【白猫】ジルベスタ物語 Story3
2019/05/31 |
目次
story12 騎士と騎士と思いと思い
いないな。貧民街に行ってみよう。
だな。……なあ、カレン。
ん?
昨夜、ユーカが言ってたのってどういう意昧だろうな。この国の騎士はバラバラって。
私も、カイデン殿が遺した外交手記や、キースから聞いた情報しか知らん。
構わねえよ。道すがら教えてくれ。
――このジルベスタ王国の元首は、言うまでもなくロレンツ殿だが……
この国の軍事――すなわち騎士団を事実上取り仕切っているのは、王弟のフリント殿だ。
フリントさん自身も、そう言ってたな。元騎士団長なんだろ?
ああ。そして、割れてるのはくそこ>だ。
ジルベスタの騎士には、<国王派>と<王弟派>が存在するんだ。
……どうしてだ? 同じ国に仕える騎士だろ?
ジルベスタには、他国からの侵略や魔物の襲撃から国を守るため、軍備拡充につとめてきたという背景があるだろう?
ああ。それで騎士が増えて、騎士道を重んじるようになったから<忠勇の国>なんだろ?
この国で騎士道という観念が重んじられていたのは、とうに昔の話だ。
少なくとも、二代前の国王が即位する頃には、騎士道など形だけのものになっていたらしい。
……へえ。
そして、それを<是>とし、騎士に求めるべきは<力>だと唱えるのがフリント殿――
彼の思想に賛同している騎士が、いわゆる<王弟派>だ。
……この国、貧富の差が激しいよな。つまり――
ああ。伝統的な騎士の在り方がすたれ、シンプルな軍事力として拡大し続けた結果だな。
……貧しい家は、税金払うので精一杯だろうしな……
一方のロレンツ殿は、騎士に対して<誇り>と<正しさ>を重んじる。
弱きを守り、礼を尊ぶ――忘れられた伝統というやつだな。
……ん? 国王はあくまでロレンツさんだろ? ならバシッと一発、昔の<忠勇の国>に戻してやれば――
長い歴史の中で変化した社会基盤は簡単に戻せはしない。ジルベスタにとっての軍事力とは、国の根幹をなす重要な要素だ。
国王といえど、個人の一存ですぐさま変えられる仕組みじゃねえってことか……
それでも、ロレンツ殿が王座についてからは、少なからず法整備がなされた餓死者や魔物の被害者はかなり減ったようだ。
フリント殿の指揮下とは独立した、王直属の騎士たちの働きでな。
それが――<国王派>の騎士たちだ。
へぇ! かっけーな!!
この国を囲む森の周辺には、多くの貧民街が散在している。全体に手が回っているとはとても言いがたいだろう。
……なるほど。ユーカが貧民街にこだわるわけが、少しわかった気がするぜ……
***
待て、クソガキ共ぉお!!
しししし♪ 大成功じゃったな☆
ああ。おかげで取り返せたぜ。爺さんの指輪……
死んだ奥さんの形見なんじゃろ?
ああ。昔、利子だっつって、騎士にぶんどられたんだ。
喜んでくれるといいのう♪
……レッカ。お前さ、どうしていつも、俺らの世話を焼くんだ?
メシ持ってきたり、俺を庇ったり、仕事手伝ってくれたり、ガキどもと遊んでくれたり……
……そんなカッコしててもわかる。きっとお前、貴族のお嬢さんだろ?
貴族は貧乏人を嫌ってる。貴族出身の騎士も同じだ。でも、お前は違う――なんでだ?
