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【黒ウィズ】ユッカ編(バレンタイン2017)Story2

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作成者: にゃん
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エターナル・クロノスV



温かかったはずのティーはもう冷めていた。

それと同じように一同の気持ちも活気を失っていた。


それは時計塔の動力源であるイニティウムを相手の支配下に置かれているという事実と、ヴァイオレッタの裏切りが原因だった。


「アレはアムドではないです。アムドなら私の指示を聞きます。」


消沈した一同の中でも、エリカはマイペースに事実を述べる。

みんなの気づかってではなく、それが彼女の性分だからである。


「きっとアレはエリカのように意志を持った〈バグ〉です。

それがアムドの形で出現した。あるいは乗っ取った。と、エリカは推測します。」


「そんなことよりも、ヴァイオレッタの裏切りよ。あいつ許せない。」

「ステイシー。」

と未来を司るステイシーをたしためたのは、過去を司る女神イレーナ、それに続くのは現在を司る女神セリーヌ。

三者の関係は司るものと同じく、相互補完的である。

直情的なステイシーと冷静なイリーナ、そしてセリーヌはいつもいまその時を見ている。


この時は、信頼していたヴァイオレッタに裏切られた形になったユッカである。


「ユッカ、大丈夫。」


「はい。」

と短く答え、ユッカは続けてルドルフに声をかけた。


「ルドルフ、あの〈バグ〉ってもしかして……。」

「十中八九、マダムをかつて「V」と呼んだ殿方でしょうな。」

「やっぱり……。」

伏し見がちだったユッカの目に力強さが戻る。


「ヴァイオレッタは裏切ったわけじゃない。言葉じゃ説明できないけど、私にはわかる。」

「吾輩もそれと同意見ですぞ、ユッカ様。吾輩はマダムの愛玩動物。マダムとは一心同体でございます。

もし裏切るなら吾輩を置いていくことはない、と断言できます。」


「ヴァイオレッタはイニティウムを守るために、あんな行動を取ったんだよ、きっと。」


「そうですね。実際あの状況では、我々がイニティウムを取り戻す間に、壊されてしまったでしょう。」

「でも状況はいまも同じだよ。」


ヴァイオレッタがいる限り、イニティウムが壊されることはない。とはいえ、取り戻す術もなかった。

〈バグ〉がイニティウムを破壊するよりも早く、取り戻す方法。それには相手の意表を突くよりなかった。


だが、どうやって?

誰もがそう思っていた時、先ほどから上の空だったアリスが口を開いた。


「イリーナ様、実はひとつだけ方法があるんですが……。」

「アリス、それはなんですか?」


アリスは女神の側に歩み寄り、小さな声で呟いた。

それを耳にした三女神たちの顔は驚きの色に染まる。


ユッカにもそれは聞こえていた。

彼女の動揺が先に立つ女神に向かって、自分の意志を告げる。


「やりましょう。アリスちゃんの案、良いと思います。

ヴァイオレッタは、私たちの味方です。だからきっと成功します。」


真剣な眼差しに打たれ、イレーナは頷く。


「いいでしょう。許可します。」


重要な決定が自分の知らないところで進行していく事態にいてもたってもいられず、

相変わらずのかまってかまって精神をエリカが発揮する。

アリスの胸元に飛び込み、これでもかと体にこすりつけ悶えて、エリカは自分を主張した。


「ずるいずるいなんかずるい、皆だけわかってなんかずるい。エリカにも教えてください、教えろ!

