【リバリバ】世界でいちばん可愛い魔王･３の性能

気まぐれな雨はいつだって突然だった。

世界を救ったことなんて、もうとっくにシオンの頭の中から消えてしまっていた。屋上に戻って、「あの人」が撫でに来てくれるのをこっそり待とうとしていた矢先、容赦なく降り始めた雨粒が彼女の柔らかな毛を容赦なく濡らしていく。

（……あめ、やだ）

ぷるぷる！と体を震わせるも、雨はとても止みそうにない。

（……健康によくない）

GARDENの定期雨天であるが、天気予報をみないシオンにとって突然の雨はただただ不快な現象だった。

GARDEN中を闊歩する黒ネコがまさか未来の大事件を未然に防ぐ救世主だなんて誰も思うわけがなく、誰にも気付かれず、誰にも感謝されず、本人さえも覚えていないヒーローを雨という難敵から守ってくれる者はいなかった。

ーー自分の身は自分で守る。
シオンは慌ててネコ姿のまま屋上から「あの人」の部屋へと入り込む。この部屋には、侵入常習犯であるシオン専用の家主さえ知らない内緒の入口があるのだ。

（誰もおらぬ…)

（……む？あれ、服、ない）

シオンは気付いてしまった。今日は自分の部屋でネコになったので、服がない。このまま人間に戻ったら裸ん坊になってしまうのだ。

だが、シオンが気付いたのはそのことではなかった。用意されていたはずのシオンの着替えがなくなっていたのだ。シオンが勝手に侵入しては裸になる事件は過去に何度も起きており、今ではシオン用の着替えが常備されているのだが、その着替えがなくなっていた。

クローゼットはがらんと空っぽ。
残されたメモには「洗濯中」の文字。

唯一残されていたのは、ずっと前に買ってもらってから、一度も袖を通していない白いワンピースだけ。

「むう、健康に良くない」

けれど、このままびしょ濡れでいるのも健康に良くない。
ネコから人間に戻ると、真っ白なワンピースを手にシオンは思わずため息をついた。眩しいくらいの白。ふんわりしたレース、ひらひらと揺れる軽やかな布地。

（……似合う、って言ってた、けど）

疑いの目。
恥ずかしいのか、かわいいって言われなかった時が怖いのか、それとももっと別の何かなのか。よくわからない感情がシオンの頭をモヤモヤさせていた。

自分の服といっしょにおいてあったので自分のニオイがするし、着るの自体がイヤなものじゃない。アクシオンゲートのみんなが選んでくれたものらしいから、着れば褒めてもらえるとは思う、のだけど。

「ふぅーーッ！」

威嚇してもワンピースは応えてくれない。今まで戦ってきたどんな強敵よりも、今はこのひらひらした白い布が難敵に見える。

ぴちゃ。

そうだった、濡れていたんだった。
雨のせいでこうなったんだった。

……だったら。

（雨にぬれちゃったから、っていいわけ、できる）

いったい誰に言い訳するのか、なんてことは、もちろん心の奥底では分かっている。誰も居ない部屋で、雨音に耳を澄ましながら、シオンはゆっくりとワンピースに袖を通した。
鏡に映ったその姿は、どこか知らない少女のようで、自分でも頬が熱くなった。

世界を救うことなんて、シオンにとっては朝ごはんを食べるよりもずっと簡単だ。それなのに、白いワンピースを着ただけで、こんなに緊張してしまうなんて。

（……健康によくない）

そう思った瞬間、ドアの向こうから聞き慣れた足音が近づいてくるのに気づいた。シオンの鼓動が一気に跳ね上がる。

荷物をおいて、上着を脱ぐ音。
音は1人。1人だけ。
いつもの音。

（……逃げる？ でも、お外、あめ……）

（ネコに戻る……？)

（でも、この服、ぐしゃってなってたら着てたのバレる）

（……もし、このまま、ここに居たら……)

こちらに近づく音。
ドアに手がかかる音。

ふわふわしたわがままな気持ちが、シオンの中で膨らんでいく。
安心と緊張と信頼と心配とーー、もうよくわからない。

既に雨は止んでいて、青空には虹がかかっていたのだけれど、シオンはそれに気付かなかった。
気付かなかった、フリをした。

──『世界で一番かわいい魔王・3』より抜粋