトとクコの実。もちろんシロップとシナモンはたっぶりかけて。
あ、でもベリー系のソースも捨てがたいですよ。
彼女の態度を見て、自分の不安がただの杞憂であったことに安心した。
無邪気に『おすすめ』を解説する彼女は、君の存在も、その後の未来も知らない。
ユッカとは別の「サマー」なのだ。
サマー。旅人は困ってらっしゃいますよ。
君が黙っているのを見てか。付き添いの少女がサマーに自重を促した。
あら。ごめんなさい。そうですね、まずはオーソドックスなクリームとチョコレートをおすすめすべきでしたね。
そういうことではない気がします……。
君は少し面白いと思った。
以前あったホリーという御子は、人々を惹きつける強烈な個性の輝きがあった。
それこそ『御子』と呼ぶに相応しい。人々の一段上に立つような存在感だ。
サマーはそれとは違う。人々と同じ目線に立っているような存在だ。
親しみやすく、安心感を与え、心を温めてくれる。
どちらもカヌエとソラという太陽を司る神の御子だが、まったく違う。
まったく違うが、それでもふたりは間違いなく、太陽のようである。
来た来た。うーん、いい匂い。
卓の上に置かれた大きな皿に顔を近づけ、サマーは顔をほころばせた。
君も目の前のバナナパンケーキをさっそく頬張る。もう長い間、何も食べていないのだ。
もちもちとした触感とほのかに感じるバナナの優しい甘さ。シナモンの香り。シロップの透明感のある甘味が後からやってくる。
さあ、今ですよ。フローズンヨーグルトを食べてください。
前のめりになって、サマーが君に指示してくる。まるでそのタイミングを逃せば、一生後悔するかのような口ぶりだ。
君はパンケーキを食道に流し込むと、まだ湯気を立てている同居人のせいで、溶けつつある白い山をフォークで削り取る。
冷たさとほどよい酸味が、君の味覚を爽やかさで殴りつける。その一撃はとてつもなくヘビー。
どうですか?
まるで褒めてもらいたくて仕方がない子供のような顔で、そう聞いてくる。
最高。と君は即答する。
そうでしょう。最高ですよね!
まるで自分が褒められたかのように、彼女は笑った。
食事は和やかに進んだ。お互いの素性や立ち入ったことには触れず、ただ街の名物や美味しいもの、楽しいこと。
本当にただのおしゃべり。楽しい会話に終始した。最初から知つていなければ、彼女が「御子」という存在だとは気づかなかっただろう。
しばらくして、サマーたちは席を立った。
さようなら、旅人さん。またどこかで会いたいです。
そこまで言って、サマーは小さく笑った。
案外、また明日、この店で会ったりして。
あり得るね、と君は答える。自分の言葉は、少しだけ嘘をついているような気にさせた。
順調にいけば、明日、この異界から自分はいないかもしれないのだ。
そして、順調に行かなくても、明日には用はない。あるとすれば、今日、この時間に会うかもしれない可能性だけだ。
けど、そんなことは口に出せない。
去ってゆく、サマーとエリテセ。思い出したように、エリテセが君の方を振り返る。
そうだ。これは貴方の物ではありませんか?落ちていたので拾いました。
と、一冊の手帳を渡してきた。確かにクエス=アリアスで使われているものである。
君も同じものを使っていた。ページをひもとき、確かめると、君の字が達なっている。
どうやら自分の手帳で間違いないようだ。だが、手帳ならすでに持っている。
まったく同じものが、もうー冊ある。奇妙なことだ。
では、またいつか。
多くを語らず、彼女は再び君に背中を向け、去っていった。
その背中を追うことは出来なかった。
ウォーター戦の開始前を伝える時計塔の鐘の音が聞こえたからだ。
story4-2
ウォーター戦にクレソルディとして参加した君は、時計塔を目指し、街を駆け抜けていた。
にゃにゃ!来たにゃ!
