空戦のドルキマス Story4
君はふとルヴァルに呼び止められ、足を止めた。
天の使い〈ファーブラ〉の指揮官――ルヴァル・アウルム。
ディートリヒ同様、欠点のない見目形をしているが、彼は優しげな空気を醸している。
君は、自分の名前、ウィズの名前を名乗った。
愛猫ではない、と君は否定する。ウィズは、自分の師匠だ、と以前のように口にした。
??? |
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プルミエ、と呼ばれた女性がいつの間にか、ルヴァルの背後に控えていた。
ここの人たちは、音もなく現れるのが好きらしい、などと君は思う。
天の使い、というのも頷ける。
羽が生えているとか、そう教えられたからとか、そんなレベルの話ではない。
オーラのような、あるいは超常的な空気感のようなものを、彼らは持っている。
ディートリヒ・ベルクが姿を見せると、戦艦の空気が一変する。
今にも切れてしまいそうな張り詰め方に、君は息苦しさを覚えた。
煽るようにディートリヒが言うと、プルミエが自らの剣に手を伸ばした。
そんなまるで人を悪魔のように言わないでも、と君は思った。
まるで心を読んだかのように、ルヴァルがそう言った。
内容は言うまでもないだろうが、〈イグノビリウム〉が占領する拠点を落としてもらいたい。
〈イグノビリウム〉が現れて以降、それを危険視したルヴァルが止めるために来たのだいう。
神や天使も暇な生活を送っているわけではない。
なにも彼ら人間を救うためだけに働いているわけでもない。
だからこの件に割ける人数も限られていた。
ディートリヒが地図を広げて、拠点のある場所を指し示した。
拠点を落としてしまえば、人を解放し、ドルキマスに取り込むことができる。
小国……ドルキマスだけでは限界であった戦艦の増強ができる……ということだろうか。
唖然とする君に向けて、ルヴァルは言う。
励みたまえよ。私を落胆させてくれるな、アウルム卿。
ディートリヒが背を向けたのを見て、君は胸を撫で下ろす。
どこかで待機していたらしいプルミエが再び現れ、開口一番、そんなことを言った。
〈イグノビリウム〉には攻撃がきかない、というような話を聞いた覚えがある。
敵戦艦に対して、こちらの戦艦の攻撃が通らないのでは、まるで意味がないとさえ思えた。
それは人が百万いようが千万いようが変わらない、歴然とした”差”だ。
そして幸か不幸か、彼らは生身の肉体であれば、人間同様、傷がつく。
……それはつまり。
プルミエの言葉に、ルヴァルが頷く。
あまりにも危険な賭けに思えた。
なにせ、遇去にもそれを知って突撃したであろう軍、いや国があったはずだからだ。
彼らの言が事実であるならば、それらは既に〈イグノビリウム〉に支配されている。
卿、恐れることなく戦うというのなら、我々と共に来てほしい。
だけど君も、ここにきて退くことはできなかった。
既に戦う意志は告げている。それならば、とにかくやらなければならない。
声をかけられ、君は足を止める。
振り返った先には、ルヴァル・アウルムがいた。
ルヴァルの言葉には、混じりけのない純粋さがあるように思えた。
君は、まだ何もしていないから……と伝える。
ルヴァルは君を見据えたまま視線を逸らさない。
君は曖昧な表情で、自分の国で、と告げる。
――否。そのようなことはあるまい。私は永くこの世界を見ていた。
鋭い……のではない。彼は知っているからこそ、そう言えるのだ。
彼らは、天の使いだと言っていた。
ならば人の世を知っていてもおかしくはないし、魔法が使える人間を厨しむのは当然のことだ。
答えに窮していると、偶然救いの手が差し伸べられた。
さあ、我々も行くとしよう。〈イグノビリウム〉という絶対悪を滅ぼさなければならない。
確かに、これから戦争に行く、敵と戦う、そういう雰囲気には見えない。
どこか、ふらりと散歩でもするかのような落ち着きようで、君は逆に不安になってくる。
プルミエに声をかけられ、ハッと我に返る。
どうする?卿、私とともに来るか?
