【黒ウィズ】クラヴィル編(ザ・ゴールデン2016)
2016/04/28 |
目次
story1 夜空を見る青年
この世は、闇に覆われている。
か弱き者たちは、漆黒の天蓋の下で、身を寄せ合って生きるしかない。
「すいません。僕はもう……。これ以上、お役に立てそうもありません。」
今も一人、魔物の凶牙の餌食となり……。
無残に命を散らそうとしている者がいる。
「タル!? タル!!ああ、 なんてことだ……ッ!!」
「このような罪もない若者が、なぜ死なねばならんのだ?この世に、光はないのか……。」
年端もいかない若者の死。
年老いた村長は、力なく肩を落とす。
「魔物の数は、年を追うごとに増えている。それなのに「自警団」に参加する者は、減る一方だ。
このままじゃ、魔物に殺されるのを待つだけだ。なあ、村長。俺たちは、どうすればいいんだ?」
「わからん、どちらにしろワシらは、ここで生きていくしかないんじゃ。」
冷たくなった息子の手を握る母親。
一人の男が、その背中にじっと視線を向けていた。
「やり切れないな……。」
男の名は、旅の剣客。クラヴィル・スティ。
この村には縁もゆかりもないが、度重なる魔物の襲撃に困窮する村人たちを見かねて……。
クラヴィルは、手を賃すことにした。
だが、彼を待ち受けていたのは、自分より若い自警団員の無残な死だった。
「……俺は彼のすぐ傍にいた。だが、助けることができなかった。俺のこの剣は、なんのために存在する?」
腰にぶら下げた剣を握る。
その手は、怒りに震えていた。
「俺に力があれば……。」
若者は、死なずに済んだのか?
先ほどから、ずっと自問し続けている。
「力が欲しい……。」
その場を離れた。
背後からは、若者の死を悼むすすり泣く声が、絶えることなく聞こえてくる。
今は、感惰に埋没するよりも、少しでも強くなるために――。
「剣を振る。ただ、無心で。」
剣を抜いて、誰もいない暗闇に切っ先を向けた。
月明かりすら射さない夜。
剣は、一切の輝きを放たない。
クラヴィルは、ふと思う。
そういえば、近頃夜空の星を見上げる機会が滅った。
以前は、星を見るたびに、あいつのことを考えていたのに。
今はもう、そんな余裕は、消え失せていた……。
クラヴィルは、魔物を切り捨てた。
凶暴な魔物は、悲鳴すら上げずに、大地へと還っていく。
「なんだこれは?」
切り倒した魔物の傍に、ひと振りの剣が落ちていた。
「魔物が持っていた剣か。なかなか、斬れそうな剣だが……。」
クラヴィルは、その剣が放つ禍々しい気配のようなものに引きつけられた。
剣を手に取ろうと拾い上げた瞬間――。
『私の力を欲するか? 若者よ。』
声だ……。
剣の声が、クラヴィルの脳内に直接入り込んでくる。
「こ、この剣、意思を持っているのか!?」
『いかにも。私は、ブラムリンガー。人では存在を認識できぬ高位存在(ハイディエティ)が用いる剣だ。』
人の上位に座する特別な存在が、この世にいるとクラヴィルは風の噂で聞いたことかあった。
ブラムリンガーと名乗った剣は、そういった高位存在(ハイディエティ)の所有物だという。
「そんな剣が、なぜこんなところに落ちている?」
『私は、とてつもない力を秘めた剣である。ゆえに、私が真の力を発揮することを恐れた者が、地上に捨てたのだ。』
「おーい、どうしたんだよ?」
少し離れた場所から、自警団の者たちがクラヴィルを呼んでいた。
「今夜は、もう魔物は現れないだろう。とっとと帰ろうぜ。」
「……。」
クラヴィルは、プラムリンガーをつかんだまま、その禍々しい剣光をじっと見つめていた。
ひと目で、斬れそうな剣だとわかった。
もしかしたらこの剣は、新たなる力となるかもしれない。
「こいつがあれば……。」
クラヴィルの脳裏に浮かんだのは、死んだ自警団の若者と、泣き崩れるその母親の顔。
『悪いことは言わん。私を置いて立ち去れ。私の存在は、人の手に余るだろう。』
木陰がざわめいた。
陽の光が届かない茂みの奥に、曇くものがいる。
「魔物!? くっそう、まだいやがったのか!?」
自警団の若者たちが、飛び出してきた魔物に襲い掛かられている。
「今、助ける!」
クラヴィルの手には、意思を持つ剣ブラムリンガーが握られている。
『まさか、私の使い手になるつもりか?そのような細身で、高位存在の剣を振るおうなど……その身がどうなっても知らんぞ?』
「そんなことはどうでもいい。お前は、凄い剣なんだろ?なら、力を貸せ。
これより、人を救う。」
ブラムリンガーの不敵に笑う声が、頭の中で響いた。
『その身が、どうなっても構わないと言うのだな?』
「構わない。命よりもこの世に、まだ光があると示す――その方が大事だ。」
この剣、人を救う力となるのか?
