【黒ウィズ】ドルキマスⅢ Story3
目次
story7 上級
ディートリヒが連合軍に仕掛けた特殊鉱石グラールを用いた《艦爆弾》は。
フェルゼン王都の上空戦で予想以上の効果をあげた。
この策謀のお陰で、フェルゼン王国は、イグノビリウムの侵略を見事に退けたとともに。
敵の巨大戦艦を沈めて敵戦力を大幅に削ぐ結果にもなった。
作戦の最高責任者であるディートリヒは、作戦について、相変わらず口数が少なかった。
しかし、罠に嵌められた連合諸国からは、ディートリヒとドルキマス国への批難と抗議が相次いだ。
爆破された艦の損害賠償や、死亡した兵たちの遺族給与金をドルキマス国に支払わせろと主張する国もあったと歴史書には記されている。
アルトゥールは、それらの要求をすべて突っぱねた。
以来、ドルキマスと対イグノビリウム連合参加国との関係は、断交状態になったと伝えられているが。
優柔不断のアルトゥール王が、本当にそのような決断を下したのか、疑問が残るところであった。
A対イグノビリウム連合諸国から批難の声が上がっていることは重々承知している。連合議長どの。
議長として連合諸国を代表して、ドルキマス王都に抗議にきたはずのゲルトルーデは、臆面もなくそう言い放った。
フェルゼンの防衛に成功したことで、イグノビリウムの侵攻が――
フェルゼン王国とグレッチャー連邦国の間にある《塩湖》で停止したのは事実ですから。
A……そうか。
***
一方、ドルキマス国内は、ディートリヒ勝利の報告に湧き立っていた。
王都民たちによって戦勝祝賀会なる祭りまで行われていたらしい。
ドルキマスの民にとってディートリヒ・ベルクは、志願兵から元帥にまで上り詰めた戦乱の英雄である。
ディートリヒの活躍に酔いしれる民は、無能な貴族や王族たちを悪しざまに罵り、日頃のうさを晴らしていた。
そしてドルキマス国内では、ますます勢いをつけた「共和派」による革命の気配が、色濃く漂うこととなる。
王都の至るところで、ハイリヒベルク家による統治を支持する「王制派」と。
共和主義への移行を願う「共和派」の些細な小競り合いが頻発していた。
ゲルトルーデは、アルトゥールの顔色をうかがった。
玉座に着いたばかりの新王は、なにも語らず、表情すら変えなかった。
A余を月だと申すか?
ゲルトルーデは、恭しくお辞儀してアルトゥールの言葉を否定する。
おそれながら、このゲルトルーデ。アルトゥール陛下のお力になれると自負しております。
ドルキマス空軍最高司令部とは、言うまでもなくディートリヒが乗艦する専用艦《グランツ・デーゲン》のことである。
司令部としての機能を備えた艦橋には、ドルキマス軍の作戦参謀、情報参謀、戦務参謀、輜重参謀などが勤務している。
彼ら参謀はドルキマス軍の頭脳であり、クラリアたち艦隊司令官はドルキマス軍の手足といえる。
そして、ドルキマス空軍すべてを統率し、決断を下すのはディートリヒである。
言うなればディートリヒは、空軍という巨大な生き物の《意思》そのものであった。
所詮、奴らは烏合の衆。イグノビリウムとの戦いは、ドルキマス国とフェルゼン王国の2国が手を結べば、それで十分である。
どちらも大規模な空軍を擁する国家である。
この2国が所持する艦隊に対抗できる規模の空軍を持つ国は、大陸上には存在しないだろう。
おまけに、フェルゼン王国はこの戦の直前に軍と元老院が対立し、大勢のベテラン(熟練提督)を粛清により失った。
そして、それは我らも似たようなものだ。無用な乱が起きたお陰で、空軍には亀裂が入ったままだ。
無駄なおしゃべりは、そこまでにせい。
空軍幼年学校でユリウスに厳しく鍛えられた経験のあるクラリアは、ひと睨みされると、大人しく引き下がった。
ホラーツは、なに食わぬ顔でパイプを咥え煙をくゆらせている。
だが、敵はまだ十分な戦力を有している。先ごろの勝利は、敵にとって局地的な敗北にすぎぬ。
ゆえに、こちらがすべきことは、待つのではなく絶え間なく攻撃を繰り出し、敵の戦力を逓減せしめることが肝要。
物資が豊富に貯蔵されているフェルゼン王都を根拠地とし――
的確な艦隊機動をもって態勢を整える前の敵戦力に攻撃を加えるべきだ。
では次は、クラリア中将の番だ。貴官の意見を述べたまえ。
まるで、兵学校の授業のようだなと思いながら、クラリアは答える。
敵の最終的な戦力は不明と断ぜざるを得ないところが、この戦の奇怪なところでございましょう。
