【黒ウィズ】SOUL BANKER story
SOUL BANKER story1
SOUL BANKER
2020年10月19日
目次
あらすじ
穏やかな暮らしを送っていた弱小貴族の跡取り息子「ネーグ」の前に、銀行員の男女――「ヴィレス」と「ラシュリィ」が現れる。
彼らの話では、「ネーグ」はさる顧客の資産の相続人に指名されたという。
いぶかる「ネーグ」が案内されたのは、幻想銀行ローカパーラ――財産のみならず、地位や能力、人望、人脈、技能に才能、記憶や感情に至るまで、あらゆるものを預けられる摩訶不思議な銀行だった。
story1 幻想銀行ローカパーラ
レンディ | ネーグ |
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大変なことになったな。
大変?そんなもんじゃない、ー大事さ。
レンディは手にしたグラスを揺らし、冗談めかした大げさな口調で言った。
いいか、ネーグ。よ~く聞けよ。えー、我が国は100年もの間、4大貴族が支配権を争ってきたが――
おいおい、そこからかよ。さかのぼりすぎだろ。
おまえが他人事みたいに言うからさ。
ウチは弱小貴族だからね……君ンチほど影響はないさ。
本気で言ってるのか?影響ないわけないだろ。
圧倒的な武力とカリスマで4大貴族をねじ伏せ、1代でこの国を平定した、あの覇王ディオスが!自室で自殺だ!国がひっくり返るぜ!
だろうね。跡継ぎもいなかったんだろ?
跡継ぎどころか、妃もな。4大貴族が、それぞれ息のかかった娘をあてがおうとしてたところに、これさ。
天下の覇王が、なんで自殺なんか。栄華の絶頂だろ。
わからんよ。ただ、遺書があったらしい。『いずれ我が後継者が現れる、それまで待て』と。
後継者?隠し子か何か?
さあな。とにかくみんなが躍起になってる。なんとか次の王を擁立できりゃ、将来安泰まちがいなしだからな。
下手すりゃ、4大貴族の争いが再燃して、覇王誕生以前の暗黒時代に逆戻りだ。
もっとも、これはチャンスでもある。おまえンチも、うまく立ち回れば、混乱に乗じてのし上がれるかもな。
今のままでいいよ。暮らしに困ってるわけでもないし。
欲のねえヤツ。今はそうでも未来はわからんだろ。その時が来たら言えよ。俺が力貸してやるから。
その時が来たらな。
ああ……そろそろお暇しなきゃ。
帰るのか?泊まっていけよ。
宿を取ってる。おたくはこれから忙しくなるだろ?迷惑をかけたくない。
気ィ遣いやがって。馬車で送らせようか?
いいよ、徒歩で。このへんで賊なんか出ないだろ。
ちぇ。少しは貸しを作らせろよな。
賊は出ないかもしれないが、いかにも別の何かが〝出そう〟な、どろりと濁った夜だった。
やっぱ、馬車にすりゃよかったかな……。
今さらのようにつぶやいたとき、目の前に、サッと長い影が躍った。
わっ!
驚いてひっくり返りそうになったネーグヘ、影はすばやく長い手を伸ばし、優雅と言っていいほどの丁寧さで支えた。
??? |
---|
失礼いたしました。ネーグ・コスキント様。
きりりとした風貌の、若い男である。かちりとしたスーツが、異様なまでに似合っている。
えっと……あなたは――
ローカパーラ銀行の銀行員、ヴィレス・ニュナンと申します。あなたにお伝えすることがあり、参りました。
ローカパーラ……銀行?
このたび当行のお客様が、あなたを資産の相続人に指名されました。恐れ入りますがご同行いただけますでしょうか。
は?相続人?俺が?ちょ、ちょっと待てよ。いったいなんの話?
いきなりすぎるし、怪しすぎる。ネーグはあわてて男から離れた。
そういうのは、家の人間を通してくれ失礼する!
