【黒ウィズ】Birth of New Order 2 Story5
story
天より、煌めきを超越した光芒が放たれる。
弱き者たちは、逃げ惑った。嘆き、叫び、そして死を恐れた。
審判の対象は、無差別だった。インフェルナ、サンクチュアの区別なく、天の裁きは平等に降り注いだ。
ラーシャは戦友だった。執行騎士の宿命とはいえ、あのような姿に成り果てた彼女を見るのは忍びない。
磔剣が、ケラヴノスを斬りつけた。彼女の頬に薄い傷を付けた。
ケラヴノスは、頬から流れる血を舐めた。まだ人の血の味がした。
粒子が集まる。鎖に繋がれた執行器具が、呻る。獣のように響めいて、本来の姿を顕示する。
鎖を引き、磔剣を操った。審判獣と同調した相手に対し、リュオンは生身での応戦を試みる。
リュオンも同調の繰り返しで、精神的に相当の負荷を負っていた。
執行器具と心臓を繋ぐ鎖は、君が知っているそれよりも、さらに短くなっていた。
攻撃を受けた。姿勢が揺らいだ。生身のまま審判獣の相手をするのは、無理がある。
君は、迷った。審判獣と同調しないとリュオンは負ける。
君には役目がある。イスカが戻るまでインフェルナ軍と民を守る役目が。
光の粒子が結集していく。あの中にラーシャがいる。
「もし、私が消えて審判獣だけ残ったら、勇気ある魔法使いさんに倒してもらうわ。ね?いいでしょ?」
ラーシャはどこにもいない。空を漂うのは、おぞましき異形のみ。
君は、呼びかけた。答えはなかった。集まった真理の光芒が放たれる。
魔法障壁を張り、防いだ。インフェルナ兵が、我先にと逃げていく。
決意した。兵たちがすべて逃げ切るまで、ー歩も下がらないと。
師匠仕込みの魔法障壁は、そうやすやすと破られはしない。だから心配いらないと君は言う。
(助けて、誰か……。
泣き声が聞こえる。女性の声だ。
まだいる。ラーシャがハーデスの中に。かなり希薄な気配だ。でも、存在は感じる。
(ここは、暗くて寒いわ。誰でもいい。私をここから出して。
障壁は限界だ。それでも、君は引かなかった。引くつもりなどない。
ラーシャに呼びかけつづける。答えて欲しい。元のラーシャに戻って欲しい。
君の魔法障壁は、真理の光芒を受け止めきった。
ハーデスは、裁きが正しく下されなかったことに不満があるように咆吼をあげた。
これは、人間である君に対する裁きでもあるのだと気づく。
再び、光の粒子が集まっていく。君は絶望的な気持ちになった。
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暴虐のハーデス。聖堂兵たちまで、戦争を忘れ、逃げ惑っていた。
君は魔法を放つ。このー撃が、少しでも時間稼ぎになる、ことを祈って。
天を劈かんばかりにハーデスが吼えた。凝集しかけていた光が、霧散する。
躊躇いをかなぐり棄てる。君は、底を尽きかけていた魔力を練った。
雷の衝撃による連続攻撃。雷撃は、波動となり、ハーデスの殻衣にヒビが入る。
(誰、私を苦しめるのは?
ラーシャの悲鳴が聞こえた。ー瞬、手が緩んだ。
その躊躇いを狙い澄ましたように、薙ぎ払われた鎖が君を捉えた。
倒れ込んだ君の頭上に影が差す。
頼もしい援軍……なのだろうか?
頼りにしていいのかわからないが、少なくとも、孤独で戦うよりはマシだろう。
君はカードを抜く。支援を頼むと、シリスに言った。
魔法を放った。弱い魔法だが、これはただの目くらまし。
シリスの執行器具が、ハーデスの肉体に巻き付く。
あっけなく鎖で固縛できた。これでハーデスの動きを、こちらが制御できる。
ありったけの魔力を使い、君は持てる力のすべてを叩き込んだ。
殻衣が弾ける。悲鳴。審判獣が苦しそうに呻いた。
ハーデスの咆吼が轟く。雲が震え、海面に波紋が生じた。
これで終わりだ。ラーシャを返せ。お前の中にいるラーシャを、と君は心の中で叫ぶ。
巻き付いたシリスの鎖が、軋みをあげている。まさか、固縛を解き放つつもりなのか?
土煙の中。ハーデスのロ腔に輝ける粒子が、集結していくのが見えた。
「危ねえ、避けろ!」
鎖が引き千切られた。同時に放たれる真理の光芒。君は、避けられなかった。
判断が遅れた。ここまでかと思った。そんな君を突き飛ばすひとつの影。
君は、礼を言った。と同時に誰?と訊ねた。
破れた執行騎士の制服。そのポケットから、クッキーやキャンディーなどのお菓子が出てくる。
君は直感する。もしかして、彼はマグエル先輩なのだろうか?
