【黒ウィズ】聖サタニック女学院2 Story1
聖サタニック女学院2 Story1
story
そこは閑静な場所だった。
赤や青や紫の原色の妙ちくりんな花々がロをパクパクとさせている。
ひんやりと心地のよい風に紛れて、吸ってはいけない毒の胞子が飛んでくる。
そんなことに目を瞑れば、過ごしやすい気候と静かな環境は、休暇に相応しい場所だと言えた。
wなるほどにゃ。スローヴァはミィアの祖先で、昔はルルベルの従者だったということにゃ。
vそうだ。
目指す館に続く森を歩いている間、君は初めて見る牛頭の魔族ズローヴァについて、説明を受けた。
邪神ルルベルとの因縁浅からぬ存在なのだが、ズローヴァ本人はその記憶がないらしい。
君が、大変だね、と尋ねると。
v構わない。記憶はこれから作るものだ。
ズローヴァはそう答えた。
まだ勉強中の学生ばかりの中で、彼の成熟した落ち着きは、安心感があった。
それはルルベルにも影響を与えているのか、ルルベルも以前会った時よりは成熟しているようだった。
しばらく進むと、君たちに向けて手を振る人影が見えた。
sみんなー。こっちこっち。
知らない魔族の女性だった。
きっと君が会ったことの無いみんなの友達なのだろう、と思っていた。
mなんだ、そっちの方が早かったんだねえ。
sそう、なんか合宿が早く解散しちゃってね。あれだけ遅れるって言ったのに……ん?
女性は君を見て、確かめるように、妙な声を上げた。自分の顔を君の顔に近づける。
sあれー?ニンゲンじゃない帰って来たんだ!
帰って来た?妙な表現だと君は思った。もしかすると、以前女学院に来た時に会ったことがあるのだろうか。
君は記憶をたどり、彼女の顔と名前を一致させようと、脳に強引に血流を送る。
だが、ダメだった。思い出せなかった。
sちょっと、何その顔……。もしかして私のこと忘れたの?
君は申し訳ないと思いつつ、それを認めた。
sヒドーイ。それじゃあ、ミィアやウリシラのことも覚えてなかったの?
Uそんなことなかったよ。
sえ?私だけ?ナニソレー。私って地味ギャラなわけ?
wところで、彼女は誰にゃ?
rシルビーだ。あたしたちと一緒に行動してただろう。
wにゃ!
驚く師匠同様に、弟子である君も思わず変な声が出た。
君は自分の記憶の中にあるシルビーと目の前のシルビーを重ね合わせる。
記憶の残像と目の前の実像……そのふたつが。
重なり合わない!
w無理にゃ!全然別人にゃ!
sあー、そういうこと?
君とウィズの反応を見て、シルビーは何かに納得したようだった。
sそうね。最近ちょっと変わった?みたいなことは言われるわよ。
mうん。シルビーってきれいになったよね。
sあー、かもねー?サキュバス科の特別合宿以来かなー?でもそこまで劇的じゃないでしょ。
キモチ、じゃない?キモチ変わった程度じゃない。
wいや激変にゃッ!!
sそうかな?ま、合宿とかで色々あったから。
何があったんだろう、と君はとても心がむずむずした。
***
君たちは目的地の館の前に到着した。
石造りの邸宅は、機能性とともに見た目の美しさや落ち着きを与える造りだった。
歪な造形が多い魔界の中でも、品位の高さを自然と感じた。
cいまから会うのはルルベルさんと関係があった人物の子孫なんだよ。案外、面影なんかが残っているかもしれないね。
クルスは扉の隣に設えられたノッカーに手をかけながら、そう言った。
ノッカーの下には小型の使い魔が縛り付けられていた。
r一体誰のことだ。そろそろ教えてくれてもいいだろ。
c見ればわかるよ。
クルスは持ち上げたノッカーを力強く下ろす。当然、ノッカーは使い魔を強かに打ちつける。
大きな悲鳴が上がった。
悲鳴は恐らく館の隅々まで響き渡り、君たちの来訪を知らせただろう。
rちょっと緊張してきたな……。
足音が聞こえた。徐々に近づいて来る。ノブを手に取る音と同時に扉が開いた。
Rようこそ。皆さん、お待ちしていましたよ。私がこの館の主、アンリ・イニスです。
rおーもーかーげーッ!!
