【黒ウィズ】神竜降臨Ⅱ Story
2014/06/23 |
目次
プロローグ
整然と石が積み上げられた古い壁を、君の手にしたランタンが灯を照らし出す。
石畳を踏みしめながら、君は油断なく、遺跡の奥を目指して慎重に歩いていく。
「竜神信仰の遺跡……っていうわりには、あまり変わった感じはしないにゃ~。」
君の足元を歩きながら、ウィズはどことなく退屈そうに言った。
「とはいえ、ギルドの依頼にゃ。どんな魔物が棲みついてるかわからないし、警戒するにゃ。」
師匠らしく戒しめるウィズだが、ふにゃあ、とあくびをしながら言うのでは、さまにならない。
「ケガをしたら、傷薬を塗るにゃ。この間バロンにもらったアレは、とびきり効くからにゃ~。」
いたずらげな笑顔を見せるウィズ。二重の意味で、ケガをしない方がよさそうだ……
いつ魔物に襲われてもいいよう身構えながら進んでいくと、やがて遺跡の最奥に辿り着いた。
「祭壇の間……ってところかにゃ?」
おそらくそうだろう。人型の像を中心として空けた空間が広がっている。
「あの像……竜神っていうか、竜の翼と尻尾が生えた、女の子……にゃ?
像の台座に、何か書いてあるみたいにゃ。」
うなずいて、君は像へと近づいていく。
台座に刻まれている古代の文字は、朽ちかけているものの、なんとか読めないほどではない。
「我 霊妙なる異ノ世の天地を 夢に見たり
たそがるる世の果て 貴き竜神 顕現す……」
書かれている言葉に、君とウィズは、ハッと顔を見合わせる。
「これ……異界のことにゃ!?」
ウィズが叫んだ瞬間、像が突然、まばゆい光を放った。
そちらを向いた君は、像の放つ光の奥に、ひとりの少女の幻影を見た。
小さな女の子をかばって傷つきながらも、襲い来る竜に敢然と立ち向かう少女の姿を……。
凶悪な竜の爪が少女に迫る。
助けられるはずもない……それでも君は、彼女を救うべく反射的に手を伸ばしていた。
手が像の光に触れたとたん、目の前で無数の光芒が鮮烈に弾け……。
「……きゃあっ!?」
次の瞬間、君は少女もろとも大地の上を転がっていた。
「あなたたちは……!?」
君に突き飛ばされた少女が、驚いた様子でこちらを見つめてくる。
答えてる余裕はない。
今、目の前には……少女を襲っていたドラゴンの群れがいるのだから。
story
君は魔法を放ち、周囲の竜を吹き飛ばした。
威力は低いが、強烈な衝撃を与える術だ。転ばされた竜たちは苦しげにうめいている。
君にだけ聞こえる声でウィズがささやく。君はうなずき、少女に手を伸ばす。
小さな女の子を胸に抱いた少女は、差しのべられた手に、ためらいの色を見せた。
言いかけて、少女は「くうっ」とうめきを上げ、膝を突く。全身の傷は浅くないようだ。
心配そうに見上げてくる女の子に、竜人の少女は優しくうなずく。
そう言って立ち上がった彼女は、ひどく悔しげな表情で、君の手を取った。
「逃げる」とか「撤退」といった言葉を避けるあたり、よほど屈辱なのだろう。
ともあれ話は決まった。君は傷ついた彼女をかばうように引き寄せながら走り始める。
竜たちは、ようやく起き上がりかけている。行く先からも、新たな竜が迫ってきていた。
師のささやきにうなずいて、君は前方の敵に意識を集中する。
傍らでは、竜人の女の子が、どこか不思議そうに君を見上げていた。
