【黒ウィズ】Birth of New Order 2 Story2
story
まあいい。煉獄で生きるのか、冥土で生きるのか、お前たちには選ぶ権利がある。
インフェルナの兵は、男の言葉に耳を貸さない。
相手はたったひとりだと侮り、大勢で取り囲んだ。
軽い落胆があった。同時に、やはりという気持ちもあった。
それは、人間が生きるための標だ。戒律に従ってこそ、人間は正しく生きられる。
インフェルナには戒律がない。ゆえにそこで暮らすのは、動物に近い不完全なものたち。
鎖を引いた。男の操る執行器具、それは天罰を下すための鉄球である。
鉄球が、肉体に衝突する。
兵は、身体を破壊される。骨が折れて、肉が抉られた。
男は、ひとりひとり打ち倒していった。それが、執行騎士カサルリオが下す、裁きの執行だった。
***
インフェルナの中隊が全滅した。
その報告を聞いて誰もが思い描いたのは、聖堂の執行騎士の存在だった。
執行騎士は、これまでの反乱を幾たびも失敗に終わらせた天敵である。
インフェルナが戦争に勝利するためには、打ち破らねばならない厚い壁だった。
リュオンたちと戦うことになるかもしれない。複雑な感情が去来する。
それでも、こちら側で戦うと決めた以上は、イスカのために全力を尽くすよ、と答えた。
メルテールが急に声を潜めた。
だから、早くこの戦いを終わらせたい。もちろん、イスカの勝利で終わらせる。
そのためには、多少なりとも焦る必要があった。
リュオンたちのことなら知っているが、他の執行騎士のことは知らない。
それよりも、君は先ほどから気になっていた。道具箱の中から、人の寝息が聞こえてくるのを。
いつの間に道具箱に紛れ込んでいたのだろうか。相変わらずつかみ所のない少年だ。
だが、ちょうどよかった。聖堂のことは、シリスに訊くのがー番だ。
君は、シリスを道具箱から引き摺り出した。
***
インフェルナ軍は、進軍をつづけていた。
巨大兵器が完成する前に叩くという作戦目標がある。
目標に向けて軍を動かした以上、目的を果たすまで、進軍を止めることはできない。
ラーシャさんは、事情があって出てこられません。そして、僕はここにいます。
君は話のつづきを促す。これから敵となりそうな執行騎士の情報が欲しい。
戒律の騎士と呼ばれる執行騎士カサルリオ。
聖女ティレティ。
そして、雷雲と呼ばれる執行騎士ケラヴノスの3人です。
聖堂には、それぞれ執行騎士がいる。
いまあげた3人は、君が訪れたことのない聖域の執行騎士だった。
その名に覚えがあるのか、噛みしめるように名前を呟いた。
彼女のために命を挿げる“傀儡の兵隊”が、周囲を固めていると聞きます。戦うとやっかいですよ。
彼女は、大陸西側の執行騎士をまとめています。実力はリュオン団長に匹敵すると言われていますね。
この3人と遭遇したら、戦わずに逃げた方がいいですね。僕ならそうしますよ。
でも参考になったわ。あんたはいい間諜だって、サンクチュアに密告しとくから。
カサルリオ。その名前を耳にしてから、クロッシュの時間が5年前に巻き戻ってた。
***
5年前、クロッシュはまだサンクチュアで暮らしていた。
聖域を守る聖堂兵として剣の腕を磨きながら、希望に溢れた人生を送っていた。
あの頃のクロッシュには妻がいた。帰るべき家があった。
そして、同じ聖堂兵として腕を比べ合う親友がいた。
それがカサルリオだった。
***
立ち塞がる聖堂兵を斬り棄てる。5年前のクロッシュも、彼らと同じ軍装を身につけていた。
昔の戦友たちを斬ることに最初は躊躇いがあったが、いまはもうなにも感じない。
奴は妻を斬った。我が子を斬った。そして、片眼を奪った。
膨れ上がる闘気は形となり、固い意思を宿した大剣にまとわりついていた。
いまのクロッシュを止められるはずもなかった。
死なないで。
***
シリスのもたらす情報は、インフェルナ軍に勝利を呼び込んだ。
しかし、歓喜はいつまでも継続しない。勝ちつづけていたインフェルナ軍に、ある問題が持ち上がってきた。
度重なる戦闘で、インフェルナ兵から殺気が消えることはなかった。
戦闘意欲と憎しみが、餓えを誤魔化していた。しかし、ひとたび食い違えば、問題は顕在化する。
先を行く兵たちが、ある場所を発見した。
サンクチュアの住民が集まる、小さな集落だった。
ささやかに立ち上る炊事の湯気が眼に入った。人が暮らしているのならば、貯蔵された食糧もあるはずだ。
