【黒ウィズ】ハヅキ編(ザ・ゴールデン2017)Story
与話情浮世悲恋 Story
2017/04/28
目次
主な登場人物
story1
ここは「和ノ国」のとある剣術道場――
うららかな春の日差しが縁側に差し込んでいた。その陽気のもと、居眠りをする少女がひとり……。
「Zzz……。」
整った顔立ちとしなやかな肢体。
だが、横に積まれた数多の刀が全て彼女の愛刀だと知れば、余人は度肝を抜かれるだろう。
彼女の名前は、ハヅキ・ユメガタリ。さすらいの剣客である。
「…………」
そして、寝入るハヅキを見下ろす少女がひとり。
屋敷の主人にして、剣術道場の師範。ツバキ・リンドウである。
ふたりの出会いはハヅキが、道場に殴り込んできたことから始まる。
一晩切り綸んでも決着がつかず、互いに力量を認め合った。
以降、ハヅキはツバキの道場に居ついている。
(よだれ垂れてるし、また目が半開き。かわいくないです)
剣を抜けば比類なき腕でありながら、今のハヅキは隙だらけだ。
「ハヅキ、もうお昼を過ぎましたよ。いつまで寝てるんですか?
「ふぁあ……もう昼か……アタシの昼飯は?
「まったくもう……起こしても起きないから、もう片付けちゃいましたよ。
「茶漬けでいいから、テキトーに作ってくれよ。
「はいはい……。
二人の同居生活は、大過なく続いていた。
もっぱらツバキがハヅキの面倒を見るような形だが、生来、面倒見のいいツバキには苦にならない。
「いいねえ、冷や飯に茶漬け!なにがいいって、金がかからないのがいいな!
茶漬けをかきこむハヅキを見て、ツバキは眉根を寄せた。
「言っておきますけど、タダじゃありませんからね。ここに住むのはいいけど、きちんと生活費、払ってください。
「わかってるって!アタシが博打で大勝ちしたら、まとめて払ってやるさ。
陽気に笑うハヅキを見て、ツバキも苦笑を浮かべる。
自分の思うがまま突き進むハヅキの生き方は、家に縛られてきたツバキにとって眩しかった。
ひょっこり現れて、気づけばいなくなるような危うさもあるが、だからこそ放っておけず面倒を見てしまう。
「それで、最近夜遅くまでなにしてるの?」
ハヅキは空の茶碗に箸を伸ばした。言いにくいことを聞かれた時、ハヅキは途端に歯切れが悪くなる。
「ハヅキ、夜になにをしてるのですか?
「……辻斬りの噂があるだろ?そいつを捜してんのさ。
やっぱりな、と思った。ツバキも、その噂を知っている。
「確か、道場関係者ばかり狙われてるんですよね?
