【黒ウィズ】SOUL BANKER story
SOUL BANKER story1
SOUL BANKER
2020年10月19日
目次
あらすじ
穏やかな暮らしを送っていた弱小貴族の跡取り息子「ネーグ」の前に、銀行員の男女――「ヴィレス」と「ラシュリィ」が現れる。
彼らの話では、「ネーグ」はさる顧客の資産の相続人に指名されたという。
いぶかる「ネーグ」が案内されたのは、幻想銀行ローカパーラ――財産のみならず、地位や能力、人望、人脈、技能に才能、記憶や感情に至るまで、あらゆるものを預けられる摩訶不思議な銀行だった。
story1 幻想銀行ローカパーラ
レンディ | ネーグ |
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レンディは手にしたグラスを揺らし、冗談めかした大げさな口調で言った。
圧倒的な武力とカリスマで4大貴族をねじ伏せ、1代でこの国を平定した、あの覇王ディオスが!自室で自殺だ!国がひっくり返るぜ!
下手すりゃ、4大貴族の争いが再燃して、覇王誕生以前の暗黒時代に逆戻りだ。
もっとも、これはチャンスでもある。おまえンチも、うまく立ち回れば、混乱に乗じてのし上がれるかもな。
ああ……そろそろお暇しなきゃ。
賊は出ないかもしれないが、いかにも別の何かが〝出そう〟な、どろりと濁った夜だった。
今さらのようにつぶやいたとき、目の前に、サッと長い影が躍った。
驚いてひっくり返りそうになったネーグヘ、影はすばやく長い手を伸ばし、優雅と言っていいほどの丁寧さで支えた。
??? |
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きりりとした風貌の、若い男である。かちりとしたスーツが、異様なまでに似合っている。
いきなりすぎるし、怪しすぎる。ネーグはあわてて男から離れた。
逆方向に向けた足が、ぎくりと止まった。
いつの間にか、後ろに3人の男が立っていた。どろりと濁った夜闇を仕事用の正装として久しい、そんな危険な陰りを帯びた者たちが。
男たちは、無造作に銃を引き抜き、撃った。手慣れ過ぎていて銃と指が一体化しているのではと思えるほどの、滑らかな所作だった。
銃声が突き抜け、どん、と身体に衝撃が走った。ああ、これは死んだな、とネーグは思った。
――だが違った。衝撃が叩いたのは背中だった。ネーグは、撃たれる寸前、襟首をつかまれ、背中から地面に引き倒されていた。
ヴィレスと名乗った、あの銀行員によって。
ネーグもろとも地に伏せたヴィレスは、低い姿勢のまま、豹のように路地を駆けた。
仰向けに倒れたままネーグは茫然として見た――ヴィレスの長い手足が旋風のように躍り、次々と男たちを叩き伏せていくのを。
夜間を仕事着としてきたであろう男たちは、ろくに抵抗もできぬまま地に伸びて、夜間を寝巻きにするはめになった。
ヴィレスはー仕事終えたという感じさえなく、カツカツと硬い靴音を響かせながら戻ってきて、ネーグに手を差し伸べた。
死んだなと思ったのに、どっこい生きてる。なんだか変な感じだ、と思いながら、ネーグはヴィレスの手を頼って起き上がる。
今のは、忘れていただけると助かります。
苛烈な銃声が、ネーグの叫びをかき消した。
びくっとなるネーグの後ろで、太い悲鳴が上がる。
倒れた男のひとりが、腕を押さえてのたうち回っていた。
あきれたような声とともに、路地の奥から女が進み出てきた。
??? |
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女は、硝煙たなびく銃を懐にしまうと、あっけに取られているネーグヘ、ふわりと微笑みかけた。
要件は、ヴィレスがお伝えしたかと存じます。ここにいては危険ですので、どうぞわたくしどもの銀行までお越しください。
聖母のようにあたたかく、やわらかな微笑みだった。
聖母は人を撃つまいが。
***
扉を抜けると、ぞっとするほど神秘的で、身が引き締まるほど厳かな雰囲気のロビーに出た。
ヴィレスとラシュリィに連れられて、路地裏の奥にある、どこに通じているとも知れぬ小汚い扉をくぐった先のことである。
前後の光景が、まるで結びつかない。振り返ると、小汚いどころか、立派な大扉が控えていた。
鈴を鳴らすような声が、しゃらりと空気を震わせた。
品のある靴音を響かせながら現れたのは、女神のような幻想的な雰囲気をたたえた少女と、司教のごとく厳正な面持ちをした男だった。
ルダン | ヤーシャラージャ |
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逆じゃなくて?いや、逆でもアレだけど……とにかく!いったいどういうことなんだ?