機動防衛などというチマチマした戦では、敵を利するだけ。ならば我が艦隊を用いて敵主力をしかるべき場所まで誘引し――
決戦により、―気に敵主力を殲滅し、そののち敵残存勢力を掃討する撃破戦略をとるべきと心得まする。
クラリアは言葉に詰まった。決戦の場にふさわしいのは、現在いるフェルゼン領土上空だが。
イグノビリウムの戦力をここに集結させる餌がない。
そもそも奴らの目的はなんだ?突然、地上に現れ、目についた国に手当たり次第に攻め込むだけ。
その動きに戦略的合理性など微塵も感じられない。
それゆえ、誰もがこの戦をどう終わらせるべきか、明確な戦略を持てずにいた。
あるひとりの人物を除いては――
討つべき敵。ディートリヒが、そう見極めた相手とは、当然イグノビリウムのことだろう。
後ろで偉そうにふんぞり返っている最高司令官なんぞよりも、兵たちの目には魅力的に映るだろうて。
さてと、私も行くとするかのう。元帥閣下が、どこでなにをなさるおつもりなのか、興味があるしのう。
それに元帥閣下に先陣を取られるのは、軍人として恥以外のなにものでもない。
それを聞いたエルンストは、まっさきに駆け出し、自分の艦隊に戻っていった。
もちろん、私では太刀打ちできん。ドルキマスと王家への忠義が、あの男の中に残っていることを願うしかない。
ホラーツはパイプを咥えたまま笑っていた。
***
フェルゼン王国の領土に隣接する(ヴルカン公国)。
この国は、国土のほとんどが、火を噴く山が聳え立つ火山地帯である。
大国フェルゼン王国に従属しながら、なんとかこの戦乱の時代を生きながらえてきた《ヴルカン公国》にも。
ついに、イグノビリウムの魔の手が伸びようとしていた。
また戦略的にも奪う価値などない。なのにイグノビリウムは、この小国に軍を進めた。
イグノビリウム……奴らの目的はなんだ?我々は、なぜ奴らと戦っている?
ローヴィの率いる突撃中隊は、これまでの戦闘で敵イグノビリウム戦艦に乗り込むこと8回。
そのたびに兵員を滅らし、開戦当初の定数120名の兵は、いまや40名を残すばかり。
部下が死ぬたびに最初は心を削るような思いをしてきたが、いまやなにも感じなくなった。
兵の死に、一々心を動かされていては身が持たないことをローヴィは、悟ったのである。
しかし、そういう割り切りこそ、前線指揮官を務める上では、必要な資質であった。
あのころは、戦がはじまっても汚れひとつない、軍服に身を包んでいられたが――
いまのローヴィは、頭からつま先まで、戦友たちの血と涙と戦場のほこりに塗れている。
舷窓から見えるディートリヒの艦は、戦いに疲れた前線指揮官の思いなど顧みず。
ドルキマス空軍を新たなる死地へと誘っていくのだった。
***
巨大戦艦撃墜後も、ディートリヒはイグノビリウムの観察を怠らなかった。
一見、理性的ではないイグノビリウムの動きだが。
彼らは習性のように群れを作り、立ちはだかる障害を集団によるチームワークで撃破しているように見えた。
《重点》を持たない軍などない。
それは、ディートリヒの私見ではなく、様々な研究者が口にしてきたことだ。
攻撃を加える重点。防衛にあたっての必要な重点。《重点》という言葉の使いかたは多様だが――
攻勢、守勢、どちらの立場に立たされたとしても、軍に必ず必要になるのが、この《重点》である。
それは、たちまち《軍》という有機的性質を持つ生き物となる。
そして、どのような生き物にも《急所》が存在する。破壊されれば、たちまち生存の危機に陥るような場所だ。
此度の攻勢において《重点》を向けるべき箇所。それすなわち敵の急所である。
多くの艦は必要ない。急所には針のひとつきで事足りる。ゆえに、今作戦はついて来られる艦だけでよい。
彼我の状況で、もっとも尊ぶべきなのは、火力ではなく、機動力である。
敵の急所を逃さず打てる《速さ》を制したものが、この戦いの勝者である。
破壊すべき敵の重点は、私が提示する。諸君は全力をもって、目標の撃破に当たれ。
ドルキマスの騎士ならば、くれぐれも、私の“剣”に先を越されるような失態を犯すことがないようにな。
以上だ。それでは諸君、戦死者の館で会おう。
戦記に記録されたディートリヒが、全軍に行った演説は、概ねこのような内容であったと伝えられている。
この演説を行っている段階では、まだディートリヒは、護衛の艦1隻しか伴っていない状態であった。
その1隻とは、もちろん君が操縦する魔道艇である。
こんな無謀なことをやるなんて、ディートリヒは不思議な元帥にゃ。本当に元帥なのかにゃ?”
