【白猫】ひだりの螺旋 Story
ソレは誰もが持っている――ココロ―― |
2016/09/20 |
目次
主な登場人物
クラニィ cv.能登麻美子 死した者たちの魂を導く、弔い師の少女。 その者たちの遺骨にも、大きな情を注ぐ。 | |
ジョイス cv.新垣樽助 修理業の傍らネジを開発する職人。 ねじれた日々は今日も続く。 | |
リュゼーヌ cv.小清水亜美 華麗な建物を設計する王女。 王女の企みは、真夜中に花開く。 |
story1 噂
――建設業の最先端、荒れ野の島。
クラニィ・スクレット |
今の話、もう一度聞きたいのです。
あ、あぁ……いいけどよ。俺も詳しいワケじゃねえんだ。
最近、村の外れにある館に、貴族様が引っ越してきたんだがそれが昨日、おっ死んだって話だ。
はい。でも聞きたいのは、その後です。あなたは言いました。
あまりに異様だから誰も弔わずに、『そのままに』してあると。
……そうだ。館の使用人連中も、貴族様の死に方にビビッちまって、真っ青な顔で逃げてきたらしい。
わかりました。教えてくれてありがとうございます。
お、おい、アンタまさか、館に行くつもりか?
はい。この話を聞いたら、ほっておけないのです。
悪い事はいわねえ、やめときな……何かあるかわかんねえんだぞ。
だとしてもいきます。私は、弔い師ですので。
***
ゲンコツ。
どうだったクラニィ。先ほどの噂話は聞けたか?
はい。やはり、亡くなった方が、弔われずに放置されているみたいです。
そうか。ではやはり行くのだな……
もちろんです。でも、ゲンコツは……なにか気が進まないみたいですね。
うむ……なにかな……胸騒ぎがするのだ。
ゲンコツは骨なので、胸はないですけど。
わ、わかっておるわ! だが……嫌な予感がするのは本当だぞ?
……わかりました。できるだけ気をつけることにします。
そうするがいい。ではゆくか。
はい。場所は……この村の外れにある館です。
story2 弔い
……ふむ。ここだな……
<村を抜けたどり着いた館は、かなり大きく立派なものだった。>
ゲンコツは外で待っていてください。
たしかに我の体では、中に入るのは難しいか……しかし……
大丈夫です。中に人がいないなら、すぐに弔いを済ませ戻ってきます。
……わかった。気をつけて行ってくるがよい。
***
…………
<館の中は、荒らされた形跡もなく、ひっそりと静まり返っていた。>
……聞いた通り、誰もいませんね。でも、これは……
<言葉にならない『なにか』を感じ、周囲へと視線を走らせる……
しかし、クラニィには、その原因を見つけることは出来なかった。>
……早く弔いを済ませましょう。
…………
……
<館の奥でクラニィは豪華な造りの扉を見つけた。>
ぅ……!
<扉を開けた瞬間、ツンとした鉄の混じったような生臭さと、ヒトの汚物の臭いに顔をしかめる。
その異臭に構わず、クラニィは扉を潜って部屋の中へと足を踏み入れた。そこには――>
……ッ!!
<床にぶちまけられた赤と、その中に転がる異物と、『まわれ』という壁の赤い文字……>
……これは……ひどいですね……
<赤の中に転がるモノに、クラニィは眉をひそめる。
それは……固く固くしぼった雑巾のように、限界までねじれた――ヒトだった。>
なんて無惨な……骨が全部折れてしまってます。
<ヒトの体では不可能な形に、ねじれ曲がることから、骨が無事でないことは一目瞭然だった。>
誰の仕業かは知りませんが……どうやら、お仕置きが必要です。
でも、それより先に……
憤る心をおさえつつ、クラニィは静かに弔いの言葉を紡ぎ始めた。
……生の苦痛をひととき忘れ、あるべき場所へと還りなさい。どうか次の生は、良き人生を。
story3 左
「んん~! ここも、ねじれてるなあ。」
<背後からの声に振り返ると、上半身をひねったジョイスが、ドアノブを優しく撫でていた。>
……ジョイスさんですか。驚かせないで下さい。弔い中です。
ジョイス・ジネリ |
弔い? ……ふむ。それが貴族の彼だったのか。これは失礼をしたね。
……あなたはなぜここへ?
