【黒ウィズ】アリエッタ編(GP2019)Story
2019/09/12
目次
登場人物
アリエッタ
エリス
ミリエッタ
story1 半額惣菜と憂鬱
アリエッタは不満を言いつつも、アジフライのパックを手に取った。
喉に引っかかる小骨を想像してうげーとなっていると、かって王都でエリスとかわしたやりとりを思い出す。
「あのね、魚のね、尾びれをスッととる魔法を開発したんだけど」
「そんなほかに使い道のない魔法を……」
いい?アリエッタ。尾びれじゃなくて骨にしなさい、骨に。骨だけスッととれたら、みんな喜ぶわ。骨よ骨。
「骨なー、骨はなー……。
魚の骨を自分の手でよけるのが、醍醐味なんじゃないかな……」
「なにもっともらしいこと言ってるのよ」
それに気づけた自分は、あれから成長したんだなあとしみじみ思いつつ、魔道スーパーの店員を呼び止める。
アリエッタは困惑する魔道スーパーの店員に半額シールを貼らせて、定価でアジフライを買った。
半額アジフライはエリスヘのプレゼントである。
ミツボシヘの筆頭理事業務引継ぎを終えたエリスは異動になった。
アリエッタ対策本部の責任者にして、実働部隊であるアリエッタ監督班のチーフも兼任することになったという。
手始めに班員向けのアリエッタ対応マニュアルを刷新するべく、日夜奮闘しているようである。
アリエッタ対策本部とは即ち元凶が自分なわけだから、ほんと、すまん、という気持ちはあった。
だからせめてエリスが喜ぶプレゼントを――それがアリエッタ的落としどころであった。
エリスはお惣菜ではなく半額シールをおかずにしている節がある。
アリエッタは惣菜が入った袋を振り回しながら、足取り軽やかにエリスのもとへ向かう。
うたた寝でもしていたのか、テーブルの上で突っ伏していたエリスがゆっくりと顔を上げる。
エリスはどこか憂いを帯びた目で、アジフライを見つめている。
想像上のエリスは、半額アジフライで狂喜していたのに。
だったらどうして半額アジフライで喜ばないのだろう。
半額に飽きてしまったのだろうか。それとも半額程度では吹き飛ばないくらいの疲れを溜めているのだろうか。
エリスをこのままにしておくのは、よくない気がする。
というか、半額惣菜と憂い顔の組み合わせは、なんかもう見てられないくらいに悲しかった。
ほんと、すまん、という想いが、アリエッタの胸でちくちくと疼いている。一体どうすればエリスを元気づけられるか。
天才的頭脳をフル回転させて導き出した答えは――
つまり、付きっ切りというわけだ。
エリスを元気づけるための、心を込めたパワープレイである。
超魔道グルメツアーの朝は早い。そして朝飯抜きである。
空腹は最高のなんやらという言葉がある。
そして、自分で苦労して手に入れた食材っておいしく感じるよね、それは言えてるね、という人口に膾炙(かいしゃ)したあれもある。
いつも通りの落ち着いたエリスだが、やはり少し元気がないように見える。それは朝飯抜きのせいかもしれないが。
アリエッタは魔道空間の中から1冊の本を取り出す。
『珍味ガイド』とは、魔道三大珍味に関する情報はもちろん、家庭で簡単に作れる珍味のレシピまで載っている総合珍味書籍である。
この百五十年の間、魔道三大珍味と言えば、カミソリザメの卵、オオグチドリの肝臓、マジカルきのこであった。
そう口では言っているが、エリスはまんざらでもなさそうである。
何を食べるかワクワクドキドキ。お腹も心も満たされて元気になること必至。アリエッタはさっそく手ごたえを感じた。
それからアリエッタとエリスは『珍味ガイド』に載っている地図を頼りにして、野を越えたり、山を越えたり、迂回したりした。
エリスは死にそうになっていた。
朝飯抜きからの昼飯抜きで歩き通しなのだから、当然といえば当然である。
そして、ついに、ふたりは楽園に辿り着いた。
絶景。アリエッタは思わず息を呑む。
アリエッタは食べられる草を荒々しくむしって頬張った。
エリスも食べてみて!旨みがえげつないよ!