都にはいくつか剣術道場がある。その関係者が何人も斬り殺されているらしい。
「魔剣使いだなんて言われてるよね。
「おう、頭、首、上背までを垂直にバッサリだ。後ろから斬られたみたいだが、どうにも不思議でな。
「後ろから闇討ちでもされたのかな……。
言いつつ、違うなと思った。
「でも、その状況なら、突くよね……。
一般的に突きは二の太刀につながらないため、死太刀とも呼ばれる。
だが背後からならば、確実に相手を仕留められ、かつ反撃を受けづらい。
袈裟懸けに斬ってもいいが、背中の骨は存外硬いものだ。
それなら安全かつ確実に仕留められる突き技が1番だろう。
「それが背後からの奇襲じゃねーんだよな。斬られた奴はどいつも刀を抜いてたらしくてさ。
刀を抜く隙はあったということだ。あるいは尋常な立会いだったのかもしれない。
「それなのに背中に傷なの?途中で逃げたってこと?でも、それで兜割りだなんて……。」
頭蓋を断つ技を兜割り、あるいは梨割、唐竹などとも呼ぶ。
向かってくる相手をー刀両断することは可能だ。だが、逃げる相手の頭を両断するのは、かなり難しい。
頭蓋は硬く、刃が滑りやすいため、普通は狙わない。あえて頭蓋を両断するのなら、それ相応の技術が必要になる。
しかも、逃げる相手を、こちらも走りながら追いかけ、その上で頭董を断ち割る。
なるほど、これは確かに魔剣だ。
「その上、頭と首と上背だけバッサリだ。兜割りで叩っ斬るにしても、中途半端なところで止めないだろ?」
ハヅキの言うとおりだ。
大地を断ち斬るつもりで斬るべしー―ツバキは、そう教えられた。
兜割りを中途半端なところで止める方が、むしろ難しいと言えるし、その必要性もない。
「まるで空飛ぶ奴に斬られたような傷だ。最近じゃあ、辻斬りは人間じゃね一とさえ言われてるぜ。」
屈託のない子供のような笑顔だ。こういうところが、危ういなとツバキは思う。
「言っとくけど、辻斬りはお前にやらねえぞ。ありゃあ、アタシの獲物だ。」
「やめなさいよ、危ないんだし。」
「そいつぁ、できない相談だぜ、ツバキ先生。だって、お前、放っておいたら、正義感に駆られて倒しちゃうだろ?」
「そんな危ないことしません。あなたじゃないんだから。」
「どうだかね~。」
ハヅキは含み笑いを浮かべながら立ち上がる。
「どこ行くの?
「夜まで時間あるし、暇つぶし~。」
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story1-2
ハヅキは白黒ハッキリするものが好きだ。喧嘩や博打、勝ち負けのわかりやすいものがいい。
だが、時間がかかるのはダメだ。勝敗がわかるのが、次の日となれば、勝負したことを忘れてしまう。
その勝負が刹那の応酬であればあるほど、面白い。そう思う。
「ぬっが一! 負けた、負けた!!ここまで綺麗に負けちまえぱ、逆に気分がいいってもんよ!
強がりだった。だが鉄火場で愚図つくのは、イキではない。
「金なら貸すぜ。
「返すアテのねえ借金こさえるほど、バカじゃねーよ。
負けた時は気持ち良く負けて帰る。それが博打の楽しみ方だとハヅキは思っていた。
少なからずの美学がなければ、遊びにもハリがなくなるというものだ。
とはいえ、帰路につく足取りは重い。
「はあ……。
鉄火場では見栄を切ったが、実際に懐事情は寂しかった。
(金がねえと夜風まで冷たくなりやがる……)
また口入屋で仕事を探さなければ、ツバキに生活費を払えない。
すでに数ヶ月分ほどツケてもらっている状況だ。いい加減、追い出されても文句は言えなかった。
「月明かり ふところ涼しや おけらかな……」
ワカを一首読んだ瞬間、ジャリと砂を食むような足音が聞こえた。
「あの~……。」
ハヅキは刀の柄に手を添えながら振り返る。
「おいおい、夜中に背後から近づくなよ。下手したら、斬っちまうところだぞ。
鉄火場で見かけた男だ。どこぞで長屋をやっていると言っていた。
「さすがは剣豪さんですな。いえ、あなたの強さは噂に聞いています。
「へぇ、ふ~ん。噂ねぇ。そう言われると、悪い気はしないな。
「私はヘイジロウと申します。
実は、折り入って頼みたいことがございます。そこらの小料理屋で話でもどうでしようか?
「剣の腕を褒められたら、断れね一な。いいぜ、話ってのを聞いてやる。
ヘイジロウはハヅキを連れて、小料理屋へと入った。
「いやぁ、うまい飯ってのはいいな。それだけで気分が良くなってくらぁ。
運ばれてきた料理を食べながら、ハヅキは笑う。
「で、アンタの話ってーのはなんだい?