にこりと告げたヤーシャラージャは、驚きもせず眉をひそめるネーグを見て、あら、と意外そうに小首をかしげた。
真顔で言うヴィレスをひと睨みしてから、ネーグは深々と息を吐いた。
副頭取ルダンが、きびきびとした口調で言った。業務の遂行に無関係な事柄には、まるで興味がないという感じである。
ヤーシャラージャは、女神のような笑みのまま、とんでもないことを言い放った。
ネーグは、冗談を言われたのだと思って笑い飛ばしたが――その乾いた笑いは、ロビーに寒々しく響いただけだった。
無言で佇む銀行員たちを見回し、「マジかよ」と小さくつぶやいてから、ネーグは頭を振った。
直にお確かめいただき、その上で、相続されるか否かご決断いただきたく存じます。
にべもなく退けられ、ネーグは唸るように苛立ちをこぼした。
銀行員たちが他人事のように会話するのをよそに(実際、他人事なのだが)、ネーグは心の中で頭を抱えた。
くそっ、なんだっていうんだ、まったく。わけがわからない。どうしろっていうんだ)
心を読んだかのようなタイミングで声をかけられ、ネーグは、ぎくりとした。
ヤーシャラージャは、相変わらず、女神のような雰囲気をたたえて、こちらを見つめている。
どちらになさいますか?
女神は女神でも、金の斧と銀の斧のどちらを受け取るか選ばせる類の女神かもしれない。
ネーグは、内心の混乱をうっちゃるように深々と吐息してから、顔を上げた。
資産を確認させてくれ。
ヴィレスとラシュリィが、長い廊下の方へ歩き始める。
ネーグは軽く頭を振って、ふたりの後を追った。
story2 バトルバンカー
恐ろしいほど美しく、不気味なほどに静かな廊下。
3人分の足音でさえ、そこでは物寂しげな余韻を伴った。
ネーグは、込み上げてくる不安をまぎらわせようと、前を歩くヴィレスに声を投げる。
ヴィレスの懐から、本人の返答があった。
ぎょっとなるネーグに、ヴィレスが振り向き、懐から銃を取り出してみせる。
気まずさをごまかすように、ネーグは頭をかいた。
ちゃりん――と、軽い金属音が響いた。
この不気味なほど静かな廊下においては、妙に存在感を主張する音だった。
ちゃりん――また、同じ音。そしてまた、ちゃりん――ちゃりん――ちゃりん――ちゃりん。
音が、増えていく。音と音との間隔が、徐々になくなっていく。
眉根を寄せてつぶやいたネーグの足元で、ちゃりん――とコインが跳ねた。
ちゃりん、ちゃりん――スキップを刻むようなテンポで、軽やかに前方へ跳ねていく。
1枚ではなかった。
数十枚、いや、数百枚にも達する量のコインが、あちこちから跳ね転がってきて、ネーグたちの前の空間に集まっていく。
何かの比喩か――?そう問おうとして。
ネーグは息を呑んだ。
集まったコインが、ぎゅるぎゅると結合し――まさに『魔物』と呼ぶほかない、怪物のような姿となって動き出していた。
こともなげに言いながら――ふたりは無造作に銃を抜き、前に出た。
無数のコインから生まれた魔物が、ガアッと猛獣のような咆嘩を上げる。
ヴィレスたちは、まるで怯えた風もなく、手にした銃の引き金を引いた。
***
戦いは、圧倒的であり、ー方的だった。
ヴィレスとラシュリィは魔物を俊敏に翻弄し、容赦なく淡々と銃撃を加えていった。
激しい銃火が乱れ咲き、物々しい銃声が乱れ鳴き、計十数発もの弾丸が、暴れる魔物を穿ちに穿った。
魔物は、ふたりに触れることさえできないまま、断末魔の絶叫を上げて硬直し――そのまま砂のように崩れ、消滅した。
後には何も残らなかった。コインさえ。
悪い幻のようだった。
何だ今の!魔物!?あんなのがいるなんて聞いてないぞ!どうなってるんだ!?
魔力は非常に有用なエネルギーです。そのため、当行の全設備が魔力によって稼働しております。お湯を沸かすのにも魔力を使うほどです。
また、デメリットもございます。今のように行内に魔物が発生するというのも、そのひとつです。
魔力は思念と結びつきやすいもの。当行の資産を欲する者たちの思念が、漏れ出た魔力と結びつき、魔物となって徘徊するのです。
ネーグは頭を抱えた。
異常だ。何もかもが異常で、摩詞不思議すぎる。
なのに、この銀行の連中ときたら平然としている。ネーグにとっての〝異常〟は、彼らにとっての〝日常〟なのだ。
温度差のあまり、頭がくらくらしそうだった。
では、参りましょう。ネーグ様、もう進まれても大丈夫です。
今後も魔物が現れましたら同様に対処いたします。
当たり前のように言って、ふたりは歩き出す。
どうする?とネーグは自問した。こんなわけのわからない場所をさらに進むのか?引き返すべきじゃないのか?
