【黒ウィズ】SOUL BANKER Out of Control Story1
SOUL BANKER Out of Control Story0
SOUL BANKER Out of Control Story1
SOUL BANKER Out of Control Story2
目次
story4 銀行員サージュ
ヴィレスとラシュリィが案内してくれたのは、保管庫に通じているという青い廊下だった。
お気をつけください、魔法使い様。ここから先は、いつ魔物が現れてもおかしくありません。
凶暴化した魔物たちは、こちらに気づくなり見境なく襲いかかってきます。
くれぐれもご注意くださいませ。
だいじょうぶ、と君はカードを取り出して答える。そのときは魔法で応戦するから、と。
すると、ヴィレスが君のカードをジッと見つめた。
魔法使い様の世界では、そのカードで魔法を行使するのですか?
そうだよ、と君はうなずく。
クエス=アリアスの魔法は、精霊魔法。108の異界にいる精霊と契約し、その力を魔法として召喚するのが特徴だ。
その際、精霊の力の通り道として、異界と異界の間にある『叡智の扉』を開く必要がある。
このカードは、その媒介であり――カード1枚1枚が、契約した精霊の力を召喚するための『叡智の扉』そのものなのだ。
ご説明いただき、ありがとうございます。とても興味深い魔法ですね。
扉――門を使って力を召喚する、という点は、我々の資産魔法とも共通しています。
そういえば、あれってなんなの?と君は訊ねる。ローカパーラについての説明は受けたが、資産魔法については聞いていなかった。
資産魔法は、その名の通り、当行にお預けいただいた資産の力を、ー時的に魔法化したものです。
ラシュリィは、手にした銃を軽く掲げる。
魔法化された資産の力は、我々銀行員が持つ特殊な武器を通じて、効果を発揮いたします。
つまり、その銃が媒介ってこと?という君の質問に、ふたりはうなずく。
ふたつの武器が合わさることで『門』となり、資産魔法発現のための通り道となります。魔法使い様のカードと同じですね。
たとえ世界が違っても、魔力という共通の力を活用する以上、仕組みが似るのは必然かもしれませんね。
ラシュリィの銃から聞こえたヤーシャラージャの言葉に、そうかもしれない、と君はうなずく。
君たちの魔法も、精霊自体を呼び出すのではなく、精霊の『力』を『魔法化』し、それを『叡智の扉』から召喚している。
ローカパーラの資産魔法は、いわば、君たちにとっての『精霊』を『資産』に置き換えたものだと言える。
魔道士として、この類似性には興味をそそられる。
ウィズがいつものウィズだったら、ここで興味津々に食いついていただろう。
もっとも、魔法使い様の世界と違って、資産魔法発動のために必要な魔力は有限です。
釘を刺すような響きを帯びたルダンの言葉が、ヴィレスの銃から流れてくる。
可能な限り自力で対処するのが、優れた銀行員というものです。
お褒めにあずかり恐縮です、副頭取。
皮肉だ!皮肉!
(・×・)
ヴィレスさん、それ相手に見えてないですよ。通話ですから。
(・△・)
それもです。
愉快な人たちだな、と君は思った。
story
廊下の突き当たりにある扉を抜けると、景色がー変した。
とても、銀行の内部とは思えない。これも、魔法的な仕組みによるものなのだろう。
その先に、大きな魔力の歪みがある。異界の杖があるかもしれん。
君たちはルダンの誘導に従い、足を進めた。
やがて、前方から、ギャアギャアという耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
魔物の雄叫び――悲鳴のようなものも混じっていますね。
どなたかが魔物と戦っているのかもしれません。
足を速めて現場に急ぐと、ヴィレスの推測が正しいことが証明された。
行く手を埋め尽くす、数十という魔物を相手に、大立ち回りを演じる者の姿がある。
青い制服をまとい、鋭い二刀を手にした男。
四方から襲い来る魔物の攻撃を巧みにさばいては、どん、どん、と重たい刃で返礼し、魔物どもを文字通りー刀両断にしていく。
戦う、というよりも、まるで料理に使う食材を淡々とぶつ切りにしていくような動きだった。
あるいは、家畜の首を斬り落としていくような――どちらにしても〝業務的〟な。
おや。サージュさん。お疲れさまです。
サージュ・ソネガン cv.平川大輔 |
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どうも。お疲れさまです。
サージュと呼ばれた男は、手を休めることなく答えると、ちらりと君に目をやった。
そちらの方は?まさかお客様ですか?こんなときに?
