【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story6
story 絶級 惜しみゆく果て
君たちは鉄機要塞に侵入し、内部を進んだ。
さすがに正面から行ったわけではない。ディートリヒが抜け道を知っていたので、そこを利用して潜入した。
内部にはドルキマス兵の姿があったが、ディートリヒとエルナが先行し、敵に気づかれるより早く倒していった。
ふたりとも、手慣れているにゃ。
私とて、最初から元帥だったわけではない。
わたしも、元はスラム育ちの志願兵ですので。ま、こんなもんです!
なぜ従兵であるエルナを達れてきたのか――その理由は単純に、彼女の個人戦闘力の高さにあったらしい。
速やかに、かつ密やかに、君たちは進む。
要塞内は静かなものだ。まだ潜入には気づかれていないのだろう。
いずれ気づかれるはずだ。その前にドルキマス王のもとに辿り着かなければならない。
艦隊の方は放っておいて大丈夫にゃ?
ドルキマス王を倒せば戦いは終わる。味方が心配なら、迅速に目的を速することだな。
この分なら、なんとかなりそうですね。予想以上に警備が手薄ですし。
“王を守るために手勢を割いてはいられない”ということだろう。やはり、軍を率いているのは第1王子か。
そのときだった。
君は不意に、背中を氷の刃で刺されたような、ぞくりと鋭い気配を感じ、背後を振り返った。
そこにいたのは、敵兵ではなかった。
機械だ。
さまざまな部品を寄せ集めたような、いびつな人型の機械が、立っている。ゆっくりと、こちらに歩を進めてくる。
だが、君を戦慄させたのは、その異形の姿が原因ではない。
感じるのだ。
暗く、重く、冷たい情念。失われたはずの慟哭。
求められぬものを求め続けるような、その気配。
忘れられるはずもない。
――〈イグノビリウム〉にゃ!
”ア……ア、ア……”
ソレは、声を発した。喉を焼きつぶされたような、歪んだ声だった。
”〈王〉ノ……仇……我ラノ……仇………”
その声に、ディートリヒが眉をひそめる。
なんだ?あれは何を言っている?
いえ……ぜんぜんさっぱり……。
やはり、魔法を失った彼らには、〈イグノビリウム〉の言葉は理解できないのだ。
〈王〉の仇って言ったにゃ。こいつ、ひょっとして……。
ウィズの推測に、君はうなずく。
あのときの戦いで時空の歪みに巻き込まれたのは、君たちだけではなかったということだ。
目の前にいるのは古代の亡霊――であると同時に、未来世界から漂流してきた、〈イグノビリウム〉の残党兵!
”殺シテ……ヤルゾ……ディートリヒ・ベルク……”
狙っている。ディートリヒを。過去の彼とわかっているのかいないのか。いずれにせよ、恐ろしいまでの憎悪を燃やして。
君は懐から力―ドを取り出し、構えた。
ディートリヒ、エルナ!ここは私たちに任せるにゃ!
よいのだな?
君はうなずく。
こいつは君が連れてきてしまった亡霊だ。本来、この時間軸にいなかったはずの邪魔者。ディートリヒたちを巻き込むわけにはいかない。
わかった。この場は任せる。後ほど、武勲のほどを聞かせてもらおう。
がんばってくださいね、魔法使いさん!
ふたりは、通路の奥へ駆けていく。
君も、ふたりとは反対側に駆け出した。
〈イグノビリウム〉――例すべき敵へと向かって。
story
要塞に、振動が走る。
魔法使いさんと。〈イグノビリウム〉……が、戦ってるんでしょうか。
あちらは任せておけばよい。
にべもなく言って、ディートリヒは足を進める。
その後ろ姿にエルナは、くすりと笑いをこぼした。
閣下、意外と買われてますよね。魔法使いさんのこと。
意志の強さは疑うべくもない。もし戦場であいまみえたとしたら、ある意味、最も厄介な手合いだ。
ふふ。かもしれませんね。
人なき道を駆けてゆく。
王の元へと続く道。勝利をもたらす道。
ひた走り、駆け抜けて――
ディイィイイィイイトリヒィィイィィイイッ!!
――!
轟音が、道そのものを割り砕いた。
見えたのは、赤。赤黒い衝撃波。
それが天井を粉砕し、瓦礫の雨を降らせ――廊下いっぱいに広がって、ディートリヒをエルナを吹き飛ばした。
ぁあっ……!
ぐっ……!
巨人の拳を叩きつけられたような衝撃。骨が軋み、砕ける感触を味わいながら、ディートリヒは激しく床を横転する。
……。
ディートリヒはすばやく立ち上がり、銃を構えた。
もうもうと立ち込める噴煙の彼方に、不気味な赤光が瞬く。
鉄機要塞をぶち抜いて現れた女――その瞳に燈る、人ならざる瞳の光が。
(あの女――ザビーネ・クーンと言ったか)
ディートリヒの命を狙い、艦に潜入していた女。独房に閉じ込められたままのはずだったが――
ディートリヒ……仇ッ……弟の仇……〈王〉の仇いいいいッ……!!
