【黒ウィズ】アンダーナイトテイル Story4
アンダーナイトテイル Story4
目次
登場人物
story
ヴィラードの手には、絵本に変えられたストルがいる。
***
少年が生まれたのは研究所でした。
深淵からやってくる異形と戦うために生み出された存在。
それが、トルテとストルという双子の人造兵器でした。
「試作零号研究体。今日から君をそう呼ぼう。」
兄のストルは、トルテよりもー足早く目覚めました。
しかし、大勢の研究者たちに期待されて生まれましたが、彼には重大な欠陥がありました。
「なぜ命令に逆らう?お前は、出来損ないだ。私たちの研究に泥を塗る失敗作だ。」
「勝手に生んでおいて……酷い言い草だ。」
「命令に従う気がないのであれば、スクラップにするのもやむを得んな。」
「俺は俺だ。ー方的に命令する権利など、お前たちにはない。」
研究者たちの言動全てにストルは怒りを覚えます。ですが、いつも爆発する寸前のところで怒りは鎮められてしまいます。
「こいつはとんだ失敗作だ!トルテさっさと1号研究体を起動させろ!ストル試作零号休を破壊させるんだ!」
研究者たちは、1号研究体を起動させました。
「はじめまして。私は、トルテ。あなたが、私のお兄ちゃん?」
「そうだ。俺を殺しに来たのか?」
「お前は、所詮この1号研究体を生み出すための試作機。踏み台なんだよ。」
「……。」
「それのどこに不都合があるの?
兵器なんてものは、あとから造られたものの方が、性能がいいに決まってるじゃない!?」
トルテは、躊躇うことなく研究者を殺しました。
「人間なんかに、好き勝手言われてはずかしくないの?」
「悔しかった。とても、苦しかった……。」
「きっと奴らは、あんたの感情にトリガーを設けていたようね。ー定以上の反抗心を抱かないように。
はい……。あなたの感情を抑えつけていたものは、私が、取り除いてあげたわよ。」
「ありがとう……。」
「お礼の代わりに、私とー緒に来てくれる?この苛立ちを晴らしたいの。
まずは、研究者を全員消すわよ。あいつら、平和を守るという名目で、私たちの姉妹を沢山造っては、スクラップにしてきた。
手を貸してくれるでしょ?お兄ちゃん。」
「トルテ……君は最高だよ。」
世の中のあらゆる欺瞞に苛立ちを覚える妹のトルテ。
ストルは、人間たちから解放してくれたトルテに生涯尽くすことを誓いました。
「狭い世界から解き放ってくれたのが、トルテだから。今度は、俺がトルテを助ける番だ。」
story
マルグリットは、虚空で指を鳴らした。魔法のペンが出現する。
兄ストルは、優秀な妹が、やがて自分を殺すのではと、疑念を抱きはじめます。
そして、彼は妹を倒して、本当の自由を勝ちとることを決意するのでした。
……どうかしら?これで、名作になったと思わない?
マルグリットは、童話石をストルに返した。
ゆっくりと妹を振り返ったストルの瞳には、憎しみが宿っていた。
ストルの内面からは、抱いてはいけない負の感情が湧き出ていた。
必死に抑え込もうとするのだが、演人は自分の物語から逃れることはできない。
ずっと、傍にいてくれたのは、トルテだけだった。その妹を……妹を……!
理性で衝動を押しとどめようとするが、ストルの肉体は、精神を離れて、勝手に動き出していた。
童話石が、さらに黒く濁った。
目の前のトルテヘの殺意に逆らうことは、物語に逆らうことになる。
だからストルは、愛する妹に対して、武器を振り上げた。
せめて……逃げてくれ……。
トルテの〈シュッタヘル・シュバルト〉が弾き飛ばされた。
その時、黒いー群が、漆黒の羽をはためかせて舞い降りてきた。
コウモリは、すぐさま立ち去った。玉座の間からは、トルテの姿だけがなくなっていた。
story
アーシュが、いない。
小屋の中だけでなく、周囲も探し回ったが、どこにも彼女の姿は見つからなかった。
お城から、女性の悲鳴が響き渡る。
***
アーシュが誰かを庇っている。その女性は、浅くはない傷を負っていた。
光を失った眼に、殺意だけが宿っていた。
じゃあ、あんたをスクラップにするのは、私の役目ね。
事情はわからないが、その怪我で戦うのは無謀だと君は言う。
彼女が放ったのは、この異界特有の魔法だった。
君がとっさに魔法障壁を張り巡らし、無防備なアーシュたちを守る。
だったら、これはどうかしら?
