【黒ウィズ】Birth of New Order 2 Story4
story
福音を内在させた赤い結晶。晶血片が、方舟の中に運び込まれる。
太古に滅した大審判獣フィレナの亡骸を利用して、極秘に建造が進められてきた。
あとは、人を乗せて飛び立つだけだ。ただし、方舟に乗れる人数は限られている。
選ばれなかった大多数のものたちは、大陸に残される運命だった。
イスカが、消えた。指導者を失ったインフェルナ軍は、進むべき方向を見失った。
その混乱を衝いて、サンクチュアの大部隊が、インフェルナを急襲した。
浮き足立つ兵たちを鼓舞し、戦線を立て直す。
イスカを連れ去った審判獣を追う余裕などなかった。
押し寄せる敵を食い止めるので精ー杯だった。
混戦の中、彼女の姿を見つけた。ウィズは全身を総毛立たせる。
聖女という名を持つ悪魔は、涼しい顔をしてサンクチュア軍を率いていた。
悪魔が笑っている。呆然と見つめる視界の隅。小さな影が潜んでいた。
インフェルナ兵が、とつぜん背中に痛みを感じて膝を折る。
男は、顔色ひとつ変えずに刃物を掴む。そして、助け起こしてくれた兵士を刺した。
慌てふためく兵を見て、ティレティは愉快げに笑う。
審判獣サヴラの卵を植え付けられ宿主となったものは、神経細胞を乗っ取られる。
身体は脳の命令を受け付けなくなり、代わりに植え付けられた卵が、脳の代わりに命令を下して操るのだ。
審判獣サヴラは、影となり、風となって、人々に次々と卵を植え付けて回る。
あっという間に、数十人もの傀儡の兵隊が誕生する。
卵を植え付けられたものたちは、戦列を組んで向かってくる。意思を奪われた肉の壁だ。
いまは、残りの魔力を心配する必要はない。君は手加減した魔法を、傀儡兵たちに当てることにした。
君が道を切り開いたあと、メルテールに、ティレティの相手をお願いする。
君は物陰から飛び出す。手に持ったカードに魔力を込めた。
命を奪わない程度に宿主たちをなぎ倒し、背後に控えるティレティを剥き出しにする。
地面を蹴った。タイタナスのハンマーを振りかぶり、味方の壁を飛び越える。
以前は、味方を巻き込むことを恐れて、みすみすティレティを逃した。あの後悔はまだ引き摺っている。
迷いは棄てた。棄てないと勝てない。
***
人の壁を飛び越え、見えた。人の仮面をかぶった悪魔の顔が。
叩き潰す。インフェルナ人を玩具にした罪を必ず償わせる。
逸るメルテールの意思が、四肢の躍動に表れている。眼に映っているのは、ティレティのみ。
今度はメルテールに卵を植え付けるつもりか。
魔法を放ち、審判獣サヴラを牽制した。メルテールの援護に少しでもなれば。
メルテールは迷わなかった。いつもは命中率の悪いハンマーだが、この時ばかりは、寸分の狂いもなかった。
しかし、ティレティは無傷だった。
インフェルナ兵が、代わりにハンマーの餌食になっていた。
無残に骸となった仲間が、足元に横たわった。メルテールは、それを見て怯えた表情をする。
本来の役目は、女王を守るための忠実で献身的な“兵隊”を作り出すためのものなの。
女王とは、すなわち審判獣サヴラのこと。傀儡となった兵は、女王とその契約者ティレティを命懸けで守る。
ですが、私を叩き潰すまで、いったい何人の“兵隊”が犠牲になるかしらね?
