【黒ウィズ】SOUL BANKER Out of Control Story2
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SOUL BANKER Out of Control Story1
SOUL BANKER Out of Control Story2
目次
story7 次なるフロア
君たちはサージュと別れて扉を通り、また新たなフィールドに出た。
その先にも、魔力の歪みがあるようだ。
次は杖だといいですね。
どうだかな。先程のように資産を取り込んだ魔物という可能性もある。
魔物はもともと、資産を欲する思念が魔力と結びついて発生するものだからな。
流出した資産など見つけようものなら、喜び勇んで取り込むだろう。
資産を取り込んだ魔物と戦うということは、資産魔法の使い手と戦うようなものです。じゅうぶんに気をつけてくださいね。
わかってる、と君はうなずく。
資産魔法の強力さは重々承知している。どんな敵であれ、侮るわけにはいかない。
そういえば。
サージュは資産魔法を発動させるのに銃を使っていなかったね、と君は言った。
ヴァイシュラヴァナを開くための門――〈ヴァジュレイザー〉は、必ずしも銃である必要はないのです。
と、申しますか、合わさることで門となる形状の武器でしたら、実はなんでもよろしいのです。
それでサージュは双剣を使っていたんだね、と答えて、あれ?と君は首をかしげる。
だったらヴィレスとラシュリィも、2丁拳銃にすればいいのでは?と。
そういうわけにもまいりません。銀行員としての役割が異なりますので。
サージュのように、行外で活動する銀行員は、行内の資産を活用することができません。
そのため、〈ヴァジュレイザー〉にあらかじめ特定の資産魔法を封じておき、必要に応じて任意に発動できるようにしてあります。
対してヴィレスとラシュリィの場合、多様な魔物と戦うため、そのときの状況に応じて最適な資産を魔法化する必要があります。
資産の魔法化には、綿密な計算と調整、そして強い意思力が求められます。ひとり分の精神では、魔法化自体がままならないのです。
なるほど、と君はうなずく。
すでに魔法化された特定の資産を使うサージュと、敵に合わせて適宜(てきぎ)、資産を魔法化するヴィレスたち。
精霊魔法で例えるなら、契約済みの精霊をカードから呼び出すか、戦いながら新たな精霊と契約するか、だ。
もっとも精霊魔法の場合、新たな精霊と契約するには非常に濃密な魔力の淀みが必要となるため、戦いながら契約できる状況などほとんどないが。
ヴィレスとラシュリィは、ルダンのサポートとふたり分の精神力で、強引に戦闘申の魔法化を果たしている、と思えばいいのだろう。
本当に大変なのです。同じ資産でも、そのときそのときで魔力の流れが変わるため、毎回計算し直さなければならず……。
計算を誤れば、余剰神秘がオーバーフローを起こすため、逐ー排出プランを調整あるいは即席で策定することで、安全性の確立に努め……。
大変ですね。
貴様がいつもバカ高い資産を申請するからだろうが!
まあ、大変なのも道理かもしれない、と君は思った。
ヴィレスたちが見せた炎の資産魔法にしても、あの魔物の高速移動にしても、かなり強力な魔法だ。
高位の魔道士でさえ本来おいそれと使えるはずのないものを、魔道士でもないヴィレスたちが使えるようにしているのだから、大変で当然だ。
それにしても、と君は言う。
妖精郷から持ち帰った宝箱、なんて資産まであるなんて、この異界には不思議なものがたくさんあるんだね、と。
言ってから、普段ならウィズが訊いていそうな事柄だな、と思った。
そうですね。ですからこそ、このローカパーラは、そうしたものを封じる場所として作られたのです。
だんだん銀行業の方がメインになっていきましたけれどね。
摩詞不思議な資産が封じられた銀行。心や感情のー部でさえ預けられる銀行。
もしこの銀行がクエス=アリアスにあったら、自分なら何を預けていただろう。
考えてみたが、特に思いつかなかった。
考えの甘さや未熟さなど、直したい欠点は多々思い浮かぶが……それを預けるのもどうかと思う。
正しいお考えです、魔法使い様。
人の心には、良い面もあれば悪い面もございます。悪い面だけを取り除けば、必然、良い人間になれましょうが――
欠点と向き合い、自らそれを正していこうと努力するからこそ、人は成長できるのです。
安易に心を切り貼りするのは、その努力を怠り、成長の機会を逃すも同然。人として、選ぶべき道ではございません。
副頭取は、すぐ怒るところを預けた方がいいと思いますよ。
人の話を聞いていたか貴様!
