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覇眼戦線Ⅱ HARD Story【黒猫のウィズ】

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2017/00/00

目次


Story1 覇眼を殺す者

Story2 原初の覇眼

Story3 覇眼の謎

Story4 急ぎ、戻れ

Story5 それは自滅の呪い

最終話 もうひとつの覇眼戦争





story1 覇眼を殺す者



ギンガ・カノンという怪物を殺してから、幾年月。

ハクア・デスサイスはようやく――その違和感に気づいた。

広く仄暗い冥界において、それを許したのは初めてのことだった。


「…………。」


ふと、「覇眼」のことを彼女は思い出す。

過去に、ある世界で眼の力を利用し、暴れまわっていた男がいた。

ハクアは、悪逆の限りを尽す男を殺した。


その男から目の力を奪い、冥界の奥深くに縛りつけた……。

それからどれはどの時が経ったか、ハクアは覚えていない。

しかし、それは強大な違和感だった。


「……そう、ですか。」



何百年という膨大な時間。


何万何十万何百万、それは那由多の彼方に届くかというほどのモノを層ってきたハクアだが……

よもやそれほどまでに強大な力を持ったものが目覚めてしまうとは――。

だが、覇眼は確実に、「ある世界」に広がりを見せていた。


「…………。」


迫り来る魔物を払い、ハクアは静かに目を伏せる。


覇眼の力は、無限に広がり続けるわけではない。

原初の右眼を持つ者を打ち倒しさえすれば、それ以上に覇眼持ちが増えることはなかった。


斬らねばならない。

覇眼を、冥界から持ち出して蘇った者……。


即ち、ギンガ・カノンを。


ギンガ・カノンが生きている限り、覇眼は疫病のごとく蔓延し続ける。

覇眼はまるで呪詛のようにじわりと、しかし確実に人の世を崩壊に導く眼だ。

それをハクアが見逃そうはずもない。


「もう1度、殺さねばなりませんね。」


咎人を裁くため、ハクアは冥い穴へと消えていった。

うず高く積まれる闇の気配を残して――。


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story2 原初の覇眼



ギンガ・カノンは探し続けていた。

己を1度、殺した者を。


右眼に鈍い痛みが奔るたび、冥く轟くような闇を思い出す。


あの世界は呪いだ。

あの世界は混沌だ。

あの世界は死、だ。


幾度と無く味わわされた死を、

今度はハクア・デスサイスに喰らわせてやらねばならない。


己が名前のほかに覚えていることは、あの怪物を殺すという盲目的な衝動だけ。

だが混じりけのないこの思いだけあれば、どれほどの痛みにも耐えられる。


「ハクア。必ず、必ず……。」


死の匂いが近ければ近いほど、ハクア・デスサイスが現れる可能性は高まる。

ギンガ・カノンはあらゆる場所、あらゆる戦場に姿を見せ、覇眼とともに生きたものを睨めつけてきた。


『原初の右眼』


右眼の覇眼を、相手の左眼に植えつける。

それはまるで、鏡のように……見られた者は、眼に力を宿す。


そして……その覇眼を暴走させ、地獄よりもおぞましい混沌を産む「呪い」でもあった。

心に感情を植えつける覇眼が広がれば広がるほど、争いは熾烈を極め、人と人とが殺しあう。

力に飲み込まれ、自滅する「呪い」が、ギンガ・カノンによって広がりを見せていた。



だがそんなものはどうだってよかった。

ハクア・デスサイスに会うためには、なんだってする。


「……お前だけは殺す。」

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story3 覇眼の謎



ゲーの先代、ジェイリ・ゲーが潰した手配には、覇眼のはじまりについて記載されていた。


未だ広がる眼の呪いは、ギンガ・カノンによって植えつけられたもの。

そして覇眼を宿した者は、他人の心に感情を叩き込むことができるようになる。

その力は眼によって様々ではあるが、人の心を支配するという点において、過ぎた力であることは言うまでもない。


 ミツィオラ 

「通常、左眼に移る覇眼……

ゲーのはじまりは、カノンの剣に映った眼を見て、力をより濃く受け継ぎ、右眼に覇眼を宿したこと。

とんでもない力ね、カノンの右眼は。」



「ゲーは、それによって強大な力を持ったのか。」

「とんだ間抜けだな。だが愚鈍な奴が蜜を吸うのは、往々にしてあることだ。」

「口が過ぎるぞ、アシュタル。お前の悪い癖だ。」


「ふふ、あなたはいつもそう。こんな男に引っかかっちゃダメよ、ルミア。」

「うん、お母さん。」


「お前も大槻だ。娘になんてこと言ってやがる。」

 苦笑してアシュタルが肩を竦める。


 セリアルはそんな光景を見て、呆れたように嘆息した。

「覇眼という面白いものがあると思ってついてきてみたが、お前らには緊張感がまるで足りていない。

私が言うことではないのは承知の上だかな。もう少し勣揺するとか、可愛げのあるところを見せたらどうだ?」

「柄じゃないよ、俺はな。」


「アシュタルは頭がおかしい。」


「おいふざけんなよ。こいつ、お前に似て遠慮を知らねえ。」

「可愛い子でしょ。ふふふ。」


「いいか、お前ら。墓を掘り返してまで手に入れた情報だぞ?