君は少し悩んだあとで、行く、と答えた。
ここで退くこともできたかもしれないが、何故だかルヴァルのことが気になってしまった。
それはディートリヒ・ベルクから感じたものに近い、ある種のカリスマ性のようなものだった。
それは我々が預かり知らぬ神秘だ。――私が言うのもおかしな話ではあるがな”
確かにこの大陸を見て思ったが、明らかに不思議な島がある。
それは君にはわからない世界なのかもしれない。
ルヴァルの言葉に、憎悪のような感情が宿っているのを、君は感じ取った。
”あの方”というのが誰かはわからないが、ルヴァルが返答しないところを見るに、
あまりいい相手ではないのだろう。
プルミエが会話を区切るよう、君にそう声をかけた。
初めての戦争を終えた君は、ファーブラの者たちと無事に帰還を果たした。
だがその疲労感は半端ではなく、このまま眠ってしまいそうになっていた。
その眠気を、ルヴァルが吹き飛ばした。
核心を突く問いかけに、君は一瞬、躊躇してしまう。
答えられないか?
君は首を横に振った。答えられないわけではない。
しかし、簡単に信じてもらえるとも思えない。
詰められたままじゃ、どのみちこの先の戦いにも支障が出る。
自分のことを、彼にだけは話しておくべきなのかもしれない。
君はそう考え、自分が来た世界のことを話した。
君は頷く。
彼は、驚くほど早く、そして何の疑いもなく、君の言葉を信じたようだった。
それがいったいどうして、どういう風に出来上がった世界かは知らないが……
卿のことは、他者には話さないでおくことにしよう。
君はウィズに、わからない、と囁いた。
突然、話題を変えたのはルヴァルだった。
音もなく、君の背後にプルミエが現れる。
ルヴァルの声がなかったら、驚きのあまり倒れていたかもしれない。
それは、数百年前、この世界の人間が使用していたものと同じなのだ。
大空戦によって国力を示し、終わらない戦争を繰り広げてきた大陸。
それは、数百年前のある争いを発端としていた。
かつて魔法が隆盛を極めた際、連合国同士のかつてない争いが行われたという。
結果として国は滅び去り、歪な地形だけが残ることになったのだが――
その国を滅亡させるきっかけとなったのが、魔法により作られた”魔道艇”だったという。
これは人にとって過ぎた力であり、圧倒的な脅威となる武力だ。
ルヴァルはそう言っていた。
そして最後に、ひとつ付け加えた。
“だから私たちが滅ぼしたのだ”
***
先日の話のせいで、考えがまとまらずぼ一っとしてしまっていた。
戦争……そう、戦争が続いているのに。
戦艦を見てもわかるだろう?“中に乗っているのはそうでもないが”。
確かに、アレを倒したとき、まるで灰のように消えていったのを、君は見ていた。
だが戦いたくない、というのなら無理強いはしない。私たちはあの男とは違うからな。
ディートリヒ・ベルクのことを思い出し、寒気がしてしまう。
そう言って、君を残しふたりが姿を消した。
そんなウィズの言葉が、いつまでも君の頭の奥に残っていた。
***
我がファーブラには、兵が少ないこともある。少なからず力にはなるはずだ。
そういえば確かにここの軍は、ドルキマスより兵が少ない。
天の使いに限定するなら……恐らく、百にも満たないだろう。
ただ、ディートリヒも言っていたが、彼らに心酔する人間は多いようで、
そこから戦えるものを厳選し、軍として機能させているというのが現状のようだ。
人間のため、この深い闇を切り裂き正しき道を開く!
プルミエの言葉に呼応するように、兵たちが次々と声を上げる。
心酔する人々は、さらに熱を帯びる。
やはり……ただならぬ空気感が、ルヴァルにはあるみたいだ。
プルミエの言葉に頷き返し、君は魔道艇へと向かう。
***
卿、その話は聞いているか?