逆方向に向けた足が、ぎくりと止まった。
いつの間にか、後ろに3人の男が立っていた。どろりと濁った夜闇を仕事用の正装として久しい、そんな危険な陰りを帯びた者たちが。
今度はなんだよ。あんたらも銀行の――
男たちは、無造作に銃を引き抜き、撃った。手慣れ過ぎていて銃と指が一体化しているのではと思えるほどの、滑らかな所作だった。
銃声が突き抜け、どん、と身体に衝撃が走った。ああ、これは死んだな、とネーグは思った。
――だが違った。衝撃が叩いたのは背中だった。ネーグは、撃たれる寸前、襟首をつかまれ、背中から地面に引き倒されていた。
ヴィレスと名乗った、あの銀行員によって。
ネーグもろとも地に伏せたヴィレスは、低い姿勢のまま、豹のように路地を駆けた。
仰向けに倒れたままネーグは茫然として見た――ヴィレスの長い手足が旋風のように躍り、次々と男たちを叩き伏せていくのを。
夜間を仕事着としてきたであろう男たちは、ろくに抵抗もできぬまま地に伸びて、夜間を寝巻きにするはめになった。
ヴィレスはー仕事終えたという感じさえなく、カツカツと硬い靴音を響かせながら戻ってきて、ネーグに手を差し伸べた。
お怪我は。
ないけど……
死んだなと思ったのに、どっこい生きてる。なんだか変な感じだ、と思いながら、ネーグはヴィレスの手を頼って起き上がる。
こいつら、いったい……。
あなたが相続人だと知らされているのは、この国でもごくー部の方だけのはず。あなたに王位を継がれては困る、ということでしょう。
は?王位?
あ。
じゃ、じゃあ相続って――覇王ディオスの!?嘘だろ!なんで!?
申し訳ございません、ネーグ様。相続の詳細を行外で口にしてはならない決まりでして――
今のは、忘れていただけると助かります。
いや無理だよ!忘れられるかよ!
苛烈な銃声が、ネーグの叫びをかき消した。
びくっとなるネーグの後ろで、太い悲鳴が上がる。
倒れた男のひとりが、腕を押さえてのたうち回っていた。
詰めが甘いですよ、ヴィレスさん。
あきれたような声とともに、路地の奥から女が進み出てきた。
??? |
---|
虫も殺せないあなたに、とどめを刺せとは申しませんけど。安全確認は、きちんとなさってください。
ラシュリィさんは、せっかちですね。もう少し動いたら対処するつもりでした。
わたくしは普通です。ヴィレスさんがのんびりなんです。
女は、硝煙たなびく銃を懐にしまうと、あっけに取られているネーグヘ、ふわりと微笑みかけた。
夜分に申し訳ございません。ローカパーラ銀行のラシュリィ・ミスクと申します。
要件は、ヴィレスがお伝えしたかと存じます。ここにいては危険ですので、どうぞわたくしどもの銀行までお越しください。
聖母のようにあたたかく、やわらかな微笑みだった。
聖母は人を撃つまいが。
***
扉を抜けると、ぞっとするほど神秘的で、身が引き締まるほど厳かな雰囲気のロビーに出た。
……は?
ヴィレスとラシュリィに連れられて、路地裏の奥にある、どこに通じているとも知れぬ小汚い扉をくぐった先のことである。
前後の光景が、まるで結びつかない。振り返ると、小汚いどころか、立派な大扉が控えていた。
なんだ、ここ。どうなってる?
ようこそおいでくださいました、ネーグ・コスキント様。
鈴を鳴らすような声が、しゃらりと空気を震わせた。
品のある靴音を響かせながら現れたのは、女神のような幻想的な雰囲気をたたえた少女と、司教のごとく厳正な面持ちをした男だった。
ルダン | ヤーシャラージャ |
---|
ローカパーラ銀行の頭取を務めております、ヤーシャラージャ・ローカパーラと申します。
副頭取の、ルダン・カカルガと申します。
頭取と……副頭取?
