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【黒ウィズ】エターナル・クロノス3 Story4

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作成者: にゃん
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そこは、サマーとバナナパンケーキを食べた店だった。


ささ、入った入った。

神様(?)に背中を押されて、店の中へ入る。


旅の方、こちらへどうぞ。

すると、丁寧な口調で、少女に相席を進められた。いつか見た光景。そしてその隣にはもちろん彼女がいた。

遠慮はいりませんよ。このサンザールの街は多くの旅人が集まる場所です。

私たちを見守るカヌエは太陽の神でもあり、旅の神でもあります。旅人との縁はカヌエからの賜り物なんです。さ、どうぞ。

そうそう、出会いはカヌエの賜物だよ。

と、神様だという少女は早々に席についた。君もサマーの導きに応じて、彼女の前に座った。

そして、いつかと同じようにパンケーキのおすすめを教えてもらう。

バナナパンケーキで、フローズンヨーグルトとクコの実。もちろんシロップとシナモンはたっぷりかけて。

供されたバナナパンケーキは、変わりなく美味しそうだった。

神様が音頭を取るように、皆に目配せする。

食べる前に感謝しないとね。旅人の出会いに感謝。

そうですね、この出会いに感謝。

サマーは微笑み、そう言った。

パンケーキにも感謝。

ええ、パンケーキにも感謝ですね。

パンケーキ、パンケーキ、バナナァァパァンケァキ~!

君は隣に座る神様を「この人、ほんとに自由だな」という目で見た。


パンケーキの味は、初めて食べた時と変わらず、美味しかった。

その味に感動すると同時に、君は今の自分が、夢や幻覚の中を生きているのではなく、現実を生きているのだと思った。

とてつもなく不安で、憂鬱な現実を。


「さあ、今ですよ。フローズンヨーグルトを食べてください。」

「どうですか?」

「そうでしょう。最高ですよね!」


サマーとの会話は、パンケーキ以上に憂鬱で不安だった。二度も同じようなことを話している。

どこか空恐ろしかった。サマーが席を外した時、君は心のどこかで安堵を感じた。それほどだった。


いやはや、どうなることかと思ったねえ。

ええ、まったく。

突然、神様とサマーの付き人のエリテセが顔見知りのように話を始めた。

セティエが手帳を見つけてくれなかったら、もうアレでソレで~大変なことになってたねえ。

ええ。でも見つけられてよかったです。

見つけ上手だねえ。

勝手に話を進めるふたりに君は口を挟む。ウィズがそれに続いた。


一体何の話をしているにゃ?ちゃんと説明してほしいにゃ?

君は、うすうすだが感じていた疑念を口にする。まるで同じ時間を繰り返しているようだ、と。

ええ。繰り返してますよ。同じー日を。

ウン千回。

にゃにゃ!

あっけらかんと言い放ったその数に、度肝を抜かれる。

言った本人は、微塵もそんなことを思っていなかったようだったが。

そこからの説明は、とんでもないものだった。


私はセティエ。時界という世界からやってきました。時界というのは、時間を監視する場所です。

その話はイレーナから聞いたにゃ。

時界は時間に乱れが生じたら、それを正すのが仕事です。

今はこの世界のカヌエさんと協力して、この異常事態に対処しようと試みています。

その名前を聞いて、君は隣に座る人物を慌てて見た。

深刻な話をしようとしているのに、その人物はパンケーキを食べていた。

バァナナァァ~。

「これが?」と君は思う。これがこの世界で信仰されている2柱の神様のひとりなのかと思った。

どんな熱心な信仰を持っていても、自分の信じる神様の姿は見えないにゃ。

君と同じことを考えていたのか、ウィズはそんなことを言った。

その方が幸せかもしれないね、と君はウィズの言葉を補足する。

君は改めて、セティエに説明を求めた。今起こっていること。一体何か起こっているかを。


どこから始めればいいのか……。ともかく簡潔に説明しますね。

今、時間は過去・現在・未来がひとつながりの環になっていると思って下さい。

蛇が自分の尻尾を飲み込んでいる、そんな状態です。

そのまま飲み込めばどうなるのか?と君は尋ねる。セティエは努めて簡潔に答えた。

死にますね。

君はセティエの言葉をじっくりと噛みしめる。ある事実が君の背中に冷たい舌をはわせる。

少し前にセティエは1日を繰り返していると告げた。1日、たった1日である。

現在と過去と未来の環は、もう1日という長さまで縮んでいるのか。蛇は、そこまで自らの尻尾を飲み込んだのか。

ええ、かなり短くなっていますね。とても危険な状態です。

どうしてそこまで放っておいたにゃ?もっと早く手を打てなかったにゃ?

