【黒ウィズ】アヤツグ編(謹賀新年2019)Story
アヤツグ編(謹賀新年2019)
目次
登場人物
story1 どらまちっくな出会い
「いやー勝った勝った。これで豪勢な正月を迎えられるってもんよ。
大みそか。アヤツグは勝った。
「花札最高。花札がこの世で一番面白えわ。
こりゃあ必中の神、マトイ様様だな。
必中の神のご利益に対し、そもそもアヤツグは半信半疑だった。
祈願せずとも当たるときは怖いほど当たるし、今日こそはと念入りに祈ったのにおけらになった日も少なくない。
ましてや今日の勝負は丁半や富くじといったわかりやすく〝当てる〟ものではなく、花札。
(神頼みなしの実力勝負でいってみるか――)
そう思いながらも結局お参りに行つたのは、大した実力がないからである。
祈り倒してから社を後にすると、反物屋→ツケ→質屋の流れで資金を拵え、いざ鉄火場へ。
その結果――おぞましいほどに終始手が冴え渡り、見事大勝ちで終わったというわけだ。
「あー花札最高。花札は神。
あとマトイも最高。マトイは神。
そりゃ神様は神でしょ。馬鹿なこと言ってないでしっかりお礼しなさい。
無教養かつ気分屋らしい適当な柏手を打つ。目を閉じて、マトイヘ感謝し、再び目を開けると――
イヨリがいるはずの隣には、銃を持った女が立っていた。
「うおっ……!
「うっかりタヌキの尻尾を踏んづけてしまった……なんだこれは。
「あんた、そのいで立ち……ひょっとして必中の神マトイか!?
なぜ人間が私の姿を……はっ!タヌキか!さっきのタヌキの祟りか!
すまん、タヌキ!悪気はなかったんだ!
「崇りじゃないわ。神様があたしの尻尾を踏むと、憑依と変化が起こるの。人間とやりとりができるようになるってわけ。
「メスタヌキのイヨリって名前に覚えはねえか?
「おお、聞いたことがある。下界であやかし絡みの問題が起きたらメスタヌキに相談しろと。
とするとお前が〈気分屋〉のアヤツグか。私の社に何の用だ。確か今朝も来なかったか?
「お、そうだった。必中の加護のおかげで、博打に勝ってなあ。
マトイのおかげでいい正月を迎えられる。その礼を言いに来たんだった。ありがとな!
「神様が偶然あたしの尻尾を踏んだおかげで、面と向かってお礼を言えたわね。じゃあ、憑依と変化を解くわよ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
マトイが切迫した声音で叫ぶ。
「尻尾を踏んだこの偶然が、私の恋を後押ししているのかもしれない。
胸に手をあて呟くマトイは、すごく話を聞いてほしそうな横顔をしていた。
「というわけで、私の社に願掛けに来た人間が、昔深く愛しかけた男に似ていたのだ。
「昔深く愛しかけた男って……深く愛したわけじゃねえのか?
「深く愛したわけじゃない。深く愛しかけただけだ。
「深いんだか浅いんだかピンとこないわよ!
昔深く愛しかけた男にそっくりな男。しかし神と人間。恋愛成就どころか、声をかけることもできない。
このときめきはすっぱり切り捨て、忘れよう。そう思っていた矢先、イヨリの尻尾を踏んづけてしまい、憑依したのだという。
「耳が瓜二つでな……。
「耳に面影見つけるとかそこそこ深い闇抱えてんな。
「いやいや運命っぽい感じですよ!神様の恋バナなんて、ドキドキしちゃいますね!
「お前たちの恋バナも聞かせろ!女学生なら、惚れた腫れたの毎日だろう!
年頃の男女が集う魔学舎に通うコノハとミオである。浮いた話のひとつやふたつもありそうだが――
「すいません、特にないです……。
「では私の恋に話を戻すとだな。上界の女子と、下界の男子。本来結ばれるはずもないふたり。
それが、何の因果か、メスタヌキに憑依して人と言葉を交わせるようになった。ちゃんす到来というやつだ。
相手の男を思い浮かべているのか、マトイはうっとりしている。
「だったらこんなところでうだうだ喋ってねえで、さっさと男んとこ行って気持ち伝えろよ。
「なんだその言い方は。でりかしーがない男子は引っ込んでろ!。
「そーだそーだ!ガサツなアヤツグさんは引っ込んでろー!
「わかったわかった。引っ込んどくわ。
「そう簡単に引っ込むな!
「どっちだよ。
「女子の恋バナだぞ!?男子たるもの、気になるのが筋であろう!
