【黒ウィズ】Birth of New Order 2 Story3
story
この先、第4聖域にサンクチュアの大部隊が展開しているという情報が入った。
第4聖域は、これまで何度も戦場になった場所だ。
執行騎士も、待ち構えているだろう。
相手がリュオンだったら話し合いで戦いは回避できるかもしれない。
甘いよ、と君は言う。あれで騎士の使命に忠実な男だ。
インフェルナ軍が、サンクチュアの民を傷付けるなら、彼は命を張って戦うだろう。
それでも。
諦めきれない表情をしている。君は危うさを感じた。
いまのリュオンは敵だ。彼に対する信頼が、いつか裏目に出るかもしれない。
でもよかった。魔法使いさんがいてくれて。
なぜと君は訊ねる。
強いし、優しいし、頼りにできる家族がひとり、増えた気分です。
メルテールが言ってるとおり、イスカはまだ子どもだった。
けどこの無垢さは、この世界に必要な時が来る。だから守ってあげなければいけない。君は強く思った。
進軍の準備ができました。いかがしますか?
この先は、敵の大部隊と真正面からぶつかるにゃ。
いまさら退けないよ。みんな覚悟はいいね?
初めから、退くことなどありえない作戦だった。背後にあるのは、瘴気で満たされたインフェルナの土地。
進むも地獄。退くも地獄。ならば、新天地を求めて進軍をつづけるしかない。
それが、インフェルナ全員の総意だった。
戦える人は、戦えない人を守ってください。私も全力でみなさんを守ります。
軍の後方に付き従う、インフェルナの民。
疲れと餓えで、いまにも倒れそうになっている。それでも未来を掴むために、歩き続ける。
なにか、彼らに希望になるものを与えてあげたかった。それは勝利以外にはない。
***
森を抜けた君たちは、海に近い第4聖域にたどり着いた。
海岸線の向こうに聳え立つ、噂の巨大兵器らしき影が見えた。
あれは、巨大な山かな?いや船のようにも見えるし。どっちだろ?
なんだか変な形にゃ。
あのようなものを見るのは、はじめてだ。これ以上は、近づいてみないとなんとも言えない。
あれは、船ですよ。方舟ですね。
君たちの近くにいた兵士が突然口を開いた。
インフェルナの兵が、どうして断言できるにゃ?
それは、僕だからですよ。魔法使いさん。びっくりしました?
びっくりした、と君は無表情で答えた。
方舟?
あれは、大審判獣の死骸を利用して建造した巨大船です。聖域ひとつ分の人口を収容できると言われてます。
密かに造り続けていたのは、噂で聞いていましたが。まさか、あそこまで出来ていたとはね。
あの船でどこに行くつもりなの?
行き先なんて知りません。きっと別の大陸でしょう。奴ら、この大陸を棄てるつもりなんですよ。
なぜこの大陸を棄てるの?
審判獣によって滅びることが、決まっているから、でしょうか?
戦争がつづくことによって、人間同士の復讐は際限がなくなり、やがて滅びを迎えるだろう。
しかし、シリスはもうひとつ別の滅びの道を示唆する。
広大な森で眠る無数の審判獣たちが目覚める時、ギガント・マキアが起こり、人類は滅びると言い伝えられてます。
ギガント・マキアが起こる切っ掛けですか?
それは、エンテレケイア封印の解除です。あれが、切っ掛けでした。だから、すでに贅は投げられているんですよ。
***
聖堂の奴ら、この大陸はもう駄目だって諦めてるの?あたしたちより、いい暮らしして、いいもの食べてる癖に!