それとも、この剣に飲み込まれてしまうのか?
……試してみよう。この程度の試練を乗り越えられないようでは、俺の行く道は、閉ざされたままだ。
「――俺は、もう無力な自分自身に失望したくない。
行くぞ!」
ブラムリンガーのひと振りは、大気すらも切り裂く。
クラヴィルの描く斬痕は、三日月状の光を煌めかせ――。
魔物がその光を目にした時は、既に骸と化していた。
「この剣の斬れ味。凄い……っ! これこそ俺が求めていたものだ。」
『人よ、あまり無茶をするな。貴様が壊れやしないかと、気を遣ってしまうではないか。』
ブラムリンガーの声など、クラヴィルの耳には入っていない。
自分の振るった剣の感触。魔物を断ち切った感触に酔いしれていた。
「まるで己の意識が刃になったようだ。この剣があれば、俺は――。」
撚え上がるような激しい痛みが、クラヴィルの全身に走る。
「っぐっ!?」
剣を握る手が止まった。
ブラムリンガーを数合振り回しただけだというのに、クラヴィルの肉体は早くも悲鳴を上げていた。
『それが、私を振るう代償だ。もう分かっただろ?』
「なるほど……。思ったよりも、辛いものだな。」
『いますぐ私を捨てよ。身の程にあった剣を振るう方が貴様のためだ。』
「俺は、お前を持つのにふさわしくないと言うのか?」
『覚悟があるのなら、貴様の剣とするがいい。選ぶのは貴様自身だ。』
「選ぶのは、俺自身……。」
かつて、クラヴィルの元から旅立ったある男に言われたことがある。
――男なら、いつか己の行く道を選ぶ時が来る、と。
そして、あいつは、自ら選択して旅立った。
「俺にも、進む道を選ぶ時が来たというのか。」
あいつはまるで、今日のこの瞬間が来るのを予見していたようだった。
なにもかも見透かしたような目をしている奴だった。
『どうした若者? 私を捨てて逃げたくなったか?』
クラヴィルは、手放しかけていたブラムリンガーを強く握りしめる。
「自分の行く道ぐらい、とっくに選んでいる。だが、その道を進むには、お前が必要だ。
俺に力を貸せ、ブラムリンガー!」
ブラムリンガーは沈黙した。
そして、しばらく間を置いてから。
『面白い。名前を聞こう。』
「クラヴィル……クラヴィル・スティ。昏き世界に輝きをもたらす男だ。」
story2 剣の声
その日、村は普段とは違う活気に満ちていた。
魔物の恐怖に怯え続けてきた村人たちの表情が、今日は妙に明るい。
「このような、なにもない田舎の村まで、ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらです。」
村長が、鎧に身を包んだ十数名の騎士たちに向かって、深々と頭を下げている。
「ほーんと、なにもねえところだなぁ。」
彼らは一様に、同じ造りの鎧に身を包んでいた。
そして腰にぶら下げた剣の鞘には、王都の騎士であることを示す刻印が施されていた。
「騎士様が来てくれた!俺たちの村を守るために!」
「王様は、オラたちを見捨ててなかったんだ! これでもう安心だ!」
村人たちは、諸手を挙げて騎士たちを歓迎した。
これからは、彼ら騎士たちが、魔物から村を守ってくれる。
もう、自分たちの手で魔物から村を守る必要がなくなるんだ――。
「おい、村長。この村の近くに魔物の巣があるそうだな?」
「そうですじゃ。そこから湧き出る魔物に、我々は長年苦しめられてきました。」
「だが、もう苦しむ必要はない。俺たちが来たからには、安心しろ。」