傀儡が並んで人の壁を作った。寸分の隙間なく、埋め尽くしている。
気づかない間に、膨大な数の兵に卵が植え付けられていた。
メルテールは戦うのを躊躇っているように見えた。先ほど味方を死なせたことによる傷は深いようだ。
突然、君に向けてハンマーが、横薙ぎに振られた。とっさのことで避ける準備もできていない。
それでも、必死に避けた。頭の中は、混乱していた。
まさか、卵がメルテールの体内にも植え付けられたのか。
言葉とは裏腹の本気のー振り。このままでは、どちらかが死ぬと君は思った。
楽しげに手招きした。メルテールを誘っている。
メルテールはティレティの側に歩み寄っていた。またしても言葉と動きがー致しない。
傀儡たちは、喜びも、悲しみも見せず、新たなる兵隊を迎え入れた。
号令ー下、兵隊たちが、進軍をはじめる。
残るインフェルナの部隊を押しつぶすために、女王が進撃を開始した。
なんとか正気を取り戻させる。それまで君は時間を稼ごうと思った。
カードを引き抜き、向かってくる敵に向けて相対する。
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傷ついていた。肉体も心も。イスカは、立ち上がる気力をすべて失っていた。
乾いた唇に冷たい水の雫が垂れ落ちた。喉に流れ込むと、多少は渇きが癒えた。
眼を開くと、奇妙な鳥がそこにいた。リュオンとともにいた鳥だ。
遠くで殷々と咆吼が響いた。姿も知らないどこかの審判獣の存在が、ひとつ消えた。
突風が吹き荒れた。身体が持って行かれそうになる。大きな影が、頭上に覆い被さった。
審判獣に表情はない。だがイスカには、彼の顔が、ー瞬喜びに満ちたように見えた。
どこか親しみを感じる審判獣だった。そんなことを思うのは奇妙だと思った。
大罪を犯した人間をイスカは裁けなかった。審判獣の務めを果たしていないというケラヴノスの言葉が、耳に残っていた。
無数の意思を飲み込み、人智を超えた存在。それが審判獣だ。
しかしイスカ。人の意思を喰らっていないお前は、お前にはまだ人を裁く資格はない。
まだ赤子同然。審判獣失格だと言われたようなものだ。なのにイスカの心には、それでいいという気持ちがあった。
生まれた時から、ずっと考えていた。いつか、どちらかの道を選ぶのだと覚悟していた。
私は、どちらの道も選ばない。人を裁くことはしないし、人の意思を食べることもしない。
人も生き、審判獣も生きる。そんな世界を夢見ています。
それは、幼い頃から抱きつづけてきた理想だった。
戦争の元凶は、サンクチュアがすべてを占有しているためだ。
持たないものが生きるには、持てるものから奪う必要がある。
理想とするのは、サンクチュア人もインフェルナ人もないすべての人が平等な国家。
それも、イスカの描く広大な理想だが、実現には、数多くの難関がある。
けれども、いまになって思う。この理想が、夢という形となってイスカをこれまで支えてきたのだと。
不思議な気持ちだった。この審判獣と話していると、イスカの迷いが、どんどん消えていく。
頭上を覆っていた暗雲は消え去っていた。
目の前の審判獣が、またしても表情を変えて、笑ったように見えた。
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ケラヴノスは、完成間近の方舟を見上げていた。
全聖域から集められた造船工たちが、昼夜を問わず、完成を目指して建造をつづけている。
聖堂兵が複数人で、大きな箱を引き摺ってきた。
命令どおり聖堂兵は動いた。箱の蓋が開く。
子どものように怯えた表情を見せている。記憶を失ったラーシャの世界には、リュオンとシリスしか、存在していない。
ラーシャの鎖は、短くなっていた。同調を繰り返した代償の果てだった。
ケラヴノスは、その鎖を手に取った。ラーシャの怯えは極地に達した。
悲しい鳴き声だった。
審判獣ハーデスは、苦悩している。鳴きながら、苦しみ悶えていた。
審判獣のそのような姿など、誰も眼にしたことがなかった。
(私は、なぜ、どこにいるの?私は私じゃないの?
