【黒ウィズ】Birth of New Order Story3
前日譚
Birth of New Order リュオン編
Birth of New Order イスカ編
Birth of New Order Story3
目次
story
インフェルナの野営地では、朝早くから人々が忙しく働いている。
テントの中でイスカは熟睡していた。
ウィズと協力して、イスカを寝台から引き摺り下ろす。
したたかに頭部を打ち付けたにもかかわらず……。
大きな娘のようなイスカを送り出したメルテールは、ようやくほっと息をつく。
story
審判獣ティアマギス――
大陸の創世記に登場し、地と海を分けたとされる原初の審判獣のうちの一柱。
太古の英雄トリアンネが、その身を犠牲にして、ティアマギスを制御する“福音”となった。
それから数え切れないほどの年月が経過し、ティアマギスを封じる福音は、消滅してしまった。
ティアマギスよ。躊躇うことはない。大地を飲み込み、海と大地にわかたれる神話の時代にすべてを回帰させよ――
第4の聖域と呼ぱれているすべてが、激しい揺れに包まれていた。
避難した聖域の民は、遠くからなすすべなく、異変を眺める他なかった。
揺れは激しくなり、地面は割れ、聖域の大地すべてが波打ち始めた。
あるものは、割れた地面の隙間に飲み込まれて奈落に落下し。
またあるものは、大地の底から飛び出してきた、触手に身体を打たれて死亡する。
インフェルナ兵は、続々と審判獣テイアマギスによって断罪されていった。
ラーシャの手に繋がった鎖は、皮膚を爛れさせるように熱い。
みずからの審判獣と”同調”を進めるラーシャに与えられる苦しみ――
それは、人を捨て、人から乖離していく絶望の苦しみだった。
だが、それによって得た力こそ、執行騎士としてのラーシャ本来の力であった。
人とはかけ離れた、気高くもおぞましき姿であった。
同調を進めたことにより、ラーシャが操る鎌の動きは、神速に近づく。
ゆえに人の目で見極めることは困難。クロッシュはすでに幾筋もの裂傷を受けていた。
鎌は残像を残して無軌道に飛び、あらゆる物理法則を無視しながら、対象に刃を突き立てようと食らいつく。
さすが人あらざるものと契約した執行騎士。審判獣と同調を進めた今、その戦闘力は、クロッシュを凌駕していた。
両手がつかむ大剣は、聖堂の支配者に踏みにじられ、苦痛と絶望の中で果てた家族の怨念が宿っている――
クロッシュは復讐を誓い、思念獣〈フェンリナル〉と契約を交わした。
人が生まれながらに裁かれ、〈善〉と〈悪〉にわかたれる理不尽なこの世界が、消えてなくなるその日まで――
立ち塞がる者どもの血をたっぷり吸わせてやると。
それが、インフェルナの大地に堕ち、朽ち果てていた〈かつて、審判獣だった存在〉と契約を結ぶ際の取り決め。
ラーシャは、さらに穿猛な、獣めいた雄叫びをあげながら、クロッシュに向かっていく。
――我が復讐の炎は、燃え尽きることはない。
審判獣ハーデスの力を使うたびに、ラーシャの肉体と鎌とを繋ぐ鎖が、縮んでいっていることに君は気づく。
鎖が縮むのは、審判獣との同調が進んでいる証しであった。
では、あの鎖がなくなったら、どうなる?ラーシャは、人間に戻れないのではないだろうか。
君はラーシャの背後から抱きついて、これ以上の戦いは必要ないと告げる。
周囲は、審判獣ティアマギスが覚醒して生じた混乱で、もはや戦どころの騒ぎではない。
インフェルナ兵は、統率を乱して逃げ散っており、軍としての体裁は、すでに失われていた。
聖堂の人間ではないが、事情があってラーシャの味方をしている。無用な戦いを避けられるなら避けたいと君は言う。
どうしても戦いをやめるつもりはないらしい。
君は魔法を放つ。カードから放たれた炎が、。クロッシュを前方から押し包むように広がる。
クロッシュは、剣を構えて炎を防ぐ。
構えを解いた時には、魔法使いもラーシャも、視界から消え去っていた。
背中にいるラーシャが、意識を取り戻した。
気にしないで。ラーシャを守るのが、仕事だしと君は答えた。
戦場を離れ安堵した途端、ラーシャは身を震わせた。先ほどの同調により、精神が審判獣と重なった。
それはまるで、心が自分から乖離していくような体験だった。
得体の知れない恐怖に怯えるラーシャに――安心して。もう、大丈夫だからと君は、慰める。
ラーシャは、君の背中にしっかりと抱きつく。口では強がっていても、身体はまだ恐怖で震えていた。
ラーシャは、腕に繋がった鎖の長さを確かめる。
審判獣の力を引き出せば引き出すほど、執行騎士は、人ではなくなってしまう。
それを覚悟の上で、ラーシャは己の審判獣と同調した。
もし、私が消えて審判獣だけ残ったら、勇気ある魔法使いさんに倒してもらうわ。ね?いいでしょ?