ウィズは、ルダンの意見に賛成するだろうな、と君は思った。
彼女は、人の美徳も、そうでないところもひっくるめて個性だと考えている節がある。
欠点や悪癖のない人間なんてつまらない、くらいのことは言うかもしれない。
魔法と同じにゃ。
魔法だって、いい側面も悪い側面もあるにゃ。そういうものだと認め、向き合うことが、魔法使いとして成長するための第1歩にゃ。
と、いうわけで、下水掃除は任せるにゃ。どうせ私がいても役に立たないしにゃ。昼寝でもして待ってるにゃ。おやすみにゃ~。
……金言にかこつけて、このくらいのことは言いそうだな、と思い、君はウィズを見た。
にゃー?
ウィズは、なんだろうとばかりに首をかしげ、ついでのような鳴き声を上げるだけだった。
***
湧き出る魔物を倒しながら進んでいると、不意に、ぞくりという寒気が君を襲った。
物理的な寒気ではない。強烈な魔力の気配を感じ取ったせいだ。
歪みだ。近いぞ。警戒しろ!
近い、といいますか。あれですね。
と、ヴィレスが目を向ける先に、いた。
人型の異形――他の魔物とはあきらかにー線を画する存在が。
ラシュリィが、やれやれとばかりにため息を吐く。
杖には見えませんね。
意外と杖かもしれません。
そんな意外はいりません。
魔物もこちらに気づいたらしい。
ゆらり、と非人間的な動きで起き上がり、よたよたとこちらへ近づいてくる。
ラシュリィが無言で発砲した。
銃弾は魔物の額を正確に撃ち抜き、後頭部から大量の血をぶちまけさせる。
……血?
あるはずのないものを見たように、ラシュリィは訝しげに眉をひそめた。
次いで、その目が大きく見開かれる。
噴き出した血飛沫が、ぐにゃりとねじ曲がり――同じ人型の異形と化して起き上がるのを見て。
……あんな資産魔法ありました?
いいえ。我々とは違う形で、資産の特性を利用しているのでしょう。
あれ、使えたら便利ですよね。
ヴィレスさんが増えるとか勘弁してほしいんですけど。
アリでは?
ないです。
敵来るよ、と君は言った。
***
困りましたね。
そうだね、と君は言った。
大して強い魔物ではなかった。動きは鈍いし、反応も遅い。君たちならどうとでも対処できる相手だ。
が、増える。
攻撃すると、傷口から血をこぼし――それが同じ姿の魔物となって動き出す。これが、際限なく続くのだ。
今や、数十という数の異形が、君たち3人を取り囲んでいる。
まことに恐れ入りますが……魔法使い様の魔法で、どうにかなりませんでしょうか。
いろいろ試してはいるんだけど、と君は頭をかく。
血を流すことで増殖するのなら、火の魔法で焼き尽くしたり、氷の魔法で凍らせれば、と考えもした。
だが、どうも効きが悪いのだ。火炎も凍結も、ほとんど有効打にならない。
あれは資産番号2998113、〝血の泉〟を取り込んだ魔物のようですね。
〝血の泉〟は、土地に豊かな実りがもたらされることを願って、数多の聖者が身を投げた聖地。
清らかな血が、大いなる生命の力を与える――その特性を利用して、再生と増殖を行っているのでしょう。
つまり、めちゃくちゃしぶとい上に、血を流すたび増えていくってこと?と君は訊ねる。
そんな相手、どうすればいいというのか。
まずいですね。このままではジリ貧です。
つかみかかってくる魔物を前蹴りで吹き飛ばし、ふとヴィレスは眉根を寄せた。
……ジリ貧のジリとは、いったいどこから来たジリなのでしょう。
今それ気にする時ですか?