出てきたのは、奇妙な仮面をつけた人物だった。
Rおや、ドラク卿。このかわいらしいのが、ルルベルですか?
cええ、そうです、イニス卿。今日はいつもと達ったタイを着けていますね。お似合いですよ。
rそこじゃない!
Rヤガダのお嬢さんに、あれがズローヴァかな?こちらは伝え聞く通りの姿だ。
それに天使まで。いやはや、まったく賑やかになりそうだ。
館の主人らしき人物は、君たちを見ると楽しそうに感想を言った。
だが、君の番になると、一瞬で気色が変わる。訝しそうに君に尋ねる。その口調は慎重であった。
R君は人間か?
君が答えようとすると、彼の後ろから女性が現れる。
貴方、いつまで玄関で立ち話をしているの?早く入って頂けばいいじゃない。おや?人間……。
夫人らしき女性も君を見て言葉を詰まらせた。
R君はどうして仮面を被っていないのだ。
なぜ被る必要があるんですか?と君は思わず聞き返してしまう。
だって貴方、人間が仮面なしで出歩くのは裸で外を歩く様なものですよ。
Rほぼ全裸と一緒!
Umえ……。
突然、奇妙な物を見るような目で、みんなが自分を見て来る。
いまさら、そんな目で見ないでほしいと思った。
Rさ、これを被りなさい。
と目の前に同じような仮面が差し出される。これを被れと言うのだろうか。
>
>君は丁重に断った。
Rだめだ。何をわがままを言っているんだ、君は。そんなに全裸がいいのか!全裸伯爵かね、君は。
Rうん。それでいい。
君は仮面を被せられてしまった。
足かせと奇妙な仮面。いきなり出鼻を挫かれたことをひしひしと感じる有様であった。
wキミ……にゃふッ……ごめんにゃ。でもその格好はさすがにおかしいにゃ。
師匠にまで笑われてしまった。だが、仕方ないかと諦めのため息をついた。
ため息は仮面の中で反響していた。
Rささ、ようこそアルトーパークヘ。心より歓迎いたしますよ。
招きに応じて、みんなが館の中に入っていく。
君は足かせの重みと仮面の息苦しさを感じながら、その後に続いた。
ふと館を見上げると、一室の窓から白いカーテンが風に吹かれ舞っていた。
その窓の奥に、人影が見えた。細い肩幅やドレスのような姿から、少女だとわかった。
瞬間、風が強く吹いた。カーテンが大きく舞い上がった。
覆い隠されていた、少女の顔。それが露わになった。その顔は――
仮面だった。
君は、早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
story
館に入るなり多数の使用人が、君たちの荷物をそれぞれが割り当てられた部屋に運びこんだ。
君たちは何もせず、使用人に任せ、サロンでアンリの歓迎の言葉を聞いていた。
彼は特にルルベルとズローヴァの来訪を歓迎しているようだった。
Rまさか始祖の代から長い時を経て、ルルベルとズローヴァを我が館に迎え入れることが出来るとは……。
光栄の極みですな。
Lあなた、記念にポエムでもお作りになられては?
Rポエム!いい考えだ、ララーナ。そうだな……ルルベルとズローヴァ・イン・ザ・マスク。という題名が良さそうだ。
rちょ、ちょっと待て。
お前たちはあたしのことを知っているかもしれないが、あたしはお前たちのことを知らないぞ!
Rおや?我々のことを見てわかりませんか?
rわかってたまるか!
ルルベルはすんすんと鼻を鳴らす。確かめるようにもう一度鼻を鳴らす。
rでも、知っている匂いがするな……。何の匂いだ?あ、これ、あいつの匂いだ。あの女!
R気づいて頂けましたか。そうです、我々イニス家のものは、貴方と契約した聖女イェネフの末裔です。
w聖女?ルルベルは聖女と契約していたにゃ?
rそうだ。邪神は人間と契約し、人間を堕落させる存在でもある。あの女はあたしがガッツリ堕落させてやった。
ま、ぼんやりとしか覚えてないけどな!