……最初は楽しくて、仕方がなかったのじゃ。
初めて、し――じゃない、屋敷を抜け出して、自分の目でいろんなものを見て、触れて――ずーっと遊び回ってた……
でも半年くらい前、お主と出会って……同じ国の中に、あんな光景があると知った。
それが我慢できんかった。だから、自分にできることをしてるだけじゃ。
そっか。
――なあレッカ。俺は……この国の騎士や貴族が大嫌いだ。
貧乏なやつに威張って、見下して、奪って……そんなやつらばっかだ。
……そう、じゃな……
俺は大人になったら……この国、変えてえ。
ここに住んでる年寄りや、親いねえガ牛どもや、怪我で働けなくなったやつら……
貧乏とか金持ちとか関係なく、みんなが安心して生される国にしてえ。
どうすりゃいいのかなんて、皆目見当もつかねーけど――
レッカと二人なら、なにか変えられそうな気がする……
(……国を変える……それはきっと、ユーカの役目なんじゃろうな……
……でも、即位なんて、まだずっと……ずぅっと、先のことじゃ)
「きゃああああああっ!!」
!!
***
あっちからも来るわ!
――くそ、数が多いな……!
皆さん、こちらへ!
まずい、ご老人、あんな所に……! レディ! 逃げるんだ!!
たりゃー-ーーー!!!!
『グルル……!』
レ、レッカおねえちゃん……
かかってこい! 我が健脚から繰り出される絶技――ダテではないぞーッ!!
>魔物なんぞこわくなーい!!
>あ、危ないぞ!?
>なんて華麗な足技だ!
>危ないから下がっているんだ!
>みなの危険を見過ごせるものかー!
>俺たちがカバーするぞ、ブライ!
story13 優しいあの子
どーじゃ! 参ったかー!!
コラ! 無理するんじゃないの!! だいたいアンタ、おひ――
(キャトラ、それは禁句だ!)
おひ……さまみたいに元気な子ね! でも今は下がってなさい!
(キャトラ……強引に……!)
油断禁物だよ、諸君! 敵はまだ――
うぉわっ!?
平気か!?
た、助かったよ……ディーン殿とカレン殿、だっけ?
お、やっと来たのじゃ!
危ないことしてんなよ! 怪我人は!?
平気です。みなさん、無事ですよ。
……感謝する。君たちがいなかったら、犠牲が出ていたかもしれない。
ふたりとも、くるのが遅いのじゃ。
遅いのじゃ、じゃねえ! やっと見つけたぜ、ユー――
……ユーはまったく、おてんばデースネ~……
ったく……魔物に挑みかかるなんざ、さすがに冗談じゃ済まねえぜ?
……ん、ごめんなさい。反省してるのじゃ……
……レッカ様。貴族街の方から捜索の依頼を受けました。屋敷に戻りましょう。
は~い……
おい、レッカ……!
?
今日は、助かった。それに、あんたらも……
レッカおねえちゃん……騎士さんたちも、ありがと……かっこよかった……
ふふーん☆ そうじゃろそうじゃろ♪ 照れるのう!
へへーん! そうだろそうだろ~♪ 照れるな~♪
子どもと同じテンションで喜ぶな……
……本当に助かりました、皆さん。それに、レッカちゃんも。
……でも、お願いだから二度と無理はしないでおくれ。
む、無理なんてしとらんぞ……? レッカはただ……
私たち貧民街の住人にも、あなたは優しく接してくれるし、助けてくれる……
でもそれで、あなたの身になにかあったら……悲しいわ。
君はまだ、幼い子どもだ。わしらのために危ない真似をしてほしくはない……
……むぅ……
>むぅ~
>まったく、危ねえとこだったな。
>間に合ってよかった。
>むぅ~~…………
>ほら、帰るぞユーカ。
>まったく、無茶をして……
>無茶なんてしとらんもーん……
story14 過日のぬくもり
ほら、きりきり歩けユーカ。
馬車を使いたくないと言ったのはユーカレア様でしょう?
両側からガッチリつかみおって! ユーカは子どもじゃなーいー!
