【黒ウィズ】空戦のドルキマス4 Story3
空戦のドルキマス4 Story2 殲滅兵器
空戦のドルキマス4 Story3 ボーディス奪還作戦
空戦のドルキマス4 Story4 黒衣の襲撃
空戦のドルキマス4 Story5 王都決戦
空戦のドルキマス4 Story6 ドルキマス
目次
story
前線では、ドルキマス兵による略奪に歯止めが効かない状態だった。
急速な軍事力拡大により、兵の質が下がり、またそれを指揮する下士官の教育も間に合っていなかった。
お許しください!これを持って行かれると、明日からなにを口にすればいいので……?
俺たちは、栄えあるドルキマスの兵士!アルトゥール陛下が指揮する聖戦に参加するものたちだ。
その俺たちに飢えたまま戦えというのか!?
聖戦だと?笑わせるな。
あんらはフェリクス……。ボーディス王国の王が、戻ってきたのか!?
そうだ。ドルキマス軍にこれ以上好き勝手させないために戻ってきてやった。さっさと食料を置いて立ち去れ!
くそっ。傭兵風情がっ!覚えておけ!
逃げていくドルキマス兵たち。テオドリクは、それを無感情に見つめている。
なんとも醜悪な世の中になったものだ。
そうしたのはあんただ。この落とし前、ちゃんとつけるんだよな?
ぽん、と肩に手を置く。
醜悪なものを見たくないがために、眠り続けていたかったのだが、見てしまった以上はしょうがない。
冷たい表情に君は背筋にぞくっとしたものを感じた。
残酷なことには、加担できないにゃ。
大掃除をすればいい。醜いものを産み出し続けている元凶を片付け、この世界を作り替える。
私を止めるか?それとも、共にゆくか?
ディートリヒを目覚めさせた時点で、こうなることは覚悟していた。
最後までー緒に行くよ、と君は答えた。
例の魔道艇にテオドリク第王子が、搭乗されていたのは、間違いないようです。
そうか……。
巷では、第3王子殿下が存命だったという情報に驚く者もいれば、偽物だと噂するものもいます。
ただ、大半のものたちの関心は、テオドリク殿下が宣言なされた殲滅兵器がドルキマスに向けられるのかどうかです。
あると思うか?都市ひとつを消滅させるような兵器など……。
通常ならば、ないと答えるべきでしょうが……。
レベッカ・アーレント開発官が、向こうについているとなるとー概に否定できません。
ドルキマス軍工廠において聖なる石のエネルギーを利用した大量破壊兵器の開発を指揮していたのは、あのお方ですから。
軍工廠から研究を持ち出し、独自で完成させた……そういうことか?
断言はできませんが……。
幸いなことに現在ドルキマスには、10の艦隊が存在し、大陸全土に戦力が散らばっております。
第3王子が、破壊兵器を使った場合……この王都は滅びるかもしれんが、他の艦隊からは、必ず報復を受ける……か。
当然、それは向こうもわかっているでしょう。だから、わざわざ殲滅兵器の所有を公言したのです。
兵器は使わず、その威力を相手に想像させるだけで効果がある。
私は、ずっと考えていた。守るべき大切なものはなにかを……。
王である私が守るべきものは、この王都であり、ドルキマスの国民である。
現在の戦争も、ドルキマスを昔のような小国に戻し、民に再び苦労させないために決断した戦争だ。
御意。
アルトゥールは玉座から立ち上がり、背後の壁にかけられている歴代王の肖像画を見上げた。
ドルキマスの歴史を私の代で終わらせはしない。
私は、王だ。国に降りかかるあらゆる脅威に立ち向かう責任がある……。
相手が第3王子であろうと、ディートリヒ元帥であろうが関係ない。
いまのドルキマス王は、私なのだ――
王アルトゥールとして命じる。ドルキマス全軍は、あらゆる手段を持って第3王子を討伐すること。
ドルキマスは、必ずや私が守る!
story
ボーディス王国に戻ったフェリクスは、暴虐を繰り返すドルキマス軍に対して反撃を行なった。
狙うは、ドルキマスの拠点である、〈紺碧の要塞〉ただひとつ!