ディートリヒ閣下は、きちんとした算段がおありになって、飛び出されたのですわ”
芸術家が、筆を自在に巡らせて真つ白なキャンバスに思いどおりの絵を描くように……。
閣下は、戦を精密な芸術品のように、ご自身の手でお造りになられているのです”
戦とは、理性のタガを外し、生存本能を呼び覚まし行うもの。だが、理性を失った人間は、醜い……。
前方に集結中のイグノビリウムの艦隊が見えた。
複数の艦が四方八方に散らばり、まだ艦隊としての体をなしていなかった。
どうやらイグノビリウムたちは、フェルゼン王国での敗戦から立ち直るために、この地を再集結地点に設定していたようだ。
艦橋にいた他の兵たちは、ディートリヒの言葉の意味を計りかねた。
そしてディートリヒは、無線を握る。
ディートリヒの旗艦《グランツ・デーゲン》は、最大戦速で集結中のイグノビリウム艦隊へ突入する。
大空を疾駆する《グランツデーゲン》は、一度も砲撃を行わず、イグノビリウムの艦の輪に突っ込む。
そして、そのままなにもせずに、彼らの艦列を突っ切っていく。信じられない光景だった。
〈背後に回る〉とは言っていたが、まさか、このように敵中を正面から突破することだとは、誰も思わなかった。
虚を突かれたのはイグノビリウムも同じだった。
迎撃姿勢を整える前に《グランツ・デーゲン》に易々と背後に回られてしまった。
だが、本当に信じられないのはこれからだった。
艦列を突っ切った《グランツ・デーゲン》は、なんと空中で大きく旋回し、敵艦隊の真後ろで両機を停止させたのだ。
背後からの砲撃を受けたイグノビリウム艦は、慌てて艦を旋回させるが、その動きは鈍く、規律など存在しないに等しかった。
ディートリヒは、向きを変え終える前の隙だらけの艦から順番に砲弾を叩き込む。
敵艦の後方にある副砲による応射で、ディートリヒの艦も幾ばくかのダメージを負った。
君はいま来た方角を確認する。
味方のドルキマス軍が到着するにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
手を貸してあげた方がいいようだね、と君は言った。
これでイグノビリウムも終わりにゃ!
***
イグノビリウムの艦隊とディートリヒの小型戦艦《グランツ・デーゲン》。
そして君の魔法艇による砲撃戦は、当初敵の隙を完全に突いたディートリヒ側が有利だったが……。
数に勝るイグノビリウムは、じわじわと反撃の態勢を整え状況を反転させていった。
ディートリヒには、きっと計算があったのだろう。
味方がもう少し早く駆け付けるか、イグノビリウムの反撃がもう少し遅れるなどの算段があったのかもしれない。
しかし、現実には、ディートリヒの艦と君の魔道艇たった2隻で、イグノビリウムの艦隊に無謀な攻撃を仕掛け――
手痛い反撃を受け、どちらの艦もいまにも撃墜されそうになっている。
そんな絶望しないでと君は、ウィズを励ます。ほら見て、と君は艦の外を指さした。
そこに訪れる見覚えのある艦影。あれはまさか……クラリア率いる第3艦隊が、ようやく追いたのか?
