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【黒ウィズ】黄昏メアレス4 Story3

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最終更新者:にゃん

目次


Story11 〈ミスティックメア〉

Story12 過去を超えて

Story13 館

Story14 暴論と極論

Story15 列叫fearless




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story



 風が、冷たい空気を運んでくる。

太陽が隠され、気温が下がったから――というだけでは説明のつかない冷たさだ。

まるで、うっすらと微笑む悪魔に、優しく背中を撫でられているようだと、君は思わずにはいられなかった。

なぜ、おまえが生きている。

 リフィルの声が、突き刺すように静けさを破る。

目の前の少女を睨みつける瞳は、疑念と怒り、そして強い警戒の色を帯びていた。

対して少女――〈ミスティックメア〉は、すべてを面白がるような密やかな笑みのまま、ちらりと君に目線を送る。

あの時――異界の魔法使いというイレギュラーの存在を知った時点で、逃げることを優先していたのよ。

もう少し判断が遅かったら、消滅は免れえなかったでしょうけど。

それに結局、魔力の大半を失ってしまったわ。長い時間をかけて、やっとここまで力を取り戻したのよ。

……状況は把握しているようだな。

当然よ。私はネブロと通じていたのだから。彼がこの都市に伸ばした〈秘儀糸〉を介してね。

すべては、ディルクルムを倒すために。

…………。

信じられない?

おまえがディルクルムを倒そうとする理由は――

もちろん、門を通ることなく、私を……〝魔道再興の夢〟を叶えるためよ。

世界から魔法が失われたのは、ディルクルムが〝願いの融け合う森〟を作り、〈夢の蝶〉の帰還を阻んだから。

なら、ディルクルムを倒し、あの森を消し去れば――世界に魔法が復活し、魔道再興の夢が成る。

〈ロストメア〉が生まれることもなくなるわ。

 確かに、そうかもしれない。

あの森がなくなれば――〈絡園〉に辿り着き、魔力を得て〈夢の蝶〉となった人々の夢や願いは、歪むことも遮られることもなく現実に帰る。

人形に頼らなくても魔法が使えるようになり、〈夢の蝶〉が歪んで〈ロストメア〉になることもなくなる。

今の私には、あなたたちと敵対する理由がない。むしろ、協力し合える立場にあるわ。

どうかしら。こっちに都合のいいことを言っておいて、こっそり門を通ろうってつもりじゃないの?

 厳しさを添えたルリアゲハの言葉に、〈ミスティックメア〉は優雅に肩をすくめた。

〝夜の領域〟を解かない限り、門に黄昏の力は宿らない。通りたくても通りようがないわ。

それに、今の魔力で叶ってもね。言ったはずよ。叶える夢は大きくないと――って。

 君たちは、そろって沈黙した。

彼女の言いたいことはわかる。理屈の上では、戦う理由がないことも。

だが――それでも信用できる相手ではなかった。彼女が以前したことを考えれば――

信じられないという気持ちはわかるわ。だから手土産に、その子の呪縛を解いてあげたのよ。

 〈夢〉の瞳が、コピシュを映す。コピシュは硬い表情で沈黙を守り続けていた。

最も〈ミスティックメア〉を信じられないのは、ゼラードを殺されかけた彼女のはずだ。

言いたいことは数あれど――実際に助けられてしまったがゆえに、〈夢〉の言葉を切り捨てあぐねているのだろう。

それに、敵はアストルムの秘術を使うなら、同じアストルムの秘術に通じるきり〈園人〉。私と協力した方がいい――そうではなくて?