黒いオーブから、闇が波動となって放たれる。
君たちの童話石から、光が奪われていく。
あのオーブの前では、童話石が濁ってしまうから変身もできないはずだよ。
まさか、ひとりで残るつもりなのか?と君は訊ねる。
スノウは、ガラスの靴を君に手渡す。
魔女が、再度オーブを使おうとしている。
ひとり置いて行くことを躊躇う君に、スノウは優しい微笑みを返す。
だから、負けるわけにはいかないんだ。
story
スノウの胸では、童話石が心臓の鼓動のように明滅して、命を繋ぎ止めている。
産みの母親と死に別れたスノウとマルグリットは、はじめから対立していたわけではなかった。
マルグリットが豹変したのは、真実を映し出す魔法の鏡が、ある答えを提示してからだ。
***
あるところにシラユキという王国がありました。そのシラユキ王国がもっとも喜びに満ちた日。
それは、珠のように美しい王子が産まれた日でした。
雪のような白い肌の王子に、王は「スノウ」と名付けました。
シラユキ王国には、他国とは違う決まりがありました。それは、王国を統べるのは女王ということ。
そして、女王には、王国ー美しいものだけがなれるという決まりです。
やっと生まれた子どもに女王位を継がせたかった王は、王子スノウを“女の子”として育てることにしました。
しかし、スノウが成長する前に、優しかった母――シラユキ王国の女王は、病で死んでしまいます。
その後、よその国からやってきた美しい女性と王は再婚しました。それが、スノウの継母マルグリットです。
「今日からこの私が、シラユキ王国を支配する女王よ。」
王が病で死んだ後、シラユキ王国は、王国ーの美貌の持ち主、マルグリットのものになりました。
「鏡よ鏡。教えてちょうだい。この国で、1番美しいのは誰かしら?」
『それは、マルグリット様です。』
「ならば、この王国は、私のものということね?」
けれども、マルグリット女王の立場は、長く続きませんでした。
「鏡よ鏡。教えてちょうだい。この国で、1番美しいのは誰かしら?」
『1番、美しい女性はあなたです。』
「そうよね。おほほほほほっ……。」
『でも、性別に拘らなければ、1番美しい人は、スノウ姫です。』
母親が死んでから、スノウはお城の片隅にある塔に監禁されていました。
マルグリットが、気づかないうちにスノウ姫は、美しく成長していたのでした。
「けど、1番美しい女性は私なんでしょ?だったら私が、女王ってことになるんでしょ?」
『いいえ。あなたの美しさは、王国で2番目です。1番はスノウ姫です。スノウ姫がこの国で1番美しい人です。』
王国の規定では、王国ー美しい者しか女王の位に就く権利はないと定められています。
マルグリットにとって不運なことに、必ずしも、女性に限るとは、定められていませんでした。
「つまり、私はこの国の女王ではいられないと?」
『はい。』
「じゃあ……スノウ姫さえいなくなったら、私が1番ってことね?」
そして、マルグリットは、スノウの命を狙うことにしたのです。
国民は、王妃の息の掛かった兵たちに恐れを成して、誰も助けてくれませんでした。
「スノウ姫だな?ついに見つけたぞ。」
身も心もボロボロになったスノウは逃げ疲れ、ついに暗殺者の手にかかってしまうのです。
「お前を殺した証拠に、心臓を持ってこいと言われている。
悪く思うな。これも、仕事だ。」
「もう……いいや。こんなくだらない人生が、いつ終わっても……。
でも……せめて、友達が欲しかったな……。」
生まれてから、お城を出ることを許されなかったスノウは、年の近い子たちと遊ぶこともありませんでした。
「神様、もし生まれ変わったら、僕に友達をください。」
瀕死のスノウの願いを聞き届けたのは、神様ではありませんでした。
そこに現れたのは、漆黒の翼を持つ吸血王子ヴィラード。
「マルグリットに心臓を奪われた娘か?憐れだな。」
通りすがりのヴィラードは、スノウの傍に童話石があるのを発見しました。
「私は、遊戯の参加者を探している。もし、お前にその資格があるなら、生きながらえることができるかもしれん。」
ヴィラードは、スノウの童話石を心臓があった位置に埋め込みます。
「遊戯に勝ち残れば、本物の心臓を取り返すこともできるだろう。」
***
スノウが放つ、7体のあみぐるみの戦士たちは、縦横無尽に飛び回り、マルグリットを翻弄していた。
スノウの卓越した人形操術により、ドワーフ戦士は、鋭利な刃物を持ったに等しい攻撃力を有していた。
7体のドワーフ戦士が、ー斉に宙に放たれた。狙いは、マルグリット――
しかし、マルグリットに迫っていたドワーフ戦士たちの動きが、突然、止まってしまった。
胸の辺りに熱いものを感じた。スノウが、心臓に嵌めている童話石が、怪しい明滅を繰り返している。
マルグリットの手にあるもの。それは、闇よりも暗い波動を放つ、漆黒のオーブだった。
漆黒のオーブから、暗い波動が放たれた。
童話石が、オーブに呼応して、装着者であるスノウの精神を蝕もうとする。
他の参加者……そうね。アーシュとか言ったわね。あの娘の童話石を奪ってくるのよ。
漆黒のオーブから放たれた波動が、スノウの精神をさらに蝕む。
あなたを操り、他の参加者たちを殺させるわ。虐殺のシラユキ姫として、汚名を残すのよ。
読者たちは、きっと絶望するでしょうね。真っ黒に染まったお前の童話石は、私がいただいてあげるから心配しないで。
マルグリットは、動けなくなっているスノウを蹴った。
あんたが存在しなければ、シラユキ王国は、もっと早く私のものになっていたわ。他の王国も、とっくに攻め滅ぼせたはずよ!
