【黒ウィズ】エターナル・クロノス3 Story3
サマーが警護もなく、無防備な状態でいる場所。それを君は知っていた。未来ではなく、過去の中に。
空腹に耐えかねて入った店に、サマーはいた。人目も少なく、付き添うのもエリテセだけだった。
そのことをみんなに伝えると、すぐに方針は決まった。
みんな、タイミングを合わせたようにコクリと小さく頷いた。ひとりアリスだけは不安そうな顔をしていた。
アイオレッタは、そっとアリスの肩に手を置く。優しくなだめるような口調だった。重みがあり、安心させる声色だ。
アリスの中のわだかまりも、少し軟化しているようだった。
時計塔のイニティウムを狙っていた空族のヴァイオレッタも、今では立派な仲間なのだろう。
彼女にしかできない役割というものがある。君はそう思った。
と、長く細い指をくいくいと折り曲げる素振りで、ルドルフに指示を送る。
マダムに応じて、そそくさとルドルフは、君に一枚の黒いマントと仮面を差し出す。
どうやらお祭りで使われる仮装用の衣装のようだ。受け取りながら、君はその意図を尋ねた。
あなたがそれでユッカ様、いえサマーをさらい、然るべき場所で待ち合わせている我々に引き渡す。
君はルドルフの意見に納得する。みんなも同様に思っているだろう。
それがわかったから、君は首を縦に振る。
冗談めかした調子だったが、実際それは恐ろしい状況なのは、すぐに想像できた。
出来る限り捕まらないでおこうと君は思いながら、マントを頭から羽織る。
そんな前世であってたまるか、と君は思った。
***
ゴンドラの船頭のご陽気な鼻歌が君たちを導くように海の上に漂う。
君たちは目的の場所に向かうためにゴンドラに乗っていた。
君の他にはアリスとエリカだけである。途中、ゴンドラの上で、アリスは君に詫びた。
君は、アリスが何について謝つているのかわからなかった。
そこまで聞いて、君はアリスが時計塔の下で声を荒げたことを言っているのだと気づく。
あの時は、君がティータイムだと言い出したことで、誤魔化せたが、確かに雰囲気は良くなかった。
ユッカのことを大切に思っているんだよね、と君はアリスを肯定してあげる。
アリスは君の言葉に力強く頷いた。
弾むような訓子でアリスは君に返す。君はその話を聞いてみたいと彼女に言った。
それは、アリスが時計塔に来たばかりの時だった。
何もかもが目新しい状態で、目にするものは、見たこともない機械や見知らぬ人ばかり。
アリスはとても憂轡で、気弱になっていた。誰と会っても何を話していいのかわからなかった。
ところが、そのユッカと呼ばれた少女は、そんなことは知る由もなかった。いい意味で。
今は右も左もわからない状態だから色々教えてあげて。力になってあげてね。
まるで、今までずっと友達だったように、接してくるユッカに、最初アリスは戸惑った。
けど、すぐにそれがうれしいと思った。ユッカの態度は、アリスにとってとてもありがたかった。
ふたりはすぐに仲良くなった。まるで久しぶりに会った友達が、空白の時を取り戻すように。
アリスは話が終わると、少し恥ずかしそうに笑った。
その笑顔も、すぐに真剣な表情に変わる。
君は、そうだね、と同意する。
ウィズは無駄なことは言わずに、ただ事実を伝えた。おそらく、君に心の準備を促しているのだろう。
君は周囲を見渡す。前に来た時は気づかなかったが、祭りの参加者に見えて、妙に気の張った者が少なからずいた。
サマーの護衛かもしれない。
こうして、立場や考え方を変えて、再び同じ時間を見直すと、景色もまるで違って見える。
君は静かに気を引き締め、ゴンドラの着岸を待った。
ふと船頭と目があった。すると彼女はにこりと笑って君に言った。
「なかなか頑張っているねえ。でも、笑顔だよ、笑顔。怖い顔してちゃ、神様も逃げ出しちゃうよ。」
そんな怖い顔をしていたのだろうか。君は思わず自分の頬を揉んだ。
3-2
着き場でアリスと別れた君は、護衛の眼を掻い潜り――時には少し眠ってもらい――店の近くに辿り着いた。
サマーが店を出たのは、祭りの参加者を招集する時計塔の鐘の音とほとんど同時だっだ。
時計塔の針は予定の時刻の少し前を指している。塔の頭上には気の狂いそうなほど煌々と輝く太陽が居座っていた。
苛立たしい暑さと眼を焼く様な光のせいで、どうかしてしまいそうだ。と君は思った。
同じ光景、同じ暑さ、同じ風、同じ匂い。あまり感じの良くない眩暑を感じた。
ミュウが言っていた。
「時間を遡ることをみだりに行ってはいけないのは、歴史を変えてはいけないという意味もあるけど………。
それ以上に自分への負担があるからだと思う。
同じ時間を繰り返すことの苦痛が自分の中に溜まってしまうの、気づかないうちに。
たまに眩量に似た感覚に襲われることが、私にもある。」
アリスたちと出会って、すでに二回の時間移動をしている。
そういえば、まともな睡眠を取っていない。今、自分は何時間活勤し続けているのだろうか。