 正論ばかりを並べてくる。それを受け入れようにも感情が邪魔するのだと、わかっていてからかっているのかもしれない。

……どうするよ。

 ゼラードが、リフィルに尋ねた。

言外に――彼も思うところはあるだろうが――リフィルに判断をゆだねる、ということだろう。

リフィルは長い息を吐いてから、じっと〈ミスティツクメア〉を見据えた。

……わかったわ。協力を受け入れる。

でも、おまえに気を許すつもりはない。

ええ。いいわ。私も、そのくらい警戒されている方が気が楽よ。

お互いの利益のため――せいぜい利用し合うとしましょうか。リフィル。



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うーん……ほんとにこっちは昼なんすね。

 燦々と輝く太陽の陽射しを浴びながら、ミリィは落ち着かなげに周囲を見回す。

子供たちの足跡を追い、〝夜の領域〟を出た。外には当然、本来の時刻通り、昼の街並みが広がっていた。

……あそこだな。

 ラギトの視線は、通りの奥――ちょっとした大きさの屋敷に向いている。

数年前に破産した富豪の屋敷だ。取り壊すにも費用がかかるから、手をつけられずに残っている。

 いなくなった子供たちが向かったのは、どうやらそこらしい――と、レックとフィドーが教えてくれた。

どうします?〈園人〉が、子供たちを人質に取ってきたら――

ぶちのめすさ。

 あっさりと言って、ラギトは歩を進める。ミリィも、あわてて後についていった。

物言いこそ端的だが、考えがないはずもない。

幼い頃から裏路地で生き抜いてきた彼だ。相手が人質を取っていても対応できる。その自信があるのだろう。

ただ――

(ラギトさん、無茶するからなぁ)

 その〝対応策、の前提に、〝子供たちの安全を確保する〟ことは含まれても、〝己の身の安全を確保する〟ことは含まれない。

そういう少年だと知っているからこそ、ミリィの胸から懸念は消えきらなかった。


 ***


……まったく、どういう面子なんだ、これは。

 〈巡る幸い〉亭に戻ってきたレッジは、苛立ち混じりにつぶやいた。

〈メアレス〉御用達の定食屋――でありながら、そこに〈メアレス〉の姿はない。

代わりにいるのは――

〈ロストメア〉を2体も野放しにするなど、前代未聞だ。

野放しじゃないよー。私とおじちゃんがついてるよ。

なおさら不安だ。

 嘆息し、椅子に座る2体の悪夢に目を向ける。

〝みなを導く夢〟こと、〈ロードメア〉。〝魔道再興の夢〟こと、〈ミスティックメア〉。

かつて都市を危機に陥れた人擬態級が2体、仲良く――は見えないが――同じテーブルについている。なんとも奇妙な光景だった。

今は、協力関係にある。それは道すがら話した通りさ。

そういうことよ。初めまして――そしてどうぞよろしく、〈魔輪匠〉。

 微笑んで、〈夢〉は優雅にティーカップを持ち上げる。

さっそくだけど、例の情報を教えてもらえる?それに私の魔法と〈ロードメア〉の力を合わせれば、状況を打開する鍵になるはずよ。

 レッジは答えず、じろりとアフリトを見やった。

あんたのことだ。こいつが潜んでいたことくらい、とうにわかっていたんだろう。

だから、こうして手早く連携が取れた。泳がしておいた価値があったねえ。

この都市には信用のならん輩が多すぎる。

ホンマですわ。

ノリだけでうなずくな。何をしでかすかわからん筆頭はおまえだ。

 レッジは、ドン、と魔匠弓をテーブルに乗せた。

〈ディテクトウィール〉を取り出し、魔匠弓に装着しながら、〈ミスティックメア〉に射抜くような視線を送る。

怪しいと感じたら、即座におまえを討つ。

はいはい。それより急いだ方がいいんじゃなくて?この都市の人たちのことを思うならね。

 レッジは舌打ちし、ウィールを回転させた。



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 大部屋に、幼い泣き声が反響する。

悲しみに震え、恐怖に怯え――絶望と寂しさのなか、すすり泣く声が。

部屋の隅に集められ、泣きじゃくる孤児たちにはいずれも見覚えがあった。やはり、いつも訪れる孤児院の子供たちだ。

部屋の中央には、女。なんの感情も浮かばぬ瞳で、子供たちを見つめている。

〈園人〉コルティーナ。

 名を呼ばれ、女は顔を上げた。驚くほど白いかんばせが、ゆるりと動くさまは、白蛇が鎌首をもたげるのに似ていた。

子供たちを、返してもらうぞ。

 一歩、踏み出す。その爪先が、禍々しい魔力に覆われる。

彼自身の内から湧き上がって身を覆う、人外の鎧。

〈夢魔装(ダイトメア)〉の所以(ゆえん)たる装甲。

それを見た子供たちが、ひっ、と声を上ずらせた。

彼らは知らない。〈夢魔装〉の姿を。地獄から這い出した悪鬼のごとき外見に、ガタガタと歯を鳴らしておののいている。

ラギトさん!

行くぞ。

 戦士は、ただ戦士として、コルティーナヘと駆けた。

鉄板すらたやすくぶち抜く拳撃を、容赦なく女の顔へと叩き込む。

重い激突音が響き、衝撃が広間を震わせる。

胸に掌底の一撃を受け、砲弾のごとく吹き飛んだラギトが、壁に叩きつけられた衝撃が。

ぐ――

嘘でしょ……!?

