【黒ウィズ】Birth of New Order Story2
前日譚
Birth of New Order リュオン編
Birth of New Order イスカ編
Birth of New Order Story2
目次
story5 反乱軍侵攻
遥か昔から、この大地に暮らす人々は、審判獣に怯えながら生きてきた。
審判獣の研究をつづけてきた大聖堂は、審判獣がエネルギー源とする〈福音〉を人間たちの手で精製することに成功する。
作り出される福音の量は、微々たるものだったが、巨大な力を持つ6体の審判獣を管理することは出来た。
6体の大審判獣に守られた場所。人々は、それを聖域と呼んでいた。
一方で、〈悪〉の焙印を押されて聖域を追い出された者。生まれつき聖域の外で育った者。
その者たちは、すべてインフェルナ人(煉獄を往くもの)と呼ばれ、聖域の支配者たちは、彼らを徹底的に排除した。
イスカは、自分の手になにもないことに気づく。
手が掛かる度合いは、あたしの妹たちといい勝負かもね。いや、もっと酷いか。
聖域を追い出され、荒野で飢え死にしかけていた時のことを思えば――
ふだんは口に合わないおかゆも、命を繋ぎ止めてくれる奇跡の恵みのようにすら思えてくる。
猫ちゃんが居たいだけ、ここにいていいからね?
野営地に響き渡る鐘の音。各テントから、インフェルナ軍の兵士が、続々と出てくる。
居並ぶインフェルナの歴戦の兵(つわもの)たち。
老戦士イーロスは、陽を浴びて整列したインフェルナ兵たちの屈強な面構えを確認しながら口を開く。
第4の聖域は、聖都へ繋がる重要な拠点である。まずあそこを落とし、我々の反攻の足がかりにしようぞ。
覚悟は出来ておるな? いまになって、怖じ気づいたというものはおらんな?
イーロスにつづいて口を開いたのは、インフェルナ軍の頭首マルテュスだった。
これまでは、我らの前に立ちはだかる、執行騎士の存在により、我々インフェルナ軍は、何度も苦渋を舐めさせられてきた。
だが、先の戦で我々は、執行騎士のひとり、サザ・ヤニタを葬った。
メルテールが、つんつんとイスカを肘で突いた。
いまこそ、全軍を上げて聖域を聖堂の支配から解放すべきだ。
兵たちの間から、波動のような喚声が沸き起こった。
聖域から追い出されたインフェルナ人にとって、追い出された聖域を奪い返すのは、長年の悲願であった。
そのための戦に向かう命令ほど、兵たちの血を滾らせてくれるものはない。
雄叫びに近い関の声は、日が落ちたあとも、絶えることなく、大地に響き渡っていた。
外の賑やかさに招かれたように、ウィズがテントから這い出てきた。
私のお母さんみたいに、理不尽に殺される人が、ひとりでも減るように……戦うつもりよ。
命を助けてくれた恩を返すにゃ。あちこち旅してきた知識はあるから、きっとイスカたちの役に立てるはずにゃ。
story6 騎士の運命(さだめ)
聖域では、戒律というものをなによりも重んじる。
それゆえ戒律を破って聖都で暴れた君は、いまだに罪人の立場だった。
リュオンが牢を叩いた。寝ぼけ眼を擦る君に向かって、一匹の猫を投げ渡す。
リュオンはそう言うが、その猫は、ウィズとは似ても似つかない。黒というより、灰色の毛をした猫だった。
残念ながら違う。師匠はもっと違う毛並みの黒猫だった、と君は答えてリュオンに野良猫を返した。
いたっ!?