顎を上げて、胸を張るルルベルの言うことを聞いて、君はふと疑問に思う。
ということは、イニス家の人々は人間なのか。そんな疑問である。
R人間……だったというべきでしょうな。
魔族と契約した人間が堕落した場合、その人間は人間ではなくなる。一種の魔人となります。
c魔人というのは、後天的な理由や、人工的に造られて魔の誉属になったものを言うんだよ。
イニス卿の祖先は、邪神と契約し堕落したとされている。
それは他のどの魔族との契約よりも、格が高いとされているんだよ。
Rそういうこともあり、我々イニス家が魔人たちのまとめ役をしています。
ちなみに、元人間の魔人たちには仮面の着用が義務付けられています。理由は魔族と我々との違いを示すためです。
もうちょっと別の方法はなかったのだろうか、と君は思った。
rえーと……つまり堕落させたあたしが一番すごいってことでいいか?
mいいんじゃない。
そんな話をしていると、コツコツと壁を叩く音がした。
「お父様、わたくしもルルベル様に挨拶してもいいですか。」
声の方を見て、アンリはすぐさま席を立ち、迎えに行く。
迎え入れたのは、白いドレスに身を包んだ華奢な少女である。
年の頃は、他の魔族の少女たちと同じくらいだろうか。
歩いてくる姿や仕草は、この家で暮らす人間であることを示すように、優雅だった。
貴族の少女を体現する振る舞いである。仮面であることを除けば。
Eこんにちは。ルルベル様、ズローヴァ様。お二方に会えて大変光栄です。
R紹介しましょう。娘のエレインです。我がイニス家が誇る麗しい花です。
E嫌ですわ、お父様。ルルベル様の前でそれは言い過ぎです。
あー恥ずかしい。仮面の中が蒸れてきました。
r麗しい花なのかも照れてるのかも、全然わからないんだけど……。
エレインは君に気づくと、優しげに語りかけてきた。
Eあなたは人間ですか?
はい。人間です、と君は答える。
Eそうだと思いました。わたくしたちも元々は人間だったので、不思議と親近感が湧くのかもしれませんね。
いや、お互い仮面を被っているから親近感が湧くのだと思います、と君が言うと、エレインは微笑んだ。
正確には、仮面でわからなかったので、そんな気がしただけである。
Eふふふ……そんなバカな。
微笑んだ後、ぴしゃりと君の発言を否定してきた。
その反応に納得はいかなかったが、ここは魔界だ、と自分に言い聞かせ、君は彼女にテキトーな相槌を返した。
E貴方はユニークな方ですね。
貴方たちから見れば、そう見えるかもしれませんね。と君は投げやりな言葉を返す。
話を変えるように、アンリがパンッとひとつ手を打ち、サロンの中の人々を自分に注目させる。
Rでは、さっそく歓迎のディナー……といきたいところですが、まだ準備に時間がかかります。
それにまだお腹も空いていないでしょう。空腹は一番の調味料と言いますし。
どうですか、皆さん。ここはひとつ、狩りでもしませんか?
cいいですね。彼女たちは貴族の出身ではないので、そういう体験はないはずです。きっと良い経験になるでしょう。
賛成の意見を聞いて、アンリはゆっくりとひとつ頷いた。
Rでは、案内しましょう、我が庭に。
***
案内されたのは、館の前に広がる庭園だった。
狩りというのだから、てっきり狩場のような所に行くのかと思っていたが、そうではなかった。
rで、狩りって何をするんだ?
Rまあ、一般的には魔界ウサギですな。ま、最近だと狩り用のギブンなどを狩るのも流行っているようですが。
アンリは顎に手を添えて、2、3度さすった。
Rですが、一番は……人間ですな!
そう来たかと君は思った。たぶん無意味だろうが、念のため、君は聞いてみる。そ
貴方たちも人間なのでは、と。
R元ね、元。む・か・し。
君はみんなの方を窺う。
mニンゲン狩り面白そー!
v狩りは、好きだ。
s合宿の成果見せちゃうわよ。
rニンゲン……覚悟しろよお……。
殺(や)る気満々のようだった。
wキミ、仕方ないにゃ。ここは魔界にゃ。
君は、せめて足かせは外してほしい、とミィアに頼んでみた。
mなんで?きりだが、まったく理解してくれなかった。
mねえねえ?なんで?ねえ、なんで?