朦朧としているエリスも、くずおれるように屈み、食べられる草をむしって口にする。
それからふたりは夢中で食べられる草をむしって食べた。
お腹がいっぱいになったら、食べられる草を枕に星を眺める。
星を見るエリスの目は、なんともいえず切なげだった。
さっきまであんなに楽しそうに草をむしって食べていたのに。
アリエッタプレゼンツの超魔道グルメツアーは続く。
story2 果汁と苦悩
超魔道グルメツアーの朝は早い。そして朝飯抜きである。
食べられる草をむしって魔道空間に詰め込んでから、アリエッタとエリスは次なる珍味を目指す。
それからふたりは平地を歩いたり、平らじゃないところを歩いたりした。
というか移動が単調で飽きた。あと昼飯を抜いたのもよくない。
うっかりしていた。このツアーはエリスを元気にするためのものだった。
エリスは今、珍味に惹かれて元気になっている。
自分の企画したツアーはうまくいっているのだ。そう思うとアリエッタの元気も湧いてくる。
地下洞窟の床には、侵入者を拒むようにびっしりと魔法陣が描かれていた。
アリエッタは魔道空間から魔法書を取り出す。
アリエッタが詠唱するやいなや、ふたりの足が天井に吸いついた。
ふたりは意気揚々と天井を歩きながら地下洞窟の奥へと進んでいくが――
床だけでなく、壁と天井にも魔法陣が描かれていた。
ふたりは床に描かれた魔法陣と魔法陣の隙間に降り立つ。
アリエッタは魔道空間から魔道スコップを取り出した。
でも、早かった。
地下洞窟の最奥に生える1本の樹に、たわわな果実はみのっていた。
アリエッタはウルトラフルーティーフルーツをふたつもぎ取る。果実は魔道水風船のようにたぷたぷとしている。
アリエッタはエリスに果実を渡し、目と目でタイミングをとる。
かじりついた瞬間、果汁があふれ出し――
噴き出る果汁は、あっという間にふたりを呑み込んだ。
溺れる。しかし、旨みがえげつない。
旨みに溺れて死ぬ――そんな人生も悪くないのではないかと思えるほどの美味であった。
旨みの奔流に呑まれながら、アリエッタは叫ぶ。
旨みの奔流は、行き場を求めて地下洞窟の中をものすごい勢いで流れてい 。
アリエッタは薄れゆく意識の中で、これ、丸飲みしてたら胃袋がやばかったんだろうなあと思った。
超魔道グルメツアーの朝は早い。そして朝飯抜きである。
それに尽きるとエリスは思う。この際、朝飯の有無などどうでもいいのである。
地下洞窟で旨みの奔流に呑まれたふたりは、洞窟の一部が海につながっていたのだろう、見知らぬ浜辺に漂着した。
アリエッタは悔しそうに砂浜をぼすぼす殴ったかと思うと、しょげかえってしまった。
ツアーの途中で、エリスは気づいた。アリエッタは自分のことを元気づけようとしている。
思えば、半額アジフライの晩は弱ったところを見せすぎてしまった。
エリスはそんな自分の至らなさを感じつつも、アリエッタの成長を噛みしめていた。
とった手段は少々アレだが、こうして人を元気づけようとしてくれたのだ。
人の親というのはこういう想いで子を育てているのだなと思った瞬間、父の顔が脳裏に浮かんだ。
贅沢な悩みなのかもしれない。身勝手で傲慢な想いなのかもしれない。
封印の魔法を扱うシャルム家は、かって魔杖エターナル・ロアの封印に失敗し、その地位と名誉は失墜し没落した。
そんな苦境に陥ったものの、エリスの立身出世によって、シャルム家の名誉は回復しつつある。
すべてがいい方向に進んでいくはずだとエリスは思っていた。
しかし――エリスは父との関係をうまく築けずにいた。
当主であるエリスの父は、仕送りまでしてくれる娘に対して負い目を感じているようで、弱々しく自分を卑下するようになってしまった。
そんな態度はやめてほしいとエリスは何度も言った。魔道士として結果を残せたのも、父さんの教えがあったからこそだとも。
それでも父がかっての威厳を取り戻すことはなかった。
先日の帰郷の際はそれが一層ひどくなっており、エリスは終始息苦しさを感じた。
貧しくてもー族の名誉回復をみんなで夢見ていた頃のほうが幸せだったかもしれない。
不安げなアリエッタの声で我に返る。
一族の汚名は雪げた。それは十分幸せなことだ。
幸せな一家団東に拘泥せず、すっぱりと諦めてしまったほうが楽になれるのかもしれない。
チンミという名の珍味を食べる――そんなふざけたことに興じていられるのだ。十分、幸せではないか。
story3 チンミと幸福
超魔道グルメツアーの朝は早い。そして朝飯は食べた。
今日は体力勝負だからである。
アリエッタとエリスは魔道三大珍味である幻獣チンミを捕まえるべく、秘境の原生林に足を踏み入れた。
とはいえ、幻獣というからには見た目が幻の獣みたいな感じのはずである。
見たらわかるだろうと信じて、ふたりは原生林の中を歩き回る。
しかし、いくら探しても幻つぽい獣も獣つぽい幻も見つからない。
そもそも森の中はしんと静まり返っていて生き物の気配自体が希薄だった。
声は、背後から聞こえた。振り返るとそこには――
チンミの低く唸るような声が響き渡る。
しかし私は珍味として喰われるつもりなど毛頭ない。幻獣として生き続けるという固い意志がある。
こいつ珍味のくせに結構語るなあとアリエッタは思った。
