【黒ウィズ】Birth of New Order Story1
開催期間:2017/00/00 |
前日譚
Birth of New Order リュオン編
Birth of New Order イスカ編
Birth of New Order Story1
目次
story1 向かうべき場所
君の頬が、固いもので突かれている。
朝の冷たい風を吸い込みながら、君は目を覚ます。
丸くてちっちゃい生き物が、先輩風を吹かせながら、去っていく。
彼の名前は、マグエル。リュオンに付き従う、謎の生き物……ということ以外、すべてが謎だ。
リュオンは、たき火に乗せた鍋の中身を丁寧にかき回していた。
先程から、漂う匂いの正体はそれだったのか。それ、リュオンが作ったの、と君は訊ねる。
大きなスプーンで中身をすくい出し、味見をする。
食べる気をなくす一言。君は、早くもリュオンの側から逃げ出したくなった。
スープを取り分けてもらった皿を覗き込む。中には、キノコや野草のようなものが、混ざりあって煮込まれている。
匂いはまだいいが、見た目は最悪だった。
固いパンと一緒にスープを口に含む。どろっとした食感と苦みが口腔を支配する。うっ、予想以上にまずい……。
そう言うマグエル先輩は、スープは口にせずにパンの切れ端を、くちばしで突いている。
君は、嫌々スープを口に運ぶ。
第一印象は最悪だったが、食べていくうちに、舌が慣れてきたのか、食べられなくはないな、と思いはじめた。
「これ、癖になりそうな味にゃ。」
もし、ウィズがこのスープを口にしたら、なんと言っただろう?
ウィズのことを思うと、目に涙が浮かぶ。いまどこで、なにをしているだろう?どうか、無事でいて欲しい。
着慣れた外套が、几帳面に折りたたまれて君の側に置かれている。
衣食の面倒は見ると言ってたが、まさか、洗濯までしてくれるなんて。なんだか申し訳ない。
ありがたい申し出だが、ウィズと再会した時に、向こうが、見つけられないと困る。
だからいまの格好のままがいい。君は、マグェルの申し出を丁寧に断った。
影が近づいてくる。リュオンと同じく、執行騎士の証しを身につけた女性だ。
鎖のついた鎌を引き摺っている。その切っ先は、背筋がぞっとするほどの鋭さだった。
リュオンと同じ執行騎士のラーシャを紹介された。
ラーシャもリュオンと同じく、卿堂とその周囲の聖域を守護する執行騎士だ。
ただ、執行騎士は、ひとつの聖域にひとりだけしか、存在しない決まりがあった。
ラーシャが守っているのは、ここから、はるか遠くにある聖域だという。
きっと大地を割り、雷鳴を自在に轟かせて、審判獣すら、一撃で葬るのでしょうね。
期待を裏切って悪いが、大地を割る力も、雷鳴を自在に轟かすことも出来ない、と君は答える。
話しながら、ラーシャはスープをすくって口にする。
やっぱり、まずいのか。それでもラーシャは、食べるのが義務だとばかりに、スープを口に運んでいく。
まずいと自覚していたリュオンも、少々むっとしたみたいだ。
食事が終わり、君は話を切り出した。
大聖堂の背後に聳えていた審判獣――とは、いったいなんなのか、ずっと気になっていたことを訊ねた。
聖堂が〈聖域〉と呼ぱれているのは、聖職者たちが審判獣を祀っており、彼らの庇護を受けているため。
〈悪〉の焙印を押された人たちは、聖域以外の場所で、審判獣の怒りに触れないように、ひっそり暮らすしかないのだと説明してくれた。
俺たち執行騎士に、その審判獣を処断せよとの命令が下った。いまから、そいつを討伐しに行く。
風が、森の木々を揺らす。
場は、静まり返っていた。森の葉と枝が、互いに打ち合う音だけが響いた。
仲間が、殺されたの?と君は沈黙を破って訊ねる。
と言って、ラーシャは高らかに笑う。
どれだけ声をあげて笑おうとも、その笑顔の裏に隠された悲壮感は、隠しおおせてはいなかった。
story2 蠍型の審判獣
マグエル先輩は、鳥のような見た目をしている。飛べないんですか?と君は言うと。
飛べないことを気にしていたようだ。傷つけてしまったお詫びに肩に乗せてあげることにした。
いつも、ウィズが乗っている場所に、いまは鳥なのか、なんなのかわからない生き物が乗っている。
しかも、マグエル先輩の体の表面は、ちょっとだけ湿り気を帯びてて不快だった。
マグエル先輩は、お腹にあるポケットを手(?)で示す。
それで、どうやってお菓子をしまい込んだんだろうと思いながら、君は、マグエル先輩のポケットに手を突っ込んでみた。