自分は眩車を感じているのだろうか。あるいは、これは微睡みの中でている夢なのだろうか。
ぼんやりとしている君をウィズが注意する。君は悪い夢から覚めたように、目を見開き、ウィズを見返す。
君は、心配ないと前置きして、ちょっと眩章がしただけだ、とウィズに言った。
君を導くように、ウィズは黙って路地の日陰に入った。君も黙ってそれに従う。
路地の片隅から、店の出入り口と時計塔の針を交互に見る。
もうすぐ、サマーが出て来る時間だが、その『もうすぐ』が永遠のように長く感じる。
時計を見て、ウィズがそろそろと路地から通りへと歩いていく。
永遠の終わりを告げる時計の針が刻まれ、君は安堵に似た気持ちで、お祭り用の仮面を被り、通りに出る。
人の流れに紛れ、サマーが出て来るであろう時間に、店の前に到着する。
扉から出て来るサマーと鉢合わせた瞬間、魔法で眠らせて、そのまま連れ去る。
逃走経路とサマーを引き渡す場所は頭に入っている。計画通りにゃれば、問題なくサマーは行方不明の身になるはずだろう。
入念な計画は流石マダム・ヴァイオレッタと言ったところだった。
そうだね。答えつつ君は流れるように人ごみを進み、店の前に向かう。
予定通り、予定の時間、君が店の前に来た瞬間に、完璧なタイミングで扉が開いた。
サマーだ。自分の肩越しに後ろの付き人と話している。
君は速やかに接近し、魔法を放つ。サマーの目の前で淡い光が弾け、気を失わせる。
はずだった……。
寸前、君の腕を取り、女は睨みつけ、もう片方の手は、携えた剣に伸びていた。
その雰囲気から、サマーの護衛だとわかった。しかも腕利き。
人ごみに紛れ近づく君を察知して、君が魔法を放つ寸前でそれを阻止する。しかも気配をまったく感じなかった。
命じられ、すぐさまエリテセはサマーの手を取り、駆け出す。
去っていくサマーを君は横目で見送る。手を取られたままで、追うことはできない。
そして、今はそれどころではない。相手の刺すような視線で肌が斬り裂かれるようだ。
言い捨て、女は君の手を力強く引きつけ、君の体の自由を奪う。
同時に剣を逆手で抜き、自らの体を寄せるそのまま密着した体勢で剣を擦りあげるように斬るつもりだ。
君は相手が剣を握る手を咄唯に押さえる。
均衡が生まれる。お互い、その体勢からはどうしようもないことは知っている。
隙を伺い、後ろへ飛びのいた。衣服の乱れを正しながら、相手を見定める。
周囲も彼女の手下だろうか。君に刃を向けている。
貴様を捕らえ、根絶やしにする橋頭保としてやろう。
改めて、女は剣を抜く。君を迎え討つ体勢を取った。
女の剣に太陽が反射した。その煌きが戦闘開始の合図であった。
3-3
相手の斬撃をかわしつつ、こちらも応戦を試みるが、その隙はそう簡単には生まれない。
むこうも君が魔法を使うには、一瞬の間が必要だと察知している。その間を与えないように、巧みに剣を捌く。
ならばその隙を作るしかない。君は後ろに飛び、間合いを取ろうとする。
相手も君の腹積もりを見通して、剣を突き立て前に出る。
剣は、君を貫く。切っ先が体を突き抜け、君の背中でキラリと光る。
青ざめたのは女の顔だった。貫いたのは君のまとった黒いマントのみ。刃は体の横を通り抜けていた。
君はマントの裾をまくり上げ、剣の柄に巻き付ける。マント全体で剣を抑えつける形である。
女は引き抜こうと試みるが、絡まった布は容易に剣を雌さない。
君のもう片方の手には力―ドがある。指先に挟まれたそれを人差し指と中指で弾く。
くるくると力―ドが宙を舞う間に、君は詠唱を終える。それほど難しい魔法ではない。
単純な魔法だが、至近距離で直接叩き込まれては、ただではすまない。
君の指先が女のみぞおちに触れる。
と同時に女は弾け飛んだ。
もちろん。と答え、君は剣をその場に投げ捨てる。急いでサマーの後を追いかけなければいけない。
今ならまだ間に合うかもしれない。
***
人、人、人、人の波。その中にサマーの姿はない。
路地に逃げ込んだのか。走りながら、君は脇の道を確かめる。
絶望的な気持ちになりかけていた君を、勇気づけてくれる出来事が起こる。
路地の向こうに、通りを走り抜けるサマーとエリテセの姿が見えた。
こちらに気づいたエリテセはサマーを先に行かせ、君を止めるつもりか、両手を広げ待ち構える。
両側にアパートがそびえる狭い路地。君は行く手を遮る彼女の横に飛ぶ。
足の裏が壁に接すると、体と壁がちょうど垂直となった。そこからもう一度君は飛んだ。
エリテセの背後に降り立つと、君は彼女を置き去りにし、サマーを追った。
背中でそんな声が聞こえたが、振り返ることはない。
先を行くサマーは、夏の暑さで陽炎が揺らめく、通りを駆けてゆく。
人ごみに飛び込む彼女を追い、君も続く。
自分の前世が人さらいだというのは、あながち間違いではないのかも。
安堵からか、そんな自虐を思いつけるほどの余裕が生まれた。
ふと陽炎に揺れるサマーの後ろ姿が、どこかで見たような錯覚を覚える。
何度か繰り返した夏の日。この光景をどこかで見たという可能性があるのか?
