【黒ウィズ】双翼のロストエデン Story1
story1 初級 魔王と天使
…………。
彼の名はアルドベリク・ゴドー。魔界の王の1人らしい。
彼はルシエラが異界を超えて、クエス=アリアスに行ってから、戻ってくるまでの間、その歪みを拡げ、彼女を待ち続けていたらしい。
彫像のように、美しい顔が印象的だった。
それは表情が読み取れないという意味でも、同様だ。
けっこう長い間にゃ。だからルシエラはあんなに慌てていたんだにゃ。
うん、と君はウィズの言葉に同意した。
たぶん自分たちは、それをごまかすために、連れてこられたんだろう……。
それにしても……。
私たち、なんで魔界に来てるにゃ……。
あ、言ってなかったですか?私、魔界から来たんですよ。見た目に騙されちゃいけませんね。
一言いってほしい。と君は率直に返答した。
ルシエラ。行き先を言わずに連れてきたのか?
言わなかったと言えば、そうですね。そうとも言えます。でも……。
最初から行き先がわかってたら、つまんないじゃないですか。
アルさんだって、私がいつ帰ってくるか分からないから、ワクワクしませんでしたか?
そんなワクワクはいらん。それと……俺の名はアルドベリクだ。
そう言うと、アルドベリクは君の方を見た。
迷惑をかけた。しばらく俺の城で、ゆっくりすると良い。
ただ、ここは魔界だ。訳もなく、襲いかかってくる奴もいる。気をつけろ。
安心して下さい。何かあったらアルさんがやっつけてくれますよ。
勘違いするな。俺はそこまでお人好しではない。
言葉とは裏腹に、なぜか彼の言葉は、人を安心させるような響きがあった。
***
道中に現れた魔物たちの大半は、アルドベリクのひと睨みで退散していった。
君は、恐怖で逃げることもできずに半狂乱で向かってくる者を退治するだけでよかった。
アルさんは相変わらずお人好しですね。
ルシエラがそういうのを聞いて、アルドベリクはそう言った。
……アルドベリクだ。間違えるな。
間違えていませんよ。アルドベリクだから、アルさん。それともアベさんが良いですか?
アルさんとアベさんならどっちがいいですか?ルドさん、ベリクさんもありますよ。
……アルドベリクだ。
わがままですね!アルさんかアベさんのどっちかに決めて下さい!贅沢は許しませんよ!
アルさん。……いや、アルドベリクだ。
んもう!わがまま大魔王!
このふたりは何をやっているにゃ?
さすがに君も肩をすくめるしかなかった。
ふと禍々しい雲が覆う空に、人影が見える。その人影は、急速に拡大していた。
誰か来るにゃ。
やってきた人影は、君たちの前までやってくると、その場で羽ばたき、宙に浮かんでいた。
アルドベさん……アルベさん……やっぱりアルさんが一番しっくりきますね。
……アルドベリクだ。
彼女は、相変わらずルシエラと押し問答を続けていたアルドベリクに声をかけた。
こんな所にいたのか、アルドベリク。
……アルドベリクだ。
……なんだ、急に。
……すまん。間違えた。
うぷぷぷ………
傍らで笑いを堪えるルシエラを牽制するように、アルドベリクは咳払いをする。
エストラ。俺の国に何の用だ。
何の用だ、ではない。お前こそ、いままでどこにいた?
いや、そんなことはどうでもいい。至急、王侯会議を行うぞ。議題は……。
そこまで言って、エストラは言葉を切った。
言うまでもないな。
確かに彼女の言う通りだった。
いつの間にか、神々しい光を帯びた白羽の兵士たちが、周りを取り囲んでいた。
天界の奴らが攻めてきた。どうするかは、この場で即決しようか!
***
***
他愛もない。
その言葉の通り、彼にとっては、あの程度の敵を討つのは造作もないのだろう。
アルドベリクは、戦闘が終わってなお、涼しげな表情を崩さなかった。
こいつらは偵察の兵だろう。敵の本隊はおって到着するはずだ。ところで………
エストラは、訝しそうに、アルドベリクの側にいる白い翼を持った少女を見た。
なんだ、そいつは………
ルシエラと言います。よろしくお願いしまーす!
