【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story2
目次
story4 少将だ!!
降伏したフェリクスとヴィラムは、ディートリヒの船に招かれた。
そこで待っていたのは、やはり、ブリッジ越しに顔を合わせた、あの男だった。
天下の“奸計大元帥”を前に、フェリクスは臆することなく肩をすくめてみせる。
ディートリヒの傍らに控えるローヴィから、きびきびと契約書を手渡され、フェリクスは大仰に顔をしかめた。
なんで自分まで連れてこられたのかわからない、という顔で所在なげにしていたヴィラムが、ぎょっと自分の顔を指差した。
ヴィラムは渋い顔をした。
わざとらしく、機械化義手を動かしてみせる。
あからさまに嫌そうな顔でぼやくヴィラム。
ローヴィはさすがに眉をひそめたが、ディートリヒには気にした風もない。
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ドルキマス軍・少将 クラリア・シャルルリエ |
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その少女は、傲岸不遜に腕を組み、厳めしく名乗った。
ヴィラムは困り顔で頬をかく。
言うだけ言って、クラリアは、ヴィラムの隣に立つフェリクスを見やった。
あいさつが遅れた。クラリア・シャルルリエ少将だ。
フェリクスは、これ以上ないというくらいの真顔をヴィラムに向けた。
がりがりと、フェリクスは頭をかいた。
クラリアが、ふんと鼻を鳴らす。
しかし、こいつは……うん……予想外だわ……。
ひとしきり、唸ってから。
フェリクスは、不意に鋭く目を細め、上体を折り曲げるようにして、少女の瞳をのぞきこみ――。
ぞっとするほど底冷えする声で、問うた。
クラリアは、なんだ、そんなことか、と言わんばかりに鼻を鳴らした。
敵兵どもが死のうが生きようが、知ったことじゃない。
無論――金で雇われた戦争屋が、敵を侮って無様に死のうともな。
その返答に。
フェリクスは、両手を挙げて降参を示した。
言いながら――思わず、内心で嘆息する。
とんでもない連中に雇われちまったのかもなァ、俺……)
story5 中級 復習と裏切りと
国境を突破して数日――王都へ向かう空路の途上。
クラリア艦の整傭兵に任じられたヴィラムは、分厚い書類を片手にブリッジに上がった。
この船、というかベルク元帥の軍じゃ、レーダーで敵味方の識別ができる、って……これ、マジなんすか?
クラリアは腕を組み、誇りの笑みを浮かべた。
言いつつ、ヴィラムは書類をめくる。件の“敵味方識別式装置”に関するものだ。
うなずきながら、しかしヴィラムは、妙に引っかかるものを感じていた。
突然、フェリクスの船から通信が入った。
クラリアは、あわててブリッジの窓に駆け寄った。
視線の先――確かに、右翼の船が何隻も、旋回を始めている。
この世界の通例として、”船の正面を相手に向ける”というのは、警戒・敵対の姿勢を見せることに等しい。
特殊な鉱石を利用した“光砲”を発射する最大威力の主砲が、船の正面に設置されているからだ。
空に、無数の砲火が瞬いている。
ディートリヒ旗艦のブリッジからは、軍艦が混沌と入り乱れ、撃ち合うさまが見えていた。
一目に、“混乱している”とわかる状態だ。
席に座したまま、彼はそう切って捨てた。
造反の発生位置から見て、右翼の部隊だな。2ヶ月前、本国から援軍として合流した。それかそもそも“仕込み”だったというわけだ。
アーレント開発官を呼べ。
ディートリヒが静かに告げると、
??? |
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笑みを含んだ艶やかな声とともに、ひとりの女性がブリッジに姿を現した。
女性は軽くローヴィに投げキッスを飛ばしてから、ティートリヒヘと微笑みかける。
なまめかしい唇が、ぞっと鋭い三日月の形をなす。
***
艦内があわただしくなっている。その気配を、君も察していた。
そうだね、と君はうなずく。
魔道艇がない以上、軍艦同士の戦いで君にできることはない。
それに、仮に魔道艇があったとしても、この戦いに参加する理由は――
考えていると、突如、独房の扉が開かれた。
入ってきたのはドルキマス軍の兵である。他に誰もいないところを見ると、独房の見張りなのだろう。
ウィズが声を上げると同時に、君も気づいた。
この兵の顔には、見覚えがありすぎた。
兵は、意外そうな顔をした。
だが、今はその話をすべきときではない。ついて来てもらえないだろうか。
気をつけろ、魔法使い。この船は、戦場になる。
***
クラリアたちは苦戦していた。
なにしろ、相手に先手を打たれた形だ。
どうにか隊列を整え、こちらの主砲を敵に向ける間に、幾度も敵艦の砲撃にさらされることになった。
加えて、自軍が寝返ったのでは敵味方識別のしようもなく、さらには誤情報が流れて混乱が拡大してゆく。
状況は泥沼の様相を呈していた。
クラリアは持ち前の果断さで即応したが、明らかに委縮し、混乱した船が多い。
どの船が突如裏切り、襲いかかってくるかもわからない――そんな疑心暗鬼が生まれ、ディートリヒ軍の動きを鈍らせている。
(しかし、すっきりしないな。軍の一部が寝返っただけじゃ壊滅には至らない。敵の増援があってしかるべきだが――)
今のところ、その気配はない。
そんな余力がない、というのが実情かもしれない。
なにせこちらはドルキマス軍の主力艦隊だし、国内兵力の多くは国境警備に専念している。
だが、そんなことは寝返った船の連中にもわかっているはずだ。
おそらくは王の息のかかった、忠誠心の高い連中だろうが――だからと言って、命を捨ててこんな作戦に従事するものだろうか?
