【黒ウィズ】ドルキマスⅢ Story6
目次
story15 空前のドルキマス軍(覇級)
ゲルトルーデは、かつてガライド連合王国宰相の地位にいた。
国政を預かるものとして、ディートリヒ率いるドルキマス軍との戦争を指導した当事者であった。
私は、ディートリヒ元帥の戦いぶりを愛している。彼の戦いは、神の怒りのように激しく、動風のように鮮烈で、素早い。
味方の犠牲などいっさい躊躇わない冷酷なところも素敵だし。
味方の犠牲を最小限にすませるために意外と細かい配慮を配っているところも、非常に愛らしい。
ヴルカン上空で、単艦で敵に突き進み、敵艦隊の背後に回り込んだあの戦など涙が出そうなくらい素晴らしかった。
戦争を芸術の域にまで高めることができる人物といえば、ディートリヒ元帥しかいないだろう。
いや、むしろあのお方こそ、ひとつの完成された芸術品なのかもしれん。
だからこそ私は、ディートリヒ元帥に勝ちたいのだ。勝ってガライド連合王国の処刑された王族方の恨みを晴らしたい。
勝ってガライド連合王国こそ大陸の覇者であることを世に知らしめたい。勝って、ディートリヒ元帥をひざまずかせたい。
覇者として、あのような素晴らしい軍略家を従えることができたら、どんなに幸せなことだろうか!?
さて諸君。侵略の時間だ。ドルキマス軍は、いまや軍としてのまとまりを失っている。
奴らが態勢を整える前に、破滅に導いてやるのだ。古代魔法文明の力を手に入れ《進化》した私になら、それができる。
この大陸からドルキマスという国を消し去れ!そして、この大空は、我々が支配するのだ!」
大陸の支配権獲得を狙うゲルトルーデの《大陸空軍》の戦力は圧倒的だった。
その陣容は、旧ガライド連合王国の残党に加え、対ドルキマス連合軍の艦隊。
そしてイグノビリウム艦隊を結集させた大艦隊であった。
ゲルトルーデは、主力をフェルゼン王国上空から、ドルキマス国目かけて侵攻させる。
同時に、左翼艦隊をシュネー国からウォラレアルの里に侵攻させて、ドルキマスと竜騎軍の連携を断とうと試みる。
もう一方の大陸空軍の右翼側は、100を超える艦艇を有した艦隊をもってする大戦力で、旧ガライド連合王国から――
ドルキマスの従属国家ボーディスヘ侵攻させ、制空権を掌握しようと試みる。
対するドルキマス軍は、いまだホラーツたち第2艦隊との戦いの傷が癒えておらず――
将兵の心もバラバラであった。
たとえ里がなくなっても、竜さえいれば、竜騎軍は健在なのよ。
ウォラレアルにいる竜と卵をすべて退避させましょう。他のみんなにもそう伝えて。
フェリクスは、ボーディスの傭兵たちの不安に怯える表情から、彼らの心情を感じとっていた。
歴戦をくぐり抜けてきた傭兵といえど、自分の故郷が危機だと知れば、平静さを失うのもやむを得ない。
いまは国を離れ他国の傭兵として戦っているが、いつか祖国に戻りたいという願いは、傭兵たちの誰もが抱いていた。
けど、どうせ死ぬなら、生まれた国で死にたいよな?俺もお前たちと同じ気持ちだぜ。
でもな、俺たちは傭兵だ。雇い主との契約を無断で放り出すわけにもいかねえ。信用に関わる問題だ。
フェリクスの言葉に同調するもの。裏っ向から反論するもの。なにも言わないもの。
傭兵たちの反応は様々だった。
でも、国に帰りたいという奴は帰っていい。傭兵にだって、死に場所を選ぶ権利ぐらいはあるはずだ。
以上だ。残って戦うといってくれる奴は、30分後までに向こうの木に集合してくれ。去りたい奴は、去っていい。
傭兵としての衿持を捨てきれない奴とだけ、一緒に戦えれば俺は満足だ。それじゃあ、解散。
30分後。
木の下には、ボーディスの傭兵たちが、誰ひとり欠けることなく集まっていた。
ボーディスの男は、生まれながらにして傭兵として生きていくために育てられる。
彼らにとって傭兵としての衿持を捨てるということは、これまでの人生を捨てるようなものだった。
ドルキマス空軍第3艦隊所属。第8突撃艦に乗艦しているローヴィは、艦内の異様な空気を感じ取っていた。
長くつづいた戦いのせいで、前線の兵たちの顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。
ドルキマス軍主力を担ってきた第2艦隊の裏切りは、前線の兵たちに言葉にしがたい衝撃をもたらした。
それでもローヴィは、前進の命令があれば、黙って死地に踏み込む覚悟はできていた。
それでも敵は迫ってくる。ベルク元帥がご不在でも、私は艦隊に命令を下すぞ。
先王に反乱を起こした我々には、ホラーツ提督を責める資格はない。
その時、通信兵が第4艦隊のエルンストから通信がきたことを告げた。
貴殿の艦隊が動かなければ、第4艦隊が進めん。それとも、今回は我らに先陣を譲るつもりか?”