野良猫は、リュオンの手を噛んでから、勝手に逃げていった。
それなのに君のためを思って、ウィズに似た猫をわざわざ連れてきてくれたのだ。
その心遣いと優しさには、感謝しかない。君は、素直にありがとうとお礼を述べた。
そう言いながら、リュオンはなぜか君の顔面を踏んできた。
踏まれるのはいいが、お礼を言われたリュオンが、どんな顔をしているのか見えないのが、とても残念だった。
第4の聖域は、祭儀が執り行われる直前のような無機質な静寂が支配している。
インフェルナ軍の本隊が、この聖堂目かけて軍を進めているとの情報は、聖域側もすでに入手していた。
君は、大丈夫?とラーシャに尋ねた。
仇を討てなかったショックで、しばらく塞ぎ込んでいたと聞いた。
あなたは、リュオンに拾われたんだから、戦いでリュオンの役に立つことだけを考えていればいいの。私の心配なんて無用よ。
でも、気遣ってくれたことには、感謝してるわ。ありがとう。
戦争は嫌いだ。けど、リュオンには親切にしてもらってる。その分、力になってあげたかった。
そんなに戦況はよくないの?と君は訊ねる。
ここには、ラーシャ、リュオン、シリス。そして、君。これだけの戦力しか存在しない。
たった4人で、この聖域を守るのは無謀に思えた。
リュオンは、胸に繋かっている鎖をつかんで、じっとそれを見つめていた。
執行騎士は、みんな鎖に繋がった武器――執行器具を用いる。それは、契約した審判獣の別の形。
ラーシャやシリスは、手から鎖が伸びているが、リュオンの鎖だけは、胸に繋がっている。
そんで契約するには、身体のどこかを差し出す必要がある。
なんのために?と君は訊ねる。
つまり、この鎖は契約の証しであり、契約した僕らと審判獣を繋ぐ切っても切れない運命の鎖ってわけ。
胸を鎖で繋いでいるリュオンは、契約の際に自分の心臓を差し出した。
それはつまり、命を差し出したと同義だ。
遠くから聞こえる軍勢の行進音は、その場にいる全員の耳に届いた。
忌々しそうに吐き捨てた。
インフェルナの奴らが、その石の中に力が含まれていることに気づいて、採掘をはじめたんだ。
その晶血片で僣けたお金で、インフェルナは軍備を整え、反乱を起こす素地となった。
その尻拭いをするのは僕らなんですから勘弁して欲しいですよ。
この聖堂は、審判獣ティアマギス様をお祀りしている神聖な聖堂だ。インフェルナどもを近づけるな……いいな?
審判獣が祀られている?
あたりを見回してみても、それらしい存在は見えないが……。
ヒッ!?
だからこそ、聖域で暮らす民の命が、俺たちの両肩に掛かっている。聖域の守護者としての務めをいまこそ果たせ。
地平線の遥か向こうから来る敵の軍影。それは地平に広がる黒い壁のようだった。
インフェルナ兵によって作られた巨大な戦列が迫り来る。
story7 赤い砂塵
インフェルナ軍の兵たちの目に入ったのは、聖堂を守る、ごく少数の手勢。
相手が小勢だと知ったインフェルナ兵たちは、逃げ去った聖域の者たちの臆病さをあざ笑う。
そして、残ったリュオンたちのことを、逃げ遅れた哀れな若者と勘違いし、侮った。
……それが、すべての間違いだった。
リュオンの傑剣が、一瞬にしてインフェルナ軍の戦列を薙ぎ払っていく。
隼のように飛翔する十字の刃は、人の肉体を、チーズのように簡単に斬り、削いでいく。
悲鳴と、怒声が戦場に轟く。
崩れ落ちていく仲間の死骸を見つめるインフェルナ兵たちは、ようやく思い出す。
聖域を守る執行騎士リュオン・テラムという男の存在を――
さあ、首狩りの時間よ。死神に抱かれながら、どちらが先に地獄へ誘われるか、競争しましょう!
断罪の鎌は、ラーシャの殺したいと思った相手を、殺すまで徹底的に追いかける。
対象を殺すと、すぐさま次の対象に狙いを定めてまた殺す。
的確に命を刈り取る鎌の行方に戦々恐々としながら、インフェルナ軍は怯え、逃げ惑う。
兵の一部が、君たちを迂回して、直接聖堂内部に侵入しようという動きを見せていた。
目撃した君がそれを報告すると、リュオンは、敵の狙いを素早く察知する。
言葉の割りには、どこか嬉しそうに見えた。
ふたりのやりとりに、君の意思は一切介在していない。
……いいけどね。物扱いされるのにも慣れてきたし、と君は心の中で呟いた。
お前は、まだ力を隠している。それを引き出せ。尽きぬ闘争心で相手を燃やし尽くせ。できないのなら、俺がお前を灰にする。
リュオンはそれを聞いても怒ることはない。むしろ、期待を込めた視線を送るだけだ。
打ち合わせが終わり、君たちは、それぞれが担当する戦域へと散開する。
雲霞の如く押し寄せるインフェルナ軍を、君とラーシャは、正面から受け止めていた。
君は戦いながら、敵の中にウィズがいないことを願っていた。