他人事のように笑うラーシャ。君は、聞かなかったふりをして暗い道を黙々と歩いた。
story
ここはもうダメ。崩壊寸前だよ!もう、インフェルナが、ここを占領する意味は、なくなっちゃったね。
晶血片も採れそうにないし、あーもー、大もうけするどころか大損だよ!
お前は、そういう宿命を背負って生まれた娘だ。それにもう、お前は自分の運命を自分の意思で決めていい歳になった。
お前の好きにするがいい。ワシは、それを全力で支えよう。
それにタダ働きは、やがて長者につづく道とも言うし。ついていってあげるから、行こう?
生き残ったインフェルナの兵は、クロッシュたち他の戦士が、上手くとりまとめて、撤退を進めていた。
聖堂奥深くに残っているのは、イスカと護衛のイーロスとメルテールだけとなった。
ウィズの忠告は、もっともだと感じたイスカは、すぐに言葉使いを改める。
審判獣の声は、ウィズも聞き取ることはできない、会話が成立しているかどうかは、イスカにしかわからなかった。
人間たちと共存できる道はありませんか?あなた方の領分を侵すようなことは、決していたしません……。
人と審判獣の間に生まれた娘イスカが、あなたたち審判獣と人間の架け橋になれれば――
イスカの願いを打ち消すように、地面の揺れがさらに激しくなった。これは憤怒の表明だろうか。
そして、地中から突き出ていた建造物の一部だと思われていた物体が、地面下から突き上げられたように浮き上がる。
ティアマギスの両目が輝いた。
エネルギーを凝集させた攻撃が、地上を穿った。それはティアマギスの怒りの表明なのか。それとも、別の意思か。
再度の攻撃。放たれる光の帯は、イスカの身体を打ち抜いた。
巨大な審判獣の体躯が仰け反り、次の攻撃へと移る。
まるで、人と相容れるつもりなどなく、この大地は、すべて審判獣のものと主張するように狙いをつける。
ウィズの警告も虚しく、ふたたびティアマギスの放った光条が、イスカの太ももを貫いた。
イスカは、またも立ち上がる。だが、何度立ち上がろうとも、ティアマギスの意思は変わらない。
彼女にとって人は虫であり、取るに足らない存在であった。傷ついているイスカを見ても、何の感情も湧かないはずだ。
ここで私がくじけたら、この大地で人間と審判獣が、共存して生きていく世界なんて、永遠に訪れ……ない。
そう言ってイスカは、昏倒した。
イーロスさん。ウィズにゃー。イスカを助けて逃げるよ!
審判獣ティアマギスとの会話が失敗に終わった以上、長居は無用。
傷ついたイスカを抱き上げると――
メルテールは、小さい身体のどこにそんなパワーが隠されていたのかと思うような馬力で、イスカを抱きかかえ走り去る。
間を置かず、リュオン、シリス、ラーシャ、マグエル――
そして君を含む4人と1匹が、審判獣ティアマギスの目前に現れた。
ティアマギスは有無もなく光且を蓄積させ、輝く矢を四方に放った。
その攻撃には狙いなどない。
混乱のただ中で必死にもがいているだけのように見えた。
巨大な体躯をしていながら、その様は、哀れだった。
リュオン団長。まさか、僕たちで審判獣ティアマギスを鎬めるなんて言わないでくださいよ?
せめて、あいつが眠る墓ぐらいは、まともな形で残しておいてやりたい。
生身なのは、リュオンたちも同じだ。いや……。あの姿になれば、生身でも敵の攻撃に耐えられるのか。
リュオンは、胸に繋がっている鎖を手にする。
ラーシャも、リュオンにしたがい鎖を手にする。それの意味するところは、それぞれが契約している審判獣との同調――
そして、得られる力の解放。
そうすべきだとリュオンは判断したのだ。あのティアマギスという審判獣は、それだけの敵。
だから、お前は攻撃に専念しろ。お前の限界を超えた魔法を俺に見せろ。そして、すべてを奴に叩き込め。
審判獣ティアマギスを鎮めないことには、この大地に平穏は訪れん。ここが人類存続の分岐点。死んでも、こいつを鎮める!
***
君の魔法を受けきったティアマギスは、耳を劈くほどの咆吼をあげつつ、苦しみ悶えている。
直後、地中から蠢く軟体状の巨大な柱が、無数に出現する。
まだ全身が出きっていないのか。あの審判獣の全長は、いったいどれだけのものだろうか。
少しでも気を抜くと、リュオンの鋭い視線が、飛んでくる。
その観察眼の鋭さは、針のむしろの上というより、常に刃物を突きつけられている気分だった。
君はリュオンの期待に応えるために、枯渇しかけていた魔力を振り絞る。だいぶ疲れてきたが、まだ行ける。
攻撃は、リュオンがすべて防いでくれるから、君は、ティアマギスに魔法を集中させる。ことだけに専念できた。
悔しいけどリュオンのお陰でいつもよりも、格段に戦いやすい。それは認める。
ティアマギスの目から、高濃度のエネルギーを凝縮した光線が放たれる。
それは、魔力でも技術でもない。審判獣が、人を裁くために用いる、天罰の光そのものである。
我、契約に従い、汝に依り代を与える。この身体……好きに使え!