心臓を奪って、楽に殺してやろうと思ったのに、無駄に抵抗しやがって。生意気なガキだよ!
さあ、大切な仲間を殺せ!そして、読者どもを絶望させろ!
スノウ・シラユキの物語のラストシーンは、返り血を浴びたスノウ姫の残虐な姿ってのはどうかしら?
それで童話石は、黒く染め終わる!負の感情に包まれた、絶望の世界がはじまるのよ!
あなたは、可愛そうな人だ。きっと生涯本当の美しさを知らずに死んでいくんだろうね。
そう言って、心臓に埋め込んでいた童話石をつかんだ。
スノウは、心臓に嵌めていた童話石を抜き取った。
スノウは、最後の力を振り絞って童話石を投げつけた。
スノウの手から放たれた童話石は、漆黒のオーブにぶつかったが、わずかに傷を付けただけだった。
倒れ込んだスノウは、それっきり動くことはなかった。
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城内は、あちこちで暗闇が壁となり、視界を塞いでいた。
ドワーフ戦士が1体、こちらに向かって力なく歩いてくる。
そして、君たちの所まで近づくと、力尽きて、ただの毛糸に戻った。
いつの間にか戦いの音は止み、静寂が周囲を包み込んでいた。
君たちは、先に進むのをやめて、引き返すことにした。
君たちは、倒れているスノウを発見した。その身体からは、生気は感じない。
言葉を投げかけてみても、肌に触れてみても、冷たい反応が返ってくるだけだった。
演人同士が戦ったり、親子なのに憎しみあったり、私たちの暮らす世界は、こんな悲惨な世界じゃないはずです。
冷たくなっているスノウを調べる。心臓の辺りにぽっかり穴が空いている。
「魔法使いさん!」
他人に甘えたことがないのだろう。感情表現は、下手なところはあったけど、……とても人懐っこい子だった。
でも、スノウには何度も助けられた。スノウがいてくれたから、君たちはここまでこれた。
さあ、選びなさい。金の斧と銀の斧。あなたは、どちらで殺されたいですか?
スノウちゃんは、不幸な子でした。母親に命を狙われるような子が、幸せになれるわけないじゃないですか。
子どもの命を狙うような悪人を、私は絶対に許しません!
ガラスの靴を履き、アーシュは自分の童話石を掲げた。
光に包まれたアーシュは、再び〈シンデレラ〉へと姿を変えた。
だから、いまは後悔を押し殺して戦います!
読者たちが、アーシュの精神に呼応するかのように、童話石が星のように瞬いた。
私も、そうありたいと思っています。
希望なんて反吐が出るわ。ここで、消えて貰います!
***
完全じゃないって、わかっているからこそ、一生懸命に生きてるんです!
長針型のランスを振り下ろす。
アリアの童話石が、叩き落とされる。童話石の魔力を失った演人は、絵本になる。女神といえど例外ではない。
勝ちはしたが、喜べるはずもなかった。
スノウの胸には、命の源となっていた童話石がもうないのだから。
童話石……?