「でも、せっかくのちゃんすなのですから、アヤツグさんの言う通り、早く会いに行ったほうがいいのでは?
「いや、そうは言っても、この恋は難しい。もしも結ばれたとしても、ふたりきりでは触れ合うこともできん。
「なるほど。イヨリに憑依しないといけねえからな。メスタヌキ越しの愛ってわけか。
「そう、メスタヌキ越し。私の恋は茨の道というわけだ。
アヤツグはマトイの心中を思い描く。すると、カッと目頭が熱くなり、胸の締め付けられる想いがした。
「わざわざメスタヌキを介さなきゃ言葉も交わせないなんてよ……切ねえ話もあったもんだなあ、おい。
「なんかもうメスタヌキが悲惨みたいな感じになってるじゃない!あたし生きてく自信なくすわ!
「すまない。配慮を欠いてしまった。しかし、周りが見えなくなってしまうほどに私の恋は燃えているのだ!
story2 メスタヌキ越しの愛
「とはいえ相手は下界の男子。好みも神とは違ってくるだろう。おしゃれをしようにも方向性がわからん。
「あー、少なくとも、そういう「戦じゃー!撃てえい!」みてえなふぁっしょんじゃねえな。
「うーん。でーとに甲冑は、がーどが固すぎる印象ですねー。
「がーどが固い……。もっと攻撃に振ったほうがいいということか?
「いや攻撃は足りてる。足りてるっつうかいらねえ。
「女学生のあどばいすを聞きたい。女学生は流行の最先端を駆け抜けるのだろう?
「そういうのは放課後に団子屋の給仕やってる女学生に聞かねえとなあ。
手がみそくせえこいつらに聞いても意味ねえぞ。
「失礼な!もうにおい落ちましたよ!
「あまり詳しくないのですが……。今は舶来の要素を取り入れた、はいからなふぁっしょんが流行ってます……。
「はいからに詳しいツバキさんがいたら心強いんですけどねー。
「あ……はいからに詳しい方……います。呼びますか?
コノハは護符とは違う1枚の紙片を取り出した。
「トミの名刺ではないか!どうやって手に入れた!?
「ふつうにもらいました。
「あいつ、ジョゼフィーヌ名義の名刺はばら撒いているが、本名の名刺は滅多なことでは渡さないんだ。れあものだぞ。
「つうかコノハもなかなか肝据わってんな。鍋やるから友達呼ぶみたいな軽さで神様呼ぼうとしやがって。
「でも、トミは駄目だ。恋愛の相談をしても効率がどうとか言い出す。ろまんを理解しない。
「そもそもおトミはあんまりはいからに詳しくねえしな。れもねゑども知らなかったし。
マトイ、何かはいからな服は持ってねえのか?
「あるにはあるが……ちょっと待ってろ。
マトイは奥の間に引っ込む。それから待つことしばし――
「はいからな服はこれしかないが……どうだ?
「わ!素敵です素敵です!
「すごく……かっこいいと思います……!
「えれえ男前だ。俺が女だったら惚れてらあ。
反応が気に入らなかったのか、マトイは襖の向こうに引っ込み、元の格好に着替えてしまった。
「駄目だ駄目だ。もっと女子っぽいふぁっしょんでないと……。
しかし、ううむ、さっきの服以外は全部戦系だ。
「持ってる服偏りすぎでしょ。
「女子らしいふぁっしょん……。おっ、ちょうどいいのがいるじゃねえか!
ユウギリ。悠久御殿の頂。それ即ち女子の頂である。
「んふふ、マトイさんの着付けとお化粧、終わりんした。とびっきりの美人をお見せいたしんす。
襖の向こうから、弾む声が聞こえてくる。そして、ゆっくりと襖が開き――
「じゃーん。とびっきりの美人でありんす。
ユウギリが出てきた。
「お前じゃねえよ。マトイを出せ。
「えー……。大みそかにいきなり着付けやれとか言われて、ちょっとふざけたらこの言われよう。
マジむかつくわ。帰れ。
「いやいや冗談だって。
「んふふ、わっちも冗談。キレ芸というやつでありんす。
「お、おう……さすが芸者の頂点、艶娘。キレ芸も超一流だ。
「では改めて。とびっきりの美人をお見せいたしんす。
その後、マトイが出てくると見せかけてユウギリが出てくるくだりが3回繰り返された。
愛想笑いを浮かべてそれに耐え、ついに――艶やかな装いのマトイが姿を見せた。
「ど、どうだろうか。
「めちゃくちゃいい!