ジリリリリリリリリリン。
それじゃないのは確かです。
呑気なこと言ってないで何か対策を考えるにゃ!と、君はウィズが言いそうなことを言ってみた。
ウィズが言いそうなことを言ってみる……これは意外と、魔道士として成長するのにいい方法かもしれない。
いや、そんなことを考えている場合ではない。本気で。
と。
突如、右側にいた魔物が数体、あらぬ方へと吹っ飛んだ。
垣根を破るようにして現れたのは、青い制服を着た女性と少女のふたり連れ。
何をなさっているんですか。ヴィレスさん、ラシュリィさん。
少女が冷ややかに告げる隣で、
手伝います。ひとまず後退してください。
女性は凛とした微笑みを浮かべている。
魔物の群れは、当然、彼女らにも襲いかかるが――
少女は、ひらりと攻撃をかわしては足を引っかけ魔物を転ばし。
女性は、向かってくる魔物に対し先んじて強烈な回し蹴りを叩き込んで転がす。
助かります。魔法使い様、お先にどうぞ。
君はうなずき、少女と女性が開いた血路へ飛び込んで、魔物たちの囲みを抜けた。
ヴィレスとラシュリィも、体術と銃撃を組み合わせて魔物を退け、包囲を崩して走り出す。
魔物たちは追いすがってきたが、しぶといだけで動きの鈍い連中だ。風の魔法で転ばせると大きく距離が開いた。
やがて、諦めたのか、魔物が追ってくる気配はなくなった。
君は足を止めて息を整え、ありがとう、と少女と女性に声をかける。
お客様の身をお守りするのが、我々銀行員の務めですから。
女性は白い歯を見せて笑った。
まぶしいものに好んで顔を向けてきたような、ひまわりを思わせる快活な笑顔だった。
ティリルカ cv.沼倉愛美 | リニーダ cv.羊宮妃那 |
---|
わたくしは、ティリルカ・ヴァーナキィと申します。主に行外での取り立て業務を担当しております。
ティリルカは優雅にー礼した。
所作のひとつひとつが、堂々とした貫録と余裕に満ちている。それでいて偉そうなところはなく、むしろ毅然とした謙虚さを感じさせた。
天という高みからあたたかな光を降らせ、それを誇りはしても奢ることなく働き続ける、勤勉な太陽のような堂々たる笑顔だった。
同じく取り立て業務を担当しております、妹のリニーダ・ヴァーナキィと申します。
名乗り、少女がー礼する。
慇懃な口調とは裏腹に、抑揚といい表情といい、〝おまえのことなどどうでもいい〟と言わんばかりで、微塵のあたたかみもない。
あたたかな光から顔を背け、霜の降りた地面の下で耐え忍ぶような、冷然たる無表情だった。
こちらは、大きな手持ち金庫を携えている。なんのためのものかはわからないが、この銀行のことだ。ただの金庫ではないだろう。
それで、ヴィレスさん、ラシュリィさん、どうしてこんなときにお客様をお連れしているんですか?
厄介ごとを持ち込んでくれたものだ――と言外に告げるような冷たい眼差しを受けても、ヴィレスの態度はいつも通りだった。
かくかくしかじかというわけでして。
何もわかりませんけど。
〝かくかくしかじか〟って口に出して言う人、初めて見ました。
君は、かくかくしかじか、事の次第を説明した。
然様でしたか。
リニーダはまるで興味がなさそうだったが。
ご自身もお辛い境遇にありながら、この事態を解決するためご協力くださるなんて……。
ティリルカは深く感じ入ったというようにうなずき、ぎゅっとこちらの手を両手で握りしめてきた。
どうぞご安心ください、お客様。微力ながら、我々もお手伝いさせていただきます。ウィズ様の知性を取り戻しましょう!