「ありがとうございます。」
騎士団の長らしき男は、村の中を見回した。
「だが、いくら俺たちが騎士だからといって、タダで魔物退治はしない。こっちも、命が懸かってるからな。」
「も、もちろんわかっておりますじゃ。少ないですが、これをお納めください。」
村長は、村中からかき集めた食料と価値がありそうな貴金属品を騎士たちに差し出す。
それが、この村が捻出できる財の全てだった。
「おいおい、なんだよこりゃあ? こんなちっぽけな報酬で、魔物と戦えって言うのかよ!?」
「ですが、見ての通りなにもない村でして……。これが、我々で用意できる精一杯のお礼です。」
「へっ、そうか。……まあいい。貧乏そうな村だが、女はまあまあだ。こいつで許してやるとしようか。」
騎士の一人が、近くにいた村娘を強引に抱き寄せる。
「や、やめてください!」
横暴に振る舞う、騎士たち。
村の誰もが「この人たちは、本物の騎士なのか」という疑問を抱いたが、誰も口にしなかった。
「……誰だ、うるさくしているのは? 昼寝もできないじゃないか。」
おもむろにクラヴィルが、騎士たちの前に現れた。
腰には、ブラムリンガーをぶら下げている。
「なんだ、てめぇは!?」
「この村に世話になっている旅の剣士だ。自分で言うのはなんだが、普段は温厚な男だ。
だが、昼寝の邪魔をされるのだけは我慢ならん。つい、剣を抜いてしまいそうになる。」
クラヴィルは、鋭い目で騎士たちを睨む。
最初は若造と侮っていた騎士たちだったが、彼の迫力に気圧され、思わず腰が引けてしまった。
「ちっ……。気にくわねえ野郎だ。」
と、騎士たちは口々に悪態をつきながらも、クラヴィルに手出ししようとはしない。
「ク、クラヴィル殿。おやめください。この人たちは、ワシらが頼んで来ていただいたのです。」
そう言われては、これ以上口を挟めない。
「というわけだ。引っ込んでな! おい、村長。景気づけだ。酒盛りの準備をしろ。」
「こんな昼間からでございますか?」
「俺たちに村を守って欲しいんだろう? 文句はねぇよな?」
「は……はい。」
村人たちは、すごすごと引き下がっていく。
クラヴィルは、なにも言わず、酒盛りの準備をさせられる村人たちを見つめていた。
「あの、助けてくださってありがとうございました。」
「なんのことだ?俺は、静かに昼寝がしたかっただけだ。」
そう言い残して、クラヴィルは立ち去った。
***
村では、騎士たちによる酒振りが始まっていた。
村に貯蔵されていたなけなしの酒を、騎士たちは浴びるように飲んでいる。
そこへ、ひとりの若者が駆け込んでくる。
「みんな、敵だぁ! 魔物が攻めてきたぞ!」
「なんじゃと!?」
村の近くにある魔物の巣。
絶えることなく出没する魔物は、そこを根城にしているのだろう、と村の者たちは日頃から口にしていた。
過去に魔物の巣の主を退治しようと、腕に覚えのある者が向かったが……。
無事に帰って来た者は、誰ひとりいなかった。
「ダメだ……魔物の数が多い! 我々だけでは……。」
村の自警団は、圧倒的な数の魔物に怯んでいた。
村を守るどころか、それぞれ自分の身を守るので精一杯だった。
「お願いします。村を……魔物から、村を守ってください。」
「……。」
騎士連中は、したたかに酔っている。
酔いつぶれて眠ってしまった者もいる。
「生憎だが、この程度の饗応では、命を賭ける気にはなれんなぁ。」
「ど………どういうことだよ!? あんたたちが、魔物と戦ってくれるんじゃないのかよ!?」