諦めずに逃げたからこそ、今もこうして幻獣として存在し続けているのだ。
チンミはエリスをしかと見つめている。エリスもまた、じっとチンミを見つめている。
焼き魚がそれっぽいことを言って、エリスがそれに聞き入っている。
アリエッタには、何の話なのかまったく見えてこなかった。
呆然としていたエリスは、その場にくずおれた。
そして、肩を震わせ、泣き出してしまう。
アリエッタはチンミ目がけて魔法書を投げつけようとして――
肩の違和感で、魔法書を落としてしまう。地下洞窟での呪いの影響が出てしまった。
エリスは頬を伝う涙を拭いながら、嗚咽まじりに言葉を紡ぐ。
珍味風情に道を説かれてる自分が情けなくなっていろいろ、考えちゃって。……ああ、本当に情けないわね。
いつも口やかましくお説教をしてくるエリスが、自分よりも小さな子どものように見えた。
エリスは小さくうなずいた。エリスは小さくうなずいた。
アリエッタは、エリスから目を逸らしたいような、目が離せないような、不思議な気持ちになった。
でも、きっと、逸らしちゃいけないんだろうなと思った。
私は父さんと母さんが好きだし、ふたりだって私が嫌いなわけじゃないと思う。ただ、なかなかうまくいかないの。
それでどうしてうまくいかないのだろう。アリエッタには想像もできない。
人の心を学びなさいとエリスはいつも言うが、どんな魔法よりも難しいもののように思えた。
エリスは指の先で涙を拭うと、微笑んでみせる。
……ふふ。こうして喋るだけで、気持ちが楽になるものね。家族のことは、諦められそう。
人の心は、よくわからない。でも、全部が全部わからないわけじゃない。
これは、諦めちゃダメなやつだとアリエッタは本能的に思った。
わたしは、エリスも家族も大事。だから、エリスも家族を大事にして。
泣き止んでいたエリスは、再び泣き出してしまった。
だけど、自分がすごく幸せ者だと思うわ……。
泣きながら笑っているエリスの気持ちが、アリエッタにはよくわからなかった。
チンミには、わかるのだろうか。
幻獣チンミは、幻のように消えていた。
豪華な家だろうが質素な家だろうが、他人の家というのはどうしたって他人の家の匂いがするものである。
しかしトワ家に限って言えば、自分の家以上に懐かしく温かい匂いがした。
何度かトワ家を訪れているエリスだが、初めて来たときからそう感じているのだから不思議だ。
……あれからエリスはアリエッタに連れられて、トワ家にやってきた。
魔道三大珍味最後の大物である幻獣チンミを食べ逃してお腹が空いているから、おいしいご飯を食べようという理由もあったが――
やっぱり、いい感じ!って思うことが大切なんだと思う。
だからまず、わたしの実家をエリスの実家だと思って、いい感じのイメトレをしよう。
怪獣の気遣いが沁みた。いつか夢に出てきた、いい子エッタのようだ。
案外、自分がどんどん弱さを出していけばアリエッタはみるみるいい子になるのかもしれない。
アリエッタはひと息つく間もなく、畑に駆け出していった。
ソースを何にでもかけるアリエッタの様子が、ありありと目に浮かぶ。
ふたりの声がきれいに重なった。
微笑みで促されたエリスは、口を開く。
私よりもエリスさんのほうがアリエッタと一緒にいる時間も長いでしょうから。気が向いたら、作ってやってください。
それからエリスは料理の手伝いをしながら、様々なトワ流レシピを教えてもらった。
畑から戻ってきたアリエッタが、下ごしらえ中の肉をらんらんとした目で見つめている。
私、魔道三大珍味なんて全然知らなくて。ミリエッタさんはご存知でしたか?
ミリエッタはきょとんとした顔で固まる。
なぜかアリエッタも『えっ?』という顔をしていた。
そのとき作ってたじゃない。珍味。
幻獣チンミはどんな幻獣にしようかってアリエッタいうから、魚みたいな感じにしたらどう?って答えた気がする。
そして、幻獣を魚にしたらというミリエッタは、まともそうに見えてもやっぱりアリエッタの姉なんだなあと、そちらも腑に落ちた。
和やかに笑い合う姉妹を見て、やっぱり諦めちゃいけないとエリスは思った。
こんな笑みを、父や母とかわしたい。幸せな一家団欒を諦めない。
もっと腹を割って家族と話してみようと思った。
もっと自分のことを知ってもらおう。
単身家を出てどんな日々を送ってきたのか。大切なものを知ってもらうべきだし、苦労話だって臆せず話してみるべきなのだ。
エリスにとっての苦労といえば専らアリエッタであり、大切なものもまた、アリエッタとの思い出である。
アリエッタを連れて実家に帰ってみるのも、いいかもしれない。
アリエッタは真っ先に肉を切り分け、口いっぱいに頬張った。
噛みしめるようにしみじみと漏らす。
エリスの心の中で、チンミが蘇る。
粗塩を振られ、串焼きにされようが、諦めない。
何かを勝ち取るとはそういうことなのだ。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
でも今は、目の前にある幸せを精一杯味わおうと思った。
黒ウィズGP2019 入選 アリエッタ・トワ
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