【黒ウィズ】ドルキマスⅢ Story7
目次
story17 傷ついた翼
ドルキマス軍勝利の報は、すぐさま王都へ伝えられた。
民衆は、ドルキマス軍の勝利に酔いしれ、無敗の元帥ディートリヒに惜しみない賞賛を送る。
共和制移行を願う一部のものたちは、この勢いで、ディートリヒを新しい統治体制の執政として担ぎあげ――
ハイリヒベルク王家の支配体制を一気に打倒しようと目論んでいた。
のんきに騒ぎ立てる国民たちを見て、戦地から帰還したドルキマス軍の将兵は。
戦場と国内の温度差を感じた、と誰もが口にする。
ゲルトルーデとの戦いは、たしかにドルキマス軍の勝利に終わったが。
ドルキマス軍の損害も決して小さくはない。
戦死者の数が国民に知れ渡るに従い、歓喜の熱に浮かされていた国民の気分は、徐々に沈下していった。
戦死した将兵。ならびにホラーツ提督の葬儀は盛大に執り行われた。
――長年に渡りドルキマス国と空軍に多大なる貢献をし、この度の戦いで死して忠義を示したホラーツ・アイスラー上級大将―
アルトゥール国王は、戦死した彼に空軍元帥の号を送ることで、長年の忠節に報いた。
彼の墓は、ハイリヒベルク王家の計らいで、先王グスタフと同じ敷地に存在することを許された。
ともあれ、私も貴君も、大勢の部下を死なせてきた身だ。
戦場で栄誉の死を迎えられたことは、むしろ喜ぶべきことであろう。安らかに眠るがよい。
ユリウス・ヒルベルトは、この戦いを最後に生涯2度目の引退を決意していた。
だが、ホラーツがいなくなり、孤独に玉座に座るアルトゥール王を守れるものは、貴殿を置いてほかにいないと周囲から諭され――
ユリウス・ヒルベルトは、近衛艦隊の司令官として、軍に残ることを決意する。
アルトゥール王は、今回の戦いにおける功績と――
ブルーノ・シャルルリエの代から親子2代に渡って軍人として比類無き功績をあげたシャルルリエ家の旧領を復活させ――
そして新たに公爵として封じることを決定した。
もちろん、影にはディートリヒの強力な働きかけがあったことは、言うまでもない。
エルンスト・バルフェットは、このたびの戦いでホラーツ、クラリアに並ぶ功績をあげた。
彼女が指揮する第4艦隊は、このあとも、クラリア率いる第3艦隊と常に功績を二分し――
やがて、ドルキマス空軍の柱石となる。
エルンスト目下の悩みは、新しい婚約者を見つけることだった。
ローヴィ・フロイセは突撃隊の中隊長として、12度もイグノビリウムの艦隊に乗り込み、すべての戦闘に勝利した。
ディートリヒも、かつての副官の活躍を耳にして、目を細めたと言われている。
ローヴィは、いっさい感情を浮かべず、黙って辞令を受け取った。
その表情は、まぎれもなく死線をくぐり抜け、前線で兵を指揮してきた強者らしい雰囲気が宿っている。
ディートリヒの副官だったころのお嬢様気質は、完全に消え失せていた。
去り際のローヴィに向かって、ディートリヒは声をかける。
貴官は、これからも大勢部下を殺すだろう。軍人をつづける上では、避けられないことだ。
ディートリヒはなにも答えない。苦笑しながら、ローヴィを見送った。
そして、ローヴィはエルンスト率いる第4艦隊所属の駆逐艦艦長に就任する。
彼女がまずしたことは、突撃隊時に部下だったものたちを、自分の艦の乗員として招聘することだった。
フェルゼンに戻ったメヒティルトは、戦いの最中に病死した父の葬儀をすませたあと。
焼け野原になったフェルゼン王都を眺めていた。
2度も戦いの場となったフェルゼン王都は、いまや、かつての繁栄の面影を完全に失っていた。
メヒティルトがフェルゼン再建のためにまずしたことは、一旦破談となっていたドルキマス国との同盟を進めることだった。
と同時に、関係を悪化させてしまった連合諸国との関係修繕も行わなければいけない。
フェルゼン王国の再建は、皇女メヒティルトの肩にかかっている。
国と民のためを思い、メヒティルトはすべてを犠牲にして《皇女外交官》として大陸各地を飛び回ったという。
