【黒ウィズ】空戦のドルキマスⅡ Story5
目次
story 封魔級 向かうべきは、ただ
ディートリヒ軍は、鉄機要塞へ進軍した。
未来で〈イグノビリウム〉に乗っ取られた要塞と、同タイプって話にゃ。
ただ、あのときとは大きな違いがあった。
槍のごとく切り立った山岳地帯の存在である。
ディートリヒ軍は、その山岳の間を縫うようにして、要塞へと近づいていく。
どうして山の上を飛び越えて行かないにゃ?
このあたりは、高空に乱気流ができやすいのです。複雑な山脈の形状や、海との位置関係が、原因なのではと推測されています。
”とはいえよ、相手は対空防備に優れた要塞だろ。高度を下げて侵入したらいい餌食だぜ”
”案ずるな。要塞の対空砲は、そのほとんどが、他国からの侵略に対して備えつけられたものだ”
ドルキマス国内側から攻め入られるって状況は、想定していなかったわけね。お粗末なこと。
”国王側には、もうほとんど艦隊戦力はない。このまま要塞を攻め落としゃ、つつがなく元帥閣下の勝利ですな”
そうだろうか、と君は不安を感じる。
竜の卵を使うという奇策を打ってきた相手だ。
何の対策も講じずに要塞に引きこもる、という行動を是とするだろうか?
もちろん、手を打ち尽くしてしまって、そうするしかないという可能性もあるのだが――
”ん?おい待て、レーダーに反応だ”
不意に、フェリクスが緊迫と驚愕の声を上げた。
”敵影――こいつはッ……!”
そそり立つ細長い山岳の間から現れ、ディートリヒ艦隊に砲撃を敢行してくる影。
通常の艦の4分の1ほどの大きさもない、それは――
こっ……小型艇だとぉ!?
被弾の衝撃に震える艦内で、クラリアは目を丸くした。
こんな、もう戦力にも数えられないような旧式の小型艇を集めていたとは……!
迎撃を命じるが、功を奏していない。
敵小型艇は、その小ささと機敏さを存分に活かし、山岳さえも楯にして、すいすいと砲撃をかわす。
そして、敵の砲撃は、威力こそ小さいとはいえ、確実にディートリヒ艦隊に損害を与えていた。
中には、小型艇の集中砲火から逃れようとして、焦ったあまり山岳に激突、沈む船もある。
予想外の事態に、クラリアは歯噛みした。
くそっ、こんなものにいいようにされるとは……!
”旧式だの小型だのって言っても、局面次第だ。いくら虎の図体がでかかろうか、檻に入ってちゃ、猫相手にやられたい放題だろ!
しかもあいつら、ただの猫じゃない。この動き――傭兵! 百戦錬磨のドラ猫どもだ!”
自国の艦隊兵力がなくなったもんで、小型艇使いの傭兵どもをお呼びなすったかい!
閣下、このままでは――
進め。
ディートリヒは、ただ泰然と告げた。
ここまで来た。退く理由などどこにもない。
進め。すべてを喰らい尽くせ!
***
ディートリヒ軍の船が、また1隻、小型艇に翻弄されて撃沈されていく。
対してこちらはほとんど敵に損害を与えられていない。
なんというふがいなさだ!最後の勝利を目の前にしていながら……!
”ハハハハハハ!戦場で指揮官が毒づく姿を見せてはならんぞ、クラリア・シャルルリエ少将!”
突然割り込んできた無線の声に、クラリア以下、ブリッジの兵たちはぎょっとなった。
ヒ――ヒルベルト教官ッ!?
”今は退役して、ただの傭兵よ! ハハハ、そら、あいさつ代わりだ!”
クラリア艦の近くを小型艇がかすめ、衝撃がブリッジを揺るがした。
くっ……!
”旧式だのなんだのと言われておるがな。わしが現役だった頃は、こいつらが主役を張っていたものよ!
さあ、ドルキマス軍人の意地と誇りを見せてみろ!それが生半可なものであれば、このわしがへし折ってくれるぞ!”