逆じゃなくて?いや、逆でもアレだけど……とにかく!いったいどういうことなんだ?
あなたは、〝覇王〟ディオス・ハトナー陛下が当行にお預けになった全資産の相続人として指名されました。
にこりと告げたヤーシャラージャは、驚きもせず眉をひそめるネーグを見て、あら、と意外そうに小首をかしげた。
あまり驚かれないのですね。
覇王の相続人に相応しい胆力をお持ちですね。
真顔で言うヴィレスをひと睨みしてから、ネーグは深々と息を吐いた。
……何かのまちがいじゃないのか?陛下にはお目通りが叶ったことさえないのに……相続人なんて。
ご指名の理由まではうかがっておりません。悪しからず、ご容赦を。
副頭取ルダンが、きびきびとした口調で言った。業務の遂行に無関係な事柄には、まるで興味がないという感じである。
我々の役目は、ディオス陛下の資産を収めております保管庫まで、あなたをお連れすることです。
資産……お金ってこと?
そうとは限りません。
ヤーシャラージャは、女神のような笑みのまま、とんでもないことを言い放った。
当行では財産のみならず、地位や能力、人望、人脈、技能に才能、記憶や感情に至るまで、あらゆるものをお預かりいたします。
なんだって?はは、そんな馬鹿な……。
ネーグは、冗談を言われたのだと思って笑い飛ばしたが――その乾いた笑いは、ロビーに寒々しく響いただけだった。
無言で佇む銀行員たちを見回し、「マジかよ」と小さくつぶやいてから、ネーグは頭を振った。
じゃあ聞くけど、その資産って何?
資産の内容につきましては、ここでお話することはできません。
直にお確かめいただき、その上で、相続されるか否かご決断いただきたく存じます。
そんな馬鹿な話があるか目録くらいあるだろ!
目録はございますが、決まりですので。
にべもなく退けられ、ネーグは唸るように苛立ちをこぼした。
いったいどのような資産なのでしょう。やはり〝王位〟などでしょうか?
我々が気にしても仕方がないでしょう。
そこ。何をやってる。仕事中に私語とは、まったく……。
副頭取。今、ひょっとして「仕事」と「私語」をおかけになりましたか?
減俸されたいか貴様は!
銀行員たちが他人事のように会話するのをよそに(実際、他人事なのだが)、ネーグは心の中で頭を抱えた。
(何がどうなってるんだ、この銀行……なんで俺が。資産ってなんだ?王位?馬鹿言え、そんなわけあるか。
くそっ、なんだっていうんだ、まったく。わけがわからない。どうしろっていうんだ)
いかがなされますか?ネーグ様。
心を読んだかのようなタイミングで声をかけられ、ネーグは、ぎくりとした。
ヤーシャラージャは、相変わらず、女神のような雰囲気をたたえて、こちらを見つめている。
現時点で相続を拒否されても構いませんし、ひとまず資産がいかなるものかを確認されてからご判断いただくのでも構いません。
どちらになさいますか?
女神は女神でも、金の斧と銀の斧のどちらを受け取るか選ばせる類の女神かもしれない。
ネーグは、内心の混乱をうっちゃるように深々と吐息してから、顔を上げた。
……わかったよ。まず、それから決める。
資産を確認させてくれ。
承りました。では、当行の銀行員2名が、保管庫までご案内いたします。
どうぞ、こちらへ。
ヴィレスとラシュリィが、長い廊下の方へ歩き始める。
ネーグは軽く頭を振って、ふたりの後を追った。
story2 バトルバンカー
恐ろしいほど美しく、不気味なほどに静かな廊下。
3人分の足音でさえ、そこでは物寂しげな余韻を伴った。
ネーグは、込み上げてくる不安をまぎらわせようと、前を歩くヴィレスに声を投げる。
あのさ……あの頭取、何歳?