傑剣と結ばれた鎖が、リュオンの胸の中に吸い込まれていく。
リュオンが、まばゆい輝きに包まれたのち――君の目の前に現れたのは、人でも魔でもない異形の存在。
これが、契約によってリュオンと結ばれていた審判獣ネメシスの姿。
傑剣に宿っていた審判獣をリュオンは、みずからの体躯を依り代にして顕現させたのだ。
倒すのではなく、鎮める。姿は変わってもリュオンの頭は、冷静であることがわかり、君は安堵する。
はあ……嫌だな。嫌だけど……!僕の身体を使っていいよ。レヴァイアタン、君の好きにしな。
――喜んで。
白い光が現れて、シリスの全身が覆い隠された。
まばゆい輝きの中で、巨大ななにかが口を開けて、。シリスの痩躯に食らいつく。
光は一瞬で閉じた。光の中で起きたことも、君が瞬きする間の出来事だった。
白い光帯が消え去ったのちに、そこに現れたのは――
でも、レヴァイアタン。君は僕の脆弱さをいつも補ってくれる。怠惰な心の隙間を埋めてくれる。だから、今回も協力して欲しい。
そして契約者は、審判獣が望む福音をみずから差し出すことで、その力を借り受けることができる。
審判獣に身体と精神を乗つ取られる痛みは、肉体が傷つけられるのとは、また達った特別な痛みを伴うんだ。
なんで知ってるかって?おいらにも経験があるからだよ。
おいらは、こうみえても元はリュオンたちと同じ聖域を守る執行騎士だったんだ。なんだよ?その信じられないって顔は……。
審判獣と同調を繰り返すうちに、やがてこんな身体になっちまったらしい。
つまり、マグエル先輩も、元は人間だった?どんな姿だろう、想像できない。
でも、おいらは、まだ人間の意思が、多少残っているから、マシなほうだぜ。
ふつうは、何度も同調を繰り返すうちに、心を食い尽くされて自我を失っちまうんだ。
そうなるとどうなるのか、君は訊ねた。
リュオンたちも同調をつづけて、審判獣に取り込まれてしまったら、よくてマグエル先輩。
最悪、あのティアマギスのようになってしまう。それは防ぎようのない現実。
それだけのリスクを背負いながら、リュオンたちは、大地に暮らす人類の平穏のためにその身を捧げている。
「もし、私が消えて審判獣だけ残ったら、勇気ある魔法使いさんに倒してもらうわ。ね?いいでしょ?」
あの時のラーシャの笑顔が、笑顔なのに悲しくて泣いているように見えたのは、そんな未来を予見していたからだ。
シリスに続いて、ラーシャも鎖を掴む。契約した審判獣ハーデスに呼びかけ、自らの精神の器を掲げる。
その様はまるで、みずから断頭台に登る儚き生費のようだった。
シリスが変容した審判獣レヴァイアタンは、巨大な口を開き、ティアマギスの頭部に鋭い牙を突き立てる。
動きが封じられたティアマギスの左右から、同じく審判獣に変容した。リュオン――審判獣ネメシス。
そして、ラーシャ――審判獣ハーデスの巨大な体躯が、肉弾のように突進し、ティアマギスの頭部に凄まじい衝撃を与える。
人智を超越した存在同士の戦いが、繰り広げられている。
人あらざる姿をしたネメシスは、死んだ仲間サザが眠る土地を。守るために……。
人あらざる姿をしたハーデスは、死んだ相棒に代わって、この聖域の民を守るために……。
ティアマギスの頭部を破壊し、破壊し、破壊し尽くした。
猛然と攻撃を加える2体の審判獣。ふたりは、もう人間として戻れないのではないかと君は不安になった。
――もういい。それ以上は、もう……。
君の気持ちを汲んでマグエルが叫んだ。その両目には、涙が浮かんでいた。
審判獣ティアマギスは、完全に沈黙していた。傷つけられた肉体は、地面に横たわり、動くことはない。
ティアマギスの血に染まった審判獣ネメシスは、上空に向かって雄叫びをあげた。
解き放たれた己を祝福するように――やり場のない闘志を発散させるように――
先ほどまでリュオンたちだった審判獣は、悲しげに吠え続けた。
海の風が、ティアマギスの上空を薙いでいく。体内に蓄積された活動エネルギーである福音が、赤い粒子となって、風の中に散っていく。
まるでティアマギスの流した血を洗うように、強い風が、何度も何度も、崩壊した聖域の上を通りすぎていった。
前日譚
Birth of New Order リュオン編
Birth of New Order イスカ編
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