【黒ウィズ】アンダーナイトテイル Story5
アンダーナイトテイル Story5
目次
登場人物
story
漆黒のオーブから放たれる絶望の波動は、世界を塗り替えました。
正義や道徳観を失い、誰もが好き勝手に生き、他人を信じず、未来を考えず、現在がいいと開き直る。
マルグリットは、「童話の住人たちが暮らす異界」をそんな風に塗り替えてしまいました。
***
……あれ?
鮮血ずきんは抵抗する暇もなく、狼に噛みつかれてしまいました。
所詮は、非力な少女、はじめから狼に勝てるはずがなかったのです。
通りがかった猟師さんは、鮮血ずきんの悲鳴を聞きましたが、怖くなったので助けに向かいませんでした。
他の人たちも同様に、鮮血ずきんを助けにいきませんでした。助けに入って、逆に自分が食べられてはかなわないからです。
狼は、お腹いっぱいになるまで、鮮血ずきんを昧わいましたとさ。
めでたしめでたし。
みんな、絶望的な展開を望んでるんだ。悪が勝つのは、仕方ないことだぜ。
***
憐れ狼の餌食となる子豚たち。彼らを助けようとするものは、現われませんでした。
やらなきゃ……。演人は、読者の願望を叶えるのが役目だから。
リコラの手元には、マルグリットが用済みとして捨てた童話石が戻っている。
それは漆黒の輝きを放っていた。
story
ピノキオは、大きなハサミを振りかざし、旅人を襲っていました。
恐怖を与えるたびに彼らは悲鳴をあげます。それが、面白くておかしくて……。
ついついピノキオは、道行く人々を脅かすのです。
誰がなんと言おうと、あなたには心があるの。心がある限り、あなたは人間なのよ。
昔、そういうものになりたかったような気がする。
どうしてニンゲンなんかになりたかったんだろう?う~ん。
『私にはかつて、娘がいてのう。
ところが流行病に罹ってしまってな。とっくの昔に亡くしてしもうた。
本当に可愛そうなことをした。』
「ピノキオは、亡くなった娘さんの姿なの?」
おじいさんは、多くを語りませんでした。
ですが、いつも悲しい顔をしながら、まるで本物の娘のようにピノキオを愛してくれました。
ピノキオに身体を与えてくれたおじいさん。本当の父親のように大きな温もりでつつんでくれた。
おじいさんのことは、もちろん大好きだった。ただ、当時は好きという感情を知らなかった。
ケットを大事そうに両手で包み込む。
***
道徳や正義などになんの価値もない。悪こそ最も求められる価値を持つわ。
マルグリットの手によって、城内にいる演人のほとんどが、黒い表紙の絵本に変えられていた。
ヴィラードも、例外ではない。
この城を支配するのは、マルグリットただひとり。
演人たちは、絵本の中で悪夢という名の絶望の物語を、繰り返し繰り返し演じ続ける。
道徳の灯火は消えた。子どもたちに希望を与える童話は、ついに消え去ったかに思えた。
しかし、その闇を断ち切る者がいた。
ハサミが切り裂いたのは、絵本とこの世を隔てる境界。
漆黒のオーブが放つ闇の波動は、負の種を芽生えさせる力を持つ。
ピノキオの胸ポケットには、もっとも大事にしたいケットがいる。
絶対におじいさんの待つ家に帰る。人間の心を手に入れて!
火の魔法が放たれた。
木で出来ているピノキオにとって、火はなによりの天敵。
転がりながら、ピノキオは、黒い絵本の近くにこっそりと移動していた。
黒い絵本の中には、アーシュや魔法使いたちが、閉じ込められている。
大バサミを振るう。
アーシュたちが閉じ込められてる絵本の封印が切断された。
世界から希望を消し去ってしまった魔女マルグリット。
私は、あなたを許しません!
***
子どもたちが、夢なんて持てないじゃないですか!
アーシュの童話石は、暗闇の中でも煌々とした輝きを放ち続けている。
そんな人たちがいる限り、私たち演人は、希望を与える義務がある!