原因がわかりませんでした。―体どこが原因となって時間の尾が繋がったのか。

皮肉なことに、環が短くなっていくごとに、原因が特定されました。

つまり、ここってことにゃ?

はい。今日、この日、この世界です。エターナル・クロノスがこの世界の、この時間に移動した日が原因でした。

君は自分がなぜここにいるのかを尋ねた。

あなたは少し前に、この世界に私たちが呼びました。この問題を解決するために。

なぜ自分なのか、と君は不思議に思った。

知り合いがあなたのことを推薦したんです。良い人物がいる、と言って。

でもどうやって私たちをここに呼んだにゃ?異界への召喚はかなり難しいにゃ。

少し荒っぽい方法だったんですけどね。

カヌエさんがあなたと緑を結びつけて、何かの拍子で他の世界に飛ばされそうな時に、強引にこっちに飛ぶように細工したんです。


わたしがやりました。

そう言えば、サマーはカヌエを旅人の緑を結ぶ神だと言っていた気がする。

えい!

と、カヌエは人差し指と中指を揃えて指さした。何をしたのか、と君は尋ねる。

今、わたしはあなたとスィカ割りの棒の縁を結びました。神の力で。

棒? スィカではなく? と君は返す。


棒。スイカだと生ものだし、腐らせちゃうと良くないから。

棒はまったくいらないにゃ!

おや、おや。どうやらご機嫌斜めなようで。えい! じゃ長めの紐もつける。

少し黙っていて頂けますか。と君は神に丁重にお願いした。

神様は親指をグッと立てた。


君には気になっていたことがあった。なぜ君は今までその経緯を知らなかったのか。いや、忘れてしまっていたのか。

時間の環の中に囚われてしまったんです。特別な方法で記憶を保護しないと、常に記憶は時間に囚われる。

特別な方法ってなんにゃ?特にそんなことした覚えがないにゃ。

君の肩をつんつんと神がつついた。

懐、探ってみ。

黙っていてほしいとお願いしたのに、と思いながら自分の懐を探る。指先に触れたのは手帳であった。

その手帳に毎日の出来事を書き込み、見返すことで、記憶を保護していたんですよ。

また神が君の肩をつんつんとつついてくる。

それもわたしがやりました。神の力です。モノホンの神の力です。

君はセティエの方に向き直る。この手帳を無くしたことで、時間の環の中に囚われた。と確認した。

そうです。

セティエが後ろを気にするような素振りを見せた。他の客と話をしていたサマーが戻ってくるようだ。

セティエはサマーにわからないよう、君へ目配せを送る。


お待たせしました。

向こうの席のお客さんに、新しく生まれる赤ちゃんのために祈つてほしいと言われてしまいまして……。


手帳を見ると伝えたいようだった。君はこっそりと、手帳を盗み見た。

記入済みの最後のページには、『黄金の一日を探す』と記されていた。

それを記した君の意図はわからない。失った記憶は容易に戻ってこないのかもしれない。

俯く君にサマーが話しかける。


祈ってあげた方から、お礼の品を貰ってしまったのですが、私はそういうものを受け取れません。

どうぞ、あなたが使って下さい。

受け取ったのは、杖程度の長さの棒だろうか。特に、加工されているわけではなく、ただの棒に見えた。

何に使えるんでしょうね?……あ! ふふふ、変なこと思いつきました。スイカ割りに使えるかも。


君の肩をつんつんしてくる神がいた。

来ましたよ、神の力。

この人が本当に神様なのか、と君は思った。

あ。それと長めの紐も頂きました。

極まったね、神の力。

君の中の何かも極まってしまった。そんな気がした。



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story7-1



今どうなっているのか、一度見てみる方がいいでしょう。


『黄金の一日を探す』

手帳に記された文字を信じて、君は再び祭りに参加した。今度はマニフエではなくヴィジテとしてである。

ちなみに……。


さー、張り切りますかあ。

神も参加されるそうである。


Aこの人がカヌエ?この世界の神様なんですよね?

Eそんな風には見えないです。

2威厳って物が足りないかもね。

3うんうん☆

Eお前らが言うなです。

アリスたちもセティエに事情を説明され、事態を理解していた。

最初戸惑っていたが、時界の管理者であるセティエの言葉は、彼女たちには説得力があったようだった。

W自分を祀るお祭りに参加する神様って珍しいにや。というか前代未聞にや。

とウィズはカヌエに言う。そのとおりだと、君は思う。


そりゃ、マニフエの方で参加するってんなら、こりゃ大問題だよ。

敵対する神様が隣にいたりなんかしたらね、ああそりゃ、びっくりするね。

でもこれ、わたしを信仰しているヴィジテだよ。問題ないんじゃないかい?