12です。
ヴィレスの懐から、本人の返答があった。
ぎょっとなるネーグに、ヴィレスが振り向き、懐から銃を取り出してみせる。
失礼いたしました、ネーグ様。銀行員の持つ銃には通話機能がございまして。
なぜ銃に。
気まずさをごまかすように、ネーグは頭をかいた。
こちらこそ失礼した。無作法は承知だけど、さすがに気になってね。いくらなんでも若すぎない?
当行は完全能力主義ですので。年齢不問です。
つまり、それだけ君は優秀ってことか。このふたり――ヴィレスとラシュリィ。彼らも?
はい。彼らの業務遂行能力につきましては、すでにご覧いただいたかと。
さっきの戦いのこと?確かに強かったけど……普通、銀行員が強い必要ないだろ。
いいえ。まさしくそれが――〝強さ〟こそが、当行の銀行員に求められる最大の資質でございます、ネーグ様。
荒事担当ってこと?聞いたこともない銀行だとは思ってたけど、おまえたち、ひょっとして裏社会の――
ちゃりん――と、軽い金属音が響いた。
この不気味なほど静かな廊下においては、妙に存在感を主張する音だった。
ちゃりん――また、同じ音。そしてまた、ちゃりん――ちゃりん――ちゃりん――ちゃりん。
音が、増えていく。音と音との間隔が、徐々になくなっていく。
あー……誰か――財布落とした?
眉根を寄せてつぶやいたネーグの足元で、ちゃりん――とコインが跳ねた。
ちゃりん、ちゃりん――スキップを刻むようなテンポで、軽やかに前方へ跳ねていく。
1枚ではなかった。
数十枚、いや、数百枚にも達する量のコインが、あちこちから跳ね転がってきて、ネーグたちの前の空間に集まっていく。
お下がりください、ネーグ様。魔物が出ます。
何かの比喩か――?そう問おうとして。
ネーグは息を呑んだ。
集まったコインが、ぎゅるぎゅると結合し――まさに『魔物』と呼ぶほかない、怪物のような姿となって動き出していた。
な、なんだ!なんだよあれ!
魔物でございます。
近づかなければ無害です。そのまま前には出ないようご注意ください。
こともなげに言いながら――ふたりは無造作に銃を抜き、前に出た。
無数のコインから生まれた魔物が、ガアッと猛獣のような咆嘩を上げる。
ヴィレスたちは、まるで怯えた風もなく、手にした銃の引き金を引いた。
***
戦いは、圧倒的であり、ー方的だった。
ヴィレスとラシュリィは魔物を俊敏に翻弄し、容赦なく淡々と銃撃を加えていった。
激しい銃火が乱れ咲き、物々しい銃声が乱れ鳴き、計十数発もの弾丸が、暴れる魔物を穿ちに穿った。
魔物は、ふたりに触れることさえできないまま、断末魔の絶叫を上げて硬直し――そのまま砂のように崩れ、消滅した。
後には何も残らなかった。コインさえ。
悪い幻のようだった。
排除、完了いたしました。
ま――待て待て待て待て!
何だ今の!魔物!?あんなのがいるなんて聞いてないぞ!どうなってるんだ!?
当行にお預けいただいた資産は、定期的に魔力を生成いたします。
魔力は非常に有用なエネルギーです。そのため、当行の全設備が魔力によって稼働しております。お湯を沸かすのにも魔力を使うほどです。
とはいえ無限の資源ではございませんので、綿密(めんみつ)なやりくりが必要ですが。
また、デメリットもございます。今のように行内に魔物が発生するというのも、そのひとつです。
魔力は思念と結びつきやすいもの。当行の資産を欲する者たちの思念が、漏れ出た魔力と結びつき、魔物となって徘徊するのです。
嘘だろオイ――って、いや違う!俺が聞きたいのはそういうことじゃない!危険だろって話だよ!
