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【黒ウィズ】神都ピカレスク2 ~黒猫の魔術師~ Story 前編

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最終更新者:にゃん

2019/08/15



目次


Story1 カードと魔術師

Story2 夢遊病者の告白

Story3 武闘遊戯

Story4 黒猫組み




story1 カードと魔術師


テーブルの上に音もなくソーサーとカップが置かれる。

ギャスパーはカップの中を一瞥して、満たしているのが紅茶だとわかると手をつけなかった。

どうも。

一方のケネスはカップが目の前に置かれると、シュガーポットから角砂糖を数個取り出し、放り込んだ。

溶けるのも待たずそれを飲み始めた。

ケネス、行儀が悪いわよ。

生まれが悪いから仕方がない。

人間は変わることができる。努力をすればだが。

気が向いたらするよ。

品がいい、というのは人間が生み出した文化的決まり事に則っているかどうかです。気にする必要はないですよ。

この世界のどこかではケネスさんの振る舞いの方が上品だと思われることもあるかもしれません。古代の社会では下着を履いていないのが当たり前だったんですからね。それがいまは履くことが当たり前です。

時折、僕はそんな当たり前にふと疑問を感じることがあります。べつに履かなくてもいいんじゃないか、とね。

そこに疑問を感じる必要はねえよ。

頭の中に思い浮かんでしまったので、訊きたくないですけど、訊きますが……先生、いま下着履いてますか?

ふ……確かめてみますか?

お前さては履いてないな……。

僕が履いてないか履いているかは、確かめてみるまでわかりませんよ! 何だかちょっと哲学的な議論のようですね!

どうですか? 真実を暴いてみたいと思いませんか? さあ! 確かめてみませんか?

デメリットしか感じないからいらないです。

おかしいな。僕にはメリットしかないんですけどね。

話が思ったよりも下らない方向へと向かい始めたのを止めるように、応接室の扉が開いた。

現れたのは立ち振る舞いに気品が漂う淑女であった。

お待たせしました。娘のリーリャを連れて参りました。

彼女に続いて現れたのが今回の取材対象であった。

リーリャと申します。皆さんの訪問を歓迎致します。

リーリャたちを迎え、ギャスパーたちは簡単な自己紹介を済ませた。

取材のお願いをする際にも説明しましたが、いま我々はこの街の都市伝説を調査しています。

是非、訊かせて頂けませんか? あなたが接触した「黒猫の魔術師」の話を。



黒い服の男が君に突きつけているのは銃だった。

脇の派手な服装の女はだらりと下げた右手に筒を束ねたものを握っていた。鞭のような武器だろうか?

白い服の男は武装はしていない。時折、帽子の鍔に触れるような仕草を見せていた。

足元でウィズが嗚いた。

貴方の猫? 黒猫を連れているから〈黒猫の魔術師〉ってこと?

君は答えなかった。この状況でウィズがあえて普通の猫を装っているのは、何か考えがあるからだ。

ウィズは路地の脇道に入りその暗闇の中に消えた。

君は悟られぬよう、つま先に力を入れる。

脇からカシャンと陶製の何かが落ちて割れた音が鳴った。

何だ?

3人の注意が横に逸れた瞬間。君はつま先に込めていた力を爆発させる。

前に出ると、黒装束の男の武器を弾き、射線をずらした。懐から力ードを取り出し、短い詠唱を済ませる。

衝撃をぶつける魔法だ。

どわああああー!

相手は吹き飛ぶ。

ケネス! 貴様!

他のふたりも状況に対応しようと動き出す。

君は重ねていた力ードをずらし、もう一枚のカードに向けて詠唱をする。

そして、君は目をつぶった。

激しい光が爆発する。すっかり夜になれた目はその爆発に耐えきれないだろう。

しまった……。

白装束の男は目元を抑えて、後ろによろめいた。君が女の方を確認しようとすると、風を切るような音が迫って来た。

――慌てて体をかがめ、何かを避ける。すぐに棒が君の肩の上を突き抜けていった。

下か!