ミィアがしつこく尋ねてくるのを無視して、君は始めましょう、とアンリに告げた。
もう何を言っても無理なんだろう、という諦観が、むしろ君の心を強くしてくれているようだった。
R潔い人間は良い人間だ。だがもっと良い人間は、魔族を愉しませてくれる人間だ!
狩りの始まりとともに、君は猛然と駆け出した。
***
君は生垣の隅で息をひそめていた。
初動の猛ダッシュで、魔族たちを引き離した後は、気配を悟られぬように、忍び足で進んだ。
前を行くウィズが尾を振って合図をしてくる。止まれの合図である。
wちょっとそこの角の様子を見てくるにゃ。
こういう時は小さな猫の姿は便利だと思う。
君は後方を警戒しながら、つくづく師匠のありがたみを感じていた。
ウィズが帰ってくる。
素早い身のこなしは、あまり有り難くない情報を持って帰って来た証拠だろう。
wだめにゃ!いるにゃ。
生垣の向こうから声が聞こえる。
mおーい!ニンゲーン!出ておいでー!
Uニンゲンさーん!どこー!
まるで、逃げた飼い犬を呼ぶような声ではあったが、油断は禁物である。
z出てこないとこの辺り全てを燃やし尽くすわよー!
zさあ、さあ、声を聞かせて、絶望に歪む悲鳴をねえぇぇぇぇ!
本音はそういうことだと君にはわかっていた。
なんだか知らない魔族まで混ざっているし、もうどうしようもない状態だ、と君はため息をつく。
来ならば、魔法や体術を駆使して、戦えばいいはずだった。
だが、いまの君は足かせと息苦しいマスクという重荷を課せられていた。
足かせは単純に体の動きを奪うばかりか、やたら重い鉄球を抱えなければ走れないせいで、両手の動きまで奪っている。
仮面は呼吸や広い視野を奪う。
君は自分をこんな目に合わせた者の顔を思い浮かべ、下唇を噛んだ。
ふと君は足の甲に柔らかい感触を感じる。それは少しひんやりと湿っていた。
zまぷう?
マパパだった。どうやら魔界ウサギとはマパパのことなのだろう。
マパパはつぶらな瞳で君を見つめてくる。君はマパパを同情的に見つめ返した。
君はこのマパパ同様に狩られる側の存在である。
自分がそんな立場に置かれることが無かったせいで、それがどんな気持ちかわからなかった。
だが、いざその立場に立つと、彼らへの情が湧いてきた。その危うくも侈い存在。悲しき生き物マパパ。
zまぷう。
その悲しき生き物は鳴いた。
「まぷう」と。
君はマパパの頭をそっと撫でた。少し湿っていた。その湿り気は彼らの涙かもしれない。
そんな風に、君は思った。
zまぷう……。
仮面の奥の、君の優しい瞳に反応したのか。またマパパが鳴いた。
「まぷう」と。
zまぷう!まぷう!まぷうまぷう!まぷうーー!!
突然、マパパが何度も鳴き始めた。
wどうしたにゃ?
マパパはそっぽむいて、何かを知らせるように鳴き続けた。
zまぷうまぷう!まぷまぷまぷ、まぷー!
Uあ、あっちにいるみたいだよ。
rあ、あたしが一番乗りだぞ!
裏切られた。
所詮は畜生か、と君は悲しい気持ちになった。
去っていくマパパの後ろ姿を見送りながら、君は諦めの感情とともに覚悟を決めた。
zいたいた!覚悟しなさいよ、ニンゲ~ン!
zふふふ。どうしてくれようかしら~。
君は、鉄球を足元に置き、襲い掛かる魔族を睨みつけた。
***
zきゃあああああああ!
zかるがわからぁ かられるがわへぁぁ!
見知らぬ魔族たちは君の前で崩れ落ちる。
悲しみと怒りの王となった君は、土壇場であることに気づいた。
足かせの鉄球を抱えなければ、両手が自由になる。
その状態なら、動きの制限はあるが戦える。
いや、先ほど魔族を撃退した感触は、むしろいつもより、自分の動きにキレがあったように感じる。
w行動の選択肢を狭めることで、迷いが無くなったにゃ。それに覚悟も生まれるにゃ。
面白い現象だ、と納得する君の前に、優雅なリズムで手を打ちながら、アルトーパークの主人アンリが現れる。
R見事見事。ハンター撃退だね、ニンゲンさん。
mあー負けちゃったかー!
