【黒ウィズ】モミジと「あなた」の低空飛行 Story
2015/05/30
story
「あなた」が窓の外を見ると、外はすっかり暗くなり、色濃い夜の気配がしています。
時計は深夜を指していて、いつもならそろそろ眠くなってくる頃。
でも、今日は見事な星空です。ふと、「あなた」は散歩にでも出ようかな、と思いました。
色々と準備を終え、外へ出ようかと玄関へ向かうと……
ただいまー、という聞き慣れた声とともに、玄関の扉が開きました。
「……おや、どこかお出かけです?」
「あなた」はその女の子におかえり、と返し――
星が綺麗だし、少し散歩に行こうかと思っていた、と伝えました。
「なあんだ、お散歩だったんですかぁ。
てっきり、誰かに会いに行くのかと思って、急いで帰ってきちゃいましたよ。
ンフフフ……。」
若干病んだ微笑みを浮かべ、「あなた」に妖しい流し目を送る彼女の名前は、モミジ。
数ヶ月前に「あなた」の家に転がり込んできた、自称「巫女神さま」です。
いつもなら「あなた」の部屋でぐうたらゴロゴロな生活をしていますが……
今日は「用事がある」と出かけていき、丁度いま帰ってきたところのようです。
そんな彼女に、今日は何があったの? と「あなた」は聞きます。
「年に一度やる神様関連の馬鹿騒ぎに呼ばれたんですよぅ。夜勤はやんないって言ったのにまったく。
私も一応「巫女神」だもんで、出席義務があったりするわけでして。
まったく、こちとら最新ゲームのチェックと昼寝とあなたの監視でとっても忙しいってのに。
……あ、そういえばお散歩行くんでしたっけ。私も一緒に行きますー。
化粧落として着替えて来ますんで、ちょっとお待ちくださいね。
はー、だるいだるい。」
彼女はそう言うと、「あなた」の横をすり抜けて部屋の奥へとべたべた歩いて行きました。
数分後……。
「おまたせしましたー。
いやー、やっぱこれがしっくりきますねえ。巫女装束は堅苦しいったらないですわ。
んじや、だらだらテレテレ、お話ししながらお散歩しましょう。」
神様らしからぬ、やる気のないジャージ姿で、モミジは「あなた」の手を引きます。
見事な星空の下を、「あなた」とモミジはゆっくり歩き始めました。
***
モミジと「あなた」は星空の下並んで、ゆっくりとした足取りで歩いていきます。
時々、モミジは「あなた」の顔を覗きこんできますが、特に何か話すわけでもなく……
「あなた」と目が合う度、心底嬉しそうに、
ふふ♪
と笑うだけ。
どうやら、モミジは「あなた」と一緒に居るだけで楽しいようです。
「本当にいい夜ですねぇ。あなたに会った時のことを思い出しますよぅ。
野良の精霊に襲われてるあなたを気まぐれに助けたのが、事の始まりとはいえ……。
今となっては不思議な御縁ですよね。まさか神様の私があなたのおうちに居候なんて。
……あの、今更聞くのもアレなんですけど、ご迷惑だったりしません?」
そんなことないよ、と「あなた」は言います。
今日は立場が逆転していましたが、いつもならモミジが「あなた」を出迎えてくれます。
はじめのうちは、暇さえあればゲームやひとりリバージを夢中で続け――
家の中を散らかして、ダラダラゴロゴロするだけの厄介者だと思っていましたが……
モミジはいわば「気まぐれな大きめの喋るネコ」のようなもので。
そう思い振り返ってみると、帰る家に誰かが居るというのは、それだけで嬉しいものでした。
その時ふと、山ぎわの陰から、月が半分だけ顔を出しているのを「あなた」は見つけます。
一般的に、月が出ているときは、その明かりで星が見えにくいのですが……
今日はちょうど月の出のタイミングだったようで、星と月がうまい形で共存していました。
星空と、山に隠れた丸い月。それを見て、「あなた」は思わず――
月が綺麗だなあ、と口にしてしまいました。
「…………。
……ん?
あの、ちょっと今のって……。
う……えっと、待って、不意打ちはズルくないですか。」
いつもの余裕のある調子はどこへやら、モミジは急にモジモジと恥ずかしがり始めました。
「あの……えっと……。」
近頃はべタベ夕に過ぎる距離感も、なぜだか今は若干遠めです。
「……い、いいい今のって……。
つまり……。」
「あなた」はハッと気づきます。「月が綺麗だ」という言葉の意味を――
どうやらモミジは、若干遠回し気味に受け取ってしまったようです。
「その……。」
モミジと「あなた」の間に、くすぐったいような、じれったい空気が満ちます。
そんな空気をぶち壊すように、野良精霊たちが「あなた」にじゃれついてきました。
***
「まったくもう、いい雰囲気が台無しじゃないですか! 野良さんたち死ぬほど邪魔です!
しっしっ、あっち行ってくださいよ次邪魔したらタダじゃおきませんよ!」
モミジが「あなた」から野良精霊を追い払うと、冷たい風が吹いてきました。
ちょっと薄着で外に出ていたモミジは、少しだけ寒そうに腕を組みます。
「はぁ……そろそろ、帰りましょうか。明日もお仕事なんですよね?」
言いながら、寂しそうに笑うモミジ。
名残惜しい気もしますが、彼女の言う通り、そろそろ帰ろうと「あなた」は思います。
そして「あなた」が歩いてきた道を振り返り、足を一歩踏みだそうとした時。
ふと、「あなた」の右腕の袖が控えめに引つ張られました。
なんだろう、と「あなた」が振り返ると……
「あなた」の右の掌に、モミジの左の掌がそっと重ねられます。
「あの……。
こ、のまま……帰ってもいいです……?」
上目遣いにそう聞いてくるモミジに、「あなた」は小さくうなずきました。
……それから、というもの。
モミジがゴロゴロと家でくつろいでいる時……
ふと目が合うと……。
「っ……。」
なんだか二人の間に、甘ったるい空気が流れるようになってしまいました。
とはいえ、「あなた」とモミジは、今までもこれからも――。
きっと仲良く、テンション低めの楽しい生活を続けていくことでしょう。
いつか再び、モミジのお話ができるその日まで……
どうぞ、「あなた」の嫁を大事にしてあげてくださいね。
それでは、また。
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