方舟で余所の大陸に移るということは、聖域にあるものは、すべて棄てて逃げ出すことになる。
彼らは、富も権力も持っている。それを簡単に捨てられるのだろうか。
強欲な聖職者たちが、富を棄てられるわけないよ。
むざむざサンクチュアの聖職者たちを逃がしてたまるかよ。
逆に俺たちで方舟を乗っ取ってやろうぜ。
怒りが、ー時苦境を忘れさせ、軍の士気が戻った。
サンクチュアの聖職者の目的は必ず阻止する。軍の目的はー致した。あの方舟は、絶対に飛ばさせない。
みんな敵の気配にゃ。戦闘準備にゃ。
聖堂の跡地に潜んでいた部隊が迫ってきた。サンクチュアの聖堂兵たちは、やはり方舟を守ろうと動いた。
無情に感じた。この戦いは、方舟が出航するまでの時間稼ぎ。彼ら聖堂兵は、最初から捨て石だった。
……先に行かせてもらう。
クロッシュの大剣は、いつもどおりの冴えを見せた。たちまち聖堂兵の屍が積み上がった。
山のように聳える建造物に接近しようとするインフェルナ軍。それを防ごうとするサンクチュア兵。
第4の聖域に再び、血の雨が降る。
私が、道を切り開きます。
審判獣の力は、人間相手に振るっていいものにゃ?
イスカの力は、人間相手には脅威だ。ただの兵ならば、蟻のように踏み潰せるだろう。
サンクチュアの執行騎士が出てくるまで待つべきにゃ。
義父さんも、同じことを言っていたわ。でも、みんなにだけ戦わせるわけにはいかないし。
戦の敗北は、インフェルナの民すべての苦しみと死へ直結する。
ゆえに背負った責務は、他人では推し量れないほど大きい。
そのために私たちがいるにゃ。イスカはもっと私たちに頼っていいにゃ。
この戦闘で犠牲を少なくして勝利してみせる。だから、そこで見ててと君は言う。
私は見てるだけでいいの?
それが指揮官というものにゃ。イスカは、どっしり構えてればいいにゃ。
さすが先生らしいねと君は言う。
じゃあ、お願いします。なにかあったら、すぐに呼んでね。
イスカに本気を出させないために、この戦いを常に進めなければいけない。
師匠のお陰で面倒ごとが増えた。
キミには苦労かけるにゃ。
構わないと君は言う。それに、この世界に飛ばされた君たちの目的が、少しずつ見えてきた。
おそらく、イスカを助けてこの戦いを終わらせる。それが目的だ。
イスカならば、インフェルナ、サンクチュア。
そして人間と審判獣の垣根を取り払った新しい世界を造るだろう。
クロッシュ兄が敵陣に突っ込んで行っちゃった。なんだか、いつもと様子がおかしかったの。
私たちに任せるにゃ。メルテールは、イスカを頼むにゃ。
さすが、頼りになる!
story
思念獣フェンリナルが宿る大剣を振るった。
クロッシュの刃は、サンクチュア兵をひと薙ぎで、輪切りにした。
……退け。
いくら斬っても、心は虚ろだった。求めている敵ではなかった。
空いた片眼で戦場の遥か遠くを見つめた。
敵兵が連なる隊列の向こうに、巨大な構造物が見えた。
あれが、サンクチュアの巨大兵器か。
……面白い。
このまま突き進めば、あれを守るために執行騎士が出てくるはず。
きっとカサルリオが出て来るだろうとクロッシュは根拠のない確信を抱いていた。
派手に暴れれば、かつての同輩が戦場にいることを知るはずだ。
知りながら、大人しく引っ込んでいられるような性格ではない。
突如、黒い影が、疾風のように吹き荒れた。
渦巻く影。鋭利な切っ先がインフェルナ軍を襲う。兵がやられた。
やはり来たか。
影の正体は、獣の形をした異形だった。
聖堂の審判獣リョダリオ。目のない顔が、クロッシュの方を向いた。
生気もなにも感じない、冷え切った殺意を感じるのみ。
5年待った。哀切を噛みしめるのにも飽きた。いまはただ、貴様を斬りたい。
戒律から離れ、聖なる加護を失ったお前など、以前のクロッシュ・トラウではない。
俺が何者かは、この剣に訊け。昔の俺が死んでいるか、生きているかは、すぐにわかる。
審判獣リョダリオが、悲鳴をあげた。闘気が膨張したのを感じる。
クロッシュ!