避けたと思った棒が君の肩に叩きつけられる。

痛みをこらえ、君は立ち上がろうと後ろに転がった。

そこ!

追うように女は棒を横薙ぎに払う。一瞬立ち上がるのが早ければ、危なかった。棒が路地の壁を砕いていた。

ただ君はそれを見て、もしやと思った。

は! は! はあぁ!

なおも間髪入れずに女が棒で君の足元を3度突くのを避けて、後ろに飛び退く。

そして、そのまま足音を殺してゆっくりと後ずさり、しっかりと距離を取ると、踵を返し走り去った。


イチチ……おーい、どうなったー?

逃げられたわ。

奴を追ってくれ。私はいま目が見えていないんだ。すぐに後を追う。頼む。

無理よ。

なに? なぜだ?

だってあたしも目が見えないんだもん。……視力が戻ったら追いかけましょう。

と言って、女は手首の動きひとつで棒を折りたたみ、手の中に収めた。



電話がかかって来た? それは本当ですか?

はい。女性の声でした。

それは都市伝説の通りね。あたしが知ってる話でも電話の向こうは女の声だったわ。

でも、都市伝説じゃあ、こっちからかけると偶然繋がるとかじゃなかったか?

誤って伝えられたという可能性はあるでしょう。よくあることです。

ケネスとギャスパーは自分の知る「赤いドレス」の都市伝説のことを思い起こした。

あの時も巷で伝わるものと、実際は違った。ギャスパーはリーリャに続きを促した。

その女性はこう言いました。お前が死を願う者を殺してやる、と。そして代償として私の大事なものを頂く、とも。

わたくしが何者かと問うと……。「魔術師」だと名乗りました。

それを聞き、これが巷で流行っている「黒猫の魔術師」と関係しているのかもと思いました。

知っているものとは少し違うが、話を構成する要素は合致している。「電話」「女性の声」「願い事」そして「魔術師」。

ということは、この電話の主が真っ黒黒の「黒猫の魔術師」ってわけだ。

一体何が狙いなのかしら。



路地の片隅で君はじっと息を殺していた。

予想通り相手は追って来なかった。しばらく身を潜めていたが、気配はなかった。

足元のウィズが君に言った。

「一体何者にゃ?」

わからないと答えた。だが危険な相手だ、と君は続ける。

男ふたりはともかく、女の方は特に危険だと思った。右肩の痛みがそれを教えてくれる。

彼女は魔法で視力を奪われたにもかかわらず、正確に自分を攻撃してきた。聴覚や感覚で相手の位置を把握していたのだろう。

とても洗練された戦士だ。

ウィズが路地に顔を出して、耳や鼻を小刻みに動かした。

「大丈夫にゃ。とりあえずこの地区から離れるにゃ。」

頷き、君は通りに出た。


「仕事の依頼だと装って、襲撃されるとは思わなかったにゃ。

これからはもっと気を付けた方がいいかもしれないにゃ。」

そうだね、と君は答える。

次の角を右に曲がると街の出口が見える。そう思って、進むと。

「にゃ? 行き止まりにゃ。」

君はおかしいなと思いながら来た道を引き返す。どこで道を間違えたのか。


「また行き止まりにゃ。」

君はおかしいと思った。

今度は退き返さずに行き止まりに歩いていく。すると。

ゴン。

と、つま先に何かが当たった。その先にも道は続いている。なのになぜか、何かがつま先に触れた。

君は恐る恐る両手を前に差し出す。

壁がある。行き止まりだと思ったものは描かれた絵のようなもの。

偽装の魔法か! と君が気づくと同時に、目の前の景色が支えを失ったパズルのように崩れ落ちる。

差し出した両手に女の手が重ねられたのがわかった。君のすぐ目の前にいた。

両脇には白と黒の男たち。

我々泥棒は、家に帰るまでが仕事だ。そういう意味では、君は失敗した。泥棒には向いてないかもな。

女がずいと君の鼻先まで近づき、笑った。

はい。捕まえた。



これが我が家が保管しているもので最も貴重なものです。

家令が持って来たのは複雑な彫金が施された腕輪だった。

〈神農の腕輪〉と呼ばれるものです。

国宝級の秘宝ですね。この目で見ることが出来るなんてうれしいです。

裏腹にその目は笑っていなかった。

これほどの逸品ならどんな輩も狙うでしょうね。失礼ですが、これをどこで?