これが何を意味するか、理解しているのか?」


 ミツィオラ 

「……当然。」



カンナブルには、イレ、ロア、ルガ、ラド、スア、ゲーの一族があった。

その街はイレ家が支配しているといっても過言ではなく、その支配構造は酷く歪だった。

それぞれがそれぞれの「覇眼」を持ち、元は対等な関係であったという。


ミツィオラ、そしてアシュタルが生まれた頃には、

既にイレを頂点にロア、ルガが続き、比較的平和に統治されていた。


スア家は和を尊び、争いを好まなかったし、

ラド家は既に没落しており、権力などとは縁違い一族となっていた。


ロア、ルガは複雑な心境だったろうが、

イレ家に造反するほどの怒りは持ち合わせていなかったといえる。


だが、ゲーは違う。

イレ、ロア、ルガの関係とも、スアとも交わらず、ただ独立した個としての覇眼持ちとして存在し続けていた。

それは通常左順に顕現する覇順とは違い、右眼に力を宿してしまっている故だと、囁かれていた。



「けれど違った……右眼の覇眼だから、距離を置かれていたわけではなかった。」

「そういうことだ。何の理由か……奴らは自ら距離を保ち続けた。

交わらず、理解しようとせず、ただひとつの存在としてあろうとしていた。」


「胡散臭い連中だとは思ってたが……右眼に何かが隠されている、と考えていいな。」

「少なくとも、イレには話をしておくべきだわ。」


イレの当主は、欲に溺れた愚者だ。

だがカンナブルの支配構造を確固たるものとしているだけはあり、決して無能ではない。

『ゲーが右眼に力を宿した理由』を知れば、警戒を強め、あるいは行動を起こすかもしれない。



「ルミア、あなたにはまだ眼の力はないけれど、覇眼とは何か……しっかりと理解しなさい。」

「酷い母親もいたもんだ。まだガキだぜ。難しい話なんてわからねえよな?」

「わかる。アシュタルと違って、頭はいいほう。」

「おいふざけんなよ。こいつ、お前に似て傷つくことを言うぞ。」

「うふふ、自慢の娘よ。」


「はぁ……お前ら……もういい、早く行くぞ。

ギンガ・カノンというのを殺すのが、覇眼という力を広まらせないために手っ取り早い方法ではあるな。」


手記に書かれているギンガ・カノンという名前。

カンナブルの一族に、覇眼を植えつけた相手だ。


「だが問題は、こいつがどこにいて、どんな奴なのか……書かれていないことだ。」


「嫌だぞ、俺は。そんな、とんでもない奴と斬り合うなんて。」

「斬り合う前に殺されるわよ。」

「なお悪いじゃねえか。」


「とにかくだ。一度カンナブルに戻る必要ができた。」

「セリアル、あなたって意外と面倒見がいいわね。」

「確かに面倒事に首を突っ込みたくないが、厄介になっている手前、ルミアぐらいは守ってやろうと思っていたところでな。」

「うふふ、心強いわ。」


亜人であるセリアルは、スアの家で世話になっていた。

魔法を使えることや、聡明であることが幸いし、客人として丁重にもてなされている。

ほかの亜人とはどうやら折り合いがつかないらしいが、彼女自身、それを気にした素振りはない。

そんなセリアルが興味を示したのが、スア、ラドの持つ覇眼であり、最初にゲーを怪しんだのもまた、彼女だった。


「覇眼……人が使うには、少し行き過ぎた“武器”だが、

どうしてそんなものがあるのか、知りたくないか?」


そう言っで“唆された”ミツィオラが、勝手気ままに生きるアシュタルを誘ったのがはじまりである。



覇眼は自滅の呪いだと言われている。

眼の力に溺れ、人を殺し、戦争に身をやつし、そしてやがて疲弊し……死んでいく呪詛だ、と。


和を尊ぶとはいえ、ミツィオラは一児の母だ。

我が子が……眼の力に飲まれないよう、覇眼の根源を知ろうとしたのは、至極当然のことだったのかもしれない。



「原初の眼――ギンガ・カノンの目的はさておき、やっぱりゲーが少し不気味ね。」

「――我々はただ伏して待つのだ。この一文で手記は〆られている。

何年何十年と、韜晦していた。そして、覇眼の力を使い、よからぬことをしようとしていた。」

「問い質したところで、まともな返答は期待できないわね。

当主のイリシオス・ゲーは、カンナブルの会合にすら顔を出さないし。」

とうかい【韜晦】自分の才能・地位などを隠し、くらますこと。

  ルミア  

「どこかの誰かみたい。」


「あのな……うちはもうお前らのような貴族様とは交われない家になったんだよ。出たくないから出ていないわけじゃない。」

「よく言うわ。たまにふらっと現れたと思ったら、リヴェーダをからかって遊んでいるくせに。」

「子ども相手に何をしてるんだ、お前は。」


「リヴェータはアレで次期当主なのよ。正しく真っ直ぐに生きている子をいじめるなんて、男の風上にも置けないわね。

まあ……いじめられても近づいていくリヴェータもリヴェータなんだけれど。」

「お前も大層歪んでいるな。」


「とにかく戻りましょう。まずはこのことを、イレに話すわ。」

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story4 急ぎ、戻れ



それは暑い夜だった。


大麦の穂が大きく実り揺れる畑を見て、何故か落ち着いたことを、アシュタルは思い出す。

その畑を見ることで、カンナブルまでの距離がわかるからだろうか?