敵の軍勢を破りながら、黒猫たちが駆け寄ってくる。
頼まれて来てみたら、とんでもないのを相手にしようとしているにゃ。
助けなど必要ない。下がっていろ。
磨きつづけてきた剣を、振るう邪魔さえしなければいい。
審判獣に変化した男は、クロッシュの妻を殺した。生まれたばかりの赤子を殺した。
友であった男すら、殺したも同然だ。
思念獣フェンリナル。目覚めろ。
晶血片を割った。剣に封じられていた思念を増幅させる。
かつて審判獣であったものの思念は、生きる審判獣への怨嵯で満たされていた。
ぐうううっ!
思念獣の苦しみが乗り移ったように呻く
血が欲しい。人間の血も欲しいが、ー番欲しいのは、審判獣の血だ。
その激しい渇望が、使い手であるクロッシュを人間ではない別のものに変える。
面白い。
カサルリオが、先に動いた。
激しい牙を。鋭い爪を。クロッシュの生身に突き立てようと襲い掛かる。
***
かつての友は、獣に姿を変えていた。
それが、信じた理念を行使するために必要なのかと剣で問う。
お前のことはまだ思い出せん。この弱々しい剣では、ー向に届かんぞ。
……やせ我慢か。
審判獣の牙が、大剣の刃と衝突した。敵は執拗に生身のクロッシュの肉体を切り裂こうとする。
動きは読めた。いくら、姿を異形に変えようと、人間であった頃の癖は消せはしない。
容易い。
フェンリナルが宿った剣は、審判獣リョダリオの殼衣を斬り裂いた。
ぐ……うっ!
しかし、肉体を削ぐには至らない。その剛強さは、さすがと言ったところ。
少し、思い出したかもしれん。かつて、俺の隣にいた男を。
次で、完全に思い出させてやる。
2度目はない。戒律を破り、聖堂から逃げたものは、審判獣に裁かれる運命にある。
再び襲い掛かる。
聖堂兵だった頃の思い出が蘇ってくる。
互いに腕を競い合った。互いに腕を上達させていった。クロッシュは剣を。カサルリオは拳を。
並び立つものがいたから、強くなれたといまでもクロッシュは思っている。
カサルリオには、もうあの頃の記憶はないのか。それとも取るに足らない過去だというのか。
審判獣と契約するために俺は棄て去った。
牙をはじき返す。次は爪が、クロッシュを襲う。
過去を。そして未来も。代わりに戒律で自分を律した。それが人を強くすると信じている。
次もまた大剣でいなした。
戒律か。
クロッシュにとってそんなものは、所詮、紙に書かれたお題目だ。
それをありがたがっている時点で、かつての友とは、もう同じ道を歩いていけないのだと悟る。
またしても、大剣のー閃が、審判獣の殻衣に傷をつけた。
お前はなにによって立っている?金か?それとも人か?
今のー太刀は、カサルリオの騏慢を剥ぎ取った。
過去の復讐。
再び斬った。手応えがあった。審判獣の殻衣が破れ、赤い晶血が飛び散る。
フェンリナルの怨嵯が、カサルリオと審判獣との繋がりを断った。
子どもの死が、それほどお前の支えになったというのか?
