【黒ウィズ】ARES THE VANGUARD Story
story
――終焉は始まった。
天を衝くその巨躯。山をも砕くその巨腕。天地をどよもす巨神が群れをなして都市を襲う。
それは現代に蘇る神話の光景。巨神と神々の戦い――ティタノマキア。
巨神の群れを指揮するのは、宙に浮く小さな影。すべてを嘲笑う魔神。
偽りの世界を生きる愚かな人間よ。己が所業を悔いながら滅びるがいい。
それは無慈悲なる完全な躊踊。ビルは崩れ、道は割れ、人々はただ、天を仰ぎ、嘆く。
ああ、我々はこうして祈りながら、終わりゆくしかないのだろうか?
――否。
なにも終わりはしない。
俺がいる!
閃光がはしる。1体の巨神が揺らぎ、周囲のビルを巻きこんで、轟音をたてながら、どうと倒れる。
雷霆のごとき蹴撃が、ー撃のもとに仲間の巨体を打ち倒したのだと、周囲の巨神が気づいたのは、宙に浮く小さな姿を見てからだった。
どうした?かかってこないのか?ならば、こちらから行くぞ!
ビラ・ヴァレリ!
エク・クリトーン・メテュ!
小さな拳がふるわれるたび、1体、また1体と巨神の身体は吹き飛び、崩れ落ちて大地を揺らす。
だが、これはティタノマキア。倒せども倒せども、巨神は雲霞の如く湧き、マスクの男に立ちはだかる。
ついに取り囲まれたマスクの男は、絶望の光景を前に――笑った。
数を揃えれば勝てると思っている、その短絡的な思考が悪の限界だ!見せてやろう、正義の力を!
目覚めろ神器(パンドラ)!
腰にさげた杯を手に取ると黄金色の液体が満ちる。男は左手をふるい、まばゆい光を放つそれを、天に撒いた。
裁きを受けろ!ネクタル・クリュスタロス!
瞬間、幾千の雫は、あるいは剣に、あるいは槍に、あるいは斧に、あるいは矢に、あるいは鉾に、無数の武器へと姿を変え、巨神に降り注ぐ。
その武器のひとつひとつが、神の祝福を受けし刃群がる巨体を貫き、引き裂き、打ち倒す。
これが神罰だ!
お見事お見事。さすがはこのオリュンポリス最強のヒーロー、ディオニソスⅩⅡだ。
黙れ、プロメトリック!いくら貴様が悪の限りを尽くそうとも、オリュンポリスを貴様の自由にはさせん!
熱血だね、ヒーロー君。だが、君の相手は少々飽きてきたところだ。――終わりにしようか。
魔神の手に真紅の炎が宿る。それは太陽の熱を閉じ込めた極限の赤。炎神の力のみが起こしうる奇跡の顕現である。
望むところだ!神器、フルバースト!
杯にふたたび黄金色の液体が満ちる。さきほどにも倍する輝きを放つそれを、男はぐいと飲み干した。
黄金色の輝きが、男を包む。神酒ネクタル。それを飲み干すものは、神にも等しい力を宿す。
さあ、来るが良い、ヒーロー!
滅びるがいい、ヴィラン!
赤き炎と金の輝きが、加速する。
それは正しく神話の光景。神の力と神の力がぶつかりあう神代の世界。その光は都市のすべてを包みこむ。
「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
***
はい、いまのが悪い例です。みなさん、わかりましたか?
わかりません!!
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全然、まったく、わっかりません!
研修室に大声が響くと、「またか」という、微妙な空気が流れ、講師はため息を吐いた。
……はい、アレイシアさん。なにがわからないのですか?
わからないものはわかりません!!あの人はみんなを守るために戦ったし、なにも間違ってないと思います!!
ではみなさん。いまの映像は何がいけなかったのか、詳しく説明できる方、いますか?
はい。
はい、エウブレナさん、どうぞ。
はい。いまの映像はおよそ10年前に起きた、通称ティタノマキア事変だと思われますが、多数のクリュソテミス条例に違反しています。
まず現着するなり戦闘を開始しました。これは戦闘区域への誘導を怠ったと見倣され、第8条違反になります。
またレプリカではない神器の使用は区長の承認が必要ですが、無断使用しています。第3条違反です。
さらに攻撃によるビルの倒壊。こちらは前述の誘導と申請を踏まえていれば防げたと思われます。第7条に照らし合わせる必要があるかと。
また映像は途絶えていますが、この事件でディオニソスⅩⅡは戦闘中に現場を離れ、負傷するという不可解な動きを見せています。
これは市民に不安を与える行動であり、大原則たる第1条違反であるとして、長く議論がかわされることとなっています。
他にも第13条、第42条、第75条などにも抵触している可能性があり……。
はい、そこまでで結構です。さすがエウプレナさん、よくできましたね。
彼女の説明した通りです。確かにこのヒーローは勇敢に戦いましたが多数の条例違反を犯しているのです。
悪党に勝つのは当然のこととして、常にルールを意識して活動することを忘れてはなりません。
我々は――国家公務員(ヒーロー)なのですから。
世界最大の巨大都市オリュンポリス。その特殊公務員の新人研修である。
狭き門を潜り抜けた人材は優秀であり、講師の言葉にも、素直に返事した。
「「「はかりません!」
――ひとりを除いて。
……アレイシアさん。エウブレナさんがいま説明しましたよね?まだなにかわからないことが?