同時に君は疑問に感じた。聖域でもないこんな場所に、なぜサンクチュア人が暮らしているのかと。
兵たちが、我先にサンクチュアの集落に殺到した。止める間もなかった。
槍で突き刺された男は、なすすべもなく崩れ落ちた。
彼の持っていた芋が、手からこぼれた。それを拾おうと群がるインフェルナの人々は、亡者のようだった。
家族を殺された娘は、死に嘆く暇もなく、食料を求める兵士に剣を突きつけられた。
これは戦争だ。敵が持っている食料を奪いながら戦うのは、ごく普通のことだ。
当然、略奪にあったサンクチュア側の憎悪は何倍にも膨れ上がる。君たちは、すぐさまやめさせようとする。
略奪を働く兵をクロッシュが、大剣の峰で厳しく打ち据えた。
兵たちの憎しみと戦場の緊張感が、非道に走らせた。これも人の本性だ。
メルテールの説得によって、インフェルナの兵たちは、ようやく鎮まった。
略奪は、寸前のところで止められた。だが、すでに殺された者の命は帰ってこない。
殺された父親にすがりつく娘は、イスカの手を打ち払った。
言葉が出なかった。泣いた娘を見て胸に強烈な痛みが走る。心にぽっかりと空洞が広がったような気がした。
これが戦争。そんな言葉では、イスカの心の空洞は埋まらない。
しかし、この戦を起こしたのはイスカだ。
胸の痛みを分かち合う相手は、どこにもいない。泣き言を言う資格もないのだ。
***
メルテールが代金を支払い、生き残った聖域の民から食料を譲り受けた。
これで兵たちに多少は食料が行き渡る。無駄な殺しはしなくて済む。インフェルナの財務官にみんな感謝した。
戦争になっているというのに、こんなところになぜサンクチュア人が、逃げもせずに残っていたのだろうか。
脳裏に予感が駆け巡った。ウィズが口を付けようとした食べ物を払い飛ばす。抗議の眼。
聖域の食料に手をつけていた兵が、とつぜん悶えはじめた。
ひとりではない。次々に兵たちは倒れていく。略奪を働いたものも、そうじゃないものもだ。
解毒の魔法なら多少覚えがあった。苦しむ人たちを魔法で解毒しようと試みる。
だが、苦しんでいる兵の数が多い。残った魔力では、全員を救うのは無理だった。
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少女は、毒に悶える兵を見て微笑していた。
でも見なさい。あなたの父を殺した兵たちは、サンクチュアの食物を口にして、悶え苦しんでいます。
インフェルナ人は悪と断罪された人々。我々が普段口にしている祝福された食べ物は、口に合わなかったのでしょうね。
瘴気に満ちた森の中で、彼女はマスクも付けず平然と立っていた。
毒を盛ったのかと君は訊ねた。
最初に略奪を働いたのは、インフェルナ側だ。
それでも、苦しむ兵たちを助けられるものなら助けたい。
いまならまだ、助かる命はあるにゃ。略奪したことは、あとで謝るにゃ。
聖女ティレティ。君は、シリスから教えて貰った執行騎士の名を思い出していた。
彼女の正体に感づいたのは、君だけではなかった。彼女を取り囲むように兵が動いていた。
この間にも、毒に冒されたものが、ひとり、またひとりと倒れていく。
人の命には代えられない。どんな手を使っても手に入れてみせる。
静まり返った。そんなものが、本当に解毒剤になると思えない。
胆嚢に濃集された成分が、祝福された食物の成分を除去してくれます。
ふざけているのか、と君は問い質す。
生きたままの子どもの腹を割けというのか。たとえ真実だったとしても、そんな所業に手を染められない。
離れた場所で悲鳴が上がった。大人の女性の悲鳴。そして、子どもの悲鳴。
毒に冒された兵が、剣で子どもの腹を裂こうとしていた。
愉快げに笑っている。この女にとって、これは遊びなのだ。
だから余計に腸が煮えくりかえった。
君は、魔法を放ち、子どもを救い出した。
ティレティの言葉に乗せられているだけだ。なぜ気づかない。
命の危機に迫られると人間は、こんなに愚かになるのか。
君はティレティを指さした。
解毒方法は、この女が知っているはずだ。刃を向けるべきは、子どもじゃない。彼女だと。
君の言葉で、インフェルナ兵は、我に返った。
戦うべき相手は、聖女ティレティ。その仮面を必ず剥がしてみせると君はカードに魔力を込めた。
***
君たちの目の前に、魚類。いや、爬虫類めいた形の審判獣が現れた。
それが、ティレティと契約している審判獣サヴラだった。
インフェルナの兵が君の前に立ち塞がる。味方が、なぜ邪魔をする?