 いったい何が起こったのか。ミリィの眼は、しっかりと捉えていた。

コルティーナの腕が伸び、ラギトの撃ち込みより先に掌底を叩き込んだ――ただそれだけだった。

Nガキは寝てな。

前とは、明らかに違うな……。

 身を起こし、ラギトは子供たちの方を見やった。

彼らは、身を寄せ合い、うつむいて、戦いから目を背けていた。小さな背中が小刻みに震えている。

泣き声――いや。

恐怖か。

 コルティーナに向き直る。

子供たちの恐怖を力に換える。それがおまえの〈オプスクルム〉の能力か。

Nそう。

 コルティーナが右手を持ち上げた。ほっそりとした指先に、凄まじい魔力が宿っている。

N〈力を以て支配する夢〉。

恐れと苦しみは、すべてあたしの力に換わる。



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せぇいっ!

おおっ!

 魔性の拳と杭打機。破格の威力を誇る一撃が、両脇からコルティーナを狙う。

コルティーナは踊るような動きで攻撃をかわし、ほとんど同時に両者へ反撃を叩き返した。

くっ――

うあっ!

 ラギトは腕で、ミリィは杭打機で防御するが、あまりの威力に大きく弾き飛ばされ、激しく床を横転した。

間近で行われる戦いへの恐怖に耐えきれなくなった子供たちの泣き声が、わんわんと広間に反響する。

呼応して、コルティーナの発する魔力が、さらに大きく膨れ上がるのを感じた。

あなたは……っ!

 全身を苛む痛みに耐えながら、ミリィは起き上がる。

この子たちを、こんなふうに利用するために集めたの!?

Nそう。平和な世界とやらを築くためにね。

人が、他人にもっと優しくなれたら、そいつらみたいな孤児だっていなくなる。そういう理屈さ。

大人たちがもっと優しかったら――そう思ったことは、何度もあるが。

 ラギトも立ち上がり、血の唾を吐き捨てた。

それならそれで、あがくだけの話だ。俺たちはそうやって生きてきた。それぞれ、いろんな夢を抱きながらな。

この子たちは、まだ夢を知らない。だが、いつか大事な夢を抱くこともあるだろう。

その〝いつか〟を潰し、押しつける夢など……美しくても、悪夢でしかない!

そうそうそうそう!そういうことです!夢って、見ろ!って言われて見るようなもんじゃないんです!

あなたたちの優しさって、なんていうか、ありがたいけどズレてんですよ!!

Nかもね。暴論というか、極論というか――そんな感じのこと言ってるな、って自覚はあるんだ、あたしも。

けど、正論で世の中が変わった試しはない。誰かがぷちあげなきゃいけないんだ。すべてを潰して塗り替える、極端すぎる暴論を。

なら、こちらも暴論で行かせてもらう。

 ラギトが前に進み出る。ミリィは、ぞくりと胸に嫌な鯨が刺さるのを感じた。

目の前に立つ少年の背中は、あまりにも覚悟に満ち過ぎていた。

〈戦小鳥〉。子供たちを頼む。ここからは、俺だけでやる。

え?ちょ、何言ってんですかラギトさん!そんなの無茶ですよ!

こういう無茶には慣れている。

 ゴ、と、激しい風が吹き荒れた。

ラギトを中心に魔力の旋風が巻き起こり、人外の装甲を変じさせていく。血のような赤と、泥めいた黒の装いに。

子供たちが息を呑み、目を見開いた。瞳に、これまで以上の恐怖が揺らぐ。

当然の理屈で、コルティーナの力が増した。だが、ラギトの発する力も、それに劣らぬものだった。

おまえが恐怖を力に換えるなら――それ以上の力で殴り倒すだけだ!

 魔力の翼が空を撃つ。

一瞬にして加速したラギトの拳が、呼応して繰り出されたコルティーナの拳と正面から激突する。

風が裂ける。空が割れる。相撃つ魔力がせめぎ合い、爆ぜるような紫電を散らす。

ふたりは互いに弾かれ合い、わずかによろめきながら構え直した。

Nなんて業を背負うんだ。

 あきれたように言いながら、コルティーナは〈オプスクルム〉の装甲を展開した。

Nガキの背負うようなもんじゃない。

そう悪いものでもないさ。

背負った分だけ、拳に重みが乗るからな!

 再び両者がぶつかり合った。先ほど以上に強い魔力が弾け、広間の空気をびりびりと叩く。

子供たちが泣く。その恐怖がコルティーナを強め、ラギトはそれ以上の力でコルティーナを撃ち叩く。

ぐうっ!