異界からのお客様です。この事態を収拾するにあたり、ご協力いただいております。
異界から?それはそれは。
サージュは面白がるように笑うと、手近な魔物2体の首を同時に刎ねてから、優雅に君にー礼した。
銀行員のサージュ・ソネガンと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
こちらこそ、と君が返答した直後、サージュは隙ありとばかり背後から襲いかかった魔物を振り向きざまに両断してのけた。
サージュさんは人事部の方でして。
サージュを囲む魔物に銃弾を叩き込みつつ、ヴィレスは君にそう言った。
ふだんは行外で、人材確保の仕事をされています。
主に銀行員のヘッドハンティングですね。
ラシュリィも、当たり前のように魔物へ銃撃を見舞う。
ヴィレスさんも確か、サージュさんにスカウトされたんですよね。
そうですね。すぱーんと。
君も魔物に魔法を飛ばしながら、すぱーん??と首をかしげた。
わたくしの剣で首を刎ねますと、その方の身柄を〝差し押さえ〟ることができまして。
剣を振るいながら、サージュはとんでもないことを平然と言った。
ヴィレスは当行に〝貸し〟がありましたので、首を刎ねて身柄を〝差し押さえ〟、銀行員にスカウトしたのです。
あれはなかなかできない経験でしたね。
断頭台行きになったら、また経験できますよ。
それ普通に死んでますよね。
軽口なのか本気なのかよくわからないやりとりをしながら、銀行員たちは魔物を打ち砕いていく。
しかし、倒しても倒しても、魔物は次から次へと湧いて出た。
ここの魔物、ちょっと多いですね。
そうなんですよ。いくら斬っても減らなくて。暴走した魔力があふれ出ているせいでしょうか。
副頭取が魔力の流れを正常化してくだされば、魔物の発生も抑えられると思うのですが……。
ルダンさん、ちゃんと仕事してます?
やっている!!さっきからずっとだ!
にやにやと言うサージュヘ、ルダンの苛立たしげな声が飛ぶ。
ほんとですか?こっちに苦労を押しつけてサボったりしてません?
たわけ!こっちはな、銀行全体の魔力の流れを調整せねばならんのだ!どれだけ大変だと思う、あっちを直せばこっちが狂うし綿密な計算が――
あーそうですか。じゃあちょっとすいませんが、ここの連中を始末し終えるまで、ヴィレスとラシュリィを借りてていいですか?
さすがに無限に湧いて出るってこともないでしょうし。みんなでかかれば、早めに片がつくと思うんですよね。
ふん。仕方あるまい。魔法使い様も、どうぞご協力をお願いいたします。
任せて、と君はカードを構えた。範囲攻撃系の魔法を使えば、ー気に敵の数を減らせるはずだ。
ご協力いただいているとはいえ、お客様はお客様です。魔法使い様の身の安全を優先してくださいね、サージュさん。
お任せください、頭取。この身に代えてもお守りいたします。
ルダンに対する態度とは打って変わって、謹厳と言っていいほどの真剣さでヤーシャラージャに返答し――
じゃ、そういうことで。
サージュは、にやりと二刀を構えた。
***
しばしの戦いののち、ようやく周囲から魔物の気配が消え失せた。
やっぱり4人がかりだとはかどりますね。
サージュの言葉に、君はうなずく。
4人いれば掃討速度は4倍――どころではない。
味方の数が増える=1度に相手取る敵の数が減る=防御に割く手間が減る=攻撃頻度が増える。よって掃討速度は6倍か7倍にはなっただろう。
素晴らしい魔法でした、魔法使い様。ウチの人材としてぜひとも雇用させていただきたいほどです。
サージュは笑顔で二刀をこすり合わせた。拍手のように火花が飛び散る。
掛け値なしの賛辞ではあるのだろうが、首を刎ねられるかと思うと、正直ぞっとしない。
人件費にも限りがある。手当たり次第にスカウトする前にもっと現場の質を上げることだな。
そうですね。来年の新年会では、皿回しに挑戦しようと思います。
いらんところの質を上げるな!