ヤロスキ夫人はちらりと娘のリーリャに視線をやる。

わずかな仕草だったが、ケネスはそれを見逃さなかった。

亡くなった主人と仲の良かった貿易商の方から頂いたのです。

こんな高価なものを?タダで?

はい。戦争時代に危うく命を落としかけたところを助けてあげたとか……。ずいぶんと恩を感じてらっしゃったので。

ご夫人、工部局には事件のことはお話されましたか?

答えたのはリーリャだった。

いえ。ただのいたずらの可能性もありますから、まだ連絡していません。

それは良くないですよ。些細なことだと思っていたものが、大きな事件に繋がることもあります。

そうですね。連絡しておきます。

良ければ私の方で話をつけておきますよ。

いえ。

どこか慌てて言ったようだった。

それは我々が。



ヤロスキ家を出ると、今久留主がぽつりとつぶやいた。

妙な……二人組ですね。

そう? 普通だと思ったけど? 吸血鬼屋敷なんて言われてたから、どんな子が出てくるかと思ったけど、普通だったわ。

リーリャという子か。家からまったく出ないから、そういう噂が流行ったんだろう。

夜になるとこの近くで歩いているとかってのも、ただの噂かもな。

今久留主があの親子をさして二人組と表現したことをケネスは問いただす。

しかし、二人組ってのは変な表現だな、先生。何か思うところでもあるのか?

ええ。あのふたり、親子じゃない気がします。特にあの夫人、彼女は未亡人でも何でもない。

なぜそう思うの、若先生?

それは……僕が興奮しないからです。

(死ねばいいのに)

何か言いましたか。

いいえ、何も。

これは冗談でもなんでもなく、本当の未亡人なら僕が興奮しないわけはありません。何しろ僕は……。

未亡人が好きだから!