***
ユリウスめ、はしゃいでいるな……。
自艦のブリッジで戦況報告を聞きながら、アルトウールは苦笑する。
鉄機要塞前の山岳地帯――その地の利を活かし、小型艇で敵軍を翻弄する。その作戦は、功を奏していると言えた。
(しかし、ベルクが諦めるとは思えん)
さらに二重、三重の策を用意している。とはいえそれでも安心できる相手ではなかった。
(奴が、我々の用意した策を破りきるか否か。この戦いの結末は、それで決まる。
さあ――どう出る?ディートリヒ・ベルク……!)
***
状況が芳しくないのは明らかだった。
しかも、仮にこの逆境を覆しえたとしても、第1王子の側にはさらなる策が控えている。
(それを超えることができるのか――)
あるいは、超えられず倒れてしまうのか。
ディートリヒが死ぬときは、自分も死ぬときだ。その覚悟は、すでに決めきっている。
(ディートリヒ・ベルク……あなたが、この状況をも覆せる方であるか否か。私はそれを知るために――)
ディートリヒの席へと視線を向ける。
誰もいなかった。
……え?
ディートリヒはいなかった。
先ほどまで、そこで指揮を執っていたはずの彼が。
忽然と、姿を消していた。
…………!!?
ローヴィは文字通り、己の目を疑った。
だが、何度席を見直しても、やはりそこにディートリヒの姿はない。
だが、いつ?いったいどうやって――?
茫然となるローヴィの耳を、悲鳴じみた被害報告が滑りすぎていく……。
***
自艦の被弾報告が続く。友軍艦が撃沈されたという報告が届く。
悲鳴や怒号が交錯するブリッジで、クラリアは静かに腕を組んでいる。
状況は悪い。きわめて不利だと言っていい。
だが、こんな事態はいくらでもあった。
小国でありながら周辺諸国への侵略を敢行したドルキマス軍――その先鋒を担ってきた彼女だ。
敵艦に包囲されたこともあったし、援軍を断たれ、孤立無援に陥ったこともあった。
艦が撃沈寸前になったことも、一度や二度ではない。
それでも、クラリアは常に生きて帰ってきた。
何も特別なことをした結果ではない。
クラリアの行く道は、常にひとつ。
前進せよ。
前進!?前にゃあ山がありますって!
吹き飛ばせ。
整備士でありながら、すでに少女の片腕とも言っていい立場にあるヴィラムは――
このとき初めて、振り向くクラリアの顔に、その父親と同じ表情を見た。
我が軍の前に立ちふさがるものは――船だろうと山だろうと、吹き飛ばしてしまえッ!
クラリア艦の主砲が放たれた。
前方に位置していた小型艇の群れが、白い光の砲撃を軽やかにかわす。
それでも、砲撃は狙いどおりに直撃した。
そそり立つ、槍のような岩山へと。
合わせて、他の軍艦も主砲を放った。
いずれも山へ。小型艇を無視して、立ち塞がる山々へ。
光砲を浴びせ、打ち崩しにかかる。
“檻”があるなら、食い破る――クラリアは、そういう“虎”だった。
“窮地を切り拓く”ってのは、こういう意味じゃないと思うんだが。
けどここは、便乗させてもらうとしますかね!
フェリクスは、自らも山への砲撃を命じた。
くたばれ!
***
ふふ……いつもながらのやり方だな、クラリア・シャルルリエ少将。
空を揺るがす戦いを見つめながら、ディートリヒは笑う。
馬上である。
山脈を抜けた先、鉄機要塞にほど近い平地。
そこに、馬とともに佇んでいる。
彼だけではない。付き添う君とエルナもまた、馬上の人となっている。
天の使いを輸送機代わりに使った男は卿が初めてだ。
翼を広げたルヴァルが、ディートリヒをあきれたように見やっている。
そう――君たちは、ルヴァルの魔法によって、艦内からここまで瞬間移動してきたのだ。
ディートリヒはすでに、ルヴァルが人でないことに勘づき、接触を図っていたものらしい。
思いのほか快適な旅だった。感謝する、アウルム卿。
まだ卿を完全に見定めたわけではない。だが、〈イグノビリウム〉との戦いにおいて、必要不可欠な人間だとは思っている。
今、卿に死なれるわけにはいかないのだかな。本当に自ら要塞に乗り込むつもりか?