新年会って、忘年会で全力を出したすぐ後に来てしまうので、かくし芸のネタが尽きがちなんですよね。
次はラシュリィと二人羽織とかどうですか?
絶対いやです。
サージュは笑顔で二刀をこすり合わせた。
なんですかそのやらないとクビにしますよみたいなアピール。パワハラですよ。
いえ、今のは違いますよ。はっきり物を言えるのがラシュリィのいいところだなあと思って、賞賛していたんですよ。
(ー_ー)
ヴィレスが君の方を振り向き、真顔で言った。
ご覧の通り、アットホームで楽しい職場です。
君は、顔の前でウィズを抱きかかえ、「どこがにゃ!」と声真似をした。
(・◇・)
それアリだな、みたいな顔をされた。
君たちは、次のフロアに通じる扉を目指し、魔物のいなくなった道をサージュとともに進んだ。
やがて、この風景に似つかわしくない大きな扉が、ぽつねんと置かれているのが見えてきた。
見えたのは、それだけではない。
扉の前には、鎧をまとった人型の異形が立っていた。
魔物……でしょうか。
こちらの姿は見えているはずだが、襲いかかってくる様子はない。扉を守るように、その場に佇んでいる。
魔法使い様、お下がりください。我々が対処いたします。
言うが早いか、サージュは颯爽と駆け出した。
疾風のごとく魔物に肉薄し、二刀を叩きつける。
魔物は、微動だにしなかった。
する必要がなかったのだ。
サージュの二刀は、甲高い音を立て、魔物を覆う鎧に弾き返されていた。
何ッ――
魔物が動いた。
速い。
咄瑳に後退するサージュヘと、残像が見えるほどの速度で追いすがり、武器を振るう。
そこへ、左右に散ったヴィレスとラシュリィが、挟み込むような銃撃を見舞った。
魔物はサージュヘの攻撃を中止し、目にも止まらぬ速さで銃弾をかわす。
これは――
ラシュリィさん!
ヴィレスが、ラシュリィに銃弾を放った。ラシュリィは寸前で屈みこみ、銃弾の軌道から逃れる。
逃れたのは彼女だけではない。彼女に斬りつけようと接近していた魔物が、飛来する弾丸を武器で叩き落としていた。
すぐさまラシュリィが銃で追撃を見舞うが、魔物は高速で移動し、これをかわしてみせた。
君も魔法を飛ばしたいところだったが、これほどの速さだと、まるで狙いがつけられない。
君たちが攻めあぐねているー方、魔物もまた、周囲を超高速で飛び回るだけで、攻撃を控えていた。
誰かが隙を見せるのを待っているのだろうか。
頭取。この動き、あれはまさか――
ご想像の通りです、ヴィレスさん。
あの魔物は、当行に預けられた資産のひとつ――さる騎士が妖精郷より持ち帰った宝箱を取り込んでいるものと思われます。
かの資産は時の流れに干渉する力を持ちます。その力を使って、自分の時間だけを大幅に加速しているのでしょう。
資産魔法〈電光石火〉と同じ、というわけですね……。
なら自分が、と君は声を上げた。遅延魔法を使えば、奴の機動力を低下させられるはずだ。
いえ――お待ちください、魔法使い様。
目にも止まらぬ速さで飛び回る魔物を、油断なく目で追い続けながら、サージュが言う。
奴が取り込んだ資産はそれだけではありません。おそらく――
どうして動かないんですか、署長!
サージュの声が、サージュの声をさえぎった。
君は、えっ、とあっけに取られて、声のした方向を見やる。
そこにはサージュの姿が――今とは違う制服姿で誰かに必死に訴えかける、薄くもやがかったサージュの姿があった。
奴らを野放しにしちゃおけない街の危機ですよ!なのになぜ出動命令を下さらないんですか!
サージュくん。君は何か勘違いをしているようだ。
君が追っている組織にはなんら違法性はない。街の危機?そんなのは君の妄想だ。
妄想?妄想だって?証拠なら提出したはずです!奴らの裏取引の帳簿!あれをご覧いただければ――
私はそんなものは見ていない。
馬鹿な!まさか署長あなたも奴らと……!