「なんだ貴様? 我らに命令しているのか!? 我々王国騎士団に命令できるのは、国王様だけなのを知っての狼籍か!?」
「そ、そんなことねぇが……。」
こんなことをしている尚にも、魔物たちはこの村に押し寄せて来ている。
自警団が必死に魔物たちと戦っているが、いつまでもつか……。
村人たちにとって王国騎士団を名乗る男たちが、最後の頼みの綱だった。
「お前たちのような山賊まがいの集団が、王の顔を知っているとは、到底思えないな。」
「誰だ、我々を愚弄する者は!? 叩っ斬るぞ!?」
騎士たちは、クラヴィルの姿を目にすると、一斉に剣を抜こうとした。
「また貴様か? 二度目はさすがに見過ごせんぞ?」
「魔物が迫っているのに、命惜しさに戦おうとしないお前たちなど、恐れるに足らん。抜きたければ抜けばいい。」
しかし、騎士たちは、剣の柄を握ったまま動こうとしなかった。
「生憎だが、俺が剣を向ける先は別にある。お前たちが戦わないのなら、俺ひとりで、全ての魔物を斬らせてもらう。」
「待て。待つのじゃ。あの数の魔物、クラヴィル殿ひとりじゃ、手に負えんじゃろう。」
「そうだ。意固地にならずに、ここは騎士団の皆さんに任せておこう。な?」
「俺は、騎士団連中の鼻を明かしたいわけじゃない。」
手に持ったブラムリンガーを突き出す。
「この剣の斬れ味を試したいだけだ。」
止める村人たちを、押しのけてクラヴィルは魔物に向かっていく。
「お前らが腰にぶら下げているその剣は、いつ使うんだ? ふるう先のない剣ほど、ぶざまなものはない。剣が泣いてるぞ。」
「……けっ。」
剣を持つ者には、それぞれ剣を持つ理由があるのだろう。
クラヴィルが剣を持つ理由。
それは――。この世に光があることを証明するため。
――まだ正義が死んでいないことを証明するため。
クラヴィルは、信を置く己の剣に高々と宣言する。
「ブラムリンガー、この戦いで必ずお前を使いこなしてみせる!」
『お前にできるか? 死んでから後悔しても遅いぞ?』
「もし、俺がお前を使いこなせたら、喋る剣らしく俺のことを「ご主人様」と呼んで貰おうか。」
村に押し寄せてきた魔物は、クラヴィルがたったひとりで壊滅させた。
正しくは、クラヴィルと彼が持つプラムリンガーのふたりの力だが――。
そんなことは知らない村人たちは、目を白黒させてクラヴィルを出迎えた。
「クラヴィル、お前ってそんなに強かったのかよ?」
「……俺ひとりの力じゃないさ。」
クラヴィルは、魔物の血で染まったブラムリンガーを見つめる。
戦いの最中、プラムリンガーは魔物の魂を吸い込むように、活き活きと脈動を続けていた。
「そんなに謙遜するなって。お前が戦ってくれたお陰で、村は助かったんだ!」
「見ろよ! あれだけ偉そうにしてた王国騎士団の連中、ひとり残らず逃げていったぜ!」
恐らく、メッキが剥がれるのを恐れたのだろう。
騎士たちが持っていたあの剣。
鞘は立派だったが、果たして中身は本物だったのか……。
「あ、あの……! 村を救ってくれて、ありがとうございます。」
娘の手は、緊張でかすかに震えていた。
「顔を見たことのない王の命令よりも、君の涙の方が俺の心を動かした。
だから、お礼なんていらない。君が笑ってくれるなら、それがなによりの報酬だ。」
「え……あ……あの……。」
村娘は、顔を赤くして言巣に詰まっている。
「この世にまだ正義は存在する。青臭いかもしれないけど、俺はそう信じてる……。」