俺たちの国からドルキマス軍を追い出して、ボーディス傭兵団の強さを思い知らせてやろうぜ!
フェリクスの空賊艦に乗船する傭兵たちは、誰もが命を捨ててドルキマスと戦い、祖国を守る覚悟だった。
反ドルキマス同盟軍とドルキマス軍の本格的な戦いは、こうしてはじまった。
ボーディスに空軍戦力が存在するとは聞いていましたがね。まさか向こうから仕掛けてくるとは……無謀な。
しょせん相手は、小勢だよ。ドルキマスの艦隊の相手じゃないね。
敵をあなどるな。向こうには、魔法使いとジーク・クレーエもいる。それに……。
ディートリヒ・ベルクもいると言いかけて、クラリアは口をつぐんだ。
あの人と敵味方に分かれて戦うなど、想像したこともなかった。
本当にこれでいいのかと迷いは深まるばかりだった。
クラリア提督本当に大丈夫なの~?今回の戦い、出撃しない方がいいんじゃない?
シャルルリエ提督を迷いから救ってやれるのは、お嬢ちゃんしかいねえ。頼んだぜ。
へいへい。提督、なに暗い顔してるのさ上官が暗い顔してると、兵たちが怖じ気づいちゃうよ?
上官に向かってその口の利き方はなんだ?罰として腕立て伏せ100回。
うああああああんっ!オルゲン少佐に騙されたあっ!
ど……どうやら、虫の居所が悪かったようだな。わりぃな?
クラリアの元には、アルトゥールからの電信が、毎日のように届いていた。
反ドルキマス同盟軍と戦うことを決意したアルトゥールは、人が変わったように前線の指揮官を叱咤している。
それだけ反乱軍を脅威に感じているということだ。
シャルルリエ提督!艦隊の動きが止まっているぞ!
……いま作戦を練っているところだ。
作戦などくだらん!敵は少数私と貴様の艦隊で、左右から包み込めば殲滅できる!
ドルキマスヘの忠誠を失ったわけではあるまい?ならば、四の五の言わずに突き進め!
なんか、やな感じ。まるでお目付役みたい。
みたいではなく、そうなんだよ。アルトゥール陛下が、シャルルリエ提督の裏切りを警戒しているのは、事実だ。
え~。そこまで疑われてるんだ~?
そんな嫌な思いしてまでドルキマスに忠誠を尽くす意味ある~?あたしだったら、とっくに逃げ出してるよ。
滅多なことを言うな。第3艦隊は、我が父ブルーノの代から、常に先陣を切って戦ってきた。ドルキマスの剣だ。
今も昔も、それは変わらない。
ほんとに?やせ我慢してない?
いまの提督の顔とても苦しそうだよ?我慢してるような顔だよ?
我慢は身体に悪いよ?心の便秘は絶対に心を壊しちゃうよ?
本音を言ってみ?ね?ね?ね?
抱きつくな、うざい!離れろっ!
や~だ。離れない~。
オルゲン。艦を前進させろ。私は、迷っていられる立場ではないようだ。
……へい。
あと私に抱きついてる空賊の間諜をなんとかしろ。
間諜だとわかっていながら傍に置いてくれる提督の器の広さには感服するねっ。
あれが、ボーディス王フェリクスが乗る旗艦だ!逃すなよ!
雲の隙間に浮かぶボーディスの国章が記された銀色の艦は、ドルキマス艦隊目掛けて航行を続けていた。
侵略者たちに、この空が俺たちのものだってことを教えてやるぜ!
第4艦隊全艦進め!
迫る艦隊。フェリクスは自ら甲板に立って、敵を迎え撃つ。
その肩には、レベッカが開発した〈ヴォーゲン・カノーネ〉高射砲があった。
対イグノビリウム戦で無数の敵艦を撃ち落としたフェリクス愛用の獲物だった。
侵略者たちは、ドルキマスにお帰りいただく。ほら、出口は向こうだぜ。
フェリクスの精確な砲撃は、ドルキマス艦の艦底を次々に撃ち抜いていく。
なんだあの男は……。
生身で甲板に立ち直接艦を狙い撃つその姿に、ドルキマス兵は誰もが戦慄した。
めちゃくちゃな男だ。だが、あいつさえ倒せばこの戦は終わるぞ!