いや子どもだろ。
また逃げられたら困るからな。
逃げるつもりなんぞない……後ろに、うるさいのもいるしの。
……お静かに。変装しているとはいえ、周囲にばれたらコトです。
さーて、帰るぞ帰るぞ。たっぷり叱ってもらえ。
……のう。
ん?
二人は、この国をどう思う……?
まだ来て間もないけど、華やかで、穏やかで、いい国だよな。
でも、歪んでるって感じる。芯っつーか、決定的などこかが。
今日、あの風景を見て、俺はそう思ったよ。
…………
……ユーカレア様は、どうなのでしょうか?
ユーカはこの国が好きじゃ。
父上が愛しているこの国が……そして、母上が愛したこの国が……大好きじゃ。
――そうか。女王様……ユーカのお母さんは――
……もういないのじゃ。五年前に……
ししし。こうして手を繋いでると……少し懐かしい気持ちになるのじゃ。
母上はユーカに言ったのじゃ。国を守り、民を幸せにする善き王に、いつかなってほしいと。
だから、ユーカは――今のうちから、できることをしたいのじゃ。
――貧民街の件、俺からもロレンツさんたちに相談してみるよ。
ほ、本当かっ!? ディーン!?
ディーン。
実際、あんなの危ねえだろ? 貧民街だけの問題じゃあないはずだ。
ディーン、大好きなのじゃー☆ その胆力! 男前じゃのう♪
そうかぁ? もっと褒めてくれ!!
***
今日は僕のわがままに付き合っていただいて、ありがとうございました。
盤を隔て、駒を動かし、思考に身を委ねる――心地よいひとときでした。
こちらも、有意義な時間だった。礼を言う。
さすがは元騎士団長さんや。盤の上の戦場でも、鮮やかな手並みやったねえ。
……お前は、横から口を出してくるのをやめろ。
ヴィクちゃん、慎重すぎてじれったいんやもん……
ふふ、二人がかりはさすがに分が悪かったです。
……エイスが、すまない。
不器用で無愛想やけど、気のええ子なんや。仲良うしたってなー。
もちろん。ときにヴィクトールさん、エイスさん。今夜……少しだけ、付き合っていただけませんか?
?
***
――馬鹿者ッ!! 魔物と……戦っただと!?
ふ、ぅ……うぅぅ……
父上の……ばかーー---!!!
story15 あんな信念、こんな信念
……先ほどは大変、お見苦しいところを……
気にしないでください。それより、どうしてこんな所に?
ディーン殿に、折り入ってご相談が。カレン殿も探したのですが、姿が見当たらず……
(城で迷子になったんじゃないだろうな……?)
***
(……迷ってしまった)
あら、カレンちゃんやないの。
エイス殿……ヴィクトール殿とフリント殿も。
――ちょうどよかった。カレンさんも、よろしければ少し話を聞いていただけませんか?
***
……ふん……父上のば~か……
――!
この国は、割れています。民も、騎士も――彼らを率いる我々の思想も。
……国防のための圧政を、必要悪と割り切るのは簡単です。
しかし、私はこの内情が――日々飢え、恐怖に怯える民がいる現実が正しいとは思えない。
無責任な発言ですけど――俺も同感です。
一人を守るべき騎士の存在が人を苦しめているなんて、間違っていると思う。
――
王位を継いだ日から、私はこの国を<忠勇の国>に戻そうと努めてきたつもりです。
ですが私には……勇気が足りませんでした。国の混乱を恐れるあまり……ー歩を踏み出せなかった。
***
……この国は、資源に乏しい。
よって、魔物に苦しむ小国への傭兵派遣は、この国にとって重要な財源なんです。
――騎士の強さと規模が、そのまま国の存亡に繋がっているのですね。
……わかっているんです。軍事を重んじる僕のやり方が、貧しい民を苦しめていると……
すべての民の幸福を望む兄上の心を苦しめていると――
僕は……間違っているのでしょうか。
間違っている――そう切り捨てるには、あまりに難しい問題でしょう。
国を背負う為政者ならば、甘えのない決断というものは、時として必要になります。
……そやね。間違ってる、間違ってない――そないシンプルな問題やないわ。
国のため、民のため……何を捨て、何を守るかを厳然と見定め、選択する――
その決断が容易でないことは、……理解できる。
――ですが、貧民街への対策は早急にとるべきかと存じます。
……驚きました。カレンさんは、もっと冷徹に物事を見る方だと思っていました。
あ……差し出がましい発言でした。
いえ、悪気はないんです。忌憚のない意見が聞きたかった。
兄上と共に、国の未来を――守っていくために。
***
私は、病にかかっています。
!