ご安心ください。魔物が狙うのはあくまで資産。近づかなければ無害です。
でも、道の先にいたら近づくしかないだろ!?
はい。ですので、わたくしどもが対処いたします。ネーグ様は、くれぐれも魔物に接近されぬよう、お気をつけください。
ネーグは頭を抱えた。
異常だ。何もかもが異常で、摩詞不思議すぎる。
なのに、この銀行の連中ときたら平然としている。ネーグにとっての〝異常〟は、彼らにとっての〝日常〟なのだ。
温度差のあまり、頭がくらくらしそうだった。
では、参りましょう。ネーグ様、もう進まれても大丈夫です。
今後も魔物が現れましたら同様に対処いたします。
当たり前のように言って、ふたりは歩き出す。
どうする?とネーグは自問した。こんなわけのわからない場所をさらに進むのか?引き返すべきじゃないのか?
正直、相当迷ったが――それでも、ネーグは足を踏み出すことにした。
(こうなったら、なにがなんでも、その資産とやらを拝んでやる。
死んだら死んだで、冥途の土産の語り草にはなるだろうさ)
story3 資格
扉を抜けると、ジャングルだった。
いやなんでだよ!!
何!?何ここ!俺たちどこに来たの!?
今回はジャングルのようですね。
〝今回は〟!?
容易に侵入されぬよう、保管庫への道程は毎回ランダムに変化する仕組みになっております。
迷わず辿り着けるのは、当行の銀行員のみです。
あああもう…。無茶苦茶すぎる……やっぱり帰ればよかった。
ネーグ様。そちらの樹は触るとかぶれます。
畜生!!!
道らしい道などあるはずもない密林を、ヴィレスとラシュリィは迷いのない足取りで進む。
見たこともない木々や草花が生い茂り、間いたこともない鳥の声が響き渡る。夢か幻と思いたいが、土を踏む感触は本物だ。
ああっ!くそっ!頼む、取ってくれ!虫が背中に入った!
あ――……。虫ですか。
そうだよ!早く!ヒィ!なんか毛ェいっぱいある!毛!!
すみませんがお願いします、ラシュリィさん。
はいはい。
ー陣の疾風が、ネーグの背中を撫でていった。
ネーグ様、ご安心ください。虫は、この通り、こちらに。
ラシュリィは、ネーグがかって見たこともないようなおぞましい虫をつまんで微笑んだ。
あ、ありがとう、助かった……。
では、参りましょう。
彼女はブンと遠くに虫を放り捨て、触れた指先をハンカチで拭いながら歩き出した。
ネーグはヴィレスに近づき、こそこそとさきやきかける。
……おい。レディにやらせるなんてどうかしてるぞ。俺が言うのもなんだけど。虫が苦手なのか?
恥ずかしながら。ああいった小さな生き物は、誤って潰してしまいかねませんので。
そういう意味の〝苦手〟かよ。そういえば虫も殺せないとか言われてたな。魔物には容赦しなかったくせに。
魔物は魔力と思念の融合体であり、生き物ではございませんので。
ネーグ様?どうかされましたか?
あ、いや、なんでもない!
そうですか。何か不都合がございましたら、どうぞ、気兼ねなくおっしゃってくださいね。
ラシュリィは優しく微笑み、前方に視線を戻した。
……彼女、怒ってないかな。あんなのつかまされて。
相変わらず聖母そのもののような微笑みだったが、彼女の戦いぶりを目にしているだけに、内心怒り狂っていやしないかとひやひやした。
ご安心ください。彼女は、怒りや憎しみ、恨みつらみといった感情とは無縁の人間です。
ほんとか?銃は撃つのに?
怒りや憎しみがなくても、銃で敵を倒すことはできますよ。
むしろその方が怖いような気がする……。
ネーグはつぶやき、背中に入った虫の感触を思い出して、ぶるると身震いした。
暑さと湿気で半ば頭が朦朧となった頃、急に開けた場所に出た。
開けた場所、というか。村に出た。
村ァ!!?