正直、相当迷ったが――それでも、ネーグは足を踏み出すことにした。
死んだら死んだで、冥途の土産の語り草にはなるだろうさ)
story3 資格
扉を抜けると、ジャングルだった。
何!?何ここ!俺たちどこに来たの!?
道らしい道などあるはずもない密林を、ヴィレスとラシュリィは迷いのない足取りで進む。
見たこともない木々や草花が生い茂り、間いたこともない鳥の声が響き渡る。夢か幻と思いたいが、土を踏む感触は本物だ。
ー陣の疾風が、ネーグの背中を撫でていった。
ラシュリィは、ネーグがかって見たこともないようなおぞましい虫をつまんで微笑んだ。
彼女はブンと遠くに虫を放り捨て、触れた指先をハンカチで拭いながら歩き出した。
ネーグはヴィレスに近づき、こそこそとさきやきかける。
ラシュリィは優しく微笑み、前方に視線を戻した。
相変わらず聖母そのもののような微笑みだったが、彼女の戦いぶりを目にしているだけに、内心怒り狂っていやしないかとひやひやした。
ネーグはつぶやき、背中に入った虫の感触を思い出して、ぶるると身震いした。
暑さと湿気で半ば頭が朦朧となった頃、急に開けた場所に出た。
開けた場所、というか。村に出た。
ネーグがうめいていると、村の方から、大きな仮面をつけた男が近づいてきた。
ふたりはあっさりと言って、集落の人々と親しげに会話を交わしていく。
残されたネーグは、力なくその場にうずくまった。
(覇王ディオスはこんなとこに何を残したんだ?ていうか、ほんとに……なんで俺なんかを相続人に選んだんだ?)
〝覇王〟の資産を相続するにふさわしい資格の持ち主とは、とても思えませんが。
不機嫌さを隠しもせずに、ルダンは述べた。
有能であること。ひいては、有能であるために不断の努力を怠らないことを、何より重要視する男である。
だから、あのような凡庸な少年が、覇王の資産という身の丈に合わぬものを相続することに、たまらない不快感を覚えていた。
ヤーシャラージャは、女神のように微笑んだ。
何かが〝ない〟からこそ手にする資格がある――そんな資産もあるのです。当行でお預かりしたものにおいては、特に。
ネーグの凡庸さも、それに対してルダンが抱く不快感も、等しく面白がるような、超然とした微笑みだった。
ルダンはフンと鼻を鳴らし、幼い少女を睨むように見下ろす。
ヤーシャラージャは涼しげに答え、しゃらりとルダンを横目にした。
正邪陰陽そろってこその心です。その理をねじまげて資格を得るなど、およそ正道とは言えますまい。
おまえが頭取なのは卑怯な手段を使った結果だ、と暗に告げるような物言いにも、ヤーシャラージャが怒りを覚えることはない。
彼女ば子供らしさ、だけでなく、業務に差し障りかねない感情すべてを銀行に預けているのだから。
ただ女神のように超然と微笑み、慈しむような目でルダンを見つめた。
ルダンは答えず、苦々しく顔を歪めた。
***
戻ってきたラシュリィは、難しい顔で黙り込んでいるヴィレスに気づいた。
ブロッコリーは、なぜあんな木のような形をしているのだろうと。
ひょっとして、あれは木なのではないでしょうか?
真顔で意味不明なことをつぶやく彼を、ラシュリィは遠慮なくずりずり引きずっていった。
story4 幻想資産
密林に、凄まじい咆呼が響き渡る。
何十人という戦士がー斉に鬨の声を上げたような、腹の奥までびりびり震える轟音。
だが、その声の主は、たったひとり――いや、1匹だった。
竜じゃないかッ!!