ボクは!まったく!なんっにも!わっっっっっっかりません!!!
いまのヒーローは悪を挫き、弱きを助けました!なにも悪いことなんてありません!
ルールを破った。それが理由よ。私たちはー般市民にはない力を持っている。だからこそ規律のもと……。
だっしゃしょか!
だ、だっしゃ?
大切なのはみんなを守りたいという魂じゃろが!ちゃうんか!魂がなくてええんか!おんしゃ魂ないんか!?人の心はなかか!?
魂も心もあるに決まってるわ。けれど……。
せやろが!心なんよ!あるやろが!心は熱なんよ!HEAT(熱)がR(ある)でHEART(ハート)なんよ!!
わけのわからないことを言わないで。規律のない力はいつか弱者を傷つける。だから我々、公僕は自らを律するルールを……。
わかった!言葉じゃ足りんのじゃな!?よっしゃ、ほなら拳じゃ!拳でわかり合うんよ!外こいや、外!
……またなの?
……またみたいですね。エウブレナさん、お願いします。模擬戦ということにしておきますので。
わかりました。
***
お、来たな!ほなら、勝負よ!
いつも言っているでしょう?私たちは同じハデスフォース(部隊)。戦う意味なんて……。
ヒーローは、挑まれた戦いに背を向けない!でいりゃあああああああああああ!
……仕方ないわね。
人造神器(レプリ・パンドラ)、起動。
悪いけれど、手早く片付けるわ。
***
ヒーローは、まっすぐ!喰らえ!ハデスパァァァァンチ!
ケルベロス!
……負けた~~~!
考えなしの行動の結果はいつもこう。ただ突っ込んでくるだけなら簡単に動きが読めるし、罠も張れる。
魂なんかじゃなにも救えない。ルールを守る者にこそ、正しい力は宿る。いい加減、理解できたでしょう?
返事がない。――気絶していた。アレイシアはすこぶる弱かった。
と、そこでチャイムが鳴り、室内から講師や同期が出てくる。
はい、それじゃ本日の研修はこれで終了です。エウブレナさんも帰っていいですよ。
……はい、わかりました。では、失礼いたします。
こうして、いつものように、新人研修のー日は終わったのであった。
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というわけで、今日も目が覚めたら研修が終わってたんだ。
お疲れさまです。アレイシアさんは、いつもがんばっていますね。
褒めるね、店長。ボクは褒めると伸びる子だよ!
帰り道、アレイシアは近所のエリュシオンマート(通称エリュマ)で、ー日の疲れを癒していた。
最近のアレイシアさんのお話には、そのエウブレナさんという方がよくでてきますね。
同期でライバルだからね。いまのところ0勝98敗。五分五分ってところだよ!
いいですね。その意気ですよ。
アレイシアはうなずきながら、ハンバーガーを頬張る。
帰り道、この優しい店長と話しながら、エリュマ名物ハンバーガーを食べるのが彼女の日課だった。
アレイシアさんの研修もそろそろ終わりですか。時間が経つのは早いものですね。
そうかな?ボクにはすごく長く感じるけど。歳取ると時間の流れが早くなるっていうから、店長はそれじゃないかな!
そうかもしれませんね。このお店の他のお客様も、アレイシアさんのことを覚えましたし。
そう言うと、店長はスッとひとつの皿を取り出す。
あ、ピザ!しかもボクの大好きなペパロニ!
さきほど帰られたお客様からです。熱いうちにお召し上がりください。
じゃあ結構です。
……あれ?お好きなんですよね?
そういうのは受け取れないぞ。収賄になっちゃうもん。なんたってボクは――
国家公務員(ヒーロー)だからね!それじゃ、ごちそうさま!
元気に駆けていくアレイシアを、店長は微笑んで見送る。なお――
きゅーけーおわりまーす。
はい、おかえりなさい。
あ、パンテレイモンさん。隣の店から取り寄せたピザと勝手に割引したハンバーガーの代金、いつも通り給料から天引きでいいっすよね?
はい、わかっています。
彼はただのアルバイトで、店長というのはあだ名である。
ともあれ、これがヒーロー研修生、アレイシアの日常だった。
――この日までは。
あらすじ
神々の力を持つヒーロー達が悪と戦う異界。
ヒーローは国家公務員として正義のために戦っていた。
だが公的機関ゆえの厳しいルールが、いつしか彼らの心を縛りつける……。
新人ヒーロー、アレイシア。
彼女の存在が世界を変える!