手も足も、顔も身体も。すべて、異形に変わり果てていた。
意識はおぼろげながらある。それだけに、自分が自分の姿でないのが辛かった。
(誰この人たちは、まさか私を恐れているの?いや。怖いわ。近寄らないで。
インフェルナの兵から投げかけられる無数の敵意に耐えられなかった。
苦悶の末に、ラーシャは真理の光芒を放つ。
(こないで。誰も私に近づかないで。
審判獣の輝かしい光芒は、すべてを焼き尽くす。断末魔がこだました。
インフェルナ軍は、潰乱する。指揮統制を失った兵は、我先にと逃げていく。
(いなくなった。よかったわ。もう怖い目に遭わなくて済むのね。
それでも、自分が飲み込まれていくような不安は尽きない。
ハーデスは飛び立った。この渇望、この苦悩を埋めてくれるものを求めて。
***
ラーシャを守るためにリュオンは、素直に罰を受けた。インフェルナとの戦争にも参加した。
リュオンが戦えば、ラーシャを守れる。厳密に約束を交したわけではないが、そういうことだと思っていた。
リュオンの中で、なにかが音を立てて崩れていった。
崩壊した堰から、憤怒と悲哀が溢れ出た。
***
インフェルナ軍は統制を失いバラバラになった。
まず審判獣サヴラによる兵の傀儡化により、内側から崩された。
そして、審判獣ハーデスの投入で、兵たちは戦う意思を失った。
君たちは、瓦解する軍勢の真っ只中にいた。
追い迫るサンクチュア軍を魔法で退けながら、なんとか戦線を保とうと孤軍奮闘していたが、それもここまでだった。
黒い影が、死神のように逃げ惑う兵たちの恐怖を煽った。
真理の光芒は、大勢の兵を焼き殺した。生きているものの眼には、審判獣ハーデスの異形だけが映った。
ここまでだと君は思った。
恐怖は伝播し、すでにインフェルナ全軍に広がっている。
彼らは、取るものも取らず、身ーつで逃げている。こうなった軍は、もはや立て直すことは不可能だ
ティレティの“兵隊“の凶刃が迫る。軍の後方にいたインフェルナの民が逃げ惑っていた。
武力を持たない民は、すでに餓えと渇きで、歩くこともままならない。
それでも君は、彼らを守ろうとした。残り少ない魔力を振り絞り、目の前の人を救おうとする。
黒煙と土煙の隙間に君は、それを見た。銀色に輝く、十字の剣が空中を旋回しているのを。
無力な民を襲おうとしていた傀儡の兵隊たちが、次々に斬られていく。
歓喜するウィズ。ー方君は冷静だった。果たして彼は、味方なのだろうか?
リュオンの磔剣が、テイレテイの兵隊を斬った。その事実におののいたのは、サンクチュア軍の方だった。
シリスの執行器具〈執刀の針剣〉が、つづけて空を斬る。血を流したのは、またしても傀儡の兵隊たちだった。
この上、さらなる戦いを起こそうという。第4聖堂跡地を血で染め尽くすまで気が済まないらしい。
磔剣が、鎖を引き摺って轟いた。
ケラヴノスは間ー髪でそれを受け止めたが、反応がわずかに遅れた。赤い血がー筋流れた。
インフェルナの無力な民を守るように、リュオンは泰然と立っている。
これ以上血を流すつもりならば、斬ってから行けと無言で告げていた。
ここで引くなどありえない。道を空けろ。私は、お前といえど斬るつもりだ。
保っていた緊張の糸は限界を迎えた。ふたつの闘気が、軋みながら衝突している。
脇で楽しげに見学していたティレティ。彼女を守る兵隊のひとりが、音を忍ばせ女王と契約者に迫っていた。
完全に隙を突いたと思っていた。しかし、ティレティは甘くなかった。
メルテールのハンマーは、ティレティに直接届かなかった。
身代わりになった傀儡の兵隊が、無残にもハンマーの餌食となっていた。
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足元で名もなき兵が死んでいる。
死体は肉が砕け、皮膚が破れ、折れた骨が飛び出ていた。
その眼は凍り付いていた。インフェルナ兵の死体を踏み越えて、ティレティに迫った。
卵の宿主となったインフェルナの男たちが、“女王”を守るために素早く壁を造る。
なにも感じないわけじゃない。胸の痛みを押し殺しながら、良心を切り裂いたまま。
メルテールは、ハンマーを振りおろす。ティレティに勝っために。戦争に勝利するために。
