【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story3
story ディートリヒとエルナ
戦いが終わってしばらく後。
君は、エルナとともにディートリヒに呼び出された。
意外にあっさりと、ディートリヒは魔法の存在を受け入れた。
思い返してみれば、“使えるかもしれない”というだけで魔道艇を準備させていた男だ。
ディートリヒは君をじっと見つめた。
蛇に呑み込まれるような圧迫感に、君は息苦しさを覚える。
親しげな物言いを咎めるでもなく、ディートリヒは目線を外した。
にっこりと言われると、確かにそうかもしれない、という気もしてくる。
ディートリヒも、別段、そんなエルナの言葉に気分を害した風はない。
〈イグノビリウム〉とやらについては。ドルキマス王を排除した後で、話を聞かせてもらう。
それで構わない、と君はうなずいた。
真剣な表情でエルナも同意する。
自国の王に対して、かなり辛辣な評価だ。軍人たちもそう感じていたからこそ、ディートリヒの謀反に賛同したのかもしれない。
ディートリヒが、目を細める。
***
だが、予想以上だ。全艦に細工を施させていたとは……。
しかし、これは諸刃の剣と言うべきですな。その細工を施した者が裏切れば、全艦が一気に窮地に陥ることになる。
アーレントなる研究者な。狂気の徒だという。戦争が技術を加達させると信じ、戦争を拡大させるベルクに期待を寄せている。
もし、うまく行かなかった場合は――王都への到達は、止められまいな。
なかなかご退陣くださらなかったが、命の危険があるとおわかりになった今、ようやく諦めていただけそうだ。
だが――だからと言って、ベルクに実権を握らせるわけにもいかない。
王が退位し、ベルクが沈む。そうして初めて、このドルキマスに平和が訪れるのだ……。
story 新兵器?
笑顔で手渡された代物に、クラリアとヴィラムは困惑の表情を見せた。
その名も、メカシャルルリェアー!!
後に“艦砲射撃がまるで効かない敵艦隊”相手に“接舷しての白兵戦”を強いられることになる未来を、このときのヴィラムはまだ知らない。
クラリアは、まるで興味のなさそうな様子で、水筒に入れていた紅茶を味わっている。
ぽん、とレベッカは手を打った。
いざってときのために必要だとかなんとかザイデル辺境伯を説き伏せて、あの“狙撃砲”を取り付けさせたんスよ。
クラリアは、じっと考えてから、言った。
story 上級 空の迷い路
ドルキマス王都まで、あと数日というところだった。
燃料、砲弾、食糧。大軍勢を支える物資は数多い。
これまでは制圧地域のドックから補綸していたが、ここから王都まではドックがない。
そこでディートリヒは、国内の商人ギルドと約束を取り付け、補綸艦を用意させていた。
軽口を叩いて、フェリクスは通信を打ち切った。
その顔から、スッと表情が消える。
***
しかし、ずいぶんすんなり打ち明けたもんだ。俺がその話を手土産にディートリヒと話すとは思わなかったのか?
ローヴィは、1枚の小切手をフェリクスに手渡す。
ボーディス王国……2年前に閣下が攻め落とされた国の、第2王子であらせられる。
ふん……選択の余地はないってわけか。
***
***
到着した補給艦がディートリヒ軍と合流し、空中で勧資の受け渡しを行っていく。
早々に補給を済ませたクラリア艦は、敵の襲撃に備えて目を光らせていた。
その甲斐あって、“謎の飛行物体の襲来”に気づいたのは、彼女の船が最初だった。
翼を広げて大空を舞い、激しい咆嘩を上げて迫り来る、その巨体は。
ド――ドラゴンんん!?
***
警報が鳴り響くディートリヒ艦。
その廊下で、君はルヴァルに呼び止められた。
いいけど、何を?と尋ねる君に、ルヴァルは苦々しい顔をしてみせる。
竜とともに戦う者たちの国が、この世界にはあるはずだった。
ドルキマスの隣国の山に棲む、古の竜。人語を解するほどの知性はないが、本能的に魔力を操るのに長けている。
万全の状態であればともかく、補給中に奇襲を受けたのでは、この軍とて蹂躙されかねん。それほどの相手だ。
ただ、竜はこう叫んでいる。“我が卵はどこにある”――と。
ルヴァルは、静かにうなずいた。
それを探さねばならない。手伝ってくれるか、魔法使い。
一も二もなく、君はうなずいた。
〈天翔靴〉だ。空を駆けるように跳躍できる。これを使って卵を探してくれ。
竜の卵は魔力の塊のようなものだ。魔道士である卿ならば、近くに行けば感知できるだろう。
靴を受け取った君は、ルヴァルの魔法で、一瞬にして船の上へと転移した。
そこからは、状況がよく見えた。
ドルキマス軍艦の2倍近い大きさを誇る竜が、艦隊のど真ん中で、めちゃくちゃに暴れ回っている……!