とエリカは寂しさを爆発させて言います。」

「もう。教えてあげるからじっとして。」


胸元から引き離されたエリカは改めて、事の次第を尋ねた。

「今から一体何を始めるんですか!?」


それを答えたのはユッカだった。

「今から、エターナル・クロノスを動かすんだよ。」


 ***


ヴァイオレッタ。もうー度言うね。……イニティウムを返して。

……。



再び、ユッカがヴァイオレッタと対峙している時。

時計塔中央部では、三女神とアリスが〈エターナル・クロノス〉移動という大仕事に取り掛かっている真っ最中だった。

三女神は、自らの司る時間の席に鎮座し魔力を高め、それを爆発させる瞬間を待ち構えている。

アリスの方は、時流の流れを検出するジャイロスコープやディテクターが映し出す膨大な数字の海から、指し示すべき指針を割り出している。 

その様子を呆然と見ながら、ミュウはイレーナに事態の説明を求めた。


これはどういうことですか? イレーナ様。

この工ターナル・クロノスがあらゆる世界の時間を司っているのは知っていますね。

つまりそれは、この時計塔を占拠されたり攻撃し破壊されたりすれば、すべての時間が死んでしまうということと同義でもあります。

例えば、ここで働く者を選別していたことも時間を守る大事な要素でもありました。


……はい。

頷くミュウの顔は神妙である。それはかつて彼女自身がその真実を暴く一因となった事件に由来していた。

イレーナ自身は『選別』と表現したが、事実はもう少し過激である。

かつて時計塔では時空の歪みに飲まれ、異界から流れ着いた者の記憶を奪い、労働者としていたのである。

そして、外からだけではなく内からも突破できない強固な警備システムで、人員の漏えいも防がれていた。

ミュウは元の世界の旧友アリスを取り戻すため、この世界に流れ着いたのであった。


それらに加えて、時計塔は一定周期で移動を繰り返しています。

移動……?

時計塔の場所を知られないためにこの塔は移動しているのですよ。いろいろな世界へ。

もちろんおいそれとできることではありません。ですが時間を守るためには必要なことです。


準備……完了です……。

唐突に、アリスが呟く。目は充血し、目まぐるしく変化し続ける数字といまだに格闘中である。


巨大塔の時空間移動。

その反動で起こる時空への干渉を最小限にすること、かつ今回は特定の瞬間、特定の場所への移動である。

優秀なく時詠み師)であるアリスでも、限界の限界を超えたそのまた先の能力が要求される。

そして、それを実行する三女神。さらに……。鍵を握るのは、ユッカである。


お願い……ユッカちゃん。


 ***


ちらりと時計を見るユッカ。自分とイニティウムまでの距離は遠い。


ヴァイオレッタ、すこし近づくね。

私たちに手を出すと、イニティウムは壊すわよ。

そこまでは行かない。

イニティウムの前に佇むふたりを見ながら、ユッカは傍の壁に手を触れる。

歯車と歯車が複雑に重なり合い、壁を構成している。その表面に彼女の指先が滑っていく。

同時に、ユッカの頭の中には、先ほど見た時計の針が正確に秒を刻んでいた。

アリスに指定された時間と整備士として体に染みついた体内時計。そのふたつが交わる。


行くよ、ヴァイオレッタ……。


ヴァイオレッタは無言である。いつもの皮肉はない。それが彼女なりの答えである。

時は来た。


ユッカは歯車と歯車の隙間に手を滑り込りこませ、引きずり出したのは、巨大な装置である。


……ッ!


驚く間もなく、ユッカのハンマーが振り上げられ、すぐさま地面に叩きつけられる。

クロノイグニツション!


打ち下ろされたハンマーは、装置の中心へ吸い込まれる。

衝撃は強烈な振動と、周囲の歯車の目まぐるしい回転を引き起こす。


何か起こっているのかはその場ではわからない。しかし次の瞬間。

なんだ……?

イニティウムのすぐそば、ヴァイオレッタたちの背後にどこからか現れた二人組。


あれ?

あ。ユッカ!

ディーとダムである。


ティー! ダム!なんでもいいからイニティウムを取って!

え? こ、これ?

じゃまするなあー!


とすぐさま目の前の石を手に取るティーとダム。それを阻止しようと、ふたりもろともなぎ倒すべく振るわれた斧。

そのふたつの軌道は交わることなく、斧は空を斬る。気付けば、ティーとダムはユッカの背後に移動していた。

時間と空間を旅するこの双子、わずかな距離なら時空を自身の意思で飛び越えることが出来た。

もちろんその手にはイニティウムが握られている。


その石を返せええ!!!