君は、懐から自分の童話石を取り出した。まだ、黒く染まってはいなかった。
それをスノウの心臓に埋め込んでみる。
絵本になる心配はないよ、と君は手を掲げた。
童話石を手放した君の周囲に、薄く光る粒子のようなものが集まってきている。
それは、この城全体に張り巡らされた結界から、送り込まれている魔法の素子らしい。
だから、魔法で障壁を生みだし、魔法素子の干渉を拒絶すれば、童話石を手放しても絵本にならずに済む。
君の魔力がつづく限り、絵本化は防げるだろう。だから、童話石をスノウにあげても問題はない。
……はずだった。
だから、スノウちゃんはもう……。
君は、落胆して自分の童話石を手に取った。誰かの感情が流れ込んでくる。
「最期に、魔法使いさんに伝えたいことがあったの。魔女マルグリットが持ってる漆黒のオーブのこと。
あれは、演人の童話石に作用して、操ることができるオーブなんだ。
だから、止めないと……。もっと沢山の演人が犠牲になる。
僕は、できなかった。でも、アーシュと魔法使いさんならきっとできる。お願いだ。マルグリットを止めて欲しい。」
君は言葉を投げかけようとした。このままだとスノウは、向こう側に行ってしまう。
しかし、言葉が出なかった。すでにスノウは、死んでいる。生きている君と、会話なんてできるはずがない。
「それから、魔法使いさん。アーシュのこと、助けてあげて。
きっと心が折れそうになっているはずだから、支えてあげて欲しいな。僕はもう、友達でいてあげられないから。」
最後までアーシュのことを気にしていた。
君は、白い光の中にスノウが消えていくのを、見ていることしかできなかった。
アーシュは、まだ涙を流している。
君は言った。スノウのためにも前を向こうと。
そうしないと、スノウちゃんは、安心して眠れないでしょうね。
だから私は前を向きます。もう、涙は流しません。
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けど、お陰で、あの子の童話石が手に入ったわ。
完全な黒ではないけれど、先に手に入れた狼娘の童話石と合わせれば、オーブに満ちる絶望は、十分ね。
漆黒のオーブは、2つの童話石を吸収して、完全な黒に染まった。
オーブに必要な絶望が、二分に満たされた証拠だ。
道徳を盾にして童話を支配してきた演人どもと、我々悪役の立場が、ついに逆転する時が来たのよ!
遊戯も、すべてそのためのお膳立てか?
その目的のためにアンタは騙され、利用されたのよ。気づくのが遅いわよ?
諦めたように呟くとヴィラードはマントを翻して、その身を闇に溶け込ませた。
小さなコウモリが無数に出現しマルグリットを取り巻く。
コウモリごときが何匹こようが、私の敵ではないのよ。おわかり?
気が付くと、胸に挿していた魔法のペンがなくなっている。
コウモリたちに持っていかれたのだ。マルグリットの美しい額に、青筋が走った。
ストルはうなずくと、すぐさまヴィラードを追いかけた。
story
君たちは、城の奥へと進んでいた。
私と喧嘩したときは、手加減してくれてたのね。いえ、喧嘩じゃないか……。私がー方的に暴力を振るっていただけ……。
今まで色んな人に会ってきた。今更機械の身体を持つトルテに驚く理由などなかった。
コウモリのー群が飛来してくる。奴らには、あまりいい思い出がない。君たちは当然警戒する。
これを……。
魔女に利用されていた愚かな男のせめてもの罪滅ぼしだ。
トルテは、受け取ったペンをじっと見つめる。そして、強くうなずいた。
ヴィラードの背後から風のように忍び寄るひとつの影があった。
崩れ落ちるヴィラード。影が、正体を明らかにする。
標的のヴィラードだけを見ていた瞳が動き、かつての最愛の妹を認識する。
この奥に魔女がいる。
倒せば、この狂った遊戯に幕を引ける。だから、なんとしても魔女を倒す。
玉座の間へ急ぐ君たち。
いつの間にか、見覚えのあるふたりが、君たちに併走するように走っていた。
***
童話の住人たちが暮らす異界。道徳に満ち溢れ、正義が支配する世界。
それがいま、魔女マルグリットの手によって変革されようとしている。
しかし、その神聖な儀式を踏みにじるように、玉座の間へと迫る慌ただしい足音があった。
従者のように従っていたストルは、いまトルテと戦っている。
マルグリットの傍にあるのは、怪しい気配を放つあの鏡だけだ。
遊戯を勝ち抜いて、ここまで辿りついた演人たちへのプレゼントよ!
漆黒のオーブを天高くかざしている。
放たれたランスは、白いー条の光となって、マルグリットに襲い掛かる。
光のランスは、マルグリットが、咄嵯に張った魔法障壁を突き破った。
貫いたのは幻影。実際のマルグリットではなかった。
掲げられた漆黒のオーブから、黒い波動が無数に放たれる。
正義ではなく、悪徳が栄えるように……。道徳ではなく、背徳がはびこるようになるわ。
そして、人々の心には、希望ではなく、絶望が芽生えるように。
これより待ち受けるのは、悪役が主役となる世界。価値観が逆転した世界であなたたちはどう生きるのかしら?
さあ、第2幕の幕開けよ!