長針ランスが、マルグリットを貫いた。
これで決着――ならば、あっけなさすぎる幕切れだ。
ずっと悪い役をやらされて、鬱憤がたまっていただけなんだ。だから、とどめだけは、差さないでおくれ。
まるで、アーシュの靴を舐めかねないほど、腰を低くして惨めに命乞いをしている。
ここまで豹変するのには、なにか理由がある。アーシュに気をつけるように君は言った。
ハナから、あんたたちと戦うつもりなんて、さらさらない!私は、ただ支配するだけさ!
マルグリットが、アーシュに飛びかかった。
なんと、アーシュの変身が解けてしまった。
その手にあるのは、ガラスの靴。
オーブから放たれた分厚い闇の壁が、大波のようにうねりながら迫り来る。
アーシュに希望を託している読者たちが、まだいる証拠だ。
希望の輝きは、膨大な闇から君たちを守る盾となり、濁流に飲まれないために抗う杭となる。
ガラスの靴を失ったアーシュはただの少女。世界を支配せんとする魔女に対抗するには、あまりにもちっぽけな存在だった。
読者たちの絶望が、さらに童話石から輝きを奪っていく。
君は、残った魔力で魔法障壁を張った。なんとか耐えているうちにガラスの靴さえ取り戻せれば……。
アーシュ、君はなぜ人に希望を与えたいの?と君は訊ねた。
story
孤児だったアーシュは、とある下級貴族の家に養女として引き取られました。
養女といっても本当は、ただの下働きです。
意地悪な義姉たちに毎日虐められながら、こき使われていました。
「亡くなったお母さんの教えです。苦しい時こそ笑顔で!」
お屋敷での仕事は、きつい仕事ばかりでした。
おまけに養母や義理の姉たちは、素性の知れないアーシュを忌み嫌い、徹底的にいじめ抜いたのです。
「言ったことが、どうしてできないの?家に置いてもらっているだけじゃ不満なの?」
失敗するたびに鞭で叩かれ、冷たい水をかぶせられる毎日。
でも、どんなに辛くても、笑顔を絶やさないようにしていました。
笑顔でいれば、きっといいことがある。そう信じて。
「今日は、お城で舞踏会があると言って、みなさん出かけられました。
お城での舞踏会……。私みたいな子には、手の届かない世界です。
いけない。お養母さまや、お姉さまたちが戻ってこられる前に、掃除を終わらせないと。
きれいなドレス……私も着たいなぁ。
いけない。こんなことを考えている場合じゃないです。手を動かさないと……。」
控えめな性格のアーシュは、分不相応な夢を抱くことなく、黙々と働き続けました。
「ごほっごほっ。」
そのうちアーシュは、病に罹ってしまいました。
流行病でした。まともな食事を与えられていなかったため、身体は日に日に弱っていきました。
「早く病気を治してお仕事に戻らないと。お屋敷や暖炉の掃除、きっとほったらかしなんだろうなぁ……。」
お屋敷の下働き。それが、アーシュの仕事です。
でも、そこは、アーシュにとって居心地の悪い場所でした。本心では、戻りたくはありませんでした。
「ごほっ!ごほっ!
