【黒ウィズ】ユッカ編(バレンタイン2017)Story2
エターナル・クロノスV
温かかったはずのティーはもう冷めていた。
それと同じように一同の気持ちも活気を失っていた。
それは時計塔の動力源であるイニティウムを相手の支配下に置かれているという事実と、ヴァイオレッタの裏切りが原因だった。
消沈した一同の中でも、エリカはマイペースに事実を述べる。
みんなの気づかってではなく、それが彼女の性分だからである。
それがアムドの形で出現した。あるいは乗っ取った。と、エリカは推測します。」
と未来を司るステイシーをたしためたのは、過去を司る女神イレーナ、それに続くのは現在を司る女神セリーヌ。
三者の関係は司るものと同じく、相互補完的である。
直情的なステイシーと冷静なイリーナ、そしてセリーヌはいつもいまその時を見ている。
この時は、信頼していたヴァイオレッタに裏切られた形になったユッカである。
と短く答え、ユッカは続けてルドルフに声をかけた。
伏し見がちだったユッカの目に力強さが戻る。
もし裏切るなら吾輩を置いていくことはない、と断言できます。」
ヴァイオレッタがいる限り、イニティウムが壊されることはない。とはいえ、取り戻す術もなかった。
〈バグ〉がイニティウムを破壊するよりも早く、取り戻す方法。それには相手の意表を突くよりなかった。
だが、どうやって?
誰もがそう思っていた時、先ほどから上の空だったアリスが口を開いた。
アリスは女神の側に歩み寄り、小さな声で呟いた。
それを耳にした三女神たちの顔は驚きの色に染まる。
ユッカにもそれは聞こえていた。
彼女の動揺が先に立つ女神に向かって、自分の意志を告げる。
ヴァイオレッタは、私たちの味方です。だからきっと成功します。」
真剣な眼差しに打たれ、イレーナは頷く。
重要な決定が自分の知らないところで進行していく事態にいてもたってもいられず、
相変わらずのかまってかまって精神をエリカが発揮する。
アリスの胸元に飛び込み、これでもかと体にこすりつけ悶えて、エリカは自分を主張した。
とエリカは寂しさを爆発させて言います。」
胸元から引き離されたエリカは改めて、事の次第を尋ねた。
それを答えたのはユッカだった。
***
再び、ユッカがヴァイオレッタと対峙している時。
時計塔中央部では、三女神とアリスが〈エターナル・クロノス〉移動という大仕事に取り掛かっている真っ最中だった。
三女神は、自らの司る時間の席に鎮座し魔力を高め、それを爆発させる瞬間を待ち構えている。
アリスの方は、時流の流れを検出するジャイロスコープやディテクターが映し出す膨大な数字の海から、指し示すべき指針を割り出している。
その様子を呆然と見ながら、ミュウはイレーナに事態の説明を求めた。
つまりそれは、この時計塔を占拠されたり攻撃し破壊されたりすれば、すべての時間が死んでしまうということと同義でもあります。
例えば、ここで働く者を選別していたことも時間を守る大事な要素でもありました。
頷くミュウの顔は神妙である。それはかつて彼女自身がその真実を暴く一因となった事件に由来していた。
イレーナ自身は『選別』と表現したが、事実はもう少し過激である。
かつて時計塔では時空の歪みに飲まれ、異界から流れ着いた者の記憶を奪い、労働者としていたのである。
そして、外からだけではなく内からも突破できない強固な警備システムで、人員の漏えいも防がれていた。
ミュウは元の世界の旧友アリスを取り戻すため、この世界に流れ着いたのであった。
もちろんおいそれとできることではありません。ですが時間を守るためには必要なことです。
唐突に、アリスが呟く。目は充血し、目まぐるしく変化し続ける数字といまだに格闘中である。
巨大塔の時空間移動。
その反動で起こる時空への干渉を最小限にすること、かつ今回は特定の瞬間、特定の場所への移動である。
優秀なく時詠み師)であるアリスでも、限界の限界を超えたそのまた先の能力が要求される。
そして、それを実行する三女神。さらに……。鍵を握るのは、ユッカである。
***
ちらりと時計を見るユッカ。自分とイニティウムまでの距離は遠い。
イニティウムの前に佇むふたりを見ながら、ユッカは傍の壁に手を触れる。