確かにそれもあるだろう。


「もう少しで着くよ。」

「ふむ。ルミア、お前すっかりこのあたりの地理に詳しくなったな。」


かつてはイレ、ロア、ルガ、スアと並び、権力者であったラドだったが、今はカンナブルの隣に追いやられていた。

覇眼の一族の方針ではあったが、イレ家の当主は恐れていたのかもしれない。

『ラド』が持つ覇眼の力と、そしてアシュタル・ラドという怪物の存在を。


発展したカンナブルの街より外れ、ひとり気ままに生きることを選んだアシュタル。

ミツィオラ・スアの言葉も虚しく、それはイレにより決定されたことだった。


アシュタルは、ある日、ミツィオラに

“あなたが戻れるようにするから、待っていてほしい”と言われたことを思い出す。



いい女だと思う。強い女だとも思う。

正しく真っ当で、リヴェーダやルドヴィカ、ルミアもこのように育てばいいのだが、と思う。

権力者と対立しようと、それで自分の地位を危うくしようと、彼女はアシュタルのため尽力してくれた。


彼自身、自分勝手に好きなように好きなことをしてきた自覚はある。

覇眼を押さえ込みながら、鬱屈した感情を戦場で発散したこともあった。

死の匂いを漂わせ、手を真っ赤に染めてきた時、もうやめなさいと叱ってくれたのも、ミツィオラだった。

戦果を上げるたび、怪物の誹りを受け、それでも止まることが出来ず戦い続けてきたアシュタルを、心配してくれたのも彼女だった。


そういうのは好きではなかったが、だが嫌いでもなかった。

ありがとうございますなどという言葉は、今さら口には出来ない。


「どうしたの?」

「……いや。」


“だけどまあせめて、こいつにもらった恩ぐらいは返してやるか”。

という程度の思いは抱いていた。

アシュタル・ラドは、そういう男だった。


ミツィオラがいたから、彼はカンナブルを嫌いになれなかった。

だから、あの穂を見ると安堵したのかもしれない。


ミツィオラ・スアの顔と、カンナブルの、故郷の懐かしい匂いが――

彼を怪物から人へと戻してくれたのだから。


「もうすぐよ。急ぎましょう。」



 ***



「な――っ。」

「何が起きているんだ……?」


覇眼の力が宿る街『カンナブル』が、大火の海に落ちていた。


逃げ惑う人々、

吐き出された悲鳴、

撒き散らされた悪臭。


それら全てが何ひとつ欠けることなく交じり合い、

カンナブルはさながら地獄へと変貌を遂げていた。


「お母さん……。」

「大丈夫よ、ルミア……。」


全くもって笑えない。アシュタルはそう思った。

この匂いが“いったい何が起こったのか”を完璧な状態で教えてくれたから。

だから、セリアルの言葉にはひとつ過ちがあった。


“起きている”ではなく、“起きた”後なのだ。


ぶっ殺してぶっ殺して、それでも足りなくてカンナブルを燃やしたのだろう。

あるいは逆かもしれないが、どのみち虐殺が起こったことに違いない。


これほど一方的な雰囲気が漂っているのは、要するに誰かが『覇眼』を使ったということに他ならない。

覇眼の使用を禁止する密約を破り、力を行使した……。


「……ん?」

「どうした? 何かあったか?」


アシュタルは小さくかぶりを振る。

見かけない兵のようなものが、闇に紛れ消えていったように見えた。


「まだ……まだ人が残っているわ。」

ミツィオラは小さく呟く。

「早く助けないと。」

「お人好しめ。」

「私の悪い癖ね。――アシュタルのように口が悪くないだけ、少しマシかしら。」

「ほっとけ。」


「で、どうする? 行くか?」


「ええ。私はゲーを、アシュタルはイレ家を。」

「逆じゃないのか? ゲーをぶっ殺すなら、俺が行ったほうが手っ取り早いだろ?」

「そうしないためよ。」


ミツィオラはこの惨状を悔いているのだろう。