睨みつけるエストラの視線を、まったく意に介さず、ルシエラはふわりと舞いながら、答えた。
さすがのエストラも気が抜けたのか、
まあ、いい。議場に向かうぞ。
諦めたように、話題を元に戻した。
今回はどこで行う。順番で言えば、ジルヴァ家の国だが……少し遠いな。
安心しろ、今回はここで行う。
なぜだ?
ここが、戦場だからだ。行くぞ、イザークが待っている。
にゃ!
初めて来た場所、初めて会う人、初めて聞く言葉の連続。
会話についていくのかやっとだった君にとって、その名は、特に懐かしく聞こえた。
それはかつて会ったことのある男の名だった。
かつて天界の王の座を姉に譲り、異界へと降りた男。
イザーク・セラフィムの名は、君にようやく、自分が今いる場所を教えてくれた……。
……ような気がした。
彼は、いまどうしているのだろうか。
story2 中級 天界の攻勢
おや。どこかで見たことのある奴がいるじゃないか。
君のことを覚えていたのか、イザークは開口一番そう言った。
知り合いか?
そんなところだ。どこで拾ってきた?
どこかの世界からルシエラが拾ってきた。
はーい。拾ってきました。
なるほど、面白いことになってきたじゃないか。
勝手に面白がられても困るにゃ。
ウィズは呆れたように、尻尾を左右に掴った。
冗談を言うな。厄介事ばかり増えている。
だとしたら、貴公の、これまでの行いが悪かったのだろう。
魔族としては、行いが悪いに越したことはない。それにしても……。
相変わらず集まりが悪いな。
元々、魔族はそういうものだろう。自分の欲望に忠実な者ばかりだ。
貴公らが少し変なのだよ……状況を説明しよう。
イザークの話によると、アルドベリクの留守を狙って天界の軍団が攻めてきたらしい。
この国を、魔界侵攻の拠点としようとしているのだ。
貴公が馬鹿正直に、異界の歪みの前でルシエラの帰りを侍っていたからだな。
こいつがいつまで経っても、帰って来なかったからだ。一体何をしていた?
アルドベリクはルシエラの首根っこを掴み、持ち上げてみせた。
えー?それは内緒です。知りたいですか?すごく知りたいですか?
……知りたい。
でも内緒でーす。
頭が痛くなってきた。さっさとそれぞれの役割を決めようじゃないか。私は何をすればいい?
そうだな。エストラ、貴公は援軍を呼んできてくれ。
迎撃は我々が行う。魔法使い、せっかくだからお前も手伝うか?
断ったら、ただじゃおきませんよ。
笑顔でそういうこと言わないでほしい。と君は返した。
魔族と天使の喧嘩に関わることはないにゃ。
でもここにいて、響き込まれないのは無理な話かもしれないにゃ。
振りかかる火の粉くらいは払うにゃ。
仕方ない、と君はウィズの言葉に同意した。
ふふ。それで十分だ。では行こうか。
***
魔界に降り立った天使たちの中に、燃えるような赤い髪をした少女がいた。
思ったより抵抗がありますね、マクシエル。
彼女の言葉を受けて、その傍らにいる痩身の天使は言った。
アルドベリクは不在だと聞いたのですが、この様子だと、もう戻っているようですね。
どうしましょうか?ここは一旦、兵を退いた方が良いかもしれません。
クリネア、何も慎重論だけがお前の取り柄ではあるまい。
もう征伐の軍のいくらかは、この地への降下を終えている。
アルドベリクが戻っているなら、奴を倒して、そのまま、この地を制圧するまでだ。
そうではないです、マクシエル様。我々の、当初の計画は崩れています。
この先、どんな予定外の事が起こるか………
私もクリネアの意見に賛成です。このまま無理をすることもないでしょう。
マクシエルは、赤い髪の少女を一瞥した。
ミカエラ様、あなたは甘い。
そうでしょうね。退却です。これは命令です。
それだけ言い、ミカエラは踵を返した。
あ……。
……かしこまりました。
次の瞬間、空が破裂した。
降下途中だった天使たちの大半は制御を失い、哀れな滑空を行っていた。
どうやら、退却するわけにもいかなくなりましたな。
それなら、皆を無事に退却させるのが、我々の責任です。続きなさい。
は、はい。
いち早く、破裂した空へ向かって、飛び立ったミカエラ。
クリネアはすぐさまそれに続いた。
御意。
そして痩身の天使は、最後に続いた。
***
と、とんでもない威力にゃ………
アルドベリクが造りだした、黒い魔力の塊が、天使たちの降下してくる空へ放たれた。
すると一瞬にして、押し寄せる天使たちは重力に捉えられて、地面に叩きつけられたのだ。
さっすが、アルさん!