この近くの村で、ねじれた話を聞いたからだ。
ねじれた話ですか。なるほど……でも、弔いの最中は静かに。
クラフトメ~ン。わかっているとも。
ならいいです。では――
……ん? んん?
<ジョイスは遺体の側までくると、しゃがみ込んだ。>
……邪魔です。そこをどいてください。
なんだこれは……このねじれ……左巻き? ……ッ!!?
聞きなさい、このねじれ男。無視するなら関節を外します。
いや、いやいや待つのだ。焦ってはいかん。よく考えねば……だが……これは……
……えい。
<クラニィがジョイスの腕をひねり、肩の骨を外した。>
ぬぁあああああんんん!! なにをするんだ、お嬢さん!!
話を聞かないからです。
それは悪かったっ! しかし、今とても重要なことを考えていたのだ! 見逃してほしかった!
「その重要なことですけれど、ぜひわたくしにも聞かせてほしいですわ。」
!!
リュゼーヌ・ロザリウム |
そこまで驚かれずともよろしいのではなくて? 少し傷つきますわ。
……ごめんなさい。でも、なぜリュゼーヌさんがいるのです?
そこで死んでいるのが、わたくしの知人だからですわ。
そうですか……お悔やみを申し上げます。
お気遣い感謝いたしますわ。でもここへ来たのは、私用ではありませんの。
この<荒れ野の島>で貴族が死亡したのなら、王女として原因を知る必要があるのです。
そこでさきほどのお話ですわ。あなた……何を考えてらしたの?わたくしに教えてくださる?
……それなら、これのことだ。
わかりません。この遺体に、何か考えることがあるんです?
みたまえ! このねじれを。おかしいのだ! ねじれおかしい!
?
まだわからないのか? ねじれが左巻きなんだぞぉ?! ネジも普通は右巻きだ!
左巻き……なるほど、そうですか。わたくしの引っかかりが、ひとつ解けましたわ。
なにかわかったのですか?
ええ。今度はわたくしがお話しすることにしますわね。
story4 鬼才
この建物に入ってから、ずっと引っかかっていたのですけど、ようやく思い出せましたわ。
ロスナー・ワート。建築の世界では<鬼才>と呼ばれた建築家で……たぶん、この館を建てた方ですわ。
……ロスナー・ワート? ロスナー……
わぁああとぉおおお!!?
!?
そ、それは<異端の反転>のことではないかぁああ!!
そう呼ばれてもいますわね。
……<鬼才>で<異端の反転>? どういう方ですか?
わたくしにとっては、尊敬する建築家のひとり。もう故人ですけれど。
彼は元ネジ職人ですわ。才能はありましたが、でも……ある団体への入団は叶わなかった。
当時のロスナーの思想は<煉獄の螺旋>に認められなかったのだ!
そうらしいですわね。
権威ある団体に否定されたことで、彼はネジ職人の道を断たれたのですわ。
ですが、彼には建築家の才があり、後に、ただの職人とは比べ物にならない名声を得たのですわ。
……私には建物のことも、ネジのこともわかりません。
でもお話を聞いて、とても苦労した方だということはわかりました。
一般の方なら、それが普通ですわ。
しかし……むふぅぅん……ここが彼の手がけた館だったのか……ぬふぅん……イイねじれだ。
わたくしも、この館はとても素晴らしいと思いますわ。
機能に優れた美しいデザイン。そうかと思えば、細やかな遊び心もみせる。……素敵ですわ。
それだけに……今回のことは残念でなりませんわ。
……この方と、この館、何か関係があるので――
クラニィさん?どうかいたしまして?
ふえてます……
なにが……ですの?
……文字が――
――
ふえてます。
――
ッ! 走りなさいっ!