歯車と歯車が複雑に重なり合い、壁を構成している。その表面に彼女の指先が滑っていく。
同時に、ユッカの頭の中には、先ほど見た時計の針が正確に秒を刻んでいた。
アリスに指定された時間と整備士として体に染みついた体内時計。そのふたつが交わる。
ヴァイオレッタは無言である。いつもの皮肉はない。それが彼女なりの答えである。
時は来た。
ユッカは歯車と歯車の隙間に手を滑り込りこませ、引きずり出したのは、巨大な装置である。
驚く間もなく、ユッカのハンマーが振り上げられ、すぐさま地面に叩きつけられる。
打ち下ろされたハンマーは、装置の中心へ吸い込まれる。
衝撃は強烈な振動と、周囲の歯車の目まぐるしい回転を引き起こす。
何か起こっているのかはその場ではわからない。しかし次の瞬間。
イニティウムのすぐそば、ヴァイオレッタたちの背後にどこからか現れた二人組。
ディーとダムである。
とすぐさま目の前の石を手に取るティーとダム。それを阻止しようと、ふたりもろともなぎ倒すべく振るわれた斧。
そのふたつの軌道は交わることなく、斧は空を斬る。気付けば、ティーとダムはユッカの背後に移動していた。
時間と空間を旅するこの双子、わずかな距離なら時空を自身の意思で飛び越えることが出来た。
もちろんその手にはイニティウムが握られている。
怨嵯と異常な執着を感じさせる声。記憶の澱である〈バグ〉らしい声であった。
それとともに、鎧騎士はイニティウム――ユッカに向かってくる。
打ち下ろされたハンマーは、装置の中心へ吸い込まれる。
衝撃は強烈な振動と、周囲の歯車の目まぐるしい回転を引き起こす。
***
怨嵯と異常な執着を感じさせる声。
記憶の澱である〈バグ〉らしい声であった。
激突。それを制したのは、ユッカのハンマーではなく、一発の銃声だった。
鎧に空いた風穴の向こうには、片膝立ちで銃口を突きつけるヴァイオレッタ。
彼女は淑女らしい優雅な所作で立ち上がり、銃口からの昇る硝煙の香りを吸い込む。
彼女にとっては、どの高級なフレグランスともタメを張るほどの香りである。
どんな時もこの香りだけは肌身離さず、共に合った。
もちろん崩れ落ちた記憶の男とー緒にいた時もだ。それはふたりの愛を彩る香りのひとつだった。
共に危険を乗り越え、空族としてのすべてを教えられた記憶の男。
ヴァイオレッタは不可解でたまらないといった様子で一言呟いた。
残るのはただの澱でしかない……。意味もなくかき混ぜないで、きれいなまま底に沈んでいなさい。
特に、死んだ者への愛は……。と誰にも聞こえない声、艶やかな唇の動きだけが、その言葉を紡いだ。
マダムは珍しく優しい顔でユッカを見つめる。
イニティウムの処理もほどほどに、ユッカはティーとダムを引き連れ、上階のティールームヘと駆け出す。
『vday』の忙しなさも終わりつつある頃、時計塔ではいつもより少し遅れたティータイムが行われていた。
エターナル・クロノスでは、何事もなく時間が過ぎていくことこそが大事である。
とはいえ、時折大きな騒動が起こらないわけではない。
でもそれは、いつでも、ティータイムになる頃には楽しいおしゃべりを彩る素敵な想い出に変わっていた。
エターナル・クロノスはいつでも平和である。
胸に風穴を開けたまま、アムドはただ様子を見ていた。
皆さん、同志の帰還を祝いましょう!
アムドには知られざる秘密があった。
実は彼、喋れないのではなく、ただ何となく喋りたいことが無いので、黙っているだけである。
色々と秘密の多いエターナル・クロノスで、一番どうでもいい秘密である。
― ユッカ編(バレンタイン2017) ―
時詠みのエターナル・クロノス | |
---|---|
時詠みのエターナル・クロノス Story | 2015/04/08 |
ユッカ&アリス(謹賀新年) | 2016/01/01 |
エターナル・クロノスⅡ | 2016/04/28 |
エターナル・クロノスⅡ 外伝 | 2016/04/28 |
ユッカ(バレンタイン2017) | 2017/02/13 |
アリス&エリカ(GW2017) | 2017/04/28 |
エターナル・クロノスⅢ | 2017/07/14 |
白猫 mark