ドルキマス軍は、狂ったようにフェリクスの艦に砲撃を加える。
だが、そのことごとくが外れた。傭兵時代から、戦場でフェリクスを守ってきた強運が、またしてもフェリクスを救った。
死んだ父上や兄たちの加護だろうな。俺にはー発も砲弾は当たらねえ!そんな気がするぜ!
って言ってる傍からおっとっと!
王、ご無事で!
なんてことねえ、かすり傷だ。今度は、こっちがやり返す番だな。
直撃だと……!?くそっ、沈む……!
ま、こんなもんかな。さてと、ジークの旦那は、どうだ?上手くやってっか?
***
ー方、クラリア・シャルルリエ率いる第3艦隊と砲火を交えているジークは――
なんだ今のは?黒い風か……?
報告します!第12駆逐艦、大破!第5巡航艦、戦闘不能。乗員を退艦させるそうです!
先はどのは、風ではない。
黒い風に見えたそれは、紛れもなく戦場を飛び行く、1隻の魔道艇だった。
軍人ごときに、このナハト・クレーエ号を捕捉できるか?できはしない――
先ほどのー瞬――あれが攻撃だったわけか。おそれいったぜ。
もうー回、奴が反転して襲ってきます!
撃ち落とせ……って、無理だよなぁ。
またしても漆黒の風が、通りすぎていった。そのたびに1隻……2隻と友軍艦が落とされていく。
ナハト・クレーエ……。ただの空賊ではないと思っていたが……これほどとは。参ったな。
残念だが、俺の高速戦闘についてこれる艦はドルキマスにはない。大人しく、首を差し出せ。
こいつは、手に負えませんね。どうします?
密集していれば、奴の思うつぼだ。艦を散開させろ。
我々の狙いは、あのお方が搭乗されている魔道艇ただひとつ。雑魚は包囲して身動き取れないようにしておけ。
まだ頭は冷静ですね。そういえば、お嬢ちゃんの姿はありませんが……どこに行ったんですか?
……さあな。
フェリクスも、ジークも、予想以上に頑張っているにゃ。
いまのところ優勢だが、歴戦のドルキマス軍は、即座に陣形を変えて対処してきた。
小型艦は1対1の状況になれば、機動力で勝るが、艦隊で対処されれば、対応が難しくなる。
シャルルリエ提督もバルフェット提督もそのぐらい承知の上だ。
元から分の悪い戦いなのは承知の上にゃ。
殲滅兵器を使えば、艦隊などー瞬で消し去ることができるのだがね。
それはいけない、と君は口を挟む。
この戦いは、ドルキマスの将兵をいたずらに殺すことじゃない。あくまでもボーディスを解放することだ。
でも、このままじゃジークも、フェリクスもそのうち力尽きてしまうにゃ。
勝てる手段はいくつもある。ー番簡単なのは、勝利が舞い込むまで待つことだ。
そんな悠長なこと言ってる場合にゃ?
”艦隊が接近してくる。ドルキマス軍ではない。
空の向こうからやってくる10艦ほどの小規模な艦列を君は確認する。
ようやく来やがったか。安心しな。あれは味方だ。
遅くなりました。我がフェルゼン王国軍も、反ドルキマス同盟軍に参加させていただきますわ。
フェルゼンもボーディスと同じように、ドルキマスに支配されてる。
そういう虐げられたものたちの力を結集する。それが反ドルキマス同盟軍の意味。……ということだな?
どうだ?ちったあ、盟主らしいことしただろ?
威張れるほどのものか。まだ戦力は、格段の差がある。
ドルキマスの悪行は、この大陸で知らないものはいねえ。
味方はこの先もどんどん増えていくさ。細かいことは、気にするなって。
根拠のない自信が羨ましかった。
はっはっはーっ!せいぜい10隻程度の戦艦が向こうに味方したからといって戦局は覆らん!