なぜか相手は君を讃えたり、悔しがったりしている。どういうことか、君にはわからなかった。
wどういうことにゃ?
R我々の言う狩りは、人間のそれとは違うんだよ。
m逃げた人を見つけて捕まえたら、狩る側の勝ち。でも見つけられても、狩られる側が狩る側を撃退したら狩られる側の勝ちなんだよ。
wそんなルールにゃ?なんかゲームみたいにゃ。
sそう、ただのゲームよ。
そうなのか、と納得しつつ、君はふと自分が撃退したふたりを見る。
zきゃあああああああ!
zアウチィィィィイイィ!
相当苦しんでいた。
sま、ここまですることはなかったわね。
R彼女たちも災難だったね。
絶え間なく続く、悲鳴が君の胸に突き刺さる。
mニンゲンって結構残酷だよね。
rニンゲンこえ~……!超こえ~!
何か理不尽なものを感じながら、君は謝罪がわりに回復魔法を施してあげる。
傷はふさがったが、彼女たちは君から逃げるように、そそくさとその場を離れた。
明らかに恐れられていた。
Rさて、館に戻ろうか。
とても後味の悪い気分のまま、君はみんなについて、館に戻る。
wキミは悪くないにゃ。仕方がなかったにゃ。
ウィズはそう言ってくれたが、すぐには気持ちは持ち直せそうにはなかった。
足取りの重さのせいで、気づけば、自然とみんなから遅れ、ひとりぽつんと歩いていた。
君は背後に視線を感じた。誰かいるのかと、振り返ると。
奇妙な仮面の男が立っていた。
z……。
たぶんこの家の人だろう。君はすぐに向き直り、みんなの後を追った。
サロンに戻ると、新たな滞在者たちが楽しげにお喋りに興じていた。それは見覚えのある人物たちだった。
彼女たちは、君を見ると懐かしそうに、語りかけた。
kあら?あなた、ニンゲンじゃない。また魔界に来たの?
Aあー、あの時のニンゲンか。誰かと思った。
カナメとアリーサ。聖サタニック女学院の上級生である。
I久しぶりね、ニンゲン。相変わらず面白い格好をしているわね。
物静かな少女は、イーディス。彼女も上級生である。
これはやりたくてやっているわけじゃないけど、と自分の格好について前置きし、彼女たちにあいさつする。
rなんでお前たちがここにいるんだ。特にお前!何を仲良さそうになごんでいるんだ!
Aはあ?仲がいいからに決まってるだろう。
k私たち、別にアリーサと仲悪くないわよ。
Iむしろすごく仲がいいわ。最近はアリーサにフェニックスブラットを買いに行ってもらっているくらいよ。
君は思い出す。以前女学院に来た時はアリーサと敵対することになった。
だが考えてみれば、カナメやイーディスはアリーサと争っているわけではなかった。
rん~……。そうかもしれないが、あたしとは仲が悪いぞ!スローヴァ、あいつをつまみ出せ!
v承知!
A待て、チビ。ここで争いはご法度だぞ。
kこのアルトーパークは魔界の中でも数少ない中立地よ。たとえ魔王でもよそでの争いをここに持ち込むことはできないわ。
Iそうよ。あえて例えて言うなら、友達の友達くらいの人の実家に行った時のような感じよ。
k……ん?
カナメはその例えを聞いて、その意味を自分の中でいくらか咀嚼してみるように、上を見た。
k……それって、本当に「あえて例えた」感じね。
Iええ。だから最初にあえて例えて言うって言ったでしょ。
Aなるほど。自分の友達が席を外した瞬間に、一気に気まずくなる感じか。
Iそういうこと。
k(あ、通じてた……)
Aということだ。チビ、ここでは学院のことは忘れるんだ。そういう決まりだ。
m学院のことはぱーっと忘れて、仲良くしなきゃだめだよ、ルルちゃん。
rお前、あいつに殺されかけただろうが……。
mそうだったっけ?