やれやれ、俺達の出番はなさそうだな。
さあ、仕上げにかかるぞ。
君は少し苦笑した。
まさか魔族と一緒に戦うとは……さすがに思わなかったからだ。
それでも、想像しているよりも、彼らは人間味のある人たちだ。
嫌な気持ちはまったくなかった。
***
もはや周囲に、抵抗できる天使の兵は皆無だった。
残党は逃げるに任せて、深追いはしない。
それがイザークたちの判断だった。
こんなものか。天界の軍も存外情けない。
イザーク。お前が言うと、妙に聞こえるな。
他意はないさ。
イザークも魔界で楽しくやってるみたいで安心したにゃ。
こんな状況で楽しそう、というのもおかしな話だな、と君は思った。
そこまでです!
凛々しく透き通るような声と共に、燃えさかる炎の舌が、君の目の前に垂れ下がった。
炎の中から現れたのは、見覚えのある赤い髪の少女だった。
イザーク。
姉さん、兵を退くなら今だ。もうすぐ援軍も到着する。これ以上は無駄だ。
馬鹿げたことを言うな、イザーク。
ミカエラ様、言う通りにしましょう。無益な争いはやめるべきだと思います。
そうです。こっちには強い強いアルさんもいるんですよ。さっさと退いた方がいいです。
突然、一歩前に飛び出したルシエラは、翼を羽ばたかせながら、声高に言った。
さもないと、さすがのアルさんも怒っちゃいますよ。そもそもですね……。
むっ………
ルシエラの翼がアルドベリクの顔を撫でた。
羽ばたかせるたびに、何度も何度も。
アルさんはですね。お人好しなところもありますが、根っからの魔族で、本当は怖いんですよ。
ずっと羽が顔に当たっているにゃ。
む……。ルシエラ。
はい?なんですか?
気づいてないかもしれないが、お前の羽が俺の顔に当たっている。
え?気づいてましたよ。わざとですから。
なら、すぐにやめろ。
はーい!
なんだ、あいつは……
私たちと同じ……天使のようですね。見覚えはないですが……。
他のふたりが不思議そうにルシエラを見ているのとは対照的に、
ミカエラは鋭い視線をルシエラに向けていた。
ルシエラ………ルシエラ!こんなところにいたのですね。
イザーク。あなたがアルドベリクとルシエラを?
ああ。そうだ。
残酷なことを……。
その言葉とともに、ミカエラは一歩、イザークの近くへと進みかかる。
ミカエラ様……これ以上は。マクシエル様。敵の援軍の気配も近いです。
退きましょう。私たちは敗れました。もうこの戦いは無意味です。
ふん。
つまらなそうに、鼻を鳴らすと、マクシエルは飛び立った。
ミカエラもクリネアも、それに続いた。そして天使の軍も続いた。
やがて魔界に舞り立った天使たちは、皆いなくなってしまった。
イザーク。何の話だ。俺とルシエラに何がある。
そうだな………
と、イザークはもうひとりの当事者たるルシエラの姿を探した。
だが、どこにもいなかった。
もしかすると天使たちについていったのかもな。あの魔法使いもついでに連れて行かれたか。
まったく………
アルドベリクはそれを聞いて、すぐさま後を追いかけた。
残酷か………姉さん、それは少し違うな。