中には、砕けたビスケットが入っていた。
いや、いいです。と君は断ってから、手を引っ込めた。
緑が生い茂る深い森の中を、リュオンたちは、黙々と進んでいく。
リュオンたちは、君にわからないような些細な手がかりを辿りながら、標的の足取りを追いかけていた。
リュオンは、ふと足を止めて、近場にある木を突然蹴った。
少年は、木の枝に寝転がって、果実を食べていた。
この先に標的とおぼしき存在がいます。警戒してください。
蠍のような尻尾を持っていますが、身体の半分が人間なんです。あんなの初めて見ました。わかりません。
僕の蛇(・)が、監視をつづけています。戦うのか。逃げるのか。判断するのは、リュオン団長です。
シリスと呼ばれた少年は、隣の木に飛び移り、また他の木に飛び移って、君たちの視界から消え去った。
飛び移った先の木の枝は、ほとんど揺れなかった。その機敏な身のこなしは、相当な訓練を積んだ証しだ。
音を立てずに移動する身のこなしや、気配の断ち方など。斥候役として、これ以上ないほどの適正を感じる。
リュオンたちが探していた標的は、たしかに進んだ先にいた。
見た目は、普通の少女。
違うのは、皮膚に密着する殼衣(・・)と呼ばれる外装の存在。
そして、彼女の容姿と相反するように禍々しい殺意を放つ、鋭い先端を持つ尾。
聖都で見た巨大な審判獣とは、サイズがまるっきり違っていた。あれも審判獣なの、と君は訊ねる。
魔法使い、お前は俺の背中を守れ。殺されたサザは、背中からやられていた。あの尻尾は警戒する必要がある。
いきなりの実戦。実力も判らない相手だと言うのに、リュオンはラーシャではなく、君に背中を預けるという。
思いがけない、優しい言葉。初めての実戦で不安を感じている君への気遣いだろうか。
もう隠れている意味はない。リュオンと君は、同時に木陰から飛び出す。
少女の声にリュオンは、首をかしげる。
少女の姿をしたそれ(・・)は、人間らしい意思を持ち、人間臭い動作で、こちらの気配を探っている。
聖皇(せいおう)に代わって、我ら聖堂の執行騎士が、汝をここで処断する。
少女の姿が忽然と消えた。
居なくなったのではない。瞬きする間に君の目の前まで距離を詰めたのだ。
鋭い先端を持つ少女の尾が、君を穿たんと迫っている。間に合わない!
君は、とっさに上体を反らす。すべて刃で出来た剣――傑剣が、鼻先をかすめていく。
傑剣が鍬の尾を弾き返すと、少女は怯んだ。
でも、私だってインフェルナの戦士。殺されたインフェルナのみんなのためにも、ここであなたたちと決着をつける!
リュオンと蠍型の審判獣。お互いの殺気がぶつかり合い、どちらからともなく戦闘が開始された。
君は、約束どおり彼の背中を守るべく、カードを引き抜いて戦闘に加わった。
story3 遺されしもの
襲い掛かる凶刃。
メルテールを寸前のところで救ったのは、半審判獣の少女だった。
仲間を救った半審判獣の少女は、悲しげに振り返る。
鮮血に染まりながら息絶えているのは、聖域を守るサンクチュアの騎士。
小女は、はじめて人の命を奪った。戦場に出る以上、覚悟は出来ていた。……はずなのに。
様々な思いを断ち切って、少女はその場から立ち去った。
***
サザ・ヤニタが死んだ。
第4の聖域を守る執行騎士のひとりであり、優秀な騎士だった。
審判獣と契約した執行騎士には、契約の際に差し出した代償に応じた力が与えられる。
並の人間の手にかかって命を落とすなど、ありえない。
冷たくなったサザの骸を抱いたままラーシャは、徴動だにしない。
サザ……。あなたへの返事、まだしてなかったわね。
溢れ出る感情をぐっと抑えつつ、ラーシャは冷たくなった手を握る。
執行騎士は、その身を審判獣に捧げたも同然の存在。ゆえに、伴侶を持つことは許されていない。
私の兄にも等しい存在であり、よき相談相手であり、心の半分を預けたも同然の人だったわ。
そのあなたが、どうして私に指輪をくれたの?私、よくわからなくて、まだ返事をしてなかった。
死んだ人間から、答えが返ってくることはない。ラーシャは、胸の内側に冷たい風が、流れていくのを感じた。
立ち去ろうとするリュオンの行く手を少年が塞ぐ。
これから僕たちを引っ張っていく立場のあなたが、いきなり戒律違反だなんて……。大教主様に知られたら、まずいですよ。
俺は、仇を討つことが出来ないのか? 親しかった仲間の仇も、自分の意思で討てないのか?
