【黒ウィズ】ニレイヌ
2015/03/25 |
バックストーリー
その異界は善悪、聖邪といった不完全で矮小な概念の遠く及ばぬ彼方に存在する。
それはあるいは、異界ですらなく、それ自体を概念とでも表現するほうがふさわしい場所なのかも知れない。空はいかなる夜よりも重く深い闇に覆われ、大地は、まるでそこには天地の境界などそもそも存在していないかのように、果てしなく無限に広がっていた。
そこには光が無いのだ。生命が無いのだ。音が、時が、風が、全てが――無いのだ。
それが冥刻の主神、ニレイヌの統べる異界だった。
もっとも、無限に広がる純粋な無の空間において、その原点であるニレイヌ以外に、いかなる事象も存在しないのであるから、彼女自身の存在を区別して切り出す事は不可能であり、その意味においてニレイヌはその異界そのものであった。それほどまでにその異界――ニレイヌは暗く、静かで、果てしなかった。そしてそんな異界を、彼女は愛した。静寂を、闇を、無を、彼女自身を愛した。彼女にとって、闇はどこまでも純粋で、澄み渡る静寂は究極的に美しかった。
そこにある日、一つの柩が流れついた。それはどこかの異界の大魔道士が封じた魔神の骸だった。破滅的な魔力を放つ、とてつもなく強い意志をもった骸だった。そして柩は、その骸を封じるに足るだけの堅牢さを持っていた。骸の名はテネブル。
彼は骸と成り果てた後も、生を強く欲した。いや、もしかすると生を欲したのは、彼が最後に葬り、我が身の中に留めておいた、亡者の魂だったのかもしれない。いずれにせよ、骸に宿った意思の力は、その重く堅い柩の蓋を押し上げた。
そのわずかな動きが、外側の空気を小さく揺らした。それは、その異界にとって初めての音となり、ニレイヌの鼓膜を叩いた。それはニレイヌにとって耐え難い、不快な感覚だった。彼女は怒りに身を任せ、その音の震源へと翔んだ。そして彼女が柩の真上まで来たとき、テネブルの抱く強烈な生への執着、命に対する渇望が一条の光となって、わずかに開いた柩と蓋の間から、外の闇を照らした。
それはその異界に初めてもたらされた光であり、命だった。
その瑞々しく輝く生命の一筋は、彼女の眼を一瞬眩ませた後、瞳にその世の全てを見せた。
――それはあまりにも醜い光景だった。朽ちた船、崩れさった城、忘れ去られた街……そこはありとあらゆる事物の墓場だった。テネブルの生の衝動が照らしだしたのは、闇の中に蠢く死の気配そのものだった。
その世のあまりの醜さに、ニレイヌは絶望した。そしてその屈辱的な事実を晒したテネブルを呪い、その魔神を滅することに決めた。
――今、ニレイヌの冷たき眼差しが、静かにテネブルを捉えた。
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