言われてみると、そう思えなくもない。が神様が参加する時点で何かがおかしい気がする。

その違和感は拭えなかった。

ま、だーいじようぶだから。だ一いじょぶ、だーいじょぶ。神様が大丈夫ってんだから、だーいじょうぶだから。

うんうんと頷きながら、半ば強引に神は言い切った。最後の方は『大丈夫』しか言ってなかった気がする。

むしろ、本当に大丈夫だるうか、と君は不安になった。

参加するのは、ゴンドラ戦である。これも神が『だーいじょうぶ』ということで、この競技に決まった。


それにしても、前回参加した時は、機械仕掛けのゴンドラでかなりのスピードが出た。

だが、今回のゴンドラはいつも君が乗っている遊覧用のゴンドラである。

大丈夫なのだろうか。

だーいじようぶだから!

思った通りの返事だった。君は増々不安になる。

Wそれでよく神様が務まるにや。しかもあんなに大勢の人に信仰されているにや。信じられないにや。

もの好きが多いんだろうねえ。

W自分で言わないでほしいにや。

でもね、この世界はねえ、みんなの想いが形になる世界なんだよねえ。

わたしとソラも元々はひとつの神様だったんだよ。その神様の下でね、みんなはちゃんと戒律を守って生きてきたんだよね。

でも、それじゃあ、私は窮屈だ、つて人がいたりなんかしてね。ヴィジテの原型みたいな考え方が生まれたんだよね。

すると、ほらもう不思議なことにひとつだった神様がこう、ばか一とふたつに割れてね。

わたしとソラがおぎゃあと生まれたわけよね。こりゃびっくらこいたね、わたしも。さすがの神様もね。

身振り手振りを交えながら、神様はこの世界について、そして自らの誕生について、教えてくれた。

かなり感覚的な言葉だったが、おおよそのことは理解できた。――そして自身の言葉の最後につけ加える。

だからまあね、わたしはみんなを救いたいんだよ。わたしがあるのは、みんなのおかけだからねえ。

君は彼女が神様であることを、少しだけ信じてもいいと思った。

不意にカヌエは君を見る。

信じる信じないはどっちにしても、わたしは神様だよ。

まるで君の心を読んだような言葉だと思い、思わず苦笑いした。

読んだよ。心、読んだよ。

そんなことができるのか、と君は驚く。

まあ、神様だから大体のことはできちゃうねえ。みんながわたしならこれできるんじゃないかなーって思ったことは大体ね。

ほら、想いが実際になっちゃうから。

実は、とんでもない存在にや……。

ま、なんでもありだね。神様だから。

君は、神様の存在について、いつか真剣に向き合った方がいいな、と思った。


ところで、そんな無駄話をしている間にも、カヌエは海中に剌した権を動かしていた。

ゴンドラは動かしているわけではないようだ。

君は何をしているのか、と尋ねる。

え?混ぜてるんだよ。

何をにや?

海。

にゃ?


開始の合図代わりの太鼓の音が咄り始める。これが、10度叩かれると、ゴンドラ戦が始まる。

太鼓がひとつ、またひとつと勇壮な音色を響かせるたびに、緊張感が高まっていく。

鼓動が激しくなっていくようだと君は感じた。まるで体が揺れているみたいに。

いや、揺れていた。本当にゴンドラが揺れていた。

周囲を見ると、海面が激しく波打っている。

Aえ?え?え?

1いったい、何か起こつているんですか!?

今からすごい波起こすっからー、ちょっとしっかり掴まっといてっしょー。

海面が大きく盛り上がる。10度目の太鼓の音が鳴り響いた。

これもう行くしかないっしょー!

君はウィズを抱え、ゴンドラにしがみつく。ゴンドラが大きな波に押され、飛び出した。


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story7-2



巨大な波がヴィジテのすべてのゴンドラを、もろともにゴール付近まで運んだ。 

皆、漕ぐことよりもしがみつくだけで精いっぱいのようである。

これもう勝つたっしょー。うちらの勝利つしょー。

ルール上これアリなんですか?工ターナルグレーソーンつぼいです。

だーいじようぶ。だーいじようぶだから。

その根拠のない「大丈夫」やめてほしいにや。

君のゴンドラが、ゴールの時計塔目前の最後の急カーブに差し掛かる。

神様が大丈夫つってんだから。つってんだから、ほんともう。

ここを曲がりきらなければ、ゴールにはたどり着けない。この勢いでは体重移動などでは曲がりきるのは不可能だ。

どうするにや。

ウィズがカヌエに確かめる。


だーいじようぶ……だと思うよ。

いつも「大丈夫」からちょっとトーンが下がった。「だと思う」とか本当にやめてほしい。

なんとかしなけれぱいけない。と、君はゴンドラの船首に立つ。

見ると、マニフエのゴンドラ群が押し寄せて来る。船首にはもちろん、マッサが立っていた。

見ろ! ヴィジテの腰抜けどもだ!ぶっかませー!