何隻もの軍艦が竜の腕や牙を受けて火を噴き上げ、高度を落としていく。
ドルキマス軍も竜に砲撃を繰り返しているが、竜にはいっさい痛打を与えていない。魔力の膜が、その全身を守っている。
だが、あの竜は周辺地方の季候の安定を司る存在でもある。殺させるわけにはいかない。
私が竜を抑える。頼んだぞ、魔法使い……!
***
君は、ドルキマスの艦隊を跳び移りながら、ディートリヒ艦と通信していた。
これもルヴァルに借りた〈天想羽〉なる道具によるものだ。
そうだよ、とうなずいて、君は遠くに視線をやる。
砲弾の雨をものともせずに暴れる竜が、また1隻、軍艦を叩き落としたところだった。
言いかけて、ウィズがハッとする。
が、遅かった。
ディートリヒは、それしか言わない。
だが、彼の頭のなかに対抗策が生まれたことはまちがいかなかった。
おそらくは――きわめて非情な対抗策が。
あっさりと彼は答える。
ウィズは、がっくりと肩を落とした。
だいじょうぶ、と君は答える。
ちょうど、新たな船の上に跳び移ったところだった。
足元から、驚くほど濃密な魔力の気配が、ぞくぞくと伝わってくる。
あとはこの船の人間に話を通して、竜に卵を返せるようにすれば――
突然、目の前にルヴァルが飛んできた。
ルヴァルは天の使いの証たる翼を広げ、手に聖なる光を放つ剣を携えている。
卿の魔法なら、あの竜にも打撃を与えられる。荒っぽいやり方になるが、いったん武力で鎮めるぞ!
***
BOSS
***
君とルヴァルの攻撃を受けて、巨竜はふらつき、攻撃の手を止めた。
……それを渡せば、竜は攻撃をやめるんだな?
わかった。――貨物庫、開け!他の物資が壊れてもかまわん!”
動きを止めた竜――その目の前にある船の貨物庫が、ゆっくりと開いていく。
そのさまを、フェリクスの船は捉えていた。
なだらかな山脈の影に隠れ、息を潜めて戦いの様子をうかがっている。
依頼内容を思い返し、フェリクスは舌打ちする。
――距離を取って待機し、もしシャルルリエ少将の船に竜が近づいたら、貨物庫を狙撃してください。――
フェリクスはわずかに考えてから――
静かに命じた。
***
君とウィズは、ルヴァルの魔法でディートリヒの船に戻った。
そうだね、と君は苦笑する。
卵を取り戻したドラゴンは、ルヴァルの説得の甲斐あって、怒りを錆め、山に帰ってくれた。
しかし、相手も大胆な手を打ってくる。古の竜の卵を利用してまでディートリヒを討とうとは……。
でも、それなら、伏兵を置いていてもよさそうなものだったけどにゃ……。
確かに。もしあの状況でさらに敵の攻撃を受けていたら、と思うと、ぞっとする。
なんにしても、おかげで竜を死なせずに済んだ。心より礼を言う、魔法使い。
本気で申し訳なさそうな顔をするルヴァルに、君はあわてて、ウィズ流の冗談であることを伝えた。
***
そのへんはカンがきくんでね。主砲を撃とうと首ィ出したところをズドン! てなもんさ。
さらりと言われ、フェリクスは言葉に詰まった。
王子って言っても、今はしがない傭兵だ。我が国は傭兵大国でね。家督を継がない王子は傭兵をやる決まりなのさ。
とはいえ、疑うなってのが無理な話かもしれんが……。
ディートリヒは、静かに笑みを深めた。
沁みつくのだよ。血と、鉄と、火の香りが――その魂にな。
***
ディートリヒの部屋を辞し、しばらく歩いたところで――
通路の先で待つローヴィに出くわし、フェリクスはニヤリと笑った。
硬い表情を見せるローヴィに、フェリクスは悪びれた風もなく、肩をすくめる。
それに――積み荷を撃つとは聞いたが、それが卵とあっちゃあね………
フェリクスは、ふと真剣な顔になって言った。
それと、理由はもうひとつ。あんたの瞳が揺れてたからさ。
予想外の言葉で切りこまれ、ローヴィは思わずたじろいだ。
フェリクスは、ローヴィの手に小切手を押しつけ、すたすたとその横を通り過ぎていく。
別に情けをかけるってんじゃない。言ったところで、俺の方が信じてもらえないだろうからな。
だが――
そろそろ、選ぶ時期が来てるんじゃないのかい。大元帥の副官さんよ。
ローヴィは答えず、じっと沈黙を保っていた。
***
唐突に廊下で呼び止められ、ルヴァルは振り返って敬礼した。
顔を近づけ、ささやくような声で、ディートリヒは問うた。
この船で貴君だけが唯一、熱を帯びていない。聞こえないのだよ。戦争の鼓動が……。
ルヴァルは答えない。
ディートリヒは、喰らいつく隙をうかがう蛇の瞳で、名を呼んだ。