ヴィラムがそこまで思考を巡らせたとき。
突如、前方から砲撃してきていた軍艦が、ぐらりとかしいだ。
そのまま、みるみる高度を落としていく。
その船だけではない。
“こちらに主砲を向けている船”のすべてが、 悪酔いした飲んだくれよろしく、空中で態勢を崩している――
クラリアが、興奮気味に快哉を叫んだ。
***
造反艦に不調あり――
その報告を受けたローヴィは、戦慄の顔で、ディートリヒの方を振り向いていた。
最初からすべてわかっていた――とでも言わんばかりの風情で、ディートリヒは薄い笑みさえ浮かべている。
その笑みに、ローヴィはひとつの確信を抱いた。
根拠はなにもない。しいて言うなら、“彼ならやりかねない”というだけだが――
それでもローヴィにとっては確信だった。
そして、“疑わしき船”すべてに手を下した!この方は、味方の誰ひとり、信じてなどいない!!)
***
早足に通路を進みながら、彼は名乗った。
試すようなウィズの言葉に、ルヴァルは驚きの顔を向けた。
ルヴァルはどうしてこの船に乗っているの? と、君は尋ねた。
詳細は不明だが、奴らが蘇るのだとしたら、魔法を失った今の人間たちに勝ち目はない。我ら〈ファーブラ〉が戦うにしても限界がある。
ゆえに彼らへの対抗戦力たりうる人間を探すべく、下界へ調査に下りていた。
ともあれ、その資質を見極めねばならない。今は志願兵ルヴァルとして船に乗っている。卿らにも口裏を合わせてもらえると助かる。
それは構わない、と君は答えた。君も、いずれ来るであろう〈イグノビリウム〉の脅威を伝えたいところだったのだから。
嫌な予感がする。何か起こるが予測もつかない。だから念のため卿らにも――
突如、鋭い声が飛び、君はぎょっと身をすくめた。
一瞬、見つかったか――と思ったが、その声は曲がり角の先から聞こえてきていた。
君たちは、急いで廊下を駆け抜け、角を曲がる。
そこには、銃を構えたエルナと――その向こうに佇む数人の軍人たちの姿があった。
その先頭に立つ女性が、忌々しげに舌打ちして武器を構える。
君はうなずき、懐から力―ドを取り出した。
***
銃という武器は、魔道士の天敵だ。
高い殺傷能力を持つ銃弾を一瞬で放つ。攻撃力では引けを取らないとはいえ、呪文詠唱という手間がある分、魔道士側が不利になる。
昨日今日この世界に来た身ではない。銃の危険を理解していた君は、まず防御障壁を張って敵の銃撃を無効化し、攻撃魔法に移った。
君の魔法を受け、軍人たちは次々に昏倒した。
先頭の女性軍人だけは、打ち倒されながらも意識を保っていたが、戦う力が残っていないのは明らかだった。
エルナが、ほっと胸を押さえている。ひとりで彼らに立ち向かおうとしていたのだ。あるいは死を覚悟していたのかもしれない。
それで、この者たちは――?
エルナは、いつになく厳しい面持ちで、倒れた女性軍人を見下ろす。
ベルク元帥の暗殺を企てていた――そうですね?
女性軍人は、憎悪にまみれた咆哮を上げた。
確かにドルキマスは勝った。だがそれは、行き場のない者たちの命を使っての勝利だ!
民は喜んださ!戦争に勝っただけでなく、ならず者が減って治安が良くなったとな!
だが、考えたことはないのか!?そのならず者にも家族がいるということを!!
何が国のためだ!そんなことのために命を使い捨てにして!あたしの……あたしの弟だって!
血を吐くようにまくしたてる。その瞳には、狂的な憎しみと、悲しいまでの怒りが燃えている。
何を聞き出そうとしても無駄だぞ。この船に手引きしたのが誰か、あたしたち自身さえ知らないんだからな!
確かなことは、ただひとつ――あの男を憎み、恨み、呪っている人間は、あたしたちだけではないということだ!!
糾弾の声が、殷々とこだまする。
エルナもルヴァルも、何も言うことはなかった。
ただじっと、女の叫びを聞いていた――
***
良くも悪くも、大胆な手を好む者が、あちら側にはいるようだ………
どこか楽しげなその横顔をちらりと見て、レベッカは、そっと肩をすくめた。
それはひとたび専用のコードを受信すると、緊急時のエンジン停止スイッチとなる……
そんなものを作らせるとは正気じゃないよ、元帥閣下。
ま……だから、正気じゃないあたしに作らせたんだろうけど)
***
造反艦との戦いが終わり、ディートリヒ軍全体に重苦しい空気が立ち込めていた。
ディートリヒ艦も例外ではないことは、その廊下を歩いていれば肌で感じられる。
だからというわけではないが、フェリクスはつい、先導するローヴィの背中に声をかけた。
ローヴィは、つと氷の瞳を彼に向けた。
空気が変わる。それもまた、肌で感じられることではあった。
だから、次のローヴィの言葉にも、フェリクスは驚かないでいられた。
ドルキマス国第1王子――アルトゥール・ハイリヒベルク殿下の側に。