君がマニフエとして参加した時よりも速い。圧倒的に速い。

これもセティエの言う「無限回帰の法則」の影響だろうか。

時間が環のようになって繰り返しを始めたとしても、まったく同じ1日を繰り返すわけではないんです。

限りなく近いものではありますが、微妙に違うんです。

例えばね。海に貝殻を投げるとするよねえ。するとだねえ、同じ貝殻でも毎回水しぶきの形は違うはずだよねえ。

まあ、つまりそういうことだねえ。

それはなんとなくわかるにや。

それが「無限回の法則」です。次は「因果回帰の法則」です。

貝殻を投げた時、その後貝殻はどこにいくと思いますか?

海の底? と君は当然そうあるべきだと思う、当たり前の答えを返した。

そうですね。では、明日になれば貝殻はどこにあると思いますか?

まだ海の底にあると思うにや。多少は海流に流されて移動しているかもしれないにや。

ええ。毎日移動をつづけて、いつかその貝殻がどこか遠くの浜辺に辿り着く。それが因果関係というものです。

では、明日がなければ、その貝殻はどうなると思いますか?今みたいに1日が繰り返されていたら?

貝殻は投げられる前の場所に戻るにや。だって1日が繰り返されているにや。

それは間違いですね。今は現在と未来と過去が環になっているんですよ。時間が巻き戻っているわけではないですから。

それなら海中にあるにや?

いいえ。「どこか」にあります。

投げた貝殻は、未来ではなく、繰り返される1日のどこかに、何らかの形であるんです。

私たちが存在する場所ではないどこかです。そしてそれは無限に繰り返すことで力を蓄えていきます。

どこか遠くの浜辺に移動するほどの力を、例えば貝殻が不意に一挙に暴発させたとします。

どうなると思いますか?

君は率直にわからないと答えた。

どこからか貝殻が飛んできて、あなたの頭を撃ち抜く、ということが起こるかもしれません。

ひや~~。

君はその話を聞いて、恐れを感じた。

遠くの浜辺まで移動する力をー気に開放するんですから、それはすごい力になっています。

あ。単純に別の場所に、貝殻が落ちてきたりするだけの場合もありますよ。

でも因果というのは、必ず回帰します。原因があれば必ず結果があるんです。

それが今、時間を繰り返すことで蓄積されているんです。

君はセティエに尋ねる。

つまり蓄積された爆発的な力が、いつ暴発してもおかしくない場所に、自分たちは生きている。

はい。そういうことです。それが「無限回の法則」と「因果回帰の法則」を合わせた「無限回帰の法則」です

そして、その危険性です。あと、徐々に繰り返しの周期は短くなっています。

それも良くないです。暴発の可能性を高めています。

マッサの常識離れのゴンドラの速度も、「無限回帰の法則」が原因かもしれない、と君は想像した。

イエエエエー!!突撃だああ!

激突にむけて進み続けるふたつのゴンドラ。何か策はないかと君は思案する。

が、まともに考えをまとめるほどの時間もない。激突の時はすぐそこまで来ている。

君が危機感を募らせていると、唐突にアリスが声を上げる。

A魔法使いさん、私に考えがあります。指示通りに動いてください。

君はアリスの眼に輝く光を信じようと思った。その光は力強かった。


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story7-3



ゴンドラが、水しぶきを上げて、激突しかかる。

今です!

君は、マニフエのゴンドラめがけてカードを投げつけた。

カードは船首にぴたりと貼りつき、船全体を覆うように障壁魔法を発動する。

今!

君は、自分の乗るゴンドラの横に魔法を放ち、衝撃でゴンドラの角度を変えた。

今!

続けて、魔法障壁でゴンドラ全体を覆う。同等の質量の魔法障壁がぶつかり、互いに砕け散った。

わずかに船首をカーブヘ向けて突入していた分、ヴィジテのゴンドラは衝撃の余波を借りて、ゴールの方へ向いた。

あの瞬間に、アリスは相手と自分たちの速度を計算し、どれほど衝撃を加えるか、どれほど入射角度を変化させるか、算出した。

後は。

今です!カヌエ様!