血?」
迫る死の気配。アーシュは、生まれて初めて恐怖を感じました。
「やだやだ。私はまだ、死にたくないです……。なにもしていないのに……。
前を向かなきゃ。病気になんて負けてられません。」
温かい涙が、頬を伝って流れ落ちます。
日々弱りゆく身体。命が残り少ないことに、アーシュは気づいていました。
弱りゆくアーシュは、病院に置いてあった「シンデレラ」の絵本を繰り返し、繰り返し読みました。
童話の中に登場するシンデレラとよく似た境遇で育ったアーシュは、たちまち物語の虜となりました。
べットの中で何度も何度も繰り返し、繰り返し、絵本がすり切れるまで読み返しました。
余命幾ばくもない彼女の希望は、童話の中にしかなかったのです。
「はあ……。はあ……。」
奉公先のお屋敷から治療費の支払いが打ち切られ、アーシュは病院を追い出されてしまいました。
行くあてもなく、弱った身体を路上に横たえ、ただ、死ぬのを待つばかり。
そんなアーシュにいよいよ最期の時が、訪れようとしています。
「私も……シンデレラのように……。なれると思ったのになぁ……。」
「なれるわ。」
その人は、なんの前触れもなく、アーシュの前に現れました。
「あなた、私の童話石にたくさん希望を送ってくれたわね?」
その人は、痩せ衰えたアーシュの手を握ってくれました。
「あなたは……。」
すぐに気づきました。その人は、アーシュが夢観ていた、理想の自分――憧れのシンデレラでした。
「……これは、夢でしょうか?……それとも、幻でしょうか?」
慌てふためくアーシュに、その人はあるものを差し出しました。
「私も、昔ある人に救われたの。このガラスの靴を貰ってね。
これを受け取って私は、演人になった。童話を読む多くの読者たに希望を与えるために。
あなたが送ってくれた希望によって、私はシンデレラでいられたわ。
でも、私はもう十分。今度はあなたが、幸せになる番よ。」
アーシュは、差し出されたガラスの靴に手を伸ばします。
「私も……あなたのようになれますか?」
「この靴を受け取ったあなたは、シンデレラになれるわ。でもシンデレラは、人々に希望を与え続けなければいけない。
他人の幸福を祈り続けることになるわ。そして、自分の幸せは、祈ってはいけないの。
自分よりも他人が幸せになる覚悟。
ある意味、それは呪いね。あなたに呪いを授かる準備はあるかしら?」
アーシュは、両親と死に別れ、厳しい家で奴隷同然の生活を送らされてきた。
そして、いま病に果てようとしている。
(その私に、自分の幸福を祈るなと、この人は言ってる……)
そんな残酷な言葉があるだろうか。
(でも、なにも持たない私が、人に希望を与える存在になれるのなら……)
心が動くより先に、アーシュは、ガラスの靴を受け取っていた。
「あなたなら、絶対に選んでくれると思った……。」
そして、アーシュはシンデレラとなった。
読者たちに輝ける夢と希望を与える演人となり、その人生は童話となった。
story
黒く染まりかけていたアーシュの童話石に、かすかに輝きが戻る。
ーか八か、魔法障壁を解除して突っ込むしかないのか、と君は作戦を脳裏に巡らせる。
コウモリのー群が舞い降りた。黒いコウモリたちは、集結してヴィラードとなる。
この男、まだわからないところはあるけど、いまの言葉に君も同意する。
マルグリットの注意が、ヴィラードに向けられた。その瞬間、君は障壁を解除して魔法を放った。
漆黒のオーブが、彼女の手からこぼれ落ちる。
君は、再びカードを抜いて魔法を放つ。
君が放った魔法に、マルグリットは魔法をぶつけてくる。効果は、空中で相殺された。
ヴィラードが、再びコウモリに姿を変えた。
魔法の鏡は、ヴィラードの位置を予測する。
マルグリットは振り返る。そしてヴィラードを左手で貫く。
彼の手には、ガラスの靴が握られていた。
はじめから、身を犠牲にするつもりだった。そうでもしない限り、この魔女からガラスの靴は奪えない。
再びガラスの靴が、アーシュの手に戻る。
ガラスの靴から希望が、光の粒子となって放たれる。
私は、必ずその思いに答えて見せます!
童話の光よ……世界を覆う絶望を消し去れ!
掲げられた童話石に光が満ちていく。
***
戦いは、ストルが優勢だった。本当の実力を痛いほど思い知らされていた。
懸命にちっぽけな自尊心を満たそうとしている姿を後ろから支える振りして、本当は笑ってたんでしょ?