イスカがここにいれば。君がもっと早く戦況を好転させていれば。
こうならない道はいくらでもあった。だが、いまさら時計の針は戻せない。
メルテールは邪魔をするものを次々に叩き潰していく。魔女は、それを見世物のように楽しんでいた。
腹が立った。兵が子どもの腹を裂こうとし、イスカが泣いた時も、この女は、あんな風に笑っていた。
ティレティの心底にあるのは、インフェルナ人に対する徹底した侮蔑。
同じ人と思っていないから、心を弄んだり、肉の盾として扱える。
失うのが人の心だけでいいのなら、棄てる覚悟はあった。
それは元々、メルテールの中になかったものだ。
クロッシュやイスカたちと出会い、仲間というものが出来た。そして、ようやく心というものを手に入れた。
あの女を殺すには、残念だけど、こうするしかないんだよね。
ハンマーが振り上げられた。狙いは、ティレティ。
だが、傀儡の兵隊が、女王とその契約者を守るべく盾となる。
盾となった兵隊が、吹き飛んだ。血と骨が飛び散った。
返り血を浴びながら、傀儡の兵隊を叩き潰していく。
そして、ついに壁に穴が空いた。
ハンマーは、ティレティを襲った。審判獣サヴラがそれを受け止めようとする。
風を切る呻りは、タイタナスの叫びのようだった。
審判獣サヴラが、叩き潰された。審判獣の痛みは、契約者であるティレティにも伝わる。
お前たちなにをしているのです。女王を守らない兵隊に価値はありませんよ!
いくらインフェルナ人を盾にしようと無駄だった。
メルテールは、そのことごとくを叩き潰し、ティレティを追い詰めていった。
煙るように血の飛沫が、辺りに漂っている。
仲間の血と肉塊にまみれたハンマーを手に、メルテールは平然と立っている。
仲間を殺すという大罪を犯した。しかし、その罪と流れた血は、思念獣タイタナスの真価を呼び覚ました。
使用者が大罪を背負う。それが、怨みを残して死んだ思念獣の憎悪を呼び覚ます切っ掛けとなる。
ハンマーが叫んでいた。もっと血が欲しい。忌まわしき大罪が欲しいと。
はじめてティレティは呻いた。彼女の顔から、嘲りが消えていた。
***
あたしは、昔に戻ったの。金のために人を殺しつづけていたあの頃の自分に戻っただけ。
天涯孤独だった。生まれた場所がどこかもわからない。
食べるために、聖域に運び込まれる晶血片の荷馬車に紛れ込んでサンクチュアに侵入した。
当時のメルテールは、インフェルナもサンクチュアもなかった。
生きていくための糧を得るので精ー杯だった。いま思えば、本能で生きるだけの獣だった。
内に湧き立つ感情を糧にして、思念獣タイタナスが呼応する。
あの頃と同じだった。ー切の感情が冷たくなって動かないあの時代。
人を殺して、わずかな金を得てその日その日をしのいでいた。
自分が生きるために、他人を踏み台にしても、心は痛まなかった。死ぬか生きるかの瀬戸際だったから。
壁となって立ち塞がる兵隊を倒す。
肉体は卵に奪われたが、心はそのまま。ゆえに死にゆく彼らの表情は恐怖に満ちていた。
メルテールは、暴虐な君主のようにー方的な殺戮をつづけた。
思念獣タイタナスは、飛び散った肉片と血を畷る。喜悦の混ざった咆吼が、耳を劈いた。
じゃあ、そろそろ死んでくれる?
晶血片を割る。赤い粒子が、ハンマーに吸い込まれていく。
思念獣タイタナスは、生きた審判獣への憎悪を膨らませる。
ティレティは、死んだ。死に様は、見るも無惨だった。
執行騎士の死。聖女の死。あり得ないことが起きていた。混乱する聖堂兵たちは、我先にと逃げはじめる。
インフェルナ兵が、メルテールを警戒していた。中には刃を向けているものもいる。
あーあ、またひとりぼっちか。
メルテールはハンマーを担ぎ上げる。インフェルナ軍に背中を向けた。
妹たちが付いていこうとする。メルテールは、それを手で制した。
もっとイスカとー緒にいたかった。
しかし、思念獣の宿るハンマーを得物にすると決めた時から、この日が来ることを覚悟していた。
来るべき時が来た。受け入れるしかない。
せめてイスカが戻ってくるまでここにいろと君は告げる。
君は、大罪人だ。だから、頭首のイスカに裁いてもらう。
担いでいたハンマーを地上に降ろす。
大罪人のあたしに、手錠かけなくていいの?