実際、めちゃくちゃよかった。
これでもう充分な気もするが、念には念をってやつだ。〝どらまちっくな出会い〟を演出してやらあ。
***
コノハとミオはあんぱんをかじりながら、マトイが昔深く愛しかけた男に似た男を尾行していた。
くだんの男、名はアツシという。その特徴をひと言で言えば、耳であった。
「同じ長屋に住む大工さんによると……。アツシさんの遠い祖先に、あやかしがいたみたいで。
その影響で変わった耳が生えてるけど、うっすらとしか血を引いてないから神様は見えないんだって。
「おしいなー。こってり血を引いてればマトイさんのこと見えたのに。
そのあやかしの血って、もう少し濃い目にできないのかな?
「そんなお鍋の出汁みたいに……。
「そうそう、私は聞き込みで性格を調べたけど、真面目な好青年なんだって。サクトさんみたいな感じかな?
「サクトさんみたいに真面目な人だったら……〝どらまちっく作戦〟はうまくいきそう。
そんな話をしているうちに、アヤツグとマトイが待機している辻に差し掛かった。
〝どらまちっく作戦〟〈気分屋〉とマトイの辻芝居が、ここに幕を開ける。
「おうおうねーちゃん、ここいらじゃ見ねえ顔だな。えれえべっぴんじゃねえか。
アヤツグがめかしこんだマトイを舐め回すように見る。
ちょっと付き合えや。へへ、悪いようにはしねえからよ。
物陰からアヤツグの演技を見て、コノハとミオは若干引いた。
「アヤツグさんのチンピラ役……上手。これ……昔やってたのかも。
「いや、最近どころか……。私たちが魔学舎に行ってる間に、アヤツグさんはチンピラ行為を働いてるのかも!
だから町の人から嫌われてるのかな。この前も――
アヤツグ、殺す。漆喰で塗り固めて殺す。
……そう伝えろって左官屋さんに言われて。
「やっぱり昼間はチンピラなんだ。ツケだけじゃそこまで恨まれないよ。
「私もかなりツケたまってるけど、殺すとか言われないもん。
コノハがミオにも引いている間にも、アヤツグ迫真の芝居が続く。
「なあ、俺とお茶しようぜ。この先にうまい梅昆布茶屋があるんだよ。
「いえ、私はそんな……。
「見れば見るほど上玉だなあ。よっしゃ決めた。
俺の女にしてやるよ。
アヤツグが強引にマトイの腕を引く。
「嫌です、やめてください!
「嫌よ嫌よも好きのうちってやつか?こりゃあいい正月になりそうだぜ!
「うわ……。コノハちゃん、来年からどこで働く?
「あれは演技だから……たぶん。ほら、私たちもお芝居しないと。
物陰から出たコノハは腹に力を入れて、精一杯声を張る。
「わ、わー……あいつは、チンピラ、アヤツグだ。ま、町の娘に、ちょっかいを、だす、ろくでなしだよー。
思っていた以上にセリフがうまく出てこない。演技は難しい。
そう考えるとやはりアヤツグは昔、芝居かチンピラのどちらかをやっていたのかもしれない。
「でも!そんなに強くはないらしいよ!女子じゃさすがに無理だけど!一般的な男子なら!楽勝で倒せちゃうらしい!
「へ、へえ、そうなんだ。そんなふうに、助けてくれる男子が、いたら、あのお姉さんも、きっと、惚れちゃうねー。
「あのお姉さん!アヤツグとは付き合いたくないだろうね!白くてぴんとした耳の人が好きらしいから!
ひどい芝居になってしまったが、気になることは気になるのだろう、アツシの白い耳がぴくぴく動いていた。
そして、アツシは恐る恐るといった足取りでアヤツグとマトイに近づく。
「お、おい貴様!や、やめないか!
「なんだてめえコラ!こいつぁ俺の女だぞ!
すごまれたアツシは一歩退いてしまう。
それを見たアヤツグは口元を押さえ、うめいた。
「うっ、こんなときに二日酔いの吐き気が……。こんなクソザコ状態だと一般的な男子には確実に負けちまう……!
「や、やるしかない!うおおおおおお!
アツシは刀の柄頭でアヤツグの顔を殴った。
「ぐああああああああやられたあああああ!
「ああっ、なんて勇敢なお方!助かりました!
「くっそお!どうやら女は諦めるしかねえようだな!
美人なだけじゃなくてさっきもお年寄りに優しくしてたし草木を愛でる豊かな心も持ってる完璧な女だけども!
いい男といい女、お似合いだぜこんちくしょう!末永くお幸せにぃいい!