***
迫り来る竜たちを蹴散らして、君たちはようやく、ー息ついていた。
どうやら、どこかの異界の街道らしい。君たちは、道の脇に並んで座り込む。
少女は、深々とおじぎをした。
ミネバと名乗った少女は、美しい顔を悔しげにうつむかせる。
残念ながら……今の私の力は、非常に弱まっていて……。
何かあったのかと訊ねると、ミネバは、ふるふると首を横に振った。
気がついたら、近くでこの子が襲われていて。戦おうにも、いつもの力が出せなくて……。
ミネバは、ひどく落ち込んでいる様子だ。力を失ったことが本当にショックなのだろう。
ひとまず彼女の手当てをせねばならない。君は、包帯や傷薬を取り出そうとして……。
ウィズのささやきに、慌てて背後を振り返った。
囲まれていた先ほどと違い、今なら正面から迎え撃つことができる。
君は精神を集中し、戦いに備えた……。
***
勝負が決したかに見えた時、1頭の竜が、君の脇をすり抜けてミネバに牙をむいた。
だが、ミネバはそれを予期していたらしい。毅然として、狙い澄ましたー撃を放つ。
放たれた迅雷の魔術が、迫る竜の脳天を鮮やかにとらえ、ー撃で撃沈せしめた。
ふう、と吐息するミネバの腕のなかで、女の子が手を叩いて笑う。
どこから?わかんない。いずこともしれず いずこにもあらん?
うれしそうなアニマの頭をなでて、ミネバが君の方を振り向く。
君は、困り顔のミネバにうなずく。傷ついた少女と迷子の女の子を放っておけるはずもない。
恐縮しつつ、はにかむように微笑むミネバ。
君も微笑みを返しながら、傷薬を取り出す。
しばらくの後、傷薬を塗られたミネバの悲痛な叫びが響き渡った。
story
ミネバは、驚いた様子で君を見る。
街を目指し、歩いている途中。君が事の経緯を説明したところだ。
うなずくと、ミネバは少し考え込んで……。
それから、にっこりとうなずいた。
ミネバの腕のなかに収まったアニマが、ひよこひよこと手を挙げて主張する。
強者は弱者を屈服させ従属させる。それが世界の習わし。ゆえに誰もが強くあろうとします。
たとえば私のような竜人は、強さを求め、竜と契約した者の末裔なのです。
もっとも……今の私には、大した力は残っていませんけど……。
しゅんとなるミネバ。
君の肩に乗ったウィズが耳打ちする。
ミネバがため息を吐いていると……。
Zおぉーいっ!そこの人たちぃー!
前方から、ひとりの竜人の女性が、大きく手を振りながら走ってきた。
これからあたしは、あっちに取って返してヤツと戦う。あんたたちは引き返しな!
女性の言葉に、君は首を横に振った。そういう事情なら、引き返すわけにはいかない。
アニマ、あなたは――
翼をはばたかせて進んでいくアニマを、君とミネバは慌てて追いかける。
まあいいや!協力してくれるなら助かるよ!あたしはイェルノー。流れの学者さ!
***
暴れている竜のもとに辿り着くと、その足元で涙目の少女が飛び跳ねていた。
あれは竜じゃなくて、あなたのなかにあった竜の力なのですか!?
いきなり胸が苦しくなって……そしたら竜力が外に飛び出て……!
とにかく、あれを止めないことにゃどうしようもない!l
君たちが暴走竜に向き直ると、相手は、血走った目で威嚇の咆呼を上げた。
すると、竜の周囲に謎めいた魔力が収束し、ー回り小さなドラゴンの群れに変化する!