リュオンたちは、サザの亡骸を丁重に葬った。
ラーシャは、埋めた亡骸に向かって、太古の昔、英雄たちへ贈られた歌を鎮魂歌として口ずさむ。
切々と流れる旋律は、ラーシャの故人への思いと混ざり合って、それぞれの胸に刻まれた哀傷をえぐる。
我々執行騎士にも、いつか信じる正義が見つかる。その時、いまの己の立場と見つけた正義。どちらかを選ぶことになる――
リュオンには、意味がわからなかった。
ただ、サザは時々本で読んで知った言葉を教えてくれることかあった。
いま考えるべきは、サザを殺した審判獣を探し出すこと。
執行騎士として、聖域を守るものとして、使命を全うする。立ち止まる暇などない。
あんたが残した“せいぎ”という言葉の意味を探しに行くのは、そのあとだ。
story4 それぞれの傷
小さな影が木々の間を疾走し、十字型の刃が、新緑の壁を切り裂きながら、それを追走している。
リュオンの肉体と鎖で繋がれた執行器具――傑剣(スタヴフォス)。
穎敏な動きで、舞い散る木の葉を切り裂き、審判獣の少女が向かった先へと回り込む。
少女は、自ら攻めようとはせず、機敏な身のこなしで森の中を駆け回り、こちらを翻弄する。
向こうは、リュオンの質問に答える気がないようだ。
リュオンが、鎖を引いて傑剣を引き戻す。そのタイミングで君は魔法を発動した。
この一撃は――しかし、目くらましにすらならない。
もう一度?
リュオンの傑剣が、空中で浮き上がり、大きく旋回して戻ってくる。この機を逃すなという意味だと君は受け取る。
背後から迫る危機を感じて、審判獣の少女は、飛び上かって傑剣を避ける。
狙いどおりだった。君は、宙に浮いたイスカに魔法を放った。
女性らしい悲鳴。肉体的ダメージは、微々たるものだろうが、今度は、目くらまし以上の効果はあったはず。
怯んだ機会を逃さないとばかりに、ラーシャの執行器具である大きな鎌が、空を切り裂く。
リュオンが、全刃の傑剣を得物とするなら、ラーシャは、鎖で繋がれている湾曲した大きな刃を得物とする。
その半月型の刃の鎌をラーシャは、執行器具――首狩り鎌と呼んでいた。
いまは後悔しているわ。どうしてすぐに、追いかけて地獄の果てまで追い詰めなかったのかって。
蠍型の審判獣の尻尾の先よりも鋭く研がれた切っ先は、一度食い込めば、少女の硬質な殻衣を突き破るだろう。
あまりにもしつこくて、やがて敵は、大人しく殺される方を選ぶの。あなたは、どこまで粘ってくれるかしら?
追尾する復讐の鎌。イスカは、華麗な身のこなしでそれをかわす。
だが、君の魔法。そして、リュオンの傑剣の波状攻撃は、少女が対応できる範囲を超えつつあった。
傑剣が大きく旋回し、空から少女を襲った。
審判獣の少女は、右手でそれを受け止めた。その隙を衝いて急襲するラーシャの鎌。
少女は、やむなく鎌も手で受け止めて防ぐが、かすり傷ひとつついてない。その殼衣の堅強さは、さすが審判獣というところか。
だが、これで少女の両腕は塞がった。
上空に飛んで逃げようとする少女だが、その足に、蛇腹のついた鞭状の物体が、巻きついた。
4人を相手に互角に立ち回った技量は、敬服に値する。
だが、両手と足を塞がれた以上、少女に打つ手はない。勝負は決した。
君にだって、これまでの旅で培ってきた戦闘の経験と知識がある。
ここで躊躇すれば、せっかくの好機が失われ、味方に再び危機が訪れるのは必定。
――ゆえに、躊躇う理由などない。
カードを引き抜く。君は、魔力がつづく限り、全力で魔法をぶち込んだ。
二度と立ち上がれないよう、魔法による衝撃で、圧倒し、圧倒し、圧倒し尽くす。
黒煙と爆圧に押しつぶされ、蠍型の審判獣は、悶え苦しんでいた。
煙の中から、素早く動く細長い影が飛び出してきた。
それが、蠍型の審判獣の尾だと気づいた時には――
君は、赤い血の雫を腹部から滴らせていた。
だが、タダではやられない。君は、蠍の尾をつかんでその動きを封じた。
傑剣が飛翔する。剣光が一閃走り、君を襲った尾の先端を切断することに成功した。
赤い人間のような血が飛び散った。審判獣の少女は、悲鳴をあげる。
審判獣が哭いた。少女の声ではない。その身に宿る因果の血脈が咆嘩をあげているのだ。
人間の耳では絶えられないほどの音域と音圧。たまらず、君たちは両手で耳を塞いだ。
少女は、空へと飛び上がる。
青い空に高々と舞い上がると、まるでこの大陸の支配者のように、地上を見渡してから……。
どこぞへと飛び去っていった。
悔しいが、魔力はもう使い切った。君は、残念そうに首を横に振る。
サザの冷たくなった死に顔が、リュオンの脳裡に浮かぶ。
兄であり、仲間でもあったサザの死は、リュオンの心に消したくとも消せない〈後悔〉の刻印を刻んだ。
それを消す方法は、仇である審判獣を斬ることのみ。そう思って臨んだ戦いだったが……。
問題ない。かすり傷だよと君は、ケロッとした顔で答える。
リュオンが無言で君のお腹に蹴りをぶち込む。君はたまらず咳き込んだ。
大丈夫だったのに、今の蹴りで逆に深傷になったかも。と君は、芝居がかった調子で大げさに倒れこんだ。
リュオンは、気にせず立ち去る。
そんな小芝居ができるなら平気だろう、と心の中で笑われた気がした。