言われたとおり、クラリアとヴィラムは、背後の空の様子を観察する。
青い空と雲の間に距離を保ち、規則的に広がっている艦隊の影が見えた。
あれは、まさしくドルキマスの近衛艦隊。
その時、同じように新型戦艦を観察していた他の兵たちからどよめきが起きた。
《ヒンメル・ノルト・リヒト》のマストに掲げられた旗が、風を受けて激しくはためいている。
どよめきは、その旗を見たものから起きていた。
そして兵たちの動揺と驚愕の理由は、すぐに艦橋にいるクラリアたちに伝えられた。
『アルトゥール陛下、ご親征!ドルキマス国王みずから、戦場にお越しになられた!』
いま現役の兵は、国王が直接軍を率いていた時代を体験していない。
先王グスタフは、臆病ゆえに王城と要塞にこもるばかりだった。
そのころは、私もまだ幼年学校に通っておったころだったわい。
まさか、生きているうちにこのような経験ができるとはのう……。
元帥閣下は、将兵の心理に敏感で、軍のまとめかたを掌握されておられる。
このホラーツ、年甲斐もなく胸が熱くなったわ。まこと、たいしたお方だ。
ドルキマスの国土は狭く、作物は実らず、さしたる産業もない。
我が祖国は、吹けば飛ぶような、ささいな国であった。
だが、いまやドルキマスは大陸の空を、自らの両翼で支配するまでにいたった。
多くの将兵の犠牲によって、ドルキマスはここまで大きくなったのだ。
ドルキマスを最強たらしめているのは誰だ?この大陸の空は誰のものか?
それらはすべて、ドルキマス軍旗の下に集った大陸一勇敢な兵士諸君らのものである。
我が王とドルキマスの旗の下、この果てしない空はどこまでも我らのものだ。
そしていま、この空は敵の手に渡ろうとしている。ドルキマスは危急存亡の秋にある。
ドルキマス軍、全艦進軍せよ。この蒼天の行き着く果てまで、ドルキマスの軍旗で埋め尽くすのだ。
***
ドルキマス軍と共闘するのもこれが最後にゃ!
***
いったい、ディートリヒ元帥は、いつ作戦を練っておられたのか……。
現場の将官の間で、そんな会話が交わされるぐらい与えられた作戦命令は、詳細かつ緻密だった。
ならば、こちらは向こうの狙いを利用させてもらうだけだ。
ドルキマス軍の兵の士気は旺盛。
ゲルトルーデがどれだけの艦隊を有していようと関係なかった。
この戦が、アルトゥール陛下親征の元に行われている戦である以上、ドルキマスの兵は死に物狂いで戦うだろう。
そして開戦当初は、10艦に1艦程度の割合でしか配備されていなかった対イグノビリウム兵器も――
アーレント開発官の影の努力によって、ほとんどの艦に搭載されている。
敵の攻撃をヴォータ・マオアーで防ぎ、ヴォーゲン・カノーネによって敵艦を破壊する。
戦法や兵装による戦力の差は、いまや人間とイグノビリウム艦の間では、ほとんど存在しないと言っていいだろう。
いまや勝利を分かつのは、両軍の指揮官の指揮能力と兵の勇猛さである。
どちらか優れていたほうが、この戦の勝者となるだろう。
それはそうと。この戦いが終わったら、あなたどうするつもり?