そう。
ネーグが絵本でしか見たことのないもの――人を丸飲みにできそうなほど巨大な、雄々しくも美しいドラゴンだった。
ふたりは懐の銃を抜き、すたすた前に歩いていく。
そのあまりに自然な姿に、ネーグは、ぎょっと目を見開き、叫んでいた。
ふたりは顔だけを振り向かせて答えた。
そして、竜へと駆け出した。
***
カッと聞かれた竜の口から、紅蓮の吐息が飛び出した。
ヴィレスとラシュリィは、転がるように炎をかわした。密林の木々が餌食となって盛大に燃え上がる。
直後、竜が大きく身体をひねった。合わせて、ぶうんッと巨大な尾の薙ぎ払いが来る。
柱のごとき尾が、木々を粉砕しながら迫り来る。ヴィレスは跳躍、ラシュリィはかいくぐってこれをかわし、反撃の銃弾を浴びせた。
弾丸は鱗を砕き、肉に食い込む。ダメージを与えられてはいるが、このバカでかい図体相手では焼け石に水だ。
竜は怒りと痛みに雄叫びを上げ、ますます猛り狂って炎の吐息を撒き散らす。
炎の吐息にせよ尾の薙ぎ払いにせよ、範囲が広く、また喰らえばひとたまりもない威力を誇る。
必然、回避を優先する動き方にならざるを得ず、なかなか反撃の機会が得られない――加えて体力の消耗も激しい。
あっさり断じて、ヴィレスは銃に呼びかけた。
ヴィレスからの通信を受け、ルダンはあからさまに嫌そうに唸った。
資産に頼らず自力で切り抜けろ。それがおまえたちの仕事だろう。
いつもいつも高コストな資産ばかり申請しおって。魔力のやりくりがどれだけ大変だと思ってる。現場優先主義もたいがいにしろ。
まったく……魔力が尽きたら、まずおまえの飯代から抜いてやるからな。
ルダンは、ひとしきり文句を述べたのち、実に苦々しい表情で珠算機に手を伸ばした。
ルダンの指が、高速で珠算機の上を躍る。何百という珠がすさまじい速度で弾かれ、瞬く間に複雑な計算をこなしていく。
機械が、力夕力夕と書類を吐き出す。ルダンは引ったくるようにそれをつかみ、咳払いしてからヤーシャラージャに差し出した。
ヤーシャラージャは差し出された紙をー瞥し、にこりと微笑んだ。
細い指をくるりと動かすと、淡く輝く魔法陣のようなものが宙に浮かぶ。
ヤーシャラージャが、とん、と軽く指で書類を叩くと、魔法陣が宙を滑り、べたりと書類に重なった。
資産魔法〈電光石火〉、発動。
竜の炎が、森を焼く。
ふたりは、炎をかわして横並びに着地し――
ガチンッ!と互いの銃を合わせた。
ネーグは、見た。
2丁の銃が背と背で合わさり、扉のような形となって、不思議な光を放つのを。
竜の尻尾が、森を薙ぐ。ふたりがちょうど横に並んだ、まさに絶好のチャンスだった。
しかし、太い尾が彼らを捉えることはなかった。
ふたりは目にも止まらぬ速度で跳び上がり、焼け残った木の枝へと逃れていた。
彼らは稲妻となって、馳せた。
***
走る。走る。稲妻めいて。
尋常ならざる高速機動。地面ばかりか木々の枝さえ足場とし、縦横無尽に駆け抜ける。
炎も尻尾も鈎爪も、ふたりを追うには遅すぎる。すいすい軽々かわされて、竜は苛立ち、牙を噛む。
目覚ましいのは回避だけではない。ふたりの繰り出す銃撃も、機関銃のごとき高速連射と化していた。
淡々と、黙々と。避けては撃って、撃っては避ける。
恐ろしく息の合った連携でもあった。これだけの速度で動き、銃弾の雨を降らせているのに、お互い、流れ弾ひとつ当てることがない。
竜は、完全に翻弄されていた。当たるはずのない攻撃を繰り返しては、絶え間ない銃撃で全身をぼろぼろにされていく。
やけくそのように、竜が炎を吐き散らした。
ふたりは高々と跳び上がってかわしつつ、くるりと宙でー回転――
再びガチンッ!と銃を合わせて、逆さまに落下しながら、竜の顔へと狙いを定めた。
祈りのような言葉とともに――目をむく竜の真ん前で、水平に並んだ銃口が凄まじい銃火の嵐を噴いた。
顔面を完全に破壊された竜は悲しげな悲鳴を残し、どうと倒れる。
ヴィレスたちは、危なげなく地面に着地し、互いの銃を離して懐に収めた。
倒れた竜が星の割れるように砕け散った。
当行では、お預かりした資産のー部を魔法として利用させていただく場合がございます。
妖精郷は時の流れの異なる場所。その宝箱も、開けるとー気に歳を取ってしまうという難儀な代物でして。
使いようがないということでお預けいただいたのですが、魔法化すれば、時間の流れに干渉、動きを高速化することができます。
もっとも……強力な資産を魔法化すると、大量の魔力を消費いたしますので、なるべく使用は控えたかったのですが。
あらゆるものを預けることのできる銀行――その言葉が、ずしりと圧しかかるのを感じた。
そんな得体のしれないものまであるのなら、覇王、ディオスの資産はいったいなんなのか。
もはや、何であってもおかしくないのだという事実が、ネーグの背筋を冷やしていった。