***
暴走竜の爪が、ミネバを狙ってー閃する。
瞬時、身を屈めるミネバ。頭上を爪が薙ぐ。
寸毫の見切り。竜の懐に飛び込んだミネバの全身から、膨大な魔力が湧き起こる。
ゼロ距離から放たれる迅雷の魔術が、君の攻撃で弱まっていた水竜にとどめを刺す。
水竜が倒れ、青い光の風となって消えていく。それを見つめながら、ミネバは呼吸を整えた。
君が近づいていくと、彼女はやや好戦的な微笑みを浮かべた。
不思議なのは、あっちの子がなんだか強くなってることだけど……。
君とミネバが慌てて振り返ると……。
青い風に吹かれ、アニマがきやつきゃと喜んでいる。
彼女からは、強い魔力を感じる……これまでにはなかった力だ。
でも、まさかいきなり飛び出すだなんて……。
実は、竜人の力が実体化して暴走するって現象が、各地で起こってるんだ。
そう言って、イェルノーは君とミネバを振り返る。
それに……強い敵と戦えば、もっと力を取り戻せるかもしれませんし。
隣で君もうなずく。イェルノーは、ニッと笑った。
story
道を歩きながら、イェルノーが君に説明してくれる。
竜人の強さは、竜力の強さで決まる。そして、最強の竜人と名高いお人こそ――
イェルノーに視線を向けられ、恥じ入るように顔を伏せた。
ただ、戦ってないのに強くなったあの子が、不思議でしょうがないけどねぇ……。
イェルノーの視線の先で、アニマは、ぱたぱたとお気楽に空を飛んでいる。
竜力は自分の内側で練り上げるもんだから、普通、吸収なんてできないはずだけど……。
ふと強い風が吹き、体重の軽いアニマがさらわれていく。
慌てて、アニマを連れ戻しに飛ぶミネバ。
その様子に、イェルノーは君へと苦笑をよこし……。
君の向こう側を見て、彼女は急に表情を険しくした。
振り向いた君の視線の先では、竜の群れがうろうろしている……。
うなずき合う君とイェルノー。そこヘアニマを連れたミネバが戻ってくる。
イェルノーは、にやりと笑った。
***
Zこっちだ!こっちを狙え!
電撃をまき散らす竜の前で、女性がぶんぶんと槍を大きく振り回している。
別方向では、隊商らしきー団が縮こまって震えている。女性はオトリになっているのだ。
隊商たちは、あたふたと地を這うようにして必死にその場を離れようとしている……。
だが、慌てるあまり若い商人が転倒し金物の類を盛大に地面にぶちまけてしまう。
その音に反応したのか、竜が転んだ商人をギロリと見やる……。
竜は蛇のような身体をくねらせて、無造作に女性を弾き飛ばした。
そして、転んだまま腰を抜かした商人に、その鋭すぎる牙をむく……。
牙が商人を喰らう直前、電光のような速度で突進したミネバが、竜に体当たりを見舞った。
怒りに吼える竜が、全身をしならせて襲ってくるが、ミネバはこれを軽やかにかわす。
凛として竜と対峙するミネバ。追いついた君も、その隣に並ぶ。
竜に吹き飛ばされ、地面に倒れた女性が、苦しげながらも声を放った。
そいつは、私の力つ……!電撃の力を得手としている!