スアとラド、ふたつの覇眼が離れなければ、どうにか対処できただろう、と考えているのだろう。

だがこうなったからには、悔いている暇はない。最善を尽くし、助けなければならない。


「ルミアはアシュタルについていって。」

「……おいおい。」


「ルミアぐらいなら私が守ってやれる。アシュタルは知らん。」

「お前らな………」


とんだ枷が出来てしまった、とアシュタルは思う。


だがミツィオラの判断は正しい。

アシュタルは、誰かを守るのは得意ではないが、“背をとられたことは、ただの一度もない”。

怪物と恐れ慄かれているラドといるからこそ、ルミアは死なないことが約束された。


「先に行くわ。」

そう言ってミツィオラが駆け出す。



「……私たちも行こう。ルミアは私から離れるな。」


ミツィオラの覇眼は強い。

心を屈服させる『惶眼』は、人間を相手には圧倒的な力を発揮する。

それさえあれば、たとえイレであろうとロアであろうとルガであろうと、押さえつけることができるだろう。


だが何故だろう。

胸がざわつく。

そしてアシュタルは、左眼を手のひらでそっと覆った。


眼の痛みが告げる。

何かが“起きようとしている”と。



 ***



どういうわけか襲い来る“どこかの兵”を切り伏せ、辿り着いた場所。

そこでアシュタルは小さく呟いた。

「……遅かったな。」


セリアルは眼前の光景を見て、咄瑳にルミアの視界を隠した。



イレ家は、外とは比較にならないほど凄惨を極めていた。

血、血、血……見渡すかぎりの赤だ。

炎と相侯ったそれは、まるで煌眼の輝きに似ていた。


まずはイレ家の当主を――とアシュタルは考える。



「ルミア、お前は私の傍にいろ。」

セリアルが魔法を展開する。


ルミアの周りに、防護壁が広がっていく。

「……セリアル、暑いよ。」

「我慢しろ。火が熱いからそう思うだけだ。」

「…………。」



轟々と燃え盛る街の、悲鳴が鳴り響く場所で、何故か、その吐息が聞こえてきた。

前方から、ひたひた、と小さな足音。


「リヴェータ………ッ!!どうしたんだ!?」

「……アシュタル。」


「退いて。」

純白の服を真っ赤に染め上げたリヴェーダが、静かに言った。


どこか臆病で、だけど明るく、いつも姉のように慕ったルドヴィカの背を追っていた少女。

今は真っ赤なドレスを着て、憎悪を瞳に宿している。

正しく真っ当であったはずなのに。


「リヴェータ、落ち着け。何があった? お前に……いや、お前たちに何があったんだ?」

「退いてッ!!」

リヴェータが、アシュタルを押しのける。


それは小さく、ほのかな痛みだった。

退いて、という声は脳を揺さぶり、押された胸部に暗い重みが加わる。


「……ああ。」

その瞬間、アシュタルは悟った。


もはやイレ家も、その当主も――。

そして正しく真っ当に生きるはずだったリヴェータ・イレという少女も、ここにはいないのだ、と。


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story5 それは自滅の呪い



暑い夜の、この日……カンナブルが崩壊した。


覇眼を宿した一族が守り続けた街。

無敵と謳われた伝説の騎士団、グラン・ファランクスを討ち煌眼を継いだ男は、既に息絶えていた。

ロアの当主もまた、カンナブルで絶命していた。


誰かが覇限を奪うため、計画を企てたのか?


否、それにしてはあまりにも杜撰だ。

覇眼を知るものだとしたら、これが脅威であることもまた理解しているはず。

今、この状況は、まるで“ガキのいきすぎた遊び”が、大惨事を招いたようでもあった。

ロアがイレ家に造反したわけでもなさそうだ。


だとしたらルガか?