ひとりの男が、インフェルナの軍勢から進み出た。
幅広い刃の大剣を背負った戦士。
執行騎士ラーシャを見つめる男の目は、どこか嘲笑的だった。
お前らこそ、〈悪〉……。ゆえに……斬る。
しかし、罪なきものをインフェルナに落として奪い取った安息であるとクロッシュは看破する。
かつて、クロッシュは手にしていた。家族との安寧を。幸せを。それらは、すべて奪われた。
ゆえにクロッシュは剣をとった。
聖堂への尽きぬ怨みを附らすために。審判獣から、この世界を解放するために。
真の悪。つまり、聖堂は偽りの悪をでっち上げていると宣言しているに等しい。
ラーシャは、手出ししないよう君に目で合図を送る。
ふっと口元に笑みを浮かべる。そして湧き出た感傷を吐き捨てるように表情を引き締めた。
構えたクロッシュの剣より、並々ならぬ殺気が放たれる。
たちどころに死の匂いが立ちこめる。
あの大剣から放たれる殺意と狂気は、リュオンたちが戦闘時に放つ、尋常ならざる気と近いものがあった。
おびただしくも、おぞましい剣気。審判獣の力を扱えるのは、執行騎士だけではない――
story
表では、インフェルナ軍と執行騎士たちの戦いが、繰り広げられている。
ところが聖域内には、逃げ遅れた聖域の民が、まだ残っていた。
民は全員避難させたはずだがと、聖堂の聖職者は首をかしげた。
聖職者は、頭に強い衝撃を受けて気を失う。
逃げ遅れた聖域の民は、インフェルナ側の変装によるものだった。
戦がはじまる前から、あらかじめ聖堂の民に変装し、潜入していたのだ。
イスカたちが、変装してまで潜り込んだ目的は、ひとつ。
そう言うメルテールも、半信半疑の様子だった。
彼ら――審判獣たちと対話することができれば、この大地で、人間と審判獣が、共存して生きていけるかもしれない。
夢を見るように目を潤ませるイスカだったが、我に返って、己の手を見つめる。
だから、イスカはなにも間違ってない。あたしの手だって十分、敵の血で汚れてるから……。イスカだけが、人殺しなわけじゃないわ。
だけどこんな世界じゃ、キミがいるあの都までたどり着くのは、当分先になりそうにゃ。
私が、都にたどり着くまで、無事でいて欲しいにゃ)
その時、老戦士イーロスが、不審に蠢く影を視界に捉えた。
それは、突如、地中から這い出した。
固い表皮を持つ触手のような物体は、聖職者の胴体を貫き、そのまま地中へと引き摺り込む。
地中から、巨大な触手が飛び出し、ウィズを餌食にしようとした。
襲われる寸前、イスカがウィズを救い出し、メルテールが手にした大槌を振るう。
カ一杯振り下ろされた大槌は、地表に触れた直後、質且を増大させ、地面に巨大なくぼみを作る。
ずどん、ずどん、ずどんと、ハンマーが振り下ろされるたびに地面にクレーターが生じていく。
でも、ぜんぜん当たってないにゃ。命中率が悪すぎるにゃ。
一本の触手を追いかけてる間に、別の場所からも同じような触手が、地上へと飛び出してきた。
その触手は、人工的に作られた物などではない。ひとつひとつが、なにものかの意思によって操られている。
地中に潜んでいたのは、大審判獣ティアマギス。
かつて陸から海を切り離し、海の恵みを人の手から。守ってきたと伝えられている。
長き眠りから覚醒に至る理由などひとつしかない。それは、聖域を破壊しようとした人の断罪。
創造者であるがゆえに、平静を乱すものへの憤怒は深い。
story
シリスの執行器具――執刀の針剣が、空を駈ける雷鳴のように蛇行し、インフェルナ兵の命を穿ってゆく。
静寂と共に忍び寄り、対象を刺し貢く。傷は極小で、刺された側は、ほとんど痛みを感じない。
そして使用者の意のまま、どこまでも果てしなく伸ばすことができ、おまけに全身を麻庫させる毒まで吐き出す。
暗殺器具として、これ以上適しているものはない。
蛇は、音もなく回り込み、インフェルナ兵の首を突き刺し、毒性の溶液を噴霧し、息の根を止める。
シリスは、インフェルナ軍を、一歩も聖域に近づかせない。
独自に設定された警戒線があり、それを一歩でも踏み越えた兵は、蛇が出す毒の餌食となる。
シリスに近づけないと知ったインフェルナ軍は、遠くから矢を放つ作戦に切り替えた。
放たれた矢のほとんどは、蛇が叩き落とした。しかし、討ち漏らした1本が、シリスの頬に傷をつけていた。
でも、そっちが僕を殺すつもりなら、僕は全力で抵抗するよ。できれば、ここは退いて欲しいなあ。
戦場にそぐわないほどのんびりした口調で、インフェルナの兵たちに呼びかけるも、そのような言葉に耳を貸す兵などいるはずもない。
騎士らしからぬ汚れ仕事も、山ほどこなしたってのに。この上、まだなにかを捧げなきゃいけないのかよ?