「実は、私は長屋を営んでおります。
「賭場に来るってこたぁ、ずいぶん儲かってるみたいだな。
「おかけさまで。ただ、―軒だけ困った家がございましてね。
「店賃払わねえのを、懲らしめればいいのかい?
「いえ、その家は誰も借り手がつかないんですよ。というのも、出るんです。
「カエルがか?
「カエルなんて、出ても困りませんよ。出るって言えば、幽霊ですよ、幽霊。
そのせいで、借り手がつかないどころか、他の店子も引っ越すなんて言い出して、困ってるんですよ。
そこで先生の剣の腕で、幽霊を退治していただければと……。
「アタシは幽霊なんて斬ったことないぞ。それに、その手の面倒は専門の連中がいるだろ?
「アマノ家みたいなところは、その……けっこうかかるんですよね。
夕飯をおごるだけで済むなら、確かに安あがりだろう。
断ろうにも、すでに食べ物は腹のなか。その上、締めのあんみつにも手をつけている。
「剣の腕を見込まれて頼まれたってんなら、断るのも野暮天ってもんだ。
あんみつをかきこんで、立ち上がる。
「アタシが、その幽霊ってもん、叩っ斬ってやるよ。で、その長屋ってのはどこだい?
「い、今から行くんですか?
「善は急げって言うだろ?それに、明日になりゃあ、アタシはこの話を忘れちまってるよ。
ヘイジロウは慌てて場所を説明した。だが、ついてくる気はないらしい。
(大の男が幽霊ごときに情けねえ……)
内心で呆れながらも、―人で目的の長屋へと向かう。
賭場のあった通りは暗かったが、繁華街まで出ると灯りによって視界が開けた。
まだまだ宵の口ということもあり、通りは賑やかで、人波も途切れない。
そんななか、幽霊退治に行くのかと思うと、暗澹(あんたん)たる気分になってくる。
「ああああああっ!!」
駆けてくる気配に、ハヅキは振り返った。
「ハヅキさんじやないですか!?」
体当たりするように抱きつかれた。
ミオ・ツヅラオリである。以前、チンピラにカラまれていたところをハヅキが助けた。
それ以来、こうして懐かれている。
「こんなところで、どうしたんですか?
「そういうミオこそ、こんなところでなにしてんだ?
「こんなところもなにも、魔学舎って、すぐそこですよ?
ミオが通っている学校のことだ。
「調べ物をしてたら、こんな時間になっちゃって……でも、ハヅキさんがー緒なら夜道も怖くないですね!
あれ? でも、ハヅキさんこそ、この辺りに用事とかなさそうですよね?」
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story1-3
「ここが、幽霊長屋ですか……?誰も、いませんね。
間取りは六畳程度だろう。………一人で暮らすには充分な広さだ。
ハヅキは部屋にある押入れを開けたり、あたりを調べはじめる。だが、それらしいものは見当たらない。
「本当に幽霊なんているんでしようか……。
ふとミオがハヅキの肩をつかんだ。
「おい、ミオ、引っ張るなよ……。」
「え?引っ張ってないですよ……?」
「え?」
「…………。」
振り返れば、頭から血を流す男が目の前にいた。
ハヅキは抜き付けに一閃、奔らせる。
「…………。」
手応えはない。
「きゃあああああああああ!!はふぅ……。」
ミオが倒れた。ハヅキは倒れたミオを背にするように、位置を取った。
「肉を斬ろうにも骨を断とうにも、体がなけりゃあ、どうにもなんねーな。
それはそれで、面白いと思った。幽霊と立ち合うなど、そう簡単にできることではない。
「…………。」
幽霊がハヅキの間合いに入る。
一条の光が暗闇にきらめく。横―閃。胴薙ぎの一撃一一
「なっ!」
男はハヅキの斬撃などものともせずに、目の前に立つ。
瞬間、悪寒とともにハヅキの意識は闇に落ちた。
***
「はつ!