生まれたばかりだった。名前もなかった。
だが、悪と審判された。
名付け親を頼むつもりだった。
インフェルナに堕とされる子に名など必要ない。
お前を止めようとした妻の命も断った。トロス。彼女は、善の刻印を持っていた。
カサルリオは、意味ありげに微笑む。
聖堂兵の中から、ひとりの女性が飛び出した。
クロッシュ。私は生きているわ。
……まさか。
カサルリオ様に、命を救っていただいたの。
カサルリオを睨み付けた。トロスが生きているとは、ー言も言わなかった。
こっちに来い。
あなたが、来て。そして、これから聖堂の戒律を守って生きると誓って。
彼女は、何かに槌っている目をしていた。光が濁っている。瞳はクロッシュを見据えながら、ここにはいない何かを見ていた。
クロッシュの目が血走った。
カサルリオに対する憎悪と憤怒が抑えきれなかった。
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トロスという女性が登場してから、クロッシュの様子が急変した。
ふたりの間を繋ぐ因縁の糸。それをたぐり寄せた先にあったものは、想像すらしていないものだった。
お前が聖堂を裏切った時、赤子とトロスを処刑した。確実な手応えがあった。
だが、信仰心が彼女に加護を与えた。悪と審判された赤子は息絶え、彼女は審判獣に生かされたのだ。
拳が、クロッシュの側頭部に叩きつけられる。
生きていた妻が、カサルリオの側にいる。せめて彼女だけでも生きていればと願った夜は幾たびもある。
その願いが叶ったというのに……。複雑な歓喜が、抵抗する力を奪っていた。
聖堂に戻れ。インフェルナは、お前の居場所ではない。
かつての戦友は、再び審判獣に肉体を変容させていた。
甘言を弄しながらクロッシュを葬ろうとしている。
まずいと君は思った。1対1の対決に介入するのは、信義に反するかもしれない。
しかし、君はクロッシュのことを任された。
注意を引き付けるために魔法を放った。狙いどおり審判獣は、君たちに向かってきた。
クロッシュ、その傷はあなたへの罰よ。聖典を守らなかったあなたへの。
言葉に淀みがなく、表情に怯えも同情もない。刑罰を執行する聖職者のようになにもかも冷ややかだった。
生まれたばかりの子どもが殺された。それが審判獣の裁きだというのか?
ええ、それが審判だったのよ。
嘘だった。赤子が悪と審判された時、トロスは泣いた。
子どもから引き離されることを嫌がり、サンクチュアを離れようとふたりで決めた。
あの時のお前は、もういないのだな?
生まれ変わったわ。カサルリオ様と聖典に導かれて、私は聖なる帰依をすませた。
サンクチュアで階級も与えられたの。多くの信徒を見守る聖徒として沢山の人を救っているわ。
階級が高くなれば、方舟にも乗せて貰えるわ。私を見倣えば、あなただって……。
彼女の言葉が、耳に入ってこない。そんなものをありがたがる女ではなかったはずだ。
クロッシュは、言い様のない悲しみに襲われた。大剣を持つ手に力が籠もった。
もうー度訊く。あの頃のトロスは、もういないのか?
聖堂に戻って。お願い。
クロッシュは、大剣を振り下ろそうとしている。
絶望と愛憎とともに、トロスという女性を断罪しようとしていた。
駄目にゃ。
君は、戦いを放り出し、クロッシュの大剣を掴む。
クロッシュには、この女性を殺す理由があるのだろう。事情を知らない部外者が、介入すべきことではないのかもしれない。
それでも君は、あえてクロッシュを止めた。見たところ、彼女は戦闘員ではない。不必要な殺しは、すべきではない。
トロスは、すでに死んでいる。
だから、殺させろと言うのか。それは、駄目だ。人を殺しちゃいけないと君は言った。
頭の中身を入れ替えられたまま、人形のように生きろとは言えん。
それでも、生きていれば、昔を思い出すかも知れないにゃ。
明日にも俺は死ぬかもしれん。そんな慰めになんの意味がある?