それもまた否、だ。

ギルベインは、こんな大それたことをただひとりで行えるほどの力はない。

思考を加速させて、いくつもの可能性を検討する。

だが行き着いたのはただひとつ。


「……イリシオス・ゲーか。」


闇に紛れ消えた兵がいたのは、見間違いではない。


死の匂い、闇の気配……ここにはそれが充満している。

だとしたら………


ミツィオラが危ない。



リヴェーダのことが気かかりだったが、幸か不幸かゲルデハイラという廐番が、遠くへ逃がしてくれるという。

獣を持つあの亜人なら、逃げおおせるだろう。

そう考え、アシュタルはリヴェータを任せることにした。

まだ幼いルミアと、そしてセリアルと共に、ミツィオラの元へ向かうことにした。


スアの一族なら上手くやるだろうが、嫌な予感がする。

ただの予感で終わってくれればいいのだが。


 ***



鈍い音を立て、ふたつの剣が交わる。

勢い余ってたたらを踏んだのは、ミツィオラだった。

彼女は――いや、彼女の眼は、都合4度の踏み込みを、事もあるうに容易くいなされて苛立っていた。


和を尊び、争いを好まないスアの生まれとはいえ、ミツィオラ自身は研鑚を重ねた立派な騎士である。

目の前のこいつが来るまでの僅かな時間で、幾人もの騎士、あるいは兵を斬り伏せた。

彼との打ち合いの数合に限れば、間違いなくミツィオラの間合いだった。


それでも、あの首を落とすことが出来ない。

それは、彼との圧倒的な力の差を、埋められずにいるからだろう。

彼女の中で、焦燥、怒り、恐怖、あらゆる感情が錯綜する。


「……ッ!!」

振り下ろした剣は、またも簡単にいなされてしまう。


「おい、ホントお前ふざけるなよ……! 遊んでいる暇なんてないんだ!」

「…………。」

ミツィオラは苦しげに表情を歪める。



「お母さん……!」

「……ルミア。」


左眼を押さえながら、ルミアの声に反応を示した。


アシュタルたちが、ミツィオラの元へ駆けつけたときには、既に眼が暴走していた。

痛みに呻きながら、荒い呼吸を続けている。


アシュタルが、眼の暴走だと気づいたのは、カンナブルに覇眼の使用を禁ずる密約があったからだ。

仄暗く燃ゆるミツィオラの眼を見て、アシュタルは下唇を強く噛んだ。

彼女が何の理由もなく、覇眼を使うとは考え難い。

覇眼とは何か、それを知った矢先のこと、なおさら眼の力には警戒するはずだ。



「……早く。」

「おい、アシュタル。ミツィオラが何か……。」


「早く、私を殺して――ッ!」

「な、何言ってやがる……冗談も度が過ぎると笑えねえぞ。」


「眼が……眼が痛いの……ッ!」


「はは、度が過ぎなければ笑えるということが証明されたな、ラド。」

「……イリシオス・ゲー。」

何故気づかなかったのか、ミツィオラの背後にはひとりの男がいた。


「イレとロアは失敗したが、スアでは上手くやれた。どうだ? なかなかの余興だろう?」

「やっぱりてめえか、ゲー。」

「そうだ。原初の眼。それが俺の力だ。」

姿を見せたゲーの当主、イリシオスが歪んだ笑みを見せる。