最終話 王座にふさわしきもの
損害を被ったのは、ドルキマス軍だけではない。
ウォラレアルの竜騎軍も、今回の戦で甚大な被害を被っていた。
いまはただ、先に逝った者たちの冥福を祈るほかない。
反対に大勢の同胞を失う結果になってしまった。すべて、私のいたらなさよ。
その竜が懐くのは、王族しかいない……そう言い伝えられてます。
運がいいやら悪いのやら……。
ウォラレアルの里では、王族として生まれたものは幼いころに竜とともに旅に出て世界を見て回るという使命がある。
里に戻れば、懐かしい景色を見て、忘れていた幼い頃の記憶を思い出すかもしれない。
フェリクスが手にしているのは、故郷ボーディスから送られてきた手紙だった。
ゲルトルーデの侵略を受けたボーディスは、国をあげてイグノビリウムの艦隊を迎え撃ったが……。
力およばず、ボーディス王国は壊滅。
フェリクスの父である国王と、後継者だった兄たちは、全員討ち死にした。
手紙は、生き残った家臣たちからだった。すぐに故郷であるボーディスに戻って来て欲しいとの要請である。
空席となったボーディス王国の王座に腰を据える資格があるのは、いまやもう、フェリクスひとりだった。
しかし、これまでともに戦ってきたボーディスの傭兵たちの顔を見ると身勝手なことは言えなかった。
彼らは、ボーディスの傭兵であろうとして、死ぬ覚悟でついてきてくれた。
国がなくなってしまえば、彼らの思いも、戦ってきた意味もすべて無駄になる。
フェリクスは、悩んだ挙げ句、決意する。
でも、俺が王になる以上、他国にいいようにこき使われるだけの傭兵家業なんて綺麗さっぱりやめてやる。
ボーディスを他国と対等に渡りあえるだけのでかい国にする!お前らそれでもいいか?
フェリクスの言葉に異を唱える傭兵は、誰もいなかった。
むしろ、フェリクスがそう言ってくれるのを待っていたようですらあった。
さすがにそれは、誰も賛同しなかったが……。
ボーディスの男たちの顔には、新しい王を戴いた高揚と未来を自分たちの手で造りあげようという熱意に満ちていた。
ドルキマス王都は、王制派と共和派の対立がつづいていた。
他の国も、イグノビリウムとの戦いによって荒れ果て、政情の混乱が各地で起きていた。
おそらくこれで、クエス=アリアスに戻れるはずにゃ。
ところで、ディートリヒはどこに行ったにゃ?最後にひとことお別れを言っておきたいにゃ。
***
ディートリヒはひとり、墓石の前に立っていた。
その墓は、かつてディートリヒの部下であり、唯一の理解者であったブルーノ・シャルルリエの墓だった。
「約束して欲しい。いつか必ずドルキマスの王になると……。
前線で戦う兵には、聡明で強い王が必要だ。いまのグスタフ王のもとでは……どれだけ無駄な血が流れるかわからん。
頼む。友として約束して欲しい。いつか、王族を打倒し、ドルキマスを……我らの国を……君が統治すると。
そうなってこそ……この命を賭けたかいがあるというものだ……。
頼む、ディートリヒ。友として、私の最期の願い聞き届けてくれ。
ドルキマス国王ディートリヒ・ベルク。君の元で戦うなら、私は……。死すら怖くないのだがな……。」
ブルーノ……。いまの私は、お前の願いを叶えてやれる場所に立っている。
だがな……。私がここで権力を手にすれば、お前はあの世で、安心して眠るだろう。
まだお前を、安らかな眠りに就かせたりはせんよ。そこから、いつもの不安げな表情で、私を見守つているがいい。
ディートリヒは、上着と帽子を脱いで、ブルーノの墓石にかけてやる。
そう言って、ディートリヒはどこかに消え去った。
***
「頼む。我々を導いてくれ。この危機をどうやって乗り越えたらいい?」
ひとりの若き男が、ドルキマス軍に志願した。男は、己の才気をもって瞬く間に、軍内で頭角を現わした。
「ふざけるな!私はひとの手柄を横取りする男ではない!」
小国にすぎなかったドルキマスは、その男の才能によって、勢力を拡大した。