<リュゼーヌの叫びに、ジョイスとクラニィも弾かれるように、部屋から飛び出した!>
story5 捻れ
<壁、床、天井にいたるまで、赤い文字が部屋の全てを塗りつぶしてゆく。
その光景を瞳に捉えると、三人はー斉に玄関へと駆け出した。>
ねじれているっっ!! 強烈にねじ切れている!
ええ。尋常ではありませんわ! なんなのです、アレは!
あれは――怨念。
誰かの……深くて絶望した、真っ黒な魂です。
だとすれば、状況からみて……今回のことは彼が原因ですわね。
<異端の反転>だな!
ええ。ですが今は脱出が先ですわ!
お嬢さんたち、そこを右にねじれば玄関だ!
<三人は廊下を曲がり、玄関ホールヘと飛び込むと、玄関の扉へと手を伸ばす――>
ッ!?
どうしたんですの?! 早く扉を――クラニィさん?
開かないのです。扉が……開きません。
修理なら、俺の仕事だ!
<クラニィと代わるようにジョイスが扉の取っ手を調べはじめる。>
……む? なんだこれはぁ? 鍵穴もなければ、継ぎ目すらないだとぉおお??
故障ですらないということね。――ッ!!
近づいてきています。
ええ。わたくしにも、なんとなく感じましたわ。
これは迷っている場合ではありませんわね……
どうやら、そのようだ。彼のねじれを、もっと見ておきたかったんだけどな……
わたくしも鬼才の手がけた館を、スケッチしておきたかったですわ。
仕方ないです。あれは素直に、私の弔いを受け入れるとは思えませんから。
では残念ですが……ここを破壊して外へと出ますわよ!
最終話 骨
<大きな破壊音と共に、館が炎に包まれ燃え上がると、そこから三人が飛び出た。>
おぉぅぬふぅ……あのねじれは、俺にはあわない……
ああいったものは、相手にするのが大変ですわね。
……やっと出られました。
クラニィ?! な、なんだっ? この騒ぎは、どうなっておるのだ?
ゲンコツ。とりあえずブレスです。館に向けて。
いや、意味がわからんのだが? それにもう燃えておるようだぞ?
いいからやってください。
う、うむ。
<ゲンコツの放つブレスを受けると、館が崩れ始めた。>
手加減したが、いちおう撃ったぞ。……これでよいのか?
はい。十分です。あとは、私の仕事ですから。
<クラニィは燃える館の前に立ち、弔いの言葉を紡ぐ。>
……生の苦痛をひととき忘れ、あるべき場所へと還りなさい。どうか次の生は、良き人生を。
……これで、彼も逝けるといいのだけれどね。
誰の事かは知らぬが我には逝く魂が見えておる。心配はいらぬぞ、茨の姫よ。
……それはなによりね。教えてくださって感謝しますわ。
ですが、彼ほどの方が、なぜこんなことを……
――?
<炎を巻き上げる館から、何かがクラニィの足下へ、はじき出された。
それは汚れてはいるが、元は白い……一本のネジだった。>
ネジ……?
おおっぉお! 初めてみるネジだ! それも左巻き……これこそ<異端の反転>のネジだぁぁあ!!
そうなのですか?
ええ。――左巻きのネジ。これが彼のネジ職人として、大成できなかった証なのですわ。
……ほむぅん? しかしこのネジの素材は……なんなのだ?
大理石……ではありませんわね。石灰岩とも少し……
それはヒトの骨です。
!!
クラニィがいうなら間違いない。骨については、玄人であるからな。
……骨……そう。彼はネジ職人という仕事に、こればどの未練があったのね……
ヒトをねじり殺すほどの……未練……
こればどのネジ愛……ロスナーは最後までネジ職人だったのだな。
建築家としての栄光など、彼には意味のないものだったんですわね……
ネジとは、それほどまでに人を狂わすものなのか……まったく……人とは恐ろしい生き物だ。
……どうか次の生は……真っ直ぐに……ねじれる事のなき人生を……
…………
…………
<クラニィの弔いの言葉が響く中、炎の粉を巻き上げて、ねじれた建築家の館は崩れ落ちた。
その後――この場所には、左巻きのネジと薔薇をかたどった、小さな墓が建てられたのだった。>
ひだりの螺旋 -END-