ミネバは勇ましく微笑んだ。
ばぢっ、とミネバの周囲で紫電が弾ける。膨れ上がる竜力の余波だ。
そのさまに、槍使いの女性は、ハッと目を見張った。
そう言って、ミネバは隣に立つ君に視線を送ってくる。
うなずいて、君は魔法の集中に入る。
誰に何を教わったのやら、背後で踊るアニマの応援を受けながら……。
君とミネバは、黒き蛇竜に立ち向かう。
***
君の魔法を受け、蛇竜が苦しみもだえる。
直後、竜の頭上で、ぱぢっと音が鳴った。
慌てて顔を上げた竜の真上には、球状に膨れ上がった電光を掲げるミネバの姿……。
球状の電光が解放され、黒き竜の頭蓋をむさぼり喰らう。
倒れ伏し、黒い風と化していく蛇竜。ミネバは髪をかき上げ、君に笑いかける。
きゃっきゃと踊るアニマは、黒い風に吹かれさらに魔力を高めたようだ。
振り返ると、槍を手にした女性が、きまじめなー礼を見せていた。
問いに、パメラは唇を噛んでうつむく。
つぶやいて、パメラは、まぶしそうにミネバを見やった。
パメラは、穏やかに笑う。
その通りだった。あなたは弱者のために命を懸けた。そのあり方をこそ強いと感じた。
ミネバは、毅然として答えた。
それが我がー族の家訓……私はそれを忠実に守っているだけです。
竜力は散ってしまったが、感服を得た。私もまた、修練に励むとしよう。
そしていつか……私自身の力で、あなたと刃を交えたいものだ。
ミネバ、にっこりと微笑んだ。
楽しげに笑い合う2人を見て、イェルノーがちょいちょいと君の肩をつつく。
そう言ってから、イェルノーがぽつりと小さくつぶやいた。
story
旅の途上。道端に座り込み、携帯食の包みを開いて昼食をとりながら、説明するイェルノー。
アニマが食べやすいよう、干し肉をナイフで切り分けながら、ミネバが首をかしげる。
ただ、事件の発生範囲は、時間が経つにつれじょじょに広がりつつあってね……。
君の耳元でウィズがつぶやく。
決意の表情でうなずくミネバの隣では、
干し肉とチーズをはさんだパンを手渡されたアニマが、ものすごい勢いで食いついていた。
口の周りに食べかすをつけたまま、目を輝かせて叫ぶアニマに、ミネバは苦笑する。
けど、ミネバ。拭いてあげるのはいいけど、あんたも鼻の頭にチーズついてるよ。
ぎくりとして手を止めるミネバ。アニマが、きゃっきゃっと笑う。
叫んだミネバの顔が、ハッと不意に緊張の色を宿した。
鋭く振り向くミネバの視線の彼方には、遠く何かの動き回る影が見えている。
弁当持参は、さすがにどうかと思うのよ。
イェルノーの言葉に、少女はきょとんとなり……ー瞬の後、慌てて鼻頭のチーズをぬぐった。
***
暴れ回る炎の竜と、屈強なる男とが、真っ向からがっぷり四つに組み合っていた。
バスと組み合った翼ある竜が、ぐわっと口を開き、炎の吐息をまき散らす。
うなずいて、君はミネバとともに、ドラゴンの方へと向かっていく。
君とミネバの魔法が、はさみ込むようにドラゴンを襲い、大きくよろめかせる。
竜が起き上がろうとするところに、イェルノーが烈風を起こして動きを封じる。
ー般に、炎の魔力は雷の魔力を克する。ミネバにとっては相性の悪い相手だ。
視線を送る君に、ミネバは凛然たる笑みで応えた。
それに、今はあなたがいてくれる……!
君はうなずき、暴れる竜へと向き直る。
アニマの声援を受けながら、炎の竜との戦いが始まった……。
***
君の魔法を受け、瀕死の傷を負った竜は、苦しみながらも暴れた。
猛烈な勢いで振り回される尻尾が、ミネバを弾き飛ばす。
助けに入ろうとする君だが、竜は周囲に炎の壁を築き、君の援護を阻んでしまう。
悲痛な叫びを上げるアニマ。竜は、ミネバを踏み潰すべく足を振り上げ……。
突如、全身に激しい光輝をまとったアニマが空を駆け、炎を破って竜に突進した。
ぎゅっと目をつぶったアニマの頭突きが、竜の顎を下から撃ち抜き、たたらを踏ませる。
泣きながら、ミネバの胸に飛び込むアニマ。
すると、アニマのまとっていた光輝が、ミネバの身体をも輝かせていく。
絶大なまでの魔力がミネバに宿り、ごうごうと風を渦巻かせるほどに猛り狂う。
アニマを胸に抱いたミネバは、目を閉じ……そして、カッと強く見開いた。
アニマとミネバ、2人の手から、塔のごとく巨大な電撃の奔流が横ざまに走り……。
竜をー瞬で消し飛ばして、風へと変えていく……。
ミネバは、喜ぶアニマをそっと抱きしめる。
いやしかし、貴殿らのおかげで助かり申した恥ずかしながら、窮地に陥ってござった!