全然わからない。でも、首輪は、マグエル先輩が胴に巻いていたものと同じだ。
魔法使い、シリス。おいらについてこい。
***
恐怖が伝播し、混乱するサンクチュア人は、方舟に殺到した。
聖職者たちが、群がる民を蹴落としていく。
その様は、人間のありのままの姿だった。
ケラヴノスは、吐き気を催した。やはり、人間は裁かれるべきだ。
灼熱の炎が、方舟に群がるサンクチュア人を襲う。
頭首の帰還に民は湧き立った。戦闘よりも、みんなの安全確保を優先するのは、彼女らしかった。
イスカが来てくれたのなら、インフェルナの民のことは、心配する必要はない。ハーデスに意識を集中させられる。
シリスの執行器具が、再びハーデスに巻き付いている。その鎖を振りほどこうと、ハーデスが暴れ狂っていた。
荒ぶる神。鎮めるには、より強大な力で押しつぶすしかないのか。
封印される前の時代は、あまりにも古い。記憶を細部まで掘り返すにも、時間がかかる。
ふと、マグエル先輩は自分の右手を見つめた。拳に鍛錬を重ねてきた痕があった。
君は、魔法を地上に向けて放つ。生じた慣性に乗って、マグエル先輩とともに飛ぶ。
マグエル先輩は、固いハーデスの殼衣を殴った。なんのひねりもなく、ただ殴った。
しかし、無意味ではなかった。マグエル先輩の拳を通して、意思が。願いが。届いた。
不思議な力だった。これが、執行騎士マグエルが封印された理由なのか。
誰かを助けるためならば、枯れかけていた魔力が、いくらでも蘇る気がした。
だからもうー度行くよ、と君は言う。マグエル先輩は、ぐっと親指を立てた。
放つ魔法に祈りを込めた。マグエル先輩の拳が、ラーシャを取り戻すことを願って。
拳が、ハーデスの殻衣を破壊した。剥がれた粒子は、塵となって風に流された。
大勢の者が真理の光芒の犠牲になった。
ハーデスを解き放ったものは、断罪されなければいけない。
ラーシャも目覚めれば、きっと己の冒した罪を悔いるだろう。
それでも。後悔も懺悔も、人でなければ出来ないことだ。
人の姿に戻ったラーシャにマグエル先輩とシリスが抱きついた。
死屍累々とした光景を眼にし、うなだれた。
そう言ってラーシャは意識を失った。
いつまた再び、精神が不安定になるかわからない。このまましばらく寝かせておくのが、彼女のためだと思った。
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ネメシスの殻衣に亀裂が走っている。人間の血とは色の違う体液が、溢れ出ていた。
イスカの養父イーロスをリュオンは斬った。それが切っ掛けで、命を削り合ったこともある。
その時は、リュオンが勝ち、イスカを追い詰めた。けど、命は奪えなかった。
審判獣が目覚めはじめている。
インフェルナもサンクチュアもなかった。人類そのものの危機だ。
鐵色に輝く無数の刃。羽根の形をした凶器は、ケラヴノスの意思を持って動く。
それは凄烈な連打となってふたりを襲う。皮膚と殻衣が、切り裂かれる。血飛沫が飛んだ。
だが、本当の狙いは、甲板にいる人間たちだった。
殺意を持って自在に飛び回る羽根は、看板上にいるサンクチュアの民を襲った。
死にゆく人々。命を散らし、方舟の甲板は血だまりがいくつも出来た。
さらなる攻撃の予兆。甲板上には、まだ大勢の人が残っている。
戻ろうにも、間に合わない。
君の魔法障壁が、雨のように降り注ぐ羽根を防いだ。
甲板上には、病人や怪我をして動けないものもいる。兵も病人も、みんな救いを求めて、ここにやってきた。
そして、なにもしない聖職者もいた。
マグエルや君の行動に、サンクチュアの民が賛同する。
動けるものは、動けないものを助けた。力のあるものは、力のないものを守った。
人同士の絆が出来ていた。
裂帛の気合いとともに流星のように飛翔する。
お互いが衝突する。激しい火花が散った。もうひとつの流星が、加わった。
イスカだった。ケラヴノスに迫るリュオンの背中を押している。
リュオンは、イスカの助けを得た。魔法使いたちのお陰で、民を守りながら戦う必要もなくなった。
戦いに集中できた。動きが見違えるようだった。
追い詰められていく。
敵を侮ったわけではない。向こうには、仲間がいた。ケラヴノスを助けるものは誰もない。
その差だと、冷静に分析していた。
***
審判獣アウラと契約した時のことを思い出す。
悪の熔印を持つものを排除して、選ばれたものだけが、生きる聖域。
しかし、輝きに満ちた生活を送れるのは、ー部の選ばれた聖職者と、そのー族だけだ。
親と死に別れ、最下層民として生きるしかなかったケラヴノスは、恵まれた生活とは無縁だった。