お姉ちゃん。それはヴィレラシュの仕事。あたしたちの仕事じゃない。
ヴィレラシュ……?
いいじゃないか、リニーダ。お客様がお困りなんだ。ここはラシュヴィレとともにー致団結すべきだよ。
ラシュヴィレ……?
まあ、〝ヴィレスとラシュリィ〟っていちいち言うの面倒だからね、と君は思った。
と、ヴィレスの銃からルダンの声が響く。
リニーダの言う通りだ、ティリルカ。おまえたちの優先業務は資産の再封印だ。それも放っておいていいことではないからな。
ほら。
むう。
だが、どちらにしても先ほどの魔物を倒さないことには先へ進めん。ここは全員力を合わせてあの魔物を倒し、資産を取り戻すんだ。
ほら!
ふん。
で、どうしようか、と君は声を上げた。
ふたりが協力してくれるのは心強いけど、倒す方法がわからないとどうしようもない。
倒す方法ならありますよ。
どうでもよさそうに、リニーダは言った。
ちょっとめんどくさいし、なるべくやりたくない方法ですけど。
なるほど。1体1体にブロッコリーを植えて、血を吸い取らせる……というわけですね?
ヴィレスさん、ブロッコリーお好きですね。
実は食べたことないんですけどね。
ラシュリィは、なんだこいっという目でヴィレスを見た。
問題は、その大量のブロッコリーをどこで手に入れるかですね。
違う。いらない。そうじゃない。
無限にブロッコリーを生やす資産が、どこかにあるかもしれません。
聞け。
いったいどうするつもりなの?と、君はリニーダに尋ねた。(そうしないと話が進まない気がした)
リニーダはいかにも面倒そうな様子で、ため息混じりに答える。
とにかく奴らを攻撃し、とにかく数を増やしていただけますか。
その後は、わたくしどもが処理いたしますので。
口調こそ丁寧だが、心底やりたくなさそうな顔をしていた。
story8 決断と覚悟
再び魔物のもとへ戻ってくると、あれだけひしめいていた魔物は、最初の1体だけに戻っていた。
君たちを見るや否や、魔物はまたしても、ゆらりと起き上がり、よたよた近づいてくる。
では、仕掛けましょう。
ティリルカとリニーダが、先陣を切った。
揃いのナイフを手に、魔物の左右に回り、踊るような動きでサクサクと切り刻む。
たちまち魔物の身体から血飛沫が散って、それぞれ新たな魔物となって起き上がった。
増えた魔物にヴィレスとラシュリィが発砲。胸や頭を銃弾で撃ち抜き、さらなる血潮を流させる。
君も、魔力の刃を飛ばす魔法を使い、とにかく血を流させることに注力した。
10、20、30と、魔物の数がどんどん増えていく。
いかに動きの鈍い相手といえど、これだけの数となると、下手をすればすぐに取り囲まれ、なぶられてしまう。
君は常に動き回って敵の魔手から逃れつつ、近づいてくるものから優先的に攻撃した。時には風の魔法で吹き飛ばしもする。
ティリルカの動きは颯爽たるものだった。
果断に敵の群れへと飛び込み、軽やかな動きで翻弄しながら斬りつける。
対してリニーダは精緻(せいち)であり巧妙だった。
最小限の動きで攻撃をかわしながら、すれ違いざまナイフで傷をつけていく。
70、80……魔物の増殖は止まらない。もちろんあえてそうさせているのだが……それにしても、これほどまでに増えるとは。
そろそろきつくなってきましたね。
近づく魔物を長い足で蹴り飛ばし、背後からの敵へは振り向きもせず銃撃を叩き込みながら、ヴィレスが言う。
リニーダさん、まだだめですか?