Nくぅうっ!

 互いに拳が作裂し、互いにその場で膝を突く。

だが、すぐに起き上がり、再び拳を叩きつけ合う。

確かに、どちらも〝力〟が増している。しかしそれは、お互いの受けるダメージが等しく膨れ上がっているということでもある。

もはや、どちらが勝つかという勝負ではない。最後に立っているのはどちらか。そんな戦いになっていた。

ミリィは、人外の戦いに割り込むこともできず、ぎゅっと拳を握ってつぶやいた。

慣れてるからって――やっていい無茶じゃないですよ!

 叫びは、拳の撃ち合う響きに圧されて消えた。


 ***


N(何をどうやったら、こんなガキが育つんだ)

 ぶつけ合う拳から放たれる魔力の波が、〈オプスクルム〉の肉体を通じ、魂までも震わせるようだった。

不快である。が、痛みは感じない。それは生命を持たぬ者ゆえの強みだ。

目の前の少年は違う。混じりものではあるが、まぎれもない生身の身体だ。拳を交わすたび、激しい痛みを感じているはずだ。

なのに、来る。止まることなく。不屈の精神という耳障りのいい言葉には収まらぬ、壮絶な覚悟の持ち主だ。

N(世も末だ)

 コルティーナにとっては気に食わぬことだった。


 この世で最も弱い人間とは何か?それは親の庇護を受けることなく死んでいく路地裏の孤児たちであると、彼女は考えている。

痩せ衰えた孤児の遺骸を見るたび吐き気がした。だから彼女はある富豪にパトロンとなってもらい、孤児院を設立して、自ら運営に携わった。

孤児院はすぐ、子らの明るい笑い声に満ちた――無慈悲な炎で焼き尽くされるまでは。

富豪が、孤児院と孤児たちに多額の保険金をかけていたと知ったのは、その後のことだった。

彼は、焼き尽くすためにその命を拾ったのだ。

コルティーナは、封じていた技を解き放った。殺し屋として鍛え上げられた忌まわしい過去の扉を開くことに、なんのためらいもなかった。

闇に馳せる影となった彼女は、富豪に確かな報いを与えたが、正義の警察の手にかかり、若い命を散らすこととなった。

腹が立った。それだけだった。自分の過去、今ある世界、死んでいく子供たち、優しさを置き忘れた大人――すべてに腹が立っていた。

死してなお晴れることのない魂は、やがて〈絡園〉に辿り着き、〈園人〉となる道を選んだ。

世界平和それ自体に興味があるわけではなかった。自分の抱えてきた苛立ちを晴らすには、そのくらいの荒療治がいると思っただけだった。

――泣き声が聞こえる。子供たちの泣き声。自分の〝策〟のせいで怯え、泣きじゃくっている。耳障りで、苛立たしく、胸の奥を刺す。

だからあえてこの手を選んだのでもあった。

荒療治には、暴論がつきものだ。その極みのような稼業を続けてきた彼女にとって、それはひどく当たり前の事柄だった。


 重く激しい衝突音と恐怖に震える子供たちの泣き声が混ざり合う。

そのなかにあってミリィは、必死に子供たちをなだめようとしていた。

ほら、みんな、だいじょうぶだから!ちょっと怖いカッコしてるけど、いつものラギトお兄ちゃんだから!ね?

 子供たちの恐怖がコルティーナの力になるのなら、子供たちを落ち着かせることができれば、コルティーナに勝てるはずだ。

しかし、子供たちが泣き止む気配はなかった。パニックに陥っていて、とても話が通じない。

外に誘導しようにも、みな足がすくんでいて、連れ出せる状態ではなかった。

(このままじゃ……)

 戦場に視線を戻す。

ふたりは、延々と拳を叩きつけ合っている。肥大化した威力と威力の終わりなき激突――壮絶な消耗戦と言うしかない光景だった。

悪鬼と異形の殺し合い血反吐塗れの地獄絵図。

いつもなら。ラギトとミリィが孤児院を訪れると、子供たちは「お兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」と喜んで駆け寄ってきてくれる。

だが、今のラギトの姿を見て、恐怖に震えない子供はいない。

檻に閉じ込められ、猛獣を放たれたようなものだ。その獣が自分を喰うことはない、と誰かに言われたところで、どうして信じられるだろう。

その反応を予測できないラギトではない。きっと覚悟を決めている。恐れられる覚悟も、拒絶される覚悟も。

たとえこの戦いに勝ったとして――二度と彼らの前に現れまいという覚悟さえも。


ぐぅうっ……!