バスの古めかしい言い方が気に人つたのか、アニマは盛んにはしゃいでいる。
ミネバは、何か考え込んでいる様子だ。強く抱かれたアニマが不思議そうに見上げる。
改めて地道に精進を重ね、今度こそ、己の技量にふさわしい力を培う心算にござる!
笑うアニマをよそに、ミネバはずっと黙考を続けていた……。
story
世界の中心に位置する霊山ロドム。
君たちは、そこにこそ異変の原因があるのではないかとにらみ、その山を登っている。
霊山であるはずのロドムは、今や、魔力の荒れ狂う魔境と化していた。
山道を歩きながら、ミネバが□を開いた。
ぎゅっとアニマを胸に抱き、ミネバは言った。
その力は私にとって驚くほどなじむもので……なつかしい感じすらしたんです。
おそらく……他の方々と同様、私は自分の竜力を制御しきれなくなって――
それで、無意識に竜力のー部を切り離した。それがこの子だと思うんです。
力のー部をとっさに切り離すとか普通できないもんだけどねえ。さすがクロードー族だ。
その発言に君が驚きを見せると、ミネバはあどけなく首をかしげた。
イェルノーにしげしげと見つめられ、アニマは「?」と目をまたたかせている。
でも、その子は竜力そのものの化身だ。だから竜力を直接吸収し、成長できたわけだ。
ミネバ。今のあんたがその子を取り戻せば、まぎれもなく最強の竜人になれるだろうね。
アニマの頭をそっとなでながら、ミネバは穏やかに微笑む。
それに、今のこの子は自分の意志を持っています。もう、私とは別の存在です。
肩をすくめ、イェルノーが先頭に立つ。
***
霊山ロドム頂上。吹き荒ぶ風が、みなの衣服をはためかせていく。
先頭に立っていたイェルノーが振り向く。その瞳には、常ならぬ決意の色があった。
その竜力を制御し、世界を安定ならしめていた竜……『均衡を保つ者』ロドム。
その竜は……ちょいと前に、ここで命を落とした……。
ロドムは必死に竜力を制御しようとしたが……制御しきれず、反動で絶命しちまったのさ。
そのロドムが亡くなった今……世界の竜力の暴走は抑えようがない。
竜人の力の暴走は、その影響のせいだ。いずれ大地の竜力が暴走し、すべてを砕く。
世界が……終わっちまうのさ。
悲しげなイェルノーの言葉に、君とミネバは思わず息を呑む。
イェルノーが、強くミネバを見据える。両の瞳に、凍える悲哀とわずかな希望を宿して。
だから、あたしは探したんだ……世界が滅びても生きられるほど強くなれる存在を!
風が吹く。膨大な魔力を伴う風が渦巻き、イェルノーヘと収束していく……。
ロドムの契約者たるあたしの、本当の力さ。あんたみたいにここに「切り離して」おいた。
さあ――ミネバ!あたしと戦え!そして、あたしに打ち勝ち、最強の竜人となれ!
そうすりゃ……世界が滅んでも、あんただけは生き延びる!世界が存在した証を残せる!
イェルノーは泣いていた。ほたほたと、尽きせぬ涙があふれていた。
あたしはロドムの意志を無駄にしたくない。少しでも世界が存在した証を残したいんだ!
頼むよ……ミネバ!あたしと……戦って、戦ってくれ!勝ってくれえっ!!