かかと落としで魔物を地面に叩き伏せ、踏みつけたまま銃弾を撃ち込んだラシュリィが、眉をひそめて問う。
まだですね。もっとです。
さすがに限界なんだけど……と君は言った。
魔物の数は、とうに100を超えただろう。ひとりあたり20体と渡り合っている計算になる。攻撃を避けるだけでもー苦労だ。
多少は体術の心得もあるとはいえ、魔道士である君には厳しい状況だった。
どうにか耐えられているのは、ヴィレスたちが己の危険もかえりみず、君をかばうように立ち回ってくれているおかげだった。
まだです。もう少し増やしてください。
とは言うが……敵が増えるにつれ、防御や回避に割く手間が増え、攻撃頻度が減って、敵の数を増やしにくくなる。
このままでは、目標数に達する前に、こちらが力尽きかねない。
止むを得ませんね。副頭取。資産番号104543を。
またそれか!流出していて使えんとさっきも――
妖精郷の宝箱なら、先ほど回収いたしました。サージュさんの再封印もそろそろ終わった頃合いです。
む……。
仕方ない。少し待て!いつもより計算に時間が――
お姉ちゃん!
悲鳴のようなリニーダの叫びが聞こえて、君は思わず、ぎくりとなった。
ティリルカが危ないのかと思い、そちらに目をやったが、彼女は相変わらずの奮闘ぶりを見せている。
リニーダにしても、まるで変わらぬ冷ややかな表情のまま、黙々とナイフを振るっていた。
では、今の声は。
が、外国の軍隊が森の外に!どうしよう、どうしよう、あいつら、〝血の泉〟を狙ってる!
ひどく動揺した様子で、切羽詰まった泣きそうな声を上げているのは、民族衣装のようなものをまとったリニーダの〝影〟だった。
かの国の王は、よほど不老不死がお望みらしいね。〝血の泉〟の力を人に使ってはならないと、あれだけ掟を説いたっていうのに。
リニーダは隠れていて。戦士たちを連れて、あたしが迎え撃つ。
だ、だったらあたしも!
あたしたち巫女は、部族の心の支えだ。戦えず、身を隠すしかない者たちも、リニーダが側にいれば安心できる。
でも、お姉ちゃん――
あたしは平気だ。務めを果たすよ。聖なる泉は、誰にも渡したりしない。
さあ戦士たちよ!槍を持ち、弓を取れ〝血の泉〟を欲する愚か者たちに、あるべき報いをくれてやろう!
頭取、ご決裁を!
よござんしょう。
資産魔法〈電光石火〉――発動。
ヴィレスとラシュリィが、魔物の攻撃を後方宙返りでかわしざま、空中で、ガチンッ!と互いの銃を打ち合わせた。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
たちまち、その身が稲妻と化す。
目にも止まらぬ高速機動。群れなす魔物の隙間を縫って、駆け回りながら弾丸を乱射する。
先ほど戦った魔物が取り込んでいた資産――あれを資産魔法として発動させたのか。
敵がどれだけいようと、捉えられる速度ではない。銃声が、ほとんどひと連なりの轟音となって響き、赤い血潮を雨のように降らせていく。
魔物の数が増えていく。加速度的に。雨が激しさを増すように。
ああっ!あああっ!お姉ちゃん!お姉ちゃんっ!ああ、しっかりしてだめ、だめっ、し、死んじゃだめえっ!
銃声にまぎれ、泣き叫ぶリニーダの声が聞こえる。
少女の影は、ぐったりと倒れ伏したティリルカを抱き起こし、半狂乱となってわめいている。
そ、そうだ――〝血の泉〟命のカ――あれなら、き、――きっと……!
おおぉおぉおおあおああぁあああああっ!!
何重もの雄叫びが上がる。
すでにどれほどの数に達しているのだろうか?200か、それとも300か――
リニーダ。そろそろいいんじゃないかな?
うん。いいと思う。……やりたくないけど。
こらこら。
ふん。
ティリルカとリニーダは、魔物をかきわけるようにして合流し――
互いのナイフを、がちんッ!と打ち合わせた。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
リニーダの金庫が、強い光を放った。
同じ光が、合わさった2本のナイフからも放たれる。
資産魔法〈屍山血河〉――
限・定・発・動!アハハハハハハハ!!