「――ギンガ・カノンのように覇限を植えつけることはできないが、暴走させてやることが出来る。

楽しいな、ラド。覇眼どもを使って街を壊せた。ルドヴィカを見たか? はは、あれは笑えたぞ。」

「今すぐ止めろ。」

「……正気か? ラド。こんなに面白くなったというのに。」

「2度目だ。次はない。今すぐ止めろ。」

「これはお前のためでもあったというのに。

怪物と誹られ、隅に追いやられ、覇眼持ちであることを明かせなかったカンナブルの爪弾き者を救ってやろうとしたのに。」


「俺と来い、ラド。そうすれば冥界の死神に見逃してもらえる。」

「……冥界の死神?」

「覇眼持ちにしか作用しないが、覇眼を一掃できると言ったら兵を賃してくれてな。なかなか話のわかる奴だ。」

イリシオス・ゲー。お前、殺すぞ。」


饒舌に語るイリシオスだが、静かな言葉を前につまらなそうに溜め息をついた。


「覇眼持ちを殺せたというのに、興醒めだ。お前も死んでしまえ、ラド。」

イリシオスがそう呟いて背を向けた。


一歩で届く距離ではない。

仮に届いたとしても、アシュタルとイリシオスの間には、ミツィオラがいる。


「ここもすぐに焼け落ちる。うまくスアと逃げられたら、俺のところに来い。」

「待てゲー。逃がさねえぞてめえ!」


だがそんな言葉も虚しく、イリシオスは姿を消した。


アシュタルは、確かにこのままではここもまずい、と瞬時に思考を切り讐える。

焼け落ちて潰されてしまう可能性がある。


「あ、ああ……ああ………ッ!!」

ミツィオラが左眼を押さえたまま、呻吟する。


「お母さん……お母さん………ッ!」

「行くな、ルミア! お前の母親は正気じゃない!」

必死に手を伸ばすルミアを引き止め、セリアルがアシュタルに目を向けた。


守らなければならないのだ――アシュタルは思う。

だから剣の構えをとかなかったし、眼の暴走をおさえる方法を模索していた。


「私はいい……カンナブルを、そしてみんなを………」

「こんな時まで他人の心配してんじゃねえよ、馬鹿。」

「はやく……はやくころして、アシュタル……。

私、痛いのは嫌よ……でも痛みで人を殺すのはもっと嫌。覇眼の力に飲まれないうちに……。

私を殺して、アシュタル………」

「ばかやろう……出来るわけねえだろ……お前、俺に何てことさせようとしやがる。本気で笑えねえんだよ、馬鹿女。」


「アシュタル……。」


ルミアがいる前で、彼女の母親を殺すなんて、人として出来るはずかなかった。


俺を救ってくれた女だ。

俺が人でいられたのは、こいつのおかげだ。

正しい道を歩めなかった俺が、それでも転げ落ちなかったのは、こいつがいてくれたからだ。


アシュタルの思考が焼き切れるほどに加速する。


「ふざけるなよ。お前かいなけりゃ、俺はもうどこかで狗や畜生みたいに野垂れ死んでいたはずなんだ。

無駄な世話焼いて俺を生かしやがって……俺が恩のひとつでも返してやるかと思ったら、今度は殺してくれ、だ? 何様だよ、お前。

やれるわけねえだろ! 俺はお前のために生きたんだ! クソみたいな命を繋いだんだぞ!