近づいてくる。踏み出す都度、嘆き上がる赤黒い気が、床をどろりと溶解させてゆく。
その気配は、先ほど相対した〈イグノビリウム〉なるものと酷似している。
人の念を呑むのか。〈イグノビリウム〉とやらは。
うぅぅうあああぁああああああーっ!!
自ら築いた瓦礫を弾き飛ばすようにして、ザビーネが走り出す。
ディートリヒはすばやく、そして正確に、女の胸に狙いを定めて引き金を引いた。
直撃。女が足を止める。
だが、それだけだ。死なない。向かってくる。
……閣下ぁっ!
通路の壁側に吹き飛ばされていたエルナが、ザビーネに体当たりをするようにして組みつく。
その隙に、ディートリヒは撃った。額。女の頭部を弾が貫通する。
邪魔だァッ!!
止まらない。ザビーネが激しく腕を振るった。
赤黒い閃光が詐裂。周囲の瓦礫ごとエルナを吹き飛ばす。
あ……。
閃光に胴を薙がれ、エルナは鮮血を噴いて倒れた。その上に、砕けた瓦礫のかけらが降り注ぎ、押しつぶしていく。
おかげで、敵の動きが一瞬、止まった。ディートリヒは銃を構える。
胴。額。いずれも致命傷にはならなかった。ではどうする。どこを撃てばいい。
ディートリヒィッ!!
ザビーネが来る。尽きせぬ憤怒と憎悪に瞳を赤くきらめかせて。
憎悪。他のすべてを喰らい尽くすような――
忽然として、ディートリヒは悟った。
――そうか。“目”か!
撃つ。
銃弾は狙い違わず、迫り来るザビーネの左目に飛び込み、赤い輝きを貫通していく。
止まらない。まだ。右目が尽きせぬ憎悪に満ちている――
おまえが奪ったッ!
血走るような叫びと共に、腕が伸びた。
避けようとしたが、骨が軋んだ。一瞬の停滞。
その隙に喉をつかまれ、持ち上げられた。向けようとした銃は容易に弾き飛ばされる。
おまえが弟を殺したんだディィイトリヒィィイ!おまえが〈王〉を殺した、〈イグノビリウム〉がならず者の消えろとみんな喜んで!!
言葉の断片を繋ぎ合わせただけのでたらめな糾弾と共に、喉をつかむ手に力が込められる。
ぐ……。
おまえは――この手で殺すッ!
***
"ディートリヒ……仇……!!"
激しい憎悪をまき散らしながら、〈イグノビリウム〉の残党兵は暴れ回る。
こいつを、ディートリヒとエルナのところへ行かせるわけにはいかないにゃ!
ウィズの言葉に、君はうなずく。
「確かなことは、ただひとつ――あの男を憎み、恨み、呪っている人間は、あたしたちだけではないということだ!!」
「だからね。みんな、期待しているんですよ。ベルク元帥が導かれる国――平和に満ちた、新たなるドルキマスに!」
ディートリヒは、決して平和の使者ではない。
彼の行く道は、多くの人間の犠牲の上に築かれた道だ。
だが――今、この戦いが、荒れ果てたドルキマスの民に光明をもたらすことも事実。
そして、その光は、来るべき〈イグノビリウム〉との戦いにおいて、確かな希望となる。
だから。
君は新たな力―ドを取り出し、魔力を込める。
この世界、この時代にいるべきでない者同士、決着をつけるために――
***
BOSS:イグノビリウム
***
"ウアアアアアアアアッ!!"
幾多の魔法を浴び、ほとんど壊れかけの状態で、それでもなお〈イグノビリウム〉は向かってくる。
君は気力を振り絞り、さらなる魔法を放つべく精神を集中する。
見事追いつめた――魔法使い!
白い閃光が駆け抜けた。
天より降り注ぐ光そのもの。清らかなる光の刃が、ぼろぼろの〈イグノビリウム〉を断つ。
"が……ア……"
ついに〈イグノビリウム〉は倒れ、完全に消滅した。
すまない。救援が遅くなった。
ひょっとして、ルヴァルの言ってた“気になること”って……。
戦場に〈イグノビリウム〉の気配を感じた。蘇るには早すぎるが、もしやと思ってな。その気配が要塞に向かったので、追ってきたのだ。
私たちと同じ時代から来た奴だったみたいにゃ。でも、やっつけたから、これで安心にゃ!
いや。感じる。この奥に、もう1体いる。
そう告げるルヴァルの横顔に、悔恨が浮かぶ。
あの船で感じた“よくない気”の正体は、これだったか……。
***
――夜は、いつも暗く濁っていた。
心の奥まで切り劃むような冷たい風が、いつも、鉄サビめいた血のにおいを運んでくる。
屋根のない廃墟。積み重ねられた瓦礫。“血や異臭”までも漂う場所。
ドルキマス国内にありながら、国から見捨てられた――そんな場所。
血生臭さを吸い込み、その日を生きながらえることだけを考える。
およそ人と呼べる生活は見込めず、何より、人であるものからは虐げられる日々。
そんな場所に追いやられながら、自分を育ててくれた母が、今わの際に残した言葉は――
う……。
自分自身のうめき声が、記憶のなかの澱んだ夜から意識を引き戻した。
激痛。血臭。視界がぼやけ、焦点が合わない。わたしはどうしてここにいるんだっけ――?