これはこれは。壮観な景色ですね。
ロレッティ、よくぞ戻った。シャルルリエ提督の様子を教えてくれ。
だいぶ揺れ動いてるみたいだねー。敵を葬り去ろうって気迫が、彼女の指揮からは感じ取れないもん。
すっきりしない女だな。やはり、お嬢様には酷な状況だったか……。
フェルゼン艦隊の登場を切つ掛けに、第3艦隊が、向こうに寝返らないとも限らないね。
万がーのことを考えて我が第4艦隊は、ボーディス国境の要塞に引くべきか。
防衛戦は私がー番得意とするところ。万がー、シャルルリエ提督が向こうに回ったところで、防ぎきる自信がある。
よし、我ら第4艦隊は、要塞まで転進し、前線はシャルルリエたち第3艦隊だけに任せる。
これでもまだシャルルリエ提督が煮え切らない態度を取るならば、反乱軍と共に葬るまでだ。
……。
story
「クラリア……。美しい名前だろ?これは、お前の母さんが考えてくれた名なんだ。」
父、ブルーノ・シャルルリエは、不器用な父親だった。
「こんな美しい娘を授かるなんて。神と妻に感謝だ。」
私は、そんな父親の姿を見て育った。軍人である父は、艦隊勤務が続き、ほとんど家にいなかったけれど――
たまに帰ってきた時は、いない間のさみしさを埋め合わせるように愛情をたっぷり注いでくれた。
母が病気で亡くなった時も、父は任務中で、家にいなかった。
「母さんのことは……すまなかった。」
帰ってきた時、寂しそうな顔で、私を全力で抱きしめてくれた。
「クラリア……。これから、あいつの分まで全力で愛する。だから許してくれ。」
父はたまに無愛想な若い将校を家に連れてきた。家庭の昧を教えてやるんだ。と言って楽しそうに料理を振る舞っていた。
若い将校は、いつも迷惑そうな顔をしていたが、父が出した料理は、ちゃんと食べてくれた。
「ディートリヒ。娘が、軍人になりたいと言うんだ。」
「ほう?きっと貴君に似たのだろうな。」
「娘は、妻のようなおしとやかな女性に育って欲しい。だから、君から軍人は辞めるように言ってくれないか?
父である俺の話など、いまさら聞いてくれなくてね。」
「私は軍人しか知らない男だ。普通の幸せなど、説くことはできん。」
「これは、人選を誤ったな……。」
「もし、本当に貴君の性格に似ているのなら、堅実でおもしろみのない人生を歩むだろう。放っておけばいいさ。」
「おいおい。それはどういう意昧だよ?」
「クラリア。君の父上から、話は聞かせてもらった。なぜ軍人になりたい?」
私は、父の姿を見て育ったから……と答えた。ー緒に働きたい。ただそれだけの思いだった。
「君のように戦艦に乗りたがる少女はそういない。空が、好きなのかね?」
父とディートリヒおじさまがいるところなら、どこでも大好きです――と、子どもだった私は無邪気に答えた。
父が愛した空への憧れは、昔からあった。空を飛ぶ艦から見える眺めは、いつも格別だった。
「私も、君の父上も軍人だ。いつ、どこで死ぬかわからない。
君の父上が戦死した場合、娘のクラリアを引き取って養女にしてくれと頼まれている。」
嬉しい。ディートリヒおじさまの娘ならば、今すぐにでもなりたい。と父が聞けば泣くような台詞を吐いたものだ。
「万がーその時が来た時は、君に指揮官の素質があるかどうか見極めてやろう。」
そして、父ブルーノは、ガライド連合との戦いで戦死した。
戦死の報を受け取って呆然とする私の前にディートリヒおじさまが現われた。
「ブルーノは、たったひとりの親友だった。私のような男を最後まで見捨てないでいてくれた。
クラリア。今日から私が、君を引き取る。」
私にとってー番大好きな人。ー番頼れる人が、父ブルーノだった。その父が、いなくなった。
ディートリヒおじさまと共に行く。それが父の願いであり、私の希望でもあった。
「私は、軍人としての生き方しか知らん。普通の女としての幸せなど、教えることはできん。それでもいいなら、好きにしろ。」
遺族年金で、人並みの生活を送る道もあった。でも、私はディートリヒおじさまと共に行く道を選んだ。
父が生涯を挿げた空で生きる。それは私にとってなによりの幸せ。
だって私のー番好きな場所は、父とディートリヒおじさまがいる場所だったから――
提督、危険です!下がって!