君は若い。若すぎるのだよ、サージュくん。本当に大切なものが、まるで見えていない……。
正義と秩序と平和と法!それ以上に大切なものが、どこにあるっていうんですか署長!!
ふたつの影が、幻であったようにフッと消える。
次いで、すぐ、打ちひしがれたように膝をついたサージュの影が、別の場所に浮かび上がった。
これが……現実だっていうのか?
公街を食い物にする悪がいるというのに、警察は動こうともしない……奴らから賄賂を受け取っているせいで!
代わりに奴らに立ち向かっているのは、あろうことか――おお神よ――犯罪者どもだ!
法に背き、道を外れた者たちが!盗人や詐欺師や密売人や脱獄囚どもが!街を守るため奴らと戦っている!命を懸けて!
俺が信じてきたものは、なんだったんだ?俺が信じていた正義は……こんな――こんなに無力で無意味なものだったのか!?
誰もが認める正義など、この世のどこにもありはしない。
くずおれるサージュの横に、誰かが立った。
善も悪も、ー定ではない。常に善であるものも、常に悪であるものも、等しくこの世に存在しない。
わからない……俺にはもうわからない。
戦わないのか?彼らとともに。おまえの愛する街を救うために。
できない……できるはずがない。犯罪者どもと肩を並べて戦うなんて……。
それに、奴らのやり方は違法だ……たとえ街を守るためであっても……俺にはできない。認められない……。
なんとも頭の固い男だ。
ならば、その〝正義感〟――我らに預けてみてはどうだ?
何……?
私は、ヤーシャラージャ・ローカパーラ。
あらゆるものを預かる、幻想銀行ローカパーラの頭取だ。
いったん退きましょうか。
打って変わって、冷静なサージュの声が響いた。
君の知るサージュの声だ。〝あの〟サージュではない。
目の前で展開される光景になど、かけらの興味もないかのような様子で、ただ淡々と告げている。
わたくしが奴を引きつけます。その間に後退してください。
承知いたしました。
いつでも構いません。
では。
サージュが、ふらりと前に出る。
今だ、とばかり魔物が躍りかかった。
超高速のー撃を、サージュは軽やかにさばき、距離を取る。その目は、はっきりと魔物の動きを捉えていた。
君たちはその間に場を離れ、来た道を引き返す。
剣のぶつかる音を背にしながら、ー目散に逃げ続け――
扉が見えなくなったところで、ようやく足を止めた。
荒い吐息を吐きながら待っていると、やがて、ふらりとサージュが歩いてきた。
逃げ切れたんだね、と君が声をかけると、彼はなんでもなさそうにうなずく。
ええ。奴はあの場所を守ることに拘泥しているようでしたから。離れれば追ってきません。
サージュさん。あの魔物――
ラシュリィの言葉に、サージュはうなずく。
どうやら奴は、わたくしの預けた〝正義感〟を取り込んでいるようですね。
そう告げる口調もまた、特にどうということはなさそうな、あっさりとしたものでしかなかった。
story5 除難魔
困りましたね。
魔法使い様の魔法で相手の動きを止めていただいたとしても、攻撃が通じなければ意味がありません。
それに、もうひとつ懸念がある、と君は言った。
もし相手の能力が、ただ防ぐだけでなく、魔法を跳ね返すこともできたとしたら、遅延魔法を使うのは危険だ。
遅延魔法が反射されたら、逆にこちらの動きが鈍る、と……そうなったらー巻の終わりですね。
それが遅延魔法の最大の弱みだ。使うなら、絶対に反射されない、という確信を得てからにしなければならない。
どうしたものかと思っていると、ヴィレスが顔の前に両手を持ってきて、それを左右に開くような仕草をした。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
閃いた、みたいなノリで使わないでください、そのフレーズ。
それで、何を思いついたんです?
わたくしが突然かくし芸の腹踊りを始めたら、思わず動きを止めて見入ってしまうのではないでしょうか?