ドルキマスの艦隊を見た君とウィズは、歓喜の雄叫びを上げて、しっかりと抱き合った。
***
クラリアの第3艦隊は、《グランツ・デーゲン》に気を取られていたイグノビリウム艦隊の背後を急襲する形となる。
遅れてエルンスト率いる第4艦隊も到着する。
ドルキマス艦隊の登場により、戦力の優劣は覆り、動揺をきたしたイグノビリウム艦隊は、総崩れとなる。
***
1隻でイグノビリウムの艦隊を翻弄し続けた(グランツ・デーゲン)は。
敵の砲撃を無数に受け、いまや満身創痍の状態。
戦艦としての機能をすべて喪失しようとしていた。
艦長からの報告を受けたディートリヒは、無線機を握って君の魔道艇に呼びかける。
戦場では、めったに感情を表に出すことのないディートリヒだが。
沈んでいく《グランツ・デーゲン》を見つめる目には、哀しみが宿っていた。
君は、ディートリヒに歩み寄る。
そしてなにも言わずに、その端正な横顔を手で叩いた。
場の空気が凍り付く。
君が軍人であればいまの行動は、完全な上官侮辱罪にあたる。
ディートリヒは、君に叩かれた頬を抑えた。わずかに赤くなっているが、すぐに治まるだろう。
だが、ブルーノは死んだ。ガライド連合王国との戦で奴を死なせてしまった。
敵との戦力差も顧みず、敵艦隊の行動を遅滞させるために最後の1隻になるまで撃ちつづけ、そして戦死した。
勝機を自らの手元にたぐり寄せるために必要な犠牲だった。
そして私は、これからも人に死ぬことを要求するだろう。勝利の糸(・・・・)をたぐり寄せるためにな。
ガライド連合王国との戦では、ブルーノの死は必要な犠牲だった。
そして、今回の戦では、危険を考えず、迅速に敵を攻撃することが、勝利のための条件だと判断したのだ。
そして、ディートリヒは生き残ったが、彼が愛用していた旗艦《グランツ・デーゲン》代償として犠牲になった。
沈みゆく艦を見つめるディートリヒの哀しげな表情の意味はー―
死ぬことが出来なかった自分への後悔。もしくは、悔蔑だったのかもしれない。
それと、しばらくこの船で指揮を執らせてもらう。私の艦は沈んでしまったからな。
***
「次は、ガライド連合王国だそうだ。」
古く……違い昔の記憶だ。
ディートリヒにとっては、過ぎ去った過去だが――。
死んで時間が止まってしまったブルーノにとっては、まだ新鮮な記憶だろう。
「まったく嫌になる……。
外交交渉失敗のツケを、我ら軍人の出血によって補おうというのか。いつまで、こんなことがつづくのだろうな?」
ブルーノは蒸留酒の入ったグラスを傾ける。
職務を離れたこのわずかな一時。
ブルーノとディートリヒは、上官と部下の関係から解放され、気心の知れた男同士の関係に戻れる。
ブルーノは、酒が入ると態度が横柄になり、ディートリヒに対しても遠慮がなくなる。
ディートリヒは、いつもそれに群易しながらも、ブルーノのたったひとつの悪癖を苦笑して見逃していた。
「ガライド連合王国か……大国だな。戦力はドルキマスとは、比較にならん。勝機はあるのか?」
ディートリヒはワインを飲んでいる。強い蒸留酒は、若干苦手だった。
「君が黙り込むとはな。こりゃあ、いよいよ覚悟を決めねばならんな。
やれやれ。シュネー国とようやく講和が結ばれたというのに……。
俺たち軍人はいつまで、あの猜疑心の強い王のために血を流さねばならんのだろうな?」
ブルーノとディートリヒの目的は、ある意味一致していた。
ドルキマス軍に無益な犠牲を強いるグスタフ王をブルーノはいつか取り除くべきだと考えていた。
ディートリヒも内心、グスタフ王を亡き者にし、復讐を遂げる覚悟を胸に秘めて生きていた。
「共和主義なんぞくだらないと思うが、愚かな専制君主が居座るより、マシに思える。
没落貴族のこの俺にそう思わせるほど、いまの状況は酷い。酷すぎる。
そう吐き捨てると、グラスに入った酒を一気に飲み干す。