爆発じみた哄笑が轟く。
ー瞬、誰の笑いかわからず――そちらを向いて、君はぎょっとなった。
ティリルカが。
その目を爛々と血走らせ、ニイッと刃のように口角を吊り上げて、鬼神のごとき微笑みを浮かべていた。
いいねいいねぇ、いい、いい、いい、いい!ごちそうだらけの桃源郷!最高級のもてなしだ!
ティリルカは、目を剥いて舌なめずりをした。
毅然とした気風も貫録もー切が消え失せ、代わりに穿猛な残虐さだけが、その相貌に浮かぶすべてとなっていた。
いいから、早く〝取り立て〟て。
嫌悪もあらわにリニーダが言うと、
オーケーオーケー、かわいいリニーダ。あたしも正直、待ちきれない。
ティリルカは狂おしいほど嬉しそうに笑い、リニーダの手からナイフをもぎ取った。
そんじゃあとっとと締めますかァ!!
そして、地獄が始まった。
***
アハハハハハハハハハハハハ!
蹂躙と言っていいほどの、圧倒的かつー方的な猛攻だった。
ティリルカは、自らに襲いかかろうとする魔物へ、人間離れした勢いで逆に襲いかかり、手にしたナイフをザクリと突き込む。
刺された魔物はピクリと震え、さらにはギュルリと渦巻いて、ナイフのなかへと吸い込まれていく。
いいねいいねえ、いい感じにー口サイズだ!アハッ!
ティリルカは身の毛もよだつ笑みを浮かべ、次々と魔物にナイフをぶちこんでいく。
いずれの魔物も、ー突きで渦と化し、それぞれ瞬く間にナイフに吸い込まれていった。
喰らっている――いや。
取り立てて(・・・・・)いる。
ティリルカのナイフは、魔物の魔力をまるごと奪い――先ほど開いだ門、を通じて、それをリニーダの金庫へ送り込んでいる。
魔力の流れから、君はそう悟った。
見れば、得物を預けたリニーダは、金庫から何やら機械のようなものを取り出し、不機嫌そうな表情でパチパチといじくっている。
ティリルカが魔力を奪い、リニーダがそれを制御する。そうして、魔力を取り立てる。
それが、ふたりの〝仕事〟のようだった。
魔物をこれほど増殖させたのは、1体あたりの魔力量を極限まで減らし、ー撃で〝取り立て〟られるようにするためか。
やりたいことはわかったが、ティリルカのあの変わりようはいったい――
ど――どうしちゃったの?お姉ちゃん……。
同じ疑問を、震える少女の影が口にしていた。
こ、こんな……いくら敵だからって――ここまでしなくても――
楽しいからだよ、かわいいリニーダ。
誰かの首をもぎながら、笑うティリルカの影が答える。
赤い血が、たぎって騒いで仕方ない。あたしのなかで渦を巻いてる。踊れ踊れとかしましく!
暴れ、ねじ伏せ、引きちぎるそうでもしなきゃ収まらない!フフハハハハハハハハハ!
空気という空気を血色に染めるような咲笑――そのすべてを否定せんばかりに、少女の影は髪を振り乱して絶叫した。
違う!違う!違うッ!こんなの違うッ!こんなのしないお姉ちゃんはこんなことしないッ!
あんたなんか……あんたなんかお姉ちゃんじゃないっ!!
アハハハハハハハハハ!!