新年会のときの芸ですね。
あれクォリティ低かったですよ。
見入るほどのものではなかったな。仮にクォリティが高くても魔物が反応することはないと思うが。
ヴァイシュラヴァナ、閉門。
ヴィレスは残念そうに、顔の前で両手を閉じたが。
何かに反応させて動きを止める、というのは、アリかもしれないですね。
言って、サージュは君に目を向けた。
ただ、魔法使い様にご協力いただく必要があります。危険をご承知いただいた上で。
その目に、君の身を案じるような色はない。
挑戦的というか。興味本位というか。「で、どうします?」と、からかい混じりに覚悟を問うような、そんな眼差しだった。
やるよ、と君は、ためらいなくうなずいた。
首を刎ねられる以外だったらね、と。
ご安心ください、魔法使い様。
サージュは、にやにやと笑った。
刎ねはしません。その首を、ちょっとお借りするだけです。
扉の前に戻ってくると、あの魔物は、相変わらずその場に佇んでいた。
手筈通りに。
君はうなずき、サージュと並んで前に出る。
魔物は、サージュの姿を見るや否や抜刀し、再び超高速で躍りかかってきた。
サージュは、その動きから目を離さぬまま――
左手で君を引き寄せると、君の喉首に右手の剣を押しあてた。
動くな。
その言葉に。
魔物が止まった。
サージュに眼前に踏み込み、武器を振り上げた姿勢で――ぴたりと、その動きを止めていた。
そうそう。いい子だ。いい子すぎるほどに。
嘲笑うように、サージュは唇を歪める。
罪もないー般人を人質に取られたら、なすすべなどないものな――〝正義感〟の塊なんて。
奴の動きを見た限り、狙っていたのは我々3人だけで、魔法使い様は眼中にないようでした。
おそらく奴にとっては、攻撃を仕掛けてきた者が敵――すなわち、〝倒すべき悪〟という認識なのでしょう。
攻撃――敵対行動を取らなかった魔法使い様は、奴にとって悪ではない。
悪でないなら守らねばならない。そう考えるでしょうね。
奴には善か悪かのふたつしかないでしょうから。
サージュに剣を突きつけられたまま、君は呪文を唱え、指にたばさんだカードから魔法を解き放つ。
選んだのは、毒々しい腐食の魔法。敵を内側から蝕む魔法だ。
魔物がピクリと震え、よろけた。
わけがわからない、というように、大きく頭を振っている。
正義というのは、非常に強固で頑迷で――そして、内部からの攻撃にはとてもとても脆いものです。
サージュは、にやにやと言いながら君を離し、二刀を構えた。
ましてや、守ろうとした相手に裏切られるなど、ハハ、相当なショックでしょうね。
ううぅううあああぁあああっ!!
魔物が吼えた。
怒りのような、悲しみのような。やるせない思いだけがぐつぐつに沸騰したような、悲鳴にも似た絶叫だった。
かつて自分が抱いた正義感。かって自分が抱いた煩悶。
それらそのものとさえ言える叫びを前に、サージュは、なんでもないような顔をして、ガチンッ!と二刀を打ち合わせた。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
合わさる二刀が門となり、封じられた力を解き放つ。
資産魔法〈紫電一閃(マハーカーラ)〉――限定発動。
光を宿した二刀を携え――サージュは、気軽とさえ言っていいほどの口調で告げた。
それじゃ、ちゃちゃっと締めましょうか。
踊る。跳る。刀が躍る。
体内からの腐食に苛まれてなお、電撃的な速度で跳ね回る魔物を捉え、すれ違いざま、腕を薙ぐ。
鎧ごと斬り飛ばされた腕が飛び、ヒョイとかしげたヴィレスの首をかすめていった。
魔物は怒る。怒って吼える。
星の跳ねるように天地を飛び回り、真上からサージュに襲いかかる。
サージュは見もせず、剣を振る。
星を刎ねるようなー閃で、魔物の得物を打ち払い、返す刀で足を斬る。
魔物が転ぶ。無様に転ぶ。サージュは静かにそれを見ている。
何かを見定めるように。
じっと眼を向けている。
資産魔法〈紫電ー閃〉――
資産番号0002265 〝時の流れが歪む魔境〟の魔法化。刃が触れた箇所の時間を急激に加速させ、劣化させることですべてを斬り断つ魔法。