聞いてない、と君は答える。
だがそうだな。卿にも伝えた魔法のことは、他軍へも言っておく必要がありそうだ。
この世界における魔法は、天の使いであるファーブラと同じものだった。
しかし、魔法という過ぎた力に溺れた人々は、人間との争いに変化をもたらした。
魔道艇――今まさに君が乗っているものを、魔法を使う人間たちが作り上げた。
お前のそれは、この世界の魔法とは別ものだがだからこそ彼らは耐性を持たない。
――というのも理由のひとつにある、ということだ。
魔道艇の練習をしていたときに知ったことだが、魔道艇から放たれるものは、
君の魔力を媒介にしている。
”魔力”であればなんでもいいとなると、それは当然〈イグノビリウム〉の脅威となる。
魔法により操作されている敵艦だけが、そういった兵器を通さないという仕組みだ。
外だけを塗り固めた見せかけと言ってしまえば、卿にもわかりやすいだろう。
だがその見せかけこそが、人間にとって最も越えがたい壁となって立ちはだかっている。
人間に打破する術がないわけではないが、強引手段を使わざるを得ない。
船をぶつけ動きを止めた後で、敵艦に乗り込み白兵戦なんて、冗談にしては度が過ぎている。
それは、もしかするとルヴァルなりの冗談なのかもしれなかったが、
やはり笑い飛ばすことはできなかった。
先の戦いを終え、拠点へと戻った矢先のこと。
何の気まぐれか、ディートリヒが姿を見せ、そんなことを言った。
短く制したディートリヒが、君の前に立つ。
君は首を縦に振った。
魔法で戦えるのなら、今いる仲間たちを守らなければならない、と君は前線に立って戦っていた。
結果として、それが功を奏し、こちらの被害は最小限に抑えられている。
〈イグノビリウム〉の行動は、近くにあるものを踏み潰すような、いわゆる“ゴリ押し”という戦法も何もないものだった。
しかしだからこそ、その物量を前に押し切られてしまった国が多いと聞く。
〈イグノビリウム〉とは過去にも数度、渡り合っている上、何より相性がいい。
ディートリヒは沈黙で返答する。答えるまでもない、らしい。
ルヴァルもその空気を察したのか、本題を切り出した。
そこから海に出られたら、ドルキマスにとって致命傷となりかねない。
ディートリヒとルヴァル日く、敵を海へと逃がさないためにも、
大樹のある場所を奪っておきたいのだと言う。
〈イグノビリウム〉が、山を越え動き出した瞬間に、
ドルキマスの基地がある地を乗っ取られてしまう。
いや……既に一度やられているからこそ、ここを奪い取るのは急務とも言えた。
プルミエはディートリヒを眸睨したまま、口を閉ざした。
資源、物資、あるいは戦遣そのものを、量産することができる態勢が整えば、
多少、船が傷ついたところで大きな問題にならない、ということらしい。
まるで感情の宿らない冷たい声音で、ディートリヒがそう告げた。
クラリア・シャルルリエ率いる、シャルルリエ軍団は、
”人間相手のときよりも、はるかに勢いがある”と国内で評判になっているという。
統制という意識がない〈イグノビリウム〉にとっては、相性の悪い相手と言える。
シャルルリエ軍団の損害も激しいらしいが、次々と重要な地を落としていることから、
国内の他軍も相当な焦りを見せているという。
君も気になっていだ”怪物”という言葉。
実際、それが何なのかはわからないが、ルヴァルの声が緊張感で張り詰めたのは確かだ。
ルヴァルは、何かを吹っ切るようにして叫んだ。
だから君は、”怪物”が何かを聞くことができなかった。
激しい戦闘を終え、帰還した君はルヴァルを呼び止めた。
“だから私たちが滅ぼしたのだ”
あのときの、あの言葉の意味を聞くために。
君は、早速とばかりに質問を投げかける。
そうだ。私が人の世を亡きものにした。
決してアウルム卿が自らの手で滅ぼしたわけではない。
それは本当なの?と君は問う。
救えなかったのは事実だ。大地だけが残り、人々は息絶えた。
君は次の疑問である、何故〈イグノビリウム〉に魔法がきくのかを問いかける。
思念体と呼べばいいのか、死者が彷徨っているものに近い。
そして何より、仮に卿が言葉を理解できたとしても、アレらの話に耳を傾けるな。
〈イグノビリウム〉……名を持たぬ者。
名を持たないのではなく、名を失って久しい、過去の者ということ。
君は、ローヴィの言葉を思い出した。
“失われた技術”、“過去の遺物”、“廃棄された百年”
魔道艇のことを推していると、ローヴィは考えていたのかもしれないが、
それは……〈イグノビリウム〉を意味する言葉だったのではないだろうか?