すべて、聖堂を裏切った親父と兄貴のせいだ。ふたりが、大教主様に逆らったりするから、末っ子の俺が苦労を背負うことになったんだ。
でも、俺は親父や兄貴のようなヘマはしない。聖堂に従い、執行騎士として、従順な態度を最後まで貫いてみせる。
そのためにもあんたたちには死んで貰う。この戦い俺がインフェルナ兵を一番多くぶっ殺したっていう勲章を大教主様からいただくために――
僕のために死んでよ。
クロッシュの扱う大剣には、紛れもなく審判獣に匹敵する力が宿っていた。
重たい一撃を、鎌を盾にしてやっとのことで防ぐ。
クロッシュの頭には、執行騎士たちの技量が、入力されている。ラーシャの腕力、身のこなし、戦術など……全て看破されていた。
インフェルナがこの戦いのために費やしたのは、軍費だけではなかった。
懐に潜り込まれた時点で、ラーシャの勝機は8割方失せていた。残りの2割。クロッシュは、実力で圧倒するつもりだ。
クロッシュの剣士としての技量は、他のインフェルナ兵よりも遥かに高い。
大剣を、小枝のように扱う並外れた胃力もさることながら、ラーシャの動きを先読みし、逃げ道を塞ぎ、逃れがたい一撃を放ってくる。
敵の攻撃は間断なくつづいており、ラーシャに反撃の機会を与えない。
聖堂に見放されてインフェルナに堕ち、朽ち果てるのを待つだけとなった審判獣の思念が、クロッシュの剣に宿っていた。
渾身の一撃を防ぐ力は、いまのラーシャには、ない――かに思えた。
執行騎士最終試験。
10人の仲間たちとの殺し合い。生き残ったものだけが、審判獣と契約する資格を得られる――
あの日のラーシャは、次々に殺され、殺していく仲間たちを見て、涙し、怯えるしかない、か弱い騎士候補生にすぎなかった。
元は、高位の聖職者の家に生まれ、父に言われるがまま、騎士候補生となっただけで、動機などハナから持ち合わせていなかった。
「父親が聖職者の地位とメンツを保っための生け覧として、私を聖堂に差し出したのよ。
騎士候補生の最終試験がどのようなものか、父が知らないはずがない。娘を殺してでも、地位を保っていたかった……ただそれだけ。」
最終試験。仲間たちは次々に命を落とした。憎しみ合っていないもの同士の殺し合いが、繰り広げられた。
最後に残ったのは、ラーシャ。そしてラーシャと仲の良かった――サザ。
ふたりは、試験場で相対する。
ラーシャは、彼に殺されると思った。恐かった。悲鳴をあげて泣き叫んだ。でも、サザは言った――
「ここで、ラーシャを殺すくらいなら、俺も自害して果てた方がマシだ。そうなると合格者は誰も居なくなる。
俺はラーシャを殺すくらないなら、一緒に死ぬ。
合格者がひとりもいなくなるか、ふたりの合格者を同時に手に入れるか、好きな方を選べ。」
サザの無茶な要求と勇気に大教主は面白がり、彼の言葉に耳を傾けた。
「条件を呑もう。その代わり、サザ。君には、最前線である第4聖堂を守って貰う。よいな?」
「好きにしろよ。俺は、生涯聖堂とあんたに忠実でありつづける。」
そして、ラーシャは生き延び、サザと共に執行騎士となった。
そしてサザは死んだ。せいぎという言葉を残して……。
子どもの頃から、騎士になる訓練に明け暮れてきた。それ以外のことは何も知らない。
涙を流す方法も。好きだった男の弔い方も。
契約者である我が肉体を依り代とし、聖域の庇護者たる力を、いま示せ――
ラーシャの手に繋がった鎖が、身体の中へと吸い込まれていき、肉体が、人間とは別のものに変容していく。
聖域を守護する執行騎士が隠し持っていた切り札。それが契約した審判獣との同調だった。
大剣の柄を捻った。思念獣が宿る刃は、生き物のように呼吸し、凶悪な殺気を吐き出した。
その時――君たちの足元が激しく揺れ始めた。
地震かと思ったが、どうも様子がおかしい。
地面が隆起しはじめる。これは、ただの地震ではない――
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