無数の異形に囲まれ襲われる、という地獄は、今や、無数の異形が家畜のように屠殺されていく、という地獄に変じていた。
何百とひしめいていた魔物たちは、すでに何分の1にまで減っている。
ティリルカは、その1匹たりとて逃すまいと、踏みつけては刺し、飛びかかっては刺し、ひねり飛ばしては刺し、引っつかんでは刺す。
魔力を問答無用で〝取り立て〟る力もさるものながら、今のティリルカの身体能力は、完全に人間を超越したものだった。
彼女らは、行外で活動する銀行員だ。つまり、サージュ同様、あらかじめ魔法化された資産を利用しているということになる。
にもかかわらず、資産を発動させるのに、ふたり分の精神力と、魔力の計算が必要だということは――
やがて哄笑が止み、鼻歌が聞こえ始めた。
目の前で行われるのは、もはや戦いですらない。
道端の雑草を意味もなく引きちぎるような、雑で気軽な躊躊と化していた。
不気味なほどゆったりとした静けさのなか、鼻歌に混じって、虚ろな嗚咽が流れてくる。
ごめんなさい……ごめんなさい……あたしのせい……あたしが掟を破ったせいで……。お姉ちゃんが……
お姉ちゃんじゃなくなっちゃった……。
ごめんなさい……ごめんなさいぃ……。
あなたのお姉様は、完全に変わり果ててしまわれました。
もはや、元に戻すことはできますまい。
ルダンの声。銃からではなかった。
誰か――君の知らない銀行員と共に、痛ましげな顔つきで少女の傍らに立つ彼の影が発した声だった。
ですが……彼女の心の〝変わり果てた部分〟だけをお預けいただければ、〝変わり果てる〟前の心を再現することができるでしょう。
〝血の泉〟ともども……当行に預けられることを、おすすめいたします。
おーわーりっと。
最後に残った魔物の胴へ、ナイフが無造作に突き込まれる。
魔物は渦巻き、ナイフに吸われ――血のー滴すら残さず、消え去った。
はー、暴れた暴れた。すっきりした。
ティリルカは、にこにこと上機嫌に微笑み、リニーダのもとへ歩いていく。
あたしの活躍、どうだった?愛するかわいい妹よ。
うるさい。とっとと消えて。あんたなんかお姉ちゃんじゃない。
地獄の底から響くような声に、ティリルカは、けらけらと笑い――。
ふと、我に返ったように目を瞬かせた。
んっ――ああ……えーと、終わった?
終わった。
そうか。みんな、見たところ……うん、誰もけがはなさそうだね。無事に済んでよかった。
太陽のように、ティリルカは笑う。
すべてを血色に染める夕暮れじみた妖気は、もはや微塵も感じられない。
回収した資産はどう?金庫に収まる?リニーダ。
いま調整してる。邪魔しないで。
おっと、これは失礼。
ティリルカは苦笑してナイフをしまい――
まじまじと見つめる君の視線に気づいて、おや、という顔をしてから、穏やかに微笑んだ。
いつもこんな調子なんですよ。
昔は、お姉ちゃんお姉ちゃん、ところ構わず抱き着いてくるく甘えん坊だったんですけどね。
お姉ちゃん。余計なこと言わないで。
あはは。
これですよ、とばかりウィンクを送ってくるティリルカを見つめながら――君は、なんとも言えない顔で黙りこくった。
ティリルカは――彼女は知らないのか。自分の身に何が起こったのか。リニーダが、どんな思いでいるのか。
リニーダ自身が、伏せているのか。
仏頂面で機械をいじるリニーダの横顔に、あの影が浮かべていたような弱さはない。
霜の降りた大地のように冷ややかなその相貌は、あるいは、冷えた涙で固められたものかもしれない。
凍てつくほどの覚悟とともに。
彼女たちの経緯について、資料で読んではいましたが――
あの提案は、あなたがしたものだったのですね。副頭取。
ルダンは、苦い顔で押し黙った。
意外です。心の切り貼りは、あなたの主義に反するのでは?
……ティリルカの精神が変質したのは、〝血の泉〟の呪いとでも言うべき、外的な要因によるものです。
であれば、止むを得ないことです。むしろ強制的な変質を取り除くことこそ、本来あるべき彼女の精神を保つことになります。
理屈をこねて。かわいそうだったからつい、と、素直に言えばよござんしょう。
そのようなことはありません。
これ以上それについて話す気はないとばかり、苛立たしげに会話を閉じるルダンを見て、ヤーシャラージャはおかしそうに微笑んだ。
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