ウィズも君も、言葉に詰まった。瘴気の汚染。戦争。審判獣。
この異界の人々の死生観は、君たちが思っているよりも刹那的だ。
心の迷いを衝いたように、大剣が君の手を跳ね飛ばす。
決然とした意思を保ったまま、刃が振り下ろされた。
……心まで悪に染まっていたのね。
トロスの身体は、両断されて儚く崩れ落ちた。死にゆく顔は、ただひたすらに穏やかだった。
そうだ。俺は悪だ。ゆえに煉獄を歩いている。
それがお前の答えか。あくまでも聖典に背くというのだな。
俺の剣に宿る思念獣は、怨みによって感情を洽らせる。
立ち止まりはしない。カサルリオ。貴様は子どもと妻の……仇だ。
ぞっとするほど凄惨な眼を君たちに向けた。
トロスという女性を斬り、その血を吸って、大剣は変容する。
思念獣の宿る剣は、クロッシュの怒りを現すように禍々しい光を放つ。
***
君の魔法とクロッシュの剣は、審判獣リョダリオを追い詰めた。
フェンリナルの牙には、まさに生命が宿っていた。鬼気迫る太刀筋に、カサルリオは、ただ圧倒されるばかり。
そこまでの強さだとはな。
元妻を切り伏せた。その時点で、クロッシュはなにかを棄てた。
いまや人間ですらなくなっているのかもしれない。
お前を八つ裂きにしても足りぬ。
大剣には、思念獣フェンリナルの怨念がまとわりついていた。
トロスの血を吸い、まだ血を欲して大剣が蠢いていた。
もう勝負はついたにゃ。これ以上、血を流す必要はないはずにゃ。
止めても無駄だとわかっていた。それでも、君たちは無闇に血が流れるのを嫌った。
血が流れなければ、下がらない幕もある。
これほど強い覚悟を君は、感じたことはない。
大罪人め。聖典に従え。
断る。
斬り伏せた。執行騎士カサルリオは、死んだ。
大剣の血を拭う。近寄りがたい殺気が、分厚い壁となって君との間を阻んでいる。
大剣に宿った獣のような思念が、その姿を顕在化する。
まだ血が吸いたいのか。
復讐は終わった。
けれど、大剣は呻りつづけている。地上に堕とされ、死んだ審判獣の渇望は、クロッシュの想像を超えていた。
これが、思念獣を利用した代償か。
晶血片を割った。内在された福音が大剣に吸い取られる。
だが足りない。思念獣の餓えは、底なしの沼に沈みこむように際限がない。
黒猫。お前の主人に言え。俺を殺せと。
力に溺れたというわけにゃ?自業自得にゃ。
……なんとでもいえ。
殺しはしない。君はただ助けるだけだ。
ただし、手荒になるけどねと君はカードに魔力を込める。
相手はクロッシュではない。大剣に宿る思念獣だ。
そう思うと幾分気楽に魔法を打てる。大剣に宿るフェンリナルは、クロッシュを操り攻撃を防がせた。
思念獣の恨み、執念深さは、想像を遥かに凌駕している。
殺せ。魔法使い。
剣が振り下ろされた。君は、身を翻して避けた。
カウンターで魔法を放つ。再び防がれたが、計算どおりだ。
君は、地面を蹴った。ー気に間合いを詰めて、クロッシュ本体を直接襲う。
なるほど。
押し倒し、その腕を捻る。クロッシュは抵抗しない。やすやすと大剣は、こぼれ落ちた。
そんな技、いつ覚えたにゃ?
自然と身体が動いただけだよ、と君は答える。
甘いな。フェンリナルは、すでに俺の肉体に移っている。
大剣を手放しても、無意味ということか。
だが、身体の自由は取り戻せた。感謝する。
イスカに伝えてくれ。しばらく、力になれんと。
思念獣の怨念を利用して、クロッシュは復讐に勝利した。
その代価を払い終えるまでは、イスカの側にいられないのだ。
必ず戻ってくる。肝心な時に力になれなくてすまない。そう伝えろ。
いやにゃ。自分の口で伝えるにゃ。
クロッシュはなにも言わずに、君たちの前から立ち去っていった。
後に残ったのは、無数の死体だった。
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戦いが終わった。インフェルナもサンクチュアも死者を出した。死んだものたちは、なにも言わない。
簡易な墓標に祈りを捧げる。イスカは、無力感に苛まれていた。
でもこれは、私がはじめたことなの。
この戦争は、イスカが決断してはじめた戦争だ。最後まで、インフェルナの民を導く義務があった。
クロッシュのことは、魔法使いから聞いた。戻ってきてくれる日を待つしかなかった。
涙を拭う。
幕舎は、静かだった。みんな、戦いの疲れで寝静まっている。
このまま軍を進めるのか?それは許さない。ちゃんと審判を下してからにしろ。
敵の気配。警備の兵が、殺されているのが眼に入った。
なぜ悪を成したものを裁かない?お前には、審判獣の血が流れているのだろう?
あなたは?
答えなかった。代わりに、無言で拳を振り上げた。
刹那、彼女の背後にそれが見えた。新たなる審判獣の姿が。
ここで、戦おうと言うの?