少し……昔の夢を見ていた。まだ幼かった頃の夢だ。
戦闘中に夢を見るとは、さすがはシャルルリエ公爵。余裕がありますな?
私のような小娘が、軍人として生きる決意をしたのは、あの人の傍に居たかったからだ。
それが紛れもないクラリアの本心。
お前たちを巻き添えにするわけにはいかん。私は、ひとりでドルキマスを離れる。
なにを言ってるのですか?我々は、提督の傍が居場所です。
ー緒に行くに決まっているでしょ?
バカなことを……。
第3艦隊の古参兵は、ブルーノ。そしてクラリア。2代に渡ってお仕えしてきた空の男たちです。
いまさら、見捨てるなんてよしてください。死ぬまで付き合いますよ。
だ、そうですよ。
こんな小娘と共に来たいというのか?変わった奴らだなお前たちは。
ドルキマスヘの忠誠心ってよりは、シャルルリエ家に恩義を感じていますんで。
俺だって元は空のゴロツキです。ブルーノ・シャルルリエに拾われなきゃ、空賊としてとっくに野垂れ死んでますよ。
いいんだなお前たち?後悔はないな?
へえへえ。とっくに覚悟はできてまさあ。
わかった。今から私は、ドルキマスを裏切る。
”第3艦隊。各艦に告ぐ。私に続きたいものだけ、荒鷲の旗を掲げろ!”
story
申し上げます!第3艦隊の各艦が、次々にドルキマスの国旗を棄てて荒鷲の旗を掲げています!
そうか……。シャルルリエ提督。やはりお前は、ドルキマスを捨ててあの人に付いていくのか。
荒鷲は、戦死した第3艦隊提督ブルーノの異名でもあった。
第3艦隊の全ての艦が、荒鷲の旗を掲げてたことを見ても――
第3艦隊の面々は、ドルキマスではなく、ブルーノと彼の娘であるクラリアに忠誠を誓っていたことになる。
所詮、寄せ集めの艦隊か!ドルキマスをこうも簡単に裏切るとは!
それだけ、シャルルリエ提督が、日頃から配下の心を掌握していたってことだ。
なかなかできることじゃねえよ。
エルンストも、その才能をディートリヒに見出された将官だった。
けれども、ドルキマスヘの忠誠は棄てない。なぜなら祖国だからだ。
私は死ぬなら、ドルキマス軍人って決めてるんだ。
シャルルリエ提督。あんたとは、最後まで反りが合わなかったな!
予め、第3艦隊の裏切りを予想して、磨下の艦隊を要塞に退かせている。
本国からの増援も、すでにこちらに向かっている。
要塞を守りきれば、私の勝ちだ。こいよ、シャルルリエ。鉄壁の異名を持つ私から、この要塞を奪って見せろ。
すべての艦が、荒鷲の旗を掲げていますね。
……。
クラリアは、なにも言わずに、付き従う庶下の艦隊をじっと見つめていた。
その小さい背中が、細かく震えていた。クラリアが、どんな表情をしているのか、ヴィラムにはおおよそ想像がついた。
ブルーノ・シャルルリエは、まだ生きている。娘のあなたが居る限り。そういうことですよ。
父も私も、良い部下に恵まれた。
ええ……。最高の奴らですよ。
全艦に告げろ。我々は、テオドリク・ハイリヒベルク殿下と共にドルキマス軍を急襲する。
エルンスト……悪いが、ここで決着を付けさせて貰う。
***
シャルルリエ中将の第3艦隊が、ドルキマスからこちらに寝返ったと……?
驚いたぜ。これも、あんたの策のうちかな?