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果てしない理想だ。手を伸ばしても、簡単に届く場所にはない。
いままでどれだけの人間が、そんな理想を抱いただろうか。そして、果たせずに敗れただろうか。
強い子だと思った。あのインフェルナ軍を率いて、サンクチュアに戦いを挑んだのだから当然か。
マグエルの消え去った記憶。イスカの言葉によって、少しだけ褪せた色が戻っていた。
かつては、サンクチュアの執行騎士だった。そして理想を描いていた。平和を願っていた。
審判獣は、マグエルの鉄輪を指さした。
だが、貴公のような子どもの審判獣は、本来人とは契約できんはずだ。
それが判っていて、人だったマグエルは、子どもの審判獣と契約したのか。
そしてわざと同調させて記憶を封じた。
はっと気づいて、森を見渡す。
色褪せていた記憶に、鮮やかな色彩が戻った。
マグエルに託された沢山の願いと、かつての仲間たちとの思い出が、走馬灯のよう駆け巡った。
人に戻るか戻らないかは、貴公次第だ。
どこかで、審判獣の怒りに満ちた叫びが轟いた。
場所は近い。叫びに呼応するように、あちこちで審判獣の遠吠えがこだました。
そののち、私の元で戦え。手練れは、ひとりでも多い方がいい。
まずは、仲間を救う。
インフェルナ軍は、きっと混乱の極地だ。戻って頭首の務めを果たさなければ。
イスカはお礼を言って、深々と頭を下げた。
アバルドロス。
イスカが、血を引く審判獣の名だ。偶然のー致ではないだろう。
刹那、さまざまな思いが、胸の中を駆け巡る。
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目覚めた審判獣たちの暴虐は、放縦を極めていた。
長い眠りの間に、人を裁きたいという衝動が蓄積しつづけた結果だ。
イスカの身体が、殻衣に覆われていく。審判獣の血の力を解放し、ー気にこの森を抜けようとする。
木立の向こうから、不穏な気配が迫ってくる。
言葉は通じず、彼らの呪誼のような呻きだけが、風に乗って漏れ聞こえてきた。
“人の匂いがする。人がこの森にいるぞ”
無数の悪意が、森にひしめいていた。
人類へのあまりにも膨大な憎悪に、イスカは打ちのめされた気分になった。
湧き出るような負の感情が、この森にあるうちはまだいい。
彼らを森から出してはいけない。森を出て人間の暮らす場所を襲えば、戦争どころではない大惨事が起こる。
聖職者たちは、抗うことを端から諦めていた。
巨大な審判獣の手が、森の影から伸びてきた。イスカの華奢な身体を掴もうとする。
人間の匂いのするイスカを捉えて、喰らうつもりだ。
イスカの危機を感じたマグエルは、身代わりになって、掴まれた。
この森の審判獣たちが、舞い戻ってくる。
すでにこの大陸の支配者は人間ではないのだと誰かが教えないと。
その涙を見れただけでも、命を賭けたかいがあった。
目を閉じる。息を吸う。そして覚悟を決めた。
人間に戻った時の己の姿を思い浮かべる。
封じられていた記憶の中にある、本来のマグエルの姿を掘り起こす。
あとは、マグエル次第だとアバルドロスは言った。
ー度封じられた記憶を解き放つのは、厄介なことだった。
けど、これから人類に起ころうとしている災厄に比べれば、なんてことないはずだ。
お腹の輪にヒビが入った。封印が解かれようとしている。
執行騎士の仲間たちがいた。彼らは、エンテレケイアを封じて英雄と呼ばれたものたちだ。
彼らのことは、唄にもなっている。ただ、その中でひとり、英雄になりそこねた者がいた。
ギガント・マキアを防ぐために、マグエルの記憶の封印が解かれるように、祈りが込められた。
マグエルが輝きに包まれる。