「……今日は呑みすぎた。言わなくてよいことをペラペラと喋ってしまった。
「いや、もっと聞かせてくれ。貴君の世情分析は、酔っているときでないと、聞くに耐えんからな。」
「そう言うなら、今度は君の話を聞かせてくれ。この間の話の続きだ……。
専制君主制における重商主義の妥当性云々……難しいことを色々言っていたではないか。」
「どんな話だったかな?もう忘れたよ。」
そのあとふたりは、無言で酒を汲み交わした。
上官と部下の関係ではなく、お互いにひとりの男として語り合ったのは、その夜が最後になった。
story8 許されざる蛮行
フェリクスは、ボーディス出身者によって編成された傭兵連隊を率いて各地を転戦していた。
レベッカが開発したヴォーゲン・カノーネを高射砲へと改良した新装備は――
足の遅い大型の艦を地上から撃ち落とすのに最も適した兵器だった。
フェリクスの傭兵連隊は、各地でイグノピリウムの掃討をおこなっている艦隊の救援に求められることが多かった。
その癖、任務はきついものばかりだ。いつまでこの身体が持つのやら……。
おっと、つい愚痴が多くなっちまった。きつい、危険、殺され損。この3つは傭兵の大原則だったな。
ライサに率いられたウォラレアルの竜騎軍が、続々と地上に降り立つ。
かつてフェリクスは、ライサに大きな借りを作ったことがあった。
若気の至りといえばそれまでだが……そのせいもあって、ライサにはいまでも頭が上がらない。
骨の髄までボーディスのやり方が染みついているフェリクスは、こんな時でも、ボーディス傭兵の売り込みを忘れない。
ライサはなにも言わずに、にやりと笑う。
機動力は戦艦などものともしない竜騎軍だったが、問題があるとすれば、それは火力だった。
しかし、その火力は、フェリクスたちが操る新装備によって補える。
高射砲は元々、中口径の対イグノビリウム砲に砲架をつけただけのもの。
重さの問題さえ解消できれば、普通の砲として使うのになんの支障もない。
ボーディスとウォラレアルが組むのは、互いの足りない部分を補うのに最適な案だった。
***
ヴルカン公国上空の決戦で、イグノビリウムの主力艦隊を撃派したドルキマス軍は。
残る残存勢力を大陸から一掃するべく、各地で掃討戦を行っていた。
だが、大陸に残った古代魔法文明の残骸は、間違いなく人間たちに影響を及ぼすだろうな。
古代魔法文明の技術は、すでに、この大陸に大きな変革をもたらしていた。
特殊鉱石グラールを利用した疑似魔法障壁《ヴォーゲン・マオアー》。
そして疑似魔法光砲《ヴォーゲン・カノーネ》。
このふたつの兵器は、大陸の戦争のありかたを変えてしまった。
人類を古代魔法文明から切り離したかった天の意向とは真逆に進み……大陸文明は、急激な進化を遂げようとしていた。
どうやら、ドルキマス本国からの補給が、途絶えているようなのです。
***
アルトゥールは、玉座に深く腰掛け、虚ろな目で、誰もいない空間を見ていた。
共和制への統治体制の移行を求める勢力は、日に日に大きさを増していく。
先王グスタフの時代は、恐怖によって民衆を抑えつけてきた。
息子であるアルトゥールは、そんな父のやりかたを嫌悪していた。
彼が王となってまずはじめたのは、民を愛し、また民に愛される親愛の統治。
その手始めとして、言論の規制を緩和し、王都を監視する憲兵の数を減らした。
言論の自由を認めた途端、鳴り響く王制廃止の声。
民衆の声が、耳鳴りのように延々とアルトゥールの耳元で鳴り響いていた。
やり方は簡単です。ディートリヒ元帥に栄光の凱旋をさせなければよいのです。
ドルキマス軍の最終的な統帥権は、現国王であるアルトゥールにある。
王位という権力を手に入れた彼は、いつしか嫌悪していた父と同じ妄執に取り憑かれようとしていた。
それは許されざる蛮行であり、王たるものの責任を放棄した唾棄すべき行いであった。