慌てて魔力を引っ込めた。ー歩遅ければ、消し炭にしてしまうところだった。
意識はある。なのに身体が自由に動かせないと兵は主張する。
聖女ティレティの審判獣に、肉体の制御を奪われたというのか。
ここは戦場でしょ?利用できるものは、なんでも利用しないと。
インフェルナ兵は、彼女にとってただの道具だ。
こうしている間にも、毒に冒されたものたちは、症状が重いものから倒れていく。
君は、残る魔力すべてを注ぎ込み、毒に冒された人々をひとりでも多く救っていく。
気安く言ってくれるね、メルテールは、心の中で吐き棄てた。
味方は討てないとメルテールは言った。ティレティは、甘いと答えた。
確かに甘いのだろう。しかし、盾にされた兵もろとも、ティレティを倒すには、人間性をー段階棄てる覚悟がいる。
その覚悟。メルテールには、まだない。
攻撃できない君たちを見て、ティレティはしてやったり、と笑みを浮かべている。
集落の民を連れて、ティレティは帰って行った。
傀儡にされた兵隊は、彼女の側を離れない。最後まで盾として使うつもりのようだ。
口惜しさを噛みしめた。甘い、彼女の言葉だけが耳に残っている。
善良でなくてもいい。普通に生きたいだけだ。だが、それすら叶わないのか。
君は、魔力が尽きるまで解毒魔法を使って人を助けた。
それでも、半分しか救えなかった。無力だと思った。
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第6聖堂は、インフェルナの拠点から遠く離れた、大陸の西端にある。
ゆえにこの聖域は、まだー度も、戦火に灼かれたことがない。
審判獣の森でリュオンは、贖罪をなし得た。
あの森から、生きて帰ってきた。それだけでは、満足できないらしい。
あなたの成すべきこと。成さなかったこと。その全てを審判獣は見ています。それを忘れないように。
第6聖堂の教主は立ち去った。
最後まで、信頼が置けぬという目をしていた。
それでもいい。リュオンも同じく、聖職者たちのことが気にくわない。お互い様だ。
気にくわない返事だったらしい。カサルリオは、喉の奥でケッと毒づいた。
誰に命じられたのだろうか。追求は執拗だった。
執行騎士ケラヴノスが現れた。カサルリオは、彼女に対して脆いて、敬意を示した。
この第6聖堂の守護者。その激烈な戦いぶりから、雷雲という二つ名を持つ。
若く才能がある。騎士としての素質を最初に見いだしたのは、リュオンだった。
執行騎士ケラヴノスは、リュオンの手を取ると、血が澄むほど固く握りしめてきた。
才能があるゆえに、危うさもあった。特に審判獣に対する考え方は、まるっきり違った。
そうでないなら、危うい存在だ。屠るしかないだろう。
手についたリュオンの赤い血を舐めた。
出撃の準備をすると言って祭壇の間から離れた。
***
耳元で、マグエルがささやいた。
準備。おそらく方舟を動かすつもりだろう。それしか、聖堂に打つ手はない。
森の審判獣が、大地を支配するまで、執行騎士には、捨て石になる道だけが残されている。
サンクチュアの聖職者を命に代えても守護するのが、執行騎士の役目だからだ。
身に纏った騎士の装備が重く感じた。はじめてのことだった。
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厳重に施錠された牢の前で立ち止まった。許可を得て、鍵を開けてもらう。
監禁されている割りには、明るかった。
同調を繰り返し、審判獣ハーデスに何度も飲み込まれた副作用で、ラーシャの精神は不安定になっていた。
いまはもうラーシャの意思では、ハーデスを制御できない。
審判獣が、いつ出現するかわからないため、聖堂はラーシャを危険人物としてここに監禁した。
罪人でもないのに、日の当たらない牢に閉じ込められ、外の情報をー切知らずに過ごしている。
外のことなど、知らない方が幸せかもしれない。
ここを出れば、執行騎士には、“聖域の守護者“の名の下に過酷な役割が与えられる。
もはや聖職者たちは、聖域を保持しょうとは、考えていない。
北の森で審判獣が目覚めていることは、当然知っている。
知っているからこそ、この大陸を見捨てて逃げ出そうとしているのだ。
リュオンたちの戦いは、彼らが離脱するまでの時間稼ぎにすぎない。
相変わらず優しかった。ー緒にいると温もりを感じる。
家族や安心できる伴侶といるのと同じ温もりだろう。
いまのリュオンには不要なものだった。家族の愛情も、恋人の温もりも。
人の情など足を引っ張るだけのものだ。
だが、ラーシャには必要だ。時々与えられなければ、その冷たさは、全身を凍りつかせてしまう。
***
無言を貫いた。あの森での出来事を、誰にも話すつもりはない。
シリスは、苛立ちを紛らわすように拳で近くの柱を打った。
らしくないほど激昂していた。理由はわかっていた。
団長だって判っているはずです。聖堂の支配が、このままつづくわけないって。いや、つづけちゃいけないって。
僕は、のんびり暮らせる未来が欲しいんです。聖職者たちに使い捨てられる未来なんてまっぴらごめんです。
シリスの拳は、柱を殴った衝撃で、皮膚がめくれ血が潜んでいた。
それ以外なにも言わない。その態度が、ますますシリスを苛立たせる。
シリスは、乱暴にリュオンの手を振りほどく。
失望が広がっていた。思いは同じだと思っていた。
リュオンならば、わかってくれるだろうと甘えていたことに、いまさら気づいた。
別れ際、リュオンが言った。