シャルルリエ中将は、ドルキマス空軍のー翼を担う立派な将。私ごときの策に踊らされるような娘ではない。
どっちでもいいや。ともかくこれで、ボーディス国境の要塞を攻めることができる。
この国をドルキマスから解放するための戦いに、もうしばらく付き合ってくれよ。
”なにを改まって。盟主なのだから、ただ命令すればいい。
”そうですよ。我々をお使いください。
そういうの苦手なんだよなぁ。やっぱり、俺は先陣切って戦場を突き進む方が性に合ってる。
……そんなわけで、先に行かせてもらうぜ。
慌てるな。ドルキマスの要塞は強固だ。ナハト・クレーエ号が援護する。
フェリクスとジークの艦が、先陣切って要塞へと向かった。
君たちも、遅れてならじと舵を切る。
”ディートリヒ元帥閣下。ご無沙汰しております。
シャルルリエ中将……。いや、もう中将ではないのだな。かくいう私も、元帥ではない。
お互い、かしこまった態度は無用にしよう。
昔のようにクラリアと呼んでください。
それと、あなたがいなくなったあとのドルキマスを見捨ててしまって言葉もありません。
しかけたのはこちらからだ。貴君が気にすることはない。
ひとつ、お聞かせください。この先、ドルキマスをどうなさるおつもりですか?
その質問を投げかけられた直後、テオドリクの目元に複雑な感情が宿ったように君には見えた。
テオドリク様がドルキマスを完全に滅ぼすのでは、と危惧していらっしゃるようね。
その問いの答えは、君も知りたいところだった。
テオドリクが作り上げたと言っていい、現在のドルキマス帝国。
それを敵に回すということは、この先に求めるのは破滅か。共存か。
醜悪な世を作り出したアルトゥール王には、いささか怒りも感じている。
しかし、ー国家がどうなろうが、私にはもう関心のないことだ。
私を目覚めさせたのは、魔法使いだ。すべて、魔法使いが決めればいい。
もちろん、私たちは、ドルキマスを滅ぼすことはしないにゃ。
”ならば閣下……。いえ、テオドリク様。この戦争。私の功績と引換えに、ドルキマスを存続させてくださいますか?
噂の殲滅兵器をドルキマス王都に向けて、撃たないと約束してくださいますか?”
小さい身体で、なんて大きなものを背負っているのだと君は思った。
彼女は、テオドリクの元に下ったのではない。祖国を救うために来たのだと、この時はじめて知った。
それは、私が決めることではない。クラリア。君が決めればいい。
”私が……ですか?”
フェリクス盟主たちと、ドルキマス軍との戦闘がはじまったようね?
”答えはまだ出せません。でも、今はあなたと共に行きたい……と思います。
父ブルーノも、おそらくそれを願っているはず”
果たしてそうかな?あいつは今ごろ、苦笑いしているのかもしれん。
”確かに……その顔が、目に浮かびます”
ジーク!第3艦隊が味方になったとはいえ、国境の要塞は堅固だ。どうやって落とす?
俺の高速戦闘も、お前の砲撃も、要塞相手には効果が薄い。
そんなことハナからわかってるんだよ。だから、どうしようかって聞いてるんだぜ!
ここまで来た癖に、なんの作戦も立ててないのか……。
だったら、俺の仕掛けを使う他ないな。要塞に潜入させておいた空賊たちに、信号弾を放つ。
やっぱりあるんじゃねえか。出し惜しみするなよなー。
ちなみにこの作戦は、テオドリクが考えた。
へ?な、なんで俺、知らないの?俺、盟主だよね?ハブられてるの?ねえ!?
お前は、軍議の時に居眠りしてただろうが!
起こせよな!?
***
ようやく信号弾確認みんなー出番だよ!
やっとドルキマスと戦えるのか。待ちかねたぞ!
お頭のためにも頑張ろうあ、これ押してみる?
なんのスイッチだこれは?ぽちっ。
爆発だ!敵の侵入か!?
こりゃあ楽しいな!もっと押させろ!
こっちにも、あっちにも沢山しかけてあるから、好きなだけ爆発させてね。
ははははっ!これは最高だこんな楽しい遊びはないぞ!
***
なにっ!?要塞指揮官が、白旗をあげただと?
しかけられていた爆発物が、要塞の各所を破壊し、命令系統が分断されて、やむなく……。
爆弾がしかけられていることになぜ気付かなかった!?
要塞にこの手紙が……。
なんだこの汚い字は!?