(生きていくためには、どんな仕事でもするしかなかった。そこで選んだのが、福音精製工場での仕事だ。
審判獣のエネルギーとなる福音。人間が、審判獣を制御できる唯ーの方法だった。
(精製工場は、各聖堂の地下にある。精製のために必要なものは、生きた人間だ。
ケラヴノスは、精製工場で目撃した。
人間が人間を破壊するところを。食品のように機械に放り込むところを。
必要な成分だけを抽出し、死なせ、抜け殻となったあとは、ゴミのように処分された。
(地下工場には、毎晩のように悲鳴と嘆きが、こだました。連れてこられるのは、ほとんどがインフェルナで狩られた民だ。
若い方が、より純粋な福音を抽出できると信じている聖職者もいた。
そんな狂った聖職者の命令で、子ども狩りをつづけた日々もある。
(精製工場で私が見たものたちは、どこにでもいる凡庸な人間たちだった。
凡庸ゆえに、他者を殺し、食い物にし、悪を悪と判断できなくなり、地位にしがみつく。
誠に愚かで、哀れな存在。
しかし、それが人の本性だとケラヴノスはその時悟った。
***
ケラヴノスの身体を覆う殻衣が割れた。
リュオンのー撃は致命傷となった。衝撃と痛みで、意識が腺膜とする。
私は、人を裁く側に立つことにした。審判する側に立ち、真理を追究する。
だからもう私は人ではない。人は、愚劣で、卑怯で、悲しい生き物だ。
リュオンからの返答はなかった。
否定も肯定もしない。それが、答えだと思った。
命乞いだとは思わなかった。これは、ケラヴノスの本心だ。
彼女は、人として生まれてきたくなかったのだ。
最期は、審判獣として死にたいのだろう。その願い、叶えてやりたいと思った。
だから、安らかに眠れ。
ケラヴノスが、力なく笑ったような気がした。
返事はなかった。代わりに磔剣が、アウラの殻衣を切り裂いた。
殻衣が剥がれ、細かい塵となり崩れ落ちていく。
ケラヴノスの生身が露出した。無数の粒子とともに、地上へ落下していく。
彼女が手に握りしめていたもの。それは、執行騎士叙任の儀の際にリュオンから授けられた騎士の指輪だった。
「我らサンクチュアの騎士。いかなる時も、困難にあるときこそ――」
「戒律を守り、民を慈しみ、真理を言祝ぎ、弱き者に恵みを与える。」
「聖典への誓いを。」
「身命を賭して、サンクチュアと審判獣の忠実な剣となり、盾となることを誓う。」
「このもの第6聖堂の執行騎士となり、真理の代行者となった。」
「世に輝きをもたらすために、剣を振るいましょう。
サンクチュアに光あれ――」
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北より、おびただしい数の気配が迫っていた。
人間は、躊嗣され大地の支配者が入れ替わる。その瞬間が、そこまで迫っている。
方舟は、いつでも出航できる準備が整っていた。
サンクチュアの民は、方舟に列を成して殺到する。
だが、全員は方舟に乗れない。インフェルナの民を受け入れる余地もない。
そのー言で聖職者とー部の聖堂兵が、群衆に攻撃を加えはじめた。
なんとか方舟に乗り込もうとするものと、追い落とそうとするものの間で、混乱が生じた。
これまで数多の理不尽に耐えてきた。
サンクチュアを支配する聖職者たち。彼らの存在を疑ったことは、ー度や二度ではない。
大教主のような痴れ者も、過去に存在していた。眼の前の聖職者たちは、あれと大差ないものたちだ。
リュオンは、二度ほどうなずく。
常日頃感じていた。聖堂そのものが腐り果てていることを。
いつか、正さねばならないと思っていた。その時が、来たのだ。
民のためとは言わなかった。これが裁きだと言うつもりもなかった。
ただ、こいつらは、いない方がサンクチュアのためになる。民のためになる。
胸に壊る熱い思い。
この思いが、サザの言っていた”正義”なのか、と崩れゆく聖衣を眺めながら思った。
聖堂兵も続々とリュオンに靡く。聖職者に対する鬱憤が蓄積していたのは、彼らも同じ。
やがて、すべての聖職者が粛正された。
サンクチュアの民や兵は困惑していた。突然の執行騎士の反乱をどう受け止めていいのか判らないのだ。
シリスは恭しくひざまずいた。
芝居がかった態度だった。だが、それゆえに効果があった。
生き残った聖堂兵と、サンクチュアの民が、新しい指導者の誕生に喝采をあげた。
この絶望的な状況で、彼らはすべてをリュオンに託したのだ。
希望と未来を切り開いてくれる救世主として。
無意味な祭壇や建造物は破壊して棄てろ。もはや、聖堂は存在しない。そんなものに価値などない。