【非人類学園】西涼（セイリョウ）のデータ

　遥か北の方にある仙界と人界の境界地点には、西梁という小さな国がある。
　西梁の周囲は年中霜雪に覆われているが、一方で内部はいつも春のように暖かく、色鮮やかな花が綺麗に咲いている。有史古来より、西梁国内では多女少男という状況が続いていた。幸い、仙族に守られながら秘伝術を習得し、女性だけでも子孫を残して世代を乗り越えることが出来るようになった。ここ千百年間の間は、国内には女性しかいない。
　『西涼』は歴代国王たちが代々継承してきた称号名であり、国王はその称号を継承する前と退位後にしか本名を名乗ることを許されていない。
　その独特な位置にある西梁では、特別な動植物（夜寛草、無根花、長絨耳巻き双尾猟犬など）や鉱物（蛍藍石、流墨石など）が数多く産出する。これらは魔法や化学の研究において相当高い応用価値があり、重宝されているという。

　近年、西梁が誇る法術の効力はだんだん弱くなってきている。それに伴い、女性だけで子孫を増やす能力も失われつつある。
　三つの世界が融合する勢い（編集者註：詳しくは『三界融合』を参照されたい）は、北方の当国にも影響を与えている。
　現代の西涼女王（編集者註：みんなが知ってるあの西涼）は、『兆しの石』の指示に従うことにした。兆しの石は先祖代々受け継がれてきた西梁国の宝物であるが、今やそこに書かれていたはずの碑文は前文しか残っていない。

　『西梁国の存続には、遠くの東方地域との交流、見渡す限りの花、実りの穀物倉庫、そして、時代と進化を共にする英雄が不可欠である。英雄は遥か彼方の東方世界に存在する。北国の光が消える時、その英雄を探す旅に出るが良い』

　東方地域、あるいは東方世界と言えば、三界融合後に最も栄えている港湾都市『非都』がそれに相当するのではないか？
　当時14歳の西涼はそう確信し、二人の御供を連れて非都を訪れた。こうして、約100年ぶりに西梁は外部との接触に成功した。
　西涼の第一の目的は『時代と進化を共にする英雄』、即ち『運命の人』を探し出すことであった。

　非都との交流を開始すべく、西涼は優れた解析能力と執行力で、非都に西梁名物の物品を販売する百貨店を開いた。そこで西梁は独自の物品販売を開始した。ここでは、既に述べたような特産品だけでなく、質の高い日用品や贅沢品の数々も取引が行われている。
　閉鎖的でありながらも西梁国民は安定的な暮らしが出来ており、いかに内部が反映しているかが伺える。

　『運命の人』が見つからないのもそうだが、ここ非都にはまだまだ勉強しなければならないものが沢山ある。
　色々考えた末に、西涼は非都への留学を決めた。

　天高から帰った西涼は、非都の風土と人情を知るべく住民の生活エリアを訪れた。色々なところを訪れてみたが、どうも非都にはこれといった固定的な風土と人情は存在せず、三界融合後も各民族の文化が入り混ざっているような感じであるらしかった。
　人混みでシワシワになったスカートの裾を伸ばしつつ家に帰ろうとしていると、うるさい話し声と或る香りが西涼の興味を惹きつけた。
　「ねぇ三蔵、まだなの〜？もう待てないよ〜！わぁ、フライドチキンは本当に良い匂いだなぁ〜！」
　見上げてみると、或るアパートの3階の一室で、変な見た目の杖（？）が何やらブツブツと呟いている。
　「うるさい」
　三蔵という名前の人は冷たそうに見える。体に悪そうなジャンクフードを抱えているのを見て、内心気が引けた。一刻も早くここから抜け出したかった。
　すると、ポケットの中にしまっていたはずの玉石が落ちてコロコロと地面を転がり、壁に触れて止まった。夕日の色を鈍く反射するその玉石は、微かな光を三蔵の方へと照らしていた。
　「う、う、三蔵ってば本当に冷たいんだから〜！こんなんだから女の子にモテないんだよ〜？ほらほら、そんな顔しないで〜！女の子に自慢の腕前を披露する機会がますます減っちゃう〜！あ、そうだ！ソース入れてある？」
　「うん」
　西涼は玉石を拾い上げた。それと同時に、もしかすると『運命の人』とは即ちこの『三蔵』という方なのではないか？と心の中で思った。

　非都での現代的な生活に馴染むためには、西梁で何もかもを御供に任せていたような暮らしとはおさらばする必要があった。
　西涼は固く決心した。
　「この私が勝てないものなど存在しない。祖国の発展のために、女王として何事も先頭に立たなければ」

　そう誓ったからには早速実践だ。
　例えば食事の場合。
　「まずは簡単なことから始めて、慣れてきたら少しずつ難しくすれば良い。まずはチャーハン作りから始めましょう」
　と、目標を立てたのは良いものの、火をよく通していない米と殻が付着した卵を混ぜて出来たのは、炭のように黒くて焦げたような匂いのする『食べ物』だった。
　「最初からチャーハンを作ろうなど、無謀でした。もっと簡単なご飯作りに挑戦しましょう」
　出来上がったのは、水が足りなさ過ぎてカチカチのご飯だ。
　「完璧ではないけれど、ご飯が炊けるようになりましたわ。次に味付けをしましょう」
　何やら怪しげな茶色の液体がご飯の上に注がれる。
　「うっ、ゴホゴホ……」
　醤油とお酢の混ざったご飯は想像を絶する味だった。

　「女王様、どうかこれ以上ご自分のお体を苦しめるのはおやめください……」
　壁の隅でしゃがんでいる御供もとうとう耐えられなくなった。
　「仕事の合間を縫って学業をなさるだけでお疲れでしょう。お休みください」

　そんな訳で、女王西涼様の独立計画は今日も失敗に終わった。