…………。
幽霊……そう! 幽霊ですよ!」
「ハヅキさんハヅキさん!幽霊、大丈夫だったんですか!?
「…………。
「そ、そんなに見つめられると照れてしまいます……。
申し訳ございません。俺はセイジと申します。
「はい?
このハヅキさんという方に取り憑いてしまいました。
「えっと、今、喋つてるのは、幽霊さん?
はい。以前、この家に住んでいたセイジ・キシベと申します。
「きゃあああああああああ!!はふぅ……。」
「はっ!
はあ、びっくりしました~。まさか、ハヅキさんが幽霊に取り憑かれるなんて……夢でよかったです。
「取り憑いてますが……。
「きゃあああああああああ!!はふぅ……。」
「いや、いい加減にしてくださいよ!何回、気を失えば気がすむんですか!!」
「はっ!
いいですか! 気を失わないで、俺の話を聞いてください!!
「……幽霊、怖い。
「あなたには、なにもしてないでしょう!俺は話を聞いて欲しいだけなんですよ!!
(あれ? どうして私か、こんな勢いで怒られながら、幽霊と話をしないといけないんだろう?)
「実は、俺は辻斬りに斬られてしまったんです。
(勝手に身の上話をし始めました。幽霊って、皆さん、勝手に恨んで崇って、自己中心的ですよねー)
「俺には駆け落ちの約束をした子がいたんです。ですが、俺が死んでしまい、待ち合わせ場所には行けませんでした。
(幽霊の倒し方……塩……塩ですかね。あ! カバンの中に塩キャラメルがあります!
「既に死んでしまった身の上、今さら彼女とは―緒になれません。ですが、彼女の事を思うと死んでも死に切れません。
せめてー目だけでも彼女に会いたくて、このハヅキさんの体を借りた次第です。
「塩キャラメル!
「痛っ!いきなり、なにぶつけてるんですか!?
「塩キャラメル!普通のキャラメル!飴玉!! 塩キャラメル!! 悪霊退散!!
「え? 塩……?ぎゃあああああ!これ、塩! ぎゃあああああ!!
「ハヅキさん、大丈夫ですか!?
「ぐつ……助かったぜ……。で、塩きゃらめるってなに?
「しょっぱいキャラメルです。魔学舎には異国からの留学生もいて、その子の実家の名産品だそうです。
さすが塩が効いてるだけあって、塩キャラメルにも除霊の力があるんですね。
「除霊ねえ……。
「まさか、塩キャラメルで祓われかけるとは思いませんでした。異国の文化つて怖いですね。
セイジはふよふよと浮いている。だが、どうやらミオには見えていないらしい。
「でも、よかったですね。もし、幽霊が祓えなかったら、ハヅキさん死んでたかもしれません。
「え?そうなの?
「はい、取り憑かれると、活力を奪われるんです。
一人分の活力で二人分消費する感じですね。放っておくと、割とすぐ死んしゃうって聞きます。
ハヅキはチラリとセイジを見た。セイジは申し訳なさそうに頭を下げている。
ハヅキは抜刀、一閃。セイジを横薙ぎに薙いだ。
「ぬっがー!どうして斬れね一んだよ!
「は、ハヅキさん、どうしたんですか!?!
「なんか、すいません……。
「ハヅキさん、大丈夫ですか?
ハヅキは刀を納め、セイジをにらむ。
「必ずぶった斬ってやっからな!!
「き、斬られてもいいんですけど、その、会いたい子かおりまして……。
ハヅキも取り憑かれながら話は聞いていた。
不欄だとは思う。思うが、それ以上に幽霊が斬れなかったという事実に納得がいかない。
「……その娘に会えば、アタシにおとなしく斬られるってんだな?」
「ど、努力はします……。」
「わかった。その娘んところ、行くぞ。」
言うやいなや、ハヅキは長屋を飛び出した。
「ハヅキさん!なにがあったんですか、ハヅキさん!!」
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