とっさに審判獣アバルドロスの血を呼び覚ます。
殻衣がイスカの皮膚を覆っていく。蠍の尾が、本体を守るように湾曲し、相手の攻撃を防ぐ。
敵は見覚えのない審判獣だった。おそらく新たなる執行騎士。シリスに教えて貰った3人のうちの最後のひとり。
執行騎士ケラヴノス。審判獣アウラと契約したものだ。
名乗ったあと両手をかざした。審判獣の力を解放するのだとわかった。
審判獣の血を引く娘よ。お前の覚悟を問いにきた。
凝集する審判の輝光。その光は、無情さを感じるほどまばゆい。
イスカは、身を翻してそれ躱した。同時にアバルドロスの尾を突き出す。
熱量がまだ不全だった審判の輝光と、相打ちになる。
覚悟?
お前は、審判獣としての務めを果たしていない。だから、インフェルナの人間は迷いつづけている。
なぜ大罪を犯した悪を裁かない?執行騎士を殺し、聖域の無辜の民に手をかけたのは、悪ではないのか?
クロッシュ兄さんは、軍規に則って罰します。
軍規だと?笑わせるな!
戦いの技量は、歴然としていた。審判獣となったケラヴノスの動きが、捉えられない。
アバルドロスの尾は、行き場を失い空中を彷徨っている。
審判獣は、自らの判断で裁きを下すことを許されている。お前が悪だと思うのなら裁けばいい。
私は人間です。ー方的に人を裁くなんてできない。
相手を見失う。
死角から、審判獣アウラの気配。急な攻撃を防ぐことしかできなかった。
いまの言葉、もうー度吐いてみろ。貴様のその姿が人間なものか!
苛烈なー撃は、イスカの殼衣を破壊した。
イスカは、その場で膝を突く。
私は、人間です。
頭部が、掴まれた。
もうー度聞く。お前はなんだ?人間か、審判獣か?
審判獣の血を引く人間です。
ケラヴノスが吠えた。目の前が赤く染まる。
広がっていく生暖かいそれは、自分の血なのだと、イスカは遅れて気が付いた。
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審判獣としての務めを果たさず、ただ人心を惑わせるだけのお前は、人類にとって最悪の存在だ。
忌み嫌われるのには慣れているわ。怖いのは、憎悪が力のない人々に向くことよ。
あくまでも、人の側に寄り添うというのか。面白い。
華奢なイスカの体躯を、物のように放り投げた。
傷ついたイスカは、インフェルナの民が眠る幕舎のど真ん中に堕ちる。
ならば、私がお前に代わって裁きを下す。最後まで人間を庇って死ぬがいい。
ケラヴノスが、再び審判の輝光を凝集させていた。
上空から斬首刃のようにその光を降らせようというのだ。
みんなは、私が死なせない。
イスカは、傷ついた身体を広げた。盾になるつもりだ。
その覚悟は褒められたものだ。だが、いまのイスカは、刃の切っ先を前にした薄紙同然の儚き存在。
審判獣の役目を忘れた愚か者が。望みどおり死なせてやろう。
人間への罰であり、予想された結末が訪れる。真理の輝きが、放たれようとしていた。
しかし、その光は、地上を照射することはなかった。
横槍が入ったのだ。空中で審判獣同士の衝突が起きていた。
土煙の中から姿を現わしたのは、審判獣ネメシスだった。
邪魔をするとはな。どういうつもりだ?
その女は、俺が処罰する。
譲れというのか?
第4聖堂の執行騎士を殺された。怨みはまだ色褪せていない。
ケラヴノスは、暫し迷った。
偽りがないか、見極めさせて貰う。
考えた末に審判獣との同調を解いた。とどめを譲るということだ。
審判獣ネメシスは、イスカと対峙する。こうして戦場で向き合うのは、何度目だろうか。
リュオン。
お前は、サザを殺した。俺は復讐を遂げるために、ここにいる。
あなたとの戦いは望んでないわ。お願い。退いて。
瞬きする瞬間に、ネメシスの拳がイスカの頬を打っていた。
激烈なー打だった。殻衣が弾け、骨が軋む。
肉体の内側と外側。両方が痛んだ。
反撃しろ。審判獣アバルドロス。
私は、人間のイスカよ。インフェルナのイスカ・ニルヴァ。
苛烈な攻撃が、イスカを襲った。
無数の攻撃を受けても、イスカは手を出さなかった。あくまでもリュオンとの戦いを拒否するつもりだった。
ならば、これで終わりにしてやる。
リュオンは、イスカの頭部を鷲掴むと高々と飛翔する。
イスカは、羽根のように軽かった。審判獣の血を引くといえど、中身はただの少女だ。
天を貫かんばかりに上昇し、地上に向けて派手に叩きつける。地面がえぐれ、殻衣が破壊された。
いいわ。殺して。仇を討って。
違う。それが本当の望みではない。
反撃しろ。抵抗してみせろ。リュオンは、心の中で叫びつづけていた。
story
イスカを助けるにゃ!