だが君が持つ火を時計塔に運ばせまいと向こうも必死である。
両側に高くそびえるアパートからヴィジテのやじ馬が顔を出し、君めがけて、水をかけてくる。
さらに訓練された動きを見せるのは、相手のインテルディ。
野放図なやじ馬の行動とは違った。息の合った斉射。常に戦術的な意図を持った機動。
君も魔法を駆使して、相手の攻撃を避け続ける。
しかし団結した集団行動を見せる彼ら相手では、自分の安全を確保するだけで精いっぱいだった。
他の参加者たちが、どんどん脱落していくにや。
君は出発直前にヨッココが言っていたことを思い出す。
はっきり言って、このウォーター戦は防衛側が有利なのさ。
だから、ひとりでも時計塔に行けた方が勝ちみたいなもんさ。
味方を見捨てたり、囮にしたりしたって誰も文句はいわないさ。気にすることはないよ。
勝てばみんな納得するよ。それがここのチームワークさ。
君はその言葉を信じることにした。出遅れ、敵の餌食となっている仲間を見捨て、突き進む。
この際、しょうがないにゃ。キミ、しばらくお人好しは封印にゃ!
君もウィズの言葉に同意の相槌を打つ。ひとりでも火を届ければ、勝つ可能性はある。
君は目標となる時計塔を見上げる。しばらくはただそれだけを見据えることにした。
君の決意を秘めた視線が時計塔の針に注がれる。偶然にも、その時、針がひとつ動き、新たな時間を刻んだ。
重たい音が聞こえた気がした。
***
ガチッ。
という時を刻む重たい音が、サマーの耳に届く。
そこは時計塔の最上階。 ウォーター戦の参加者がたどり着きたいと願う場所である。
そこにはヴィジテとマニフエの御子が揃っていた。それが、彼女たちが年に数度、顔を合わせる機会のひとつでもある。
祭りはあんなに賑やかなのに、ここは静かですね、ホリー。
サマーは対となる少女。マニフエの御子であるホリーに声をかける。
賑やか? 貴方の表現はいつも面白いですね。みんなが頑張っているのに、まるで他人事のよう。
ホリーが皮肉や意地悪で言っているのではない、とサマーは知っていた。
ホリーという人物の人間性は、そのような曲がったものや迂遠なものを嫌う。
単純に彼女は思ったことをそのまま口に出したのである。それを踏まえつつ、サマーは持論を展開した。
そういう意味で言ったわけではないですよ。
ただ、こうしてお祭りを離れて、何かを待っているのが、とても面白いなと思ったんです。
本当に何かが訪れる気配を感じてしまいそうです。
再びホリーは研ぎ澄まされた単純な言葉を返す。
それは、あなたたちヴィジテの考え方だからそう思うんでしょう。
私は、頑張っているみんなの傍にいられないことが、少々苦痛です。
同じ太陽を司る神でありながら、カヌエとソラは反目する要素が多かった。
それはもちろん、信徒にも、御子にも、及んでいる。
彼女たちは互いに、『カヌエの日』と『ソラの日』と定められた日時に生まれた子たちである。
その中から選りすぐられ、選ばれたあかつきには、親も兄妹も原則上はいなくなる。
彼女たちを育てるのも、導くのも、『教義』のみである。それは過酷な境遇と言えた。
それを唯―、共有できる存在は、このまったく噛み合わない隣人である。
でも、なにか素敵なことが起こると期待した方が、人生は楽しいですよ。
素敵なことなら、自分から起こした方が良い経験になります。
見解の相違ね。
あるいは、似ていない双子と言ってもいい。ふたりは同時に言い終わると、また同時に笑い始めた。
story4-3
時計塔に辿り着いた君を迎え入れたのは、マニフエの御子ホリーだった。
よく頑張ってくれました。
君が差し出すランタンを受け取ると、労うように微笑みかけた。
マニフエで炎を持ってきてくれたのは、貴方だけです。この炎は私たちにとって、大事なものです。
残念ながら負けてしまいましたが、ソラも貴方が持って来た炎を見れば、喜ぶでしょう。
君は彼女の言葉に驚いた。どうやら、ヴィジテの方は、より多くの火を持ち帰ったという話であった。
防衛していたヴァイオレッタはどうしたにゃ……。
ガックリと肩を落とウィズはヴァイオレッタの不甲斐なさを嘆いた。
君がヴァイオレッタたちの下へ戻ると、ヨッココが地団駄を踏んで悔しがっていた。
チックショウめ!あたしが負けるなんて!
勝ち方しか知らないんじゃなかったんですか?
エリカ、そんなこと言ったら可哀想よ。
ヴァイオレッタが悪いんだ!ヴァイオレッタが守っていた方面から大量に通過者がでたんだ!
妙な言いがかりはよしてよ。
あたしの方からは誰も通過していない!お前のせいだ、裏切者め!