「私も信じます! いえ……あなたのお陰で信じる気になれました!」
「よかった……。この命、賭けたかいがあった。」
心臓の辺りに手を置く。
戦いの興奮か、それとも疲れのせいか、クラヴィルの心臓は、先はどからずっと早鐘のように鳴り続けている。
……突然、視界が明滅する。
全身から力が抜け、クラヴィルは地面に膝をついた。
「剣士様! どうなさいましたか?」
「いや……なんでも……ない。」
人を超えた高位存在(ハイディエティ)が用いる剣。
ブラムリンガーは、人知を超えた異物である。
その剣の力を解放させて何事もなく済むとは、クラヴィルも思っていなかった。
『私の力を使った代償は、貴様の命だ。そういう“契約”だったな?』
ブラムリンガーの声を聴きながら、クラヴィルは全身から生命力が奪われていくのを自覚した。
「だが、俺はまだ死ねない……! 俺は、貴様を使いこなすと決めた!
この命ならすでに賭けている! そして俺は、この賭けに必ず勝ってみせる!」
昏き世界を臥せるために。
世に正義があることを示すために。
『そうか……。とっくに覚悟の上というわけだな?
では、遠慮無く、貴様の命をむさぼり喰らうとしよう。』
視界が、闇に覆われた。
「何者だ? やめろ……よせ……俺を喰うな!」
クラヴィルは、真っ暗な意識の底に沈められていくような錯覚に陥った。
意識の底では、得体の知れないなにかが、大きな口を開けて、生け費がやってくるのを待っている。
「何者だ? やめろ……よせ……俺を喰うな!
やめろおおおおっ!」
story3 この道の先に待つものは
クラヴィルは、深い眠りに就いていた。
闇の底に飲み込まれたまま、使い手の生命を欲する魔剣の意思と戦い続けている。
かつて、ブラムリンガーを手にした剣士たちのほとんどが、この戦いに敗れ――。
無残に命を散らした。
そのたびにブラムリンガーは、使い手を失ってきた。
『人が手にするには、私の力は重すぎるのであろう。
だが、身の程を知らない愚か者は、際限なく現れる。』
「……。」
クラヴィルは、闇の底に埋もれたまま返事をしない。
彼の生命力は、全てブラムリンガーに吸い取られ、ひとかけらも残されていなかった。
『クラヴィル・スティ……所詮、貴様も愚かで弱き者であったか……。多少は期待したのだがな。』
いや……。
まだ、クラヴィルの命は枯れてはいなかった。
彼には、まだ一欠片の生命力が残されている。
「そうだ、俺は弱い。そして、バカだ……。俺のこと、よく分かってるじゃないか。」
『ほう?』
「だから、諦めの悪さは人一倍なんだよ!死に神だって呆れるぐらいにな!」
闇の中でクラヴィルは必死にもがいた。
けれども、もがいても、もがいても……。
いくら、もがいても闇の底からは、這い出せなかった。
「こんなところで寝てちゃ……あいつに、笑われちまうだろうが!」
それでもクラヴィルは、諦めずに必死に手を伸ばす。
――まだそんなところにいるのか? 早く上がってこい。
クラヴィルの伸ばした手を、つかむ者がいた。
「――お前!?」
それを手がかりに、クラヴィルは、ついに闇の底から這い出ることが出来た。
「目覚めた……。村長、クラヴィル様が目を覚ましました!」
「おお! 目覚められたか!? 奇跡じゃ! 皆の者、奇跡がおきたぞ!」
「ブラムリンガー……。」
目覚めてすぐにクラヴィルは、傍らにあったブラムリンガーをつかんだ。
「俺は、生きてる……。俺に使い手の資格があると認めてくれたのか?