逃げ出すアヤツグの後ろ姿を見て、なんて情けないのだろうとコノハは思った。
そして、他人の恋路のためにここまで情けなくなれるその心意気、なんて立派なのだろうとも思った。
story3 仕事納めと初笑い
小芝居などいらぬとマトイは思っていたが、先ほどの〝どらまちっくな出会い〟のおかげで、アツシとの会話が弾んだ。
「アツシ様のお助けがなかったら、こうしてくつろぐこともできませんでした。本当に感謝いたしております。
「いやあ、自分は腕つぶしに自信があるほうではないのですが、女性をあのように扱うチンピラは同じ男として許せないので。
(いつぞやの変態狐は性根が腐っていた……
でも、アツシ様は違う私の運命の相手は、下界にいたのだ……)
「そういえばマトイさんは、必中の神マトイと同じ名前なんですね。
マトイは逡巡した。自分の正体を明かすべきか否か。
このまま人間として振る舞えば、なんだかうまくいきそうな雰囲気である。
しかし、神だと知られたら、果たして――
〈気分屋〉の3人は庶民派総合娯楽施設〈花咲〈都の梅昆布茶御殿〉の前で張り込みをしていた。
寒空の下、それも大みそか。どうしてこんなことをやっているのだろう。……などとは一切思わなかった。
気分が乗りに乗っているからである。今はマトイの恋愛成就以外に興昧なしといったところだ。
「とはいえ冷えてきたなあ。よし、じゃんけんだ!負けたやつが年越しそば買いにいく。
「私、エビ天7本乗せたいです!
「私はかまぼこを多めに……あっ!マトイさんとアツシさんが出てきました。
仲睦まじい雰囲気かと思いきや、マトイは決然とした表情をしていた。
「アツシ様……実は私、必中の神マトイなのです!
そう力強く告げると、着飾ったマトイの身体が光に包まれ、甲冑を身にまとった姿に戻った。
「マトイさんが……必中の神!?
「ふつつかな女神ですが……あなた様のおそばにおいてください……!
アツシはひどく驚いているようでしばらく固まっていたが、やがて柔和な笑みを浮かべた。
「まさか女神様が自分を好いてくれるなんて。まだうまく飲み込めないけど、うれしいです。
「うおおおおおおおおおおお!
アヤツグたちが声を押し殺しながら歓喜した――その時だった。
「うごおおおおおおおおおお!
「なんだ今の音。ミオの口ほら貝か?
「違いますよ。私のほうが士気が上がる音ですもん。
「音の正体は……あっちです!
コノハが指さした先、そこにいたのは――
「あれは……大みそかだけに現れると言われる、ざ・ぐれーとふぁいなる大みそなめじゃねえか!
ざ・ぐれーとふぁいなる大みそなめだった。
「みそなめ要素が見当たりません……。
「俺様は、ざ・ぐれーとふあいなる大みそなめ!
「でも本人が名乗っているので、間違いなさそうです!
「みそもなめるが、人の生き血も畷るぞ!
「もう名前変えなさいよ!
黙っていられなかったのか、マトイが憑依しているイヨリが叫んだ。
一同が慌てふため<中、一番騒いでいたのは――
「ひいいいいいいい化物だああああああ!
誰であろうアツシだった。
「おい女ァ!俺を守れよォ!お前神だろォ!?
恥も外聞もなく、アツシはマトイを盾にした
マトイは膝から崩れ落ちる。恋心が砕け散る音が、アヤツグにも聞こえた。
「こんなところで倒れてたら危ねえぞ!マトイ、逃げろ!
「さっきのチンピラじゃねえか!お前みたいな奴生きてる価値ねえよなァ!?人柱になりやがれゴミ屑野郎が!
「こいつ臆病なくせにめっちゃ口悪いな。
「どっか行ってください……!
コノハが十手を投擲するふりをすると、アツシは倒けつ転びつ逃げていった。
「さあて。大みそかの大仕事、大みそなめ退治といこうじゃねえか。
目明し〈気分屋〉、仕事納めだ!
「ほら貝ぶおおおおおおお!戦じゃああああ!
ミオの口ほら貝が響き渡る中、まず先陣を切ったのは、コノハだった。先手必勝とばかりに素早く十手を投げ放つ。
「符術……天の災禍!
正確に足元を狙った投擲。しかし大みそなめは空高く舞い上がってそれをかわした。
「超鬼道術式……ハナサンゴ!乱れ咲き!
大みそなめが舞った中空に裂け目が出現、激しい勢いで海水が溢れるが――
「ふんっ!
華麗に身体を捻ってこれもまたかわしてみせる。
「大みそかに仕事増やすんじゃねえええええええ!