君たちは幕舎から飛び出し、夜空を見上げた。
星の間に浮かんでいる審判獣ネメシスの姿を見つける。
君は叫んだ。リュオン、それはイスカだと。けど、君の訴えは無視された。
審判獣ネメシスに向けて魔法を放った。少しでも牽制になることを願って。
……ふん。
利いていない。
昔の仲間だからって遠慮することないにゃ。
君は何度も魔法を放った。イスカを救うために。
遠慮しているわけでもない。魔力の充溢は、十分。それなのにネメシスを怯ませることすらできない。
消え去れ。
ネメシスが掲げた指先に集結する光塊。君は必死になって、その集結を阻止しようとした。
リュオンからは憎しみを感じない。なのになぜ、イスカを殺そうとする?
地上に目をやった。新しい執行騎士の姿があった。リュオンを監視しているのか。
聖堂の監視者を蹴散らすのが先だ。君は駆けた。
間に合わないにゃ!
きっとリュオンは、イスカを死なせようとは思っていないはず。それを証明してみせる。
決意したその直後、横槍が入った。
そんな弱い輝きで、人を裁こうというのか。
ネメシスの攻撃を防ぐものがいた。
突如の乱入者。見覚えのない審判獣だった。ネメシスを片手で制御し、イスカを庇っている。
人間と審判獣。両方の血を引く娘か。なかなか面白い存在だ。
狙いは、イスカだった。それ以外には、まったく興味を示さない。
人間どもよ。この娘、私が預からせてもらうぞ。
ー瞬、ネメシスと謎の審判獣がうなずき合ったように見えた。
謎の審判獣は、意識を失ったイスカを抱いて北へと向かう。
奴は北の森からきた審判獣だ。人の言葉を話していた。どういうことだ?
追撃は?
審判獣の森まで追いかけろというのか?無茶を言うな。聖堂に戻り、先ほどの審判獣のことを調べてからにしよう。
それよりも、私はお前の手ぬるさが気になった。手心を加えたのではないだろうな?
侮辱するつもりか?
サンクチュアヘの忠誠を証明する必要がある。次こそお前の手で、あの娘の首を切り落とせ。
ケラヴノスは執拗だった。間違いなく、リュオンに疑いを抱いている。
もうー度聞く。俺が、敵に手心を加えたと言ってるのか?
そうだ。
緊張が破裂しそうなほど急激に膨らむ。ふたりが、ぶつかり合うのは避けられない。
相変わらず団長は、取り繕うのが下手なひとだなあ。
鎖の先端にある小刀が、毒蛇のように陰から飛び出した。
不意を突かれたケラヴノスは、肩に小さな傷を負った。
どうやら、会話を遮りたいものがいるようだ。
長い鎖は、音を立てずに地面を這いずり回って消えた。ケラヴノスに尻尾は掴まれていない。
追うか?
必要ない。犯人を突き止めたところで、お前への疑念が変わることはない。
インフェルナの陣営が騒がしくなった。メルテールたちが、武器を手にして向かってくる。
あの娘以外に興味はない。あとはティレティに任せよう。
夜間に消えゆくふたりの背中をシリスは、じっと見つめていた。
そろそろ聖堂に片足を乗っけておくのも飽きてきました。
お互い、立場を鮮明にする時が、迫ってきたんじゃないですか?僕は、信じてますからね。リュオン団長。