「そうか。“目”か!」
男の声と銃声が、エルナの頭を強烈に叩いた。
(そうだ、わたしは……!)
ハッとして、半ば閉じかけていたまぶたを開く。
見えた。
屋根のない通路。積み重ねられた瓦磯。血と異臭にまみれた女の後ろ姿――
女が吼える。その指が誰かの首にかかった。持ち上げられる――首をつかまれてなお、揺るぎない瞳――ディートリヒ・ベルク元帥!
元、帥……閣下っ……!
うつぶせから、身体を起こそうとする。
だめだ。動かない。上に何かが乗っている。
血にまみれた鉄の瓦磯。
結局おまえは廃墟と瓦礫と血生臭さから逃れられないのだと、言われているようだった。
(だっ、たら……!)
腕を伸ばす。何かに触れた。冷たい鉄の感触。銃。震える指で確かにつかみ、引き寄せる。
(見せてやる……わたしが培ったもの!あの夜のなかで磨いてきたものを!)
“あ い つ を 殺 し て”
母は言った。泣きながらの遺言だった。独りで生きていけるようになるまで育ててくれた母の願いだから、叶えるのは当然だと思った。
復讐。そのために腕を磨いた。銃の撃ち方。殺しの技。ただひとりの男に報いをくれてやるためだけに。
だが、復讐のために入った軍で、見てしまった。
ディートリヒ・ベルクという男を。彼が軍を導き、勝利を重ねるさまを。それが国を変えていく光景を。
茫然となった心に、願いが生まれた。
母から託された願いではなく、自ら抱いた願いが。
“この人に、変えてほしい。”
”澱んだ国を。あの廃墟と瓦磯を。もう誰も、あの夜の寒さに震えることなどないように。”
死なせてはならない。これから変わるのだ。ディートリヒがドルキマス王を討つことで、あの夜は本当の意味で終わりを告げるのだ――
く、う――
“目”――ディートリヒはそう言った。彼があえて口にしたからには意味がある。目を狙え。きっと自分にそう教えるために。
片方はディートリヒが潰した。もう片方。右目。それさえ撃てば。だが、後ろからでは――
元、帥っ……閣下ぁぁああーっ!
エルナの叫びに、彼は応えた。
………ッ!!
首をつかまれ、じわじわと締めあげられている状態で、カッと左目を見開き――
ザビーネの横っ面に、渾身の右拳を叩き込んだ。
――!?
不意打ち。打たれたザビーネの顔が、衝撃でぐるりと右を向く。
エルナの位置から、右目が見えるように。
くっ――
だが、エルナの目はかすみ始めていた。
視界が揺らぎ、銃口が震える。狙いが定まらない――
(母さん……
お願い――助けて、母さん!
あの人は――あの夜を終わらせてくれる人なの!!)
視界が開けた。
ふっと身体が軽くなり、ぴたりと銃口が定まった。
その感覚があった瞬間、撃っていた。
すべてが銃口から放たれたような心地だった。
過去も、願いも、魂も――自分という自分のすべてが弾丸となって。
こちらを向いた女の右目を撃ち抜き、頭蓋を貫通して、ディートリヒの顔の真横を通り過ぎていった。
が……。
女が、くたりと倒れ伏す。
それを見届ける力すら、エルナにはなかった。
それでも、彼女は微笑んでいた。
ありがとう……母さん……。
〈イグノビリウム〉を倒し、ディートリヒの後を追った君たちは、見た。
破壊の爪痕にまみれた通路の奥――瓦磯の下に横たわるエルナと、その傍らにしゃがみこむディートリヒの姿を。
ごめんなさい……閣下……。
わたし……実は、閣下のこと……利用、しようと……思って……。
音を喰われ尽くしたかのごとく静まり返った通路に、かぼそい声が響いていた。
王を……殺してほしかった……。わたしと母さんを捨てたあいつを……。
でも……あなたを見て、思ったんです。あなたなら……この国を変えてくれる……あの夜を……終わらせてくれるって……。
お願いします……閣下……あの夜のなかで……死んでいった……みんなの、ために……。
君は走った。癒しの力を秘めたカードに魔力を込めながら。
だが、彼女のもとに辿り着いたとき。
もう、声は聞こえなくなっていた。
……私たちだけでは、なかったということか。
ディートリヒが、ぽつりとつぶやく。
感情ひとつ、読み取ることはできなかった。声からも。瞳からも。その表情からすら。
ディートリヒは立ち上がり、歩き出す。
ゆくぞ。王はこの先だ。
なにひとつ、顧みることとてなく。