どれほど堅固な鎧でも、永遠不朽でない限り、防ぐことはできない。そういう魔法ですが――
自分の時間を加速させている相手には、その切れ昧もひとしおですね。劣化速度が2重に加速するわけですから。
あるべき秩序がどう乱れようと知ったことではない――そんな心根の持ち主にしか扱えぬ魔法です。
ルダンの言葉には、あからさまな嫌悪が透けていた。
まさに、今のサージュさんのことですね。
〝正義感〟を預ければそうもなりましょうが……言い換えれば、それは無秩序な危険人物を作り出すのと同じです。
奴がいつ当行に牙を剥くか、わかったものではありません。
その心配は無用ですよ、副頭取。
ヤーシャラージャは、女神のように微笑んだ。
〝正義感〟は預けても、我が父への〝恩義〟までは預けておりませんから。父のため、当行に尽くしてくれるはずです。
見るべきものを、見出すまでは。
サージュが魔物を刻むたび、かつてのサージュの姿が浮かぶ。
俺が銀行員になると誓えば……街を救う力を与えてくださるんですね。
ふさわしい力を融資しよう。
もっとも――それ自体は合法でも、街を救うために戦うのなら、違法行為に手を染めざるを得ないかもしれないが。
なら……俺の〝正義感〟を預けます。
良いのかね?
正義感。を失くしても、街への愛は消えない。俺はあなたから融資された力を使い、彼らと共に戦う道を選ぶでしょう。
我ながら滑稽だ。なんて頭が固いんだ。この〝正義感〟を捨て去らない限り、彼らへの偏見を捨てられないなんて。
頭の固さを捨て去るために、頭を刎ねて、別の頭を据えるがごとき行いだ。そういう意味では、柔軟だ。
得てして人はそういうものだ。常に多面性を持っ。どれほど厳格な者も、誰かには甘い面を見せ、どれほど怠惰な者も、何かには勤勉な面を示す。
そうなんでしょうね。
俺もそれが知りたい。
正義感、を預ければ……そういうこともあるとご思える俺になれるかもしれない。
魔物が吼えた。すでに傷だらけだった。
それでも魔物は止まらなかった。正義のために悪を討つ――そうすることしかできないように。
馬鹿だね。正面から攻めることしかできないなんて。
サージュは笑う。どこか懐かしむような眼差しで。
魔物が正面から得物を振るい抜いた瞬間、その動きを見切り尽くして背後に回り、ガチンッ!と再び二刀を合わせる。
お引き取り願いまーす。
ひとつとなった大剣が、魔物の首を斬り飛ばす。
たちまち魔物が形を失い、崩れ去ってゆく様を、サージュは見つめていた。
何もかもを見定めようとするような目で。
ジッと。
story6 過去の情景
結局、杖はありませんでしたね。
保管庫から流出した資産を取り込んで強大化した魔物……魔力の歪みの正体は、これだったのだろうな。
次を探しましょう。サージュさん、資産の再封印をお願いできますか?
お任せください。片方は自分が預けた資産ですからね。ちゃんとやりますよ。
ところで、と君は声を上げる。
戦いの最中、サージュの過去のような風景が見えていたけど、あれは――?
当行にお預けいただいた資産は、それに対する〝思い入れ〟の深さに応じて、魔力を発生させます。
特に〝思い入れ〟の強い資産ですと、残留思念が魔力に影響を及ぼし――
あのように、周辺のフィールドに過去の光景の幻視を発生させることがあるのです。
サージュさんの〝正義感〟には、相当な〝思い入れ〟があったということですね。
そりゃそうです。捨てる捨てないで最後まで悩みましたからね。まさに身を切る思いでしたよ。
サージュは、やはりなんでもないことのように言って、にやにや笑った。
だけど、と君はまた声を上げる。〝正義感〟をすべて預けたというのなら、あなたはなんのために戦っているのかと。
契約ですので。しばらくは、好むと好まざるとにかかわらず、銀行員をやらにゃならんのです。
あとは、まあ……。
わたくしは、ひょっとしたら、それを知りたくて戦ってるのかもしれないですね。
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