お前を、殺せるわけ……ねえだろ、馬鹿女……。」


アシュタルはそこで言葉を止める。

ゆっくりと振り下ろされる剣を見て、咄嵯に体が反応してしまったからだ。


「アシュタル、避けろ……ッ!!」


ミツィオラを知っているからこそ、対処に手間取ってしまう。

ここまで変幻自在に剣を操るとは、思いもよらなかった。


だが……アシュタルにとって、ミツィオラの剣はその程度であった。

驚きこそしたものの、重みも速さも、まるで足りていない。


「馬鹿っ、なにしてるんだ!」


セリアルの叱咤はもっともだ。

殺そうと思えばすぐにだって殺せた。


だけど出来ない。

やがて数十合の打ち合いを演じたが、徐々にミツィオラが眼の力に侵されていくのがわかる。

だけど……殺すなんてことは出来なかった。


「くっ……ああ……はやく……はやくその剣で……。」

「ちっ………」


「アシュタル……。」


踏み込めばとれる距離。

しかしアシュタルは、苦悶するミツィオラの、その表情を見て、切り結ぶ気力を失ってしまう。


「……聞きなさい、ルミア。」

覇眼の衝動を必死に抑えこみ、歪な表情を浮かべたままミツィオラが言う。

「……。」

「……私は……私は先に逝くわ。だけどこの眼は……覇眼はあなたと共に……。

だから生きて。アシュタルが、あなたを守ってくれるわ。」


「……おい、勝手なことを。」


「彼が正しく真っ当な道を……きっと示してくれる。あなたのそばにいてくれるから。」

そういったミツィオラが、血の涙を浮かべた。


「出来ることなら、あなたが進む道を、最後まで見届けたかった――。」

「はやく――お母さんを、はやく楽にしてあげて、アシュタル。」


血が滲むほど力強く剣を握り、



「ありがとう、アシュタル。迷惑ばかりかけるわね………」

「いいよ。最後まで人の心配してんな。後は――お前の呪いは、俺が受けてやる。」


静かに足を踏み込んで、一刀の圏内を作った。


ただ一振り。

渾身の逆袈裟への斬り上げを――。



 ***



空を仰ぎ見ていた。

あの日、轟々と燃え盛り、煙をくゆらせカンナブルが崩壊した。


たったひとつの拠り所を失ったアシュタルが、それでも強く在ることか出来たのは、おそらく年の離れた少女がいたからだろう。


これがまた可愛くない女である。

妙に達観した風情で、泣き言を漏らさない。

辛い旅路にもしっかりとした顔で向き合い、自分の頭で考えて行動も出来る。

全く可愛げのない女である。

かつてのリヴェーダのように、からかい甲斐があれば楽しめたのだろうが、生きることの意味を知ってしまっている。


せめて……とアシュタルは考える。

せめて俺を恨んで、俺を殺してくれるなら、あっさり楽になれるんだけどな、と。


まあ、いいさ。

もし殺したいと思う時が来たら、俺はあっさり道を譲ろう。

俺はこいつの親にはなれない。

学がないから教育なんてことは出来ないし、生きる術を教えこむことだって……。

“だけどまあせめて、あいつにもらった恩ぐらいは返してやるか”。

というぐらいには思っていた。


アシュタルはそういう男である。

借りは作りたくない。しっかりと返していく男なのだ。



「来たぞ。」


セリアルの言葉を聞き、小さく息を吐いた。


幾人かの兵と城を抜け出し、馬を走らせる男。

その男が、アシュタルたちに気づき足を止めた。



「貴様……ラドか……!?」

「ああ、いたか、ゲー。久しいな、殺しに来てやったよ。」


ラドと呼ばれた男が、未だ倒れないゲーに微笑みかける。

「……怪物ラド」と兵のひとりが呟いた。


「ラド、貴様……生きていたのか……! スアは――スアはどうした!?」

「お前の前にいるだろ。スアの忘れ形見だ。」

そう言ってラドが、少女の背を押した。



「スアの娘……ルミアか……? カンナブルで……あの場所で死んだはずだ。」

「死なせるわけかないだろ、馬鹿が。こいつを生かせと言われたんだ。」

「俺が言っているのは――ミツィオラの、あの覇眼からどうやって逃れたかということだ!」

「くだらないな……お前はやることなすこと、全部がくだらなくて眠くなるよ。」

「答えろ、ラド……!!」


「殺したんだよ。俺がこの子の前で、ミツィオラを――ルミアの母親を殺した。

だから俺は生きてる。そしてお前を殺せる。ミツィオラは苦しんで死んだんだ。お前も――すんなり逝けると思うなよ。」


「冗談じゃない……覇眼からも逃れ、すぐそこにいた死神からも逃れたというのか?」

「冥界の死神とは昔なじみでな。取引を持ちかけたらあっさり退いてくれたよ。」

「退いた……?あいつが?」


「リヴェータとルドヴィカはまだ中にいるのか? 元気でやってたか?

ああ、あいつらが仲良くやれる日がまた来るといいよな。」

イリシオス・ゲーの問いを無視して、アシュタルは静かに呟いた。


「せめてあいつらも殺させないようにしないとな。

覇眼の元凶となった女の居場所を教えて、この覇眼も――ハクアにくれてやることにしたよ。」

「……ふざけるな。ふざけるなよ、ラド!我ら選ばれし覇眼を、そうやすやすと捨てるのかッ!」

「それがあいつの遺志だ。眼をやるだけで次の子を守れるなら、両方とも持って行きやがれ。」



イリシオスが絶句する。

ミツィオラを殺したことも、覇眼を他人のためにくれてやると言ったことも。

何もかも、イリシオス・ゲーという男には理解できなかった。


「ふざけるな……貴様ごときに……ッ!

一族の血を守ることを放棄した貴様ごときに!

