【黒ウィズ】ニティア
2015/01/26 |
ニティアの生まれた世界は、ひどく寒く、ひどく貧しく、そして何より、ひどく暗かった――。
厚く深い闇が常に覆い尽くす、夜や昼という概念すら存在しない世界。
喜びよりも悲しみに、希望よりも絶望に満たされている世界。
それが彼女の故郷だった。
ニティアが生まれた時、人々は彼女の笑い声を聞いた。
それは彼らにとって数年ぶりに聞く、明るく、楽しい音だった。
――そして彼ら自身も笑顔になった。
彼らは、自分がまだ笑い方を覚えていた事に驚いた。
それだけ長い間、彼らは笑ったことがなかったのだ。
ニティアには生まれながらにして、人々の心を和ませる、不思議な力が備わっていた。
彼女自身、笑う事が好きだったし、人の笑顔を見るのが好きだった。
だから彼女は幼い頃から、一日の殆どを目の前を通る人々に笑いかけて過ごした。
人々も皆、彼女の事が好きだったし、彼女を見ると笑顔になった。
しかし彼らの笑顔は、彼女の前を通り過ぎる時にだけ現れる、限定的な表情に過ぎなかった。
その世界は、幼い一人の少女の笑顔ではまかないきれないほどの悲しみと苦しみに満ちていたのだ。
――やがてニティアは、舞う事を覚えた。彼女が舞えば、人々の心は和んだ。
ただ笑いかけるよりも長い間、彼らは笑ってくれた。
それがうれしくて、彼女は舞の稽古に励んだ。
やがて彼女は稀代の舞手として知られる様になった。
ニティアは世界中を旅しながら、様々な村で、色々な人の前で踊った。
彼女が扇を翻すだけで、その場はまるで一筋の光が射した様に華やいだ。
彼女が舞い始めると、人々の顔はほころび、彼らの心に温かい火が灯った。
それでも彼女が舞い終えれば、結局再び、彼らの心は沈むのだった。
すべては世界全体を覆いつくす、厚く深い闇のせいだった。
常に闇であるから、人々の心も、世界も冷え切り、常に闇であるから、いくら畑を耕しても、十分な収穫を得ることが出来ないのだ。
――世界中をまわりながら、舞いながら、彼女はその事を悟った。
彼女は人々を幸せにしたかった。この暗い世界を笑いで満たしたかった。
そのために何が出来るのかを考えてみたが、結局彼女に出来るのは舞うことだけだった。
だから彼女はせめて、自分の舞に祈りを込めた。
――どうか神様、この世界に光をください。
――どうか神様、ここに住む人々の心を温めてください。
そう願いながら、彼女は一心不乱に舞い続けた。
やがてニティアは、舞いながら神々と繋がり、その声が聞こえる様になった。
しかし、どの神も彼女の願いを叶える事は出来なかった。
ニティアはそれでも舞い続けた。
そうして自分の願いを叶える神と繋がるのを待ち続けた。
やがて彼女は、一人の神と繋がった。
その神は言った――。
自分にはお前の願いを叶える事は出来ない。
この世界を照らす事が出来るのは、ラヒルメをおいて他にはいるまい。
紅炎に包まれた世界にいるラヒルメであれば、この世界を照らす事が出来るだろう。
人々の心を温める事が出来るだろう。それだけの光と熱を、彼女は持っているのだ。
だが、お前の祈りがラヒルメに届く事はないだろう。
なぜなら紅炎に包まれたその世界こそがラヒルメであり、その滾る大地に降りたって舞わぬ限り、彼女に祈りは聞こえないのだから……。
ニティアはその大地へと向かった。
全てを焼き尽くす神、ラヒルメに祈りを捧げる為に……。
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