当行の資産を狙って忍び込んだ強盗たちが、外に出られなくなって延々とさまよった挙句、脱出を諦めて築いた集落です。
いま暮らしておりますのは、3世代か4世代目の方々ですね。
何そのスケール感……。
ネーグがうめいていると、村の方から、大きな仮面をつけた男が近づいてきた。
イア!パレーィ!
ウンパ!ウンパ!ウンパ!
会話!?つか知り合い!?
父です。
父ィ!!!?
心の。
あっそ……。
ちょうどいいですね。ヴィレスさん、この先に魔物がいるかどうか、聞き込みをいたしましょう。
そうですね。次はいつお会いできるかわかりませんし、あいさつ回りも兼ねて。
ふたりはあっさりと言って、集落の人々と親しげに会話を交わしていく。
残されたネーグは、力なくその場にうずくまった。
(だめだ……いろいろ理解が追っつかない……。
(覇王ディオスはこんなとこに何を残したんだ?ていうか、ほんとに……なんで俺なんかを相続人に選んだんだ?)
わかりかねますな。なぜあの少年が、ディオス・ハトナーの相続人なのか。
〝覇王〟の資産を相続するにふさわしい資格の持ち主とは、とても思えませんが。
不機嫌さを隠しもせずに、ルダンは述べた。
有能であること。ひいては、有能であるために不断の努力を怠らないことを、何より重要視する男である。
だから、あのような凡庸な少年が、覇王の資産という身の丈に合わぬものを相続することに、たまらない不快感を覚えていた。
ヤーシャラージャは、女神のように微笑んだ。
資格とは、何かが〝ある〟から得られるものとは限りません。
何かが〝ない〟からこそ手にする資格がある――そんな資産もあるのです。当行でお預かりしたものにおいては、特に。
ネーグの凡庸さも、それに対してルダンが抱く不快感も、等しく面白がるような、超然とした微笑みだった。
ルダンはフンと鼻を鳴らし、幼い少女を睨むように見下ろす。
あなたが〝子供らしさ〟を〝預ける〟ことで頭取の地位を相続したように――ですか?
頭取としては不要なものですから。
ヤーシャラージャは涼しげに答え、しゃらりとルダンを横目にした。
頭取の座がお望みでしたら、あなたも邪魔な感情をいくつか預けては?きっと新たな扉が開けますよ。
御免ですな。心のー部を切り貼りするなど、おぞましくてなりません。
正邪陰陽そろってこその心です。その理をねじまげて資格を得るなど、およそ正道とは言えますまい。
おまえが頭取なのは卑怯な手段を使った結果だ、と暗に告げるような物言いにも、ヤーシャラージャが怒りを覚えることはない。
彼女ば子供らしさ、だけでなく、業務に差し障りかねない感情すべてを銀行に預けているのだから。
ただ女神のように超然と微笑み、慈しむような目でルダンを見つめた。
ここは、あるべき理から外れた銀行ですから。正道をゆかねばならぬ道理はありません。
ルダンは答えず、苦々しく顔を歪めた。
***
お待たせして申し訳ございません、ネーグ様。有益な情報が得られ――
戻ってきたラシュリィは、難しい顔で黙り込んでいるヴィレスに気づいた。
ヴィレスさん?どうかしましたか?
ああ――失礼。こうして木々を見ていると、つい、考えずにはいられないのです。
ブロッコリーは、なぜあんな木のような形をしているのだろうと。
はあ。
…………。
ひょっとして、あれは木なのではないでしょうか?
絶対違うと思います。
ですが、非常に似ています。相似している。つまり木∽ブロッコリー……。
でしたら、カリフラワーはどうなんですか。フラワーですよ。ほぼ同じ見た目なのにフラワー。
(・□・)
なんですかそれ。
……で、有益な情報って?