rもういい、黙れ。
Iふふ。
と、イーディスが氷のような表情をわずかに崩した。
I楽しい休暇になりそうね。
君は、これ以上の楽しさはもう勘弁だ、と首を横に振った。
story
館にはイニス家の者が暮らす豪著な部屋の下に、メイドや執事、料理人、庭師など使用人が暮らす地下があった。
滞在する者の使用人もそこに通される。使用人と貴族。そこには明確な差があった。
そして、アリーサの使用人として、やってきた多数のギブンたちも、そこに滞在することになっていた。
Wかあーだりぃー。なんだよ、貴族の保養地っていうから、楽しみにしてたのに全然楽しくないじゃん。
すげー楽しみにしてたのにさ。なにここ?地下じゃん。
Wまあ、仕方ないべ。俺ら使用人扱いだべ。そこは甘んじなきゃいけないんじゃね?
W使用人じゃねえよ、魔人だっつーの。天使魔人ギブン様だっつーの。
そんな風に愚痴を垂れるギブン。
W我々は、アリーサ様が快適に過ごせるように、全力で今回の旅のサポートをしなければいけない。
心して、仕事にかかれ!
ギブン本来の使命に忠実なギブン。そこで過ごすギブンたちのギブン模様は様々だった。
そんな中、ひとりのギブンがいた。そのギブンは他のギブンとは違った。
Wうんしょ……うんしょ。
W何してんべ?
Wあ、アリーサ様の衣装をお部屋に運ぼうと思って。
そのギブンは、ギブンが自分で自分を大里生産している時、偶然生まれた存在だった。
容姿は他のギブンと変わりなかったが、あきらかに違う部分があった。
W今夜のディナーで着るドレスを選んでおかないといけないので。
Wそれって俺らがしなきゃいけないの?服ぐらい自分で選ぶんじゃね?アリーサ様も。
W違うんです。ワタシがさせてくださいって、アリーサ様にお願いしたんです。
Wえ、そうなの?ならいいけど……。
話が終わると、大荷物を抱えたギブンは無駄話をするギブンたちの前を立ち去ろうとする。
だが、その荷物を上階のアリーサの部屋まで、ギブンひとりで運ぶのは見るからに大変そうだった。
Wうんしょ……うんしょ。
すると、そんなギブンを見て、ふたりのギブンは無駄話をやめる。
ギブンが抱えていた大量の鞄を、ふたりは奪い取るように、ギブンから取り上げる。
Wあ!なんですか……?
W重そうだから見てらんねえべ。
Wアリーサ様に尽くすのが、一応俺らギブンの仕事だかんな。
Wあっ……でも、これはワタシが好きでやっていることだから……。皆さんに無理は言えないです。
Wだーかーら。別に無理は言ってないの。これは俺らが勝手にやってるだけ。
Wそう。ちょうど暇してたべ。気にすんな。
ふたりのギブンにそう言われ、ギブンは恥ずかしそうに俯く。
Wあ、ありがとう。
そのギブンは、あきらかに女性的であった。
アリーサの部屋に到着したギブンたちは、運んだ荷物を床に置いた。
Wここでいいべ?
Wうん。ありがとう。
Wじゃ、俺たち帰るから。
と、ひとりのギブンが部屋から立ち去ると、女性的なギブンは荷解きを始めた。
アリーサのドレスを丁寧に取り出し、ベッドの上にそっと並べる。
一枚一枚、折り目やしわがつかないように扱った。
それは他のギブンには出来ない細やかさだった。
ふと女性的なギブンは、必要なアクセサリーが別の鞄に入れてあったことに気づく。
鞄を取ろうと、ベッドの周りをぐるりと回り、ドアの前の鞄を取りに行く。
Wいっけない。アクセサリー、その鞄だった。
Wこの鞄だべ?ああ、持って行くよ。
Wあ、大丈夫です。
ギブンが女性的なギブンの目的に気づき、自らの足元にある鞄を取り上げようとした時。
すでに彼女(ギブン)の手は鞄と取っ手の間近であった。
お互いの動作は、すぐには止まらず、取っ手の上で、彼(ギブン)と彼女(ギブン)の手が重ね合わせられる。
Wチチチ……。
Wチチチ……。
Boy(ギブン)
Meets
Girl.(ギブン)
Boy(ギブン) Meets Girl.(ギブン)
A気ン持ち悪ッ……。
WWチチチー……。