さ、行こうぜ。

無視ですか……慣れって怖いなあ……。

ケネスがギャスパーに肩を寄せる。

前の怪人も同じように秘宝を狙っていた。こりゃ、当たりを引いたかもしれないな。

ああ。調べる価値はあるようだ。

ヴィッキーがふたりの間に割って入る。

そんな仲良しだと若先生に怪しまれるわよ。

お前はどうする? 桃の花のお嬢さん。

あたしは怪人に興味はないわ。あたしの興味は、祖国のお宝だけよ。



リーリャは玄関に落ちた花を拾い上げる。いつ落ちたのだろうか。誰が落としたのだろうか。

枝の先に小さな蕾をつけたそれは――

「桃の花……。」



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story2 夢遊病者の告白



明滅する電飾に彩られた街を見下ろし、女賊は何を思うか。

変わり果てた――変わりつつある祖国の風景の意味を、人々が眠る間に考える。


誰かが眠る間に、誰かが眠る間に、見る。動く。

誰かが眠る間に、誰かが眠る間に、生きる。盗む。

誰かが眠る間に復讐する。


「悪いけど、あたしはしつこいのよ。」

調子を合わせたように電飾が落ちると、もうそこには誰もいなくなった。

屋敷は恐ろしく無防備だった。

「祖国の秘宝をなんだと思ってるのかしら。」

彼女からすれば、という前提はあったが。

苦もなく昼間の訪問時に調べておいた宝の保管場所にたどり着く。

そして簡単に金庫を破り、目当ての物を手に入れた。

「呆気ない。これならあたしが持っていた方がいいわね。代わりに保管しておいてあげる。」

音もなく部屋を出るが、途端、心臓を鷲掴まれた。

「ッ!!」

リーリャ・ヤロスキが廊下の向こうに立っていたのだ。彼女は無言で桃花の元に歩いてくる。

ただの少女だ、と言い聞かせ、心を整える。当て身ひとつで気を失わせることが出来る。

身構えるわけでもなく、自然体のまま、やってくるリーリャを待った。

するとリーリャはそのまま桃花の前を通り過ぎていった。まるでこちらのことを認識していないかのようだった。

「……どこ行くのよ。」

まるで幽鬼のように怪しく進む少女は、広間を通り抜け、玄関に至り、ドアノブに手をかけた瞬間。

崩れ落ちた。

咄嵯に桃花は駆け寄り受け止める。泥棒として最適な行動とは言えなかった。

「あ、あなたは……。」

腕に抱いた少女は青い瞳でこちらを見つめていた。

「あたしってバカ丸出しね……。こんばんわ。泥棒ですけど。」

「また病気の発作があったみたいですね。」

「なんなのあれ? 思わず助けちゃったわ。」

「夜な夜な出歩くそうです。夢遊病、そんな風にも言われます。心的抑圧が原因だそうです。

昼間、外に出られないからかもしれないです。元々太陽の光を浴びると肌が腫れてしまうんです。

だから出かける時は注意が必要で、それで段々外には出なくなりました。

吸血鬼屋敷なんて言われることもあるみたいですね。この屋敷は。」

足音とともに玄関に人が現れる。ヤロスキ夫人であった。

「お嬢様! ……この者は?」

「泥棒さんです。わたくしを助けて下さいました。」

「夫人ではなかったのね。若先生の勘……というか本能は間違いではなかったということか。一体何者?」

ためらう夫人に代わり、リーリャが答えた。

「わたくしたちはL皇国で起こった革命から逃れ。この国にやってきました。いまはリーリャと名乗っていますが、前は違いました。」

「名前を隠すということは身分が高いのかしら?」

「もしお嬢様の素性を知られてしまうと、国を奪った革命軍の者が黙ってはいません。」

「ふーん。ねえ、ひとつだけ聞かせて。あなた、国を奪った奴らに復讐したいとは思わないの?」

「思いません。」

「なぜ?」

「わたくしと同じようにこの国に逃げてきた者の多くは、まるで物乞いのような生活をしています。

まずは彼らを救うのが先だと思います。それに、復讐は無意味です。何も返ってきません。」

「復讐が無意味なのは同感よ。……これは返すわ。」

桃花は盗み出した腕輪をリーリャに渡す。

「売ってお金にするつもりだったんでしょ。そのお金で同胞を救いなさい。」

「いいんですか? あなたも目的があってこれを盗むのではないですか?」

「いいわよ。あたしの目的は無意味なものだから。それに、宝ならあなたたちが売った後に盗めばいいから。

そうそう。あたしを見たことは黙っておいてね。」

腕輪を胸に抱えた少女は、静かに頷いた。

女賊は背を見せずにぬるりと闇の中に消えた。


悪趣味ね。つけてきたの?