今すぐどうなるものではありませんが……十年、二十年先はわかりません。
……よかったんですか。そんなこと、俺に言って。
私は弟と違い、騎士として戦ったことはありませんが――<忠勇の国>の王として、騎士であるあなたと、腹を割って話したい。
…………
手遅れとなる前に、私は……ある政策を実行するつもりです。
政策?
軍事予算の根本的な見直しと、騎士団の再編成による経費の削減。そして――
すべての貧民街の再整備と、住民たちの全面支援です。
!
……国全体が大混乱しそうですね。騎士や貴族の反発もすごそうだ。
ですが、貧しき民が不幸になる時代は私の代で終わらせたい。娘に――ユーカレアに。この国を託す前に。
……あの子はあの子のやり方で、人々を守ってくれていた。私もそれに応えたい。
…………っ!
……なんだ。やっぱ、知ってたんですね。
弟――フリントとの衝突も、まず避けられないでしょうが、それでも私たちは、全力で模索しなければならない。すべての民の幸福を。
……そんな大切なことを、どうして俺に?
娘が嬉しそうに言っていました。ディーン殿とカレン殿はかっこいい、立派な騎士に違いない、と――
……へへ、照れるなあ~!
そんなあなたに、私の考えを最初に聞いていただきたかった。今さら遅すぎる決断でしょうが……
自分で言うのもなんだけど、俺は政はからっきしです。カレンやキースに頼りきりだ。
それでも、人の幸せを願って国を変えようとするあなたは――正しいと思います。
***
……父上。ユーカのこと、ちゃんとわかってくれてた……
…………明日、ちゃんと謝らんとな……
姫様がまたお部屋から抜け出されたぞぉぉお~~!!
……どうやって部屋に戻ろうかの。
>こっちを見るな~……
>こそこそこそ……
>ん、いま向こうから物音が……
>わん!
>なんだ犬か……
story16 ごめんなさい
…………
メシ食べないのか、ユーカ? こんなトコでもじもじして。
も、もじもじなんて、しとらんのじゃ……
ロレンツさんに、謝りたいんじゃないのか?
――
よっし、いこうぜ! ほら!
――ひ、引っ張るでない……!
***
(ほらユーカ。ばしっと仲直りしてこい)
……う、うむ。のう、父上……?
どうした? ユーカレア。
さっき、ユーカ……父上のこと、ばか、って……
――いや。ユーカレアも、痛かったろう。
……あんなの、ぜんぜん平気じゃ。
……ユーカのこと……嫌いにならないでほしい……
母上がいなくなって……父上にも嫌われたら……ユーカは……さびしい。
ふふ、兄上? ちゃんと仲直りしておかないと、また気になって眠れなくなってしまうよ?
――
……父上? やっぱり、まだ怒って――
――
…………ちち、うえ?
な、な……ロレンツ様!?
息を、してない――医師を!!! 早くッ!!!!
は、はい――!!
父上! 父上ぇぇっ!!!
――だめだ、ユーカ。下手に動かしては……
はなせ! はなせぇ!! うわぁあああああ……!!
なんだよ……これは……!
…………
えらいことに――なってもうたね。
悲鳴と怒号があふれる中――
その<人物>は、心の内で――
――ひそかに、笑った――