そうでなくては意味がない。
心配なら同行するか?
いや。少し気になることがある。それを確かめさせてもらう。
天の使いも、存外に忙しいようだ。
冗談めいたことを口にして、ディートリヒは要塞へ馬首を返した。
ドルキマス王を討つ。ついてきたまえ。
story 英雄の影
クラリア艦が活路を開いてなお、ディートリヒ軍の劣勢は続いていた。
ディートリヒに代わって指揮を執るローヴィのもとには、次から次へと報告が飛んでくる。
とてもさばききれるものではなかった。戦況を考慮し、対策を講じても、すべてが後手に後手に回ってしまう。
今更ながらにディートリヒの優秀さを思い知らされる。
(元帥閣下なら、どうするだろうか)
わからない。わかるはずもない。
その采配を見るためにこそ、彼の傍にいたはずだったのに。
***
「少将の件は残念だったな。」
「父は軍人として、ドルキマスのため身命を賭す覚悟でおりました。
わたくしも、父の遺志を継ぎ、国のために尽くすつもりです。アルトゥール殿下。」
「君がそう言ってくれて、嬉しく思う。私も少将には世話になった身だからな。
……ひとつ、頼みがあるのだが、聞いてくれるだろうか。」
「なんなりと。」
「君をディートリヒ・ベルクの下に配属する。あの男に近づき、真意を探ってほしい。」
「ディートリヒ・ベルク……。
“過去のない男”“必勝を示す者”……味方にどれだけの被害が出ようとも、必ず生きて帰ってくるという――」
「そうだ。その噂に偽りはない。
……少将が散った船にも、あの男が乗っていた。」
「――!」
「しかし“なぜか”船を移って生き延びていた。少将の船が敵援軍の集中砲火を浴びている隙に、敵の目をかいくぐってな。」
「ディートリヒ・ベルクが……父を囮に使ったと……?」
「確証はない。そうであるかもしれない、というだけだ。
だから、君に見極めてほしいのだ。ディートリヒ・ベルク……あの男が、ドルキマスに仇なす者なのかどうかを。
無論、そうでないとわかれば、そのまま彼の右腕として活躍してほしい。疑惑はどうあれ、優秀な男には違いないのだ。
君の素性はこちらで用意する。さる貴族の子ということになるだろう。家名を偽ることになるが……やってくれるか。」
「…………。
――御意に。」
あなたは、本当に英雄なのですか。それとも……
私の父を殺した仇なのですか――?)
***
「ローヴィ。我らには軍人の血が流れている。国を守り、民を守る。そのために命を尽くし、この身を捧げる者だ。
すべてはドルキマスのために。おまえに流れる血は、その誇りでできている。
だからな、ローヴィ。たとえこの父が戦場で果てたとしても泣かないでおくれ。ドルキマスのために死ぬなら、本望なのだ。」
ひとつだけ、確信の持てることがある。
(まちがいない。父を殺したのはディートリヒだ。あの男ならやる!自分の目的のためなら、どんなことでも!
でも――だとしたら、あなたの目的はいったいなんなのですか?)
ドルキマスの実権を握りたいのなら、ここで逃亡する理由などないはずだ。そもそも王都を占領してしまえばよかった。
だが、ディートリヒは王を討つことにこだわった。民意を確実に得るための大義名分を欲したのかとも思ったが――
何か、違う理由があるように思えてならない。
それがなんなのかが、ローヴィにはわからなかった。
(わからない……)
悲鳴のように、思う。
(あなたはいったいなんなのですか――ディートリヒ・ベルク!)