ブラムリンガーは、なにも答えない。
黙然としたまま、魔性の輝きを放ち続けている。
否定しないということは……認められた、と思っていいのだろう。
「村長、この村はまだ危険だ。魔物の巣が近くにある限り、いくら倒しても、魔物が湧き出てくる。」
「その通りですじゃ……。ま、まさか!?」
「俺ひとりで行く。誰もついてくるなと、自警団のみんなに伝えておいてくれ。」
止めようとする村長を振り切って、クラヴィルは魔物の巣へ向かう。
手には、ブラムリンガーだけを持って……。
「死の淵で、あいつに助けられた。」
クラヴィルの手をつかんで引き上げてくれた。あれは間違いなく、懐かしいあの男の手だった。
「だから、あいつに恥じない戦いをする。あいつの分まで、世に正義があることを示してみせる!」
もう、クラヴィルに迷いはなかった。
――いつも、星を見ていたあいつは俺にとっての光だった。
だが、もういない。
だから、決めた。俺がこの世の光になる。あいつの分まで――。
「さすが、魔物の巣だ。湧き出る魔物の数が半端じゃないな。」
だが、どの魔物もブラムリンガーの力を引き出せているクラヴィルの敵ではない。
「戦いが長引けば、疲弊するのはこちらの方だ。さっさとケリをつけたいところだな。」
今のところ、ブラムリンガーを制御できている。
しかし、この先もブラムリンガーが静かなままでいる保証はない。
気を抜けば、クラヴィルを容赦なく闇の底に引きずりこむだろう。
「む?」
背後から付けてくる何者かの気配を感じた。
「こんなところまで追いかけてくるとは、案外勇気があるんだな。見直したぞ。」
「ちっ、バレちまったか。」
物陰から姿を現したのは、王国騎士団を名乗っていた男たち。
どうやら、ここまでつけてきたらしいが……。
「俺が、魔物と戦って疲弊したところを狙うつもりだったのかもしれないが、お前たち、ここがどこだかわかっているのか?」
「知らねえよそんなこたぁ! 俺たちは、貴様をぶっ殺せればそれでいいんだよ!」
その口調、恐らくどこぞの山賊だったのだろう。
王国騎士を騙るとは……勇気があるというか、愚かというか。
その時、プラムリンガーが脈動を始めた。
なぜだ? なぜ、このタイミングで――!?
『命が欲しい……。私の活力の源となる人間の生命が……。
さあ、この雑兵どもを斬って、私への費とするのだ!』
「まさか!? 俺から生命力を吸い取るだけでは、飽き足らないというのか?」
このタイミングで、脈動し始めたということは、そういうことなのだろう。
ただでさえ、魔物との戦闘で疲弊しているというのに……。
クラヴィルには、ブラムリンガーを抑え込む自信がなかった。
「てめえを斬って、その剣を持って帰れば、さぞやいい金になるだろうぜ。覚悟しやがれ!」
『このような薄汚い者ども、死んだところで誰も悲しまぬ。ならば、私に命を吸い取らせよ。』
確かにその通りだ。
騎士を騙り、人々を騙して、弱き者たちを虐げる。
生きている価値のない者たちだ。
「俺は……。」
『さあ、早く斬れ! 奴らの命を私に捧げれば、もう、貴様は死の恐怖に怯えることはなくなるそして、貴様は真に私の使い手となれるのだ!』
「ぐっ……。」
操られるように、クラヴィルは剣を振り上げた。
斬っても、誰も悲しまないようなクズども。
さらなるブラムリンガーの力を引き出すことができるのなら……躊躇う必要があるだろうか?