アヤツグが放った怒りの弾丸が、着地した瞬間の大みそなめを襲う。
着弾寸前――大みそなめは横っ飛びで回避した。
「こいつ……見た目とは裏腹にすぴーどたいぷだ!
何か策はないかと考えを巡らせているうちにも、大みそなめは見せつけるかのように民家から強奪したみそを舐めている。
このままでは町中のみそが舐め尽くされ、人の生き血も吸い尽くされてしまう――
「私が加勢しよう。
凛とした目のマトイが、アヤツグの隣に立っていた。
「もう失恋の傷は癒えたのか?
「癒えるわけないだろう、馬鹿者。私の恋は実を結ばなかったが、お前から恩を受けたことには変わりない。
少し恩を返させてもらおう。受け取れ!必中の加護だ!
全身に力がみなぎり、アヤツグは神の力を思い知る。
そして花札でバカ勝ちしたのは加護によるものでなく、偶然によるものだったと知る。
「……すげえな。負ける気がしねえ。
大みそかに仕事を増やされた目明しの怒り。それから、ろくでもねえ男に引っかかっちまったマトイの悲しみ。
全部まとめて食らいやがれえええええええええ!
十手銃から放たれた必中の弾丸は――
「悲しみは俺関係なくねええええええええええ!?
ざ・ぐれーとふあいなる大みそなめの胸を穿ち、正論な断末魔の叫びをもかき消した。
***
「マトイ。人生ってやつはよ、鍋なんだ。
遠くで、除夜の鐘が鳴っている。〈気分屋〉の3人はマトイを誘い、鴨鍋を囲んでいた。
「人生にはいろんなことがある。鍋にもいろんな具がある。
つまり、人生のいろんな経験みてえに、例えば白菜の芯が固えとか、つみれを掬おうとしたらぼろぼろに崩れたとか。
それでもシメのうどんのときにだな、いや、まあ、つみれをうまく掬えるに越したこたあねえけどよ……。
その、つみれのかけらが思い出、いや、思い出じゃねえな、あー、出汁の、なんだ、その…………まあそういうアレだ!
「途中で諦めてんじゃないわよ!
「シメのうどんがうめえって話だ!
「今日のシメはお蕎麦です。
「とにかくたらふく鍋を食え!ぎりぎり滑り込みの忘年会だ!
「本当に私も呼ばれていいのか?遠慮すんな。こんな夜にひとりじゃ寂しいだろ。
「コノハちゃん、マトイさんの器に肉たくさん入れてあげて!
コノハから器を受け取ったマトイは、目を閉じて鴨肉を噛みしめる。
「おいしい……。失恋したときには、しっかりした昧のものが一番だな……。
「おう、その通りよ。酒と鍋でろくでもねえことは全部忘れろ!
「ありがとう。でも、私はこの胸の痛みを忘れるつもりなどない。
マトイは胸に手をあて、大きくうなずく。
「この悲しみを受け入れて、次の一歩の糧とするのだ。
ひと際大きい鐘の音が鳴り、歓声が上がった。
「あ、年が明けたみたいです。
「悲しみよ明けましておめでとう!
マトイは吹っ切れたように肉を食らい、笑った。
「いろいろと恩を受けてしまったな。今度改めて、返しに来る。
「私はもう充分いただきました。〝悲しみよ明けましておめでとう〟……いいぽじてぃぶです。
「いや、改めて恩返しに来るぞ。そのときはついでに魔学舎に立ち寄り、学生の恋愛の実態も調査せねば。
「そっちが目当てって感じね……。
「お、そうだそうだ、いいもんがあるぞ!これを町で一番の絵師に作らせたんだ。
アヤツグが奥の間から持ってきたのは、福笑いだった。しかしただの福笑いではなく――
「おトミの福笑いだ。縁起がいいだろ?これで初笑いといこうじゃねえか!
笑いついでに運試しだ。面白えのができたら、俺たち全員いい年になる。代表して、マトイ!
心の眼で見てやってみろ!
「うむ、わかった!
……!!!
「いや何が起きたんだよ!まあ、賑やかそうだし良しとするか!
朗らかな空気が漂う中、不意にコノハが青ざめた。
「あの、これ……ト、ジョゼフィーヌさんに許可取ってない……ですよね?
「当たりめえだ。こんなふざけたもん、おトミが許すわけねえだろ。
「バレたらまずいじゃないですか!こんな罰当たりなもの、早く処分しましょう!
「あ、後ろ。トミ。
「……えっ!?おト――
アヤツグは後頭部に天罰的な衝撃を受け、意識を失った。
意識を取り戻して最初に食べたのは、七草粥である。
アヤツグの正月は完全無欠の寝正月で終わった。
八百万 | |
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