 コルティーナの掌底が、ラギトを打ちすえる。

正面きって戦いながらも不意を衝く格闘法。コルティーナの技は、百戦錬磨のラギトにも読み切れず、防ぎきれぬものだった。

(まずい――)

 体勢が崩れた。次をかわせない。確実に決めに来るであろう〝本命〟の一撃を。

(なら、手はひとつしかない!)

 防御を捨てた相打ちの一手。敵の〝本命〟にこちらの〝本命〟を合わせ、互いにダメージを与えあう。

死ぬかもしれない。そう思わせる威力がある。この1発を生き延びたとしても、相手を仕留め切れなければ同じことだ。

それでもやる。己の丈夫さを信じて賭ける。

とてもスマートとは言えない、泥臭いファイト。昔から、それで自分以上の強敵を倒してきた。これが最も信頼できる勝ち方だった。

コルティーナが来る。あの謎めいた動きで。

ラギトは右拳を握り固め、最適の一瞬を待つ。


その一瞬は訪れなかった。


それよりも早く、割り込んできた影があった。

不意に飛び立ち、走る馬車に轢(ひ)かれる鳥のように。

――ミリィ!

でぁぁああぁぁぁあっ!!

 コルティーナの拳とミリィの杭打機。

そのふたつが、ほとんど密着状態に近い至近距離で、同時に詐裂した。



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 なにがなんだかわからぬままに吹き飛ばされた。

必殺の一瞬。絶妙の一手。正面きっての戦いでさえ不意を衝く殺人拳の妙技。

まさか、その動きを読み切り、割り込める者がいるなどとは。

しかも、あえての密着状態だった。拳は、伸ばしきらねば真の威力を発揮できないが、杭打機は至近でなければ威力が半減する。

コルティーナの拳は、少女が楯にした左手の杭打機を木っ端みじんに破壊し、少女自身をも激しく打擲(ちょうちゃく)して、ボールのように吹き飛ばした。

対して少女の右の杭打機は、〈オプスクルム〉の装甲を貫き、杭に秘められた魔力を解放して、コルティーナを大きく弾き飛ばしたのだった。

ミリィ!!

 ミリィは馬車に轜かれた鳥さながらに吹き飛び、広間の床を何度も横転して、子供たちの前で止まった。

ラギトはすべてを忘れて彼女に駆け寄り、その身を抱き起こした。

う……。

 息はある。死んではいない。

杭打機を楯にしたとはいえ、肋骨が折れて肺に刺さったり、内臓が破裂したりしていてもおかしくない威力だった。

なんて無茶を……!

あはは……そりゃこっちのセリフですよ……。

 息をするのも苦しそうなのに、ミリィは無理やりな苦笑を浮かべた。

あたしも、つい身体動いちゃうとこあるんで……お互いさまですね……。

 ラギトは黙った。言葉が、何も出てこなかった。

いつしか、泣き声も止んでいた。

子供たちはみな、茫然とした面持ちで、ラギトとミリィを見つめていた。

泣くことも怯えることも忘れさせるだけのものが、そこにあった。

Nく――。

 起き上がるコルティーナに、雷撃が飛んだ。

ミリィ!ラギト!

 リフィル、ルリアゲハ、魔法使いの3人が、部屋に飛び込んでくる。

リフィルは即座に状況を把握したようだった。その双眸に驚きが浮かび、ついで怒りの炎が躍った。

魔法使い!ミリィを任せる!

 わかった、と答え、君はミリィのもとに向かった。

すぐさま癒しの力を持つ力ードを取り出し、慎重に魔力を調整しながら魔法を発動する。

ミリィ、しっかりするにゃ。こんな傷、魔法ならすぐ治るにゃ。

ん……ありがとうございます……。

 苦しげだったミリィの表情が、わずかに和らぐ。彼女を抱えていたラギトの顔にも、ほっとした色が浮かんだ。

と。

w……お兄ちゃん。

 か細い声が聞こえた。

魔法を維持しながらも、君は声の方に目を向ける。

集められた子供たちが、じっと、ラギトを見つめていた。

みんな、大きな瞳に涙をためていた。それは恐怖や痛みの涙ではなかった。

燃えるような、怒りと悲しみの涙だった。

wラギト……お兄ちゃん。

ああ。

 ラギトはうなずき、ミリィを支える手を少し動かした。

お姉ちゃんを、任せていいか?

wうん。

 数人が、おそるおそる近寄ってきて、ミリィに手を伸ばす。ラギトは彼らに触れぬよう、そっとミリィから離れた。

息を吐き、立ち上がる。戦場に向かうべく、足を踏み出す。

wお兄ちゃん。

 その背に、再び声がかかった。

wがんばって。あんなやつ――やっつけちゃって!