渦巻く暴風のさなかで絶叫するイェルノー。ミネバは、うつむいて黙り込み……。
凛然として、面を上げた。
彼女の決断に、君が驚きの顔を見せると……ミネバは、君にちらりと目を向けてきた。
そして、ぱちりと刹那、片目をつぶる。
ミネバには、何か『考え』があるようだ。あるいはそれは、『賭け』かもしれないが……。
いずれにしても、何もしないで世界の終焉を待つ理由は、君にだってない。
理性を失いつつあるイェルノーを見すえ、ミネバは敢然と全身から魔力を放ち始める。
***
君たちの猛攻に膝を突きかけながら、イェルノーは最期の力を振り絞る。
イェルノーの竜力が吹き上がり、竜のごとき形をなして、ミネバヘと突き進んでいく。
ミネバとアニマ、2人の身体が輝きを放つ。昂ぶる竜力が大地を揺るがし、天に聶く。
天より落ちる雷と、地より吹き上がる雷が、イェルノーの放った竜力をはさみ込んで砕く。
白雪のごとく竜力が散り吹雪くなか、イェルノーは、がっくりと膝を突いた。
決然たる言葉に、イェルノーが顔を上げる。
風に散る竜力を、アニマが全力で吸い込む。すると、アニマの全身が淡い光を帯びて……。
アニマは、美しい黎明色の翼を持つ少女の姿へと、ー気に成長した。
アニマが元気よく気合を入れると、淡い光がさあっと周囲に広がっていく。
その光は、霊山ロドムを中心に、地平線の果てまで広がっていく……。
膝を突いたまま茫然としていたイェルノーはハッとして周囲を見回した。
それで、ひょっとしたら、って思ったんです。
竜力の化身であるアニマには、竜力を制御する力があるんじゃないかって……。
正直、うまくいくかどうかは、完全に賭けでしたけどね。
くすりと笑って見つめてくるミネバに、君も微笑みで返す。
イェルノーが、肩を震わせ、笑いながら涙をこぼす。
ひょこん、と、アニマが腰を折ってうずくまるイェルノーに笑いかける。
その言葉に、イェルノーは目を見開き……そして、たくましい笑みを浮かべた。
淡い光は、なおも果てまで広がっていく。
その光は、深き夜を照らしてきらめく黎明の輝きに、どこか似ていた。
story
君とウィズは、あの遺跡の像の前に戻ってきていた。
戦いが終わり、竜人たちが盛り上がっているさまを見つめていると、急に光があふれたのだ。
そして気がついた時には、この像の前に立ち尽くしていた。
「やれやれ……また大事件に巻き込まれたにゃ。
キミといると、命がいくつあっても足りないにゃ。」
言葉とは裏腹に、ウィズは満足げだ。
「……うにゃ?この像……よく見ると、アニマに似てないかにゃ?」
ウィズの言葉に、君も像を見つめた。確かに今見ると、成長したアニマそっくりだ。
「我 霊妙なる異ノ世の天地を夢に見たり たそがるる世の果て 貴き竜神顕現す……。
『たそがるる世』……終わりかけた世界に、アニマという竜神が現れた、ってことかにゃ。
異界に行く時、同時に過去に飛んだのか、それとも像を造った人が未来を見たのか……。
キミは、どっちだと思うにゃ?」
わからない、と君は答えた。それよりも、不思議に思っていることがある、とも。
ミネバの切り離した竜力がアニマとなった。それが世界を救う可能性につながった。
だが、それはアニマが独自の意志を持ち、彼女が成長を続けてきたからこそだ。
どうして、切り離された竜力である彼女は、自分の意志を持てたのだろうか?
「そのへんの理屈は、私にもわからないにゃ。
ただ……。
あのミネバの持っていた力なら、強い意志に目覚めたって不思議じゃない気がするにゃ。」
そうかもしれない。
本能と力がすべてを支配する世界にあって、強者でありながら誇りを抱き続けたミネバ。
彼女の比類なき意志の強さが、アニマにも魂を与えたのかもしれない……。
きっと今頃、アニマは竜神として、世界の竜力の乱れを制御しているのだろう。
あの世界の人々が本能のままに戦い続ければ、竜力は乱れ続けるが……。
きっと心配ないだろう、と君は思った。
強いだけでは獣と同じ。強者とは、気高い魂を持つ者でなければならない。
そのことを……きっと、ミネバたちが伝えていくのだろうから。