『さあ早く! 早く……命を吸い取らせよ!』
「……。」
『どうした? 力が欲しいのではないのか?』
「できるかよ……そんなこと。」
ブラムリンガーを持つ手を力なく落とす。
『なぜだ? なぜ、斬らない?』
「そんなことをすれば、二度とあいつの前に立てないからだ。
俺は、あいつの分まで、この世に正義があることを示す必要がある。
だから、力は自分の努力で手に入れる。人を斬って手に入れた力など、俺には必要ない。」
『……。』
「な……なんだ? なにか、聞こえてこないか?」
魔物の巣の奥から、巨大な何かが這い出てくる。
おぞましいまでに凶暴な気配。
自然と背筋が凍り付く……。
「この気配……。魔物の匂い……。やべぇ予感がするぜ!」
「出たな。この巣の主。全ての元凶だ。」
クラヴィルは、ブラムリンガーを手にして進み出る。
偽物の騎士たちを助けるために。
「なにしてるんだ!? てめえ……。死ぬつもりか!?」
「たとえ外道といえど、お前たちは人として生まれた。助ける理由は、それで十分だ!」
クラヴィルは、魔物ではなく、外道の騎士たちでもない。
ブラムリンガーに向けて言葉を放つ。
「ブラムリンガー、お前は人を殺めるために存在するんじやない! 魔物から人を救うためにあるんだ!
私の使い道は、貴様が決めることではない!
いや! 俺が決める! お前の使い手である俺が、今決めた!」
『なんと出鱈目な……。』
「それを今から証明してやる。いくぞ、覚悟はいいか!?」
正しい道を進むのみにゃ。
戦いは終わった。
魔物の巣の奥に潜んでいた魔物の主は、クラヴィルによって討伐された。
巣の主を失ってしまえば、最早ここから魔物が湧き出ることもない。
あの名も無き村の人々が、魔物の脅威に怯えることもなくなるだろう。
クラヴィルが戦っている間に、騎士を駈っていた連中は、さっさと逃げ出していた。
「……ったく、逃げ足だけは立派だな。」
『奴らを斬らなかったこと、あとで後悔するかもしれんぞ?』
「そんな日は来ない。俺は、これからも人を斬ることはないだろう。」
いつか、あいつと笑って再会するために――。
自分で選んだ道は、最後まで貫き通す。
「お前には、人ではなく、魔物の血を嫌というほど吸わせてやる。」
『それでは足りぬ。』
「足りなきゃ、俺の命を奪えばいい。」
人を斬るよりも、そちらの方がマシだった。
『他人のために命を使い……。たとえ、それで死んだとしても構わないと?』
「お前に吸い尽くされて枯れ果てるほど、俺の命は痩せてはいないさ。」
――なぜなら、この身体には、俺とあいつの心。
――ふたつの心が宿っているから。
(なあ、そうだろ?)
『その言葉、その意志、どこまで貫き通せるのか、見極めさせてもらおう。』
「つまり、俺を使い手に選ぶってことだな?」
『勘違いするな。貴様が闇に堕する瞬間を見届けたいだけだ。』
「好きにしろよ。そのかわり、なまくらな剣だと思ったら、すぐに鍛冶屋に売り払うからな?」
『その前に、貴様の命をいただく。』
「それは俺が許さない。もう、お前は人の命を奪うな。」
『勝手に決めるな。』
「いいや、俺が決める。なぜなら、俺はお前の使い手だからな。」
『……。』
「お前はこれから、人から命を奪うんじゃなく、人を活かす剣として生まれ変わるんだ。
信じて俺についてきてくれ。きっとこれまで見たことのない景色を見せてやれるはずだ。」
『……その言葉に偽りはあるまいな?』
「ああ、任せろ!」
後に剣聖クラヴィルと呼ばれることになる男の若き頃のお話。
命を吸う魔剣と正義を信じる若者の旅は、これよりはじまる。
この先クラヴィルに待つのは、希望か絶望か。
その答えは、クラヴィルが選んだ道の先にある。
クラヴィル篇(ザ・ゴールデン2016)-END-