【黒ウィズ】双翼のロストエデン Story1
story1 初級 魔王と天使
彼の名はアルドベリク・ゴドー。魔界の王の1人らしい。
彼はルシエラが異界を超えて、クエス=アリアスに行ってから、戻ってくるまでの間、その歪みを拡げ、彼女を待ち続けていたらしい。
彫像のように、美しい顔が印象的だった。
それは表情が読み取れないという意味でも、同様だ。
うん、と君はウィズの言葉に同意した。
たぶん自分たちは、それをごまかすために、連れてこられたんだろう……。
それにしても……。
一言いってほしい。と君は率直に返答した。
最初から行き先がわかってたら、つまんないじゃないですか。
アルさんだって、私がいつ帰ってくるか分からないから、ワクワクしませんでしたか?
そう言うと、アルドベリクは君の方を見た。
ただ、ここは魔界だ。訳もなく、襲いかかってくる奴もいる。気をつけろ。
言葉とは裏腹に、なぜか彼の言葉は、人を安心させるような響きがあった。
***
道中に現れた魔物たちの大半は、アルドベリクのひと睨みで退散していった。
君は、恐怖で逃げることもできずに半狂乱で向かってくる者を退治するだけでよかった。
ルシエラがそういうのを聞いて、アルドベリクはそう言った。
アルさんとアベさんならどっちがいいですか?ルドさん、ベリクさんもありますよ。
さすがに君も肩をすくめるしかなかった。
ふと禍々しい雲が覆う空に、人影が見える。その人影は、急速に拡大していた。
やってきた人影は、君たちの前までやってくると、その場で羽ばたき、宙に浮かんでいた。
彼女は、相変わらずルシエラと押し問答を続けていたアルドベリクに声をかけた。
傍らで笑いを堪えるルシエラを牽制するように、アルドベリクは咳払いをする。
いや、そんなことはどうでもいい。至急、王侯会議を行うぞ。議題は……。
そこまで言って、エストラは言葉を切った。
確かに彼女の言う通りだった。
いつの間にか、神々しい光を帯びた白羽の兵士たちが、周りを取り囲んでいた。
***
***
その言葉の通り、彼にとっては、あの程度の敵を討つのは造作もないのだろう。
アルドベリクは、戦闘が終わってなお、涼しげな表情を崩さなかった。
エストラは、訝しそうに、アルドベリクの側にいる白い翼を持った少女を見た。
睨みつけるエストラの視線を、まったく意に介さず、ルシエラはふわりと舞いながら、答えた。
さすがのエストラも気が抜けたのか、
諦めたように、話題を元に戻した。
初めて来た場所、初めて会う人、初めて聞く言葉の連続。
会話についていくのかやっとだった君にとって、その名は、特に懐かしく聞こえた。
それはかつて会ったことのある男の名だった。
かつて天界の王の座を姉に譲り、異界へと降りた男。
イザーク・セラフィムの名は、君にようやく、自分が今いる場所を教えてくれた……。
……ような気がした。
彼は、いまどうしているのだろうか。
story2 中級 天界の攻勢
君のことを覚えていたのか、イザークは開口一番そう言った。
ウィズは呆れたように、尻尾を左右に掴った。
貴公らが少し変なのだよ……状況を説明しよう。
イザークの話によると、アルドベリクの留守を狙って天界の軍団が攻めてきたらしい。
この国を、魔界侵攻の拠点としようとしているのだ。
アルドベリクはルシエラの首根っこを掴み、持ち上げてみせた。
迎撃は我々が行う。魔法使い、せっかくだからお前も手伝うか?
笑顔でそういうこと言わないでほしい。と君は返した。
でもここにいて、響き込まれないのは無理な話かもしれないにゃ。
振りかかる火の粉くらいは払うにゃ。
仕方ない、と君はウィズの言葉に同意した。
***
魔界に降り立った天使たちの中に、燃えるような赤い髪をした少女がいた。
彼女の言葉を受けて、その傍らにいる痩身の天使は言った。
もう征伐の軍のいくらかは、この地への降下を終えている。
アルドベリクが戻っているなら、奴を倒して、そのまま、この地を制圧するまでだ。
この先、どんな予定外の事が起こるか………
マクシエルは、赤い髪の少女を一瞥した。
それだけ言い、ミカエラは踵を返した。
次の瞬間、空が破裂した。
降下途中だった天使たちの大半は制御を失い、哀れな滑空を行っていた。
いち早く、破裂した空へ向かって、飛び立ったミカエラ。
クリネアはすぐさまそれに続いた。
そして痩身の天使は、最後に続いた。
***
アルドベリクが造りだした、黒い魔力の塊が、天使たちの降下してくる空へ放たれた。
すると一瞬にして、押し寄せる天使たちは重力に捉えられて、地面に叩きつけられたのだ。
君は少し苦笑した。
まさか魔族と一緒に戦うとは……さすがに思わなかったからだ。
それでも、想像しているよりも、彼らは人間味のある人たちだ。
嫌な気持ちはまったくなかった。
***
もはや周囲に、抵抗できる天使の兵は皆無だった。
残党は逃げるに任せて、深追いはしない。
それがイザークたちの判断だった。
こんな状況で楽しそう、というのもおかしな話だな、と君は思った。
凛々しく透き通るような声と共に、燃えさかる炎の舌が、君の目の前に垂れ下がった。
炎の中から現れたのは、見覚えのある赤い髪の少女だった。
突然、一歩前に飛び出したルシエラは、翼を羽ばたかせながら、声高に言った。
ルシエラの翼がアルドベリクの顔を撫でた。
羽ばたかせるたびに、何度も何度も。
他のふたりが不思議そうにルシエラを見ているのとは対照的に、
ミカエラは鋭い視線をルシエラに向けていた。
イザーク。あなたがアルドベリクとルシエラを?
その言葉とともに、ミカエラは一歩、イザークの近くへと進みかかる。
退きましょう。私たちは敗れました。もうこの戦いは無意味です。
つまらなそうに、鼻を鳴らすと、マクシエルは飛び立った。
ミカエラもクリネアも、それに続いた。そして天使の軍も続いた。
やがて魔界に舞り立った天使たちは、皆いなくなってしまった。
と、イザークはもうひとりの当事者たるルシエラの姿を探した。
だが、どこにもいなかった。
アルドベリクはそれを聞いて、すぐさま後を追いかけた。