余計なことしないか、気になったからな。

誰彼構わず盗むわけじゃないわよ。あたしは泥棒野郎からしか盗まない。

悪くない。美学があるのはいいことだ。

美学じゃない。あたしの場合は「侠」よ。黒猫の魔術師は、あたしが倒すわ。あの子には手を出させない。



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story3 武闘遊戯



リーリャって子の話だと電話は向こうからかかってきたんだろ? でも俺たちが知っているのは逆だ。

ああ、こちらからかけるパターンだ。調査を進めた結果、電話をかける時の条件がわかった。

それは交換手に告げる住所だ。96丁目25番地。

そんな住所、この街にはないわよ。

そうだ。だからそれが合言葉になっていたんだ。たぶん交換手が〈魔術師〉につなげているんだ。

それなら善は急げだ。さっそくかけてみようぜ。

ケネスは受話器を持ち上げ、交換手につながるのを待った。

悪いけど、96丁目25番地につなげてくれ。ちょっと困ったことがあってね。

受話器から顔を離して、ふたりに目配せを送る。

繋がったぜ。

正解。というわけだな。



その路地で唯一の電話が鴫った。

君は他に取る者が現れないのを確かめてから、受話器を持ち上げ、電話の上に置いた。

ウィズが音もな<電話に飛び乗り、受話器に顔を近づけた。

「もしもし、こちら黒猫の魔法使いにゃ。困ったことがあれば何でも言ってほしいにゃ。」

”あー、もしもし。わたくし、ラスル・ロウというものですが~いま大変困っていることがありまして~。”

「何でも言ってほしいにゃ。出来る限りのことはやるにゃ。

ただし仕事を成功させたら、少しでいいから報酬が欲しいにゃ。」

”へえへえ、報酬ならたっぷり用意しておりますので、ぜひ一度、お会いして話をさせて頂けませんか、へえへえ。”

「わかったにゃ。待ち合わせはN路街でお願いしたいにゃ。今夜はどうにゃ?」


ケネスが受話器を静かに下ろす。

女の声で黒猫の魔法使いと名乗った。こいつで間違いないぜ。

どんな奴だった?

……うーん。にゃーにゃー、ふざけた奴だったぜ。



君の両手に女の手が重ねられていた。

はい。捕まえた。

女の手に力が加えられたのがわかる。それは戦いの始まりを告げているようだった。

真剣勝負をしましょう、黒猫の魔術師さん。あたし、けっこう燃えてるのよ。



君は両手に重ねられた女の手を払うため、腕を引いた。

驚いたことに女の手は磁石のようについたまま君の手の動きと同調した。それどころか。

はい。残念でした。

わずかな重心の変化を突かれ、倒れそうになる。何とか片膝と片手を地面についてこらえるが。

無防備な君の胸に女の強烈な蹴りが叩き込まれた。痛みよりも先に息が出来ないことに焦った。

わかった。あなたこの距離じゃ何も出来ないのね。

君の左手をひねり上げながら、女がそう言った。

まずいな、と思う間もなく、手首をさらにひねられ、まるで魔法のように君は立ち上がる。

女は再び君の両手にその手を重ねた。

君が後ろに飛ぼうとすると、女は君の足を踏みつけ、その動きを封じる。

喉、みぞおち、腹へと拳を打ち込み、一連の動きのまま、君の腕を取り、膝の裏を踏みつけた。

君は腕を取られたまま、女の前に跪く。

リーリャ・ヤロスキに関わるのはやめなさい。いまなら許してあげる。

君は、何のことかわからない、と返す。

こういう場面で、わからない本当にわからないか、っていうヤツは、本当は知っているかのどっちかだ。

そういう場合はどうすればいいの?こういうの詳しいでしょ。

締め上げりゃいい。知ってたら吐くし、知らなかったら……まあ、どっちにしろ何かは吐くよ。きれいなもんじゃないけどな。

君は再び立ち上がる。というよりも立ち上がらされた。女の掌が君の手の甲に添えられる。

あたし、卑怯な戦いは好きじゃないの。いちおう、五分と五分の状態でしょ?

まあ、そうだね、と君は返した。得手不得手の差がはっきりし過ぎだけど、と思ったが、それは言わないでおいた。

ふと夜の中にふたつの小さな光が浮かんでいるのを見つける。その光は、家の屋根を伝い、こちらに近づいて来る。

よそ見しているみたいだけど、あたしからいってもいい?

「にゃあああー!」

光がこちらに飛んできた。

ちょ! なに? おっとっとと。

女はウィズを両手で受け止め、爪を振り回すウィズを体から離した。

あ。猫だ。……ってしまった!

すでに君は女たちから離れていた。この距離なら戦える。

ようやく五分と五分の状態だ、と君は力ードを取り出した。



君は雷撃の魔法を放つ。

3人組に向けて雷の枝が凶悪な棘をむき出しにして伸びる。

女はひらりとかわし、男たちは何とか逃れたという雰囲気だ。

あのふたりは後回しにしてもいいだろう、と君は考える。

うあっちちち! 本物の魔術師かよ。それともなんかタネがあるのか?