ストルはいつも優しかった。
そんなストルの優しさに、なんの疑問も抱かなかった。むしろ当然のように受け止めていた。
足手まといの妹が居なくなって、清々するでしょうね。
いつものストルが戻ってこないのなら、こんな世界に生きていてもしょうがない。
涙が出るのは、死ぬのが怖いからじゃない。
一番大事なものを喪失したことに気づいたからだ。
ほとんど黒に染められていたはずの童話石が、不意に輝きを放った。
誰かが戦っている。
この城の奥深くで。世界を支配しようとする魔女から、すべてを取り戻そうと……。
童話石が、再び闇に染まる。ストルの本来の意識も、再び閉ざされようとしている。
その言葉は、トルテの勇気に火をつけた。
だから、もう迷わない。もう諦めない。もう泣き言は言わない。
残る力全てを振り絞って、ストルの童話石を弾き飛ばす。
童話石が手元から離れたストルは、絵本に変わった。
トルテは、ヴィラードがもってきた魔法のペンを握りしめる。
助ける道は、ひとつ。改鼠されたストルの物語を本来の物語に書き換える。
私が連れ戻してあげるわ!
***
さあ、演人どもよ。もうー度、絶望的なブラック童話を再演するのだ。
新たなる主、マルグリット様のために……ぞよ!
でも、聞いてくれないなら、メメリーは全力で抵抗するのです!
読者たちに希望を与えるような台詞は、マルグリット様に怒られるぞよ。
ヘンリーは気づいた。光を失っていたはずの童話石が、まばゆく輝いていることに。
……って、ええっ!?なにこの格好。やだ、恥ずかしい!
絵本の外から、何者かが境界線を断ち切って、侵入してきた。
いま、絶望を振りまく魔女と、必死に戦っている人たちがいる。
少しでも、希望が必要。あなたの演人としての力を貸して欲しいの。
私なんかが、誰かの希望になれるのかしら?
童話石が、ー際大きく輝いた。
story
幸福になれるのは、所詮ー部の演人だけ。我々のようなハナから悪役とされるものたちの声を一度でも聞いたことがあるのかしら?
マルグリットは、黒い絵本からヘンリーを呼び出した。
知っているのよ、その姿を保っていられるのは、深夜12時までだってことを!
そして、ガラスの靴の効果が切れて、平凡で地味でつまらない女に戻った瞬間、思う存分切り刻んでやるつもりさ!
だったら、こちらもあと3分、全力を出し切るだけだと君は言う。
輝きを放っていた童話石に、黒い影が差し込む。
君もアーシュも、まだ諦めてはいない。
けど、読者たちの心は移ろいやすい。彼らの中に諦めを感じはじめているものたちがいた。
絶望が、より濃さを増してきた。
あの人だけじゃない……。沢山の人が、私にこの靴を手渡してくれました。
みんなの気持ちを、絶対に無駄にはしません。
師匠までもが、絶望に染められようとした。その時だった……。
ラグールの傍に、魔法の鏡があった。魔女がアーシュたちに気を取られている間に盗んだのだ。
人の本心まで塗り替えることはできません。
人間は、いつだって夢を見たいのです。どんなに大人になっても……ね?
***
童話石の輝きに照らされ、魔女は断末魔に近い悲鳴をあげていた。
希望の象徴シンデレラ。貴様さえいなくなれば、もう、愚かな希望を抱くものはいなくなる!
俺に命令できるのは、最愛の妹トルテだけだ。
トルテの手には、魔法のペンが握られている。
各々の童話石に蓄積された希望が、アーシュを包み込んでいく。
そして、死んだスノウちゃんの思いも……この童話石に宿っています。
絶望など人は、求めていない……。どんな時だって、希望を捨てたくない。
それが人というものです。
シンデレラの力は、彼女の切なる願いを現実のものとする。
アーシュの童話石が放つ輝きによって、辺り一面が光に覆われた。
その膨大な輝きに抗えなくなった漆黒のオーブは、粉々に砕け散った。
私は、不死身だ!必ず魔力を取り戻して、再びこの世を絶望に突き落としてやる!
君は言う。そんなに世の中に絶望を振りまきたいなら、あなたが主役の物語を造ればいい。
君は、マルグリットの張った結界を真似て、魔法陣を描く。そして、絵本化の魔法を放った。
絶望的な物語を絵本の中で、ひとりで繰り広げればいい――
そんな物語で読者たちが、満足するかはわからないけどね――
君は、マルグリットをー冊の黒い絵本の中に封じることに成功した。
アンダーナイトテイル ~童話戦争~
~END~