エルンスト様へ。せっかくクラリア提督のことを教えてあげたのに、なんの見返りもなしなのは、ちょっとむかついた。
だから、いままでお世話になったお返しにお土産を置いていきました。
みんなで楽しんでね?空賊ロレッティ・カナラ。
げほっ!げほっ!仕掛け入りの手紙か!
ロレッティめ……私をたばかるとは良い度胸だ!今度あったらただじゃおかんぞ!
提督!反乱軍の本隊が攻め寄せてきます!いかがなされますか?
迎え撃つに決まっている!おめおめと引き下がれるか!
ドルキマス軍の意地を見せろ!
みんなよくやってくれた。おかげでボーディス王国を取り戻すことができたぜ。
ささやかだが宴の用意をした。今だけは、楽しんでくれ!
まだドルキマスとの戦いは終わったわけではない。むしろ、これからが本番だ。
それでも、いまだけは勝利の美酒を味わうことが許された。
無線でお声を聞いてすぐに察しました。テオドリク様が、ディートリヒ閣下だったのだと。
いえ、この話はやめましょう。私たちに味方してくれているのは、テオドリク様なのですから。
今回の戦いは、クラリアたちが味方してくれなきゃ、危なかったにゃ。
薄氷を踏む勝利だった。
不可能を可能にする。それがテオドリク様ってね。
お誘い受けたはいいものの、あたしも最後まで迷ったよ。どっちにつくのか。
ど……どういう意昧にゃ!?
えへへ~。内緒。
1枚チェンジだ。
俺は交換しなくていい。
私は、3枚チェンジだ。
テオドリクたちは、難しい顔をして向き合っていた。なにをしているのかというと――
空賊ポーカーやってたんだ~?やっぱり、勝利の宴といえば、空賊ポーカーだよねー。
そんなゲームがあるのか?
普通のポーカーとは違い、3枚の力ードで役を作り、競い合うゲームらしい。
単純明快で、すぐに勝負がつくことから、気の短い空賊たちに好まれ〈空賊ポーカー〉と呼ばれるようになったとか。
10のペアだ!今度は貰っただろ!?
残念だったな。俺はクイーンの3カードだ。
またかよ!?ジークの使ってるカード、本当に俺のと同じカードか?
空賊ポーカーは、子どもの頃から慣れ親しんでいる。昨日今日空賊になったフェリクスに負ける理由がない。
くそう。もう、盟主の座しか賭けるものがねえ。こいつでもうひと勝負だ!
とんでもないものを賭けようとしている!
目を覚ますにゃ!
もういい……下りる。やってらんねえよ!
次は俺とあんたとのー騎打ちになるが、やるか?
勝負を挑まれて逃げたことはー度もない。しかし、私には賭けるものがない。
金や物は欲しくない。もし俺が勝ったら、あんたは次のドルキマスの王になれ。
アルトゥールよりかは、いくらかマシな世を造るはずだ。
なんと!?次の国王を決める戦いになるとは!
王には興味ないが、いいだろう。どうせ、負けはしない。
テオドリク様が次のドルキマス王……ジ、ジークユーベル様、絶対に勝ってください!
どこから来る自信なのやら……。
ところで私が勝ったら、なにをしてもらおうか。物や金ではつまらんな……。
ならば、私が勝ったら、私のことは、兄さん――とでも呼んでもらおうか?
札を配るジークの手がピタリと止まった。
……呼んで欲しかったのか?
それとも、ドルキマス王の座がいいかね?
いや、それでいい。受けてたとう。
テオドリクは、おそらく今日初めてこのポーカーをやる。歴戦のジークとは、経験に雲泥の差がある。
勝負になるのかにゃ?
魔法使い。そこにあるワインを取ってくれるかね?
君は言われたとおり、隣のテーブルにあるワイン瓶を手にとって、テオドリクに渡した。
ジークとテオドリク。それぞれ札を交換し、手を見せ合う番になった。
こちらはスペードのフラッシュだ。
ふむ。ならば、こちらは11、12、13のストレートフラッシュだ。
なんだと……!?
テオドリクのまさかの勝利にどよめきがあがる。
ー瞬、テオドリクがキミのローブの袖に触れたにゃ。もしかして……いかさまかもにゃ?