一度くらってみればわかるかもな。

冗談か? 冗談だとしたら下らないし、冗談じゃなかったら、それこそ冗談じゃねえよ。

ふたりとも邪魔だから、この子と一緒に後ろに下がってて。

女はウィズを黒装束の男に投げ渡した。

待て。私たちも手伝う。

いやあ、俺は猫の世話でいいぜ。

君はじっと女を見すえる。先に大物を相手する方がいい。残りのふたりはなんとかなる。

カードを構え、同時に詠唱を済ませる。相手の動きは素早い。詠唱の短い魔法で隙を作らないようにする。

イグニスの炎がうなるように、女に迫る。女は逃れるが、その炎は生き物のように女を追う。

しつこいわね!

女は腰布を取ると、雨水を溜めた桶に突っ込んだ。

女がその布を振るう。蛇のように伸びた炎を布が迎え撃つ。器用に操り、布は回転を始めた。

まるで二匹の蛇が絡み合い、巻きつき合うようだった。やがてイグニスの炎は消えた。

消火完了。次はあたしの番ね。

どういう理屈だ、と君は愚痴をこぼした。今度は布が君を襲う。

速く、しなやかな鞭のように君に迫る。その連撃をかわすので精いっぱいで詠唱どころではない。

それでも相手に距離を詰められないよう、距離を取り続けた。

不意に女が首を振った。何の意味があるのか理解できなかったが、夜の聞の中から音が聞こえた。

よく見ると、女の頭から帽子が無くなっている。

飛び道具――!

間一髪、首元に迫った刃付きの帽子を叩き落とす。

が、叩き落した手に誰かの手が添えられる。そしてもう一方の手も。

これはまずいな、と君は思った。

続きをしましょうか。

女が不敵に笑った瞬間、片腕を引かれ、バランスを崩される。

そこへ掌底が合わせられ、立て続けに肘、拳を乱れ撃たれる。

君が逃れようとすると、足払いとローブを掴まれ、引き戻される。そこを女の蹴りが丁寧にお出迎えしてくれる。

どすんと脇腹に重たい一撃をくらった。

君はこれを待っていた。蹴り足を腕と脇で抱えるように掴んだ。

そして踵を体の内側に巻き付けるようにひねり上げる。

いっ!!

人体の構造上、体を固定したまま、腫を内側に回すと、膝の可動域を超える。

その際、膝関節を固定している膝十字靭帯は容易く切れる。

あとは相手の逆足に足払いをかけ、寝技に引き込む。そのつもりだったが、女の足が地面についてはいなかった。

はあ!!

女は君が踵をひねる方向に逆らうことなく、回転した。後ろ回し蹴り。この体勢で?

君は女の足を手放し、後ろに逃れる。蹴り足は空を切って君の目の前を通り過ぎた。

惜しい……。でもあなた変わった技を知ってるのね。擒拿術(きんなじゅつ)の一種かしら。

再び女は君を見返す。彼女はポンポンと両足の靴を脱ぎ捨てた。

さっきは不覚を取ったけど、あたしの本気の蹴りを見切ることが出来るかしら?

女が片足を上げて、足を鞭のように振り回す。上段から下段、中段かと思えば上段。変幻自在の動きだ。

君は頭さえ守れば2、3発もらっても構わないと覚悟を決める。

その代わり――

女の蹴りが君の頭部に迫る。君は頭をガードする。

違う。これは囮。君の読み通り、蹴り足は突如軌道を変え、脇腹に突き刺さる。

だが、構わない。脇腹に刺さる痛みを我慢し、君は女の足を捕まえる。

重心を前にかけ、女を引き倒す。

はずだった。

やると思った。

女の足がずぽっと君の懐に押し込まれる。足の裏が君の膝の上に乗る。そして力強く踏み込んでくる。

膝を踏み台に?