君も同じ疑問を抱いていた。そしてそれをそのままルヴァルたちに尋ねた。
霧散するようなものだ。思念は失せる。
現世にまで縛られ続ける哀れな亡霊。その縛鎖を断ち切らなければならない。
君は、もちろん、とルヴァルの言葉を受け入れた。
君の目から見ても、兵の疲弊は明らかだった。
長い戦いの中、どうしても疲労が蓄積されてしまう。
ルヴァルが鼓舞しようとも、限界は近づいてきていた。
君は、そんなことはさせない、と口にする。
ここまできたのだから、重要な場所を押さえて、みんなで戻るんだ、と気合を入れる。
ふと視界に入ったプルミエの顔が、青白くなっていた。
どうしたの?と訊いてみる。
いや、忘れてほしい。きっと私の気のせいだ。
そこで会話が途切れてしまった。
懐かしい気配?というのは、いったい何なんだろうか。
神々の聖戦
***
〈イグノビリウム〉を退け、辿り着いた先には、美しく白い羽の生えた女性がひとり。
ここが敵を食い止める拠点になると気づくと踏んでいたのよ!
ふふふ、ルヴァル!あなたの考えることなんか底が知れているの。
君は話についていけず、ルヴァルを見上げた。
同僚!?君は驚き、声を上げた。
同僚……つまり彼女も天の使いである、ということだ。
しかし、だとしたら何故?何故、トァラは皆に剣を向けて立っているんだろう?
あたしも行くって言ってたのに、置いていくなんて信じられない!
挙句の果てに……プルミエなんかと一緒に……!
君は、拍子抜けしてしまった……。
〈イグノビリウム〉がここにいるというようなことを聞いていたため、
今、こうして眼前に立つ女性が全く違う存在だったことで、気が抜けてしまった。
それは要するに、“あの敵艦の大群”を押しのけて、居座っているということになるにゃ。
君はハッとして、トァラを見た。
普段の落ち着いた振る舞いとは違い、ルヴァルはほとほと呆れ返っているようだった。
君はとばっちりを受け、いつの間にか彼女に狙いを定められた。
そしてトァラが君に向かって剣を振り下ろす――!
***
BOSS:トァラ
***
トァラの剣を受け止めたプルミエが、悲壮な表情で叫んだ。
手強い相手であったことに変わりはない。
それどころか、軍を相手に一歩も退かず戦い抜いた姿に、ある種尊敬すら覚えるほどだった。
だがしかし、そこまでだった。ルヴァルは剣を収め、既に戦う姿勢を取っていない。
……卿。 船に運ぶのだ。
ルヴァル、プルミエのふたりが、頭を抱えている。
トァラの行いはまるで子どものソレだが、拠点にたったひとりで居座るのはすごすぎる。
大丈夫、と君は告げる。このくらいなら、むしろ少し和んだぐらいだ。
拠点を押さえたことで、心にゆとりができ、君もほかの兵同様、関の声を上げた。
戦いはまだ終わらない。
君は、疲労がようやく抜けたところだった。
長い戦いが終わった、と思ったところだったが、どうやらまだ少し続くらしい。
いや、こんなところで休んでいる暇はない。
まだ大陸――ドルキマス周辺の〈イグノビリウム〉兵を倒しただけじゃないか。
この程度で落ち着いていたら、今も苦しむ人々に顔向けできない。
少しでもはやく、彼らを助けなければ……。
分岐
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