そして先代の王は、その功績に報いるために空軍の最高位である《元帥》の号をその男に与えた。
「どういうわけか……ねえ?くっ……。ふふふふふっ。あははははっ。」
そしてひとつの戦争が終わり、大陸にはドルキマスの領土を脅かす敵国は、存在しなくなった。
そして《彼》は、己の役目を終えたとばかりに軍服を脱ぎ捨てた。
軍人ディートリヒ・ベルクの名前とともに――
英雄が消え去り……。残ったのは《テオドリク・ハイリヒベルク》という時代に忘れ去られた独りの男。
彼は誰にも告げることなく、孤独にドルキマス国をあとにしたのである。
***
アルトゥールは人しれず、ある決意を固めていた。
王都の外で、内側で……日々、膨らむ王制打倒の声は、彼の心をかき乱しつづけている。
みずからの王としての才覚の限界。そして無力さを連日連夜休むことなく、突きつけられていた。
そしてなにより、これ以上、ディートリヒの影に怯えながら生きるのは、耐えられなかった。
ディートリヒに王位を禅譲すると――
世間には、ディートリヒがアルトゥールの弟であることは知られていない。
王権を譲ると同時に、そのことも世間に公表するつもりだった。
王制を維持し、なおかつこの国の分裂を防ぐ、唯―の手だとアルトゥールは考えていた。
近習のものは、すぐにディートリヒがいる空軍官舎へと向かう。
大陸には、イグノビリウムの侵略と今大戦の傷跡がまだ生々しく残っている。
フェルゼンやグレッチャーといった、かつての軍事大国は、その国力と権勢を失い。
まともな軍事力を有している国は、ドルキマスしかなかった。
いまならば、大陸を制覇するのも容易だ。
アルトゥールは、ふと気づいた。これこそが、ディートリヒの狙いだったのではないだろうかと。
そうか。そういうことだったのか……。小国ドルキマスが、大陸を総べる……。そんな夢物語じみた世界が貴様の望みか!
ディートリヒ、貴様はあくまで覇道を行くつもりなのだな?多くの屍を踏み台にして……。
はははっ!やはり貴様は、先王グスタフの息子だ!王位は貴様が継ぐにふさわしい!
だが、アルトゥールの使いが庁舎で目にしたものは、ディートリヒではなく――
綺麗に折りたたまれて置かれている、ディートリヒの軍服と元帥杖だった。
ディートリヒは、誰にも告げずに元帥号を返上し、人知れず、ドルキマス国を去っていた。
彼がいったいどこに向かったのか……それを知るものは誰もいない。
***
人類はもう《魔力》という新しいエネルギーを手にしてしまったわ。もう後戻りはできないのよ。
さーて、原石とやらは、どんな形をしているのかしらね?……って、ない?なにもないじゃないの。
原石が存在していた空間は、なにもないもぬけの殼だった。
レベッカたちは、その大きな空洞を唖然と見つめることしかできなかった。
***
こいつがあれば、この大陸の空は俺たちのものになる。
ドルキマス国先王グスタフは、素性も立場も違う5人の母親に別々に王子、王女を生ませたと伝えられている。
上の3名の王子は、それぞれ記録が残されているが……。
4人目の王子の記録は記述が少なく、その行方を知るものは限られている。
ひとつだけ判明していることは。
先王グスタフが選んだ4人目の妃は、クレーエ族から、従属の証として献上された娘だということのみ。
その第4王妃が産んだはずの4人目の王子の行方は、いまもなお不明である。
***
ここは間違いなく、君とウィズがいた世界。クエス=アリアスだ。
本当に……長い旅だったねと君も涙ぐみながら、ウィズを抱きしめた。
もしかしたら、また会うこともあるかもねと君は笑う。
キミ、お腹すいてるにゃ?まずは、ご飯を食べにいこうにゃ。
長い旅を振り返るのは、お腹がいっぱいになってからでいいにゃ。
ウィズは、君の肩に飛び乗った。
懐かしいクエス=アリアスの風景を眺めながら、君たちは馴染みの食堂へと向かった。
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