前のめりになった君の顎の下に女の膝があった。

それが最後の記憶だった。


ま、魔術師のわりにはよくやったんじゃない?

「キミ!」

残念、「キミ」はやられちまったぜ。

そのようだな……いま誰が喋った?

ケネスは抱えた猫を見やる。

猫だな……。




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story



眩しい。瞼を越えて瞳孔に光を感じる。どうやら気を失っていたようだ。

声が聞こえる。ウィズの声だ。

私たちはそのなんとかの腕輪のことは知らないにゃ。

重たい瞼を上げると、見知らぬ場所と見知らぬ人々。

そしてウィズがいた。何かを話し込んでいるようだ。

声から自分を襲った3人組だと類推できた。

つまりお前たちは気がついたらこの世界にいて、生活のために『黒猫の魔術師』を名乗り、仕事を受けていた、ということか?

魔術師なんて名乗ってないにゃ。魔法使いにゃ。私たちの世界では魔法使いは、人々の奉仕者にゃ。

突然ここに飛ばされて困っていた時に、ミセス・マギーペニーにいい方法があると提案されて、仕事をするようになったにゃ。

ミセス・マギーペニーとは街の散策中に出会った。

運悪くミセスは無頼漢たちに財布か命かという選択を迫られているところだったが、自分たちにとってそれは不幸中の幸いだった。

電話交換手だったミセスは、彼女らしい方法で仕事を斡旋してくれた。

彼女や一部の同僚に合言葉である「96丁目25番地」を伝えることで依頼主が自分たちに連絡を取れるようにしてくれたのだ。

君は起き上がり、ウィズにどこまで話したのかを尋ねた。

私たちがこの世界に来て、キミがひどい目にあったところまでにゃ。

じゃあ、ほとんどだね、と君は返した。周りにいるのはひどい仕打ちを受けた相手だが、騒ぎ立てる気はなかった。

傷の手当てがされているし、なによりウィズの前にウィズが好みそうな食事が並んでいた。

魚料理、肉料理、脂肪たっぷりのミルク。まだ日も高くない朝早くに、あんなものをわざわざ? と思わざるを得ない。

あの様子だとウィズはもう簸絡されているだろう。師匠が龍絡されているのだから弟子が意地を張ることもない。

許してとは言わないわよ。でも、お腹は空いているでしょ?

声から察するに、自分を痛めつけた女だろう。彼女は目の前に粥を置いた。

彼女の言う通りお腹も空いていたので、一匙口に運んだ。

屋台で食べるものより美味しかった。彼女が作ったのだろうか。

だとしたら、パンチ一発分くらいは帳消しにしてあげてもいいと思った。

でも先に手を出したのはお前だぜ。一番最初にぶっとばされたのが俺だからな。

武器を突きつけたのはそっちだったと思うけど? と冗談交じりに返した。

それを言い出したらキリがねえよ。卵が先かニワトリが先かみたいなもんだろ?

じゃあ、このお粥と一緒だね。卵もニワトリも人ってる、と君は呟いた。

どうして自分の疑いが晴れたか気になるか?

もちろん、と君は返した。

状況が変わった。我々、主にお前とヴィッキーだが……。戦っている最中に〈魔術師〉が動いたんだ。

何者かにヤロスキ夫人が狙撃された。命には別条はなかったが、恐らく〈魔術師〉の仕業だ。

さて、お前のこれからについては選択肢がいくつかある。金をもらってこの場を去る。我々ともうー戦交える。あとは。

我々と一緒に〈魔術師〉を退治する。

君は粥をもう一匙口に運んでから、答えた。

最後のがいい。野放しにしておくと自分たちの商売に関わる。

そうにゃ。せっかく軌道に乗り始めていたにゃ。ここで評判を落とすわけにはいかないにゃ。

そういうことなら歓迎するぜ。〈黒猫の魔術師〉さん。


〈魔術師〉じゃない。と君は返す。

〈魔法使い〉だよ。




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