ラド……アシュタル・ラドォォォォッ!!!」



「殺してやる。

ミツィオラの、慟哭と怨嵯を昧わってくたばれよ、右眼のクソ野郎。」




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最終話 もうひとつの覇眼戦争



長く、重い剣を持ち上げた。

それは刃が錆びつき、あるいは欠けてしまい、まるで鈍器のようなものに成り果てていた。


女は思う。戦が消えなくてよかった、と。

何故? 答えは明白だ。



ハクア・デスサイス――

お前なら、私を見つけてくれると信じていたよ。」



蒼然とした世界。

強烈すぎる闇の匂いを纏いながら、ずるりと現れたのは――死だった。



「よもや同じ人間を2度殺す機会が訪れようとは――。」

闇より現れた女性、ハクアが呟く。


ある時、さる友人に「命に重さは感じなかった」と言われたことを、ハクアは思い出す。

なるほど言い得て妙だ。

蘇るのなら、命に重みも何もないではないか。


「お前にこの右眼の痛みを、深く深く刻んでやるために……私は歩き続けてきたんだ。」

「度し難い。あなたが無駄をしてくれたおかげで、覇眼を何人も狩らなければならなくなった。」


せめてもの救いは、ふたつは自らの力で覇眼を押さえ込めること。

その片方は力に飲まれ、暴走寸前までいったが、先の戦いで、上手く制御できたようだった。

別のひとつは、人間でありながらハクアと斬りあえる男が潰しただろう。

ヤーボという男に任せてはみたが、存外使い物にならなかった。


「殺せる……ようやくお前を殺せる。――ああ、殺すさ必ず。何度も何度も。」

ギンガ・カノンは知らず、口元を笑み歪めていた。


いくつもの戦場を潰し、覇眼を植えつけてきた過去の剣聖は、今この時のために生きてきた。

それ故に崩壊した街があり、争いへと発展した蒼朱の覇眼もあった。


だがそれは、ギンガ・カノンには関係のない話だ。

あらゆる生命が息絶えようと、ハクアさえ生きていればよかった。

ハクア・デスサイスだけは……必ずこの手で殺すと決めていた。

探して、待ちわびて、そしてようやく――こうして会うことが出来た。


「何か話って聞かせたいが、生憎私はお前のこと以外に覚えていない。」

「…………。」

「強いて言えば自分の名前。それぐらい。

けれどもう……それも要らない。必要なくなってしまったよ、ハクア。

お前をこの手で、この剣で斬ることが出来れば、名前なんて使うことはないのだから……。」


「では……。」

小さく口を開いたのは、ハクアだった。


「せめて人らしく生き、死ぬことを進めましょう。」

「――そんなもの、要らない。」


「名もなき怨讐の覇眼よ。あなたのその命を刈り取ることにします。」



大鎌が奔る。

搦め手を使わず、ただ真っ直ぐにカノンに近づき、ただ首だけを狩るべく、するり、と。

ギンガ・カノンは大嫌を躱し、体を沈み込ませてハクアヘ踏み込んでいった。


「ハクアーーッ!!逃がさないッ!!」

「死からは逃れ得ません。」


まるで重さを感じさせない動きで、カノンは土を抉りながら剣を振り上げた。


結ばれる数合。

突進を迎撃し、打ち合いを続けるハクア。

そこには互いに退くことが出来ない理由があった。


「この世界には、激情的な人間が多すぎます。

仕方ありません。命に重みがないというのなら――死ぬまで殺し続けるだけです。」



互いの刃が交錯した。

膂力も、速度も人間のそれを凌駕している。

常人であれば、迎撃することも躱すことも、おそらくは出来ないであろうその動きに、だがカノンは退かずついてきた。

膂力(りょりょく)筋肉の力。腕力。

ただの一手過てば、それで戦いは終結する。

ハクアが踏み込んだことを認識してからでは遅い。

それよりも速く、ハクアの動きよりも速く、その攻撃を避けなければ、そこに待っているのは紛れも無い死だ。

しかし人間の速度を超越してなお、ハクアの速度は緩まない。

否、まだまだ速くなっている。


文字通り風を斬り伏せ、大気の壁を両断する鎌が、確殺の牙となって迫り来る。


「ふふ、ははははーーッ!速い、重い、強い。

そうだ――これがハクアだ。思い出した。私を一度殺した女だ――!

もっと……もっと来い。それではまだ遅い。

さらに奔れ、さらに踏み込め、そしてこの首に刃を突き立てろ。

そうでなければ――。」


しかしカノンとて、ただ防戦一方を演じているわけではない。

どころか、視認速度を超越した鎌を見てなお、踏み込み続け、剣の間合いを作り上げている。


鎌を避けているのではない。

斬り伏せるための動作の中に、自然と組み込まれているだけだ。

剣と大鎌の激突で起きた衝撃が、大地を揺らす。


数百を遥かに上回る打ち合いを続けながらも、互いにさらにさらに前へ進む。

この間合いでは、鎌の刃で斬れない――吐息が届く距離まで接近しても……

ハクアは足を踏み出した。


「理解に苦しみますね。」

囁きにも似た小さな声が聞こえたとき、カノンは自らが蹴り上げられたことに気づく。


痛みもなく、ただふわりと浮き上がった自分に、意識を持って行かれそうになった。

耳をつんざくような大鎌を振る音を聞き、瞬時に剣を立てて対応する。



「ああ――こんなに楽しい夜は初めてだ。」

「そうですか。ではその快楽に酔い痴れたまま死ぬといい。」

「まだ足りないんだ。ハクア、お前を殺すまで、私は満足できそうにない――。

だから殺させてくれ。最高のお前のまま、私に殺されて消えてなくなれ。」


「戦いの狂気に飲まれ、既にあなたは闇に侵食されつつある。」


――彼女には随分と厄介な仕事を押しつけられてしまったようだ。

ハクアは、そんなことを思う。

死界の兵を借りた手前、糾弾することは出来ない。


「――始末が悪い。」



互いの刃が、都合何千の交錯をする。

そしてまた、ひとつ、ふたつ、みっつ。


時間も速度も、何もかもを置き去りにして、ふたりの距離と、死だけが近づいていく。

前へ進む以外の選択肢は、元よりない。

――退けば確殺の刃が身を裂くだろう。

だから踏み込み、ひとつ、ふたつ、みっつ――。


目の前のそれを捩じ伏せるために、さらに前へ。



死は、寸前に迫っている。

闇の匂いと怨讐の眼が、眼前の敵を潰すため武器を振り上げる――。



殺す。



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