よかったら、竜騎軍とドルキマスの艦隊で、大陸の制空権と通商権を支配しない?
元帥閣下、俺たちボーディスもあんたに賭けることにしたぜ。
祖国にいる兄たちも、今頃必死になってゲルトルーデの軍と戦っていることだろう。
どのみち、ここで負けたらボーディスの平和もない。負ければ俺も兄たちもお仕舞いだ。勝たなきゃ未来はねえんだ。
じゃあ、いこうぜライサ姉さん。俺たちの砲の火力と竜騎軍の機動力をあわせた《竜撃兵団》の初陣だ。
くれぐれも、竜から落っこちるような間抜けなことにはならないで欲しいわね。
ゲルトルーデは、ドルキマス軍の予想外の士気の高さと、堅強さに表情を険しくしていた。
艦の数は半数以下、そして戦略上の要地もゲルトルーデ側が確保している。
それなのにドルキマス軍の抵抗はしぶとく、右翼、左翼、正面とどの戦域においても艦隊陣形を突き崩せない。
ホラーツの艦隊も、当たり前のようにドルキマス軍の一員として戦っている。裏切りものだぞ、その男は!
だが、どんなに一致団結していようと戦力で劣るドルキマス軍には、かならず付け入る隙がある!
……ほほう?よく見れば、右翼を担うホラーツの艦隊が薄いではないか?狙いはあそこかな?
ホラーツ率いる第2艦隊は、ヴルカン公国上空での戦いで戦力を大幅に減らしていた。
ディートリヒは、それを把握していながら、あえて隙をさらすため、ホラーツの艦隊に右翼を担わせたのである。
右翼を薄くしたのは、敵を動かすための罠だった。
だが、ホラーツの艦隊が敗れ、右翼を突破されてしまえば、当然ながらドルキマス軍は危機に陥る。
通信が切れた。最後の言葉に、ホラーツの覚悟が宿っていた。
貴官らの両艦隊でウォラレアルを支援し、敵の巨大戦艦を落とせ。できるな?
各艦隊に指揮を出し終えたディートリヒは、背後にいるアルトゥールに向かい、深々と頭を下げた。
私自身が釣り餌となって、奴を釣り上げてご覧に入れましょう。陛下は、ここでその様子をご鑑賞ください。
そしてディートリヒは、無線で黒猫と魔法使いを呼び出した。
魔道艇に乗り込み、戦場であるフェルゼン上空へと踊り出る。
魔道艇の艦内にディートリヒがいる。ともの兵も一切無く、たったひとりで。
わざわざ君の魔道艇に単身乗り込んできたということは、ドルキマス軍の誰にも知られたくない場所なのだろう。
そこにたどり着くまで、敵に落とされなければ良いのだがな。
ディートリヒは、君を試すような意地悪な笑みを浮かべている。
まるで、この状況を楽しんでいるかのようだった。
***
ホラーツの艦隊をあえて手薄にして、こちらの主力を引きつけている間に、我が軍の背後に回り込むつもりなのだろう?
だが同じ手は二度も通じんよ、ディートリヒ!お前の戦術は見切った。今度こそ私の勝利だ!
向こうは大型艦なのだが、その速度は高速艦艇以上だ。君の魔道艇は、たちまち追いつかれそうになる。
振り切れない――と感じた君は、覚悟を決めてカードを引き抜いた。
そして戦闘になりそうだけど構わないか、とディートリヒに尋ねる。
この戦い、貴君の存在があったから、我々は十分な準備ができた。そして、あと少しですべてが終わる。
***
BOSS:
この戦いで平和がくれば、頑張った甲斐があったにゃ。
***
ゲルトルーデと戦っていたはずのナハト・クレーエ号は、無様にも地上に墜落していた。
幸い、ジークたち乗組員は無事だったが……。
静かにジークは怒りの感情を燃え上がらせた。
感情の昂ぶりによって生じた魔力を燃料にして、ナハト・クレーエ号は、再びフェゼンの空に舞い上がる。
だが、フェルゼン上空の空は、両軍の艦隊が入り交じり、混迷の極みにあった。
クラリアの率いる第3艦隊とエルンスト率いる第4艦隊が、競い合うように巨大戦艦に殺到する。
それら艦隊の隙間を縫うようにして、ボーディスの傭兵を乗せたウォラレアルの兵が飛び回る。
その時、青い空がまばゆく照らされた。
それは天からもたらされた光ではない。イグノビリウムの巨大戦艦から放たれた光だった。
損害ですか?多過ぎて判断できませんね。見たところ無事な艦は、半数といったところでしょうか。
戦闘継続か?それとも部下の身を案じて退いたか?