私が裏切ったっていう証拠はあるの?無いならそんな風に言うのはやめなさい。
そこからは、ふたりの言い分が真つ向からぶつかり合う。
そんな光景を見て、ステイシーが苦い顔で肩をすくめた。
やれやれ、水かけごっこが終わったと思えば、今度は水掛け論とはね。まったくもう。
あ、いま工ターナル上手く言ってやったと思いましたね。
エターナルちょっと、ね。
あ。わたしも工ターナル上手く言いたい。えーと、えーと……えーと……。
エターナル無理に思いつこうとしなくても良いのでは?
口喧嘩や下らない話に興じる一同を見て、アリスが声を上げる。
もう! みんな、真面目にしてください!ユッカちゃんはすごく大変なんですよ!
いつもの彼女らしからぬ、一喝するような声色である。
温厚な彼女の精―杯の怒りだったのか。言い終わったアリスの背中は小刻みに震えている。
そうですね。アリスの言う通りです。
気まずい空気が漂う。怒りをぶつけたアリスですら、気まずさに居心地悪そうにしている。
君は、なんとか取り成そうと、言うべき言葉を探した。ふと一番最初に思いついた言葉を口にした。
そろそろティータイムでは、と。
どうやらそれが正解だったようだ。みんな、曇っていた表情が晴れやかになって、君を見た。
そう! そうよね! ティータイム!ティータイム、ティータイム、ティータイム。
嬉しくって3回言っちゃった☆
正確には4回ね。
さあ、みんな、ティータイムの時間だよ☆ はやく、はやく。
は、はい……。
セリーヌはこれまでの事が何もなかったかのように、はしゃいでみせた。
まさかそこまで効果があるとは思つていなかったが、効果がないよりはましだ。
キミもなかなか時計塔の常識に慣れたにや。
というよりも、時計塔の住人の扱い方だろうか。と君は思った。
そんな時、不意に時計塔のあたりが騒がしくなった。
何事でしょうか?
現場に駆け込むやじ馬の話では、塔の一部が崩れたらしい。幸いけが人はいなかったらしい。
老朽化というのは、本当だったにゃ。
君はそうだね、とウィズに返した。
***
また、仮の住まいとしている邸宅で、正午の太陽が傾き始めた時間に、ティータイムを楽しんでいた。
けれども心の底から楽しめるものではない。何しろ問題は何も解決していないのだ。
そんなに美味しいパンケーキの店があるのですか。わたくしも後学のために一度行ってみたいですわ。
君はサマーと食べたパンケーキのことをエイミーに教えてみた。
きっと彼女なら興味を持ってくれると思ったからだ。
彼女はおかわりの気配を見逃さず、如才なく振る舞いながらも、君に詳しくパンケーキのことを尋ねた。
でもエイミーのパンケーキだって、充分美味しいわよ。
そうですね。ユッカはあなたのパンケーキが大好きだったはずでは?
きっと素朴な昧だからでしょう。よく懐かしい昧がするとおっしゃって下さいました。
エイミー、過去形で話すのはよくないわ。少なくとも今は。
そうですね。失礼いたしました。
穏やかな会話から、突然始まる後ろ暗さ。
誰かひとりが欠けているというだけで、これほど会話に綻びが起こるのか。
いや、むしろ問題から目を背けることが、問題なのだろう。
仮初めの幸せな時間は、所詮仮初めに過ぎない。
そのことを知るのはヴァイオレッタ。酸いも甘いも噛み分けたマダム・ヴァイオレッタである。
提案があるわ。
と、切り出した。
サマーをさらいましょうよ。
一同はぎくりとした。
でもそうすれば、呪いを受けないかもしれないにゃ。
それ以前にお祭りどころじゃなくなるよ。
マダムは日差しを避けるように、帽子のツバを整えた。
それで上等じゃない。歴史を変えるのに、お上品である必要はないのよ。
でも、サマーは御子よ。護衛もいるだろうし、なにより居場所がわからないわ。
ええ。サマーがいつどこにいるかなんて、誰もわかりませんね。
君もその通りだ、と思いかける。だが、強烈な記憶が君を殴りつけてきた。
どうしたにゃ?
君が呆然としていることに気づいたウィズが心配そうに尋ねる。
君は返す言葉が出ないまま、殴りつけられた記憶を咀囃していた。
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