まさか、と思った次の瞬間、君は袖の中に入れたおぼえのない力ードが入れられているのに気付いた。
まさか、その程度のいかさまを見抜けないとは……俺も焼きが回ったな。
さあて、約束を果たしてもらおうか?
今度は、いかさまは許さん。だから、後日再戦しろ……。
ジークは蒸留酒の酒瓶をー気に煽って、派手にぶっ倒れた。
やけ酒だね。
story
飲み過ぎた空賊たちは、ひとりまたひとりと脱落していった。
いつの間にかこの場所には、君とテオドリクのふたりだけとなった。
魔法使い、貴君はどこから来た?そして誰の命令を受けている。
珍しく、君に興味を示してきた。
もしかして酔ってるにゃ?
誤魔化すな。私は、とっくに気付いている。貴君がこの世界に干渉し、歴史を変えたこと。
そろそろ誰の命令で動いているのか、打ち明けても良い頃だろう。あのルヴァルという天の使いか?それとも別の誰かかね?
テオドリクは、なんらかの疑念を抱いている。しかし、質問の意味がよくわからなかった。
私たちは誰からも命令されていないにゃ。ただ、困っている人がいたから、人助けをしていただけにゃ。
ふっ。なるほど。
おもむろに、テオドリクはカードを切り始める。
勝負をしよう。私が勝ったら、秘密を打ち明けて貰うぞ?
向こうは、もういかさまを使えないはずにゃ。勝機はあるにゃ。
そう簡単に言われても……。ずっと見てただけで、空賊ポーカーのルールは曖昧にしか覚えてない。
この勝負に私が求めるものは、魔法使いの秘密だ。魔法使いは、私になにを求める?
やっぱり、この戦争でひとりでも多くの命を救いたい、かなと答える。
相変わらずだな。貴君らしい。
カードが3枚配られる。君は、それを覗き見て、そうしようかとウィズに訊ねた。
私の手は揃ったが、貴君はどうだ?
2枚交換にゃ。
(キミは2のペアと8のカード……。ー応、役にはなっているけど、テオドリクに勝てる気がしないにゃ)
テオドリクは、どんな役を揃えているのだろう?いかさまなしでの実力は、どのくらいだろう?
時間の無駄だ。手札を開示してくれるかね?
テオドリクは、交換しないにゃ?
私はこのままで構わん。
テーブルの上のカードに触ろうともしない。触らないでもわかるのか?そもそも、テオドリクは自分のカードを確認したか?
見てなかった……。自分の手札を確認するので精ー杯だった。
手札を開いて、お互いの役を見せ合うまで勝負は決まらないのだろ?早くしたまえ。
キ、キミどうするにゃ?
もし負けたら――クエス=アリアスのことや、108の異界のことなど、テオドリクに教えなきゃいけない……?
異界の真実など、おいそれと打ち明けられるものではない。
なのにテオドリクは、それを教えろという。彼はー体なにを知ったというのか……。
追い詰められ、迷ったあげく、君は――
キミ!カードが燃えてるにゃ!
君は、無意識のうちに手にあった3枚のカードに魔法で火をつけていた。
勝負を投げ出すつもりかね?
そんなつもりはなかった。ただ、気づいたら燃えていた――と、君は素知らぬ顔で答えた。
まさか、そういう手段でくるとはな。
昔から考えすぎると手元にあるものが、燃える性質なんです。
嘘をつくのはやめたまえ。
これで勝負は、ちゃらにゃ。残念だったにゃ。ところで、テオドリクの手は――にゃ!?
テオドリクのカードは、ハートの1。ダイヤの6。クローバーの13。
なんの役にもなっていないにゃ……!?
らしいな。私はー度も確認していないから、知らなかったがね。
確認していないのに、なぜあんな強気な態度だったにゃ!?
相手の心を折った方が勝つ。勝負事とは、そういうものだ。
テオドリクの自信満々の態度に騙された。こっちは勝手に負けた気になって、勝手に追い詰められていたということか。
追い詰められて窮する魔法使いを見るのは、とても楽しかった。いい余興になった。
君はげっそりした表情で、そりゃどうも……と答えた。
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