軍人としての才能は、それほどでしたが、自分の命をどこで賭ければいいか、心得ているお方でした。
そしてブルーノは、ドルキマスに勝利をもたらすために果敢に戦い、そして死んだ。
戦闘継続だ。敵の次の攻撃が行われる前にあのデカブツを必ず落とす!
一足早くブルーノ閣下にお会いしにいくと思えば、気分もいくらか楽になります。
一方、ディートリヒを乗せた君の魔道艇は、ゲルトルーデたちの猛攻撃を一身に受け、満身創痍の状態だった。
わ、私たちの魔道艇も、いっ……いつまで持つかわからないにゃ……
あのふたりならば、必ず役目を果たす。そうでなくては、こうしてのんびり釣り(・・)を楽しもうとは思わんよ。
どうか、いい王になってくだされ……。そう伝えてはくれぬか?
あのテオドリクさまの下で存分に我が腕を振るえたものを……。残念じゃ。
すでにホラーツとの通信は切れていた。
ホラーツは、ユリウスとの通信を切ってからもしばらく敵艦と戦い続けた。
ディートリヒの命令どおり、敵の主力を十分に引きつけ、その主力の機動を存分に遅滞させたのち。
ホラーツの旗艦は、空の塵となって消え去った。
***
story16 屍の上に
フェルゼン王国上空。
第3艦隊、第4艦隊ともに、戦力を半数以下に減らしながらも、どちらも一歩も引くことなく――
正面からイグノビリウムの艦隊への攻撃を続け、敵軍を圧倒しつづけている。
しかし、巨大戦艦の動力炉に再び灯が点る。
神の裁きがごとき、まばゆく拡散する光の砲が、再び放たれようとしているのだ。
目を劈くような光が、無数の光条を造り出し、触れるものすべてを、凄まじい能量を有した熱線が薙ぎ払っていく。
キャナルの身体を放たれた光条がかすめようとした瞬間、ドラコが空中で身を捻る。
しかし、他の竜騎軍の仲間には、光をまともに受けたものもいる。
光の砲に撃たれたものは、肉体の一部が吹き飛ばされ、竜を撃たれたものは、なすすべなく落ちていく。
ジークは、哀しげな目で撃墜されていく友軍を見つめていた。
そして意を決したように懐にしまっておいた古代遺物――《天運の六分儀》を取り出す。
こちらに責任はないが、生き残ったものとして、俺が力夕をつけなければいけないだろう。
彼が持つ古代遺物は、誰の手によって造られたものかは不明だが……。
あの巨大戦艦の光砲にも負けない力が、この古代遺物に秘められていると、クレーエ族の間に伝えられていた。
すべては森羅万象が紡ぐ、永劫の輪廻へと誘われる。
古代遺物の正体――
なるものは天の使いが、うっかり地上に落としてしまった聖遺物ではないかと噂している。
それらが持つ効果を伝え聞いた大陸中の空賊やハンターたちは、血眼になって古代遺物を探し求めてきた
そしてジークは、苦難の末に《天運の六分儀》を手に入れた。
この古代遺物に込められた力、それは――
ドルキマスの各艦は、目測で敵の位置を予測し、攻撃を加えた。
どの艦も百戦錬磨の強者が乗り込むドルキマスの精鋭たちである。
レーダーに頼らない遠距離砲撃、艦隊機動など困難のうちに入らなかった。
濃い霧が晴れたころ、敵イグノビリウムの艦隊の数は激減していた。
その結果は、霧のなかでの戦いが、どちらに軍配が上がったのかを如実に物語っていた。
空では我ら《竜撃兵団》こそ、最強であるということを証明してみせるのよ!