追われるサマー。気の触れた夏の午後。
「ご、ごめんなさい!急いでいますので!」
通りかかったサマーはこんな風に君の前を立ち去った。
「キミ、暑いからってぼーっとしていたらだめにゃ。」
ウィズが君を叱る。
すぐに、君の前を黒マントが通り過ぎる。黒マント? 黒マントを羽織り、サマーを追っているのは……。
自分。
自分?
そんな馬鹿な、と君は思うのだが、狂った暑さと眼を焼くほどの光。また感じの良くない眩車を覚える。
何かを忘れている? 何を?
そうだ。君はあの時、黒マントを追いかけようとして、空から落ちてきたアリスを受け止めた。
そのせいで彼らを追えなかったのだ。
受け止めた?
背後で声が聞こえる。
「わわわ一!」
ただの夢だと思いたかった。もしくは、自分の頭が暑さのせいで、狂ってしまったか。
どちらでもいい。この場から抜け出せたら。どちらでもいい。
と、君は思った。
***
君は太陽の光を感じる。
瞼の上から、血と肉を越えて、光を感じる。とても強い光だ。
ようやく君は自分が寝ていることに気づく。揺れている。
目を開くと、青い空と太陽。光を遮るように、ぬっと人影が君の視野に現れる。
「毎日毎日、同じことの繰り返しじゃ、好きなこともやになっちゃうねえ。」
どこかで聞いた声。どこかで聞いた台詞。ここは、サンザールの街にゃってくる時に乗ったゴンドラだろうか?
起き上がろうとすると、傍らで意識を失っているウィズに気がつく。
「ゴンドラの上だよ。」
少女は空を見上げて、呟く。
「この天気もねえ。たまには雨でも降ればいいのに。」
やっぱりその通りだ。ここはあの時の、あのゴンドラの上だ。サンザールの街へ向かっている。
船尾の少女は君を見すえる。
君はギクリとする。
君がアリスと共に、サマーが通う店に向かうゴンドラの上で、彼女はこう言った。
「なかなか頑張っているねえ。でも、笑顔だよ、笑顔。怖い顔してちゃ、神様も逃げ出しちゃうよ。」
なかなか?まるで前に会ったことがあるかのようだった。
だが、あの時の君は時間を遡って一日の始まりに戻っていた。
ゴンドラに乗ってこの街に来る以前の時間だ。
彼女と会ったのは、あの時が初めてのはずだった。
それなのに彼女は、君が今まで何かをしていたかのように話した。
君は緊張しつつ尋ねた。
もしかして何回か会っている? と。彼女は変わらぬ軽い口調で答えた。
何かを知っているの? と君はさらに尋ねる。
君と少女との謎めいた会話を聞き、ウィズは狼狽する。
ウィズ同様に君も驚きの声を上げる。あまりにも大胆な発言だからである。
まるでこちらを馬鹿にしているようにすら聞こえる。
やっぱり馬鹿にしているのかもしれない。
君はへこたれず、彼女に知っていることを教えてほしいと伝える。
君が感じている違和感。陥っている状況。知っているのなら、これらを説明して、安心させて欲しかった。
だが、まるで会話がかみ合わなかった。
ご陽気なパンケーキのセレナーデを口ずさみながら、少女はゴンドラを進める。
君は諦めて、ゴンドラの縁に腰かける。照り付ける太陽は相変わらず、気が触れたようだった。
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