だーいじょうぶだから。だーいじょぶ。だーいじよぶ。

カヌエが擢を押すと、ゴンドラが前に進み始める。生半可な速度ではない。

波を再び操作して、進む方向をゴールヘ向けたのだ。

マニフエの船はもう動いていない。

にゃは。さすがにちょっと怖かったにや。

君はアリスに礼を言った。彼女がいなかったら、どうなっていたかわからなかった。

けれでも、アリスは首を横に振る。

私かやったわけじゃないから……。

でも私が言わなかったら、全員おっちんでいたけどね。とエリカはアリスの声真似をして言います。

もうエリカ!

その通りだ、と君はエリカに同意する。もちろんアリスに感謝を伝えるためだ。

アリスは、少し恥ずかしそうに笑った。


前に聞いたことがある。

アリスが担う時詠み師の仕事は、膨大な時の流れを見極め、算出する能力が必要らしい。

あの程度のことは、彼女にとつては朝飯前なのかもしれない。

そして、お祭りの日は夜を迎えた。ヴィジテの勝利で終わり、彼らには〈新しい炎〉と呼ばれる火を与えられる。

その火を、願いを込めた天灯に灯し、〈黎明の入り江〉で空へ飛ばす。

それが〈火送り〉というこのお祭りのクライマックスであり、ヴィジテとマニフエの人々が争う理由だった。

年に一度だけの火を求める理由である

ヴィジテの人々がゴンドラの上から天灯を空へ飛ばす.

無数の天灯が夜空を舞う光景は、言いようもなく美しかった.

君たちはゴンドラに乗り、その光景を眺めていた。

きれいですね。

君は同意する。とてもきれいだね、とアリスの言葉に付け加えた。

いつか、何度目かの、今日という日に、言ったことがあるのかもしれない。と思いながら。

今、この場にいるのは、サマーがソラの呪いを受けた時のことを確かめるためである。

小さなゴンドラが滑るように、時計塔の前に現れる。そこにはサマーが乗っている。

みなさん。始めましょうか。

彼女は集まった人々に、いくつか言葉をかけてから、その場に座した。

人々の意識が彼女に集まるのがわかった。まぱらに聞こえていたおしゃべりが水を打ったように静まる。

その場が静寂に支配される。

〈新しき炎〉に感謝を。〈新しき日〉に感謝を。カヌエに感謝を。

彼女の祈りの言葉に続いて、人々は祈る。天灯の炎がぼんやりと脆く彼らの輪郭を照らしていた。

祈りの言葉は、優しい波の音に混ざり、心地よく海の向こうに運ぱれていくようだ。

ぬヘヘヘ……。私に感謝を、だって。

何照れてるにや。ビシツとするにや、ビシツと。

君はイレーナに尋ねる。この後、ソラが現れて、サマーに呪いを与えるのか、と。

はい。天灯が飛び去り、サマーだけが祈りを捧げる時に、ソラが現れます。

この後、御子だけが長い祈りを捧げるんだよ。

それなら、ウチたちもここはー旦離れた方がいいんじゃない?

じゃ、ちょっと動かすからー。ちゃんと掴まっててほしいっしょー。

と、君を乗せたゴンドラはその場から離れてゆく。


夜の水面には、逆さまになった月と、祈るサマーだけである。

長い沈黙と祈りの時間。波の音が、繰り返される。何度も何度も。

海の上を漂っていた心地の良い緊張が終わる。サマーを乗せたゴンドラが動き始めた。


あれ?

帰っちゃう?

何も起こらないとかありなんですか?

ま、そーいうこともあるかもしれないねえ。しゃーない、しゃーない。

そんな気楽に言われても困るにや。

君は小さく声を上げた。思わず出た声だった。

「無限回帰の法則」である。同じことは起こらない。毎回微妙に違う。

今、繰り返されている1日では、サマーは呪われない。

サマーが呪いを受けるという出来事が起こらないのなら、事の元凶を正せませんね?

君は思う。もしかすると、イレーナが見たと言う過去すら、事の元凶ではないかもしれない。

今は、事態を引き起こした原因がなく、結果しかない。

原因が失われたまま、現在と過去と未来が環になってしまったのか。

ま、こういうことだからー、大変な状態なんだよねえ。

エリカも驚くくらい能天気です。


ゴンドラは空に浮かぶ炎を背にして、その場を離れてゆく。

離れてゆくことしかできなかった。 





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