この先に、非常に凶暴な魔物がいるそうです。激しい戦いになると思われますので、戦闘時は距離を取っていただけますでしょうか。
言われなくてもそうするよ。化け物との戦いに巻き込まれるなんてごめんだ。
ごもっともです。それでは、ヴィレスさん。行きますよ。
ブロッラワー……。
真顔で意味不明なことをつぶやく彼を、ラシュリィは遠慮なくずりずり引きずっていった。
story4 幻想資産
密林に、凄まじい咆呼が響き渡る。
何十人という戦士がー斉に鬨の声を上げたような、腹の奥までびりびり震える轟音。
だが、その声の主は、たったひとり――いや、1匹だった。
あれが〝凶暴な魔物〟ですね。
いやっ……あれ――魔物っていうか――
竜じゃないかッ!!
そう。
ネーグが絵本でしか見たことのないもの――人を丸飲みにできそうなほど巨大な、雄々しくも美しいドラゴンだった。
いい面構えですね。なかなか手強そうです。
手強さの判断基準、もっと他にありません?
ふたりは懐の銃を抜き、すたすた前に歩いていく。
そのあまりに自然な姿に、ネーグは、ぎょっと目を見開き、叫んでいた。
ちょっ――戦う気なのか!?あんな奴と!
ふたりは顔だけを振り向かせて答えた。
仕事ですから。
そして、竜へと駆け出した。
***
カッと聞かれた竜の口から、紅蓮の吐息が飛び出した。
ヴィレスとラシュリィは、転がるように炎をかわした。密林の木々が餌食となって盛大に燃え上がる。
直後、竜が大きく身体をひねった。合わせて、ぶうんッと巨大な尾の薙ぎ払いが来る。
柱のごとき尾が、木々を粉砕しながら迫り来る。ヴィレスは跳躍、ラシュリィはかいくぐってこれをかわし、反撃の銃弾を浴びせた。
弾丸は鱗を砕き、肉に食い込む。ダメージを与えられてはいるが、このバカでかい図体相手では焼け石に水だ。
竜は怒りと痛みに雄叫びを上げ、ますます猛り狂って炎の吐息を撒き散らす。
炎の吐息にせよ尾の薙ぎ払いにせよ、範囲が広く、また喰らえばひとたまりもない威力を誇る。
必然、回避を優先する動き方にならざるを得ず、なかなか反撃の機会が得られない――加えて体力の消耗も激しい。
これは、勝てませんね。
あっさり断じて、ヴィレスは銃に呼びかけた。
副頭取。資産番号104543をお願いします。
ヴィレスからの通信を受け、ルダンはあからさまに嫌そうに唸った。
ふざけるな。あれがどれだけ魔力を消費すると思っている。
資産に頼らず自力で切り抜けろ。それがおまえたちの仕事だろう。
我々の仕事は、障害に対し適切に対処することです。
〝適切〟?〝過剰〟のまちがいじゃないのか。
いつもいつも高コストな資産ばかり申請しおって。魔力のやりくりがどれだけ大変だと思ってる。現場優先主義もたいがいにしろ。
まったく……魔力が尽きたら、まずおまえの飯代から抜いてやるからな。
ルダンは、ひとしきり文句を述べたのち、実に苦々しい表情で珠算機に手を伸ばした。
魂賄算盤起動。資産番号104543の魔法化に関する試算を開始。
ルダンの指が、高速で珠算機の上を躍る。何百という珠がすさまじい速度で弾かれ、瞬く間に複雑な計算をこなしていく。
魔道演算機、第1から第3までを並列起動。余剰神秘の排出量を算出……くそ、結構あるな。規定のプランでは危険度が高すぎる。
副頭取。まだですか?
急かすな!今やってる!排出プランを即席で策定――完了。安全性クリア。よし。よしよし。行ける!