 それを皮切りに、さらなる声が上がった。

wお願い!負けないで!

wがんばれ!がんばって、お兄ちゃん!

 ラギトが目を閉じた。

彼が何を思っているのか。読み取れるような気もしたし、読み切れないような気もした。

だが、少なくとも。

君は知っている。彼が、炎に薪をくべられて、奮い立たない少年ではないことを。

まぶたが開く。瞳が静かに前を向く。

――期待に応える!!

 流れる血潮、そのすべてを燃やすような勢いで、彼は戦場へと駆け出した。


 ***


〈鉄血鋼身(クルオル・フェッレウス)〉!

 身体能力強化の魔法を受けたラギトが、さらに加速し、コルティーナヘと迫った。

コルティーナは撃ち込まれる拳撃を巧みにさばき、ありえないような動きでラギトの側面に回り込む。

そこッ!

 その足に、数発の弾丸が突き刺さる。援護射撃に徹すると決めたルリアゲハの、精確かつ的確な足止めだった。

着弾の衝撃が、コルティーナの動きを一瞬止める。

はッ!

 切り裂くような後ろ回し蹴りが、コルティーナの脇腹を直撃した。

コルティーナは衝撃に転がりながら印を結び、すばやく呪文を詠唱する。

N馳せ来れ、咆嘩遥けき地雷!

 リフィル。読んでいた。ラギトに向けて放たれた雷条に、横合いから飛んだ雷条が喰らいつき、打ち消し合う。

ラギトが踏み込む。真正面。子供たちの声援に、強く背中を押されるように。

コルティーナが構えた。と、見えた時には拳が伸びていた。

追い詰められたと見せかけてからの反撃。相手の追撃より先に届くカウンター。常に不意を衝き続ける戦法の極致。

顔面狙いの貫き手は、ラギトの顔を破砕する直前、君の飛ばした防御障壁に弾かれ、止まった。

相手がそう来ると、わかってやったわけではない。ラギトが前に出るのなら、きっとそういうものがいるだろう――そう思って飛ばしたものだった。

ラギトはそれをわかっていたのかもしれないし、そうでなくても同じことをしたかもしれない。

いずれにしても。

決死の反撃を破られたコルティーナの腹部を、ラギトの拳が容赦なく破り、背中へ抜けた。


Nか、は……。

 異形の装甲が解けていく。憑依した〈オプスクルム〉の肉体が、維持できぬほどのダメージを受けたことで。

Nくそ――まったく――ほんとに、世も末だ……。

ガキに関わると、ろくなことがない――

――あんた。本当は子供が好きなんだろう。

 拳を突き込んだ姿勢のまま、ラギトは、薄れゆくコルティーナに告げた。

Nなんで、そう思う……。

そういう奴は、空気でわかる。

あんたが、あえて子供たちを集めたのは、彼らを怯えさせてしまうという苦しみも力に換えようとしたからか。

Nなんで、そんなこと訊く……。

なんとなくさ。

Nふん……。

 かすかに鼻で笑って。

Nそういうのが、気に食わないんだよ……。

 答えぬままに、コルティーナは消えた。


ラギトは、ゆっくりと拳を戻し、装甲を解く。

大丈夫?と君が声をかけると、彼は真摯にうなずいた。

ああ。ありがとう。世話をかけたな、みんな。

ミリィは――

応急手当は済んだにゃ。今は、疲れて眠ってるにゃ。

……そうか。良かった。

何があったのか――なんとなくわかるから、聞かないでおくけど。いちおう、言うだけ言っておくわ。

あなたが身体を張って誰かを守れば、その分、別の誰かが、身体を張ってあなたを守る。

それだけ人を守っておいて、守られずにいられるとは思わないことね。

そうそう。一方的に守られるっていうのも、それはそれで心苦しいものなのよ。

……そうらしいな。

 ラギトは、大きく嘆息した。

それから、子供たちの方を向く。

みんな、唇を結んで待っている。ラギトを。言うべきことを言うために。

ためらう少年の背中を、君とリフィルとルリアゲハの手が叩く。

観念して、言われてきなさい。

 苦笑し、ラギトは足を踏み出した。




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