怨嵯と異常な執着を感じさせる声。記憶の澱である〈バグ〉らしい声であった。

それとともに、鎧騎士はイニティウム――ユッカに向かってくる。

させなああい!!クロノイグニッション!

打ち下ろされたハンマーは、装置の中心へ吸い込まれる。

衝撃は強烈な振動と、周囲の歯車の目まぐるしい回転を引き起こす。





 ***



その石を返せええ!!!


怨嵯と異常な執着を感じさせる声。

記憶の澱である〈バグ〉らしい声であった。

させなああい!!

激突。それを制したのは、ユッカのハンマーではなく、一発の銃声だった。

鎧に空いた風穴の向こうには、片膝立ちで銃口を突きつけるヴァイオレッタ。

彼女は淑女らしい優雅な所作で立ち上がり、銃口からの昇る硝煙の香りを吸い込む。


彼女にとっては、どの高級なフレグランスともタメを張るほどの香りである。

どんな時もこの香りだけは肌身離さず、共に合った。


なぜだ……「V」。なぜ俺を裏切る……。

もちろん崩れ落ちた記憶の男とー緒にいた時もだ。それはふたりの愛を彩る香りのひとつだった。

共に危険を乗り越え、空族としてのすべてを教えられた記憶の男。


なぜ?

ヴァイオレッタは不可解でたまらないといった様子で一言呟いた。


いつまでも愛が同じ場所にあると思わないで。時間とー緒で常に流れていくものよ。

残るのはただの澱でしかない……。意味もなくかき混ぜないで、きれいなまま底に沈んでいなさい。

特に、死んだ者への愛は……。と誰にも聞こえない声、艶やかな唇の動きだけが、その言葉を紡いだ。



ヴァイオレッタ。終わったの?

ええ。とっくの昔に。

ん?どういう意味?


マダムは珍しく優しい顔でユッカを見つめる。

ユッカ、バカだからわかんないわよ。もう少し大人になったら教えてあげる。


ふーん……あ。そんな事よりも、チョコレート!!ディー! ダム! ティータイムだよ!

イニティウムの処理もほどほどに、ユッカはティーとダムを引き連れ、上階のティールームヘと駆け出す。


ま。あんたにはそれが似合ってるわよ。



『vday』の忙しなさも終わりつつある頃、時計塔ではいつもより少し遅れたティータイムが行われていた。

つまり、時計塔自体を動かして、ディーさんとダムさんの出現場所をイニティウムの後ろにずらしたの?

うん。そうだよ。

すごい。そんなことできるんだ。

できるっていうかやるしかないってだけなんだけどね。

アリスがフル回転で時を読んでくれたからできたんだよ☆

私はそんな……。イレーナ様たちが実行してくれなきゃ、無理でしたよ。

私は? 私はどうでしたか?

ユッカも頑張った。ユッカじゃなきゃエンジンに点火出来ないからね。

ですよねえ。クロノイグニッションなんちゃって。


エターナル・クロノスでは、何事もなく時間が過ぎていくことこそが大事である。

とはいえ、時折大きな騒動が起こらないわけではない。


さあ、皆さん。ティーのお代わりもチョコレートのお代わりもたくさんありますよ。

うん。エイミー、チョコレート美味しいよおお……!


でもそれは、いつでも、ティータイムになる頃には楽しいおしゃべりを彩る素敵な想い出に変わっていた。

エターナル・クロノスはいつでも平和である。


アムド。お前は本当のアムドですか。

胸に風穴を開けたまま、アムドはただ様子を見ていた。

喋りませんね。どうやらこれは本物のアムドのようです。

皆さん、同志の帰還を祝いましょう!

是ーー!!

祝の字!祝の字!



アムドには知られざる秘密があった。

実は彼、喋れないのではなく、ただ何となく喋りたいことが無いので、黙っているだけである。

色々と秘密の多いエターナル・クロノスで、一番どうでもいい秘密である。


終の字!終の字!


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