無数の竜騎軍が、巨大戦艦に殺到し、その懐に潜り込んだ。
そうなってしまえば、巨大戦艦に打つ手がないことは、前の戦いで証明ずみである。
勝負は、巨大戦艦が次の光砲を放てるだけの納量を蓄積するまでのわずかな時間。
それまでに巨大戦艦を落とせなければ、すべてがお仕舞いだ。
ナハト・クレーエ号の光砲が、巨大戦艦の装甲を貫く。
それを合図にボーディス傭兵団の砲からも光弾が放たれる。巨大戦艦の装甲に、次々と貫通孔が生じる。
ナハト・クレーエと《竜撃兵団》の猛攻を受けて、巨大戦艦は内部から黒煙をあげはじめた。
今度こそ二度と浮上出来ないように――ライサは、巨大戦艦の徹底的な破壊を指示した。
竜騎軍は、持ちうる限りの《ロイヒテン・レーム》を巨大戦艦に付着させる。
それがとどめの一撃となった。
凄まじい爆発音をあげながら、イグノビリウムの巨大戦艦は、塵となって消え去った。
一方……。君の操縦する魔道艇は、不運にもゲルトルーデに発見されたが、なんとか追撃を振り切ることに成功していた。
そしてディートリヒに案内されてたどり着いたのは、地下に広がる巨大な遺跡だった。
イグノビリウムがこの大陸に飛来したのは、現在より1万年以上も過去の古代時代。
彼らは、人間たちに《魔法》という技術を与え、ともに手を携えて、この大陸に《古代魔法文明》という高度な文明を築いだ。
しかし、人間たちの急速な発展は、地上を管理している天の存在が、許さなかった。
天は使いを送り込みイグノビリウムと戦った。そして彼らを地底に封じ込めたのだった。
原石を破壊すれば、彼らはやがて、活動を停止せざるを得ないだろう。
彼らイグノビリウムの祖先が、この大陸に渡ってきたのは――
活動源となるグラールの原石が、地底に存在していたからだとルヴァルは断言する。
この戦を終わらせたいのならば、さっさと破壊すればよい。
おまけにどれだけの魔力が蓄積されているのか想像もできない。
君は、背後に気配を感じて身構えた。
ゲルトルーデは、樵悴しきった様子で近づいてくる。
視線は虚ろで、ディートリヒの姿を捉えているのからすらも定かではない。
ディートリヒの命令とはいえ、直接手を下すのは、躊躇する。
だが、以前、跡躇ったがゆえに、ディートリヒの身を危険に晒した……あの時の記憶が鮮明に蘇る。
裏で糸を引く者がいても、不思議ではありません。
力のない我々人間は、常に力を欲している!
栄誉欲、好奇心、恐怖心、嫉妬心なんでもいい。人が弱さを抱えている限り、誰もが力を求めるのだ!
ディートリヒ!貴方のような、戦の天才がいる以上――
我々のような凡人は、貴方に膝を屈するか、このような醜い姿になるしかない!
私を狂わせたのは、そう……この男だ!私を殺すなら、この怪物も殺せ!いや、この私が殺す!
ディートリヒは、護身用の拳銃に手をかけた。
けれども、頼りない拳銃ひとつでは、ゲルトルーデは倒れないだろう。
やむなく君は、カードを引き抜いた。
半狂乱になったゲルトルーデは、動物のようなうめき声をあげながら。ディートリヒに襲いかかる。
直後、何者かが放った魔法が、ゲルトルーデの全身を炎で包み込んだ。
魔法を発動したのは君ではなかった。
ジークは、クレーエ族が身につける護身用の短刀を懐から取り出し……。
ゲルトルーデの喉元を切っ先で貫いた。
静かに己の運命を受け入れたゲルトルーデは、血を吐きながら息絶えた。
収容所で目の当りにした凄惨な光景が、ジークの脳裡に蘇る。
地上に地獄があるとするなら、まさにあの収容所がそれだった。
そして、ゲルトルーデという男とガライド連合王国の繁栄のためだけに――
クレーエ族の罪のないものたちは、その地獄に引き摺りこまれたのだ。
ゲルトルーデの死によって、戦は終結した。
この戦いによって、失われたものは、山のようにある。
では、生み出されたものはなんなのか。なんおための戦だったのか。
明確な答えを示している歴史書は、いまだ存在しない。