副頭取。
だから急かすな!今終わる!
機械が、力夕力夕と書類を吐き出す。ルダンは引ったくるようにそれをつかみ、咳払いしてからヤーシャラージャに差し出した。
頭取。資産番号104543の魔法化に関する棄議書です。ご決裁を。
ヤーシャラージャは差し出された紙をー瞥し、にこりと微笑んだ。
よござんしょう。
細い指をくるりと動かすと、淡く輝く魔法陣のようなものが宙に浮かぶ。
ヤーシャラージャが、とん、と軽く指で書類を叩くと、魔法陣が宙を滑り、べたりと書類に重なった。
該当資産の魔法化を承認。
資産魔法〈電光石火〉、発動。
決裁が下りたぞ!30秒の限定使用だぬかるなよ!
かしこまりました。
竜の炎が、森を焼く。
ふたりは、炎をかわして横並びに着地し――
ガチンッ!と互いの銃を合わせた。
ヴァイシュラヴァナ、開門。
ネーグは、見た。
2丁の銃が背と背で合わさり、扉のような形となって、不思議な光を放つのを。
竜の尻尾が、森を薙ぐ。ふたりがちょうど横に並んだ、まさに絶好のチャンスだった。
しかし、太い尾が彼らを捉えることはなかった。
ふたりは目にも止まらぬ速度で跳び上がり、焼け残った木の枝へと逃れていた。
それでは手早く、
締めましょう。
彼らは稲妻となって、馳せた。
***
走る。走る。稲妻めいて。
尋常ならざる高速機動。地面ばかりか木々の枝さえ足場とし、縦横無尽に駆け抜ける。
炎も尻尾も鈎爪も、ふたりを追うには遅すぎる。すいすい軽々かわされて、竜は苛立ち、牙を噛む。
目覚ましいのは回避だけではない。ふたりの繰り出す銃撃も、機関銃のごとき高速連射と化していた。
淡々と、黙々と。避けては撃って、撃っては避ける。
恐ろしく息の合った連携でもあった。これだけの速度で動き、銃弾の雨を降らせているのに、お互い、流れ弾ひとつ当てることがない。
竜は、完全に翻弄されていた。当たるはずのない攻撃を繰り返しては、絶え間ない銃撃で全身をぼろぼろにされていく。
やけくそのように、竜が炎を吐き散らした。
ふたりは高々と跳び上がってかわしつつ、くるりと宙でー回転――
再びガチンッ!と銃を合わせて、逆さまに落下しながら、竜の顔へと狙いを定めた。
お引き取り願います。
祈りのような言葉とともに――目をむく竜の真ん前で、水平に並んだ銃口が凄まじい銃火の嵐を噴いた。
顔面を完全に破壊された竜は悲しげな悲鳴を残し、どうと倒れる。
ヴィレスたちは、危なげなく地面に着地し、互いの銃を離して懐に収めた。
倒れた竜が星の割れるように砕け散った。
今のは……。
資産魔法と申します。
当行では、お預かりした資産のー部を魔法として利用させていただく場合がございます。
先ほど魔法化いたしました資産は、さる騎士が妖精郷より持ち帰った宝箱。
妖精郷は時の流れの異なる場所。その宝箱も、開けるとー気に歳を取ってしまうという難儀な代物でして。
使いようがないということでお預けいただいたのですが、魔法化すれば、時間の流れに干渉、動きを高速化することができます。
もっとも……強力な資産を魔法化すると、大量の魔力を消費いたしますので、なるべく使用は控えたかったのですが。
(妖精郷の宝箱?そんな資産まであるのか?しかもそれを魔法化って……)
あらゆるものを預けることのできる銀行――その言葉が、ずしりと圧しかかるのを感じた。
そんな得体のしれないものまであるのなら、覇王、ディオスの資産はいったいなんなのか。
もはや、何であってもおかしくないのだという事実が、ネーグの背筋を冷やしていった。